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おとの ない むかしの えいがに、えいがかんでは だれが どんな おんがくを つけて いたの?

「無音」のはずのサイレント映画に、映画館ではどんな音楽が付いていたのか

サイレント映画の伴奏は何を弾いていたのか:キューシートと「急ぐ」曲から読む生演奏の実態

分野:歴史・文化

「サイレント えいが」は、おとの ない えいがと いう いみの ことばです。ところが、むかしの えいがかんでは、ピアノや オーケストラの えんそうが ながれて いました。じつは、ほんとうに しずかな えいがかんでは なかったのです。

えんそうする 人は、どうやって きょくを えらんだのでしょう。えいが会社が くばった 「この ばめんには この きょく」の メモも ありました。この ページを 読むと、むかしの えいがかんで おんがくが どう つかわれたか わかります。

サイレント映画は「無音の映画」と呼ばれますが、上映中の映画館は静かではありませんでした。米国議会図書館の紹介によると、ピアノや劇場用オルガン、小さなバンド、ときにはオーケストラが、上映に付き添っていたそうです[1]。映画会社が伴奏者に「この場面にはこの曲」と提案するリストまで配っていました。

伴奏者はどうやって曲を決め、リストには何が書かれていたのでしょうか。たとえば1920年の曲集には、飛行機やオートバイ、メリーゴーランドのための「Novelty Hurry」という曲まで載っていました。場面ごとに曲を選ぶくふうと、いまも続く伴奏の仕事を、順に見ます。

サイレント映画はフィルムに音が入っていない映画だが、上映が無音だったわけではない。米国議会図書館の紹介では、ピアノ、劇場用オルガン、小編成のバンド、ときにフルオーケストラが上映に付き添った[1]。ならば、伴奏者は場面に合う曲をどこから、どう選んだのか。

この記事を読むと、映画館の曲の保管庫、映画会社のキューシート、場面名のついた曲集、日本の弁士との関係が、一本の流れとして分かる。資料から言えることと、言えないことも区別する。

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1. えいがかんは、ほんとうに しずかだったの?

1. 「無音」と呼ばれた映画館は、本当に静かだったのか

1. 無音なのはフィルムであって、映画館ではなかった

サイレント えいがの がめんには、人の こえも おんがくも 入って いません。だから 「おとの ない えいが」と 言われます。

でも、えいがかんには ピアノが ありました。おおきな えいがかんでは、オルガンや 小さな バンド、ときには オーケストラが えんそうして いたと つたえられて います。えいがを 見る 人は、がめんと いっしょに おんがくを きいて いたのです。

この えんそうを する 人を、「ばんそうしゃ」と いいます。えいがの うごきに 合わせて、うれしい ばめんは あかるく、こわい ばめんは どきどきする ように ひく のが しごとです。

この しごとは、おとの でる えいがが うまれた 1920ねんだいの おわりごろ、えいがかんで いらなく なって いきました。

サイレント映画には、台詞も音楽もフィルムに記録されていません。名前の「サイレント」は、この意味です。

ところが、上映する映画館は静かではありませんでした。米国議会図書館の紹介によると、サイレント映画の全盛期には、たいていピアノ、劇場用オルガン、小さなバンド、ときには楽団全体が、上映に付き添っていました[1]。観客は、画面を見ながら、その場で演奏される音楽を聞いていたのです。

この演奏者を伴奏者と呼びます。映画に音を録音する技術が1920年代後半に広まると、映画館は伴奏者も、曲をしまっておく保管庫も必要としなくなりました[5]。つまり、映画館の生演奏は、サイレント映画の上映を支える大切な仕事でした。

では、毎回の上映で、伴奏者は何を弾いたのでしょうか。

サイレント映画が「無音」なのはフィルムの側で、上映の場は静かではなかった。米国議会図書館の紹介では、全盛期の上映には、ピアノ、劇場用オルガン、小さな編成のバンド、場合によってはフルオーケストラが付いた[1]。映画館の規模によって、伴奏の姿はかなり幅があったことになる。

この生演奏は、1920年代後半に発声映画が生まれると、映画館に不要になった。カンザス歴史協会の資料は、そのとき映画館が伴奏者も楽曲の保管庫も必要としなくなったと述べる[5]。裏を返せば、音がフィルムに載る前の映画館では、音楽は上映のたびに現場で用意される部品だった。

では、毎回の上映で、伴奏者は何を、どこから選んだのか。

2. ばんそうしゃは、きょくを どこから えらんだの?

2. 伴奏者は、場面に合う曲をどこから選んだのか

2. 曲の保管庫から選ぶ:伴奏者の「持ち札」はどこにあったか

えいがかんには、きょくを しまって おく「ほかんこ」が ありました。ほんだなのような ものです。ばんそうしゃは、えいがの ないように 合う きょくを、そこから えらびました。

たとえば、ぶたいで うたわれた 人気の 歌が、楽ふとして うられて いました。作曲家の ヴィクター・ハーバートの 歌は、えいがの えんそうに よく つかわれた と いわれて います。

つまり、はじめから えいがの ために つくられた きょくだけでは なく、ほかで ひろまっていた きょくも つかわれたのです。

では、えらぶのは ばんそうしゃの かんだけだったのでしょうか。

映画館には、楽譜をしまっておく保管庫がありました。カンザス歴史協会の資料によると、伴奏者は、映画の主題に合う曲を、そこから選んだそうです[5]。

保管庫に入っていたのは、映画のために作られた曲だけではありません。作曲家ヴィクター・ハーバート(1859〜1924)のオペレッタの歌は、舞台の人気に乗って楽譜として売られ、サイレント映画の伴奏によく使われました[7]。舞台で広まった曲が、映画館でも、別の場面の音楽として鳴ったわけです。

ただし、当時の映画館でどの曲が使われたかの正確な一覧は、映画ごとにすべて残っているわけではありません。どの上映でどの曲が弾かれたか、すべての記録が残っているわけではありません。

では、伴奏者は自分の判断だけで選んでいたのでしょうか。

映画館は曲の保管庫を持ち、伴奏者は映画の主題に合う曲をそこから選んだ。カンザス歴史協会の資料は、この仕組みを簡潔に説明する[5]。伴奏者の「持ち札」は、その映画館の保管庫の中身で決まったことになる。

保管庫の中身は、映画専用の曲に限らなかった。サイレント映画の音楽の公開アーカイブ(SFSMA)の展示は、作曲家ヴィクター・ハーバート(1859〜1924)のオペレッタの歌が楽譜として売られ、サイレント映画の伴奏にしばしば使われたと述べる[7]。舞台で人気を得た旋律が、楽譜の流通を通して映画館に入った経路がうかがえる。

ただし、どの上映でどの曲が弾かれたかの完全な記録は、映画ごとにすべて残っているわけではない。選び方の全体像は、残った楽譜やリストから部分的に復元するしかない。

その復元に役立つ手がかりの一つが、映画会社自身が作ったリストである。

3. えいが会社の「この ばめんには この きょく」メモって なに?

3. 映画会社が配った「キューシート」には何が書かれていたのか

3. キューシートは命令ではなく提案だった:配られた時期と数

えいが会社は、ばんそうしゃの ために、メモを くばりました。「キューシート」と いいます。えいがの ばめんと、そこで ひくと いい きょくの なまえが かいて ありました。

くばられたのは 1910ねんだいから 1920ねんだいの おわりまで。1920ねんだいの はじめには、大きな えいが会社の ほとんどが つくって いたそうです。

キューシートは「こう ひきなさい」という めいれいでは なく、「こんな きょくは どうですか」と すすめる ものでした。

いま、アメリカの としょかんは、キューシート 1600まいを、たくさんの 人に てつだって もらって、パソコンに うつす しごとを して います。

映画会社は、伴奏者に向けて「キューシート」を作りました。映画のどの場面で、どんな曲を使うとよいかを、曲名で並べた提案のリストです。

米国議会図書館によると、キューシートが伴奏者に提供されたのは、1910年代から1920年代後半、サウンド映画が登場するまでの間でした[2]。別の資料では、1920年代前半までには、主要な映画スタジオの多くがキューシートを用意していたと説明されています[4]。10年ほどの間に、映画会社の標準的なサービスになっていったようです。

大事なのは、キューシートが「提案」だったことです。映画館には映画館の楽団や保管庫の中身があり、そのとおりに弾けるとは限りません。

米国議会図書館は、サイレント映画のキューシート1,600点を、市民の手で文字に起こしてもらう呼びかけを行っています[2]。さて、キューシートに並んだ曲名には、どんな特徴があったのでしょうか。

キューシートは、映画会社が伴奏者に出した「どの場面にどの曲を使うか」の推薦リストである。米国議会図書館は、これを、サウンド映画の発展以前に、映画館の伴奏者へ音楽の提案を与えたものと説明する[2]。

時期については、2つの資料が補い合う。議会図書館のブログは、提供された時期を1910年代から1920年代後半とする[2]。映画の伴奏者ジョン・ミルサリスをめぐる議会図書館の記事は、1920年代前半までには主要スタジオの大半が、映画に推薦する曲をまとめたキューシートを用意していたと述べる[4]。両者は矛盾せず、1910年代に始まった習慣が、1920年代前半には大手スタジオに広がっていたと読める。ただし広がり方の細かい経過は、これらの資料からは分からない。

キューシートは推薦であり、映画館の編成や手持ちの楽譜も違った。実際にどこまで採用されたかは、上映ごとに異なっただろう。キューシートは、伴奏者が選ぶときの出発点だったと考えるのが自然だろう。

議会図書館は現在、サイレント映画のキューシート1,600点の文字起こしを、市民参加のキャンペーンとして進めている[2]。では、リストの曲名や曲集には、どんな共通点があったのか。

4. 「いそげ」という なまえの きょくが あったって ほんと?

4. 「急ぐ」という名前の曲は、どんな場面で鳴ったのか

4. 場面名で曲を探す:「Hurry」と「Novelty Hurry」

1915ねんに 出た きょくしゅうには、「いそぐ」という いみの なまえ(Hurry)の きょくが、たくさん 入って いました。おいかけっこや、けっとうの ばめんに 合わせる ための きょくです。

1920ねんの きょくしゅうには、「ノベルティ・ハリー」という きょくも ありました。ひこうきや オートバイ、メリーゴーランドのような、はやく うごく ものに 合わせる きょくです。

はやい きょくを 流すと、がめんの はやさが つたわって、見て いる 人も どきどきします。「この ばめんには この きょく」と、ばめんの なまえで きょくを さがせたのです。

議会図書館の音楽部門は、「急ぐ」という場面の曲を例にして、当時の曲集を紹介しています。

1915年の曲集(Favorite Moving Picture Music Folio)には、「Hurry(急ぐ)」と名づけられた曲が何曲も入っていました。追跡や決闘などの場面に使う曲で、似た特徴を持つと紹介されています[3]。

1920年の曲集(Ditson's Music for the Photoplay)には、「Novelty Hurry」という曲が載り、飛行機やオートバイ、メリーゴーランドなどの高速で動く機械に向く、と示されています[3]。

ここから分かるのは、曲が「作曲者」や「ジャンル」だけでなく、場面の名前でも整理されていたことです。伴奏者は、画面で追跡が始まると、「急ぐ」の曲を探せばよかったのでしょう。

ところで、日本の映画館では、事情が少しちがいました。

議会図書館の音楽部門のブログ「How Do You Hurry?」は、「急ぐ」という場面の曲を例に、当時の曲集を調べている。1915年の曲集(Favorite Moving Picture Music Folio)には、追跡や決闘といった場面のための「Hurry」が複数収められ、似た音楽的な特徴を持つと述べられる[3]。

1920年の曲集(Ditson's Music for the Photoplay)は、飛行機、オートバイ、メリーゴーランドなどのための「Novelty Hurry」を提案している[3]。同じ「急ぐ」でも、人の追跡と、機械の高速とで、曲を分けていたことになる。

ここで注目すべきは、曲が場面名で整理されていた点だ。前章のキューシートが、映画の場面に推薦曲を結びつけたとすれば、曲集は、逆に場面名から曲を引ける索引の役を果たしただろう。ただし、これらの資料が示すのは例であり、全曲集がこの形だったとまでは言えない。

こうした仕組みは、主に米国の資料から分かることだ。日本では、そこに「語り」が加わった。

5. にほんでは、おんがくと だれが いっしょに はたらいたの?

5. 日本では、音楽は弁士とどう分け合ったのか

5. 弁士の語りと楽団:日本の上映で音楽が果たした役割

にほんの えいがかんには、弁士べんしと いう 人が いました。がめんの よこで、えいがの おはなしを かたる 人です。

ジャパン・ソサエティーの しりょうでは、えいがの うえいに、べんしは なくては ならない 人でした。お客さんは、えいがより べんしで えいがかんを えらぶ ことも おおかったそうです。

がくだんは、べんしの かたりに 合わせて、えんそうを したり、おとを ちいさく したり、とめたり しました。かたりが きこえる ように、おんがくが 場所を ゆずる こともあったのです。

日本の映画館では、音楽のほかに、もう一人の大事な出演者がいました。画面の横で映画の筋を語る弁士べんしです。

ジャパン・ソサエティーの解説では、日本の上映に弁士は欠かせず、観客は映画の作品より、弁士でどの映画館に行くかを決めることも多かったと説明されています[8]。

音楽は、この弁士の語りと支え合って使われました。同じ解説によると、楽団は弁士に合わせて、いつ演奏し、いつ音を小さくし、いつ止まるかを調整しなければなりませんでした[8]。曲を選ぶだけでなく、語りを聞かせるために音を引くことも、日本の演奏者の腕の見せどころだったのでしょう。

同じ「サイレント映画の伴奏」でも、国によって、役割の分け方がちがっていたのです。

日本の上映では、弁士べんしという語り手が欠かせなかった。ジャパン・ソサエティーの解説は、観客がどの映画館に行くかを決めるのは、映画より弁士であることが多かったと述べる[8]。

音楽の位置づけも、弁士によって変わった。同じ解説によると、楽団は弁士と調整し、いつ演奏するか、いつ小さく演奏するか、いつ止めるかを決める必要があった[8]。つまり、米国の資料で見た「場面に合う曲を選ぶ」という仕事に、「語りを邪魔しない音量を管理する」仕事が加わっていた。

ここから言えるのは、サイレント映画の伴奏は一つの型ではなく、地域の上映の仕組みに合わせて形を変えたということだ。ただし、この解説だけでは、日本の楽団がどんな曲を使ったのかまでは分からない。その点は別の資料に当たる必要がある。

では、こうした伴奏は、いまはもう資料の中にしか残っていないのだろうか。

6. いまも、サイレント えいがに おんがくを つける 人は いるの?

6. いまも、サイレント映画の伴奏をする人はいるのか

6. 現代の伴奏者と公開アーカイブ:復元するか、新しく作るか

います。アメリカの としょかんの えいがかんでは、ベン・モデルさんが 2009ねんから ばんそうを して います。1ぷんほどの みじかい えいがから、5じかんの ながい えいがまで、すうひゃくほんの ために えんそうを つくって きたそうです。

ジョン・ミルサリスさんは 45ねん いじょう、ニール・ブランドさんは 30ねん いじょう、サイレント えいがの ばんそうを して います。

さらに、2014ねんに できた SFSMAという サイトでは、むかしの えいがの きょくを パソコンに うつして、だれでも ただで 見られる ように して います。

モデルさんは、こどもたちが 同じ ギャグで、いつも 同じ ように わらうと 話して います。ことばが なくても、わらいは 通じるのです。

米国議会図書館のPackard Campus Theaterでは、2009年から、ベン・モデルさんが常駐の伴奏者として活動しています[1]。1分ほどの短い映画から5時間の長い映画まで、数百本の映画のために生演奏の音楽を作り、弾いてきたそうです[1]。

ほかにも、ジョン・ミルサリスさんは45年以上、ライブ演奏を続け、2023年の議会図書館の映画祭でも演奏しました[4]。ニール・ブランドさんは30年以上、英国映画協会(BFI)のイベントなどでピアノ伴奏を行っています[9]。

曲を探す側にも道具があります。SFSMA(サイレント映画の音と音楽のアーカイブ)は2014年に設立され、1895年ごろ〜1930年ごろの映画のための音楽をデジタル化して、無料で公開しています[6]。

モデルさんは、サイレント映画は人間の経験を描くので誰にでも通じ、子どもたちも同じギャグで毎回同じように笑うと話しています[1]。言葉を使わない映画が、世代を越えて笑いを呼ぶという証言は、冒頭の「無音」という名前の印象を、もう一度ひっくり返します。

なお、現代の演奏が当時の再現なのか、新しい解釈なのかは、ここで紹介した資料だけでは決められません。

この生演奏は、いまも続いている。ベン・モデルは2009年以降、バージニア州カルペパーの米国議会図書館 Packard Campus Theater の常駐伴奏者で、1分の短編から5時間の長編まで、数百本にライブスコアを作って演奏してきた[1]。ジョン・ミルサリスは45年以上、ニール・ブランドは30年以上、ライブ伴奏を続けている[4][9]。

楽譜の側にも動きがある。SFSMAは2014年に設立され、1895年ごろ〜1930年ごろの映画音楽をデジタル化して無料で共有する[6]。議会図書館のキューシート1,600点の文字起こしと合わせると、当時の曲選びを調べる材料が公開されつつあるといえる[2]。

ここで、現代の演奏をどう位置づけるかは、慎重にしたい。現代の伴奏者が当時のスタイルをどこまで再現し、どこから新しい解釈を加えているのかは、ここで紹介した資料だけでは決められない。モデルが数百本のスコアを作ってきたことは、再現の努力だけでなく、各作品に新しく曲を当てる創作の面も含むことを示しているが、どちらが主かは資料からは決められない。

モデルは、サイレント映画は人間の経験を描くため誰にでも通じ、子どもたちも毎回同じギャグで同じように笑う、と語る[1]。言葉を使わない映画が、音楽の助けで世代を越えて笑いを呼ぶという証言は、冒頭の「無音」という名前の印象を、もう一度ひっくり返す。

7. おとを けして、じぶんで ためして みよう

7. 音を消した映像に、自分で音楽を当ててみる

7. 音を消して見る:場面と音楽の結びつきを確かめ、原典に当たる

きょう できる こと

おうちの 人と いっしょに、見なれた どうがや アニメを えらんで、おとを ぜんぶ けして 見ましょう。つぎに、うれしい きょくと、ちょっと こわい きょくを かけて、おなじ ばめんを もう 一度 見ます。ばめんの かんじが かわるかを、おうちの 人と 話して みましょう。

しらべる とき

がっこうや としょかんで、むかしの えいがの 本が ないか、おとなの 人に きいて みましょう。

音を消して見る

家族と一緒に、見なれた動画の音を全部消して、同じ場面を見ます。そのあと、楽しい曲と不安になる曲を別々に流して、同じ場面をもう一度見ます。場面の感じがどう変わるか、家族と話してみましょう。サイレント映画の伴奏者は、これを上映のたびに、生で行っていたことになります。

資料を読むなら

米国議会図書館のブログ[3]は英語ですが、曲集の表紙や名前が載っています。SFSMA[6]では、楽譜を無料で見られると紹介されています。

音を消して確かめる

見なれた動画の音声を消し、明るい曲と不穏な曲を当てて比べる。場面の印象が音楽で変わることを、自分の耳で確かめられる。伴奏者が、場面ごとに曲を選んだ仕事の意味が実感できる。

資料を読むなら

全体の紹介は議会図書館のブログ[1]、キューシートは[2]、「急ぐ」曲集は[3]、スタジオと伴奏者は[4]、保管庫と発声映画は[5]、公開アーカイブは[6]、ハーバートは[7]、弁士と楽団は[8]、現代の伴奏者は[9]にある。いずれも英語の資料が中心だが、曲名と場面名の対応は、英語が苦手でも見て取れる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料です。

  1. Library of Congress Blogs. Inquiring Minds: Bringing the Music Back to Silent Films (2018). https://blogs.loc.gov/loc/2018/08/inquiring-minds-bringing-the-music-back-to-silent-films/ (上映の伴奏の種類/ベン・モデルの活動)
  2. Library of Congress Blogs. By the People: Transcribing Cue Sheets for Silent Film (2025). https://blogs.loc.gov/music/2025/04/by-the-people-transcribing-cue-sheets-for-silent-film/ (キューシートと文字起こし)
  3. Library of Congress Blogs. How Do You Hurry? Silent Film Music at the Library of Congress (2018). https://blogs.loc.gov/music/2018/09/how-do-you-hurry-silent-film-music/ (「急ぐ」曲の曲集)
  4. Library of Congress Blogs. Behind the Scenes: Scoring a Silent Feature with Jon Mirsalis (2023). https://blogs.loc.gov/now-see-hear/2023/05/behind-the-scenes-scoring-a-silent-feature-with-jon-mirsalis/ (スタジオのキューシート/現代の伴奏者)
  5. Kansas Historical Society. Silent Film Sheet Music. https://www.kansashistory.gov/p/silent-film-sheet-music/17367 (曲の保管庫/発声映画の登場)
  6. Silent Film Sound & Music Archive. About. https://www.sfsma.org/sample-page/ (アーカイブの設立と目的)
  7. Silent Film Sound & Music Archive. Exhibit: Victor Herbert and Silent Film Music. https://www.sfsma.org/teaching-resources/exhibit-victor-herbert-and-silent-film-music/ (ハーバートの曲の使われ方)
  8. Japan Society. A Brief History of Benshi (Silent Film Narrators). https://japansociety.org/news/a-brief-history-of-benshi-silent-film-narrators (弁士と楽団)
  9. BFI. Silent film for KS5 Film Studies. https://www.bfi.org.uk/find-resources-events-teachers/education-events/silent-film-ks5-film-studies (ニール・ブランドの活動)

なおした ところ

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