1. ぴかぴかの スプーンの 上に、なにが ある?
1. ピカピカのスプーンの表面に、髪の毛よりずっと薄い服がある
1. 見た目は鉄の合金、表面には厚さ数nmの膜 ── 不動態皮膜の正体
てつの くぎを 水に つけて おくと、赤茶色の さびが でる ことが あります。でも ステンレスの スプーンや なべは、まいにち 水を つかっても、ふつうは さびません。
ステンレスは、てつに クロムと いう きんぞくを まぜて つくった、はがねの なかまです[2]。つまり、ざいりょうの 中みは、ほとんど てつなのです。
では、どうして さびにくいのでしょう。ひみつは、ひょうめんに あります。クロムが さんそと くっついて、うすい まくが できて いるのです[1]。その あつさは、ほんの 数ナノメートル。かみの毛の ふとさを 0.08ミリと すると、その 1万ぶんの 1ほどか、それより うすい ことに なります。
この まくが、てつと 水が くっついて さびるのを、ふせいで くれます。でも、こんなに うすい まくは、きずが つくと やぶれて しまわないのでしょうか。
鉄のくぎを水につけておくと、赤茶色の錆が出てくることがあります。ところが、台所のステンレスのスプーンや鍋は、毎日水を使っても、ふつうは錆びません。
ステンレス鋼は、鉄にクロムを重さの割合で10.5%以上入れ、炭素は1.2%以下にした合金鋼です[2]。つまり中身の大部分は鉄で、「錆びない特別な金属」というわけではありません。
違いが生まれるのは表面です。クロムの酸化物などでできた、厚さ数ナノメートルの膜(不動態皮膜)が表面をおおい、鋼の中の鉄と水が反応して腐食するのを防ぎます[1]。数ナノメートルとは、髪の毛の太さを0.08ミリとして計算すると、その1万分の1から数万分の1ほどの薄さです。
薄い膜は目に見えず、触っても分かりません。それでも鉄を守っているのだとしたら、傷がついて膜が破れたときはどうなるのでしょうか。
鉄の釘は濡れた状態が続くと赤く錆びることがあるのに、ステンレス製の流しや食器は毎日水に触れても、ふつうは錆びない。両者の中身は、実はそれほど違わない。ステンレス鋼はJISで、クロムを10.5%以上、炭素を1.2%以下とし、耐食性を高めた合金鋼と定義されるが[1]、日本製鉄のFAQでも、鉄にクロムを重量比10.5%以上含ませたものを指すと説明されている[2]。主成分は鉄のままである。
差が出るのは表面だ。クロムの水和物や酸化物でできた厚さ数nmの不動態皮膜が表面をおおい、鋼中の鉄と環境中の水が反応して腐食するのを防ぐ[1]。髪の毛の太さを約0.08mm(80,000nm)と仮定すると、数nmはその約1万分の1から数万分の1にあたる。ここでの「髪の毛」の太さは、ステンレスの資料ではなく私が置いた目安の値である。
厚さは「数nm」と書くにとどめる。では、これほど薄い膜は、傷がついたあとどうなるのか。
2. きずが ついたら、まくは どうなる?
2. 傷がついても、膜は自分で作り直される
2. 膜が壊れても再生する理由 ── クロム10.5%以上と酸素
うすい まくは、かたい ものでこすれば、きずが つきます。それでも ステンレスは、すぐには さびません。
ステンレスの なかには、クロムが たくさん ふくまれて います。まくが こわれて クロムが むき出しに なると、空気の 酸素などと くっついて、また あたらしい まくが できる と、せつめい されて います[1]。
まるで、ぬいでも すぐに きられる、見えない ふくを きて いるようです。ただし ほんとうの ふくでは なく、ざいりょうの なかの クロムが、まくを つくる ざいりょうに なって います。ペンキの ように、あとから ぬった ものでは ありません。
この せいしつが あるから、ステンレスは ながく つかえます。では、こんな ふしぎな はがねを、さいしょに 見つけたのは だれでしょう。
膜が傷つくと、そこから錆びが始まりそうに思えます。ところが資料には、不動態皮膜は壊れても、鋼の中のクロムが空気中の酸素などと結びついて、また皮膜を作り直す、と書かれています[1]。出典はこれを「瞬時に」と表現しています。
ここで大事なのは、これが塗装とは違うことです。ペンキのように後から塗った層なら、削れれば元に戻りません。ステンレスの膜は、材料そのものに含まれるクロムが作る膜なので、表面をこすっても、新しい面でまた膜ができます。
クロムの量も、膜の働きに関わります。10.5%以上という数字は、JISの定義にも、優れた耐食性の目安にも出てきます[1]。
もちろん、膜が作り直されるには酸素が必要です。それでも、錆の出ない合金鋼を作れたことは、100年以上前の人々にとって大きな発見でした。では、それに気づいたのは誰だったのでしょうか。
膜が薄いなら、擦り傷ひとつで下地の鉄が露出し、錆が始まりそうに思える。ところが資料によれば、不動態皮膜は破壊されても、鋼中のクロムが空気中の酸素などと結びつき、再び皮膜を作る(自己修復)[1]。出典はこの修復を「瞬時に」起きると表現している。
この性質は、皮膜が表面に塗られたものではなく、鋼の成分そのものから生まれる点が決め手になる。塗装は削れれば終わるが、クロムを含む鋼は、傷の下から新しい面が出ても、そこで再び皮膜を作れる。いいかえると、ステンレスの強さは表面の「層」ではなく、内部に含まれるクロムの「量」に支えられている。
10.5%以上という数字は、JISの定義であり、優れた耐食性の目安の一つでもある[1]。クロムの量も皮膜の働きに関わる。また修復には酸素が要るので、皮膜は「何もなくても必ず直る」ものではない。では、この鋼はどのように見つかったのか。
3. この はがねは、どうやって 見つかったの?
3. 銃身用の鋼を探していた研究者が、錆に強い鋼に出会った
3. 銃身の摩耗対策の研究から生まれた発見 ── 1910年代のシェフィールド
むかし、イギリスの シェフィールドと いう まちで、ハリー・ブレアリーと いう 人が、はたらいて いました。ブラウン・ファースと いう けんきゅうじょです。
この 人は、てっぽうの つつが、つかって いるうちに いたんで しまうので、いたみに 強い はがねを さがして いました。その けんきゅうの なかで、クロムを まぜた はがねが、うすい 硝酸と いう くすりに 強い ことに 気づいた のです[3]。
はっけんされた のは、1910ねんだいと されて います。ねんは 1912ねんと 1913ねんの 2つの せつが あります。
では、この はがねは、なにに つかえるのでしょう。ブレアリーは、まちの しごとを 思い うかべました。
1910年代のイギリス、シェフィールド。ハリー・ブレアリーは、ブラウン・ファース研究所で、銃身が傷んでしまうのを防ぐ、摩耗に強い鋼を探していました[3]。
その研究の中で、クロムを入れた新しい鋼が、薄めた硝酸という薬品による腐食に強いことに気づきます。目的は「傷みに強い鋼」だったのに、見つかったのは「腐食に強い鋼」でした。探していたものと違う発見でした。
年は1912年説と1913年説があり、複数の資料で一致するのは1913年です。日付までは資料によって揺れるので、ここでは「1910年代」と書いておきます。
同じ頃、ドイツでは、クルップ社のシュトラウスとマウラーという技術者が、クロム約21%、ニッケル約7%のステンレス鋼の特許を取っていました。これが、のちにSUS304と呼ばれる種類の源流だといわれます[5]。
さて、この新しい鋼は、何に使えばよいのでしょうか。ブレアリーが目を向けたのは、自分が暮らす町の産業でした。
1910年代のシェフィールドで、ハリー・ブレアリーは、ブラウン・ファース研究所で銃身の摩耗に強い鋼を探していた[3]。その過程で、クロムを加えた鋼が薄い硝酸のような薬品による腐食に強いことに気づく。探していた性質と見つかった性質が違ったことが、この発明の出発点である。
発明の年は資料で揺れ、1912年とする説と1913年とする説があり、日付まで特定した資料も食い違う。複数の資料で一致するのは1913年だが、確かなのは「1910年代」までなので、ここではその範囲で扱う。
同じ頃、ドイツでもクルップ社のシュトラウスとマウラーが、クロム約21%、ニッケル約7%のオーステナイト系ステンレス鋼の特許を取っている[5]。のちのSUS304に通じる組成であり、日本製鉄のFAQもSUS304をオーステナイト系の例に挙げている[2]。つまり、クロムを加えた耐食性の高い鋼は、同じ頃にいくつかの場所で形になりつつあった。
では、薬品に強い鋼は、実際に何の役に立ったのか。ブレアリーが目を向けたのは、自分の町シェフィールドの産業だった。
4. ナイフに つかったら、なんと よばれたの?
4. 「錆びない鋼」はナイフになり、「ステンレス」と呼ばれるようになった
4. ブレアリーは刃物への用途を提案し、「stainless」の名が広まった
シェフィールドは、ナイフなどの はものを つくる まちでした。ブレアリーは、この はがねを ナイフや しょっきに つかう ことを ていあんしました[3]。
ところが、はもの しょくにんは、さいしょは あまり よろこばなかったと されて います。
この はがねは、さいしょ「さびない はがね」と よばれて いました。いまの「ステンレス」と いう なまえは、ちかくの ナイフの かいしゃの アーネスト・スチュアートが、すすめたと いわれて います[4]。
「さびない」と いうより「しみが つきにくい」と よぶ ほうが、じっさいの せいしつに ちかいのかも しれません。ステンレスも、さびる ことが あるからです。
当時のシェフィールドは、ナイフなどの刃物づくりで知られた町でした。ブレアリーは、この鋼を食器やナイフに使うことを提案しました[3]。刃物職人たちは最初、この新しい鋼を歓迎しなかったとされています。
最初、この鋼は「rustless steel(錆びない鋼)」と呼ばれていました。いまの「stainless steel」という、より響きのよい名前は、地元のナイフ製造会社のアーネスト・スチュアートが示したと伝えられています[4]。
「錆びない(rustless)」と言い切るより、「染み(stain)が少ない(stainless)」と呼ぶほうが、実際の性質に近かったのかもしれません。事実、ステンレスも条件によっては錆びます。では、どんなときに錆びて見えるのでしょうか。
当時のシェフィールドは刃物の街だった。ブレアリーは、錆びにくい鋼を食器やナイフに使うことを提案した[3]。刃物職人は最初、その鋼の性質を歓迎しなかったとされ、普及は順調な一本道ではなかったと読める。
名前にも経緯がある。ブレアリー自身は当初「rustless steel(錆びない鋼)」と呼んでいたが、より響きのよい「stainless steel」を勧めたのは、地元の刃物製造会社R.F. Mosleyのアーネスト・スチュアートだったと伝えられる[4]。この呼び名が、のちに広く使われる「ステンレス」につながった。
「錆びない(rustless)」でなく「染みが少ない(stainless)」と呼ばれた点は示唆的である。後述のとおり、この鋼も条件しだいで錆びるため、後者のほうが実態に近い言い方だったといえる。では、どんな条件で膜は負けるのか。
5. ステンレスも、さびて 見える ときが ある?
5. 膜が負けるとき ── 「もらい錆」と塩分のある場所
5. 皮膜が負ける条件 ── もらい錆と、塩化物イオン・引張応力による割れ
ステンレスにも、さびて 見える ときが あります。ひとつは「もらいさび」です[2]。ステンレスの ひょうめんに、てつの こなが くっつき、その こなが さびて、ステンレスが さびた ように 見える ことです。
この ときは、ステンレスの ほうが さびたのでは ありません。ひょうめんに ついた てつの こなや さびが、もとに なって いる ことが あります。
もうひとつは、しおです。うみの そばの 外では、しおが とんで きて、ステンレスにも わるさを する ことが あります[2]。そこで、クロムの ほかに ニッケルなどを くわえて、さびにくさを 高めた ステンレスも つくられて います。
ステンレスは、「ぜったい さびない」ものでは ありません。でも、まくの しくみを 知っていれば、どこに きを つければ いいか、見当が つけられます。
ステンレスが錆びたように見えるとき、起こり方には二つの例があります。
一つは「もらい錆」です。日本製鉄のFAQでは、ステンレスの表面に主に鉄粉が付き、その鉄粉が錆びるために、ステンレスが錆びたように見える現象と説明されています[2]。つまりこの場合、錆びたのはステンレスではなく、くっついた鉄のほうです。
もう一つは、塩化物イオンなどの腐食の原因です。一般的なSUS304などのステンレスでも、塩化物イオンなどと、引っ張る力(引張応力)が同時にかかる環境では、割れが起こることがあります[2]。海の塩分が飛んでくる屋外でも、腐食が問題になる場合があります。ただし、塩だけで割れるのではなく、引っ張る力が同時に働くときの現象です。
こうした環境に備え、クロムのほかにニッケルやモリブデンを加えて、さらに錆びにくくした種類も作られています[2]。
強い膜にも、負けやすい条件があります。
ステンレスが錆びたように見える現象には、少なくとも二つの型がある。第一は「もらい錆」で、日本製鉄のFAQは、ステンレス表面に主として鉄粉が付着し、それが錆びるためにステンレスが錆びたように見える現象と定義している[2]。錆びたのは付着した鉄であり、皮膜が負けたわけではない。
第二は、皮膜そのものが負ける場合である。同FAQによれば、一般のオーステナイト系ステンレス鋼(SUS304など)では、塩化物イオンなどの腐食要因と引張応力が同時に働く環境で、割れが発生・進展することがある[2]。割れが起きるのは両者が同時に働くときで、塩があるだけで割れるわけではない。海の塩分が飛来する屋外でも腐食が問題になりうる。
こうした条件に対して、クロムに加えてニッケルやモリブデンを添加し、耐食性をさらに高めた鋼種もある[2]。
ステンレスは「錆びない」のではなく、「条件がそろわないかぎり錆びにくい」鋼である。そう言い換えると、皮膜のはたらきと限界がともに見えてくる。
6. おうちの ステンレスを 見て みよう
6. 台所のステンレスで、膜の働きを探してみる
6. 身近なステンレスで確かめる・原典で確かめる
おうちの 台所には、ステンレスの ながしや なべ、スプーンが あるかも しれません。
ステンレスの ものを、じっくり 見て みましょう。茶色の ぽつんと した 点が ないか、さがして みます。もし あったら、その ちかくに、てつの かんや てつの ものを、おいて いなかったか、おもい出して みましょう。
もらいさびの ことが あるかも しれません。なかった ときは、ふつうの すがたです。
もっと 知りたい 人は、日本製鉄の ステンレスの FAQ(よく ある しつもん)を、おうちの 人と いっしょに 見て みましょう。
身近なステンレスを、観察してみましょう。流しや鍋、スプーンのふちなどに、茶色い点が出ていないか探します。
もし見つけたら、その近くに、スチールの缶やたわし、鉄製のものを置いていなかったか、思い出してみてください。もらい錆なら、付着した鉄粉や錆が原因かもしれません。錆びが見つからなければ、ふつうの状態です。なお、ステンレスの表面をわざと傷つける実験は、手や持ち物を傷める心配があるので、勧めません。
原因の見分け方や手入れは、日本製鉄の「ステンレス製品FAQ」(日本語)に、くわしい項目がまとまっています。「もらい錆」「応力腐食割れ」といった言葉で探すと、本文で紹介した説明に行き着けます。
ブレアリーが探していたのは、銃身の傷みを減らす鋼でした。目的と違うものが見つかったとき、すぐ捨てずに、何に使えるかを考えた人がいた。そのことが、いま台所にあるステンレスの始まりにつながっています。
身近なステンレス製品で観察できることがある。流しや鍋のふちなどに茶色い点が出ていれば、近くに鉄製品を置いていなかったか考えてみるとよい。もらい錆なら、錆びているのは付着した鉄粉という見方ができる[2]。錆が見つからない場合は、ふつうの状態である。表面を意図的に傷つける試験は、けがや器物の損傷を招くので勧めない。
原典にあたるなら、日本製鉄の「ステンレス製品FAQ」が日本語で読める[2]。定義、もらい錆、応力腐食割れ、種類ごとの違いが1か所にまとまっている。JISの定義とMONOistの解説[1]を並べて読むと、10.5%という数字が、定義と皮膜の働きの両方に出てくることが確かめられる。
発明の年が1912年説と1913年説に分かれるのはなぜか。「何をもって発明とするか」という観点で、自分なりに考えてみるのもよい。発明の経緯は、参考にした情報源の[3]〜[5](英語)にある。
探していたのは銃身の傷みを減らす鋼だった。そこで見つかった別の性質を、刃物の街の衛生という身近な困りごとに結びつけた判断が、ステンレスの用途を決めたといえる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
この記事で使った資料です。ステンレスの定義と膜の働きは日本語の資料2つ、発明の経緯は英語の資料3つで確かめました。
- MONOist 鉄鋼材料の基礎知識(13) ステンレス鋼 https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2608/27/news008.html (JISの定義、不動態皮膜、自己修復、クロム10.5%)
- 日本製鉄 ステンレス製品FAQ https://www.nipponsteel.com/product/faq/stainless/ (定義、もらい錆、塩化物イオンによる割れ、ニッケル・モリブデン)
- Sheffield City Council, Stainless steel research guide https://www.sheffield.gov.uk/libraries-archives/access-archives-local-studies-library/research-guides/stainless-steel (ブレアリーの研究、刃物の街での用途)
- Country Life, The legacy of Harry Brearley and stainless steel https://countrylife.co.uk/news/the-legacy-harry-brearley-and-stainless-steel-273756 (「stainless」という名前の由来)
- Steel Times International, 100 or 101 years of stainless steel https://www.steeltimesint.com/news/100-or-101-years-of-stainless-steel (ドイツでの特許、クロム約21%・ニッケル約7%)
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