1. はじめて つかう ひとは、なぜ まよったの?
1. 初心者は、見えないプログラムを開くのに9分半かかった
1. Windows 3.1の初心者は、見えないプログラムを開くのに平均9分半以上かかった
コンピューターの テストで、はじめて つかう ひとに たのみました。「まだ 画面に 出て いない プログラムを、ひらいて ください」。
かかった じかんは、だいたい 9分半 いじょうでした[1]。カップめんが 3つ できる ながさです。ただし ほんとうは、ひとに よって ちがいます。
これは、Windows 3.1 という まえの ばんの 画面での はなしです。つくって いた チームは、「はじめて つかう ひとにも、おぼえやすい Windows に したい」と かんがえました[1]。
画面が ごちゃごちゃで、どこから 手を つければ いいのか わからない ひとが いたからです。
では、まよわない ように するには、どう したら いいのでしょう。
パソコンを使い始めたばかりの人に、「いま画面に出ていないプログラムを探して、開いてください」とお願いします。Windows 3.1の試験では、これに平均で9分半以上かかったと報告されています[1]。カップ麺なら3つ作れる長さで、平均なので、もっとかかった人もいたはずです。
これは市場調査でも、上位に挙がる作業でした[1]。Windows 95の画面づくりを担当したチームは、目標の1つに「使い始めたばかりの人でも覚えやすいWindows」を掲げます。初心者は、画面の複雑さに圧倒されていたからです[1]。
まず思いつくのは、初心者のために、やさしい別の画面を用意することです。実際にそれを試した、と記録されています。
Windows 3.1の利用者のうち、使い始めたばかりの人に「いま見えていないプログラムを探して開く」作業を頼むと、平均で9分半以上かかった。ユーザビリティ試験の報告にそう書かれており、同じ作業は市場調査でも上位に挙がっていた[1]。平均値なので、個々の人にはもっと長くかかった例も、短く済んだ例もあったはずである。
Windows 95のユーザーインターフェースは1992年10月ごろに開発が始まり、設計とコーディングに約18か月かかった。そのあいだに行った試験は、実験室での64回、被験者は560人にのぼる。記録された使いやすさへの指摘は699件で、うち良い点が148件、問題が551件だった[1]。551÷699を計算すると約79%で、およそ8割が「ここが困る」という指摘になる。560人が延べ人数かどうかは、報告のこの箇所だけでは決められない。
目標の1つは、コンピューターを使い始めたばかりの人に覚えやすいことだった。初心者は画面の見た目の複雑さに圧倒されていた[1]。では、その人たちだけに別の画面を渡せば済むのか。実際にそれは試されている。
2. はじめての ひと せんようの 画面は、どう なった?
2. 初心者専用の画面は成績がよかったのに、採用されなかった
2. 初心者専用画面は試験で好成績を出しながら、採用されなかった
チームは、はじめて つかう ひと せんようの 画面も つくって ためしました。できる ことを すこしだけに しぼった 画面です。
テストの けっかは、よかったと きろくされて います[1]。
それでも、この 画面は つかわれませんでした。ほかの 画面に うつった ときに、できる ことを ひきつぐのに むずかしい ところが あったからです[5]。
そこで チームは、かんがえを かえました。みんなが つかう 画面の なかに、まよわない いりぐちを つくろう、と。
3. ボタンは、はじめ いくつ あったの?
3. 画面の下には、はじめ3つのボタンが並んでいた
3. 試作のトレイにあった3つのボタンは、1つにまとめられた
つくって いる とちゅうの 画面には、ボタンが 3つ ありました。「システム」「ファインド」「ヘルプ」です[1]。
「システム」は、コンピューターの あつかいに つかう ボタンです。「ファインド」は ものを さがす とき、「ヘルプ」は こまった ときに おします。
3つも あると、どれから おせば いいのか、また まよいます。そこで 3つは、1つに まとめられました[1]。
ボタンに 「スタート」という ことばが ついたのは、1994年の 1月に、つくって いる とちゅうの もの(ビルド81)と いわれて います[4]。
開発の途中の画面には、「トレイ」と呼ばれる欄があり、そこに「System」「Find」「Help」の3つのボタンが並んでいました[1]。それぞれ、コンピューターの扱い、探し物、困ったときの案内に使うものです。
初心者にとっては、3つあること自体が迷いのもとです。のちにこの3つは、1つのボタンにまとめられました[1]。
開発版の記録をまとめた英語版Wikipediaによると、3つのボタンの試作は1993年8月のビルド58s、1つにまとまって「Start」という言葉が初めて付いたのは、1994年1月のビルド81とされます[4]。年月はこの1つの資料によるので、「とされる」と受け止めておくのがよさそうです。
では、名前が「System」から「Start」に変わった試験を見てみましょう。
開発途中の試作では、画面下のトレイに「System」「Find」「Help」の3つのボタンがあった[1]。入口が3つある設計は、使い始めたばかりの人にとっては「どれから押すか」という新しい迷いを生む。のちに3つは1つのStartボタンに統合された[1]。
この過程の日付は、開発版(コードネームChicago)のビルド履歴をまとめた英語版Wikipediaによる。3つのメニューボタンの試作が1993年8月のビルド58s、3つが1つになり、ボタンに「Start」の語が初めて付いたのが1994年1月のビルド81とされる[4]。Wikipedia1本による情報なので、年月は「とされる」にとどめる。
では、名前が「System」から「Start」に変わった試験を見てみよう。
4. 「システム」は、なぜ おされなかったの?
4. 「System」と名づけたボタンを、誰も押さなかった
4. 「System」という名前は説明しても押されず、「Start」にすると説明なしで通じた
ボタンに はじめの なまえを つけたのは、デザイナーの ダニー・オランさんと つたえられて います[3]。
オランさんは、1992年に マイクロソフト社に はいった、ひとの こうどうを しらべる けんきゅうしゃでした。むかしは、チンパンジーに ことばを おしえる けんきゅうも して いたそうです[6]。
「システム」という ボタンは、画面の いちばん 上に ならぶ タブでした。テストでは、せつめいしても、だれも おしませんでした[3]。
ところが、なまえを「スタート」に かえると、せつめいしなくても おして もらえました[3]。
「システム」では、おして なにが おきるのか、はじめて つかう ひとには わかりません。「スタート」は、「ここから はじめて いいんだよ」と、そのまま つたわります。
ただし、なまえを かえたのは、オランさん ひとりの はたらきでは ありません。テストを した チーム ぜんいんで すすめた ことです。
最初に「System」という名前を付けたのは、デザイナーのダニー・オランだと伝えられています[3]。オランは1992年にMicrosoftに入った行動分析の研究者で、ハーバード大学では、チンパンジーに言葉を教える研究をしていたそうです[6]。人が何に戸惑い、どこで諦めるかを見る仕事でした。
当初のボタンは、画面の上端に並ぶタブの1つで、名前は「System」でした。ところが試験では、どれだけ説明しても、「System」という名前のものは誰も押さなかったと報じられています[3]。
名前を「Start」に変えると、説明なしで押されたといいます[3]。機能はそのままで、言葉だけが変わったのです。
初心者にとって「System」は、押すと何が起こるのか分からない言葉です。「Start」は、そこから始めてよいことをそのまま伝えます。もっとも、改名の経緯はいまのところ、オランの話を伝える報道に頼っています。名前を変えたのも1人の力ではなく、試験を重ねたチーム全体の判断として受け止めるのがよさそうです。
では、「Start」という言葉には、どんな意味が込められていたのでしょうか。
最初の名前「System」を付けたのは、デザイナーのダニー・オラン(Danny Oran)と伝えられる。オランは1992年にMicrosoftに入った行動分析の研究者で、ハーバード大学でB.F.スキナーのもと、チンパンジー2頭に木製のキーボードで英語を教える研究に加わっていたという[6]。Windows 3.1の試験では、技術者でも苦戦する様子を目にしたとされる。
当初のボタンは画面上端に並ぶタブの1つで、名前は「System」だった。ところが試験では、どれほど説明しても「System」という名前のものは誰も押さなかった、と報じられている[3]。「Start」に改名すると、説明がなくても通じた。機能は同じで、名前だけが変わった。
この結果が示すのは、名前が操作の見通しそのものだということである。「System」は、押した先で何が起きるのかを初心者に教えない。「Start」は、何をする場所かではなく、どこから始めるかを答えている。
ただし、この経緯を支えるのは、オランの話を紹介する報道(Windows Latest、GIGAZINE)で、本人の発言の原典までは確かめられていない。しかも改名は、論文の執筆者らが関わった一連の試験の結果として進んだ設計であり、1人の功績に帰せるものではない。
では、Raymond Chenは、この「Start」をどう説明しているのか。
5. 「スタート」には、どんな いみが あったの?
5. 「Start」には「ここを押して」という意味があった
5. 「Start」に込められた意図 ── 終了するときも、人はまずStartを押した
Windows の ふるい エンジニア、レイモンド・チェンさんは、スタートボタンの なまえを こう せつめいして います[2]。
コンピューターを つけたあと、なにを すれば いいのか わからない ひとが いました。そんな ひとに、「ここを おして ね」と おしえる なまえだった、というのです。
おもしろい はなしも あります。コンピューターを おわる ときに、「おわって ください」と おねがいすると、ひとは まず スタートボタンを おしました。おわる ときも、どこかから はじめるから です[2]。
こうして できた スタートボタンは、1995年8月24日に うまれた Windows 95で、タスクバーと いっしょに ひろまりました[7]。いまの Windows にも、のこって います。
Windowsの古参エンジニア、レイモンド・チェンは、Startという名前の意味を自分のブログで説明しています[2]。コンピューターを起動したあと、何をしたらよいか分からない人に向けて、「ここを押して」と伝える名前だった、という趣旨です。
チェンが書き残した、もう1つの話があります。パソコンを終了してください、と頼むと、人はまずStartボタンを押しました。終了するにも、どこかから始めなければならないからです[2]。Startは、何かを始めるボタンというより、何をするにもまず触る入口として受け取られたのでしょう。
こうしてできたStartボタンは、タスクバーとともに、1995年8月24日に発売されたWindows 95に登場しました。この仕組みは、今のWindowsにも続いています[7]。
初心者が固まった9分半から、1つのボタンの名前が決まるまで、画面と入口がどう変わったかを見てきました。
Windowsの古参エンジニア、Raymond Chenは、2003年のブログ記事で、Startの名前の意図を説明している[2]。起動したあと何をしたらいいか分からない利用者に、「ここを押せ」と教える名前だった、という趣旨である。この説明は別の要約を経由して知られているため、細かな語句は写さない。
注目したいのは、同じ記事にあるもう1つの話である。利用者にコンピューターを終了するよう頼むと、人はStartボタンを押した。終了するにも、どこかから始めなければならないから、という説明だ[2]。ボタンの名前は「何を始めるか」ではなく、「迷ったらまずここに来る」という入口の役割を指していたことになる。
これが設計の方針だったとまでは言えない。それでも、初心者の別画面を断念して全員の画面に入口を置いたこと、3つのボタンを1つにしたこと、名前を替えて説明なしで通じたことは、迷わない入口をつくるという同じ方向を向いている。
こうしてできたStartメニューとタスクバーは、1995年8月24日のWindows 95の発売時に登場し、今のWindowsにも続いている[7]。
6. まわりの ボタンの なまえを よんで みよう
6. 身のまわりのボタンの言葉を読んでみる
6. ボタンの名前が通じるかどうかを、自分の目で試す
おうちに ある ボタンを 1つ えらんで、なまえを よんで みましょう。もし その なまえが 「システム」だったら、はじめて 見た ひとは おせるでしょうか。
「スタート」「とめる」「あたためる」のように、した ことが そのまま わかる ことばは、おして もらいやすいと おもいます。なぜ その ことばなのか、かんがえて みると おもしろい です。
ボタンの なまえには、つかう ひとが まよった あとが のこって いるかも しれません。
家の中のボタンやスイッチを1つ選んで、そこに書かれた言葉を読んでみましょう。初めて見る人が、説明なしで押せるでしょうか。「System」のように中身が見えない言葉と、「あたためる」「止める」のように、押した結果がそのまま分かる言葉とを比べると、名前の効き方の違いが見えてきます。
もう1つ、考えてみる材料があります。パソコンやスマートフォンの電源を切るとき、あなたはまず何を触るでしょうか。Windows 95の試験では、終了を頼まれた人が、先にStartを押したのでした。
ボタンの名前には、使う人が戸惑った場面が、ひっそり残っているのかもしれません。
同じ機能のボタンでも、名前によって初心者が押すかどうかが変わる。これを身近で確かめるには、家にある機器のボタンの言葉を1つ選び、初めて見る人がその言葉だけで結果を予想できるかを考えてみるとよい。結果が見えない語と、押した結果がそのまま分かる語を比べると、名前が操作の見通しとして働くことが実感できる。
もっと読みたい人へ。英語の資料になるが、Sullivanの報告(CHI '96)は数字の根拠にいちばん近く、64回の実験室試験や699件の指摘など、数字の根拠が書かれている[1]。数字と図表の周辺だけでも読める。Raymond Chenのブログ記事は短く、StartとShut downにまつわる話が読める[2]。Oranの話については、紹介記事が原典の発言そのものではない点に注意しながら、二次報道と原典を見比べたい[3]。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の事実は、次の資料を読んで書いています。
- Sullivan, K. "The Windows 95 User Interface: A Case Study in Usability Engineering", CHI '96 (1996). https://chi1996.acm.org/proceedings/desbrief/Sullivan/kds_txt.html (試験の規模・初心者の所要時間・3つのボタンについて)
- Raymond Chen "The Old New Thing"(2003年7月22日)。 https://devblogs.microsoft.com/oldnewthing/20030722-00/?p=43083 (Startの名前の意図と、終了のときの行動について)
- Windows Latest「Windows 95's Start menu was invented by a chimpanzee lab psychologist」(2026年9月2日)。 https://www.windowslatest.com/2026/09/02/windows-95s-start-menu-was-invented-by-a-chimpanzee-lab-psychologist-even-a-rocket-scientist-couldnt-figure-out-windows/ (「System」から「Start」への改名の話の紹介。二次報道)
- Wikipedia "Development of Windows 95". https://en.wikipedia.org/wiki/Development_of_Windows_95 (開発版のビルドと年月について。1資料のみ)
- GIGAZINE「Windows 95のデザインはこうして作られた」(2018年2月11日)。 https://gigazine.net/gsc_news/en/20180211-designing-windows-95 (初心者専用画面を採用しなかった理由の要約。二次資料)
- GIGAZINE「チンパンジーとWindowsのスタートメニュー」(2015年8月4日)。 https://gigazine.net/news/20150804-chimpanzee-windows-start-menu/ (オランの経歴について。二次資料)
- Microsoft "Looking back: the 25th anniversary of Windows 95", Windows Experience Blog(2020年8月24日)。 https://blogs.windows.com/windowsexperience/2020/08/24/looking-back-the-25th-anniversary-of-windows-95/ (発売日について)
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