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コウノトリの ために、田んぼの 水を かえると どうなるの?

大きな鳥を田んぼで育てるために、豊岡は「水の張り方」を変えた

コウノトリ育む農法は、水田の生きものと給食をどうつないだのか

分野:生きもの

コウノトリは、一日に ドジョウ 80ひきぶんも たべる ことが ある、おおきな とりです。でも、にほんの やせいの コウノトリは、1971ねんに いなく なりました。

この とりを もう いちど 田んぼで そだてる ために、とよおかしの ひとたちは、のうやくだけで なく「水を はる じき」も かえました。どうして 水なのでしょう。この きじを よむと、田んぼの いきものが ふえる わけと、こどもたちが きゅうしょくに おこめを たのんだ はなしが わかります。

翼を広げると約2メートルもあるコウノトリは、飼育下では一日にドジョウ約80匹ぶんの餌を食べます[2]。日本の野生のコウノトリは、1971年に絶滅しました[1]。

この鳥をもう一度田んぼで養うために、兵庫県豊岡市では、農薬を減らすだけでなく「水を張る時期」まで変えた米づくりが生まれました。豊岡では、冬の田んぼでイトミミズが作る「トロトロ層」も、雑草を抑える助けにしています。コウノトリの餌場を増やす水管理は、どう広がり、給食につながったのでしょう。

コウノトリは、飼育下で一日に約500g(ドジョウ約80匹ぶん)を食べる大型の鳥で、餌をとるのは上手ではないとされる[2]。日本の野生個体は1971年に絶滅し、最後の生息地は豊岡だった[1]。

では、そうした鳥を養える田んぼとは、どんな田んぼか。豊岡の「コウノトリ育む農法」は、農薬の削減に加えて、冬も早春も深く水を張り、中干しを遅らせる水管理を要件にしている[1]。この記事を読むと、その水管理が生きものを増やす理由、農家の挑戦と広がりの規模、研究で言えることの範囲、そして給食に至る経緯が分かる。

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1. どうして コウノトリは いなく なったの?

1. 一日にドジョウ80匹ぶん食べる鳥は、なぜ日本から消えたのか

1. コウノトリの絶滅(1971年)と、その要因の複数性

コウノトリは、つばさを ひろげると 2メートルほどにも なる、おおきな とりです。かわれて いる ときは、一日に 500グラムぐらい、ドジョウなら 80ぴきぶんも たべるそうです[2]。

しかも、えさを とるのは あまり じょうずでは ありません。だから、とりやすい ところに、さかなや カエルや バッタなどが たくさん いないと、くらして いけません。

1971ねんに、にほんの やせいの コウノトリは いなく なりました[1]。わけは ひとつでは なく、田んぼから えさの いきものが へった こと、すを つくる まつの きが きられた こと、むかしの つかまえすぎ などが あげられて います[3]。

では、えさの いきものが いる 田んぼを、どう つくれば いいのでしょう。

コウノトリは翼を広げると約2メートルになる大型の肉食の鳥です。飼育下では一日に約500グラム、ドジョウに直すと約80匹ぶんを食べるといわれます。しかも餌とりが上手ではないため、魚やカエル、バッタ、ヘビなどが、とりやすい場所にたくさんいる必要があります[2]。500グラムは飼育下の値で、野外での量とは分けて考える必要があります。

そのコウノトリが、日本の野生では1971年に絶滅しました。最後の生息地は豊岡です[1]。原因は一つではなく、田んぼの乾田化、農薬で餌になる生きものが減ったこと、巣をかける松の伐採、明治以降の乱獲などが挙げられています[3]。農薬だけが原因だったわけではありません。

では、大食いで餌とりが苦手な鳥を、もう一度日本の空に戻すには、田んぼをどう変えればいいのでしょうか。

コウノトリは、翼開長約2mの大型の肉食鳥である。飼育下では一日に約500g(ドジョウ換算で約80匹)を食べ、餌をとるのが上手ではないため、魚・カエル・バッタ・ヘビなどが捕りやすい場所に豊富にある環境が必要になる[2]。この約500gは飼育下の値であり、野外の摂餌量とは区別して読む必要がある。

日本の野生個体は1971年(昭和46年)に絶滅し、最後の生息地が豊岡だった[1]。絶滅の要因は複数あり、農地の乾田化、農薬による餌生物の減少、営巣木となる松の伐採、明治以降の乱獲などが挙げられる[3]。農薬単独の原因論は資料の側にない。

だとすれば、野生復帰には「農薬を減らす」だけでは足りない。餌生物が暮らす水田の条件そのものを変える必要があった。

2. 田んぼの 水の はりかたを、どう かえたの?

2. 農薬を減らすだけでなく、水を張る時期まで変えたのはなぜか

2. 「コウノトリ育む農法」の要件 ── 水管理が核になる理由

「コウノトリ はぐくむ おこめ」の やりかたでは、田んぼの 水の いれかたを かえます。ふゆにも 水を はる。はるは はやめに 水を いれる。水を ふかく はる。そして、水を ぬく「なかぼし」を おそくする、の よっつです[1]。

水を はって いる じかんが ながいと、オタマジャクシは カエルに、ヤゴは トンボに なる まで そだてます。えさに なる いきものが ふえるのです[5]。ふえた カエルや カマキリが、いねを たべる むしを たべて くれる ことも あります。

この やりかたは、コウノトリを はなす じゅんびとして そだてられました[8]。のうやくも、つかわないか、この ちいきの ふつうより 7.5わり へらします[1]。

でも、ふゆの 田んぼに 水を はって、どうして くさが へるのでしょう。

この農法の中身は、「水の管理」が中心です。冬のあいだ田んぼに水を張る冬期湛水、春に早く水を入れる早期湛水、水を深く張る深水管理、そして稲の途中で水を抜く中干しを遅らせることの4つです[1]。兵庫県の説明では、冬期湛水が難しい田では早期湛水だけでもよいとされています[4]。このほか、栽培期間中は化学肥料を使わず、農薬は使わないか、この地域の一般的な使用量より7.5割減らします。中干しの前には、オタマジャクシがカエルに変わったかを確かめます[1]。

水を長く張る理由は、生きものにあります。水がある期間が長いと、オタマジャクシがカエルに、ヤゴがトンボになるまで育ち、コウノトリの餌になる生きものが増えます。増えたカエルやカマキリが害虫を食べて、農薬を減らす助けにもなります[5]。

この農法は、2005年の放鳥に向けて、豊岡市、兵庫県、JAたじまが生物多様性に配慮した農法として確立したものだと、市の資料に書かれています[8]。農薬を減らすことだけが目的ではなく、鳥の餌場を田んぼの中につくる工夫でした。

では、冬の田んぼに水を張ると、なぜ雑草まで減るのでしょうか。

この農法の水稲の要件は、冬期湛水(たんすい)、早期湛水、深水管理、中干し延期の4つの水管理である。兵庫県は同じ要件を示したうえで、冬期湛水が困難な場合は早期湛水のみでも可としている[4]。加えて、栽培期間中は化学肥料を使わず、農薬は不使用か当地比7.5割減(減農薬タイプ)とする。中干し前にカエルの変態を確認することも要件に含まれる[1]。

では、なぜ水管理なのか。水を張る期間が長いと、オタマジャクシがカエルに、ヤゴがトンボに成長でき、コウノトリの餌になる生物が増える。増えたカエルやカマキリが害虫を捕食するため、農薬の削減を支える面もある[5]。

この農法は、2005年の野生復帰(野外放鳥)に向けて環境創造型農業を進める中で、生物多様性に配慮したものとして確立された、と豊岡市の計画資料は述べる[8]。この農法は、放鳥に向けた準備の一つとして作られた。

ただし、農薬をやめれば草が生えやすくなる。冬の水が、その草対策にもなるという。

3. ふゆの 田んぼで、くさが へるのは どうして?

3. 冬の田んぼで、イトミミズが雑草を抑えるとは

3. 冬期湛水とトロトロ層 ── 農薬に頼らない草対策のしくみ

ふゆの 田んぼに 水を はると、イトミミズと いう ちいさな いきものが ふえます。イトミミズの ふんで、つちの おもてに やわらかい「トロトロそう」が できます。

この そうが、くさの たねが めを だすのを じゃまする、と せつめい されて います[1]。水を ふかく はっても、くさは おさえられます。

ただし、はじめから うまく いった わけでは ありません。2003ねんごろ、のうやくを つかわずに くさを おさえる ぎじゅつは、まだ できて いませんでした[5]。

冬の田んぼでは、イトミミズが増えます。イトミミズが土の表面を盛り上げ、ふんで覆うことで、やわらかい「トロトロ層」ができます。この層が雑草の種の発芽を抑える、と資料は説明しています[1]。深水管理にも雑草を抑える働きがあります。農薬を使わずに草を抑える方法を、水と生きものの働きで探ったのです。

ただし、最初から成功したわけではありません。2003年ごろに始めたとき、農薬を使わずに雑草を抑える技術はまだ確立していませんでした。県の農業普及員らの努力もあって、農家は試行錯誤を重ねたといいます[5]。

では、手間のかかる田んぼを、農家はなぜ続けられたのでしょうか。

無農薬で最も困るのは雑草である。この農法では、冬期湛水でイトミミズが増え、その排泄物が土壌表面を覆う「トロトロ層」となって、雑草種子の発芽を抑えるとされる[1]。深水管理も雑草抑制に寄与する。

ただし、開始当初の2003年ごろは、農薬を使わずに雑草を抑える技術が確立しておらず、県の農業普及員らの努力で実現した、と市の資料にある[5]。つまり、水管理による草対策は、はじめから約束されていたのではなく、試行の中で形になった。

では、この手間を、農家はどう引き受けたのか。

4. たいへんな 田んぼを、のうかは どうして つづけたの?

4. 手間のかかる米づくりは、どう広がったのか

4. 0.7haから507haへ ── 普及を支えた価格と、減農薬の進み方

2002ねんに、とよおかしは ゆうきのうぎょうの べんきょうかいを ひらきました。2003ねんに、いくつかの 田んぼで、のうやくも かがくひりょうも つかわない おこめづくりが はじまりました[6]。

2005ねんに「コウノトリ はぐくむ のうほう」と なまえが つき、2006ねんには のうかの なかまの ぶかいが できました。

はじめは 0.7ヘクタールだった 田んぼは、2025ねんの しりょうでは 507ヘクタールに なりました。とよおかしの 田んぼの、およそ 2わりです[6]。

この おこめは、ふつうより すこし たかく うられて います。たいへんな ぶんだけ うれる ことも、ひろがった わけの ひとつと いわれます[11]。

豊岡市は2002年に有機農業の勉強会を開き、2003年に一部の田で無農薬・無化学肥料の栽培を始めました。2005年に「コウノトリ育む農法」と名づけ、2006年にはJAたじまの生産部会ができました[6]。

作付面積は、2003年の0.7ヘクタールから年々増え、2025年の資料では507ヘクタールです。市内の水稲の作付け2,675ヘクタールに対して約19%、つまり2割弱で、半分ではありません[6]。0.7ヘクタールからの増え方は、計算すると約720倍です。

農薬も段階的に減りました。減農薬タイプは、2014年にネオニコチノイド系の殺虫剤をやめ、2016年にはすべての殺虫剤をやめています[6]。

手間の分を支えたものの一つは、価格だと考えられます。このお米は、ふつうのコシヒカリより高めの値段がつき、苦労の分だけ高く売れることが広がる理由の一つとされました[11]。

農法を広げたのは農家ですが、では田んぼの生きものは、実際に増えたのでしょうか。

豊岡市は2002年に有機農業の勉強会を開き、2003年に一部の圃場で無農薬・無化学肥料栽培を開始し、2005年に「コウノトリ育む農法」と命名した。2006年にはJAたじまの生産部会が発足している[6]。

作付面積は2003年の0.7haから増え、2025年の資料で507haに達する。市内水稲作付2,675ha(加工米を除く)のうち507÷2,675≒0.19で約19%に当たり、増加は約720倍である[6]。ここで言える範囲は「2割弱」で、半数ではない。2023年の市資料では、このうち無農薬は約3分の1とされる。

農薬の削減も段階的に進んだ。減農薬タイプでは、ネオニコチノイド系殺虫剤の使用を2014年にやめ、2016年にすべての殺虫剤の使用をやめた[6]。

手間に見合う収入の見通しも、拡大の一因とされる。2005年ごろの資料は、この米が県産コシヒカリの標準価格より高く売られていたことを示す[11]。

では、この水管理で生きものは、実際にどの程度増えたのか。

5. いきものは ほんとうに ふえたの?

5. 田んぼの生きものは増えたのか。調べた研究が示したこと

5. 生態調査の結果 ── 「増えた分類群」と「直接の影響」の範囲

とよおかの 田んぼを しらべた けんきゅうが あります。この やりかたの 田んぼでは、ゲンゴロウや タイコウチ、コオイムシ、アシナガグモの なかまなどが、おおかった と ほうこく されて います[9]。

けれど、なんでも ふえる わけでは ありません。ふえたのは、いくつかの なかまです。いちばん はっきり でたのは、田んぼの 土手に はえる くさの しゅるいと ひろがりでした。

2005ねんに コウノトリ 5わが はじめて はなされました。いまは、ぜんこくで 550わを こえて います[7]。これは、のうほうだけの おかげでは なく、はなす ことや そだてる ことも ふくめた けっかです。

豊岡盆地の水田を調べた研究(日本生態学会誌)では、この農法が、アシナガグモ属、ミズムシ科、コオイムシ科、タイコウチ科、ゲンゴロウ科などの密度に、よい影響を与えていました[9]。

ただし、この研究の要旨では、水生の動物の数よりも、田んぼの面や畦の植物の種数と被度への影響のほうが、より直接的だったとされています。「何でも増える」わけではなく、増えたのは限られた分類群です。

鳥の数も見てみましょう。2005年に豊岡市で5羽が初めて放鳥され、自然繁殖も進んで、2025年11月末時点で全国に550羽を超えました[7]。ただし、この数は放鳥・飼育・環境整備などを合わせた結果で、農法だけの成果ではありません。

ところで、この農法の米は、どんな人たちの手で広がったのでしょうか。意外な顔ぶれが、市長のもとを訪ねていました。

豊岡盆地の水田を対象とした日本生態学会誌の研究では、この農法はアシナガグモ属、ミズムシ科、コオイムシ科、タイコウチ科、ゲンゴロウ科などの密度に正の影響を示した。一方で、要旨は、水生動物の個体群密度よりも、田面および畦畔の維管束植物の出現種数と被度への影響のほうが直接的だと述べる[9]。増えた分類群は限られ、「あらゆる生きものが増える」とは読めない。

コウノトリ本体については、2005年に5羽が初めて放鳥され、自然繁殖などが進んで、2025年11月末時点で全国に550羽超となった[7]。この数字は放鳥・飼育・環境整備を含む総合的な結果であり、農法単独の効果とは言えない。

この農法の米を、広げる側に回った人たちがいる。市内の小中学生である。

6. こどもたちは、どうして きゅうしょくに おこめを たのんだの?

6. 子どもたちは、給食に育む米を頼みに行った

6. 給食への提案(2007年)── 子どもが描いた「食べる→田んぼが増える」の筋道

2007ねんの 3がつ、とよおかしの しょうがくせいと ちゅうがくせいが、しちょうさんの ところへ いきました。「きゅうしょくに、コウノトリを そだてる おこめを つかって ほしい」と つたえに いったのです[6]。

こどもたちは、「おこめを たべる → 田んぼが ふえる → いきものが ふえる」という みちすじを かんがえた、と しりょうに あります。

はじめは、2か月に 3かいだけでした。2009ねんには 週1かい、2016ねん4がつからは、毎日の きゅうしょくの おこめが すべて、この おこめに なりました。

お米を たべる ことが、コウノトリの すむ 田んぼに つながる。そう かんがえた こどもたちが いたのです。

2007年3月、豊岡市内の小中学生が、市長に直談判しました。市の資料によると、子どもたちは「お米を食べる→田んぼが増える→生きものが増える」という筋道を考えたそうです[6]。

給食に使われるようになった育む米は、少しずつ増えました。2007年度は2か月に3回、2009年に週1回、そして2016年4月には週5回、つまり毎日になりました[6]。

米を食べることが田んぼの生きものとつながる。その筋道を、子どもたち自身が考えて、大人に届けました。農家の水の張り方から、食卓までが一本の線でつながったのです。

2007年3月、市内の小中学生が市長に直談判し、「コウノトリ育むお米」を給食に使うことを求めた。市の資料は、子どもたちが「お米を食べる→田んぼが増える→生きものが増える」という論理(筋道)を考えたことを記す。ただし、要望の細部や参加人数は資料にない[6]。

給食での使用は、2007年度の2か月に3回から、2009年に週1回、2016年4月には、週5日すべての給食で使われるようになった(減農薬タイプ)。

水管理の工夫で餌場を増やし、農家が手間を引き受け、子どもたちが消費の側から支える。農法は、田んぼと食卓を結ぶ循環として動いている。ここから先は、自分で田んぼを観察することで確かめられる。

自分でも しらべて みたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

今日できること

ちかくに 田んぼが あったら、みちから 見て みましょう。水が はいって いる ときと、ぬけて いる ときが あります。いつ、どう かわるか、見て みましょう。

出かけてできること

田んぼの まわりの あぜを、おうちの ひとと ゆっくり あるいて、うごいた カエルを かぞえる ほうほうが あります[10]。田んぼには はいらず、水の ふちに ちかづきすぎないで ください。

こうしきの じょうほう

ひょうごけんの ホームページに「コウノトリ はぐくむ のうほう」の せつめいが のって います。

今日できること

近くに田んぼがあれば、道から眺めて、水が入っている時期と抜けている時期を見比べてみてください。この農法が水の張り方を変えた意味が、実感できるはずです。

出かけてできること

兵庫県のパネルには、畦を棒でなぞりながらゆっくり歩き、動いたカエルをアマガエル、トノサマガエル、その他に分けて数える方法が載っています[10]。田んぼには入らず、持ち主の人に声をかけ、おうちの人と行きましょう。

公式情報

兵庫県の「コウノトリ育む農法」の説明ページと、豊岡市の野生復帰のページで、農法の決まりと現在の様子を読めます。

今日できること

近くの水田で、水の状態が変わった日を記録する。続けられるなら、季節が変わるころまで記録してみる。水の張り方の違いが、実地で見えてくる。

出かけてできること

兵庫県のパネルの方法(D字型の網で水中をすくって数える、畦をなぞって動くカエルを種類別に数える、オタマジャクシを数える)を参考に、地元の田んぼで生きもの調べをしてみる[10]。持ち主の許可と安全の確保が前提となる。

公式情報

兵庫県の「コウノトリ育む農法」の説明、豊岡市の有機農業まちづくり資料、日本生態学会誌70巻3号の論文で、要件・普及状況・生態調査の結果を、原典で確かめられる。放鳥時期や羽数は資料により記述が異なることがあるため、日付を見比べて読むとよい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

農法の要件は兵庫県と豊岡市・JAたじまの資料に、生きものの結果は日本生態学会誌の論文に、鳥の数は新聞記事に依拠する。数字は資料に書かれた範囲のものだけを使い、価格は当時の値である。

  1. JAたじま・兵庫県資料(農林水産省近畿農政局掲載) https://www.maff.go.jp/kinki/tiiki/hyogo/2023seminar/kagakuhiryo/kagakuhiryo_siryo4.pdf (絶滅・農法の要件・トロトロ層)
  2. 兵庫県立人と自然の博物館「共生3」p111-112 https://www.hitohaku.jp/publication/book/kyousei3/p111-112.pdf (コウノトリの餌の量・飼育下の値)
  3. 野田市 コウノトリ資料 https://www.city.noda.chiba.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/045/718/12sumika.pdf (絶滅の要因)
  4. 兵庫県「コウノトリ育む農法」とは https://web.pref.hyogo.lg.jp/org/toyookanorin/kounotori_hagukumu_nouho.html (要件の確認・定義)
  5. 豊岡市 コウノトリ野生復帰ページ https://toyooka-kounotori.com/yaseihukki/genzai/nougyou/ (水を張る効果・開始当初の苦労)
  6. 豊岡市 有機農業まちづくり資料(農林水産省掲載) https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/attach/pdf/jichinet-202.pdf (経過・作付面積・農薬削減・給食)
  7. 神戸新聞「放鳥20年」 https://www.kobe-np.co.jp/news/tajima/202512/0019867329.shtml (放鳥と全国の羽数)
  8. 豊岡市 有機農業実施計画策定委員会資料(2023年) https://www.city.toyooka.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/026/059/20230202.pdf (農法と放鳥のつながり)
  9. 日本生態学会誌70(3) 豊岡盆地の水田の研究 https://www.jstage.jst.go.jp/article/seitai/70/3/70_217/_article/-char/ja/ (生きもの調査の結果)
  10. 兵庫県「コウノトリ育む農法は多様な生きものを育んでいます」 https://hyogo-nourinsuisangc.jp/18-panel/pdf/h22/3-1.pdf (生きもの調べの方法)
  11. 農林水産省 生き物ブランド米資料 https://www.biodic.go.jp/cbd/2006/pdf/1102_2_7.pdf (価格の比較)

なおした ところ

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