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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

くろい 砂すなと 炭だけで、どうして 刀の 鉄が できるの? ── たたらの 3日 3ばん

砂鉄と木炭だけで、刀の鉄ができるまで ── たたら製鉄・3昼夜の中身

たたら製鉄と玉鋼 ── 日刀保たたらの3昼夜と、砂鉄10トンから玉鋼約1トンまで

分野:歴史・文化

くろい 砂すなと、炭。つかう ものは、この 2つだけです。それなのに、3日 3ばん 火を たやさずに いると、大きな 鉄の かたまりが できます。

その 火を 見て、風を かんじて、音を きく 人が います。この 人は、なにを 見て、なにを きいて いるのでしょう。

使う材料は、黒い砂鉄と木炭だけ。それを土でつくった炉に入れ、3日3晩火を保つと、大きな鉄のかたまりができます。

その間、炉のそばで指揮をとる人は、火の色や風の具合、砂鉄が煮える音を頼りに判断するそうです。何を見て、何を聞いているのか。日刀保たたらの操業を中心に、炉の中で起きていることをたどります。

たたら製鉄は、砂鉄と木炭という2つの材料だけで、日本刀の原料になる鉄をつくる方法だ。日本美術刀剣保存協会の日刀保たたらでは、3昼夜の操業で約2.5トンの鉧けらを得る[1]。

このメモでは、材料の集め方、操業の流れ、村下むらげの判断、鉧から玉鋼になるまでの量、鉄が純粋になる理由、炭を焼く後継者までを、協会・博物館・自治体などの資料を突き合わせて追う。資料によって数字が違う箇所は、混ぜずに分けて書く。

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1. つかう ものは、なにと なに?

1. 材料は、砂鉄と木炭だけ

1. 材料の調達 ── 磁力で集める砂鉄、敷地内で焼く木炭

ひとつ目は、砂鉄さてつです。川や 山の 土に まざる、くろい 小さな つぶで、鉄が ふくまれて います。

日刀保にっとうほの たたらでは、近くの 山の そばで、じしゃくの 力を つかって、手で あつめて いるそうです[4]。

ふたつ目は、木炭もくたんです。まわりの 山の 木を、たたらの 場所の 中に ある 炭がまで やいて、ためて おきます[4]。

黒い砂を、磁力で集める

砂鉄は、鉄を含む黒い粒です。日刀保たたらでは、近くの羽内谷鉱山の隣接地で、磁力を使って手作業で採取していると紹介されています[4]。使うのは「真砂砂鉄」という種類で、鉧押し法と呼ばれるやり方の原料です[2]。

木炭も、自分たちで焼く

木炭は、周囲の山の雑木を敷地内の炭窯で焼いてためています。焼くのは、村下養成員と呼ばれる後継者たちです[4]。

1回の操業に使う量は、砂鉄が約10トン、木炭が約12トンとされます[2]。この数字はあとの章でもう一度出てきます。

砂鉄は、日刀保たたら近くの羽内谷(はないだに)鉱山の隣接地で、磁力を利用して手作業で採取される。木炭は、周囲の山の雑木を、村下養成員と呼ばれる後継者が敷地内の炭窯で焼いて蓄える[4]。鉧押し法の原料は真砂砂鉄とされる[2]。

1回の操業の使用量は、名古屋刀剣博物館の解説では砂鉄約10トン、木炭約12トンである[2]。ただしこの量は協会の公式ページには数字が出ていないので、「とされる」の範囲で読む[1]。

2. 3日 3ばんの あいだ、かまの なかでは?

2. 3昼夜の流れ ── 砂鉄と木炭を交互に入れ続ける

2. 操業の流れ ── 築炉から鉧出しまで、年3回・3昼夜

たたらの かまは、土で つくります。まず かまを つくり、火を つけて、風を おくります。

そのあと、砂鉄さてつと 炭を、かわりばんこに 入れて いきます。3日 3ばん、つづけます[1]。

ぜんぶ おわると、かまを こわして、中で そだった 鉄の かたまりを とりだします。この かたまりを、鉧けらと いいます。

一連の手順

操業の大まかな順番は、こうです。炉を築く、火を入れて風を送る、砂鉄と木炭を交互に入れる、鉄以外の溶けた残り(ノロ)を外に出す、終わりに向けて入れる量を減らす、炉を壊して鉧を取り出す[9][1]。日刀保たたらでは、この3昼夜の操業を「代(よ)」と数え、湿気の少ない1月中旬から2月初旬に3回行うとされます[4]。

なお、手順の細かい時刻や量は、地域と時代でちがいます。手順を書いた資料の一つは伯耆国のたたらのもので、日刀保のものとは分けて読む必要があります[9]。

風を送る道具

昔のたたらは、炉が大きくなり、屋内に高殿という建物ができました。長さ250〜300cm、幅70〜90cm、高さ110cmほどの炉に、天秤鞴という大きな送風の道具で風を送ります。それを踏む役の人は番子と呼ばれました[8]。

操業の手順は、築炉→火入れ・送風→砂鉄と木炭の交互装入→ノロ出し→装入量を減らして終了→炉を壊して鉧を取り出す、という順である[9]。日刀保たたらでは、この3昼夜の操業1回分を「1代よ」と数え、湿気の少ない1月中旬から2月初旬にかけて3代行うと紹介される[4]。

ただし手順の詳細な時刻や装入量は、資料の対象で異なる。たとえば別の資料は伯耆国のたたらを扱い、歴史的な1代で砂鉄と木炭14〜15トンから約3トンの鉧が生まれると記す[9]。日刀保の数字とは混ぜない。

近世には、炉が長さ250〜300cm・幅70〜90cm・高さ110cm程度に大型化し、屋内の作業施設として高殿が完成した。鞴ふいごの一種である天秤鞴を番子ばんこが踏み、風を送った[8]。

3. 火を 見る 人は、なにを 見て いるの?

3. 村下は「火をよみ、風をよみ、音をよむ」

3. 村下の判断 ── 火・風・砂鉄の煮える音とノロの量

たたらの しごとを まとめる 人を、村下むらげと いいます[1]。

村下は、「火を よみ、風を よみ、砂鉄さてつの にえる 音を よむ」と いわれます[4]。かまの 中は 見えないので、火の いろや、音で ようすを さぐるのです。

たとえば、おなべで 水が わく 前に、ぷつぷつ 音が しますね。あの 音で 火かげんが 分かる ように、村下も 音を たよりに して いるのかもしれません。ただし 本当の たたらは、なべとは ぜんぜん ちがう 大きさと あつさです。

村下という役目

たたら操業を行う長を「村下(むらげ)」といいます[1]。読みは「むらげ」で、「むらした」ではありません。自治体の資料では、技師長にあたる人だと説明されています[3]。

見て、聞いて、量まで調える

村下について、日刀保たたらの紹介記事は「火をよみ、風をよみ、砂鉄の煮える音をよむ」と書いています[4]。炉の中を直接のぞくことはむずかしいので、外に出る火や音から中の様子を探る、という意味に読めます。

もう一つ重要な仕事があります。ノロ(鉄以外の溶けたかす)が出る量を、多すぎず少なすぎないよう調整することです[3]。3昼夜、火から目をはなせない時間が続きます。

操業の長を「村下(むらげ)」という。読みは協会の表記に従う[1]。日本遺産の解説は村下を技師長とし、ノロ(鉄滓)が多すぎず少なすぎないよう調整することを重要な役目に挙げる[3]。

鉄の道文化圏の紹介は、村下の仕事を「火をよみ、風をよみ、砂鉄の煮える音をよむ」と表す[4]。炉の内部は直接見られないため、外から得られる火・風・音の情報で内部を推し量る、という意味と読める。

4. 鉄の かたまりは、ぜんぶ 玉はがねに なるの?

4. 鉧出しと、玉鋼になる量

4. 鉧出しと収量 ── 砂鉄10トン・木炭12トンから玉鋼約1トン

3日 3ばんが 終わると、かまを こわして、鉧けらを ひっぱり 出します。これが、たたらの 中で いちばん はくりょくの ある ばめんだと いわれて います[1]。

鉧けらは やく 2.5トン。ここから えらんだ いい ところが、玉鋼たまはがねです。玉鋼たまはがねに なるのは やく 1トン。半分にも たりません[2]。

つかった 砂鉄さてつは やく 10トン、炭は やく 12トン。そこから できる 玉鋼たまはがねは、やく 1トンです。

最も迫力のある場面

3昼夜のあと、釜を壊して鉧を引き出す作業を「鉧出し」といいます。協会は、一連の操業の中で最も緊張し、迫力のある場面だと紹介しています[1]。日刀保たたらでは、約2.5トンの鉧が出ます[1]。

鉧のうち、玉鋼になるのは約4割

鉧がそのまま玉鋼なのではありません。名古屋刀剣博物館の解説では、1回の操業で鉧が約2.5トン、そのうち玉鋼が約1トンです[2]。1÷2.5で約4割です。

玉鋼は、炭素の含有量、不純物の含有量、割った面(破面)の均一さを見て、1級から3級に分けられます[2]。1代でできる玉鋼は、全国の刀匠約200人に提供されると紹介されています[4]。

なお、歴史的な菅谷たたらなどの記述では、砂鉄約10トン・木炭約12トンから鉧約3トン、玉鋼約1トンとされています[3]。日刀保の約2.5トンとは少し違うので、混ぜずに読みます。

3昼夜の操業の後、釜を壊し、鉧を引き出す作業を鉧出しという。協会は、これを一連の操業のなかで最も緊張し、迫力のある場面と紹介する。日刀保たたらでは約2.5トンの鉧が出る[1]。

名古屋刀剣博物館の解説によれば、1回の操業で砂鉄約10トン・木炭約12トンを使い、鉧は約2.5トン、そのうち玉鋼は約1トンである[2]。玉鋼は鉧の約40%(1÷2.5)にあたる。一方、日本遺産の解説は、歴史的な菅谷たたら等の記述として、同じ砂鉄約10トン・木炭約12トンから鉧約3トン、玉鋼約1トンと記す[3]。鉧の量が約2.5トンと約3トンで異なるので、別々の数字として扱う。

玉鋼は特級から三級に分けられた歴史があり[3]、日刀保たたらでは1〜3級に分類され、基準は炭素の含有量、不純物の含有量、破面の均一性である[2]。1代の玉鋼は全国の刀匠約200人に提供されるとされるが、人数は当該ページの記述であり、年により変わりうる[4]。

5. どうして きれいな 鉄に なるの?

5. 時間をかけてゆっくり ── 純度が上がる理由

5. 純度の理由 ── 長時間の還元と、粘土の炉壁

たたらでは、時間を たっぷり かけて、ゆっくり 砂鉄さてつから 鉄を 取り出します。その あいだに、鉄に まじって いた よけいな ものが、とけて 外へ 出て いくと いわれます[6]。

やさいを ゆっくり ゆでると、あくが 出て いくのに 少し にて います。ただし 本当は、鉄の 中で おきる ことなので、ゆで やさいと ちがう 部分も たくさん あります。

かまの 土の かべにも、はたらきが あります。かべの ねんどが、よけいな ものを 外へ 出す 手助けを すると せつめい されます[7]。

ゆっくり時間をかける

中川政七商店の解説では、たたらは砂鉄と木炭で、時間をかけてゆっくり砂鉄から鉄を取り出す方法とされます。その間に不純物が溶け出るので、純度が高くなるといいます[6]。玉鋼の炭素量は1.2%前後、鍛えたあとで0.7%前後という数字が紹介されていますが、資料によって幅があるので、目安として読みます[6]。

土の炉壁も働く

炉の粘土の壁は、触媒のように働いて不純物を外へ出すと説明されています[7]。中川政七商店の解説では、砂鉄の約3分の2が鉧になり、約3分の1は砂鉄のまま下へ落ちて釜土と反応するそうです。この割合は一つの資料の記述なので、「とされる」の範囲で読みます[6]。

中川政七商店の解説は、砂鉄と木炭で時間をかけてゆっくり還元するため、その間に不純物が溶けて出て純度が高くなる、と説明する。玉鋼の炭素量は1.2%前後、鍛錬後は0.7%前後とされるが、別の資料では0.5〜1.2%とあり、幅がある[6]。

炉の粘土壁も役割をもつ。鉄の道文化圏の解説では、炉壁の粘土が触媒となり不純物(ノロ=鉄滓の融解物)が排出される[7]。また中川政七商店は、砂鉄の約3分の2が鉧になり、約3分の1は砂鉄のまま下へ落ちて釜土と反応すると記す。この割合はこの資料のみの記述なので、断定は避ける[6]。

6. 火を 見る 人の 前に、だれが 炭を やくの?

6. 炭を焼くのも、後継者たち

6. 後継者 ── 村下養成員と、炭焼きから続く技

ここまでに 出て きた 炭は、たたらの 場所の 中で やいた ものでした。やいて いるのは、村下の あとを つぐ ための くんれんを して いる 人たちです[4]。

火を 見る 人が 3日 3ばん 火を 守れるのは、その 前に 炭を そろえる 人が いるからです。この 人たちが、たたらの わざを、つぎの 人へ わたして いきます。

日本美術刀剣保存協会にほんびじゅつとうけんほぞんきょうかいの せつめいには、9人が くんれんに はげんで いると 書かれて います[5]。

村下養成員という後継者

木炭を焼いているのは、村下養成員と呼ばれる後継者たちです[4]。協会は、村下養成員として9名が技術の錬磨に励んでいると紹介しています[5]。ただし、これは掲載時点の人数で、今の数字は確かめていません。

炉のそばで火を読む人の前に、炭を焼く仕事がある。そこにも技を学ぶ人がいる、ということです。操業の長だけでなく、材料づくりから関わる人たちが、たたらを続けています。

木炭は、村下養成員と呼ばれる後継者が、敷地内の炭窯で焼いて蓄える[4]。協会は「村下養成員として9名の者が技術の錬磨に励んでいます」旨を紹介する。この人数は掲載時点のもので、現在の数は未確認である[5]。

操業の長である村下だけでなく、炭焼きという材料づくりの段階から技を学ぶ人がいる。3昼夜の操業は、その積み重ねの上に成り立つ、と読める。

7. じしゃくで、すなの 中の 黒い つぶを さがそう

7. 磁石で、砂の中の黒い粒を探そう

7. 出口 ── 磁石で砂鉄を探す/資料への入り口

いえに じしゃくが あれば、紙の 上に、いえに ある すなを 少しだけ 出して、そっと 近づけて みましょう。黒い つぶが くっつく ときが あります。まったく つかない ばしょも あります。

つくか、つかないか。どこで つくのか。それを たしかめる だけで、さてつを さがす 気分に なれます。

すなは 口に 入れないで、さわった あとは 手を あらいます。

もっと 知りたく なったら、日本びじゅつとうけんほぞんきょうかいの ホームページを 見て みましょう[1]。

家に磁石があれば、紙の上に出した砂(花だんの土や、植木鉢の砂など)に近づけてみましょう。公園の砂場で試すときは、まわりの人やルールに気をつけてください。黒い粒がくっつくことがあります。まったくつかない場所もあります。

つく場所とつかない場所を、いくつか見比べると、砂鉄が「どこに」たまりやすいのか、想像がふくらみます。砂は口に入れず、さわったあとは手を洗ってください。

もっと知りたくなったら、日本美術刀剣保存協会のページで、操業のようすが読めます[1][5]。

磁石があれば、家にある砂や土を紙の上に少量出して近づけ、黒い粒がつくかを試せる。砂鉄が磁力で集められるという資料の記述[4]を、自分の手で確かめることになる。つく場所とつかない場所があるはずで、場所による違いを見るのも楽しい。砂は口に入れず、終わったら手を洗う。公園の砂場で試すなら、周囲の人や施設のルールに配慮する。

資料を読むなら、まず協会の「たたら操業と日刀保たたら」[1]と「たたら事業」[5]。量や等級は名古屋刀剣博物館[2]、歴史的なたたらは日本遺産のページ[3]で読める。資料ごとに数字が違う箇所は、どの時代・どの施設の数字かを確かめながら読みたい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:日本美術刀剣保存協会、名古屋刀剣博物館、日本遺産ポータル、鉄の道文化圏、民間企業の解説記事などを使った。何に使ったかは項目の最後に書いている。

  1. 日本美術刀剣保存協会「たたら操業と日刀保たたら」。https://www.touken.or.jp/museum/sword/tatara.html (3昼夜の操業、鉧、村下、鉧出しについて)
  2. 名古屋刀剣博物館「たたら製鉄の解説」。https://www.meihaku.jp/sword-basic/tatara/ (使用量と玉鋼の量、等級について)
  3. 日本遺産ポータル「出雲國たたら風土記」。https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/special/135/ (歴史的なたたらの量と、村下の役目について)
  4. 鉄の道文化圏「日刀保たたら」。https://tetsunomichi.gr.jp/fascinating-tatara/only-surviving-tatara/ (操業の時期、材料の調達、村下の仕事の表現について)
  5. 日本美術刀剣保存協会「たたら事業」。https://www.touken.or.jp/about/jigyou/tatara.html (村下養成員の人数について)
  6. 中川政七商店の読みもの。https://story.nakagawa-masashichi.jp/39138 (純度が上がる理由と炭素量について。企業の解説記事)
  7. 鉄の道文化圏「たたらのしくみ」。https://tetsunomichi.gr.jp/history-and-tradition/tatara-outline/part-3/ (粘土の炉壁の働きについて)
  8. ホームメイト「たたら製鉄の歴史と仕組み」。https://www.touken-world.jp/tips/10863/ (近世の炉の大きさと高殿、送風について)
  9. たたら操業の手順(tatara-navi)。https://www.tatara-navi.com/…/操業の手順 (操業の流れについて。伯耆国のたたらの資料)

なおした ところ

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