1. こえで ほんとうに グラスは われるの?
1. 「生の声か、録音か」── 有名なCMと、映像に残った12個目まで
1. CMの逸話と2005年の実験 ── 割れたのは12個中1個
「うたごえで グラスが われる」。この 話は、むかしの コマーシャルで ゆうめいに なりました。1972ねんに 歌手の エラ・フィッツジェラルドが 出た コマーシャルは、「なまの こえ? それとも ろくおん?」と といかけました[6]。ただし この コマーシャルで グラスを どう わったのかは、はっきり して いません。
ほんとうに こえだけで われるのか。2005ねんに、歌手の ジェイミー・ヴェンデラさんが ためしました。グラスを 12こ ためして、1こが われました[1]。
12こ ためして 1こ。ここに、われる ための むずかしさが かくれて いそうです。
「生の声か、録音か」。1972年、歌手のエラ・フィッツジェラルドが出演したメモレックス社のテープのCMは、そう問いかけて有名になりました。もとは1970年にシカゴの広告会社が、オペラ歌手が高音でグラスを割るという話を使って、テープが生の音をそっくり再現することを示そうとしたCMだといわれます[6]。ただし、そのCMでグラスをどう割ったのかは、明らかにされていません。
では、本当に声だけで割れるのでしょうか。映像で確かめられた最初の例とされるのが、2005年の『MythBusters』です。歌手のジェイミー・ヴェンデラさんが、増幅なしの声でワイングラスを12個試し、1個を割りました[1]。
割れたのは事実でも、12個で1個です。ここに、割れるための条件の厳しさが見えます。まず「どれくらい大きな声が必要か」から見てみましょう。
声でグラスが割れるという話は、広告に使われて広まった。1970年にシカゴの広告会社レオ・バーネットが、オペラ歌手が高音でグラスを割るという話を使ってメモレックス社のテープの再現性を示すCMを作り、1972年にエラ・フィッツジェラルドが出演して「生の声か、メモレックスか」という問いかけで知られるようになったという[6]。ただし、CMだけでは声だけで割ったとは判断できない。
根拠になるのは、2005年の『MythBusters』(ディスカバリーチャンネル)の実験である。歌手のジェイミー・ヴェンデラ(Jaime Vendera)が、増幅なしの声でワイングラスを12個試した末に1個を割った。映像で確かめられた最初の例とされる[1]。この記録は、解説記事で紹介されている。
成功は1個、失敗は11個。この成功率が、声でグラスを割る条件の厳しさを物語る。では、条件とは何か。まず音の大きさから見る。
2. どれくらい 大きな こえが いるの?
2. ふつうの会話の何倍も大きな音が要る
2. 必要な音量 ── 会話の約50dBに対し、105〜125dB
ふつうの おはなしの こえは、音の 大きさで いうと 50デシベルくらい。グラスを わった ときの こえは、およそ 105デシベルでした[3]。
デシベルは、数が 10 ふえると、音の エネルギー(ちからの つよさ)が 10ばいに なる ものさしです。ですから 55 ちがうと、とても 大きな ちがいです。
ただし 大きな こえだけでは、グラスは われません[3]。もう ひとつ、だいじな ことが あります。
ふつうの会話の声は、およそ50デシベルです。一方、ヴェンデラさんがグラスを割ったときの音は、約105デシベルと記録されています[1][3]。
デシベルは、10ふえるごとに音のエネルギー(音の強さ)が10倍になる単位です(音の圧力でいえば約3.16倍)。55の差は、エネルギーでいうと10を5.5回かけた大きさで、およそ30万倍にあたります。会話の声とは、かなり差があります。
ただし、必要な音の大きさは資料によって幅があります。グラスゴー大学の物理学者らは論文のなかで、薄いグラスはグラスの位置で約125デシベルのときに割れるのが普通だと報告しています[2]。測った位置やグラスの違いもあり、1つの数字には決められません。
それでも、大きな声を出せば割れるわけではありません。大きさがそろっても、音の高さが合っていなければ割れないからです[3]。
必要な音の大きさは、資料によって幅がある。UBCの物理の授業サイトは、声でグラスを割るには少なくとも約105dBが要るとし、普通の会話の約50dBと比べている[3]。ヴェンデラが割ったときの音も約105dBと報告された[1]。一方、グラスゴー大学の物理学者らの論文(American Journal of Physics, 1998)は、薄い壁のグラスは「グラスの位置で音圧レベル約125dB」で割れるのが普通だと述べる[2]。
音響強度(エネルギーの流れの強さ)は10dB上がるごとに10倍になる(音圧では約3.16倍)。105と50の差は55dBで、強度では10の5.5乗、つまりおよそ30万倍(計算値)である。そして125dBなら、会話の約75dB上、10の7.5乗、約3000万倍になる。資料によって105〜125dBと幅があるため、必要な音量を1つの数字では示せない。
面白いのは、同じ論文が「125dBはエネルギーに直すと1ワットに満たない」と指摘していることだ[2]。数字は派手でも、必要なのは大きな力そのものより、うまく届ける工夫である。そして、音の大きさだけでは割れない[3]。次の条件が、音の高さだ。
3. グラスを たたくと、音の たかさが わかるの?
3. グラスにはそれぞれ「鳴りやすい高さ」がある
3. 共振 ── 縁が楕円にゆがむ振動と、1Hz未満という幅
グラスを かるく たたくと、「チーン」と 音が します。この 音の たかさは、その グラスの「なりやすい たかさ」を しる めやすです[5]。
こえで この たかさを あわせると、グラスの ふちが ぷるぷる ゆれます。ふちは まるい かたちから、たてに ながい 円(だえん)の ように ゆがむ ことが わかって います[3]。
ふつうの ワイングラスの 音は、まんなかの 「ド」より 1オクターブ うえ あたりです。グラスの 大きさで かわります[4]。
この たかさが すこし ずれると、ゆれは 小さく なります。つぎで その びっくりな はなしを します。
グラスを指で軽くはじくと、澄んだ音が鳴ります。この音の高さは、そのグラスの「鳴りやすい高さ」を知る目安です。物理では固有振動数といい、声の高さがこれに合うと、グラスは大きく揺れます。この現象が共振です[5]。
共振したグラスの縁は、円から楕円へとゆがむように振動します[3]。ふつうのワイングラスの音は、中央のドの約1オクターブ上あたりで、グラスの大きさによって変わります[4]。
コンピューターによるシミュレーションでも、音の高さが合っていなければ、どれだけ音を大きくしてもグラスは割れないという結果が出ています[5]。大きさより、高さが先なのです。
では、どれくらい正確に合わせる必要があるのでしょうか。論文の数字を見ると、思ったよりずっと細かい世界でした。
グラスを軽くたたいたときの音の高さは、そのグラスの共振の高さを知る目安になる(強く振動すると、共振の高さが数Hz下がることがある)。声をこの高さに合わせると、グラスの縁は円から楕円へ、周期的にゆがむように振動する[3]。ふつうのワイングラスなら、中央のドの約1オクターブ上あたりだが、グラスの大きさで変わる[4]。有限要素解析のシミュレーションでも、高さが合わない音は、どれだけ大きくしても割れなかった[5]。ただし企業ブログのシミュレーションであり、実測ではない。
では、「合う」とはどれほど細かい話か。Skeldon らの論文は、質のよいワイングラスについて、共振の幅(線幅)が「数百Hzの共振に対して1Hz未満」だと報告した[2]。たとえば400Hz前後なら、400分の1より細い幅である(計算値)。これは共振の鋭さを示す値で、声の高さに許される誤差そのものではない。この論文のワイングラスのQ値(共振の鋭さを表す数)は約3500〜4200とされる。
声で言えば、半音(約6%の違い)のさらに数十分の1ほどの高さの違いでも、振動は育ちにくくなる。ただし同じ論文は、Qが最も高いグラスが最も割れやすいとは限らないとも述べる[2]。
高さを合わせたら、すぐ割れるのか。論文の別の測定が、「時間」という条件を示している。
4. あわせたら、すぐ われるの?
4. 大きな音を、何秒も保たなければならない
4. 振動の立ち上がり ── 時間定数約4秒と、20秒の持続
いいえ。こえを あてても、グラスの ゆれは すこしずつ しか 大きく なりません。ぶらんこを おす ときと にて います。ちょうど いい タイミングで おし つづけると、すこしずつ 大きく ゆれます。ただし グラスは、もっと びんかんです。
ろんぶんの じっけんでは、ゆれが 大きく なるまでの めやすが 4びょう ぐらいでした[2]。べつに、コンピューターの けいさんでは、20びょうより みじかい あいだ 音を ずっと だして、グラスの ふちに ひびが はいりました[5]。
だから、一しゅん 大きな こえを だすだけでは、われにくいのです。たかさを あわせて、のばして ならすのが、こつです。
ブランコを押すときのように、ちょうどよいタイミングで力を加え続けると、少しずつ大きく揺れます。共振も同じで、揺れは一瞬では育ちません。
グラスゴー大学の論文では、共振で鳴らし続けたときの振動の大きさが育つ時間が、秒単位でした。測定例の時間定数は約4秒です[2]。手で信号を出すと、割れる限界に達するまでにずっと時間がかかったといいます。
シミュレーションでも、鉛を多く含むクリスタルのグラス(共振392.2Hz)に120〜140デシベルの音を20秒未満保つと、縁のまわりからひびが入って割れました[5]。これは計算上の条件で、実際の声の数字ではありません。
一瞬の大声ではなく、高さを合わせたまま、数秒以上音を保つこと。歌手の技術が問われるのは、ここです。それでも、ここまでそろえても割れるとは限りません。グラスの側にも事情があるからです。
音の高さが合えば、すぐ割れるわけではない。同じ論文で、共振で励振し続けたときの振動の大きさの成長には、時間定数で約4秒かかった[2]。時間定数は、最終値の約6割に達するまでの目安であり、実際に割れる限界までには、さらに時間が必要になる。論文でも、手で信号を出すと限界に達するまでずっと時間がかかったという。
有限要素解析では、鉛を多く含むクリスタルのグラス(共振392.2Hz)に120〜140dBの音を20秒未満保つと、縁の周りからひびが入った[5]。これは計算上の条件で、人の声で再現した数字ではない。
したがって、条件は2つに分かれる。第一に、共振の線幅が1Hz未満というほど鋭い共振に、声の高さを合わせること(許される誤差は、この値だけからは決められない)。第二に、大きな音を秒単位で出し続ける持続力。実験の時間定数は約4秒、シミュレーションで割れた条件は20秒未満の持続で、この2つは別の数字である。高さが合わなければ育たず、育つには時間がかかる。この2つを兼ねる難しさが、12個で1個という結果の背景にあると考えられる。
では、条件をそろえればいつでも割れるのか。次はグラスの側の話である。
5. おなじ グラスでも、ちがいが あるの?
5. 同じに見えるグラスでも、割れやすさは違う
5. 表面の微小な傷とクリスタル ── 割れる保証がない理由
おなじに みえる グラスでも、われやすさは ぜんぜん ちがう ことが あります。ガラスの ひょうめんに、目に みえない ちいさな きずが あるからです[1]。きずの 大きさも、われやすさに かんけい します。
それに、ふつうの コップより、なまりを ふくむ クリスタルの グラスの ほうが むいて います。すんだ 音が、すぐに きえず、ながく なるからです[4]。
ですから、12こ ためして 1こ。ふしぎでは ありません。
機械工学者のカイサー氏は、割れるかどうかはガラスの表面にある目に見えない小さな傷(欠陥)の大きさに左右され、同じに見えるグラスでも割れやすさは大きく違うと説明しています[1]。音の高さと大きさと長さがそろっても、鳴らせることと割れることは別なのです。
もう一つ、グラスの種類も関係します。ふつうのコップより、鉛を含むクリスタルのグラスのほうが向いているといわれます。澄んだ音がすぐに弱まらず、長く鳴り続けるので、共振が育ちやすいからです[4]。
こうして見ると、12個で1個という結果は、不思議でもなんでもありません。高さが合うこと、大きな音を保てること、傷などグラスの側の違いも関わること。こうした条件がそろったことが、映像に残った1個の背景にありそうです。
では、割れる瞬間のグラスの中では、何が起きているのでしょうか。
割れるかどうかは、音だけでは決まらない。機械工学者J. Kysarは、破壊はガラス表面の初期欠陥の大きさに左右され、同じに見えるグラスでも破壊強度は大きく違うと述べる[1]。条件をそろえて鳴らせても、割れる保証はない。
また、グラスの種類も影響する。鉛を含むクリスタルのグラスは澄んだ音で、すぐ減衰せず長く鳴り続けるため、共振が育ちやすく向いているとされる[4]。逆に言えば、普通のコップは減衰が早く、同じ条件でも不利である。
ここまでをまとめると、条件は4つ(高さの一致・十分な大きさ・持続・傷などグラス側の違い)で、12個中1個という結果は、これらが同時にそろう難しさを示唆する。なお、時間の数字は実験(時間定数約4秒)とシミュレーション(20秒未満)で条件が別である。
では、割れる瞬間のグラスの内部では何が起きているのか。高速度カメラが、その一部を捉えている。
6. われる しゅんかんは、どう なって いるの?
6. 割れる瞬間をカメラで見ると
6. 毎秒18万7500コマの記録 ── 割れる瞬間を追う
とても はやく うつせる カメラで、グラスが われる しゅんかんが さつえい されました。1びょうに 18まん 7500まいの しゃしんを とる カメラです[7]。
ふちが はげしく ゆれて、グラスが こわれて いく ようすが うつって います[7]。
うたごえで ふちが ゆれつづけ、ひびが ひろがります。はやい カメラで みると、その じゅんばんが わかります。
共振で激しく震えるワイングラスが割れる瞬間は、毎秒18万7500コマの高速度カメラで撮影されています[7]。肉眼では一瞬の出来事も、カメラで見ると、激しい振動のあとにグラスが壊れていく流れとして見えてきます。
声で割るのは、力任せではなく、グラスの性質に合わせる作業です。そこに歌手の技術が要る理由があります。
共振で激しく振動するワイングラスが壊れる瞬間は、毎秒18万7500コマの高速度カメラで撮影されている[7]。共振で振動したグラスが壊れる過程が、一コマずつ追える。
ここまでの流れを一本の線にすれば、声でグラスを割るとは、グラス固有の高さに、線幅が1Hz未満という鋭い共振に向けて声を合わせ、数秒以上その大きな音を保ち、さらに表面の傷などグラス側の違いも関わって初めて起きることだ。割れるのは本当だが、簡単ではない。
この一本線を、自分の耳で確かめることはできる。割らずに、音の高さを聞くだけでよい。
7. グラスを たたいて、音の たかさを きいて みよう
7. 割らずに、音の高さを聞いてみる
7. 割らずに確かめる ── 固有の高さを耳で聞き、原典を読む
あつくて じょうぶな ガラスの コップを つかい、おとなの ひとと いっしょに やりましょう。コップを 2つ ならべて、ゆびで かるく はじいて みます。コップに よって、音の たかさが ちがう はずです。
その 音を、こえで まねして みましょう。こえは ちいさくて だいじょうぶ。グラスを わる ひつようは ありません。わる ための こえは、ぜったいに ださないで ください。
厚くて丈夫なガラスのコップを使い、大人と一緒に、指で軽くはじいて、音の高さを聞いてみましょう。形や大きさの違うコップを2つ以上並べると、鳴りやすい高さが違うことが分かります。
その音を、小さな声でまねしてみます。グラスを割る必要はありません。むしろ割るための大声は出さないでください。割れた破片は危険です。薄いグラスは避け、厚くて丈夫なコップを使い、大人と一緒にやりましょう。
音の高さを真似してみると、ほんの少し高さがずれるだけで、グラスの鳴り方が変わることに気づくかもしれません。論文の「1Hz未満」が、どれほど細かい話だったかが、少し想像できるはずです。
家庭では、割るのではなく聞くのが安全で、十分に面白い。厚くて丈夫なガラスのコップを2つ以上用意し、軽くはじいて音の高さを比べる。形や大きさで高さが違うことが分かる。その音を小さな声でまねすれば、高さを合わせる難しさも実感できる。ただし、割るための大声は出さない。破片の危険があるため、薄いグラスは避け、大人と一緒に行う。
共振の線幅やQ値、時間定数が実測の数字で示されているのが、グラスゴー大学のSkeldon, Nadeau, Adamsによる論文(American Journal of Physics 66(10), 1998)だ。図や数値を眺めるだけでも、グラスの鳴り方が数字になっているのが分かる。MythBusters の例やCMの逸話は解説記事による紹介なので、この論文の数字と並べると、実測と逸話の違いが見えてくる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
英語の資料が中心です。引用は最小限にし、言いかえて使っています。
- Scientific American, "Fact or Fiction?: An Opera Singer Can Shatter a Glass with Her Voice" https://www.scientificamerican.com/article/fact-or-fiction-opera-singer-can-shatter-glass/ (MythBusters の実験、105dB、表面の傷)
- Skeldon, Nadeau, Adams, "A resonant wineglass excitation and measurement" , American Journal of Physics 66(10), 1998 https://www.rose-hulman.edu/~moloney/Ph425/ejp_projects_0708/resonant%20wineglass%20excitation%20n%20measurement%20AJP000851.pdf (共振の幅、Q値、125dB、時間定数)
- UBC Physics 341 wiki, "Wine Glasses" https://wiki.ubc.ca/Course:PHYS341/Archive/2016wTerm2/WineGlasses (音量の目安、縁が楕円にゆがむ振動)
- BBC Science Focus, "How high must you sing to shatter a wine glass?" https://www.sciencefocus.com/science/how-high-must-you-sing-to-shatter-a-wine-glass (音の高さの目安、クリスタルが向く理由)
- Siemens Simcenter blog, "Digital Debunking: Can you actually shatter glass with your voice?" https://blogs.sw.siemens.com/simcenter/digital-debunking-can-you-actually-shatter-glass-with-your-voice/ (有限要素解析のシミュレーション)
- NPR, "The Voice That Shattered Glass" https://npr.org/2019/09/03/749019831/the-voice-that-shattered-glass (メモレックスのCMの成り立ち)
- PetaPixel, "Watch Sound Waves Shatter a Wine Glass at 187,500 Frames Per Second" https://petapixel.com/2021/07/16/watch-sound-waves-shatter-a-wine-glass-at-187000-frames-per-second (高速度カメラの撮影)
なおした ところ
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