1. じしょには、ともだちは どんな 人と 書いて ある?
1. 辞書は「友だち」を、どんな人と説明しているのか
1. 辞書の定義の重心 ── 「対等」か「行動をともにする」か
じしょを ひいて みます。『でじたるだいじせん』には、ともだちは 「おたがいに 安心して、おなじ たちばで つきあって いる 人」「いっしょに 遊んだり おしゃべりを したりする 親しい 人」と いう 意味の ことが 書かれて います[1]。
べつの じしょ、『にほんこくごだいじてん』では 少し ちがいます。こちらは、「おなじ 目ざす ことや やる ことを いっしょに して、いつも 親しく つきあって いる 人」と いう 方向の せつめいです[1]。
どちらも、いっしょに 時間を すごす 親しい 人と いう ところは 同じです。けれども、一つめは 「おたがいに 安心できる」ことを、二つめは 「いっしょに やる」ことを 大切に して います。じしょでも、ともだちの こたえは、少し ずつ ちがうのです。
じしょの こたえは、大人が まとめた ものです。では、小さい 子は ともだちを どう 考えて いるのでしょう。
二つの辞書、二つの重心
『デジタル大辞泉』は「友達」を、互いに心を許し合って対等に交わっている人、一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人、と説明しています[1]。
『精選版 日本国語大辞典』は、志や行動などを一緒にして、いつも親しく交わっている人々としています[1]。
同じ「親しい人」でも、言い方が違う
並べてみると、どちらも「親しく交わる」ことは共通しています。ただ、前者は「対等で心を許し合う」関係に、後者は「志や行動を共にする」ことに重心があります[1]。辞書の編集方針の違いまでは資料から言えませんが、少なくとも、辞書ごとに答えの形が少し違うことは確かです。
辞書の説明は、大人がまとめた答えです。では、子ども自身は友だちをどう捉えているのでしょうか。
辞書は「友達」をどう定義しているのか。『デジタル大辞泉』は、互いに心を許し合って対等に交わっている人、一緒に遊んだり話したりする親しい人とする。一方、『精選版 日本国語大辞典』は、志や行動などを一緒にして、いつも親しく交わっている人々とする[1]。
前者は関係の質(対等・心を許す)に、後者は共同の行動(志・行動をともにする)に重心がある。どちらも「親しい交わり」を核とするため、日常の用法ではほとんど衝突しない。それでも、「心を許す」と「行動を共にする」は同じではない。たとえば、行動を共にしていても心を許していない相手は、前者の定義では友達に入りにくい。
辞書の記述は、大人の言語使用をまとめたものである。では、語を使う側の子どもは、友だちをどう捉えているのか。発達研究の枠組みを見る。
2. ともだちの こたえは、年れいで かわるの?
2. 友だちの答えは、年齢とともにどう変わるのか
2. 友情の発達段階 ── 「いま遊ぶ人」から「違いを受け入れ合える人」へ
こたえは、かわる と いわれて います。セルマンの だんかいせつを しょうかいする 教ざいでは、5つに 分けて います[4]。
3さいから 6さいごろは、「いま いっしょに 遊んで いる 人」です。5さいから 9さいごろは、「しんせつに して くれる 人」。7さいから 12さいごろは、「して もらったら、お返しを する 人」です。
8さいから 15さいごろに なると、「ひみつを 分かち 合える 人」。12さいを すぎると、「ちがいを みとめ 合える 人」に なると いわれて います[4]。
ただし、この 年れいは めやすです。しかも、みんなが おなじ じゅんばんで 進む とは かぎりません[4]。1年生でも ひみつを 話せる ともだちが いる 子は いるでしょうし、それは ふつうの ことです。
さて、この 話は 外国の 研究が もとです。日本の 子どもでも、同じ ように かわるのでしょうか。
5つの段階
発達心理学者 Selman(1980年)の段階説を紹介する教材では、友情の捉え方を5段階に整理しています。年齢はおおよそ次のとおりです[4]。
3〜6歳頃は「いま一緒に遊んでいる人」。5〜9歳頃は「親切にしてくれる人」。7〜12歳頃は「お返しをする人」。8〜15歳頃は「秘密を分かち合える人」。12歳以上は「違いを受け入れ合える人」です。
順番は目安
年齢の範囲が重なっているのは、子どもによって進み方が違うからです。この教材も、年齢はモデル上の目安であり、全員が同じ順で進むとは限らないとしています[4]。
この段階の変化は、「いまこの場にいる人」から「長く続く、心でつながった人」へ、友だちの意味が広がっていく流れとして読めます。ただし、この枠組みが日本の子どもにもそのまま当てはまるかは、別の資料で見る必要があります。
友だちの捉え方は、年齢とともにどう変わるのか。Selman(1980)の枠組みを紹介する教材では、3〜6歳頃は「いま一緒に遊んでいる人」、5〜9歳頃は「親切にしてくれる人」、7〜12歳頃は「お返しをする人」、8〜15歳頃は「秘密を分かち合える人」、12歳以上は「違いを受け入れ合える人」とされる[4]。
注目したいのは、年齢の範囲が互いに重なっている点である。これは、境目が人によって前後するためで、出典も年齢は目安であり、全員が同じ順で進むとは限らないと断っている[4]。したがって、「7歳になったら『お返し』の段階に入る」という使い方はできない。
変化の方向は一貫している。最初は「いま・ここで」の行動(遊ぶ)が基準で、次に相手の行為(親切・お返し)、さらに内面の共有(秘密)、最後に違いの受容へ進む。時間の幅が広がり、関係が「その場の遊び」から「続く心のつながり」へ移っていく。
ただし、これは主に英語圏で整理された理論であり、ここで使った出典は大学講義用の教材(二次資料)で、年齢幅もモデル上の目安である。日本語で書かれた子どもの言葉は、別の研究で確かめられている。
3. 日本の 小学生の 作文でも、同じ ことが あるの?
3. 日本の小学生の作文には、どんな変化が見えたのか
3. 18人の6年間 ── 日本の小学生の作文分析
ある 研究では、日本の 小学生 18人に 手つだって もらい、1年生から 6年生までの 作文を 6年かけて 読みました[5]。
2年生ごろから、「この 子が ともだち」と、だれかを えらんで 書く ように なります。3年生ごろからは、「おたがいに して あげた」と いう 書き方が 出て きます。
4年生ごろから、「ともだちは 心の ささえ」と 考える 子が ふえます。6年生に なると、「ともだちとは こういう もの」と、みんなに あてはまる 話として 書く ように なる と されて います[5]。
これは 18人の 作文を 読んだ 研究です。日本の すべての 子の ようすでは ありません。それでも、学年が すすむと ともだちの 考え方が ふかく なって いく ところは、さっきの 5つの 分け方と よく にて います。
ところで、「ともだち」という 言葉の 「だち」には、どんな 意味が あるのでしょう。
18人の作文を、6年間たどった研究
松永あけみ氏(2017年)は、18人の児童の小学1年から6年までの作文を分析し、友だちの捉え方の変化を調べました[5]。
報告では、2年生頃から特定の他者を「友だち」として書くようになり、3年生頃から相互性(して、してもらう関係)の記述が現れます。4年生頃から心の支えとして友だちを捉える子が増え、6年生では一般論として友だちを論じるようになるとされています[5]。
読み方の注意
協力したのは18人です。結果は、日本の子ども全体の傾向とは言えません。また、前の章の段階説と学年がぴったり重なるわけでもありません。ただ、「特定の相手」から「して、してもらう関係」、そして「心の支え」へという方向は、段階説の流れと重なって見えます。
では、「友だち」という言葉そのものは、どこから来たのでしょうか。
日本の子どもの言葉では、変化はどう現れるのか。松永(2017)は、児童18名の小学1年から6年までの作文を6年間分析した。2年生頃から特定の他者を「友だち」として記述し、3年生頃から相互性の記述が現れ、4年生頃から心の支えとして友だちを捉える児童が増え、6年生では一般論として友だちを論じるようになる、という結果である[5]。
この結果を、前章の段階説と重ねると、「特定の相手を指す」「して、してもらう」「心の支えにする」という方向は一致している。他方で、学年の対応は一致しない。段階説では「お返しをする人」が7〜12歳頃だが、作文では3年生頃(8〜9歳)から相互性が現れる。これは理論の年齢幅に収まるため、矛盾とは言えないが、完全な一致でもない。
また、18名の作文の分析であり、全国の子どもの傾向を示すものではない。
辞書と発達研究を見て、友だちの意味が「定義」と「年齢」の両方で揺れることが分かった。では、「友達」という語は、そもそもどう成り立っているのか。
4. 「ともだち」の 「だち」って、なに?
4. 「友達」の「達」は、一人のことにも使えるのはなぜか
4. 「友」と「達」の成り立ち ── 複数を示す接尾語が単数にも使われる
「ともだち」の 「だち」は、もとは 「たち」と 同じ、「たくさんの 人」を あらわす しるしだった と いわれます。じしょでも、「だち」は ふくすうを あらわす 言葉で、一人の ときにも 使うと 書かれて います[1]。
この 言葉は、とても 古い 時代から 使われて いたと 考えられて います。ならの 時代の 『にほんしょき』(720ねん)にも、おなじ 意味の 言葉が 出て くると のって います[1]。
では、「友」と いう 字は どうでしょう。くにの お知らせでは、二つの 手が 重なって、たがいに 助け合う ようすを あらわす、と 書かれて います[2]。ただし、これは ふつうの 人むけの せつめいです。
むかしの 中国の 字書では、「友」の 古い 形は、右手を 二つ 重ねた 形だと いわれて います[3]。
手を 重ねる 友と、たくさんの 人の しるしの 「だち」。この 二つが くっついた 言葉が、一人にも 使われて いるのです。
「だち」は複数の印だった
『精選版 日本国語大辞典』によると、「だち」は複数を表す接尾語です。ただし、単数にも用いられます[1]。つまり「友達」は、もとは「友たち」のような、複数を表す形だったということになります。
同じ辞典の語誌では、奈良時代から現在と同じような語感で使われたと考えられています。用例として、『日本書紀』(720年)の「同伴者(トモタチ)」や、『伊勢物語』の「友だちどもに」が挙げられています[1]。複数は「トモタチ」、単数は「トモダチ」と使い分けていたのではないか、という推測も添えられていますが、これは推測であり、断定はできません[1]。
「友」という字の形
日本政府の広報誌(2015年)は、「友」は二つの手が重なり助け合う様子を表すと紹介しています[2]。字源の解説では、「友」の古い形は「又(右手)」を二つ重ねた形で、中国の字書『説文解字』も、二つの又が交わる意としています[3]。又が音も表すかなど、細かい点は見解が分かれるといわれます。
字の形と言葉の古さを合わせると、「友だち」は、手を重ね合う「友」に、複数の印が付いた言葉として、長く使われてきたことになります。では、そういう関係になるには、どのくらいの時間がかかるのでしょうか。
「友達」の「達」は、なぜ一人にも使えるのか。『精選版 日本国語大辞典』は、「だち」を複数を表す接尾語とし、単数にも用いるとする。語誌には、奈良時代から現在と同じ語感があったと思われること、用例として『日本書紀』(720年)の「同伴者(トモタチ)有りて」や『伊勢物語』の「友だちどもに」が挙げられている[1]。複数に「トモタチ」、単数に「トモダチ」を使い分けた、と推測する記述もあるが、あくまで推測である。
この点から、「友達」は、もとは複数の仲間を指す語が、のちに一人の相手にも広がった語と考えられる。ただし、「一人の友達」を「友達たち」と言わない現代の感覚と、古代の使い分けとは別の問題であり、ここから直接の因果は言えない。
「友」の字形については、日本政府の広報誌(2015年)が「二つの手が重なり、助け合う様子」と紹介する[2]。字源の解説では、古い字形は「又(右手)」を二つ重ねた形で、『説文解字』は、同志を友とする、二つの又が交わる意とされる。又が音も表すかどうかは見解が分かれる[3]。広報誌は一般向けの要約であり、字源は解説の範囲の理解である。
語と字を合わせると、関係の起点は、「複数の仲間」と「手を重ねる」という、どちらも「共に」のイメージにある。その関係に、現実にはどれだけの時間がかかるのか。研究を見る。
5. ともだちに なるまで、どのくらいの 時間が かかるの?
5. 友だちになるまで、どのくらいの時間が目安になるのか
5. 友人になるまでの時間 ── 40〜60時間、80〜100時間、200時間以上
アメリカの 研究者 Hall(2018ねん)は、ひっこして まだ 半年より たって いない 大人 355人と、大学に 入った ばかりの 112人に、きいて みました[6]。
その けっか、かるい 友だちに なるまでは 40〜60時間、「ともだち」と いえる ように なるまでは 80〜100時間、しんゆうに なるには 200時間より 多く かかる と 見られました[6]。
たとえば、毎日 1時間 いっしょに いると、40時間は 40日、200時間は 200日です。200日は、およそ 半年に あたります。
この 研究では、いっしょに 遊ぶ ことや おしゃべりが、親しさに かかわって いる と されて います。仕事を いっしょに する 時間は、こうかが 小さい ようです[7]。
ただし、これは アメリカの 大人や 大学生の 話で、子どもの 時間では ありません。日本の 子どもの 時間は、まだ 分かって いません。
40時間、80〜100時間、200時間以上
Hall(2018年)は、引っ越して半年以内の大人355人と、入学したての大学新入生112人を調べました。気軽な友人になるまでには約40〜60時間、「友人」と呼ぶまでには80〜100時間、親しい友人になるには200時間以上が目安だと推定しています[6]。
身近な数字に直してみます。毎日1時間一緒に過ごすなら、40時間は約40日、80〜100時間は約3か月、200時間は約200日で、半年あまりです(この計算は私たちが当てはめた単純な換算です)。
時間の中身も関わる
論文の抄録では、一緒に過ごした時間の長さだけでなく、遊ぶ・ふざけるなどの余暇の活動や、日常のおしゃべりも、親しさの変化と関係していたとされています。仕事を一緒にする時間は、効果が小さかったそうです[7]。
この数字は、アメリカの大人や大学生の自己申告に基づくもので、子どもや日本の学校には当てはまると限りません。それでも、「一緒にいる時間」と「どう過ごしたか」の二つが関わる、という見方は、辞書の「一緒に遊んだりしゃべったりする」という説明と、自然につながります。
友人関係は、どのくらいの時間でできるのか。Hall(2018)は、転居後6か月以内の成人355名と、入学直後の大学新入生112名を調べ、気軽な友人になるまで約40〜60時間、「友人」と呼ぶまで80〜100時間、親しい友人になるには200時間以上という目安を推定した[6]。
この数字は、毎日1時間なら約40日、約3か月、約200日(半年あまり)という換算になる。これは私たちの単純な換算であり、研究が示した時間は「一緒に過ごした累積時間の推定」である。
では、時間だけが問題なのか。論文の抄録によれば、一緒に過ごした時間は親しさの変化と関連した一方で、余暇活動や、2種類の日常会話も、親しさの変化を予測した。仕事を一緒にする時間は効果が小さかった[7]。ただし、抄録からは効果の大きさを比較できない。
この研究の限界は大きい。対象が米国の成人と大学生で、時間は自己申告に基づく。子どもの友だちづくりが同じ時間で進むとは言えない。それでも、辞書の「一緒に遊んだりしゃべったりする」という記述と、「時間をかけて、遊びや会話を重ねる」という研究の方向は、同じ向きを指している。
6. 家の 人に、「ともだちって どんな 人?」と きいて みよう
6. 「友だちって、どんな人?」を、自分と身近な人に聞いてみよう
6. 次の問いと資料案内 ── 自分の捉え方は、どの段階の言葉か
家の 人に、「小さい ころ、ともだちって どんな 人だと 思って いた?」と、きいて みましょう。「いっしょに 遊ぶ 人」と 答える 人も、「ひみつを 話せる 人」と 答える 人も いるでしょう。
じぶんの こたえも、考えて みましょう。1年前の じぶんと、いまの じぶんでは、ちがうかも しれません。ただし、ちがっても、まちがいでは ありません。
どの こたえも、その 年ごろの 「ともだち」の 大切な 見方です。
家族や身近な人に、「子どもの頃、友だちってどんな人だと思っていた? 今はどう?」と聞いてみましょう。どんな言葉が出てきたかを聞き比べてみましょう。答えを段階に分けなくても、言葉の違いを見つけられます。
自分でも答えてみてください。小学校低学年のころ、中学年のころ、今。答えが変わっていても、変わっていなくても、それがその時の自分の友だちの捉え方です。
ここで残る問いは、「日本の子どもたちの友だち観は、学年や地域でどれだけ違うのか」です。資料で確かめられたのは18人の作文分析までで、全国規模の調査は、この記事では見ていません。そこへ進む入り口は、松永氏の論文要旨にあります[5]。
この記事の骨格は、三つの資料でできている。辞書の定義は『デジタル大辞泉』と『精選版 日本国語大辞典』(ともにコトバンクで読める)[1]、段階説は大学講義用の教材[4]、日本の子どもの変化は松永(2017)の要旨[5]、友人になるまでの時間は Hall(2018)の報道発表と論文抄録[6][7]である。
読むときは、次の3点を比べるとよい。辞書の「対等」と「行動をともにする」は、段階説のどの段階に対応するか。作文の分析と段階説の年齢のずれを、研究者はどう説明しているか。時間の推定は、子どもの友だちづくりにどこまで当てはまるか。
自分自身にも尋ねてみたい。いま「友だち」と呼んでいる相手は、どの段階の言葉で説明できるか。答えを一つに決めず、資料ごとの言い方の強さを比べると、「友だち」の見え方が変わってくる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:辞書と大学教材、学術論文の要旨、研究機関の報道発表を使いました。何に使ったかは、各項目の最後に書いています。英語の資料は、junior の資料案内として載せています。
- コトバンク「友達」(『デジタル大辞泉』『精選版 日本国語大辞典』)。https://kotobank.jp/word/%E5%8F%8B%E9%81%94 (辞書の定義、「だち」の意味、語誌について)
- 日本政府広報「We Are Tomodachi」Spring 2015。https://www.japan.go.jp/tomodachi/2015/spring2015/tomodachi.html (「友」の字の一般向け説明について)
- Wenlin Institute「Zi: 友」。https://wenlin.co/wow/Zi:%E5%8F%8B (「友」の字源の解説について。英語)
- Pittsburg State University「The Developing Child」19.5.01 Friendships(LibreTexts)。LibreTexts の該当ページ (Selman の友情の5段階について。二次資料・英語)
- 松永あけみ(2017)明治学院大学心理学紀要27。https://meigaku.repo.nii.ac.jp/records/1524 (日本の小学生18人の作文の分析について。要旨)
- University of Kansas News(2018)「Study reveals number of hours it takes to make a friend」。https://news.ku.edu/news/article/2018/03/06/study-reveals-number-hours-it-takes-make-friend (友人になるまでの時間の推定について。英語)
- Hall, J. A.(2018)Journal of Social and Personal Relationships。https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0265407518761225 (時間の中身と親しさの関係について。抄録のみ・英語)
なおした ところ
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