1. きえた じは、どこへ いったの?
1. 消えたはずの字は、どこへ行ったのか
1. 「消去」の正体 ── しみ込まない面からの拭い去り
ホワイトボードの じを、ぬのや ティッシュで こすると、じは なくなります。でも、じが どこかへ きえて しまった わけでは ないようです。
ボードの ひょうめんは、みずや インキを しみこませません。だから インキは、ボードの うえに のって いるだけです。そこを かるく こすると、のって いた インキが、ぬのの ほうへ うつります[1]。
かみに かいた じが きえないのは、インキが かみの なかに しみこむからです。ボードは しみこまないから、とれるのです。
しみ込まない面に書いている
サクラクレパスの特許(1996年公開)は、ホワイトボード用のインキの消し方を、こう説明しています。しみ込まない筆記面に書いた筆跡を、乾いた布や柔らかい紙で軽くこすって、筆記面から拭い去る、というものです[1]。
ここで大事なのは、「消す」のではなく「拭い去る」という言い方です。線は化学反応で消えるのではなく、ボードの上から取り除かれます。拭いたあとの布に色が付くのは、そのためと考えられます。
紙の中にしみ込んだインキは、拭いても取れません。では、ふつうの油性ペンをボードに書いたら、なぜ取れなくなるのでしょうか。
もうひとつの手がかり
日本語版Wikipediaは、ホワイトボードマーカーには剥離剤が含まれ、筆跡とボードの間に剥離剤の層ができるので、乾いた布で簡単に拭き取れる、と説明しています[4]。これは百科事典サイトの説明で、仕組みの話は特許にもとづいて進めます。
サクラクレパスの特許(1996年公開)は、ホワイトボード用インキの消去を、非吸収性乃至非浸透性の筆記面に書いた筆跡を、乾いた布や軟質紙で軽く擦って筆記面から拭い去ることと定義している[1]。したがって消去の本質は、分解ではなく除去だ。拭いた布に色が移るのは、筆跡が布の側へ移ったためと読める。
この条件がなぜ必要かは、紙と比べると分かる。紙は繊維の隙間にインキを吸い込むので、表面を拭いても取れない。ホワイトボードはしみ込まないからこそ、線が表面に乗った状態で残り、拭き取りが成り立つ。日本語版Wikipediaは、筆跡とボードの間に剥離剤の層ができるため乾いた布で簡単に拭き取れる、と説明している[4]。ただしこれは二次資料の説明であり、この記事の仕組みの説明は特許に拠る。
しみ込まない面に書けば、どんなペンでも拭き取れるのか。そうではない。次の章で、ふつうの油性ペンとの差を見る。
2. ゆせいペンは、なぜ とれないの?
2. 同じ油性でも、油性ペンは消えない
2. 定着剤と剥離剤 ── 役割が逆向きの添加剤
ふつうの ゆせいペンは、ボードに かくと とれにくく なります。ゆせいペンの インキには、きえないように する ていちゃくざいが はいって いると いわれます[6]。
ホワイトボードの ペンには、これに くわえて「はくりざい」という ものが はいって います。はくりざいは、インキが ボードから はがれやすく する ものです[1]。
つまり、ゆせいペンは「くっつく ほう」、ボードの ペンは「はがれる ほう」に つくって あります。ただし、はいって いる ものは ペンごとに ちがいます。
くっつける工夫と、はがす工夫
神戸新聞の理科の連載では、油性ペンには消えないようにする定着剤が入っていて、ホワイトボード用のマーカーにはそれに加えて剥離剤が使われている、と紹介されています[6]。
サクラクレパスの特許も、従来のインキは有機溶剤、顔料、樹脂に加えて、剥離剤と呼ばれる添加剤を含むと書いています[1]。
油性ペンは「落ちないように」、ホワイトボードのペンは「落とせるように」と、工夫の向きが反対なのです。ただし、これは新聞連載の短い紹介と特許の例にもとづく説明で、すべての製品の配合を言い表したものではありません。
では、その剥離剤は、乾いていく線の中で何をしているのでしょうか。
神戸新聞の理科連載は、油性ペンには消えないようにする定着剤が入っており、ホワイトボード用マーカーにはこれに加えて剥離剤が使われる、と紹介する[6]。サクラクレパスの特許も、従来のインキは有機溶剤・顔料・樹脂と共に、剥離剤といわれる添加剤を含むとする[1]。
この対比で見ると、2種類のペンの設計思想は逆向きになる。定着剤は筆跡を面に固定する側、剥離剤は面からはがれやすくする側だ。だから同じ油性インキの仲間でも、一方は拭き取れず、他方は拭き取れる。
ただし、この対比の出どころは新聞連載の紹介と特許の記述で、いずれも一般向けの要約、または個別の出願の説明だ。では剥離剤は、インキが乾く間にどう働くのか。
3. かわく とき、まくが できる
3. インキが乾くとき、拭き取りやすい膜ができる
3. 乾燥段階の膜形成 ── 溶剤・顔料・樹脂・剥離剤の役割分担
ペンの さきから 出た インキは、さいしょは えきたいです。なかの アルコールが かわいて いくと、のこった じゅしや いろの つぶが、うすい まくに なります[3]。
インキには、いろの つぶ(がんりょう)や、つぶを まとめる じゅしも はいって います。はくりざいは、この つぶや じゅしを つつんで、はがれやすい まくに すると せつめいされて います[2]。
だから、ボードの うえの まくごと、そっと はがせるのです。ただし、これは とっきょの せつめいで、すべての ペンが おなじ とは かぎりません。
インキの中身
日本化成品工業の特許(1993年公開)は、ホワイトボード用インキの例を挙げています。溶剤はアルコール系やグリコール系、着色剤はカーボンブラックや酸化チタンなどの顔料、樹脂はセルロース系やポリビニルブチラールなどです[2]。これは特許が挙げる例で、全製品の配合とは限りません。
乾くときに膜になる
同じ特許は、従来の剥離剤について、インキの中では溶けていて、筆跡が乾くときに着色剤や樹脂を包み込み、消されやすい膜をつくる、と説明します[2]。
BICの特許(2022年公開)も、アルコールが蒸発したあと、樹脂が顔料と一緒に膜をつくる、と述べています[3]。アルコールは蒸発しやすいので、書いた線はすぐ乾いて、膜になるのです。
説明の言い方は特許ごとに少しちがいますが、ボードにべったりくっつかない形で線が乾く、という方向は同じです。それなら、剥離剤は1種類で足りるのでしょうか。
日本化成品工業の特許(1993年公開)は、ホワイトボード用インキの例として、溶剤にアルコール系・グリコール系、着色剤にカーボンブラック・酸化チタンなどの顔料、樹脂にセルロース系やポリビニルブチラールなどを挙げる[2]。ただし特許の例であり、全製品の配合を示すものではない。
同じ特許は、従来の剥離剤はインキ中では溶けており、筆跡の乾燥段階で着色剤や樹脂を包み込み、消去されやすい膜を形成すると説明する[2]。つまり剥離剤の働きの現場は、ペンの中ではなく、線が乾いていく過程にある。BICの特許(2022年公開)も、アルコールが蒸発したあと樹脂が顔料と膜をつくると述べ、乾燥による膜形成という見方は共通する[3]。
前章のWikipediaの「層」と、この「包み込む膜」は、同じ現象を別の側から述べたものと思われるが、資料はこの対応を明言していない。ここまで読んで残る疑問は、剥離剤を何種類入れるのが良いのかだ。
4. はくりざいは、くみあわせると つよい?
4. BICの特許にある、剥離剤を組み合わせた例
4. 剥離剤の組み合わせ ── BIC特許が示す相乗効果
アメリカの BIC という 会社の とっきょ(2022ねん)には、はくりざいを 3つ くみあわせる ことが かかれて います[3]。
3つの なまえは、ペンタエリスリトールエステル、グリセロール、トリエチレングリコールです。むずかしい なまえですが、おぼえなくて だいじょうぶです。
この とっきょは、3つを あわせると、ひとつの ときより きえやすさが ぐっと よく なると のべて います[3]。ただし、これは 1つの 会社の れいで、ほかの ペンも そうとは かぎりません。
3種類を合わせた例
BICの特許は、ペンタエリスリトールエステル、グリセロール、トリエチレングリコールの3種類の剥離剤を組み合わせると、消去性が相乗的に高まる、と述べています[3]。「相乗的」は、足し算以上によくなる、という意味です。
剥離剤の種類や組み合わせは、メーカーが工夫する場所のひとつになっているようです。ホワイトボードのペンは、見た目は同じ細いペンでも、中のインキは会社ごとに設計が違うのかもしれません。
ただし、これは1社の特許の例です。日本の主要メーカーが、実際にどの成分を使っているかは、公開された特許を超えて言い切れません。
残る疑問
どんなに工夫しても、剥離剤の力には限りがありそうです。長く置いたインキは、どうなるのでしょうか。
BICの特許は、ペンタエリスリトールエステル、グリセロール、トリエチレングリコールの3種類の剥離剤を併用すると、消去性に相乗効果(synergic)が出ると述べる[3]。単独の成分を足し合わせた以上の効果、という意味だ。
ここから読み取れるのは、剥離剤は1つの魔法の成分ではなく、組み合わせで性能を調整する部品だということだ。メーカーの工夫がどこに出るのかを考える手がかりになる。ただし、これは1社の特許の例で、日本の各メーカーが同じ成分を使うとは限らない。成分の主役がシリコーン系かエステル系かといった点も、ここで使った資料からは断定できない。
また、組み合わせると相乗効果が出る理由は、今回の資料では説明されていない。では、効果に限界はあるのか。
5. おきっぱなしに すると、どうなる?
5. 置きっぱなしにすると、消えにくくなる
5. 長時間の放置と筆記面の材質 ── 剥離剤の効きの限界
ボードに かいた じを、ながい あいだ そのままに すると、きえにくく なる ことが あります。サクラクレパスの とっきょにも、そう かいて あります[1]。
とっきょは、ボードの ざいりょうに よっては、この ことが もっと おきやすい とも のべて います[1]。
ただし、なん日で きえなく なるかは、わかって いません。ですから、すうじは かけません。ボードの ひょうめんは、ざいりょうが いろいろ あります[1]。
長く置いた線は手ごわい
サクラクレパスの特許は、課題として、書いたまま長時間放置すると筆跡の消去性が落ち、筆記面を汚すことがある、と述べています。筆記面の材料によっては、この傾向が一層著しいともあります[1]。
特許は、メラミン樹脂、ほうろう、フッ素樹脂といった材料をあげています[1]。ボードの表面は、ほうろうや磁器質の鉄鋼をコーティングしたものと説明されることもありますが[4]、メラミン樹脂など別の材料のボードもあります。
何日、何か月で消えなくなるのかは、出典に書かれていません。数字で言い切らず、「置くほど消えにくくなる傾向がある」というところまでにしておきます。
ボードとインキの相性
サンワサプライのQ&Aは、同社のスクリーン製品で、付属のマーカー以外を使って消えにくいとき、使い始めに水拭きするか、書いては消すのを繰り返すと、しだいにインクをはじきにくくなる、と案内しています[5]。これは同社の特定の製品の案内で、すべてのボードに当てはまるとは限りません。
サクラクレパスの特許は、課題を次のように述べる。筆記面に書いて長時間放置すると、筆跡の消去性が劣り、筆記面を汚染することがある。さらに筆記面の材料によってはこの傾向が一層著しい[1]。つまり、剥離剤が働いていても、時間と面の材質によって効きは落ちる。前の章までで見た「はがれやすい層」は、条件つきの性質だったことになる。
面の材質として、特許はメラミン樹脂・ほうろう・フッ素樹脂を挙げる[1]。日本語版Wikipediaはボード表面を、琺瑯や磁器質の鉄鋼などをコーティングした窯業製品と説明するが[4]、特許の挙げる材料に樹脂系もあるので、琺瑯が唯一の素材とは言えない。何日で消えなくなるかという数字は、いずれの資料にもなく、固定値は書かない。
面との相性は、メーカーの案内にも出てくる。サンワサプライのQ&Aは、添付のマーカー以外で消えにくいとき、使い始めに水拭きするか、書いて消すのを繰り返すと、次第にインクをはじきにくくなると案内する[5]。ただし、これは同社の特定の製品(スクリーン)向けの案内で、一般則とは読めない。
放置時間や筆記面の材質で、拭き取りやすさが変わることがある。では、時間の差を自分の目で見比べられないか。
6. じかんを かえて、ふきくらべよう
6. 書いてすぐと、時間をおいてを、拭き比べる
6. 出口 ── 拭き比べの観察と、特許を読むときの目のつけどころ
おうちや がっこうに ホワイトボードが あれば、ためして みましょう。ペンの においが きに なる ときは、まどを あけて ください。
ボードの すみに、せんを 2ほん かきます。1ぽんは かいて すぐ、ティッシュで ふきます。もう1ぽんは、1日 おいてから ふきます。
ふいた ティッシュに、いろが ついて いるかも みて みましょう。きえた じは、ティッシュの ほうへ いったのか、かんがえて みます。
おいた ほうが、ふきにくい とは かぎりません。ボードや ペンによって ちがうからです。
ホワイトボードがあれば、線を2本書いて、拭き比べてみます。ペンのにおいが気になるときは、窓を開けましょう。
ボードの隅に、1本目を書いてすぐ、乾いたティッシュで拭きます。2本目は、1日おいてから同じように拭きます。拭くときの力は、同じくらいにそろえます。
見るのは2つです。消えやすさに差が出るか。もうひとつは、拭いたティッシュに色が付いているかです。色が付いていれば、線がティッシュの側へ移ったことになります。
差が出ないこともあります。ペンもボードも製品ごとに違うからです。それでも、「同じ線を条件を変えて見比べる」やり方は、特許が課題にした「放置したときの消去性」と同じ問いです。
観察としては、ホワイトボードの隅に線を2本書き、1本は直後、もう1本は1日後に、乾いたティッシュで同じ力で拭いて比べる。見るのは消えやすさの差と、ティッシュに色が付いているか(筆跡が布の側へ移ったか)の2点だ。放置の影響は材質やペンで変わるので、差が出ない場合もある。ペンのにおいが気になるときは換気する。
資料を読むなら、拭い去りの定義と放置の課題はサクラクレパスの特許[1]、インキ組成と剥離剤の膜は日本化成品工業の特許[2]、剥離剤3種の組み合わせはBICの特許[3]が原典になる。日本語の特許は、「課題」「作用」の段落を探すと、何を解決しようとしたのかが分かりやすい。剥離剤の成分や、水で消える特殊なペンなど、ここで扱っていない別の仕組みも、さらに調べる価値のある問いだ。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:特許公報、メーカーの案内、新聞連載、百科事典サイトを使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- 特許 JPH086062B2「消去性マーキングペンインキ組成物」(サクラクレパス、1996年公開)。https://patents.google.com/patent/JPH086062B2/ja (拭い去りの定義、剥離剤、放置時の消去性について)
- 特許 JPH0569869B2(日本化成品工業、1993年公開)。https://patents.google.com/patent/JPH0569869B2/ja (インキの組成の例と、剥離剤が乾燥時に膜をつくる説明について)
- 特許 US11286397B2「Alcohol-based dry-erasable ink」(BIC、2022年公開)。https://patents.google.com/patent/US11286397B2/en (剥離剤3種の組み合わせと、膜の形成について。英語の資料)
- ホワイトボード(Wikipedia日本語版)。https://ja.wikipedia.org/wiki/ホワイトボード (剥離剤の層と、ボード表面の説明について。二次資料)
- サンワサプライ Q&A。https://www.sanwa.co.jp/support/faq/kaito?qa_id=5119 (同社製品の使い始めの案内について)
- 神戸新聞 理科の連載。https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/rika/201607/0009339642.shtml (油性ペンの定着剤と、ホワイトボード用の剥離剤の違いについて。会員限定記事の公開部分)
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