1. 走ると 息が 速く なるのは、酸素が たりないから?
1. 息が速くなる主な合図は、酸素不足ではない
1. 走ると息が速くなるのは「酸素不足」のせいなのか
体育で 走った あとの ことを 思い出して ください。息が 速く、深く なりましたね。
ふつうは 「体の 中の 酸素が へったから、たくさん 取りこむのだ」と 考えます。ところが 人の 体の しくみを 書いた 教科書では、息を 速く する 主な 合図は、酸素では なく 二酸化炭素だと 説明して います。
二酸化炭素は、体が 動くと 作られる ガスです。血の 中に ふえると、脳が それを 感じて、息を 速く、深く します。
酸素に 息が 反応するのは、血の 中の 酸素が かなり へった ときです。ふつうの 運動では、酸素ぶそくが 主役では ないと いわれて います。
では、二酸化炭素が ふえた ことは、体の どこで 分かるのでしょう。
体育の授業で走ったあとは、息が速く深くなります。そのとき体の中で酸素が足りなくなっていて、それを取りこむために息を速めている。そう考えるのは自然です。
ところが、解剖生理学の教科書は、息の速さと深さを決める主な合図は酸素の量ではなく、血の中の二酸化炭素の濃度だと説明しています[1]。二酸化炭素が増えると脳の中で水素イオンが増え、その変化が合図になって、呼吸が速く深くなります。
酸素にも合図としての役目はあります。ただし息が反応するのは、血の中の酸素がかなり下がったとき、教科書の数字では60mmHg(水銀柱ミリメートルという圧力の単位)ほどかそれ以下になったときです[1]。ふつうの運動で息を速める主役は、酸素不足ではないと説明されています。
息の合図は二酸化炭素です。では、体はその増え減りを、どこで見張っているのでしょうか。
走ったあとに息が上がるとき、体内の酸素が不足してあえいでいる、と考えるのは自然である。しかし解剖生理学の教科書は、呼吸の主な駆動因は血中の酸素濃度ではなく二酸化炭素濃度だと説明する[1]。血中の二酸化炭素が増えると脳内の水素イオンが増え、その変化を感知して換気が速く深くなる。
酸素にも合図としての役割はあるが、息が反応するのは血中の酸素がかなり低下したとき、同じ教科書の数字では約60mmHg以下になったときだ[1]。このため、ふつうの運動で換気を速める主役は酸素不足ではない、と整理されている。「運動で酸素が足りなくなるから息が速くなる」という説明は、少なくともそのままの形では、教科書の説明と合わない。
残る疑問は、体は血中の二酸化炭素を、どこで、どのように測っているのかという点である。
2. 二酸化炭素を 見はる センサーは、どこに あるの?
2. 二酸化炭素を見張る2つのセンサーと、運動で増える息の量
2. 二酸化炭素を測る2種類の化学受容器と、運動で増える換気量
センサーは、2か所に あります。1つは 脳の 下の ほうの 延髄。もう 1つは、首と、心臓から 出る 太い 血の 通り道に あります。
ここで 二酸化炭素の ふえた ことが 分かると、息が 速く、深く なります。
おとなが じっと して いる ときの 息は、1分間に 12〜20回ほどです。子どもは これと ちがう ことも あります。
強い 運動を する ときは、1分間に 出し入れする 空気の 量が、じっと している ときの 10〜20倍に なる ことも あると いわれます。回数だけでなく、1回に 動かす 量も ふえるからです。
ところが、走る ときの 体は、もっと ふしぎな ことを して います。
センサーは2種類あります。1つは、延髄にある「中枢化学受容器」で、脳や脊髄をひたす液の酸性・アルカリ性(pH)の変化を感じます。もう1つは、首の頸動脈と、心臓から出る太い血管の大動脈弓にある「末梢化学受容器」です[1]。血の中の二酸化炭素が増えると、これらが反応して、呼吸が速く深くなります。
安静にしているおとなの息は、1分間に12〜20回ほどです[2](子どもでは値がちがいます)。運動で息の量が増えるとき、強い運動では安静時の最大10〜20倍に達すると、運動中の呼吸調節をまとめた総説は述べています[3]。
この10〜20倍は強い運動の上限側の数字で、ふつうの運動ではもっと小さくなります。また、息の量は「回数」と「1回に出し入れする量」の掛け算なので、回数だけが10倍になるわけではありません。
センサーが二酸化炭素の増加を見張っているなら、走ってから息が増えるまでには、少し間があくはずです。実際は、どうなのでしょうか。
二酸化炭素・pHを感知する化学受容器は、2か所に分かれている。延髄にある中枢化学受容器は、脳脊髄液のpHやPCO2(二酸化炭素分圧)の変化を感じる。頸動脈と大動脈弓にある末梢化学受容器は、血液の側の変化を拾う[1]。
換気量の変化の大きさも確かめておく。安静時のおとなの呼吸数は1分間に12〜20回ほどとされ、資料により12〜18回とするものもある。これは子どもには当てはまらない、おとなの目安である[2]。一方、運動時の呼吸調節の総説は、換気量が安静時の最大10〜20倍に達するとしている[3]。この倍率は強い運動の上限側であり、ふつうの運動ではもっと小さい。
換気量は呼吸数と1回換気量の積なので、仮に呼吸数が3倍、1回の量が4倍になれば12倍になる(計算の例であり、実測値ではない)。回数だけで10倍を作る必要はない。では、二酸化炭素が合図であるなら、運動で増えた二酸化炭素に反応して換気が増える、という順序なのか。実際の測定結果は、その単純な順序とは合わない。
3. 走り 始めると、体は どうして 先回りできるの?
3. 走り出してすぐ息が増える:二酸化炭素を待たない「先回り」
3. 動脈血の二酸化炭素はなぜほぼ一定なのか:運動開始時の換気を押し上げる候補
走って 二酸化炭素が ふえた あとで 息が 速く なるなら、血の 中の 二酸化炭素は、走る たびに 上がる はずです。
ところが、軽い 運動から 中くらいの 運動では、血の 中の 二酸化炭素の 量は、ほとんど 変わりません。息が 二酸化炭素の できる 分に 合わせて、ふえて いる からです。
走り 始めて すぐの 速い 息は、運動を 決める 脳からの 「走れ」と いう 知らせや、はたらき 始めた 筋肉からの 知らせが、息に とどく ためらしい、と 考えられて います。何が いちばん 大きいかは、まだ 決まって いません。
たとえば、人が たくさん 入ってくる 体育館を 思いうかべて ください。空気が こもって からでは おそいので、人が 入るのを 見たら、先に 窓を 開けて おきます。体の 先回りも、これに 少し 似て います。
ただし 本当は、窓の ように 1か所を 開けたり しめたり して いる わけでは ありません。しくみは、まだ 研究が 続いて います。
合図が二酸化炭素なら、走って二酸化炭素が増えたあとで息が増えるはずです。ところが、軽い運動から中くらいの運動を一定のペースで続けているとき、動脈血の二酸化炭素の値は、ほぼ正常な範囲に保たれます[3]。息が、二酸化炭素のできる量に合わせて増えているためです。値が上がってから追いかけるだけの仕組みでは、説明しにくい結果です。
走り出した直後の息の速い立ち上がりについて、運動をつかさどる脳の指令(セントラルコマンド)が呼吸にも届く「先回り」の入力や、動き出した筋肉からの信号など、運動開始直後に働く入力が関わると考えられています[4]。どれが主役なのかは、まだ決着していません。
体育館にたとえてみます。人が入ってくるのを見たら、空気がこもる前に窓を開けておく。体の先回りは、それに少し似ています。ただし実際の体は、窓を開け閉めするほど単純ではありません。働く筋肉から届く信号なども関わっていそうで、誰が主役なのかは、研究者の間でも議論が続いています。
では、もっと強く走ると、息の増え方はどう変わるのでしょうか。
軽い〜中程度の運動を定常状態で続けるとき、息は二酸化炭素の産生に合わせて増え、動脈血の二酸化炭素分圧は正常範囲にほぼ保たれる[3]。化学受容器が二酸化炭素の上昇を検出してから換気を上げるだけの負のフィードバックなら、二酸化炭素は運動のたびに上昇して現れるはずで、観測された「ほぼ一定」は、その単純な順序では説明しにくい。つまり換気を押し上げる入力の少なくとも一部は、二酸化炭素の変化より前に入っている。
運動開始直後の速い換気の立ち上がり(第I相)についても、同じ見方がある。この速い入力の候補として、運動を司る脳の指令(セントラルコマンド)による先回りの入力(フィードフォワード)や、筋からの求心性の信号が挙げられている(PoonとSong)[4]。ただしこの第I相の主因は決着しておらず、心拍出量の急増説、筋からの求心説、大脳皮質からの下行説など、複数の説が並んでいる[4]。
では、強度を上げていくと、換気を決める条件はどう変わるのか。
4. もっと 強く 走ると、息は どう なるの?
4. 全力に近い走りで、息がさらに増えるわけ
4. 強い運動では二酸化炭素の値が下がる:酸性度の上昇という別の合図
けんめいに 走ると、血が 少し 酸性に 近づく ことが あります。このとき、筋肉では 乳酸と いう ものも ふえます。
この 変化も 同じ センサーに 伝わって、息を さらに ふやすと 説明されて います。
ただし 「乳酸が 血を 酸性に して、息ぐるしく させる」と 言い切れるかどうかは、研究者の 間でも 意見が ちがいます。
ここまでは、軽い運動から中くらいの運動の話でした。もっと強い運動になると、血の酸性度が上がることがあります。教科書は、この酸性度の上昇も同じ化学受容器の経路を通って、換気をさらに増やすと説明しています[1]。乳酸の増加は酸性度の上昇と同時に起こりますが、乳酸が酸性化を起こすとは限りません。
強い運動では、二酸化炭素の値は一定にとどまらず、下がると報告されています[3]。息の増え方のほうが、二酸化炭素のできる量より大きくなるためだと考えられます。
ただし、「酸素不足から乳酸がたまり、そのせいで息が荒くなる」という図式は、必ずしも成り立たないという指摘もあります。乳酸を息苦しさの原因と言い切るのは、まだ早いようです。
強度が上がると、もう一つの入力が加わる。強い運動では血液の酸性度が上がることがあり、それが同じ化学受容器の経路を通って換気をさらに増やす[1]。乳酸の増加は酸性度の上昇と同時に起こるが、乳酸が酸性化を起こすとは限らない。同じ経路ということは、酸性度の上昇も、二酸化炭素の増加と同じ種類の合図として読まれるということだ。
この領域では、動脈血の二酸化炭素分圧はもはや一定ではなく、低下すると報告されている[3]。換気の増え方が二酸化炭素の産生を上回るためで、二酸化炭素そのものとは別の入力が、換気を押し上げていることを示す。
注意点もある。「低酸素になって乳酸が生じ、その乳酸が換気亢進を起こす」という単純な図式は必ずしも成り立たない、という指摘がある。乳酸を息苦しさの原因と断定することはできない。
5. 息を 速く する 主役は、だれ?
5. 息を押し上げる主役は、まだ決まっていない
5. 筋からの信号は主役なのか:研究者の見解が分かれる点
運動中に 息を 押し上げる 候補は、3つ あります。1つめは、肺で二酸化炭素を 出し入れする こと。2つめは、運動を 決める 脳からの 知らせ。3つめは、動いて いる 筋肉から とどく 信号です。
この うち 脳からの 知らせは、それだけで 運動中の 息を 上げる 力が あると 示されて います。
筋肉の 信号に ついては、研究者の 意見が 分かれて います。だから 「走ると 息が 速く なる しくみ」は、まだ 全部は 分かって いません。
運動中の息を押し上げる候補は、現在3つあります。肺での二酸化炭素のやりとり、脳の運動指令、そして働く筋肉から届く信号です[3]。このうち脳の運動指令は、それだけで運動時の換気を上げる力があると示されています。
筋肉からの信号には、見方の分かれる点があります。信号をふさぐ実験では、安定した運動中の換気のうち38〜47%が、筋肉からの入力によると見積もられました[3]。いっぽう別の研究者は、健康な人の安定した運動の換気には、筋肉からの信号は必須ではないと主張しています[4]。
走ると息が速くなるしくみは、「酸素が足りないから」の一言よりずっと入り組んでいて、全部が分かったわけではありません。分かっている部分と議論が続く部分の境目を知ると、「なぜ?」の面白さが残ります。
以上を整理すると、運動中の換気を押し上げる候補は3つある。肺での二酸化炭素のやりとり、脳の運動指令、働く筋からの求心性信号である。総説は、このうち運動指令は、それだけで運動時の換気を高めうることが示されたと述べる[3]。
争点は筋からの信号(III・IV群求心路)である。これを遮断した実験では、定常運動時の換気の38〜47%が求心入力によると見積もられた[3]。これに対してPoonとSongは、III・IV群の筋求心路は健康な人の定常運動の換気には必須ではないと主張する[4]。同じ実験系の結果を、研究者がどう読むかが食いちがっている。
したがって、現時点で確かに言えるのは次の範囲である。息の主な合図は二酸化炭素(pH)であること、軽〜中程度の運動では二酸化炭素分圧が保たれること、立ち上がりには脳の運動指令が関わる可能性が高いこと。主因の配分は決着していない。「酸素不足で息が速くなる」は、教科書の整理とも、運動生理学の議論とも、そのままでは合わない。
6. 自分の 息を 数えて みよう
6. 自分の息を数えて、先回りを確かめる
6. 自分の息を数える:測れる量と、読むべき資料
きょう できる こと
いすに すわって 1分間、おなかの ふくらみを 数えて みましょう。ふくらんで へこむ 1回を 1と します。つぎに その場で 1分間 足ぶみを して、すぐに また 1分間 数えます。苦しく なったら すぐに やめて ください。
足ぶみの あと、息が もとに もどるまで どの くらい かかるかも、時計で 見て みましょう。
しらべる とき
学校の ほけんの 先生や、図書館の 人体の 本に、息の しくみが 書いて あります。おうちの 人と 見て みましょう。
今日できること
椅子に座って1分間、お腹のふくらみを数えます。ふくらんで元に戻るまでを1回と数えます。次に、周りにぶつからない場所で1分間足ぶみをして、終わってすぐにまた1分間数えます。苦しくなったらすぐにやめます。
回数に加えて、元の回数に戻るまでの時間も時計で測ります。足ぶみの強さを変えて何度か試し、息の回数がどう変わるか比べてみます。1回だけでは決められません。
資料を読むなら
学校の図書室や図書館の人体の本で、「呼吸」と「化学受容器」の項目を探してみます。本文の出典にある教科書は英語ですが、日本語の人体生理学の本にも、同じ内容が書かれています。
今日できること
椅子に座って1分間、安静時の呼吸数を数える。次に、周囲に危険がない場所で1分間足ぶみをし、終了後すぐに1分間数える。苦しいときはただちにやめる。足ぶみの強さを変えて数えれば、換気が増える度合いが運動の強さに応じて変わることを、自分のデータで確かめられる。
資料を読むなら
OpenStax「Anatomy and Physiology 2e」の呼吸の章は、化学受容器と呼吸の調節を図つきで説明している。運動時の呼吸調節については、Dempseyらの総説とPoonとSongの論文が、上で見た食いちがいの出どころになる。日本語の資料なら、運動生理学・呼吸生理学の教科書で「換気応答」の項目を探すとよい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- OpenStax, Anatomy and Physiology 2e, 22.3 The Process of Breathing. https://openstax.org/books/anatomy-and-physiology-2e/pages/22-3-the-process-of-breathing (呼吸の合図・センサー・酸素の反応・乳酸)
- American Lung Association, Respiratory rate & vital signs. https://www.lung.org/blog/respiratory-rate-vital-signs (安静時の呼吸数の目安)
- Dempsey JA, Blain GM, Amann M (2014) J Physiol 592:463. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3930433/ (運動中の換気量・二酸化炭素の値・3つの候補)
- Poon C-S, Song G (2015) Respir Physiol Neurobiol 216:78. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4575501 (先回りの入力と筋信号の見解)
なおした ところ
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