1. ヨーデルって、どんな 歌?
1. ひっくり返る声を、そのまま歌にしたのがヨーデル
1. 胸声と裏声を交代させる歌唱 ── 定義と登録
ヨーデルは、ふつうの 声(じごえ)と、たかくて かるい うらごえを、はやく いれかえて うたう 歌です。スイスや オーストリアの 山の ほうで 知られています[1]。
ことばの ない メロディだけの ものも あれば、ことばの ある 歌に ヨーデルを くみあわせた ものも あります[2]。
2025年12月、ユネスコは、スイスが もうしこんだ ヨーデルを 「むけいぶんかいさん」に のせました[2]。スイスでは、700を こえる ヨーデルの なかまの 会が あり、1万2千人 いじょうが 入っているそうです[3]。
でも、声が うらがえるのは、からだの どこで 起きている ことなのでしょう。
百科事典は、ヨーデルを「地声と裏声を急速に交代させて歌う歌唱法」と説明します[1]。スイスやオーストリア(チロル)などアルプス地方の牧人の歌として知られます。
2025年12月、ユネスコ(国連教育科学文化機関)はスイスの提案を受け、ヨーデルを無形文化遺産の代表一覧表に記載しました。記載の説明は、胸声と頭声(裏声)など異なる声区を使い、意味のない音節で旋律を作る技、というものです[2]。
歌詞のあるヨーデルと、ないヨーデル
ユネスコの説明には、歌詞のない旋律だけの「ナチュラルヨーデル」と、歌詞の節とヨーデルの繰り返しを組み合わせる「ヨーデルソング」の2種類が出てきます[2]。スイスヨーデル協会には、711団体・1万2千人以上が所属すると伝えられています[3]。
では、声が「裏返る」とき、のどの中では何が起きているのでしょうか。
百科事典は、ヨーデルを地声(胸声)と裏声(ファルセット)を急速に交錯させて歌う歌唱法とし、スイスやオーストリア(チロル)などアルプス地方の牧人の歌として知られると記す[1]。ユネスコは2025年12月の政府間委員会(決定20.COM 7.B.42)で、スイス提案のヨーデルを代表一覧表に記載した。技法は、胸声と頭声など異なる声区を使い、意味のない音節で旋律を作ることと説明される[2]。
ユネスコの説明は、歌詞のない旋律の「ナチュラルヨーデル」と、歌詞の節とヨーデルを繰り返す「ヨーデルソング」を区別する[2]。スイスヨーデル協会は711団体・1万2千人以上を擁すると報じられる[3]。この記事が問うのは、声区の境目がなぜ「欠点」でなく「技」になり得るのかだ。まず、その境目で声帯に何が起きているのかを見る。
2. 声が うらがえる とき、のどでは なにが おきる?
2. 裏返った瞬間、声帯の動きが切り替わる
2. M1とM2 ── 声帯のぶつかり方が変わる
声は、のどの 中の 「せいたい」という 2まいの ひだが、ふるえて 出ます。ふつうの 声の ときと、うらごえの ときでは、この ふるえ方が ちがいます。
うらごえでは、せいたいが うすく のびて、ふれあう わりあいが 小さく なります[4]。ゴムひもを ひっぱると、ほそく なって たかい 音が 出るのに、少し にています。ただし、ほんとうの せいたいは ゴムひもでは ありません。
ある 研究では、男の オペラ歌手 7人に、おなじ 高さの 音を ふつうの 声と うらごえで うたって もらいました。ふれあう わりあいは、うらごえの ほうが 0.27 ほど 小さく なりました[4]。
この きりかわりは、口や のどの ひびきの せい だけでは ないようです。つぎは、そこを 見て みましょう。
声は、のどの中にある2枚の声帯のひだが、すばやくぶつかり合うように振動して生まれます。地声(研究では M1)と裏声(M2)では、この振動の型が違います。
男性オペラ歌手7人が、同じ高さの音を地声と裏声で歌った実験では、声帯が接触している時間の割合が、裏声のほうで典型的に0.27低くなりました[4]。0.27は、1回の振動のうち接触している時間の割合の差で、音の大きさの差ではありません。裏声では声帯が薄く引き伸ばされ、ぶつかり合いが小さくなると説明されています[4]。
切れ目は、口の響きだけのせいではない
では、この切り替わりは、のどや口の響きが変わるせいで起きるのでしょうか。人の喉頭を取り出し、響きのない部屋で声帯を少しずつ伸ばした実験でも、地声と裏声の切れ目が起きたと報告されています[5]。つまり、切れ目は声帯そのものの振動の性質から起きるようです。
ただ、口の形がまったく関係しないわけではありません。次の章で見ます。
声区の切り替えは、声帯の振動様式の違いとして説明される。男性オペラ歌手7人が同じ音高を M1(胸声)と M2(裏声)で歌った実験では、声門接触率(電気声門図による)が M2 で典型的に0.27低かった[4]。これは接触の割合(1周期のうち接触している割合)の差で、音量の差ではない。M2では声帯が薄く伸び、接触が小さくなる。
では、切り替えの原因は声帯の外にあるのか。人の喉頭を取り出して無響条件で声帯を少しずつ伸ばした実験では、声門下の共鳴がない状況でも胸声・裏声の切れ目が起き、共鳴を加えても新たな切れ目は生じなかったと報告される[5]。切れ目は声帯自体の性質で起こると読めるが、この結果は共鳴が切り替えに影響しないことまでは意味しない。次章がその点にあたる。
3. ヨーデルの 人は、うらがえりを どうやって めだたせる?
3. 口の形と音の跳びで、切れ目を目立たせる
3. 母音と音程の跳躍 ── 第1フォルマントとの関係
うらがえる ところは、からだの 中の せいたいで きまります。でも、口の 形も 手つだいを します。
「イ」や「ウ」の ときは、うらごえに なりやすい 高さが あります。おおよそ ドの 音(261ヘルツ)より 高くなると、うらごえに なりやすいと されます[6]。
ヨーデルの 人は、「イ」から 「ア」、「ウ」から 「オ」の ように、口の 形を かえながら、音を ぴょんと とばします。ドから、ずっと 上の ラ(440ヘルツ)へ とぶ ような れんしゅうが 出てきます[6]。こうして、声の きりかわりを めだたせるのです。
日本の 研究でも、声を 高く して いくと、声の ふるえが ふあんていに なって、うらごえへ とびうつる ことが しめされました[7]。
うらがえるのは、からだの しくみで、そこに 口の 形が 手つだう。この 2つで、ヨーデルの ひょいっが できて いるようです。
切れ目は声帯そのものの性質で起きますが、口の形(母音)は、切り替わりやすさに影響すると考えられています。声の基本の高さが、口やのどの共鳴の最初の山(第1フォルマント)より上にあると、声帯が共鳴の助けを得られず、裏声になりやすいという説明です。「イ」「ウ」の系統の母音は、この山が低く(約250〜300ヘルツ)、約261ヘルツ(ド)より高い音は裏声になりやすい、とされます[6]。
母音の組み合わせと、音の跳び
声楽の論文は、ヨーデル歌手が「イ→ア」「ウ→オ」のような母音の並びを、約261ヘルツ(ド)から約440ヘルツ(ラ)のような音の跳びと組み合わせると述べます。切り替えがはっきりし、それが上手なヨーデルの目印だというのです[6]。440÷261は約1.7なので、跳びは2倍(1オクターブ)より少し小さい幅です。
日本の研究グループも、声を高くしていくとき、強い倍音がフォルマントに近づくと声帯の振動が不安定になり、地声から裏声への切り替わりが起こることを示しました[7]。ただし、これは切り替えの要因のひとつで、唯一の原因ではありません。
つまりヨーデルは、起きやすい切り替わりを、口の形と音の跳びで「起こす」歌い方、と読めます。
切れ目が声帯固有の性質だとしても、声道の共鳴は切り替えの起こりやすさに関与する。Titze(2007)によれば、基本周波数が第1フォルマント(口・喉の形で決まる共鳴の最も低い山)より上にあると、声帯は声道から助けを得にくく裏声になりやすく、下にあれば胸声らしい音になる。母音の/i/・/u/系は第1フォルマントが低く(約250〜300Hz)、約261Hz(C4)を超える音高は裏声になりやすい[6]。ただし、これは「なりやすい」傾向で、例外なく決まるという意味ではない。
ここからヨーデルの技法が読める。Titzeは、ヨーデル歌手が/i/→/a/、/u/→/o/の母音の並びを、C4から A4(261Hzから440Hz)のような音高の跳躍と組み合わせて切り替えを際立たせ、それが良いヨーデルの目印だと述べる[6]。周波数比は 440÷261≒1.7 で、1オクターブ(2倍)より小さい。
日本の Uezu & Kaburagi(2016)は、音高を上げる過程で強い倍音がフォルマントに近づくと声帯振動が不安定になり、胸声から裏声への遷移(音高の跳び)が起こることを示し、声源とフィルタの相互作用が遷移の要因のひとつだと結論した[7]。要因のひとつにとどまる点に注意したい。
4. ヨーデルは、いつ どこで うまれたの?
4. 山の暮らしから生まれた? ── 起源は、よく分かっていない
4. 起源をめぐる諸説 ── 牧人の呼びかけとアルペンホルン
山の 谷で、とおくの 村や ぼくじょうに むかって 声を かける。牛を あつめる ときにも 声を 出す。ヨーデルは、そんな 山の くらしの 中で 使われたと、かたられています。
けれど、はじまりは はっきり していません。牛かいの 人の かけ声、なかまへの れんらく、まよけ、アルペンホルンという 長い らっぱの まねなど、いろいろな せつが あります[1]。
ある 大きな 本は、「おそらく アルペンホルンの 音を まねして 育った」と かんがえています[1]。ただ、これは すいそくの ひとつです。
どの せつが 正しいのか、まだ 分かりません。でも、「だれが 先に 思いついたのか」を さがす のは、おもしろい なぞ です。
ヨーデルは、スイス中央部などアルプスの山の暮らしの中で、谷をへだてた村や牧場どうしの呼びかけや、牛を集める声として使われたと語られます。ただし起源ははっきりせず、百科事典は、牛飼いの動物への掛け声、仲間への通信手段、魔除け、アルペンホルンの模倣など、さまざまな説があると記します[1]。
アルペンホルンが先とは、決められない
世界大百科事典は、ヨーデルを「おそらくアルペンホルンの倍音列を模倣した母音唱法として発展したもの」と推測しています[1]。アルペンホルンは、アルプスの長い木製の角笛です。この説は、推測のひとつです。
どちらが先かを決めつけるのは慎重にすべきです。
ここまでの話では、ヨーデルは人間だけの技のように見えます。ところが、声の切れ目を大きく跳び越える声は、サルの仲間にもあります。
5. サルの なかまにも、ヨーデルに にた 声が あるの?
5. サルの仲間の「モンキーヨーデル」は、人間より大きく跳ぶ
5. 霊長類の声区跳躍 ── 周波数比2倍超から最大約12倍
人の 声が うらがえる とき、声の 高さは ふつう 1.2〜2.5ばい ほど かわります。2ばいは、ドから 1オクターブ 上の ドです[8]。
アメリカの 大きな りくちに すむ サルの なかま3しゅ(クモザルや フサオマキザル など)では、2ばいを こえる 大きな とびが ふつうでした。いちばん 大きい ものは、およそ 12ばい。オクターブで 数えると、3オクターブ 半 あまりです[8]。
けんきゅうした 人たちは、これを 「モンキーヨーデル」と よび、人の ヨーデルを 思い出させると のべています[8]。
べつの けんきゅうでは、声の きりかえは、人だけでなく、サルや クジラ、鳥にも 広く 見られるかも しれない と 考えています[9]。声の 出せる 音の はばを 大きく ひろげる、だいじな しくみ かもしれない のです。まだ「かもしれない」という はなしです。
人の声区の切り替えでは、声の高さの比(周波数の比)はふつう約1.2〜2.5倍、1オクターブ前後までです。ところがアメリカ大陸のサルの仲間3種(クモザル、フサオマキザルなど)では、2倍を超える跳びがふつうで、最大では約12倍の例がありました[8]。1オクターブが2倍、3オクターブが8倍なので、12倍は約3.6オクターブにあたります。
この論文は、サルの声が人のヨーデルを思わせるとして「モンキーヨーデル」と呼んでいます[8]。
声区は、動物の声づくりの基本かもしれない
別の論文は、声帯などの振動の型を切り替える「声区」は、人間だけでなく、霊長類・クジラ・鳥など脊椎動物に広く見られ、出せる音の幅を大きく広げる声づくりの基本的な性質かもしれない、と述べます[9]。「かもしれない」という仮説の段階です。
ヨーデルは、人間が特別に思いついた声の使い方というより、動物たちの声にもある切り替えを、人が音楽に仕立てた姿なのかもしれません。
人間の声区切り替えにおける周波数比は通常約1.2〜2.5倍(1オクターブ前後まで)とされる。これに対し、アメリカ大陸の霊長類3種(クモザル、フサオマキザルなど)では、生体で観察された基本周波数の跳躍の多くが比2を超え、極端な例で約12倍に達した[8]。log₂12≒3.58なので約3.6オクターブだ。論文はこれを人のヨーデルを想起させる「monkey yodels」と呼ぶ。
別の総説的な論文は、声区が霊長類・クジラ・鳥など脊椎動物に広く見られ、音響信号の多様性を大きく広げる声づくりの基本的な性質である可能性を述べる[9]。「可能性」の段階であり、人のヨーデルが動物の声区に由来すると示すものではない。むしろ声区という仕組みが広く共有されていることが、人の歌唱法とサルの声を並べて読める理由になっている。
6. 自分の 声で ためして みよう
6. 自分の声で、「切れ目」を探してみる
6. 出口 ── 声の切れ目を探す体験と、原典の読みどころ
のどに、そっと 手を あてて みましょう。ちいさな 声で「アー」と 言いながら、少しずつ 高い 声に して いきます。力を いれすぎては いけません。
声が かるく なる ところや、ひょいっと かわる ところが ある かもしれません。ない 人も います。人に よって ちがうので、できなくても ふつうです。
のどが いたく なったら、すぐ やめます。大きな 声で むりに 出さないで ください。
つぎに、「イー」と「アー」のように、口の 形を かえて、おなじ 高さの 声を 出して みましょう。声の かんじが かわるか、ためして みます。人に よって ちがうので、おなじ にならなくても ふつうです。
のどに軽く手を当てて、小さな声で「アー」と言いながら、少しずつ高い声にしていきます。声が急に軽くなる場所があるか、探してみます。ある人もいれば、ない人もいるので、見つからなくても心配はいりません。
のどが痛くなる前に、必ずやめてください。大声で無理に出すのは避けます。
次に、「イー」と「アー」など、母音を変えて同じ高さの声を出してみると、感じ方が変わるか、観察してみましょう。切れ目がある場所は人によって違いますし、母音の効果も個人差が大きいと考えられます。
確かめるなら、のどに軽く手を当て、小さな声で「アー」と言いながら音高を少しずつ上げて、声が軽く切り替わる場所があるかを探す。ある人もない人もいる。母音を変えて同じ音高で試すと、感じ方が変わるかも観察できるが、個人差があり、Titzeの示した傾向どおりになる保証はない[6]。喉に痛みが出る前にやめ、大声や無理な発声は避ける。
資料を読むなら、ヨーデルの定義と起源の諸説は百科事典[1]、登録の経緯と技法の説明はユネスコの決定文[2]が日本語の入口になる。声帯の接触率はHenrichらの論文[4]、母音との関係はTitze[6]、日本の研究はUezuらの論文[7]、サルの声は「Monkey yodels」[8]が原典で、後ろの3つは英語だ。「なぜ美しいのか」を直接答える論文は見当たらない。切れ目の制御や母音の響きなど、どこに美しさがあるのかは、読み手が考える問いとして残る。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:百科事典、ユネスコの決定文、音声の研究論文、サルの声の論文を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- コトバンク「ヨーデル」(デジタル大辞泉/日本大百科全書/世界大百科事典ほか)。https://kotobank.jp/word/ヨーデル (ヨーデルの定義と起源の諸説について。二次資料)
- UNESCO Intangible Cultural Heritage, Decision 20.COM 7.B.42(2025年12月)。https://ich.unesco.org/en/decisions/20.COM/7.B.42 (登録の経緯と技法の説明について)
- Schweizer Musikzeitung(スイスの音楽雑誌)。https://www.musikzeitung.ch/en/?p=69614 (スイスヨーデル協会の規模について。二次資料)
- Henrich Bernardoni, Smith & Wolfe (2014) J. Acoust. Soc. Am. 135(1)。https://www.phys.unsw.edu.au/jw/reprints/m1m2.pdf (胸声と裏声の声帯接触率の差について。英語の論文)
- National Center for Voice and Speech, Searching for the Causes of Chest-Falsetto Register Breaks Under Anechoic Conditions。https://ncvs.org/?p=9298 (切れ目が声帯自体の性質で起きることについて。英語)
- Titze (2007) Journal of Singing 63(4) “Falsetto Register and Vowels”。https://vocology.utah.edu/_resources/documents/falsetto_register_and_vowels_titze.pdf (母音と裏声、ヨーデルの技法について。英語の論文)
- Uezu & Kaburagi (2016) Acoust. Sci. & Tech. 37(6)。https://www.jstage.jst.go.jp/article/ast/37/6/37_E1551/_article (声源と共鳴の相互作用と切り替えについて。英語の論文)
- “Monkey yodels”(PMC11966155)。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11966155/ (サルの仲間の声区の跳びについて。英語の論文)
- “Vocal registers expand signal diversity in vertebrate vocal communication”(PMC11966170)。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11966170/ (声区が動物に広く見られる可能性について。英語の論文)
なおした ところ
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