1. 中学の グラフも 「しきで できる かたち」って、ほんと?
1. 中学のグラフも仲間? 3人が調べた「式でできる図形」
1. 代数幾何とは何か:連立方程式の解の集合としての図形
中学校の 数学では、y=2x のような しきの グラフを かきます。この グラフも、じつは 「しきで できる かたち」の なかまだと、東京大学の こうざで しょうかい されています[2]。
こういう かたちを しらべる 数学が、だいすうきかです。…と いっても むずかしいので、ここでは 「しきで できる かたち」と よびます。
にほんじんの フィールズしょうは、小平さん(1954ねん)、広中さん(1970ねん)、森さん(1990ねん)の 3人です。3人とも、この ぶんやに ふかく かかわった 人です。
でも、しきで できる かたちには、とがった ところが できることが あります。それは なにが こまるのでしょうか。
中学校では、y=2x や y=x3 のグラフを習います。実はこれらも、代数多様体という図形の例です。東京大学の公開講座で、そう紹介されています[2]。
代数幾何は、いくつかの多項式でつくった連立方程式の解の集合を、図形として調べる幾何学です。解がどれだけ自由に動けるかを「次元」で表し、1次元なら曲線、2次元なら曲面、3次元以上なら空間と呼びます[1]。
日本人のフィールズ賞受賞者は、1954年の小平邦彦、1970年の広中平祐、1990年の森重文です[3][4][5]。小平の授賞理由は調和積分の理論と、それを代数多様体などにあてはめた仕事で、代数幾何のほか複素多様体の理論を含みます。
式でできる図形は、なめらかな線ばかりではありません。とがった点が出てくると、何が困るのでしょうか。
代数幾何は、いくつかの多項式の連立方程式の解の集合として描かれる図形(代数多様体)を調べる幾何学で、解の自由度を次元で表す。1次元は曲線、2次元は曲面、3次元以上は空間である[1]。中学で習う y=2x や y=x3 のグラフも、代数多様体の例にあたる[2]。
日本人のフィールズ賞受賞者3人のうち、広中の授賞理由は特異点解消、森の授賞理由は3次元代数多様体の極小モデルの存在であり、代数幾何そのものにあたる[4][5]。一方、1954年の小平の授賞理由は調和積分の理論と、そのケーラー多様体・代数多様体への応用である[3]。「3人とも代数幾何」とまとめるのは、複素多様体の理論までを含めた広い意味での話になる。
では、これらの図形のどこが難しいのか。式でできる図形には、なめらかでない点が現れることがあり、これが問題になる。
2. とがった てんは、なにが こまるの?
2. y2=x3 のグラフには、とがった点がある:特異点とは何か
2. 特異点とは何か:y2−x3=0 の原点と、本質が見えにくくなる理由
まるい ボールの おもてには、とがった ところは ありません。でも、ぼうしの さきには とがった ところが あります。
ただし 本当は、数学の 「とがった てん」は、しきで できる 線の うえに できる てんの ことです。
この とがった てんを、とくべつな てん(とくいてん)と よびます。とくいてんが あると、その かたちの 大じな せいしつが わかりにくくなる、と いわれます[2]。
では、とがった てんは、なくせるのでしょうか。
3. ひろなかさんは、とがった てんを どう したの?
3. 広中平祐は、とがった点を「爆発」でなめらかにできると示した
3. 広中平祐の特異点解消:次元を問わない証明と、標数0という条件
とがった てんを、ばくはつ(ブローアップ)という そうさで なめらかな かたちに できることが、1じげんと 2じげんの ばあいは わかって いました[2]。
広中さんは、1964ねんの ろんぶんで、どんな じげんの かたちでも できる、と しめしました[6]。
この しごとで、1970ねんに フィールズしょうを もらいました。39さいの ときです[9]。
ただし この ていりは、じっすうなどの かずを つかう ばあいの おはなしです。ほかの ばあいは、2024年の こうざでは、まだ とけて いないと されています[2]。
とがった てんを なくす もんだいが とけると、つぎは、かたちを どう なかまわけ するかが きに なります。
1次元と2次元の代数多様体では、爆発(ブローアップ)という操作を何回かくり返すと、特異点のない、なめらかな図形に変えられることが知られていました[2]。ザリスキは3次元以下で証明を終えていて、広中平祐は1964年の論文で、これを任意の次元に広げました[6]。
広中は1957年の夏にアメリカへ渡り、ハーバード大学でザリスキに学びました[6]。師の仕事を引きついで、次元の制限を取りはらったことになります。
フィールズ賞は4年に一度の国際数学者会議で、40歳以下の数学者に贈られます[9]。1931年に生まれた広中は、39歳の1970年に受賞しました[6][4]。
この定理は、標数0(実数や複素数のように、足しても足しても0にならない体)の場合です。標数pの場合は、2024年の講座では未解決とされています[2]。
とがった点の問いに一つ答えが出ました。では、図形をどう仲間分けするのでしょうか。
特異点を消せるかという問いは、次元ごとに答えが積み上がった。1次元・2次元の代数多様体は、爆発(ブローアップ)を何回かくり返せば非特異(特異点のないもの)に変換できると知られていた[2]。ザリスキは3次元以下で定理を証明済みで、広中はそれを任意の次元に広げた[4]。論文は1964年に出ている[6]。広中は1957年夏に渡米してハーバード大学に入り、ザリスキを指導教官として学んだ[6]。
ただし、この定理には条件がある。標数0(実数・複素数など)の体の上で成り立つ定理で、標数p>0の場合は、2024年の講座資料では未解決とされている[2]。なお、発表年は日本語の記事に1962年とするものがあるが、MacTutor と東京大学の講座資料は1964年としており、ここでは論文の年である1964年を使う。
フィールズ賞は、4年ごとの国際数学者会議で、それまでの4年間の最も優れた業績をあげた40歳以下の数学者に贈られる[9]。1931年4月9日生まれの広中は、39歳の1970年にこの賞を受けた[6]。特異点を「消せるか」の問いに全次元で答えたので、次の問いは、そもそも図形をどう分類するかに移る。
4. かたちを なかまわけするって、どういう こと?
4. 図形を仲間分けするには:曲線・曲面の分類から、3次元へ
4. 分類問題:曲線の種数、小平邦彦の複素曲面論、3次元への拡張
1じげんの かたち(せん)は、むかし リーマンという 人が しらべて、あなの かずという 数で なかまわけ できると わかりました[1]。
2じげんの かたち(めん)の なかまわけの ほうほうは、20せいきの まえの ほうで できあがっていた、と 森さんは はなします[1]。
小平さんは、1954ねんに、にほんじんで はじめて フィールズしょうを もらいました[3]。2じげんの かたちの なかまわけの りろんを つくった 人です[8]。
森さんが 数学を はじめた 1970ねんごろ、いちばん 気に なって いたのは、これを 3じげん いじょうへ ひろげられるか、でした[1]。
図形の仲間分けは、1次元の曲線から始まりました。19世紀のリーマンに始まる研究で、曲線は種数という数で分類できます[1]。
小平邦彦は、1954年のアムステルダムの国際数学者会議で、日本人として初めてフィールズ賞を受けました[3]。複素多様体の理論を切り開き、複素曲面(2次元)の分類理論をつくった人です[8]。
森重文は、2次元までの分類論は20世紀前半までに完成していたと説明しています[1]。その森が代数幾何を志した1970年ごろ、最大の関心は、これを3次元以上の空間へ広げられるかどうかでした[1]。
ところが、森が最初に解こうとしたのは、分類の問題そのものではありませんでした。何を解こうとして、何が起きたのでしょうか。
曲線の分類は19世紀のリーマンに始まり、種数という数で整理できる。2次元の曲面の理論は、20世紀前半までに完成していたと森は述べている[1]。小平邦彦の仕事は、この流れの中でも、複素曲面の分類理論をつくったものとして紹介される[8]。
小平は1954年(アムステルダムの国際数学者会議)に、日本人で初めてフィールズ賞を受けた。授賞理由は調和積分の理論と、そのケーラー多様体・代数多様体への応用である[3]。層コホモロジーという道具を使い、代数多様体がホッジ多様体の性質を持つことを示した[8]。消滅定理や埋め込み定理も、小平の主な成果とされる[8]。
森が代数幾何を志した1970年ごろの最大の関心事は、2次元までの分類論を3次元以上でどう拡張できるかだった[1]。しかし森が最初に取り組んだのは、別の予想である。
5. 森さんの 「まちがい」は、どう やくに たったの?
5. 森重文の「まちがい」:全次元の予想が解けるきっかけ
5. ハーツホーン予想の解決と、森重文が語る「まちがい」の経緯
1970ねんに、ある もんだいが だされました。かたちが どこでも 「プラスに まがって」いれば、そのかたちは 「しゃえいくうかん」と いう とくべつな かたちに かぎるのか、という もんだいです。シャボンだまが プラスに まがる、うまの くらが マイナスに まがる、と 森さんは せつめい しています[1]。
森さんは、1970ねんだいの おわりごろに、すべての じげんで これを といた、といわれます[7]。
でも、はじめは ちがいました。しきを つよく したら 「とけた!」と おもったのですが、まちがいに きづきます。
なぜ まちがえたのかを しらべる うちに、じぶんが ある ていりを しょうめい していたと わかりました。そこから べつの みちで、1しゅうかん ほどで ぜんぶ とけたそうです[1]。
ただし 森さんは、「まちがえれば うまく いく」と いって いるのでは ありません。「じぶんで みつける ひつようが ある」とも のべて います[1]。
1970年に、ハーツホーン予想という問いが出されました。「プラスに曲がった」空間は射影空間という特別な空間に限られるのか、というフランケル予想の考え方を、代数幾何の形に言いかえた問いです[7]。森は、曲がり方がプラスの例をシャボン玉、マイナスの例を馬の鞍にたとえて説明しています[1]。
森はこれを、1970年代末に全次元で解きました[7]。そのきっかけが、森本人の話では「まちがい」です[1]。
森は最初、仮定を強くして「解けた」と思いました。ところが、まちがいに気づきます。なぜ間違えたのかを調べるうち、自分が意図せず「有理曲線存在定理」という補題を証明していたことに気づき、そこから別のルートで、1週間ほどで予想の全体が解けたそうです[1]。
ここで、「まちがえれば成功する」と読むのは早すぎます。森は同じインタビューで、まちがいは自分で見つける必要があるとも述べています[1]。
この定理は、その後どこにつながったのでしょうか。
1970年に出されたハーツホーン予想は、接束が豊富であるような非特異な代数多様体は射影空間に限られるか、を問う[7]。「どこでもプラスに曲がっていれば射影空間か」という曲率の言い方はフランケル予想のもので、ハーツホーン予想はその代数幾何版にあたる。森はこれを1970年代末に全次元で解いた[7]。解決年は MacTutor が1978年、論文掲載は1979年と出典で混在するため、「1970年代末」とする。森は、曲がり方がプラスの例をシャボン玉、マイナスの例を馬の鞍と、たとえて説明している[1]。
全次元の解決の経緯について、森本人はこう話している[1]。最初は仮定を強くして「解けた」と思ったが、まちがいに気づいた。なぜ間違えたのかを調べると、意図せず有理曲線存在定理という補題を証明していたとわかった。そこから別のルートを取り、1週間ほどで全体が解けた。
この話は、「まちがいは成功のもと」と一般化できない。森は、まちがいは自分で見つける必要があるとも述べている[1]。むしろ、まちがいの原因を最後まで調べたことが、補題の発見につながっている。この定理が、次の章で見る3次元の分類にどう使われたのか。
6. 3じげんの なかまわけは、どう できたの?
6. 半年の「悶々」の末に見つかった端射線と、3次元の分類
6. 端射線・フリップ・極小モデル:1990年の受賞まで
森さんは、半年ほど もやもやして いました。りょこうの とちゅうで、さっきの ていりを つかえば、ある 「かどばった すじ」を つくれると きづきました[1]。これを たんしゃせんと いいます。
たんしゃせんを つかって つぶしかたを きめると、3じげんでも へんな ことが おこりません[1]。
3じげんでは、つぶすだけでは たりず、「フリップ」と いう そうさが ひつよう でした。森さんは、1988ねんに、フリップが あることを しょうめい しました[1]。
1990ねんに、京都で ひらかれた かいぎで、フィールズしょうを もらいました[5]。広中さんは これを 「ここ 10ねんで いちばん ふかく わくわくする すすみ」と ひょうしました[5]。
半年ほど悶々としていた森は、旅行中に気がつきました。有理曲線存在定理を使えば、「曲線の錐」に角ばった稜線(端射線)をつくれるのです[1]。この結果は1982年の論文で発表されました[1]。端射線に沿って潰し方を決めれば、3次元でも「病的な現象」が起こらないそうです[1]。
これが極小モデル理論の入口です。複雑な多様体から、本質となる代表的な図形を取り出して単純にする理論で、曲面では「潰す」操作を有限回くり返せば終わります。3次元では潰すだけでは足りず、「フリップ」という操作が要ります。森は1988年に、残っていたフリップの存在を自分で証明しました[1]。
森は1990年に京都で開かれた国際数学者会議でフィールズ賞を受けました。授賞理由は、3次元代数多様体の極小モデルの存在証明です[5]。広中は、極小モデル理論を「ここ十年ほどで最も深く刺激的な進展」と評しています[5]。
森は「極小モデルを解こうとしていたのではない」「ハーツホーン予想を始めたのも偶然」と語っています。広中の学位論文で導入された「因子の錐」を読んで興味をもっていたことも、きっかけの一つだと述べています[1]。
半年ほど悶々としていた森は、旅行中に、先の有理曲線存在定理を使えば曲線の錐が角ばった稜線(端射線)を持つ、と気づいた[1]。1982年の論文で発表され、端射線で潰し方を決めれば、3次元でも「病的な現象」が起こらない。
極小モデル理論は、複雑な多様体から本質となる代表的な図形を取り出して単純にする理論である。曲面では(−1)曲線を滑らかな点に潰す操作を有限回行えば終わる。3次元では潰すだけでは足りず、フリップが必要になる。森は1988年に、残っていたフリップの存在定理を証明した[1]。
この仕事で、森は1990年に京都で開かれた国際数学者会議でフィールズ賞を受けた。授賞理由は3次元代数多様体の極小モデルの存在証明である[5]。広中は、この理論を「ここ十年ほどで最も深く刺激的な進展」と評した。ただし、この評は ICM 1990 の講演からの引用で、IMU のページ経由で得た記述である[5]。
森自身は、「極小モデルを解こうとしていたのではない」「ハーツホーン予想を始めたのも偶然」と語る。広中の学位論文で導入された因子の錐を読んで興味を持っていたことも、端射線の発見につながった一つの要素と述べている[1]。ただし、広中の研究が森の成果の原因だと言えるわけではない。出典が語るのは「興味の一つ」までである。
7. ますめの かみに てんを うって、とがった かたちを つくって みよう
7. 方眼紙に y2=x3 を描いて、とがりを自分の目で見る
7. 方眼紙で特異点を作図する:y2=x3 と y2=x2+x3
ますめの かみと えんぴつを よういします。よこが 1ふえる たびに、たてが 2ふえる てんを、いくつか うちます。(1, 2)(2, 4)(3, 6)です。
てんを むすぶと、まっすぐな せんに なります。この 線も、「しきで できる かたち」の なかまです[2]。
つぎは、「たて×たて = よこ×よこ×よこ」の しきで てんを うちます。よこが 0 なら たては 0。よこが 1 なら たては 1 と マイナス1。よこが 4 なら たては 8 と マイナス8。てんを つなぐと、まんなかの ところが とがります。これが、とがった ところの ある 「しきで できる かたち」の れいです[2]。たては ぐんと のびるので、かみは たてに ながく つかいます。
方眼紙と鉛筆、定規で、y2=x3 のグラフを描いてみましょう。x=0 のとき y=0、x=1 のとき y=1 と−1、x=4 のとき y=8 と−8、x=9 のとき y=27 と−27 です。x の増え方に比べて y が速く増えるので、縦の目盛りは細かくします。点をなめらかにつなぐと、原点でとがる形が見えてきます[2]。
次は y2=x2+x3 です。(−1, 0)(0, 0)(3, 6)(3, −6)(8, 24)(8, −24)に加えて、x=−0.5 のときの y を計算して(約±0.35)点を打ちます。−1 と 0 のあいだに輪ができ、原点で線が交差する様子が見えます。
東京大学の講座で石井志保子は、正標数の体は200年以上前に歴史に登場し、将来の暗号に役立つとは誰も想像しなかった、と述べています[2]。すぐ役に立つことだけでなく、数百年後に役立つかもしれないことに夢中になるのも大切、というのが講座の結びです。
3人の仕事は、広中の定理が標数0の場合である点でも、まだ終わりの見えない問いにつながっています。標数pの特異点の解消は、2024年の講座では未解決とされています[2]。
特異点は、自分の手で作図すると実感しやすい。y2=x3 は、x=0 で y=0、x=1 で y=±1、x=4 で y=±8、x=9 で y=±27 となる。y が x より速く増えるため、縦軸の目盛りを細かく取り、点を結ぶと原点でとがる曲線になる[2]。
y2=x2+x3 は y2=x2(1+x) と変形でき、x≧−1 でしか実数の y を持たない。(−1, 0)(3, ±6)(8, ±24)などの点に加え、x=−0.5 では y2=0.125 より y≒±0.35 になる。−1≦x≦0 の範囲に輪ができ、原点で線が交差する。上の2つの式は、石井の講座資料の例と同じ式である[2]。
講座の結びで石井は、正標数の体は200年以上前に歴史に登場し、将来の暗号に役立つとは誰も想像しなかったと述べ、すぐ役に立つものだけでなく、数百年後に役立つかもしれないことに夢中になることも大切だと語っている[2]。広中の定理は標数0の場合であり、標数pの特異点解消は、2024年の講座では未解決とされている[2]。
森の語る経緯と、石井の講座資料はどちらも日本語で読める。森のインタビューが載る京都大学白眉センターだよりvol.19と、東京大学数理の公開講座2024の資料は、出典欄から探せる。広中が破った次元の壁の先に何が見えるのか、読み比べると想像が広がる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の事実は、次の資料にもとづきます。年号や数字は、複数の資料で確かめた範囲で書いています。
- 京都大学 白眉センターだより vol.19(森重文インタビュー) https://www.hakubi.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2021/08/Hakubi_Newsletter_vol.19.pdf (代数幾何の説明、分類問題、森の「まちがい」と端射線・フリップの経緯)
- 東京大学大学院数理科学研究科 公開講座2024 石井志保子「代数多様体の爆発」 https://www.ms.u-tokyo.ac.jp/video/open/2024koukai-kouza/op2024-003.pdf (代数多様体の例、特異点、爆発、標数pの未解決の記述)
- International Mathematical Union, Fields Medal 1954 https://www.mathunion.org/imu-awards/fields-medal/fields-medals-1954 (小平邦彦の授賞)
- International Mathematical Union, Fields Medal 1970 https://www.mathunion.org/imu-awards/fields-medal/fields-medals-1970 (広中平祐の授賞)
- International Mathematical Union, Fields Medal 1990 https://www.mathunion.org/imu-awards/fields-medal/fields-medals-1990 (森重文の授賞と広中の評)
- MacTutor, Heisuke Hironaka https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/Biographies/Hironaka/ (広中の論文年、渡米、生年)
- MacTutor, Shigefumi Mori https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/Biographies/Mori/ (ハーツホーン予想の解決)
- 日本数学会『数学通信』書評『小平邦彦が拓いた数学』 https://www.mathsoc.jp/publication/tushin/2302/2302fujita.pdf (小平の曲面の分類理論)
- 現代ビジネス「広中平祐さんがフィールズ賞受賞」 https://gendai.media/articles/-/66705 (フィールズ賞の対象年齢)
なおした ところ
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