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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

アルファベットは どうして 26もじに なったの?

アルファベットが26文字になるまでに、何があったのか

ラテン文字の26字は、どう積み上がったか:21字、YとZの追加、J・U・Wの分化

分野:歴史・文化

むかしの ローマの 人たちが つかっていた アルファベットには、J も U も W も ありませんでした。26もじは、だれかが「26に しよう」と きめた かずでは ないようです。

では、どうやって 26もじに なったのでしょう。この ページを よむと、J・U・W が どこから きたのかと、くにに よって もじの かずが ちがう ことが わかります。

ローマ時代のラテン語のアルファベットには、J・U・Wがありませんでした。いまの26文字は、誰かが「26にしよう」と決めた数ではなく、借りたり、捨てたり、足したり、分けたりした結果と読めます。

では、21文字だった字母表から、どうやって26文字になったのでしょうか。この記事を読むと、J・U・Wがどの文字から生まれたのかと、Wの名前が国によってちがう理由の手がかり、字数が言語ごとに変わることが分かります。

古代ローマのラテン文字は、前1世紀ごろには基本の21字がそろい、これにY・Zが加わって23字になった[4]。J・U・Wは古典期のラテン文字になく、中世以降に加わった文字である[3]。26字は設計された数ではなく、借用・廃止・追加・分化の積み重ねの結果と読める。

では、IとV、そして「二重のU」はどう生まれ、なぜWの名前は国ごとにちがうのか。この記事を読むと、各文字の独立の経緯と、26が言語によって増減する数であることが分かる。

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1. ローマの 人の アルファベットは なんもじ?

1. ローマ時代の字母表に、J・U・Wはなかった

1. 21字の字母表:J・U・Wを持たないラテン文字

いま わたしたちが 見る アルファベットは、AからZまで 26もじです。でも、2000ねんほど まえの ローマの 人たちが つかっていた アルファベットには、J も U も W も ありませんでした[3]。

ぜんぶで 21もじ。そこへ、ギリシャごを 書く ために Y と Z が くわわって、23もじに なりました。いつ くわわったかは、せつが わかれています[4]。

のこりの 3つ、J・U・W は、それよりずっと あとの なかまです。つまり 26は、ふえたり へったり、わかれたり した けっかと 読めます。

では、さいしょの 21もじは、どこから きたのでしょう。

数えてみると21文字

前1世紀ごろに完成した古代ローマのラテン文字は、21文字でした。A・B・C・D・E・F・G・H・I・K・L・M・N・O・P・Q・R・S・T・V・Xです[4]。ここにはJもUもWもありません。

この21文字にギリシャ語の単語を書くため、ギリシャ文字からYとZが足され、字母表の末尾に置かれて23文字になりました。足された時期には説の違いがあります[4]。残る3文字、J・U・Wは、古典期のラテン文字にはなく、中世になって加わったとされます[3]。

26は設計された数ではなさそう

21に2を足して23、さらに3を足して26。この積み上げは、誰かが全体を設計したようには見えません。26は、借用・追加・分化の積み重ねで落ち着いた数と考えられます。

では、21文字のもとになった文字は、どこから来たのでしょうか。

古代ローマのラテン文字は前1世紀ごろには基本の21字がそろっていた。A・B・C・D・E・F・G・H・I・K・L・M・N・O・P・Q・R・S・T・V・Xである[4]。これにギリシャ語からの借用語を書くためのY・Zがギリシャ文字から足され、末尾に置かれて23字になった。追加の時期には異説がある[4]。

J・U・Wは古典期のラテン文字に含まれず、中世・近世に加わった[3]。したがって26は、21に2を足し、さらに3を足した数である。ただし「加わった」と一括りにはできない。J・Uは既存の文字の使い分けから分かれ、Wは新しく作られた字であり、時期も経緯も文字ごとにちがう(4・5章)。

なお、Y・Zの追加時期は、前3世紀とする説明と前1世紀ごろとする説明があり、資料によって割れる。本稿では「ギリシャ語の借用語を書くため」という理由だけを共通点として扱う。26は、誰かが設計した数というより、借用・廃止・追加・分化の積み重ねで定まった数と考えられる。では、21字の出発点はどこにあったのか。

2. もとは、ぼいんを 書かない もじだった

2. 母音を書かない文字が、母音を手に入れた

2. フェニキア文字の22字と、ギリシャ人による母音の導入

アルファベットの いちばん むかしの すがたは、フェニキアの もじです。22この しいんの もじだけで、ぼいんは 書きませんでした[1]。

たとえば「さくら」を しいんだけで 書くと「s・k・r」。よむ 人が、まわりの ようすから ぼいんを おぎなって よむ ようなものです。

これを うけついだ ギリシャの 人たちが、ぼいんを あらわす もじを くわえて、24もじに しました[1]。「アルファベット」という なまえは、ギリシャの もじの さいしょの 2つ、アルファと ベータを つないだ ものです[1]。

でも、この しくみを つくったのは ギリシャの 人では ありません。つぎは、この もじが ローマへ わたる とちゅうの おはなしです。

「s・k・r」と書いて読めるか

たとえば「さくら」を、子音だけで「s・k・r」と書いたとします。前後の文脈から母音を補って読むことになります。フェニキア文字は、まさにこういう文字でした。22の子音字だけで母音を書かない文字です[1]。

ギリシャ人が足したもの

これを受けついだギリシャ人は、母音を加えて24文字にしました[1]。母音を新しい記号で作ったというより、フェニキア文字の子音字のいくつかを、母音を表す字に転用した形です。アルファやエプシロン、オミクロンがその例とされます[4]。

「アルファベット」という名前は、ギリシャ文字の最初の2字、アルファとベータをつないだものです。ただし辞典類は、この文字体系そのものはギリシャ人の発明ではない、と書いています[1]。

この24字の仕組みが、ローマへ渡るあいだに、ある国を経由します。

フェニキア文字は22の子音字だけからなり、母音を書かない文字だった[1]。たとえば「さくら」を子音だけで「s・k・r」と書くようなもので、読み手が言語の知識で母音を補って読む前提の体系である。

これを受けついだギリシャ人は、母音を表す字を加えて24文字にした[1]。具体的には、フェニキア文字の子音字のいくつかが、母音(アルファ・エプシロン・オミクロンなど)を表す字に転用された[4]。転用の年代は「前800年ごろ」と説明されることが多いが、確定した値ではない。24字の標準形が定まったのは、前4世紀末までとされる。

「アルファベット」の語は、ギリシャ文字の最初の2字、アルファとベータをつないだ名である[1]。名前はギリシャ由来でも、体系はギリシャ人の発明ではない。ギリシャ人の貢献は、母音を書けるようにしたところにあると読める。この24字は、ローマに伝わる前に、もう一つの民族の文字を経由する。

3. ローマの まえに、エトルリアの 人たちが いた

3. ギリシャからローマへ:エトルリア文字を経由した道

3. エトルリア文字を介した借用と、26という数の揺れ

ローマの 人たちは、ギリシャの もじを、そのまま うけとった わけでは ありません。まず、エトルリアの 人たちが、ギリシャの もじを もとに 自分たちの もじを つくりました[2]。

ローマの 人たちは、それを 前7せいきごろ、うけとったと されます[3]。

おもしろい ことが あります。エトルリアの いちばん ふるい もじの ひょうには、26この もじが ならんでいます。でも、ずっと あとの エトルリアの もじは、20こ ほどに へっていました[2]。

もじの かずは、ふえる ばかりでは なかったのです。

ギリシャ→エトルリア→ラテン

ラテン文字は、ギリシャから直接ではなく、エトルリア文字を経由して成立しました。エトルリア文字は、ギリシャ人の入植者が使っていた文字をもとにしたとされます[2]。ラテン文字がこれを取り入れたのは、前7世紀ごろといわれます[3]。

エトルリアの「26」と「20」

エトルリア文字の最古の字母表(前700年ごろの書き板)には、26文字が並んでいます。ところが前400年ごろの古典期には、約20字に整理されていました[2]。

ただし、ここで「エトルリアの26字がラテンの26字になった」と考えるのは正しくありません。最古の表の26は、ラテン文字の26とは別の話です。26という数は、ここでも増えたり減ったりしていたことが分かります。

では、ラテン文字は、受けとった文字をどう整えたのでしょうか。

ラテン文字はギリシャ文字から直接ではなく、エトルリア文字を経て成立した。エトルリア文字は、ギリシャ人入植者のエウボイア系の文字をもとにした文字で、前700年ごろから使われたとされる[2]。ラテン文字はこれを前7世紀ごろに取り入れた[3]。

注意したいのは、エトルリア文字の側にも26の数が出てくる点である。最古の字母表(前700年ごろ)は26文字を並べるが、前400年ごろの古典期のエトルリア文字は約20字になっていた[2]。この26はラテン文字の26とは別の話で、「エトルリアの26字がラテンの26字になった」と短絡して読むことはできない。

このことは、「文字の数は一方向に増えていくわけではない」という見方を裏づける。借りた側も借りられた側も、自分の言語に合わせて字を取捨選択した。では、ローマ人はどの字を捨て、どの字を残したのか。

4. すてた もじと、おいて おかれた もじ

4. Zは一度捨てられ、Gが入った

4. Zの廃止とGの導入、K・Qの退場、YとZの再追加

ローマの 人たちは、うけとった もじを、そのまま ぜんぶは つかいませんでした。

Z は、もともと あった もじです。でも ラテンごには いらないと され、前3せいきごろ すてられました。かわりに、C に ちいさな しっぽを つけた G が、その ばしょに はいりました[3]。

K と Q も、ふるい ラテンごに ありました。でも「ク」の おとは C で 書く ことが ふつうに なり、K は ごく すこしの ことばに だけ のこりました[3]。

そのあと ギリシャごの ことばを 書く ために、すてた はずの Z が、いちばん うしろに もどって きました。Y も いっしょです[4]。

これで 23もじ。のこりの 3つは、ある 2つの もじの「ふたり ひとやく」から うまれます。

Zが消えて、Gが生まれる

Zはもともとあった文字ですが、ラテン語には不要だったため、前3世紀ごろに捨てられたとされます。その位置に入ったのが、Cに短い線を足したGです[3]。字母表の中で、Zの席にGが座った形です。

残っても、出番が少なかった文字

KとQも古いラテン語にありました。しかし、/k/の音は普通Cで書かれ、Kは「カレンダエ」(暦の月の初日を指す語)など少数の語にだけ残りました。QはQVの形でしか使われませんでした[3]。

Zが戻り、Yが加わる

その後、ギリシャ語の借用語を書くために、YとZがギリシャ文字から足されました。Zは、一度捨てられたのに、字母表の末尾に戻ってきたことになります。追加の時期には説の違いがあります[4]。皇帝クラウディウスが新しい3文字を導入しようとしたこともありましたが、定着しませんでした[4]。

こうして23文字になりました。残る3つのうち2つは、これまでの文字の中に、ずっと隠れていた二役でした。

ラテン語に不要とされた文字は、整理された。Zは元々あった文字だが、ラテン語には必要ないとして前3世紀に捨てられ、その位置にCに線を足したGが入った[3]。KとQも古いラテン語にあったが、/k/の音は普通Cで書かれたため、KはKalendaeなど少数の語に、QはQVの形に限られて残るだけだった[3]。

ところが、その後ギリシャ語の借用語を書く必要が生じ、Y・Zがギリシャ文字から足されて、字母表の末尾に置かれた[4]。捨てたはずのZは、役目を借用語に変えて戻ってきたことになる。この追加の時期は前3世紀説と前1世紀説があり、一致していない。ローマ皇帝クラウディウスが新しい3文字を導入しようとして定着しなかった話もあるが、その字形の詳細は本稿では扱わない[4]。

この時点で23字。残りの3字は、新しい文字をどこかから借りてきたのではなく、すでにある文字の使い分けから分かれる。この「分かれる」が、26へ向かう最後の段階の中心である。

5. Iと V は ひとり ふたやくを していた

5. IとVが「2つの顔」を持っていた

5. IとVの二役:JとUの分化と、辞書の並べ方

ふるい ラテンごでは、I という もじが、ぼいんの 「イ」と しいんの 「ヤ」ぎょうの おとの りょうほうを あらわしていました。V も おなじで、ぼいんの 「ウ」と しいんの「ヴ」の おとを、ひとつで あらわしていました[3]。

この うち J は、もともと I の かざりの かたちでした。I と J が はっきり わかれたのは、1524ねんに イタリアの トリッシーノが わけて つかったと いわれます[5]。

U と V も、もとは おなじ もじの 2つの かたちでした。べつの もじとして つかった さいしょの きろくは、1386ねんの ゴートもじの アルファベットと されています[6]。

でも、じしょの ならび方では、ずっと あとまで I と J を いっしょに しました。J が ひとりだちするのには、とても じかんが かかりました。

Iの「イ」と「ヤ行」、Vの「ウ」と「ヴ」

古いラテン語では、Iは母音の「イ」と、子音の「ヤ」の音の両方を表しました。Vも同じで、母音の「ウ」と、子音の「ヴ」の音を1つの文字で表しました[3]。同じ文字が、文脈で二役をこなしていたのです。

JはIの飾り字から

Jは、もとはIの飾り字形でした。大文字・小文字ともIとJを区別したのは、1524年のイタリアのトリッシーノが最初とされます[5]。英語では17世紀に区別が採用され、1629年の欽定訳聖書の印刷と1633年の文法書が、はっきり分けた最初の英語の本とされます[5]。

UとVも、もとは同じ文字

UとVも、もとは同じ文字の2つの形でした。別の文字として使った最初の記録は、1386年のゴート文字の字母表とされます。ただし、これは記録の上での初出で、広まったのはずっと後です。大文字のUを避けてVを使う印刷は、17世紀まで続きました[6]。

辞書はまとめて並べた

1755年、サミュエル・ジョンソンは英語の辞書で、i/jとu/vは「2つの文字とみなすほうがふさわしい」と述べました。それでも辞書の配列は、従来どおりi/j・u/vを一緒に並べました[8]。IとJを同じ文字として並べる習慣は、フランス語の辞書で1762年、英語の辞書で1820年まで続いたとされます(百科事典の記載による年です)[5]。

残るのはW。これだけは、IやVの二役ではなく、もっと別のところで生まれました。

ラテン語では、Iは母音のiと子音のjを、Vは母音のuと子音のvを、それぞれ1つの文字で表した[3]。J・Uの独立は、この二役を分ける作業だった。

Jはもとは、Iの飾り字形にすぎない。大文字・小文字ともIとJを明示的に区別したのは、1524年のトリッシーノ(イタリア)とされる[5]。英語では17世紀に区別が採用され、1629年の欽定訳聖書の印刷と1633年の文法書が、IとJを明確に分けた最初の英語の本とされる[5]。UとVも同じ文字の2つの形で、別の文字として使った最初の記録は1386年のゴート文字の字母表だが、これは初出の記録にすぎない。大文字のUを避けVを使う印刷は17世紀まで続いた[6]。

独立が定着するまでの遅さは、辞書の並べ方に表れる。サミュエル・ジョンソンは1755年の辞書で、i/jとu/vは2つの文字と見なすほうが適切だとしながら、配列は従来どおり一緒にした[8]。なお、ここで「辞書で別々に並べた」と読むのは誤りである。IとJを同じ文字として並べる慣習は、フランス語辞書で1762年、英語辞書で1820年まで続いたとされるが、この年は二次資料(Wikipedia)の記載に基づく[5]。つまり、J・Uの独立は、1回の出来事ではなく、数百年かけた使い分けの定着だった。では、Wはどう生まれたのか。

6. Wは「Uを 2つ」?「Vを 2つ」?

6. Wの名前は、英語では「Uを2つ」、フランス語では「Vを2つ」

6. Wの成立:VVまたはuuの書き方と、国ごとにちがう名前

W は、ラテンごに ありませんでした。ゲルマンごの 「ウ」に ちかい おとを あらわす ために、7〜8せいきごろ、ふるい えいごなどを 書く 人が、V か U を 2つ ならべて 書いたのが はじまりと されます[7]。

だから えいごの Wの なまえは「ダブリュー」。「ダブル・ユー」、つまり「Uを 2つ」という いみの なごりです[7]。

ところが フランスごや スペインごでは、W の なまえが 「Vを 2つ」という いみです[7]。おなじ もじなのに、なまえが ちがうのです。

デンマークと スウェーデンは、W を くにの アルファベットに 公式に くわえたのが 1980ねんと 2006ねんでした[7]。つい さいきんの はなしです。

ラテン語になかった音のために

Wは、ラテン語にはなかった文字です。ゲルマン語の/w/の音を書くため、7〜8世紀ごろ、古英語や古高ドイツ語などの書き手が、VVまたはuuと2つ並べて書いたのが始まりとされます[7]。ルーン文字由来の文字(ウィン)も試されましたが、Pと混同されたといいます[9]。

名前に残った「2つ」

英語でWを「ダブリュー」と呼ぶのは、「ダブルU」、つまりUを2つ並べたものという名の名残です。ところがフランス語などでは、同じ文字の名前が「二重のV」です[7]。形はVを2つ並べたようでも、国によってUのほうを重ねるか、Vのほうを重ねるかが分かれました。

Wは14世紀ごろの中英語や中高ドイツ語で、別の文字と見られるようになったとされます。デンマークとスウェーデンは、1980年と2006年に、公式にアルファベットへ加えました[7]。

ここまでで、26文字がそろいました。ただし「26」は、世界のどこでも通じる数ではありません。

Wはラテン語になく、ゲルマン語の/w/の音を書き表す必要から生まれた文字である。7〜8世紀ごろ、古英語や古高ドイツ語などの書き手が、VVまたはuuと並べて書いたのが始まりとされる[7]。ルーン文字由来の「ウィン」も試されたが、Pと混同された、という説明もある[9]。

名前にもこの経緯が残る。英語の「double U」は、Uを2つ並べた字という発想の名残である。ところがフランス語などでは「double V」であり、同じ文字でも、重ねている相手がUかVかで名前が割れる[7]。なぜVの国とUの国に分かれたのかは、はっきりしない。

独立した文字としての扱いも、国によってずれた。Wは14世紀ごろの中英語・中高ドイツ語で別の文字と見られるようになったとされるが、デンマークとスウェーデンが公式にアルファベットに加えたのは、1980年と2006年と遅い[7]。こうして英語のアルファベットは26字になった。ただし、26字という数は、ラテン文字を使うすべての言語の数ではない。

7. 26は せかいじゅうで おなじ かず?

7. 26は、世界共通の数ではない

7. 字数は言語ごとに異なる:ポルトガル語の2009年の例

じつは、26は えいごなどで つかう もじの かずです[9]。おなじ ラテンもじを つかう ことばでも、かずは ちがいます。

あるページの ひょうでは、イタリアごと フランスごと ポルトガルごが 26、スペインごが 27、スウェーデンごが 29、ドイツごが 30と されています。かぞえかたに よって かわるので、かずは めやすです[9]。

この ひょうでは、ポルトガルごは 2009ねんの ルールの かいていで、がいこくごだけに つかっていた K・W・Y を くわえて、26もじに なったと されます[9]。

イタリアごでは、J・K・W・X・Y は ふつう がいこくごに つかう もじで、これを のぞく 21もじと かぞえる ことも あります[9]。ローマの 21もじと、おなじ かずです。

言語ごとに、字数は変わる

26は、英語で使う基本の字数です[9]。同じラテン文字を使う言語でも、字数は異なります。ある字数表では、イタリア語・フランス語・ポルトガル語が26、オランダ語・スペイン語が27、スウェーデン語・デンマーク語・トルコ語などが29、ドイツ語が30、ポーランド語が32とされています[9]。アクセント付きの字を含めるかなど、数え方で変わるため、数字は目安です。

ポルトガル語は2009年に26字へ

この字数表では、ポルトガル語は2009年の正書法の改正で、外来語だけに使っていたK・W・Yを加え、26字になったとされます[9]。イタリア語では、J・K・W・X・Yは通常、外来語に使う字です。これらを除いて21字と数える流儀もあります[9]。

ローマの21字と同じ数が、いまのイタリア語の数え方に出てくるのは、おもしろい偶然です。字数は、言語が借りる言葉の量や、決まりの作り方で動いてきたようです。

さて、26文字の足跡を、自分の目で確かめる道すじを置いておきます。

ラテン文字の字数は言語で異なり、26は英語で使う基本の字数である[9]。ある字数表では、イタリア語・フランス語・ポルトガル語が26、オランダ語・スペイン語が27、スウェーデン語・デンマーク語・トルコ語・フィンランド語・ベトナム語が29、ドイツ語が30、ポーランド語が32である。ただし、アクセント付きの字を別に数えるかで数が変わるため、数値は目安であり、個人サイトの表であることにも注意が要る[9]。

数が動くことを示す具体例が、ポルトガル語である。この字数表では、2009年の正書法改正で、外来語だけに使われていたK・W・Yを加え、26字になったとされる[9]。逆に、イタリア語では、J・K・W・X・Yが通常は外来語に使われるため、これらを除いて21字と数える立場がある[9]。

ここから、ラテン文字を使う言語では、字の数え方や規則改正によって数が変わることが分かる。ラテン語の時代の21字、イタリア語の数え方の21字、英語の26字は、同じ文字を別の言語が借りる度に、数え方も変わるという一続きの話として読める。

8. Vを 2つ 書いて みよう

8. 紙とえんぴつで、Wの正体を見てみる

8. Wの「2つ」を手で確かめる/原典の探し方

かみに、V を 2つ、よこに ならべて 書いて みましょう。2つの V の あいだを つなげると、W の かたちに なります。

こんどは U を 2つ ならべて、つなげて みます。ちょっと まるい W に なります。

おうちに えいごの ほんや おかしの ふくろが あれば、W が はいった ことばを さがして、こえに だして よんで みましょう。「ダブリュー」は、なにを 2つ ならべた なまえだったでしょう。

Vを2つ、Uを2つ書いてみる

紙にVを2つ横に並べて書き、つなげるとWの形になります。次にUを2つ並べてつなげると、少し丸みのあるWです。7〜8世紀ごろの書き手が書いた「VVまたはuu」を、自分の手で再現できます。

英和辞典で、IとJの並びを見る

家に英和辞典があれば、IとJ、UとVが、いまは別の項目として並んでいることを確かめます。昔の辞書は、IとJ、UとVを同じ項目の中にまとめていました[8]。

出典の英語史ブログ「hellog」には、ジョンソンの辞書を扱った回があります。気になった人は、記事の題名で探して読み比べてみてください。

Wの名の意味は、自分の手で確かめられる。紙にVを2つ並べて書くと、W(二重のV)の形になる。Uを2つ並べるとやや丸みのあるWになる。7〜8世紀ごろの書き手がVVまたはuuと書いた発想を、同じ手順で再現できる[7]。

辞書の並べ方は、家の英和辞典で確かめられる。現在の辞書ではIとJ、UとVは別々に並ぶ。一方、ジョンソンの辞書(1755年)の配列は、IとJ、UとVを従来どおり一緒にした[8]。

この記事の資料の大半は、辞典・大学の古典学ページ・ブログ・百科事典の二次資料である。Y・Zの追加時期や、J・U・Wが26字として標準になった時期は、資料によって説明が分かれる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文は、ここにある資料の内容を、自分の言葉で言いかえたものです。年・字数は、資料によって数え方や細部が異なることがあります。

  1. コトバンク「アルファベット」(旺文社世界史事典・精選版日本国語大辞典・世界大百科事典) https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88-28564 (フェニキア文字、母音の追加、名前の由来)
  2. Wikipedia, Etruscan alphabet https://en.wikipedia.org/wiki/Etruscan_alphabet (エトルリア文字の由来と字数。二次資料)
  3. University of Denver classics, The Latin Alphabet https://mysite.du.edu/~etuttle/classics/latalph.htm (ラテン文字の成立、Z・G・K・Q、IとVの二役、J・U・Wの追加)
  4. Wikipedia, Latin alphabet https://en.wikipedia.org/wiki/Latin_alphabet (21字とY・Zの追加、クラウディウス。二次資料)
  5. Wikipedia, J https://en.wikipedia.org/wiki/J (Jの独立、辞書の並べ方。二次資料)
  6. Wikipedia, U https://en.wikipedia.org/wiki/U (UとVの分化。二次資料)
  7. Wikipedia, W https://en.wikipedia.org/wiki/W (Wの成立と名前、デンマーク・スウェーデンの採用。二次資料)
  8. hellog〜英語史ブログ(堀田隆一・慶應義塾大学)2018年8月9日 https://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2018-08-09.html (ジョンソンの辞書とi/j・u/vの配列)
  9. ラテン文字(言語ごとの字数表を載せる日本語ページ) https://www.asahi-net.or.jp/~AX2S-KMTN/ref/character/latin.html (言語ごとの字数、ポルトガル語の2009年改正。個人サイトのため数は目安)

なおした ところ

更新履歴

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