1. 点字の 1マスは、さいころの 6の目
1. 縦3つ・横2つの6点で1マス
1. 6点のマスで63通りの記号を作る
点字を よく 見ると、点が 6つで 1セットに なって います。この 1セットを「マス」と よびます[1]。
ならびかたは、さいころの 6の 目と おなじです。左に たてに 3つ、右にも たてに 3つ あります。
ただし、さいころは 6つ ぜんぶが 見えて います。点字は、6つの 場所の うち、どこを ぽこっと 高くするかを えらびます。えらびかたで、ちがう 文字に なります。
6つの 場所それぞれに「ある」か「ない」かの 2とおりが あります。ぜんぶ くみあわせると 64とおり。「なにも 打たない」を のぞくと、63この しるしが 作れます[5]。
2. もとは、12この 点の「夜の 文字」
2. バルビエの「夜間文字」── 12点の1マス
2. 原型:バルビエの夜間文字(縦6×横2=12点)
点字の もとに なったのは、フランスの シャルル・バルビエさんが 考えた「夜間文字」です。夜、あかりを つけずに、声も 出さずに、指で さわって つたえられる 文字を 目ざしました[2]。
この 文字は、1マスが 12この 点でした。たてに 6つ、よこに 2つです[2]。
ためしに、6この 点の さいころの 目を 2つ、たてに ならべた 大きさを 思いうかべて ください。それが 1マスです。指の 先には、はみ出して しまいそうです。
3. 10さいで 学校に 入った ブライユさん
3. 少年ブライユと王立盲学校
3. ルイ・ブライユ ── 生い立ちと王立盲学校(1819)
ルイ・ブライユさんは、フランスの 男の子です。3さいの ころ、おとうさんの 作業だいで あそんで いて、目を けがして しまいました。そのあと、もう かたほうの 目も 見えなく なり、5さいごろには 見えなく なったと つたえられて います[4]。
1819ねん、10さいで、パリの 学校に 入りました。目の 見えない 子が まなぶ 学校です[4]。
そこで ブライユさんは、バルビエさんの 12点の 文字を 知りました。
4. 点を 半分に した ら、指で 読めた
4. 1マスを小さく ── 12点から6点へ
4. 12点を6点に半減した設計
ブライユさんは、12この 点を、半分の 6こに しました。すると、1マスが 小さく なって、指の 先で とらえやすい 大きさに なりました[2]。
たとえば、ボタンが 12こ ある はんこと、6こ しか ない はんこを 思いうかべて ください。6こなら、ならびかたを 見わけやすそうです。
バルビエさんの 文字は、音を うつす 方式で、1つの ことばに 100点ほども いりました。ブライユさんの 点字は、1マスが 1文字に なります[3]。
点を へらしても、63この しるしが 作れます。文字を あらわすには、それで たりました。
ブライユは、点の数をちょうど半分にしました。12点の枠は大きすぎると考え、6点にしたのです[2]。1マスが小さくなり、指先でとらえやすい大きさになりました。
点を減らしても、6点は63通りの記号になります[5]。さらに、1マスが1文字(つづり)を表す方式にしたことで、バルビエ式のように1語に100点近くを使うこともなくなりました[3]。
いつ、まとめたのか
6点式をまとめた年は、資料によって違います。1824年とするもの、1825年とするもの、1829年とするものがあります。1829年は、方法を書いた本を出した年とする資料が多いです[4]。この記事では、「15歳ごろに考え、1829年に本にまとめた」程度にとどめます。
ブライユは1852年1月6日、43歳で亡くなりました。没後100年の1952年に、遺骨はパリのパンテオンに移されています[4]。点字が世界に広まるには、長い時間がかかりました。
ブライユの改良の核は、点の数を12から6へ半減させ、指先でマス全体の形をとらえやすくしたことだった[2]。12点の枠は大きすぎる、という設計上の判断である。
点を減らしても、6点は63通りの記号を作れる[5]。さらに、バルビエ式は音を写すため1語に最大100点ほど要したが、ブライユ式は1マスが1文字(つづり)を表した[3]。
成立年には資料間の差がある。10代半ば(15歳ごろ)に考えたとする点は概ね共通するが、完成を1824年・1825年とする資料と、1829年とする資料に割れている。1829年は、方法を記した本を出版した年とする資料が多い[4]。年を1つに断定しないのは、このためだ。
ブライユは1852年1月6日に43歳で没し、没後100年の1952年に遺骨がパリのパンテオンに移された[4]。公式に採用されたのは1854年(パリ)とする資料がある。
5. 日本では、五十音を 6点で あらわした
5. 日本語の五十音への当てはめ
5. 日本点字の成立 ── 石川倉次案の採用(1890)
日本語の 文字は、あいうえおから はじまる 五十音が もとに なります。点字では、母音の 部分と、子音の 部分を、点の 場所に わりふって います[1]。
たとえば、か行は、あ行の 形に、右下の 点を 1つ 足した ものです[1]。ルールが あるから、おぼえやすく なります。
1890ねん11月1日、日本の 点字が 決まりました。いくつかの あんの 中から、いしかわ くらじさんの あんが えらばれたのです[6]。この日が「点字の 日」に なって います[6]。
6. 点の かずを かぞえて みよう
6. 点の数と通りの数を、自分で数えてみる
6. 出口 ── 2の6乗を手で確かめる/原典に当たる
かみに、○を 1つ かきます。ここに 点が ある ときと ない とき、2とおりです。
○を 2つに すると、「ある・ない」の くみあわせは 4とおり。3つに すると 8とおり。○が 1つ ふえるごとに、とおりの かずが 2ばいに なります。
6つまで かぞえて みましょう。64に なるでしょうか。12こ だったら、どうなるでしょう。おうちの人と、やり方を くらべても おもしろいです。
まちの エレベーターの ボタンなどで、点字を 見かける ことが あります。見つけたら、目で 見るだけに して、6つの 点の ならびを かぞえて みて ください。
紙に、○を1つ書きます。点が「ある」「ない」の2通りです。○を2つに増やすと4通り、3つで8通り、と、点が1つ増えるごとに通りが2倍になります。
6つまで数えて、2の6乗の64になるか確かめてみてください。12個ならどうなるでしょうか。計算すると、4096通りです。点が2倍の12個でも、通りの数は、6個の64倍になります。それでも、枠を小さくした6個のほうを選んだ点が、ブライユの工夫でした。
身近な場所の点字は、目で見るだけで、6点のならびを数えてみるとよいでしょう。原典に当たるなら、大阪府の「点字のしくみ」が日本語で読めます[1]。ブライユについては、AFB(アメリカ盲人援護協会)の解説が詳しいです[2]。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:大阪府の解説ページ、AFBとHistory.comの解説、ウィキペディア(ルイ・ブライユ・点字・石川倉次)を使った。ウィキペディアは要約として使い、年号は複数の資料の食い違いを本文に書いた。
- 大阪府「点字のしくみ」。 https://www.pref.osaka.lg.jp/o180090/chikikyoiku/dokusyojyoho/tenjinosikumi.html (6点のマス、点番号、五十音の作りについて)
- AFB(American Foundation for the Blind)「Louis Braille」関連ページ。 https://afb.org/node/16635 (夜間文字の12点と、6点への半減について)
- History.com「Louis Braille」。 https://www.history.com/articles/louis-braille-reading-writing-system-blind (バルビエ式が音を写すこと、ブライユ式との違いについて)
- 「Louis Braille」英語版ウィキペディア。 https://en.wikipedia.org/wiki/Louis_Braille (生い立ち、入学、成立年の食い違い、没年について)
- 「点字」日本語版ウィキペディア。 https://ja.wikipedia.org/wiki/点字 (63通り、日本訓盲点字の公布について)
- 「石川倉次」日本語版ウィキペディア。 https://ja.wikipedia.org/wiki/石川倉次 (日本点字の選定会と採用の日付について)
なおした ところ
更新履歴
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