1. ゆびの ほね 1つで、なにが わかったの?
1. 指の骨のかけら1つから、新しい人類集団が見つかった
1. 2010年、デニソワ洞窟の指の骨 ── ゲノムが示した「未知の集団」
シベリアの みなみに、デニソワどうくつと いう ところが あります。ここで みつかった ゆびの ほねから、DNAを とりだして、しらべました。
すると、ネアンデルタール人と ちかい なかまなのに、ちがう 人たちだと わかりました。この 人たちは「デニソワ人」と いう なまえが つきました[3]。
この けんきゅうを した スバンテ・ペーボさんは、2022年に ノーベル しょうを もらいました[1]。
ほとんど何も知られていなかった集団
デニソワ洞窟はシベリア南部にあります。2010年、この洞窟で見つかった指の骨から取り出したDNAで、ゲノムが読まれました。ゲノムは、体をつくる情報の全体のことです。
調べると、ネアンデルタール人と共通の祖先をもちながら、ネアンデルタール人でも現代人でもない集団のものでした。この集団は「デニソワ人」と名づけられました[3]。洞窟で見つかった歯のミトコンドリアのゲノムも、指の骨のものとよく似ていたと報告されています[3]。
古代DNAの分野を切りひらいたスバンテ・ペーボ博士は、ネアンデルタール人のゲノムを読み、デニソワ人を見つけた業績で、2022年のノーベル生理学・医学賞を受けました[1]。
ここでふしぎなのは、骨のかけらしか手がかりがないのに、「新しい人類の仲間」と言えたことです。次の章では、その人たちと私たちのつながりを見ます。
骨のかけらが「新しい集団」になるまで
2010年のReichらの論文は、デニソワ洞窟(シベリア南部)の指の骨から取ったDNAで、古い人類(アーカイック・ホミニン)のゲノムを約1.9倍のカバレッジで解読した、と報告した[3]。解読の結果、この個体はネアンデルタール人と共通の祖先をもつが、ネアンデルタール人とも現代人とも異なる集団に属すると分かった。そこで新たな集団として「デニソワ人」の名がついた。
決め手は、形ではなくゲノムだった。骨のかけらは、姿かたちからは種類を判断しにくい。ところがDNAなら、他の集団との近さを数字で比べられる。同じ洞窟の歯から読んだミトコンドリアゲノムも、指の骨のものとよく似ていた[3]。
この方向の研究を進めたスバンテ・ペーボ(Svante Pääbo)は、ネアンデルタール人のゲノム解読とデニソワ人の発見により、2022年のノーベル生理学・医学賞を受けた[1]。では、この「新しい集団」は、いまの私たちと関係があるのか。
2. わたしたちの なかにも、むかしの 人の いでんしが あるの?
2. 私たちの遺伝子に、絶滅した人類が少し混じっている
2. 絶滅した人類から現代人へ ── 遺伝子の流れと、チベットの高地適応
じつは、いまの 人の いでんしの なかに、むかしの 人の ぶんが ほんの すこし まじって います。
ネアンデルタール人が ごせんぞさまと いう ことでは ありません。あいだで こどもが うまれて、いでんしが すこし ひきつがれたと かんがえられて います[2]。
チベットで くらす 人の、たかい ところで くらす ことに かかわる いでんしの かたちは、デニソワ人から きたと いわれます[4]。
祖先ではなく、遺伝子の一部が混じった
2010年、ネアンデルタール人の骨3人ぶんから、40億を超える塩基のゲノム草案が発表されました。ネアンデルタール人は約3万年前までに姿を消しましたが、ユーラシアの現代人は、サハラより南のアフリカの現代人より、ネアンデルタール人と共通する遺伝的な違いを多くもっていました[2]。
これは、アフリカを出た人々の祖先と、ネアンデルタール人のあいだで、遺伝子の流れがあったことを示します。ただし「ネアンデルタール人が祖先」という意味ではありません。割合も、数%以下の、ほんの一部です。
デニソワ人の遺伝子が、高い山の暮らしを助けた?
デニソワ人の遺伝子は、メラネシアの人々のゲノムの4〜6%に寄与したと、2010年に推定されました[3]。チベットの人々の、高地に暮らすことに関わるEPAS1という遺伝子の型も、デニソワ人から来たとされます。取り入れた時期は約4万8700年前、その型が広まりはじめたのは約9000年前と推定されました(2021年の研究)[4]。ただし、これは幅の大きい推定です。信用区間(推定がおさまる範囲)は、取り入れた時期が約1万6000〜5万9500年前、広まりはじめた時期が約2500〜4万2000年前とされ、研究によっても幅があります。
こうした古い遺伝子の流れは、いまの私たちの免疫が感染症に反応するしかたなどにも、影響しているといわれます[1]。
では、数万年も前の骨のDNAは、どうして壊れずに読めるのでしょう。
ネアンデルタール人との遺伝子の流れ
2010年のGreenらの論文は、3個体のネアンデルタール人の骨から、40億塩基対を超えるゲノム草案を示した。ネアンデルタール人は約3万年前までに姿を消したが、ユーラシアの現代人は、サハラ以南アフリカの現代人より、ネアンデルタール人と共有する遺伝的変異が多い。そのため、アフリカを出た集団の祖先とネアンデルタール人のあいだに遺伝子の流れがあったと考えられた[2]。「ネアンデルタール人が祖先」ではなく、「遺伝子の一部が混じった」と読むのが正しい。その割合は数%以下で、後の研究で見積もりは変わりうる。
ペーボの研究は、絶滅した人類からアフリカを出たホモ・サピエンスへ、約7万年前以降に遺伝子が流れたことを示した。その古い遺伝子の流れは、免疫が感染症に反応する仕方にも影響しているとされる[1]。デニソワ人についても、メラネシアの現代人のゲノムの4〜6%に寄与したという推定が、2010年の論文で示された[3]。
EPAS1 ── 高地に住む人々の遺伝子
流れた遺伝子が、実際に役立った例がある。チベットの人々の高地適応に関わるEPAS1遺伝子の型は、デニソワ人由来とされる。2021年のPNAS論文は、この型の導入を約4万8700年前、自然選択による広がりを約9000年前と推定した[4]。ただし幅の大きい推定で、95%信用区間は導入が約1万6000〜5万9500年前、広がりが約2500〜4万2000年前とされ、研究によっても幅がある。では、数万年前の骨のDNAは、なぜ読めるのか。
3. こわれやすい DNAを、どうやって よむの?
3. こわれやすく、現代人のDNAが混ざりやすい古い骨を、どう読むか
3. 汚染と保存 ── 古代DNAを読む条件と、錐体骨という部位
むかしの ほねの DNAは、とても すこししか のこって いません。それに、ほねを さわった 人の DNAが、うえから くっついて しまいます。
はかせたちは、ほねの どこから とるかを くふう しました。みみの おくの かたい ほねは、むかしの DNAが のこりやすい ところと して、よく しらべられて います[6]。
あとから ついた DNAを、コンピューターの うえで わける ほうほうも できました[5]。
博物館で、現代のDNAがついてしまう
古い骨は、博物館で何十年も保管される間に、触れた人など現代人のDNAで汚れます。研究室に着く前に、すでに混ざっているのです。2014年、ウプサラ大学の研究者たちは、現代のDNAに数で大きく負けていても、古いDNAを統計的な方法でコンピューター上で分けて取り出せる方法を示しました。ただし、DNAが少なくとも千年以上古い必要があります[5]。
どの骨を使うか
頭の骨のなかで、耳の奥の内耳をおさめる錐体骨は、古代DNAがとても残りやすい部位として人気があります。ある比較では、もとの人自身のDNAの割合が、錐体骨で平均40.0%、頭頂骨で2.2%でした[6]。これは1つの研究の平均値で、骨の部位による差が大きい例です。
こうした工夫で、読める古さはどこまで広がったのでしょうか。
汚染という問題
古代DNAの最大の障害は、劣化と汚染だ。化石は、研究室に入る前の博物館での数十年の保管中に、現代人のDNAに汚染される。2014年、ウプサラ大学の研究チームは、現代DNAに数で大きく負けていても、統計的な方法で古いDNAを計算機上で分離する手法を示した。ただし、対象のDNAが少なくとも千年以上古いことが前提になる[5]。
錐体骨は、なぜ「当たり」とされるか
骨の部位による差も大きい。頭骨の内耳をおさめる錐体骨(岩様部)は、DNAが保存されやすい部位として好まれる。ある比較では、内在性(もとの個体自身)のDNAの割合は、錐体骨で平均40.0%、頭頂骨で2.2%だった[6]。この数字は1つの研究の平均値で、骨や遺跡の条件で変わる。汚染を避ける工夫と、残りやすい部位を選ぶ工夫が重なって、古い時代の個体のゲノムが読めるようになった。
4. どこまで ふるい DNAが よめるの?
4. 100万年以上前のマンモスの歯から、ゲノムが読めた
4. 100万年を超える古さ ── マンモスのゲノムが書きかえた系統の歴史
シベリアで 1970ねんだいに みつかった マンモスの はが 3つ ありました。この はから DNAが とれました。
2つは、100まん ねんより ふるい ものでした。それまでで いちばん ふるい ゲノムは、うまの 78まん〜56まん ねんまえの ものでした[7]。
この マンモスは、しられて いなかった なかまの マンモスでした。きたアメリカへ さいしょに わたった マンモスの ごせんぞに あたります[7]。
1970年代に掘り出された歯が、半世紀後に語った
2021年、シベリア北東部で1970年代に見つかったマンモスの歯3点から、ゲノム規模のDNAが取り出されたと報告されました。うち2点は100万年以上前のものでした。それまでの最古のゲノムデータは、ウマの78万〜56万年前でした[7]。
知られていなかった系統
この古いマンモスから、それまで知られていなかった系統が見つかりました。クレストフカ・マンモスと呼ばれ、北アメリカに最初に渡ったマンモスの祖先にあたります。北アメリカのコロンビアマンモスは、この系統ともう1つの系統が、中期更新世に交雑して生まれたもので、混ざりの割合はほぼ半々でした[7]。
さらに、ケナガマンモスが寒さに耐えるためのタンパク質の変化の大半は、100万年前にすでにあったことも示されました[7]。
ここまでは骨や歯の話でした。骨がなくても、土から過去が読めるのでしょうか。
最古のゲノム、更新
van der Valkらの2021年のNature論文は、シベリア北東部で1970年代に見つかったマンモス3点(前期・中期更新世)から、ゲノム規模のデータを得たと報告した。うち2点は100万年以上前の個体だ。それまでの最古のゲノムデータは、ウマの78万〜56万年前だったので、20万年以上古い記録が出たことになる[7]。
古い試料が見せた系統と交雑
解析の結果、これまで認識されていなかった系統が見つかった。北アメリカに最初に渡ったマンモスの祖先にあたる系統で、クレストフカ・マンモスと呼ばれる。北アメリカのコロンビアマンモスは、この系統ともう1つの系統が中期更新世に交雑したもので、混ざりの割合はほぼ半々と推定された[7]。また、ケナガマンモスの寒冷適応に関わるタンパク質コード領域の変化の大半は、すでに100万年前にあった[7]。
ここで限界も見える。これは歯の中に残ったDNAの話だ。骨も歯もない場所の過去は、どう調べるのか。
5. ほねが なくても、つちから むかしが わかるの?
5. 200万年前のグリーンランドの森が、土のDNAから見えた
5. 約200万年前の環境DNA ── 北グリーンランドの「類例のない」生態系
いまは こおりと いわの グリーンランド。でも、200まん ねんまえの つちの なかに、DNAが のこって いました[8]。
しらべると、そこには ポプラや カバなどの きが ある もりが ありました。ノウサギや トナカイも いました[8]。
そのころの きたグリーンランドは、いまより あたたかかったと されます。こんな もりは、いまの せかいには ありません[8]。
北の端の土に残っていた、生き物の痕跡
2022年、北グリーンランドの約200万年前の地層から、土の中の環境DNAを調べた研究が出ました。環境DNAは、生き物の体そのものではなく、土や水に残ったDNAのことです。そこから、ポプラ、カバ、ネズコの仲間の木が混じる、開けた北方林が復元されました[8]。
動物では、ノウサギのほか、マストドン、トナカイ、げっ歯類、ガンのミトコンドリアDNAが確認され、カブトガニもいたことが分かりました。当時の北極は今より暖かく、復元された生態系は、現在に類例がありません[8]。
なぜ、そんなに古いDNAが残ったのか
古い環境DNAが残った理由は、おそらく鉱物の表面にくっついたためだと考えられています。まだ「おそらく」の段階です[8]。ただ、化石が少ない場所でも、DNAで過去の生き物の集まりをたどれる可能性が示されました[8]。
では、日本の私たちのすぐ近くの過去は、DNAで何が分かっているのでしょうか。
化石がなくても、土から森が復元できた
Kjærらの2022年のNature論文は、北グリーンランドのカップ・コペンハーゲン層(約200万年前)の堆積物の環境DNAから、ポプラ、カバ、ネズコ類(thuja)が混じる開けた北方林を復元した。環境DNAとは、生物体そのものではなく、土や水の中に残ったDNAをいう。ノウサギのほか、マストドン、トナカイ、げっ歯類、ガンのミトコンドリアDNAも確認され、カブトガニの存在も示された。当時の北極は今より暖かく、復元された生態系は、現在のどこにも類例がない[8]。
残った理由と、その限界
これほど古いDNAが残った理由は、鉱物の表面への結合だろうと論文は述べる。ただし「おそらく」の仮説の段階だ。一方で、化石が少ない場所でも、DNAから過去にいた生き物の集まりをたどれる可能性が示された[8]。では、日本列島の過去には、古代DNAで何が分かっているのか。
6. 日本の じょうもん人は、どんな 人たち?
6. 縄文人のゲノムは、いまの日本人につながっている
6. 船泊遺跡の縄文人女性 ── ゲノムが示した特徴と、現代日本人への連なり
北海道の れぶん島の ふなどまりいせきから、およそ 3800年まえの じょうもん人の 女の人の ほねが みつかりました。その ほねの DNAが、くわしく よまれました[9]。
みみあかの タイプや、おさけに つよいかなども、わかりました。きたの さむい ところで くらす 人に おおい いでんしの かたちも ありました。いまの 日本人には、ほとんど ありません[9]。
いまの 日本人にも、じょうもん人の いでんしは つたわって います。ただし、わりあいは ちほうに よって ちがうと いわれます[10]。
礼文島の縄文人女性のゲノム
国立科学博物館などのチームは、北海道の礼文島にある船泊遺跡から出土した、約3800年前の縄文人女性(23号)の全ゲノムを、高い精度で読み取りました(2019年発表)。耳あかのタイプや、お酒への強さなどが推定できました。高脂肪の食事の代謝に有利とされるCPT1A遺伝子の変異も見つかりました。北極圏の集団に多い型で、現代の日本人にはほとんどありません[9]。
縄文人の遺伝子は、いまの日本人にどれくらい?
国立科学博物館の発表を伝えた報道によると、縄文人のゲノムを受けついでいる割合は地域で差があり、東京で採取した本州の人で約1割、沖縄で約3割、北海道のアイヌの人で約7割でした[10]。報道にもとづく、少人数の調べの概算(目安)です。現代の日本人は、縄文人と、弥生時代以降に渡ってきた人々が混ざってできたとされます。
また、本州の約2500年前の縄文系の人(IK002)のゲノムの解析では、東・北東アジアの人々のなかで古い系統に位置し、東南アジアから北に向かった早い時期の移住者を表すかもしれないと報告されました。台湾の先住民と遺伝的に近く、海ぞいの道の可能性も指摘されています[11]。
船泊遺跡の縄文人23号
国立科学博物館などのチームは、北海道礼文島の船泊遺跡から出土した約3800年前の縄文人女性(23号)の全ゲノムを高精度で解読した(2019年発表)。耳あかのタイプや酒への強さなどが推定でき、高脂肪食の代謝に有利とされるCPT1A遺伝子の変異(北極圏の集団に多い)も見つかった。この変異は、現代日本人にはほぼない[9]。
現代日本人に残る縄文のゲノム
国立科博の発表を伝える報道では、縄文人のゲノムを受けついでいる割合は、東京で採取した本州の人で約1割、沖縄で約3割、アイヌの人で約7割とされた[10]。報道に基づく、少数サンプルの概算(目安)で、現代日本人は縄文人と、弥生時代以降の渡来人が混じったと考えられている。
本州の約2500年前の縄文系個体(IK002)の全ゲノム解析(2020年)では、東・北東アジアの人々の中で古い系統に位置し、東南アジアから北上した早い時期の移住者を表す可能性が示された。台湾の先住民と遺伝的に近く、沿岸ルートの可能性も論じられている。ルートは仮説の段階だ[11]。
7. もっと しりたく なったら
7. 博物館で、「どこで見つかったか」を読んでみる
7. 原典と展示への道すじ
ちかくの はくぶつかんに、じょうもん じだいの ものが あったら、見に いって みましょう。ほねや どうぐの よこに、「どこで みつかったか」が かいて あります。
その ばしょが どんな ところか、いつの ものか、しらべて みましょう。つちや ほねに、どんな てがかりが のこるのかも、かんがえて みましょう。
近くの博物館に縄文時代の展示があったら、行ってみましょう。展示品の横には、たいてい「どこで見つかったか」が書かれています。その場所がどんなところか、いつの時代のものかを調べ、土や骨にどんな手がかりが残るかを考えながら見ると、見え方が変わります。
この記事の出典の1つ、国立科学博物館の発表は、縄文人のゲノムを調べたチームの成果の紹介です。報道や解説ページから、ほかの記事にもたどれます。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:論文の抄録(Europe PMC)、大学のプレスリリース、国立科学博物館の発表を伝える報道・解説を使った。何に使ったかは、各項目の最後に書いている。
- Lindau Nobel「Nobel Prize in Physiology or Medicine 2022」。https://www.lindau-nobel.org/nobel-prize-in-physiology-or-medicine-2022/ (ペーボの受賞理由と遺伝子の流れについて。ノーベル委員会の発表の要約)
- Green et al. 2010, Science「A draft sequence of the Neandertal genome」(Europe PMC抄録)。https://europepmc.org/article/MED/20448178 (ネアンデルタール人のゲノム草案と遺伝子の流れについて)
- Reich et al. 2010, Nature「Genetic history of an archaic hominin group from Denisova Cave in Siberia」(Europe PMC抄録)。https://europepmc.org/article/MED/21179161 (デニソワ人の発見と、メラネシアの人々への寄与の推定について)
- PNAS 2021「The history and evolution of the Denisovan-EPAS1 haplotype in Tibetans」(Europe PMC検索結果の抄録)。https://europepmc.org/search?query=%22Denisovan-EPAS1%20haplotype%20in%20Tibetans%22 (チベットの高地適応の遺伝子とデニソワ人について。検索結果の要約)
- Uppsala University「New method rescues DNA from contaminated Neandertal bones」(2014年)。https://www.uu.se/en/press/press-releases/2014/2014-01-27-new-method-rescues-dna-from-contaminated-neandertal-bones (現代DNAによる汚染と、分けて取り出す方法について)
- Genome Research 2020/bioRxiv(錐体骨のDNA保存の比較)。https://www.biorxiv.org/node/1318808 (錐体骨で古代DNAが残りやすいことについて。検索結果の要約)
- van der Valk et al. 2021, Nature(Europe PMC抄録)。https://europepmc.org/article/MED/33597750 (100万年以上前のマンモスのゲノムと系統について)
- Kjær et al. 2022, Nature(Europe PMC抄録)。https://europepmc.org/article/MED/36477129 (約200万年前の環境DNAと北方林の復元、DNAが残った理由について)
- 国立科学博物館のプレスリリース(2019年5月13日)を紹介した解説ページ。https://medibio.tiisys.com/25552/3/ (船泊遺跡の縄文人女性のゲノムについて。解説ページ)
- 日本経済新聞の報道(国立科学博物館の2019年発表)。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44722870T10C19A5CR8000/ (縄文人のゲノムを受けつぐ割合の地域差について。報道)
- Kanzawa-Kiriyama et al. 2020, Communications Biology「Ancient Jomon genome sequence analysis sheds light on migration patterns of early East Asian populations」(Europe PMC検索結果の抄録)。https://europepmc.org/search?query=%22Ancient%20Jomon%20genome%20sequence%20analysis%20sheds%20light%22 (約2500年前の縄文系個体の解析について。検索結果の要約)
なおした ところ
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