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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ほんばんの まえに ドキドキするのは、なんの ため?

本番の前に不安になるのは、何のためなのか。「落ち着いて」より「わくわく」が効いた実験から考える

不安は何のために心にあるのか ── 警報説と、「わくわくしている」と言い換えた実験

分野:からだ

草むらで ガサッと 音が した とき、1000回の うち 999回は にげても むだだった と します。それでも、にげる 心を もつ 人の ほうが、生きのこりやすかった のかも しれません。ふあんは、そんな「空ぶりの 多い 警報けいほう」として はたらく のだと 考えられて います[3]。

では、ふあんは むだな 気もちなのでしょうか。「おちついて」と 言うより「わくわくしている」と 言った ほうが、歌も スピーチも うまく いった、という じっけんも あります。ふあんが 何を 知らせて いるのか、どう 使えば 力に なるのかが わかります。

茂みがガサッと鳴ったとき、1000回のうち999回は、逃げても無駄だったとします。それでも逃げる心をもつほうが、生き延びやすかったかもしれません。不安は、そうした「空振りの多い警報」として働くと考えられています[3]。

では、不安は役に立たない気持ちなのでしょうか。人前で歌ったり話したりする前に、「落ち着いて」と言い聞かせるより「わくわくしている」と言ったほうが、気持ちも結果もよかったという実験があります。不安が何を知らせているのか、どう使えば力になるのか、強すぎるときはどうすればよいのかが分かります。

茂みがガサッと鳴るたびに逃げれば、1000回に999回は無駄足になる。この数字は研究者が説明のために挙げた例えだが、それでも逃げる側が得をする、というのが不安の「警報説」の核心である[1]。不安は、まだ起きていない危険を知らせる警報として進化した、と考えられている[3]。

では、その警報は、ただ消せばよいものなのか。本番前に「落ち着いて」と言い聞かせるより「わくわくしている」と言うほうが、歌でもスピーチでも結果がよかったと報告した実験がある。この記事を読むと、警報説の中身と限界、不安を備えや「わくわく」に変える方法、人による作戦のちがい、強すぎるときの目安が分かる。

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1. ふあんは、どうして 空ぶりばかりの 警報けいほうなの?

1. 茂みの音に毎回逃げるのは損なのか。危険を知らせる警報が役立つ理由

1. 空振りが999回あっても、危険を知らせる警報が役立つのはなぜか

草むらで ガサッと 音が しました。かぜの 音かも しれません。でも、中に いきものが いたら、あぶない ことに なります。

ある 心理学の 先生は、「1000回の うち 999回は、にげても むだ。でも 1回は、命を 守る」という 話を して います[1]。この 数は、せつめいの ための たとえで、ほんとうに はかった 数では ありません。

むだに にげるのは、つかれる だけです。けれど、ほんとうの あぶなさを 見のがすと、大へんです。だから、警報けいほうは 空ぶりが 多くても、鳴った ほうが いいのです。けむりを 見つけると ピーッと 鳴る 火事の 警報けいほうも、トーストの けむりで 鳴る ことが あります。それでも、火事を 見のがすよりは ずっと いい、という ことです。

ふあんも、そんな 警報けいほうの ひとつだと 考えられて います。ただし、これは 有力な 考え方で、ふあんの すべてを せつめいする ものでは ありません[2]。

空振りだらけでも、警報は役に立つ

茂みがガサッと鳴りました。風かもしれませんが、猛獣がいたら大変です。心理学者のネシーは、この場面を例に「1000回のうち999回は逃げても無駄だが、1回は命を救う」と説明しました[1]。数字は説明のための例えで、実際に測った確率ではありません。

無駄に逃げる損は小さく、本物の危険を見逃す損は大きい。この差があるので、警報は鳴りすぎるくらいのほうが有利になります。同じ考え方は、煙探知機にもあります。トーストの煙で鳴っても、本物の火事を見逃すよりはずっとましです。研究者は、うまく調整された警報装置は、見逃しよりずっと多くの誤報を出すのがふつうだと述べています[3]。

これは有力な説の1つ

不安はこうした警報として働く、という説が、この記事の出発点です。ただし、同じ論文は、この考え方だけでは全体の説明にならないとも書いています。なぜ不安が強すぎる人がいるのか、なぜ不安症になりやすい性質が残ったのかは、これでは説明できないからです[2]。

非対称なコスト ── 煙探知機の原理

茂みがガサッと鳴ったとき、逃げるべきか。ネシー(R. Nesse)の例では、1000回のうち999回は逃げても無駄だが、1回は命を救う[1]。この数字は二次資料に引用された説明用の例で、実測値ではない。それでも逃げる側が有利になるのは、誤報の損が小さく、見逃しの損が大きいという非対称があるからだ。ネシーが2001年・2005年に提唱した「煙探知機の原理」であり、うまく最適化された警報装置は、見逃し(偽陰性)よりずっと多い誤報(偽陽性)を出すのがふつうだと説明される[2][3]。

この見方では、ふつうの不安は、危険がありうることへの適応的な反応と位置づけられる[3]。空振りが多いのは故障ではなく、警報として当然の姿というわけだ。

説明できないこと

ただし、これは有力な説の1つであり、唯一の説明ではない。メーカムとバーグストロムの論文自身が、この原理は「全体の説明にはならない」と述べている。なぜ不安症になりやすい性質が進化で取り除かれずに残ったのか、なぜ一部の人だけ不安が強すぎるのかは、煙探知機の原理だけでは説明できないからである[2]。題名の問いへの答えは、「警報として役立つと考えられているが、それだけでは足りない」という形になる。

2. ふあんと こわさは、どこが ちがうの?

2. 不安は恐怖と何がちがい、脳のどこが関わるのか

2. 恐怖と不安の線引きと、マウスの不安反応を抑える脳の回路

目の 前に 大きな いぬが 来たら、「こわい!」と なります。これは、いま そこに ある あぶなさへの 気もちです。

ふあんは、すこし ちがいます。あした の 発表、まだ 起きて いない こと、起きるか どうか 分からない こと に 向かう 気もちです。心理学者の ラザルスは、こわさは はっきりした あぶなさに、ふあんは はっきり しない おびやかしに 向く、と せいりしました[4]。ただし、どこで 線を 引くかは、研究者に よって ちがいます。

では、体の どこで ふあんが 生まれるのでしょう。マウスの けんきゅうでは、のうの 中の 「へんとうたい」の 一部が、あんぜんな 場所と あぶない 場所を 見分けて いました。そこを はたらかせると、すくんだり、ふあんが 高まったり する ようすが やわらぎました。のうの 前の ほうが、そこを コントロールして いるそうです[5]。ただし、マウスの けっかなので、人に そのまま あてはまるとは 言えません。

「まだ起きていない」ことへの反応

目の前に大きな犬が走ってきたら、「怖い」と感じます。これは、いま目の前にある危険への反応です。一方、明日の発表のように、まだ起きていない、起きるかどうかも分からないことへの反応が不安です。心理学者のラザルスは、恐怖は差し迫った具体的な危険に、不安は不確実な脅威に向くと整理しました[4]。

ただし、この線引きは研究者によって少しずつ違い、確率の違いだけなのかという疑問も論文で出ています。1本の線できれいに分けられる、とは考えないほうがよさそうです。

マウスで見えてきた、脳の制御

では、体のどこで不安が生まれるのでしょうか。2015年に Nature に載ったマウスの研究では、扁桃体のなかの基底内側部(BMA)という場所の神経細胞が、安全な環境と有害な環境を見分けていました。BMAを活性化すると、すくみ行動や高い不安状態が和らぎました。この場所は、脳の前のほうにある腹側内側前頭前野が制御しているそうです[5]。

ただし、これはマウスの結果です。人間でも同じとは言えず、「扁桃体が不安の場所」と言い切ることもできません。

恐怖と不安の整理

警報説が正しいとして、不安は恐怖と何がちがうのか。ラザルス(Lazarus, 1991)は、恐怖は被害を受けるほど現実的で差し迫った脅威に対する反応、不安はその脅威が確定的でないと意味づけられたときの反応と整理した。つまり不安は、まだ起きていない、起きるか分からないことへの反応である[4]。ただし、線引きは研究者で異なり、確率の違いだけで説明できるのかという疑問も、この論文には出ている。

マウスで見えた脳の制御

この「まだ分からない」という判断に、脳はどう関わるのか。2015年のNature掲載の研究(マウス)は、扁桃体基底内側部(BMA)のニューロンが、安全な環境と有害な環境を見分けていることを示した。BMAを活性化すると、すくみ行動や高い不安状態が和らぎ、BMAの主要な標的は腹側内側前頭前野(腹側mPFC)であって、前頭前野がBMAを制御する経路があるとされた[5]。

ただし、結果はマウスのものであり、ヒトにそのまま当てはまるとは言えない。「扁桃体=不安の場所」と読むのも行き過ぎで、不安に関わる回路の一部が見えた、という程度に受け取るのが妥当である。

3. 「おちついて」より「わくわく」の ほうが 本番に 強いの?

3. 「落ち着いて」と「わくわくしている」では、本番の結果はどう変わるのか

3. 不安を「興奮」と言い換える ── 歌とスピーチの実験が示したこと

本番の 前に、むねが ドキドキして、手に あせを かく ことが あります。そんな とき、「おちついて」と 自分に 言い聞かせる 人が 多いでしょう。

ある 研究では、人前で 歌う、話す、むずかしい 算数を とく といった 場面で、2つの 言い方を くらべました。「おちついて」と 言う ときと、「わくわくしている」と 言う ときです。ふしぎな ことに、「わくわくしている」と 言った ほうが、気もちも けっかも よかった と ほうこくされて います[6]。

カラオケでは、声の 大きさ、音の 高さ、リズムを きかいが 点数に しました。「わくわくしている」と 言った 人の ほうが、点数が 高かったそうです。スピーチでは、見て いた 人が、「わくわく」と 言った 人を せっとく力が あり、じしんが ありそうだと 感じました[7]。

ふあんも わくわくも、どちらも 心ぞうの ドキドキが 早くなる など、体が 高ぶる 点は 同じです。だから 言いかえやすいのだ、と せつめいされて います[6]。ただし、みじかい かだいの じっけんで、ふあんが とても 強い 人の ための やりかたでは ありません。

歌とスピーチで比べてみた

本番前に胸がドキドキして、「落ち着いて」と自分に言い聞かせた経験は、多くの人にあるでしょう。ブルックスの2014年の研究は、人前で歌う、話す、難しい数学を解くといった場面で、「落ち着いて」と言うときと「わくわくしている」と言うときを比べました。報告では、「わくわくしている」と言ったほうが、気持ちも成績もよくなっていました[6]。

カラオケでは、声量・音程・リズムを機械が自動で採点し、「興奮している」と言った人の得点が高くなりました。スピーチでは、独立した評価者が、「興奮している」と言った人を、説得力があり、有能で、自信があると評価しました[7]。数字は報道の解説に載っていないので、ここでは書きません。

なぜ言い換えられるのか

不安も興奮も、心拍が上がるなど体が高ぶる点は同じです。そのため、体の状態は変えずに、気持ちの名前だけを言い換えやすいのだ、と説明されています。不安は「脅威」、興奮は「機会」という見方と結びつくとも解説されています[7]。

ただし、これは実験室の短い課題での結果で、不安症の治療法ではありません。1つの実験の結果なので、「ある実験で」と受け取るのが安全です。

「落ち着いて」の逆を試した実験

警報が鳴ったとき、それを無理に鎮めるのが最善なのか。ブルックス(A. W. Brooks, 2014)は、不安を鎮めるのではなく「興奮」として捉え直す戦略を調べた。人前で歌う、話す、難しい数学の問題を解くという場面で、「落ち着いて」と言い聞かせる場合より、「わくわくしている」と言う場合のほうが、気持ちも成績も良くなったと報告している[6]。

報道の解説によると、カラオケでは声量・音程・リズムが自動採点され、「興奮している」と言った人のほうが得点が高かった。スピーチでは、独立した評価者が、興奮と言った人を説得力・有能さ・自信の面で高く評価した[7]。得点やサンプル数などの数値は、この解説には載っていないため、ここでは示さない。

なぜ言い換えがきくのか、そして限界

不安と興奮は、どちらも心拍が上がるなど覚醒度の高い状態にある。そのため、体の状態を静めなくても、意味づけを「脅威」から「機会」へ移しやすいというのが説明である[6][7]。

ただし、扱われたのは実験室の短い課題である。概要は論文の記録と報道の解説にもとづくので、「ある実験で」と留保して読む必要がある。不安症の治療法としての効果を示したものではない。

4. ふあんを 力に する さくせんは、みんな 同じ なの?

4. 不安を力にする作戦は、人によってちがうのか

4. 防衛的悲観主義と戦略的楽観主義 ── 人によって合う作戦がちがう

「わくわく」に 言いかえる さくせんが、だれにでも 合うとは かぎりません。心理学の 研究には、ふあんを べつの 形で 使う 人たちが 出て きます。

「ぼうえいてき ひかんしゅぎ」と よばれる さくせんです。わざと ひくく 予想して、しっぱいした 場面を 思いうかべ、おきそうな ことへの たいさくを 立てます。1986年の 研究で、この さくせんを とる 学生は、せいせきが ふつうに 前むきな 人と 同じくらい だった、と ほうこくされました[8]。

この 人たちの もくひょうは、ふあんを うまく ととのえる ことです。しっぱいから 学んでも、ひきずりません。いっぽう、ぎゃくの さくせんを とる 人も います。あれこれ 思いうかべると かえって ふあんが ふえて せいせきが 下がるので、あまり 思いうかべない 人です[9]。

つまり、ふあんの 使い方は ひとつでは ありません。自分に 合う さくせんを さがして いい のです。

わざと低く予想して、対策を立てる人

「わくわく」への言い換えが、誰にでも合うとは限りません。心理学の研究には、不安を別の形で使う人たちが出てきます。ノーレムとカントーが1986年に調べた「防衛的悲観主義」です。不安が強い人が、わざと低く予想して失敗の場面を思い描き、起こりそうなことへの対策を立てる、という作戦です。調べられた学生は、実際の成績が楽観的な人と同程度で、自分で立てた予想は、実際の成績より低めでした[8]。不安を、動機づけに使う作戦だといえます。

合う作戦は人によって違う

この作戦をとる人の目標は、不安を整えることです。起こりうる事態への対策を考え、失敗から学んでも、引きずりません。反対に、「戦略的楽観主義」の人は、状況をあれこれ思い描くと不安が増えて成績が下がるので、あまり思い描きません[9]。同じ不安でも、使い方は1つではないのです。

ただし、防衛的悲観主義が誰にでも勧められる方法かどうかは、ここでは言えません。「わくわくへの言い換え」「備え」「思い描かない」のどれが自分に合うかは、試しながら選ぶものです。

防衛的悲観主義 ── 不安を動機づけに使う

言い換えが誰にでも合うわけではないなら、不安をそのまま使う人はいないのか。ノーレムとカントー(Norem & Cantor, 1986)が扱った「防衛的悲観主義」がそれである。不安が強い人が、わざと低く予想して失敗の場面を想像し、対策を立てる。この作戦をとる学生の実際の成績は、楽観的な人と同程度で、予想は実際の成績より低めだった。不安を動機づけとして使う戦略とされる[8]。ただし、この点は原典ではなく、原典を引用した解説による。

戦略的楽観主義との対比と限界

シカゴ大学の雑誌に載ったノーレムへのインタビューによれば、防衛的悲観主義の人の目標は、不安を整えること自体にある。起こりうる事態への対策を考え、失敗から学びつつ、引きずらない。対して戦略的楽観主義の人は、状況を思い描きすぎると不安が増えて成績が下がるため、あまり思い描かない[9]。同じ不安という警報でも、備えに使う人と、あえて聞きすぎない人がいる。

だから、人によって合う作戦は違う。ただし、防衛的悲観主義が万人に勧められる方法かどうかは、この記事の資料からは言えない。わくわくへの言い換え、備え、思い描かない作戦のうち、どれが自分に合うかは、場面ごとに試して判断するしかない。

5. ふあんが 強すぎて こまる ときは、どう したら いいの?

5. 不安が強すぎるとき、どこからが「ふつう」ではなくなるのか

5. 警報が鳴りやまないとき ── 不安症の目安と、警報説の限界

本番の 前に ドキドキして、体が かたく なるのは、ごく あたりまえの ことだ と、厚生労働省こうせいろうどうしょうの ページに 書かれて います[10]。

けれど、あぶなく ない ものにまで とても こわく なったり、やる べき ことが できなく なったり、体に つよい はんのうが 出て 毎日の くらしが こまる ように なったり する ことが あります。そのときは、ふあんが 強く 出る 病気の かのうせいが あります[10]。

ふあんを 力に する さくせんは、ふつうの ふあんに ついての 話です。強すぎて つらい ときは、自分だけで なんとか しなくて だいじょうぶです。家の 人や 学校の 先生に、早めに 話して みましょう。

なぜ 一部の 人だけ ふあんが 強すぎる のかは、警報けいほうの 考え方だけでは せつめいできて いません[2]。分からない ことが ある ぶん、助けを かりて いいのです。

ふつうの不安と、助けが要る不安

本番前に不安や緊張で体が硬くなるのは、ごく当たり前のことだと、厚生労働省の「こころもメンテしよう」は説明しています。ただし、危険でないものにまで恐怖心を覚える、やるべきことができなくなる、体に過剰なストレス反応が出て生活に支障が出る、といった場合は、不安障害の可能性があるとされています[10]。

これは、警報が鳴ること自体が問題なのではなく、鳴りすぎて暮らしの邪魔になるときに問題が出る、という見方とつながります。不安を力に変える作戦は、ふつうの不安の範囲での話です。

説明できていない部分と、助けの求め方

なぜ一部の人だけ不安が強すぎるのかは、警報説だけでは説明できません[2]。分かっていないことがあるぶん、強すぎて困るときは、自分だけで何とかしようとしなくてよいのです。家の人や学校の先生など、身近な大人に早めに話してみてください。

ふつうの不安の範囲

警報は鳴りすぎるくらいがよいのだとして、どこまでが「ふつう」なのか。厚生労働省の「こころもメンテしよう」は、不安と緊張で体が硬くなるのはごく当たり前としたうえで、危険でないものにまで恐怖心を覚える、やるべきことができなくなる、体に過剰なストレス反応が出て生活に支障が出る、といった状態であれば、不安障害(不安症とも呼ばれる)の可能性があると説明している[10]。年齢別の割合は、資料によって数字の幅があるため載せない。

警報説の限界と、助けを求めること

警報説は、不安が空振りの多い警報であることを説明する。しかし、メーカムらが述べるとおり、なぜ不安症になりやすい性質が残ったのか、なぜ一部の人だけ強すぎるのかは説明できない[2]。つまり警報説は、不安の「働き」を説明する仮説にとどまり、不安症の原因や治し方まで説明するものではない。

このため、第3章・第4章の作戦は、あくまでふつうの不安の範囲の話である。生活に支障が出るほど強いときは、自分で工夫するより、身近な大人や相談先に早めに話してみよう。

6. こんど ドキドキしたら、なにを 知らせて いるか 聞いて みよう

6. 次に胸がざわついたら、警報が何を知らせているか聞いてみる

6. 次に不安になったとき、何を知らせているかを自分で考えてみる

こんど むねが ざわざわ したら、かんたんな 2つを して みませんか。

1つめは、紙に「何が 起きそうで ふあん?」と 一行 書く ことです。2つめは、その 下に「いま できる じゅんびは 何?」と 書いて、1つだけ 答えを 出す ことです。「早めに もちものを 見る」でも かまいません。

もう 1つ。本番の 前に、小さな 声で「わくわくしている」と 言って みる のも おもしろい でしょう。気もちが どう かわるか、自分の 体で 見て みて ください。かわらない ときも あります。その 場合は、べつの さくせんを ためせば いいのです。

ふあんが とても 強く、毎日の くらしが つらい ときは、ためさずに 家の 人や 先生に 話して ください。

今日できること

次に胸がざわついたら、紙に2行だけ書いてみてください。1行目は「何が起きそうで不安なのか」。2行目は「今できる準備を1つ」。大きな準備でなくて構いません。「持ち物を確かめる」でも、警報への返事になります。

もう1つ、本番の前に小さな声で「わくわくしている」と言ってみる方法もあります。ただし、これが効くかどうかは人によります。気持ちの変化を確かめる遊びとして試すもので、変わらなくても失敗ではありません。変わらなければ、備える作戦や、準備を1つ決めたら別のことに移る作戦を試せばよいのです。

もっと知りたくなったら

強すぎる不安については、厚生労働省の「こころもメンテしよう」の不安のページが読めます。「わくわく」の実験は、ハーバード・マガジンの2014年の解説記事(英語)が出発点になります。不安が強くて毎日がつらいときは、試す前に、身近な大人や相談先に話してください。

小さな観察と原典

警報説と実験を読んだあとで確かめられるのは、自分の場合である。次に不安になったら、「何が起きそうなのか」「今できる準備は何か」を紙に1行ずつ書く。本番前に「わくわくしている」と言ったとき、体の感覚や出来が変わるかも、記録できる。変わらなくても失敗ではない。気持ちの変化を確かめる遊びとして試し、変わらなければ、備える、別のことに取り組む、のどれが合うかを選ぶ。不安な場面を何度も思い浮かべるとつらい人は、準備を1つ決めたら別のことに移ってよい。ブルックスの実験は短い課題の結果で、個人差は大きいと考えておくのが自然である。

原典に当たるなら、警報説は Meacham & Bergstrom(2016)、わくわくへの言い換えは Brooks(2014, J Exp Psychol Gen 143(3):1144-1158)、防衛的悲観主義は Norem & Cantor(1986)が出発点になる。強すぎる不安については、厚生労働省の「こころもメンテしよう」を読み、生活に支障が出るときは、身近な大人や相談先に話してほしい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

数値や結果は、各資料の要旨・解説にもとづきます。資料により条件が異なるため、本文では「ある実験で」「研究で」と書いています。

  1. Olga Khazan「Is there a reason for anxiety?」(Randolph Nesse『Good Reasons for Bad Feelings』の紹介) https://olgakhazan.substack.com/p/is-there-a-reason-for-anxiety (茂みの例え・煙探知機の原理)
  2. Meacham & Bergstrom「Adaptive behavior can produce maladaptive anxiety due to individual differences in experience」 https://ar5iv.arxiv.org/html/1501.03205 (警報説と、その限界)
  3. Meacham & Bergstrom, Evolution, Medicine, and Public Health, 2016 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5490257/ (誤報が多いのがふつうという説明)
  4. 文京学院大学リポジトリ所収の心理学論文(Lazarus 1991 の整理を紹介) https://bunkyo.repo.nii.ac.jp/record/2896/files/BKK0002936.pdf (恐怖と不安の区別)
  5. Nature Asia「不安と恐怖のトップダウン制御を媒介する扁桃体基底内側部」(Nature 527, 2015 の日本語要旨) https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/527/7577/nature15698/ (マウスの扁桃体と前頭前野)
  6. Brooks, A. W. (2014) Get excited: Reappraising pre-performance anxiety as excitement. J Exp Psychol Gen 143(3):1144-1158 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24364682/ (不安を興奮と言い換える実験)
  7. Harvard Magazine (2014)「A Better Path to High Performance」 https://www.harvardmagazine.com/index%2ephp/2014/04/a-better-path-to-high-performance (カラオケとスピーチの結果の解説。2014年4月号)
  8. Defensive pessimism (Wikipedia。概要の解説として利用。原典は Norem & Cantor, 1986, J Pers Soc Psychol 51:1208-1217) https://en.wikipedia.org/wiki/Defensive_pessimism (防衛的悲観主義の概要)
  9. University of Chicago Magazine「The worst test strategy」(Norem へのインタビュー) https://magazine.uchicago.edu/0210/features/worst-test-strategy-print.html (2つの作戦のちがい)
  10. 厚生労働省「こころもメンテしよう」不安 https://www.mhlw.go.jp/kokoro/youth/helpnote/anxiety.html (ふつうの不安と不安障害の目安)

なおした ところ

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