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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

オーストラリアの ぼくじょうの 子どもは、おうちの しごとを てつだうの?

オーストラリアの牧場の子どもは、家の仕事を手伝うのでしょうか

オーストラリアの牧場の子どもと家の仕事 ── 家族経営の農場、空の学校、州ごとの線引き

分野:歴史・文化

1951ねん、オーストラリアの おくちで、「そらの がっこう」が はじまりました。子どもたちは、足で こいで でんきを おこす むせんきの まえで、とおくの 先生の 声を きいたのです[1]。

こんな ところで くらす 子どもは、うしや ひつじの せわも てつだうのでしょうか。しらべて みると、てつだいは くらしの 一ぶで、べんきょうを みまもる ことも 家の しごとに なって いました。でも、子どもには「ここまで」という 線も あります。その ようすが わかります。

1951年、オーストラリアの内陸で、「世界初の空の学校」が始まりました。子どもたちは、足でペダルをこいで電気を起こす無線機の前に座り、遠くの町にいる先生の声を聞いたのです[1]。

そんな土地で育つ牧場の子どもは、家の仕事も手伝うのでしょうか。調べると、手伝いは多くの農家で暮らしの一部とされ、家で勉強を見守ることも家族の役目になっていました。一方で、子どもには守るべき線も決められています。牧場の子どもの毎日と、その線の引き方が分かります。

1951年6月8日、ノーザンテリトリーのアリススプリングスにあるロイヤル・フライング・ドクター・サービス(RFDS)の基地から、遠く離れた牧場の家へ向けて、最初の公式授業が放送された[1]。子どもたちが使ったのは、足こぎ発電の無線機である[1]。

では、こうした土地で育つ子どもは、家の仕事をどこまで手伝うのか。統計と文献を読むと、手伝いは多くの農家で生活の一部とされる一方、家庭での学習の見守りも家族の役割に含まれ、雇用の決まりと安全の指針が子どもの仕事に線を引いていることが分かる。

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1. ぼくじょうの 子どもは、ほんとうに しごとを するの?

1. 牧場の子どもは、小さいころから家の仕事を任されることが多い

1. 家族の仕事としての手伝い ── 2006年の統計と文献レビュー

オーストラリアの のうじょうや ぼくじょうでは、おやが 子どもに、小さい ころから しごとを まかせる ことが 多いと いわれて います[5]。「家ぞく みんなで やる こと」と うけとられて いる のです[5]。

ただし、どの 子も おなじ しごとを する わけでは ありません。オーストラリアの 5さいから 14さいの 子どもの うち、しごとを して いたのは 7パーセントでした。その 3ぶんの 1ほどが、家ぞくの じぎょうや のうじょうで はたらいて いました[6]。

これは 2006ねんまでの 1年の ちょうさです。いまの すうじでは ありません。

では、がっこうは どうして いるのでしょう。ぼくじょうは とても 広いのです。

オーストラリアの農家では、親が子どもに、幼いころから農場の仕事を任せることが多いとされています。そうした仕事を「家族みんなでやること」と受け止める農家もある、と文献レビューは述べています[5]。ただし、全部の子が同じ仕事をするわけではありません。

数字も見てみます。オーストラリア統計局の、2006年6月までの1年間の調査です。5〜14歳の子どもの7パーセント(約17万5千人)が仕事をしていて、そのうち33パーセントが、家族の事業か農場で働いていました[6]。175100×0.33で約5万8千人になります。ただし、33パーセントは「家族の事業か農場」をまとめた数字で、農場だけではありません。

この調査では、男の子の学校休み中の主な仕事は、「農場・林業・庭の作業」が26パーセントで最も多くなっていました[6]。逆に言えば、子どもの大半は、この調査でいう仕事をしていないことになります。

手伝いが暮らしの一部なら、学校はどうしているのでしょうか。牧場の広さから考えてみます。

子どもに農場の仕事を任せることは、農家の生活の一部とされる。オーストラリアの子どもの農場安全に関する文献レビューは、親が幼いころから仕事を任せることが多く、機械や家畜に近い仕事も「家族みんなでやること」として受け取られていると述べる[5]。この記述は農家の傾向であり、すべての子が同じ仕事をすることを意味しない。

実態を数字で見るには、オーストラリア統計局の児童就業調査(2006年6月までの1年間)がある。5〜14歳の7パーセント(17万5100人)が仕事をし、そのうち33パーセントが家族の事業または農場で働いた。175100×0.33で約5万8千人にあたる概算だが、この33パーセントは農場に限らない。また、7パーセントは全国の子ども全体の割合ではなく、仕事をした子の割合だ[6]。

男の子の学校休み中の主な仕事では、農場・林業・庭の作業が26パーセントで最多だった[6]。ただし調査は2006年の古いもので、現在の全国統計とは別に読む必要がある。

では、こうした手伝いが日常の土地で、学校はどう成り立っているのか。まず、牧場の広さから確かめる。

2. ぼくじょうは、どれくらい 広いの?

2. 約2万4000平方キロメートルの牧場がある土地で、学校はどうなる?

2. 牧場の広さと通学 ── アナ・クリーク牧場の例

みなみオーストラリアの アナ・クリーク ぼくじょうは、やく 2万4000へいほうキロメートルと いわれます。とても 広い ぼくじょうです[9]。

これは、とくに 大きい れいです。ふつうの ぼくじょうが ぜんぶ こんなに 広い わけでは ありません。

こんなに 広い ところでは、となりの 家まで とおい ことも あるでしょう。がっこうの 先生は、どこから 来るのでしょうか。

南オーストラリアのアナ・クリーク牧場は、約2万4000平方キロメートルとされます[9]。これは最大級の例で、ふつうの牧場の広さではありません。

それでも、国の広さと家の間の距離を考えると、子どもたちが毎日同じ教室に集まるのは難しい土地があることは想像できます。先生と子どもがどう結びついたのか、その手がかりが無線にありました。

アデレード・ミーサキーは、南オーストラリアの教育者です。1944年にアリススプリングスへ向かう旅で、奥地の子どもたちが人前で内気になりがちなことに気づきました。そこで、医療に使われていたフライング・ドクターの双方向無線を、教育にも使えないかと提案しました[1]。

無線の向こうの先生に、子どもはどうやって声を届けたのでしょうか。

南オーストラリアのアナ・クリーク牧場は約2万4000平方キロメートルとされる[9]。ただし最大級の例であり、一般的な牧場の規模ではない。この資料は、広さと通学の関係を直接述べてはいない。

通学の難しさは、記録にある取り組みから逆に読むことができる。奥地の子どもたちに教育を届ける仕組みが、実際に作られているからだ。発案者はアデレード・ミーサキーで、1944年にアリススプリングスへ向かう旅で奥地の子どもたちの内気さに気づき、フライング・ドクターの双方向無線を教育にも使うことを提案した[1]。

では、その無線は各家でどう使われたのか。道具の側から見る。

3. 足で こぐ むせんきで、どうやって じゅぎょうを うけたの?

3. ペダルをこいで電気を起こす無線機で、授業を受けた

3. 足こぎ発電の無線機と、1951年の最初の授業

1951ねん6がつ8にち、アリススプリングスの むせんの きちから、さいしょの じゅぎょうが とどけられました[1]。ひらいた 人は、子どもたちに「せかいで はじめての そらの がっこう」だと はなしたと つたえられて います[1]。

とおくの ぼくじょうの 家には、1だいずつ、足で こいで でんきを おこす むせんきが ありました。子どもは ほかの 子や 先生と はなし、しつもんも できました[1]。

この むせんきを くふうした 人が、アルフレッド・トレーガーです。むかしの むせんきは、でんきを おこす 人と、へんじを うつ 人の 2人が ひつようでした。足で こぐように なって、1人でも つかえる ように なりました[2]。

いまの じゅぎょうは、どう なって いるのでしょう。

最初の公式授業は、1951年6月8日、アリススプリングスのロイヤル・フライング・ドクター・サービス(RFDS)の基地から、遠くの牧場の家に向けて送られました[1]。開会式で、ミーサキーは子どもたちに、自分たちは「世界初の空の学校」に参加していると話したと伝えられています[1]。

子どもたちは、各家に置かれた個人用のペダル式無線機で授業に参加しました。ほかの子どもや先生と話すことができ、先生に質問もできました[1]。

この無線機を改良したのは、アルフレッド・トレーガーです。初期の無線機は、発電する人と電信を打つ人の2人が必要でした。足こぎ発電にしたことで、1人で使えるようになりました。1920年代後半のことですが、資料によって年が前後します[2]。

なお、始まりを1948年とする資料もあります。ここでは、RFDSの記述にならって、公式の最初の授業を1951年としています。

では、今の授業は、どうなっているのでしょうか。

最初の公式授業は、1951年6月8日にRFDSのアリススプリングス基地から放送された[1]。開始を1948年とする資料もあるが、公式の記録は1951年である。開会式で、ミーサキーは子どもたちが「世界初の空の学校」に参加していると語ったと伝えられる[1]。

遠隔の家の子どもは、個人用のペダル式無線機で授業に参加し、他の子どもや教師と交流し、質問ができた[1]。ペダルを止めると授業も止まる、という説明は二次資料のもので、一次資料の記述ではない点に注意したい。

ペダル式の無線機を改良したのはアルフレッド・トレーガーとされる。初期の無線機は発電係と電信係の2人を要したが、足こぎ発電によって1人で操作できるようになった。年は資料により1920年代後半から1929年ごろまで前後する[2]。この点で、授業の仕組みは医療用の無線網という既存の技術の上に成り立っていた。

ところで、こうした授業は一部の地域だけのものだったのか。他の州の例と、現在の姿を確かめる。

4. 家では、だれが 先生を てつだうの?

4. 授業は1日1時間ほど。残りの時間は、家族が学習を見守る

4. 学習の見守りという家庭の役割 ── ブロークンヒルと現在の School of the Air

この しくみは ひろがりました。ニューサウスウェールズしゅうの ブロークンヒルでは、1956ねんに がっこうが ひらかれ、さいしょの 年に 44の ぼくじょうから 85人の 子どもが はいりました[3]。

いまの じゅぎょうは、まちに いる 先生から、1日に やく 1じかん うけます。のこりの じかんは、おとうさん・おかあさんや、年上の きょうだい、すみこみの 先生が、きょうざいを いっしょに すすめます[4]。学校に よって ちがいます。

つまり、家の しごとの なかには、べんきょうを みまもる ことも 入って います。1年に 3〜4かい、先生や ともだちと 1しゅうかん すごす あつまりが ある ところも あります[4]。

では、うしや ひつじの せわを する 子どもに、きけんは ないのでしょうか。

空の学校は、ほかの州にも広がりました。ニューサウスウェールズ州のブロークンヒルでは、1956年2月23日に正式に開校し、最初の年は44の牧場から85人の子どもが入りました。授業はHF無線で、毎日決まった時間に届けられました[3]。

今の School of the Air では、町にいる先生から1日約1時間の授業を受け、残りの時間は、親や年上のきょうだい、住み込みの家庭教師が、教材を一緒に進めます[4]。年に3〜4回、先生や同級生と1週間を過ごす集まりを開く学校もあります[4]。授業は1951年から2009年まで短波ラジオで行われ、その後は多くの学校がインターネットに移りました[4]。1時間や年3〜4回という数字は、学校によって異なります。

ここから、家にいる家族の役割が見えてきます。先生は画面や無線の向こうにいて、教材を机の上で一緒に進めるのは家族です。牧場の子どもの「家の仕事」には、家畜や柵の手伝いのほかに、学習の見守りという形で家族が支える部分もあります。

では、牧場の仕事は、子どもにとって危なくないのでしょうか。

空の学校の仕組みは他の州にも広がった。ニューサウスウェールズ州のブロークンヒルは1956年2月23日に正式に開校し、最初の年は44の牧場から85人の子どもが入った。授業はHF無線で毎日決まった時間に届けられた[3]。

現在の School of the Air では、町にいる教師から1日約1時間の授業を受け、残りの時間は親・年上のきょうだい・住み込みの家庭教師が、割り当てられた教材を一緒に進める。年に3〜4回、教師や同級生と1週間を過ごす集まりがある学校もある。授業は1951年から2009年まで短波ラジオで行われ、その後は多くの学校がインターネットに移った[4]。1時間や年3〜4回という数字は学校により異なり、これは英語版百科事典の概説に基づく。

この構造を、家の仕事の側から読むとどうなるか。教師は離れた町にいるため、教材を進める役割は家庭が担う。文献レビューが述べる「家族みんなでやること」という受け止め方[5]は、動物や機械の仕事だけでなく、学習の見守りにも当てはまる、というのが本稿の読みである。ただし、資料はこの2つを同じ文脈で述べてはいない。

子どもが家の仕事を担うなら、その線はどこに引かれているのか。

5. 子どもを まもる 「ここまで」の 線は、どこに あるの?

5. 子どもの仕事に、州ごとの決まりと安全の線がある

5. 家族の事業への適用と、年齢に合った作業 ── 雇用の決まりと安全の指針

子どもを はたらかせる ときの きまりは、しゅうごとに ちがいます。ビクトリアしゅうの ページでは、15さいより 下の 子を やとう ときは きょかが いる、と ありました。でも、おやが やって いる 家ぞくの じぎょう(のうじょうも ふくむ)には、あては まりません。それでも、からだや こころ、べんきょうに わるい えいきょうの ない かるい さぎょうに かぎる、と されて いました[7]。

のうじょうの あんぜんを 見る しりょうでは、年上の 子は のうじょうの あんぜんを まなび、からだと こころの せいちょうに あった しごとだけを して、いつも 大人が みまもる ことが よいと されて います[8]。

のうじょうで くらす 子は、のうじょうで けがを しやすいとも かかれて います[8]。だから、「てつだう」と「まもる」は、いっしょに かんがえる ものなのです。

子どもを雇う決まりは、州ごとに違います。ビクトリア州の旧WorkSafeのページ(現在はアーカイブ版)では、15歳未満の子どもを雇うには許可が必要です。ただし、親が営む家族の事業(農場を含む)には、その許可の決まりは適用されないとされていました。それでも、健康・安全・学業に害のない「軽い作業」に限るとされています[7]。決まりは州ごとに違い、変わることもあるので、ここでは一例として読んでください。

農場の安全を見守るNational Centre for Farmer Healthの指針は、年上の子は農場の安全を教わること、体と心の発達に合った仕事だけをすること、常に大人が見守ることがよいとしています[8]。同じ指針には、農場で暮らす子が、親や大人の作業者より農場でけがをしやすいことも書かれています[8]。

つまり、「家族の一員として仕事を任される」ことと、「年齢に合った仕事を、大人が見守る」ことは、セットで考えられています。仕事を任せるときは、年齢に合った作業か、大人が見守っているかが大切だ、というのが指針の考え方です。

子どもの雇用は州ごとに決まりが異なり、連邦の公正労働法なども関わる。ビクトリア州のWorkSafeのアーカイブページは、15歳未満の雇用には許可が必要だが、親が営む家族の事業(農場を含む)には適用されないとし、それでも健康・安全・学業に害のない軽い作業に限るとしていた[7]。これは旧ページであり、現行の制度は州ごとに異なり、変わる。1つの州の例として読む必要がある。

安全の側では、National Centre for Farmer Healthの指針が、年上の子は農場の安全を教わり、体と心の発達に合った作業だけを行い、常に大人が見守るのがよいとする。同指針には、農場で暮らす子は親や大人の作業者より農場でけがをしやすいとも記されている[8]。

ここで、決まりの線と指針の線は別のものだと整理できる。決まりが家族の事業を雇用の許可から外していても、軽い作業に限るという線と、大人が見守るのがよいという指針の線が、別々に引かれている。ただし、2つの資料を組み合わせたこの整理は、筆者の読みである点を区別しておく。

雇用の決まりと安全の指針は、別々の線を引いていると読める。実際の作業がいつも線の内側にあるとは言えないが、この見方を、自分の暮らしに引きつけて確かめる方法を最後に示す。

自分の 家の 「てつだい」を、くらべて みよう

自分の家の「手伝い」を、牧場の子どもと並べてみる

家の手伝いと線引きを、自分で確かめるには

おうちで

自分の 家の てつだいを 1つ 思いだして みましょう。それは、大人と いっしょに する こと ですか。ひとりで して よい ことですか。おうちの 人と はなして みると、「ここまで」の 線が 見えて きます。

ちずで

ちずで オーストラリアの おくちを さがして みましょう。アリススプリングスは、まんなかの あたりに あります。日本の どこから どれくらい とおいか、ものさしで はかって みましょう。

家でできること

自分の家の手伝いを1つ選び、「大人と一緒にすること」と「ひとりでしてよいこと」のどちらかを、家の人と話してみましょう。年齢に合った仕事と、大人の見守りという2つの線が、自分の暮らしにもあることに気づくかもしれません。

地図でできること

地図帳でアリススプリングスを探し、日本からの距離を、縮尺を使って測ってみましょう。先生の声が届いた範囲が、どれほど広いかを想像できます。

数字を読むときは

この記事の7%・33%・26%は、働いた子の中での割合です。ニュースや本で割合を見たら、「何の中の割合か」を確かめてみましょう。

家でできること

自分の家の手伝いを1つ取り上げ、大人と一緒にするものか、ひとりでしてよいものかを家の人と話す。年齢に合った作業と大人の見守りという、2つの線が自分の暮らしにも引かれているかを考える。

地図でできること

地図帳で、アリススプリングスと日本の距離を、縮尺を使って測ってみる。授業の電波が届いた範囲を想像する手がかりになる。

数字を読むときは

統計は、割合の分母(働いた子の中の割合か、全体の割合か)を確かめて読むとよい。この記事の7%・33%・26%も、全体ではなく、働いた子の中での割合である。ニュースや本で割合を見かけたら、同じ点を確かめてみる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

空の学校の始まりはRFDSの記事と学校の沿革、手伝いの様子は統計と文献レビュー、決まりと安全は州の旧ページと農場の健康に関する団体の指針による。

  1. Royal Flying Doctor Service「Adelaide Miethke and the School of the Air」 https://www.flyingdoctor.org.au/news/adelaide-miethke/ (最初の授業・発案者・ペダル式無線機)
  2. Alfred Traeger(Wikipedia) https://en.wikipedia.org/wiki/Alfred_Traeger (足こぎ発電の改良)
  3. Broken Hill School of the Air(NSW教育省)School history https://schoolair-p.schools.nsw.gov.au/about-us/school-history (1956年の開校と最初の年の人数)
  4. School of the Air(Wikipedia) https://en.wikipedia.org/wiki/School_of_the_Air (今の授業のようす)
  5. オーストラリアの子どもの農場安全に関する文献レビュー(PMC8200050) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8200050 (農家の子どもと仕事)
  6. Australian Bureau of Statistics「Child Employment, Australia, Jun 2006」(6211.0) https://www.abs.gov.au/AUSSTATS/abs@.nsf/mediareleasesbyTopic/976F18A6FCC83FCCCA2572820077A4A7 (子どもの就業の割合)
  7. WorkSafe Victoria(アーカイブ)「Children working on family farms」 https://www.worksafe.vic.gov.au/archived-children-working-family-farms (ビクトリア州の雇用の決まりの一例)
  8. National Centre for Farmer Health「Child safety on farms」 https://farmerhealth.org.au/child-safety-on-farms/ (年齢に合った作業と見守り)
  9. Amusing Planet「Anna Creek」 https://www.amusingplanet.com/2018/04/anna-creek-cattle-station-bigger-than.html (牧場の広さの最大級の例)

なおした ところ

更新履歴

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