1. あしたも たいようが のぼる かけに、いくつの すうじを つける?
1. 明日も太陽が昇るほうに、いくらで賭ける?
1. 「明日も太陽が昇る」への賭け率は、どう計算されたのか
ラプラスの 考えは、こうです。きょうまで 毎日 たいようが のぼって きたと します。その 日の かずが 「n日」なら、あしたも のぼる ほうに 「n+1たい 1」で かけられる、と 考えました。
ラプラスは、人が 5000年 まえから きろくを 書いて きたと しました。日に すると 1826213日です。そこで、あしたも のぼる ほうに 1826214たい 1、つまり ほとんど まちがいない、と 計算しました。
ところが ラプラスは、すぐに 書き足します。しぜんの ようすを よく 知って いる 人には、この たしかさは、もっと ずっと 大きい、と。
この 計算は、「いままで 見た ことしか 知らない」ときの ものです。5000年は、そう 考えた ときの かりの かずです。では、かくりつとは、そもそも 何を はかる すうじなのでしょう。
ラプラスの「継起の規則」は、こういうものです。ある出来事がこれまでn回続けて起きたとき、次も起きるほうの賭け率を「n+1対1」とみなします。何も事前に知らないときの、いちばん素朴な見積もりです[3]。
ラプラスは例として太陽を選びました。人類の歴史の始まりを5000年前と置くと、日数は1826213日です。そこから、明日も昇るほうに1826214対1で賭けられる、と計算しました[3]。5000年は当時の仮定で、日数は5000年に1年あたり約365.2日をかけたおよその値です。
注目したいのは、そのすぐあとです。ラプラスは、自然のすべてのしくみを見て、昼と夜や季節の周期を支えているものを知っている人にとっては、この確からしさはずっと大きい、と書き添えました[5]。後世の批判では、この一文が見落とされがちだといわれます。
つまりこの規則は、「何も知らない」ときの計算です。では、そもそも確率という考え方は、いつ、何のために生まれたのでしょうか。
ラプラスの継起の規則は、ある出来事がこれまでn回連続して起きたとき、次も起きるほうの賭け率を「n+1対1」とする考え方である。事前の知識がまったくない状態での見積もりと考えればよい[3]。
彼はこれを太陽の例で示した。人類の歴史の始まりを5000年前に置くと、日数は1826213日(5000年に1年あたり約365.2日をかけた近似)になる。この日数を規則に当てはめると、明日も昇るほうに1826214対1の賭けになる[3]。
ここで見落としてはならないのは、ラプラス自身の但し書きである。昼夜や季節を決めているしくみをふまえて考える人には、この確からしさははるかに大きい、と彼は述べた[5]。つまり1826214対1は「太陽について何も知らない観察者」が出す数であり、それ以上の知識があれば、数は変わるはずだと本人が認めている。批判者がこの但し書きを無視しがちなことも、二次資料で指摘されている。
ではなぜ、そもそも確率は「何も知らない」ことを数にできるのか。その出発点は、天文学ではなく賭けにあった。
2. かくりつは、かけが とちゅうで おわった ときの、おかねの 分け方から はじまった
2. 賭けが途中で中止になったら、賭け金をどう分けるか
2. 中止になった賭けの分け方が、確率の数学の出発点になった
1654年、ある かけごとの たつじんが、むずかしい もんだいを もちこみました。かけが とちゅうで 中止に なったとき、かけた おかねを どう 分ければ いいか、という もんだいです。
たとえば、先に 3かい 勝った ほうが 勝ちの 勝負で、2たい 1の ところで 中止に なったと します。いままでの 勝ち数だけで 分けるのは、すこし ふこうへいです。この あと、どんな 場合が 起こりえたかを 数えて 分けるのが よい、と パスカルと フェルマーは 手紙で 話し合いました。
この 2人の 手紙は、かくりつの すうがくの はじまりと いわれます。「これから 起こる かもしれない ことを 数える」という 考えが うまれたのです。
ラプラスが 生まれたのは、それから およそ 100年 あとの、1749年です。
1654年、賭けごとの達人だったシュヴァリエ・ド・メレが、「賭けが途中で中止になったとき、賭け金をどう分けるか」という問題を数学者のパスカルに持ちこみました。「点数問題」と呼ばれます。
パスカルは、同じ数学者のフェルマーと手紙をやりとりして考えました。たとえば、先に3勝したほうが勝ちの勝負が、2対1で中止になったとします。分け方を決めるのは、これまでの勝ち負けの履歴より、この後ゲームが続いたらどんな展開がありえたかだ、という発想です[2]。
フェルマーは起こりうる場合を数え上げ、パスカルは終わりから逆にたどる、と、二人の解き方は別々でした[6]。この数週間の手紙が現代確率論の土台をつくったと説明されることがあります。ただし「確率論の誕生は1654年」というのは通説的な言い方です。
ラプラスが生まれたのは、それからおよそ100年後の1749年、フランス北部ノルマンディーです[1]。彼は、この「起こりうる場合を数える」考え方を、次の問いに使いました。
1654年、賭けの達人として知られたシュヴァリエ・ド・メレが、中止になった賭けの賭け金をどう分けるかという問題を持ちこんだ。パスカルとフェルマーはこれを手紙で議論した。「点数問題」と呼ばれるものである[2]。
先に3勝したほうが勝ちの賭けが、2対1で中止になったとしよう。これまでの勝ち負けだけで分けるのは不公平だが、この後ゲームがどう続きえたかを数えれば、分け方は決まる。結局、記録そのものより「起こりえた展開」の数が分け前を決めるという発想である[2]。
二人の解き方は別々だった。フェルマーは可能な場合を数え上げ、パスカルは終わりから逆にたどった[6]。この数週間のやりとりが現代確率論の土台になったとAPS Newsは説明するが、「確率論の誕生は1654年」という言い方は通説的なもので、断定しすぎないほうがよい。
ラプラスは、その約100年後の1749年3月23日にノルマンディーで生まれ、1827年にパリで亡くなった[1]。では、賭けの分け前から始まった数え方を、彼はどう一般の言葉にしたのか。
3. ラプラスは、「しらない こと」を どう すうじに したの?
3. 「知らないから確率を使う」:ラプラスの考え方
3. 確率を「有利な場合の数÷起こりうる場合の数」と定め、無知を計算に組みこむ
ラプラスは、かくりつを、こう 決めました。「同じ ていど 起こりそうな 場合」を ぜんぶ 数えて、その うちの、ねらいの 場合が いくつ あるかを 見る、という 考えです。
たとえば サイコロを ふって、2か 4か 6が 出る かくりつは、6つの 目の うちの 3つなので、6ぶんの 3です。
ラプラスは さらに、「もし、すべての ものの 力と 場所を 1しゅんで ぜんぶ 知る ものが いたら、その ものには、あしたも きのうも 目の まえに ならぶだろう」と 書きました。のちに 「ラプラスの あくま」と よばれる 考えです。
でも、人間は ぜんぶは 知りません。だから かくりつを つかうのだ、というのが ラプラスの 立ち場です。かくりつは、「しらない こと」を 数で 言う ための どうぐ、という わけです。
「かくりつの 考え方は、つきつめれば、ふつうの 考えを 計算に した ものだ」という 言葉も、ラプラスの 言葉として よく ひかれます。
ラプラスは、確率を「有利な場合の数÷起こりうるすべての場合の数」と定めました(ただし、各場合が同じ程度に起こりうることが前提です)。たとえばサイコロで偶数が出る確率は、6通りのうち3通りなので、6分の3です[3]。
同じ本の第2章で、彼はこう書きます。自然を動かす力と、物のすべての位置を一瞬で知る知性があれば、その知性にとって不確かなことはなく、未来も過去と同じように目の前にある、と[4]。のちに「ラプラスの悪魔」と呼ばれる思考実験ですが、この呼び名は後世のもので、本文に「悪魔」の語は出てきません。
つまり、ラプラスの立場では、確率は偶然そのものの性質ではなく、人間がすべてを知らないことの表れです。知らないぶんを、数え方で補っていることになります。
「確率論は、つきつめれば常識を計算に直したものにすぎない」という有名な言葉も、ラプラスの言葉として広く引用されます[8]。『確率の哲学的試論』は、1812年の大著『確率の解析的理論』の序文になった一般向けの解説で、1814年に出ました[1]。
では、この「知らないことを数にする」考え方は、地上の賭けから離れて、空のできごとにも使えたのでしょうか。
ラプラスは確率を、起こりうるすべての場合の数に対する有利な場合の数の比、として定義した。前提は、どの場合も同じ程度に起こりうること。サイコロで偶数が出る確率が6分の3になるのは、この前提があるからである[3]。
では、この定義はどんな世界観の上に立っていたのか。同書第2章の記述がその答えである。自然を動かすすべての力と物の位置を一瞬で理解できる知性にとっては、不確かなことはなく、未来も過去も目の前にある[4]。のちに「ラプラスの悪魔」と呼ばれるこの思考実験の呼び名は後世のもので、原文に「悪魔」の語は出てこない。
この立場からは、確率は世界に本来ある偶然ではなく、人間の知識の不足を測る道具になる。完全に知らないので、起こりうる場合を数え、その比で自分の確信の程度を言う。第1章の1826214対1が「何も知らない観察者」の数だったことも、ここで説明がつく。
この考え方を表した「確率論は、つきつめれば常識を計算に直したものにすぎない」という言葉は、ラプラスの言葉として広く引用される[8]。『確率の哲学的試論』は、1812年の大著『確率の解析的理論』の序文として1814年に出た一般向けの解説で、1794〜95年ごろの講義にもとづくとされる(講義の年は資料により1794年と1795年の説がある)[1]。
ここまでは、賭けや常識の話だった。だが彼が確率を試したかった場所は、空にもあった。
4. どうして 土星の おもさにまで、かけを つけたの?
4. 土星の質量に賭け率をつけた:11000対1
4. 土星の質量の誤差に付けた「11000対1」と、現代の値との差
ラプラスは、土星の 重さにも、かけを つけました。ブヴァールという 人が 計算した 土星の 質量は、太陽の 3512ぶんの 1でした。
ラプラスは、この 数字の まちがいが 100ぶんの 1(1%)を こえる ことは ほとんど ない、と 考えました。その かけの わりあいは 11000たい 1です。
土星は 手で はかれません。それでも、見えた うごきから 計算した 数字が、どれくらい あてに なるかを、かくりつで 言いました。
のちの 数字と くらべると、ちがいは およそ 0.5%だった、と しょうかいされます。ラプラスの かけは、あたって いたようです。
『確率の哲学的試論』の第9章で、ラプラスは土星の質量の話をしています。ブヴァールの計算によると、土星の質量は太陽の3512分の1です。ラプラスは自分の確率の式を当てはめて、この結果の誤りが100分の1(1%)以内におさまらない確率は、11000対1に1つだと述べました[7]。誤差が1%より大きくなるほうが「1」の側、「誤差は1%以内」のほうが「11000」の側です。
賭け率11000対1は、確率にすると約99.99%(11000÷11001)にあたります。同じ箇所では木星の質量も扱われ、こちらは1071分の1、賭け率は100万対1です[7]。
土星は手に取って量れません。それでも、見えた動きから計算した値が、どれほど信じられるかを数で示したわけです。「分からないことを、分からないままにしない」姿勢が、ここに表れています。
のちの値との比較では、この土星の値は現代の値と約0.5%しか違わなかった、と紹介されています[9]。ただしこの比較はブログでの紹介にもとづく数字です。
『確率の哲学的試論』第9章で、ラプラスは確率論を天文学に使った例を示す。ブヴァールの計算では、土星の質量は太陽の3512分の1だった。そこで彼は、自分の確率の式を当てはめると、この結果の誤差が100分の1以内である、という側に対して、賭け率は11000対1だと述べた[7]。
賭けの方向は、読み違えやすい。「誤差は1%以内」の側に11000対1であって、「1%より大きい」側ではない。確率に直せば約99.99%(11000÷11001)で、これは賭け率からの単純な換算である。同じ章には木星の1071分の1と、100万対1も出てくる。
この主張の面白さは、土星が手で量れない点にある。観測データから出した数字に、信頼の程度を数で付ける。ここで確率は、運の話から、測定の確かさの話に変わっている。
では、その賭けは当たったのか。のちの値と比べると差は約0.5%だったと紹介されることがある[9]。この数字はブログでの紹介にもとづくが、そのとおりなら、ラプラスの示した「1%以内」の範囲に収まっていたことになる。
5. じぶんでも しらべて みたくなったら
5. 自分でも調べてみたくなったら
5. 自分でも調べてみたくなったら
きょう できる こと
あさ、てんきよほうを 見る まえに、ノートに 「きょうは 雨が ふる」かくりつを、10の うち いくつか 書いて みましょう。ゆうがた、あたったか 見て、じぶんの 「たぶん」が どれくらい あたるか 見ます。
ラプラスが 太陽に つけた すうじも、おなじ 「たぶん」を すうじに した ものでした。
しりょうを よむなら
ラプラスの 本は、ずっと むかしの フランス語の ものですが、日本語に なった かくりつの 本も あります。としょかんで 「かくりつ」「ラプラス」で さがして みましょう。
今日できること
朝、天気予報を見る前に、ノートに「今日は雨が降る」確率を、10のうちいくつと書いてみましょう。夕方に当たったか確かめて、数日続けると、自分の「たぶん」がどれくらい当たるかが見えてきます。
ラプラスが太陽や土星につけた数も、こうした「たぶん」を数に言いかえたものでした。
資料を読むなら
まずは図書館で、日本語の確率の入門書をさがしてみましょう。ラプラスの本そのものを読みたくなったら、『確率の哲学的試論』の英訳が、出典欄のGutenbergやWikisourceで読めます。第2章(知性の思考実験)、第3章(太陽の例)、第9章(土星・木星)が、この記事の話にいちばん近い章です。
今日できること
身近な出来事について、「何も知らない」ときの見積もりと、「しくみを知った」あとの見積もりを分けて書いてみるとよい。たとえば、朝に天気予報を見る前、「今日は雨が降る」確率を10のうちいくつかで書き、夕方に結果を見る。数日続ければ、自分の確信の程度が現実とどれだけずれるかが分かる。ラプラスの但し書きは、まさにこの二つの見積もりのちがいを述べたものである。
資料を読むなら
まずは図書館で、日本語の確率の入門書を探すとよい。ラプラス本人の文章を読むなら、『確率の哲学的試論』の英訳(出典欄のGutenberg版とWikisource版)がある。この記事の話は第2章(知性の思考実験)、第3章(継起の規則)、第9章(土星・木星)にある。「確率論は常識を計算に直したもの」の言葉が同書のどこにあるか、原文を読んで探してみるのも、よい宿題になる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の確率・天文学の話は、おもに次の資料にもとづきます。
- MacTutor History of Mathematics, "Pierre-Simon Laplace". https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/Biographies/Laplace/ (生没年・著作の年)
- "Problem of points", Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Problem_of_points (点数問題の説明)
- P.-S. Laplace, A Philosophical Essay on Probabilities (英訳, Project Gutenberg). https://www.gutenberg.org/cache/epub/58881/pg58881.txt (確率の定義・太陽の例)
- Laplace, A Philosophical Essay on Probabilities, Chapter 2 (Wikisource). https://en.wikisource.org/wiki/A_Philosophical_Essay_on_Probabilities/Chapter_2 (全てを知る知性の思考実験)
- "Rule of succession", Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Rule_of_succession (ラプラスの但し書き)
- APS News, "Pascal's letters to Fermat". https://www.aps.org/apsnews/2009/07/pascal-letters-fermat-points (パスカルとフェルマーの手紙)
- Laplace, A Philosophical Essay on Probabilities, Chapter 9 (Wikisource). https://en.wikisource.org/wiki/A_Philosophical_Essay_on_Probabilities/Chapter_9 (土星・木星の質量と賭け率)
- "Laplace", Wikiquote. https://en.wikiquote.org/wiki/Laplace (「常識を計算に直したもの」の言葉の引用)
- "Laplace the Bayesianista and the Mass of Saturn", R-bloggers. https://www.r-bloggers.com/2013/09/laplace-the-bayesianista-and-the-mass-of-saturn/ (現代の値との差の紹介。二次資料)
なおした ところ
更新履歴
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