1. むかしの ねどこには、シーツが なかった
1. 布団の上に、布は敷かれていなかった
1. 江戸時代の寝床:綿入りの布団の上にも敷布はなかった
むかしの にほんの ねどこを そうぞう して みましょう。布団の うえに、ぴんと はった しろい 布は ありません。
じしょには、にほんでは わたの はいった 布団を つかうように なってからも、その うえに 布を しく ならわしは なかった、と 書かれて います[1]。
めんの 布団が ほんとうに ひろまったのは、大正の おわりから 昭和に なってからと いわれます[2]。シーツの はなしと、ほぼ おなじ じだいです。
では、シーツは どこの くにで うまれた ものなのでしょう。
敷布は「ない」のがふつうだった
百科事典の「敷布」の項目には、日本では綿の入った布団を使うようになってからも、その上に布を敷く習慣はなく、西洋風の敷布を使うようになったのは明治時代以降だと書かれています[1]。別の事典も、江戸時代の末まで寝具に敷布を使う習慣はなかったとしています[1]。
布団そのものも、新しい寝具だった
室町時代に木綿が出てきて、寝具は大きく変わったとされます。近世には木綿の綿が広まり、夜着と布団が使われるようになりました。ただ、木綿の綿を入れた布団が本当に広まったのは、大正の末から昭和に入ってからだといわれます[2]。
つまり、日本の家で綿入りの布団が行き渡る時期と、シーツが入ってくる時期は、重なっています。この2つがどうつながるのかは、資料からは言い切れません。まず、シーツが先に使われていた西洋に目を向けます。
日本では、綿の入った布団を使うようになってからも、その上に布を敷く習慣はなく、西洋風の敷布を用いるようになったのは明治時代以降だとされる[1]。別の事典も、江戸時代の末まで寝具に敷布を用いる習慣はなかったとする。つまり、布団と敷布は、日本では最初から一組のものではなかった。
しかも、布団そのものの普及も新しい。室町時代に木綿が現れて寝具に大きな変化が起き、近世には木綿綿の普及で夜着と布団が使われるようになった。だが、木綿綿入りの布団が本当に広まったのは大正末から昭和に入ってからだという[2]。
ここで注意したいのは、この「大正末から昭和」は布団の普及時期であり、シーツの普及時期ではないことだ。布団とシーツの広がりが同じ時代に重なることは言えても、一方が他方の原因だとまでは、資料から言えない。では、敷布の習慣を先に持っていた西洋では、寝床はどう作られていたのか。
2. にしの くにでは、あまの ぬのに くるまった
2. 西洋では、亜麻の布に包まれて寝ていた
2. 西洋の敷布:リンネルのシーツと、13世紀の語の記録
にしの くにでは、布に くるまって ねて いました。ちゅうせいの ヨーロッパでは、おおきな リンネルの シーツに くるまって ねたと 書かれて います[2]。
リンネルは、あまと いう くさから つくる ぬのです。
えいごの「シート」という ことばは、13せいきの なかごろの きろくが あります[3]。ベッドに かける おおきな しかくい あまの ぬのや めんの ぬのを さしました。
ずっと むかしの ローマでは、マットレスの なかみは、ほしくさや わらでした。あとから ようもうに なり、おかねもちは はねを つかいました[4]。
では、この ならわしは、いつ にほんに やって きたのでしょう。
リンネルのシーツと、ことばの記録
世界大百科事典の「寝具」の項目には、中世ヨーロッパでは大型のリンネルのシーツにくるまって寝た、と書かれています[2]。リンネルは、亜麻という植物の繊維で織った布のことです。
英語の sheet は、13世紀の半ばごろに、ベッドに掛ける大きな四角い亜麻布か綿布を指す語として記録されています[3]。これは「シーツが始まった年」ではなく、語が文字に残った時期です。
ローマの寝床は、詰め物が変わった
古代ローマの寝台のマットレスには、初めは乾いた草やわらが詰められ、貧しい人はその寝床を使い続けました。のちに羊毛、さらに後になると、裕福な人は羽毛を使ったと、19世紀の古代ローマ事典が説明しています[4]。覆い布や、高価な紫色の掛け布もあったそうです。1871年に出た古い辞典の記述なので、現代のシーツと同じものとはみなせません。
西洋では、布を重ねる寝床の作り方が、とても長く続いてきたことは分かります。では、日本はその習慣を、どのように受け取ったのでしょうか。
中世ヨーロッパでは、大型のリンネルのシーツにくるまって寝たと記される[2]。リンネルは亜麻(あま)の繊維で織った布である。英語の sheet は、13世紀半ばに「ベッドに掛ける大きな四角の亜麻布または綿布」を指す語として現れる[3]。ただし、これは語が記録された時期で、シーツという寝具の起源を示す年ではない。しかも出典はウィキペディアなので、年は大まかに受け取るのが妥当だ。
もっと古い時代にもさかのぼれる。19世紀のスミスの古代ギリシア・ローマ事典には、ローマのマットレスは初め乾いた草やわらで、貧しい人はそれを使い続け、のちに羊毛、さらに後に裕福な人は羽毛で詰めた、とある。マットレスの覆い布や、高価な紫色の掛け布も挙がっている[4]。1871年刊の古い事典であり、現代のシーツと同一視はできない。ローマでは、詰め物のある寝台に覆い布や掛け布が使われていたことになる。
では、日本ではその発想は、いつ、何のために受け入れられたのか。
3. めいじに なって、シーツが にほんに はいって きた
3. 明治の日本は、なぜ敷布を取り入れたのか
3. 明治の受容:福沢諭吉の図解、衛生と寝具の保護、1908年の舶来品
もうふと シーツを いっしょに つかう くらしは、明治に なってから、はいって きたと いわれます[1]。
なぜ とりいれたのかは、「おそらく」と いう ことばが ついて います。明治の ひとは、からだを きれいに たもつ ためと、布団を よごさない ために、にしの ならわしを まねたのでは ないか、と かんがえられて います[1]。
福沢諭吉は、まだ 江戸の おわりの 1866ねんに、『せいよういしょくじゅう』という ほんを 書き、ベッドの くらしを えで しょうかい したと いわれます[2]。
1908ねんに、もうふと シーツが にしの くにの しなものとして うられるように なりました。はじめに つかったのは、おかねもちの いえだったと おもわれます[1]。
では、ふつうの いえには、いつごろ ひろまったのでしょう。
理由は、推定として書かれている
事典には、日本では江戸時代の末まで敷布を使う習慣がなく、おそらく明治になってから、衛生上の理由と寝具を守る理由で欧米の習慣を取り入れたのだろう、とあります[1]。「おそらく」がついた推定なので、これが唯一の理由だったとまでは言えません。
洗いやすい布を敷けば、汗や汚れが布団の綿まで届きにくくなります。ただ、これは私の想像で、資料に書かれた説明ではありません。
福沢諭吉の本と、1908年の売り出し
幕末の1866年(慶応2)、欧米の暮らしを体験していた福沢諭吉が『西洋衣食住』を書き、欧米人の寝台を使う生活を図で紹介した、と寝具の項目にあります[2]。
また、マットの上に布のシーツを2枚敷き、その間に入って寝る西洋式の寝具は、1908年に毛布と敷布が舶来品として売り出されてから、上流階級に取り入れられたと思われる、と書かれています[1]。「思われる」とある推定で、一般の家庭に広まった年ではありません。
では、一般の家庭にはいつごろ届いたのでしょうか。
理由について、ブリタニカ国際大百科事典の小項目は、おそらく明治になってから、衛生上と寝具の保護の理由で欧米の習慣を取り入れたのであろう、と述べる[1]。「おそらく」を伴う推定であり、この記事でも断定しない。洗える布を間に挟めば、汗や汚れが綿に直接つかずにすむ。これは推定を読み解く私の補足で、資料の言葉ではない。
では、きっかけはあったのか。寝具の項目には、幕末の1866年(慶応2)に、欧米生活を体験していた福沢諭吉が『西洋衣食住』を著し、寝台を使う生活方式を図解したとある[2]。
実際に商品として届いた時期については、別の記述がある。マットの上に布のシーツを2枚敷き、その間に入って寝る西洋式の寝具は、1908年に毛布と敷布が舶来品として売り出されてから、上流階級の間に取り入れられたと思われる[1]。これも「思われる」とある推定で、一般家庭への普及年ではない。
江戸末の紹介と1908年の売り出しの間には、40年余りの空きがある(1866年から1908年は42年)。紹介された寝台の暮らしが、どう敷布の習慣につながったのか、その間の経路を示す資料は、ここでは使えない。では、上流階級から先は、どう進んだのか。
4. ふつうの いえに ひろまったのは?
4. ふつうの家に広がったのは、大正から昭和とされる
4. 一般家庭への普及:大正から昭和にかけて、とされる時期の読み方
めいじには、おかねもちの いえで ベッドが つかわれ、その ベッドの ために シーツが ありました。それが、にほんの ねどこにも とりいれられたと いわれます[1]。
大正から 昭和に かけて、すこしずつ ふつうの 人も、シーツや もうふを つかい はじめたと されます[1]。
「と されます」と 書いたのは、ここは はっきりした ねんが ないからです。「この とし」と いえる ことでは ありません。
おもしろいのは、布団が ひろまった じだいと かさなる ことです。布団が ひろまった じだいと、シーツが ひろまったと される じだいは、かさなって います。
ベッドから日本の寝具へ
明治には、一部の上層階級でベッドが使われるようになり、ベッド用の寝具として敷布が用いられました。それが日本風の寝具にも取り入れられ、大正から昭和にかけて、しだいに一般の人々も敷布や毛布を使い始めた、という説明があります[1]。
「とされる」を外せない理由
この説明には、年や割合が示されていません。このため、「大正から昭和」は目安として読むのがよさそうです。
はっきりしているのは、順序です。ベッドの寝具として敷布が先に入り、そのあと日本の寝具にも取り入れられたという流れです。では、シーツの形は、その後どう変わったのでしょうか。
明治に入ると、一部の上層階級でベッドが使われるようになり、ベッド用の寝具として敷布が用いられた。それが日本風の寝具にも取り入れられ、大正から昭和にかけて、一般の人々もしだいに敷布や毛布を使い始めたとされる[1]。
この一文には、確かな部分とそうでない部分が混ざっている。「ベッド用の寝具として敷布が先に入った」という順序は、第1章・第3章の資料とも整合する。一方、「大正から昭和」という幅は、年や割合が示されていない。したがって、普及の時期は、目安として受け取る必要がある。
また、第1章で見たとおり、木綿綿入りの布団が本当に広まったのも大正末から昭和とされる[2]。シーツの普及と布団の普及が、ほぼ同じ時代に進んだことになる。この重なりは、資料から読み取れる範囲では、同時期に起きたという事実にとどまる。では、広まったあとのシーツは、形をどう変えたのか。
5. すみに ひっかける シーツは だれが つくった?
5. フィットシーツの特許は、ゴムではなかった
5. フィットシーツの特許:1959年のBermanと、ファスナー式の構造
マットレスの すみに ひっかけて つかう シーツを、フィットシーツと いいます。アメリカの 特許に、その しくみが のって います[5]。
1959ねん10がつ6にち、バーサ・バーマンと いう 人に 特許が みとめられました。しゅつがんは 1957ねんです。
「かどに ゴムが はいって いる」と せつめい する ほんも あります。でも この 特許の せつめいでは、ゴムでは なく、はずせる ファスナーで、うえの ぬのと よこの おびを つないで います[5]。
ゴムの シーツの はなしは、この 特許に ついては、ちがうようです。
アメリカの特許US2,907,055
フィットシーツとは、四隅をマットレスにとめて使うシーツです。アメリカの特許US2,907,055「Fitted bed sheet construction」は、バーサ・バーマンに1959年10月6日に与えられました。出願は1957年2月13日です[5]。
ファスナーでつなぐ構造
特許公報の説明によると、マットレスの上面を覆う部分と、側面をぐるりと囲む帯が、はずせるスライドファスナーでつながっています[5]。ゴムを四隅に入れる仕組みではありません。
「ゴム入りの発明者」と紹介する説明を見かけますが、この特許の記述とは合いません。そのため、この記事ではそうは書きません。
では、こうした歴史を、家のシーツで確かめるには、どうすればよいでしょうか。
フィットシーツ(角をマットレスに固定する型)の米国特許US2,907,055「Fitted bed sheet construction」は、バーサ・バーマン(Bertha Berman)に1959年10月6日付で与えられた。出願は1957年2月13日である[5]。
ところが、Google Patents に載る記述では、構造はゴムではなく、はずせるスライドファスナーである。マットレスの上面を覆う部分が、側面をぐるりと囲む帯に、このファスナーでつながれる[5]。ウィキペディアなどの「角にゴム」という説明とは合わない。そのため、この特許の発明者を「ゴム入りの発明者」と書くのは、避けたほうがよい。
なお、これは「この特許の中身」の話である。シーツの角をゴムで止める発想が、いつ誰によって生まれたのかは、この特許からは分からない。出願から付与までは約2年8か月。通説と特許の実物が食いちがう例として、元の資料にあたる価値がある。では、元の資料の確かめ方を示す。
6. おうちの シーツを、よく みて みよう
6. 家のシーツを、1枚じっくり見てみる
6. 家のシーツと、原典で確かめられること
おうちの シーツを、1まい ひろげて みましょう。まず、すみを みます。ゴムが ついて いる でしょうか、ひもが ついて いる でしょうか。
つぎに、すみに ついて いる ラベルを さがします。ぬのの しゅるいが 書いて あるかも しれません。
さいごに、ぬいめを ゆびで たどります。ぬのを つなぎ あわせて いる ところは あるでしょうか。
シーツの なまえや ならわしが、いつ だれから つたわったのか。しらべる ときは、おうちの 人と いっしょに、としょかんの じしょを ひらいて みましょう。
やってみよう:シーツの角と縫い目を見る
家のシーツを広げて、角の作りを見てみましょう。ゴムが入っているか、ひもがあるか、ただの四角い布か。次に、ラベルを探して、素材の表示(綿やポリエステルなど)を読みます。
最後に、縫い目をたどります。布が何枚かつなぎ合わされているかどうかは、見るだけで分かります。ふちの縫い方が、角や中央と同じかどうかも見くらべてみましょう。
原典にあたるなら
出典の1番、コトバンクの「敷布」と「寝具」の項目は、日本の寝具の歴史を短くまとめています。同じ言葉でも、事典ごとに説明が少しずつ違うので、見比べてみてください。
家のシーツで確かめられることは、角の止め方(ゴム、ひも、ファスナー、なし)、素材表示、縫い合わせの有無である。気づいたことを書きとめ、第5章の特許の記述と見比べると、通説と実物のずれを自分で考える練習になる。
原典にあたるなら、コトバンク「敷布」と「寝具」の項目が出発点になる。事典ごとに「おそらく」「思われる」といった推定の言い方が違うので、書き方の強さを比べながら読むとよい。普及の時期については、大正から昭和という幅の裏づけを、事典の原文や、住まい・寝具の歴史を扱う専門書で探すと、この記事の空白を埋められる。米国特許US2,907,055は Google Patents で全文を読める[5]。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典は、記事で実際に使った資料だけを載せています。1908年・大正から昭和などの年代は、事典の記述をもとにした目安です。
- コトバンク「敷布」(改訂新版 世界大百科事典、ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典) https://kotobank.jp/word/敷布 (日本での敷布の習慣、明治以降の受容、1908年の売り出し、大正から昭和の広まり)
- コトバンク「寝具」(世界大百科事典、日本大百科全書) https://kotobank.jp/word/寝具 (木綿と布団の変遷、福沢諭吉の紹介、中世ヨーロッパのリンネルのシーツ)
- Wikipedia「Bed sheet」 https://en.wikipedia.org/wiki/Bed_sheet (英語 sheet の語の記録)
- William Smith『Dictionary of Greek and Roman Antiquities』(1871年)「Lectus」 https://penelope.uchicago.edu/Thayer/E/Roman/Texts/secondary/SMIGRA*/Lectus.html (古代ローマのマットレスの詰め物)
- Google Patents「US2907055A Fitted bed sheet construction」 https://patents.google.com/patent/US2907055A/en (フィットシーツの特許の付与日と構造)
なおした ところ
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