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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

おなじ 動画を 見ると、まばたきの タイミングは そろうの?

映像の区切れ目で、見ている人のまばたきがそろうのはなぜ?

映像を見る人のまばたきは、なぜ区切れ目でそろうのか ── 注意の切りかえ説と、まだ分かっていないこと

分野:からだ

おなじ 動画を いっしょに 見ている 人たちは、まばたきを する タイミングまで、にて くる ことが ある と、研究けんきゅうで ほうこくされて います[5]。

目を うるおすだけなら、まばたきは 1分間に 3回ほどで たりる と いわれます。それなのに、人は 20回ほども して います[1]。その まばたきは、いつ おきて いるのでしょう。「話の くぎれ目」と かんけいが ありそうな こと、脳のうの はたらきの きりかえと むすびつく かもしれない ことが わかります。

同じ短い映像物語を見ている人たちは、まばたきをするタイミングまで似てくることがあります。そんな結果が、研究で報告されています[5]。

目を潤すだけなら、まばたきは1分間に3回ほどで足りるとされます。それでも人は、1分間に20回ほどもまばたきをしています[1]。余った回数は、どんな場面で起きているのでしょうか。動きが終わったところで起きやすいこと、映像の「区切れ目」とのつながりと、脳の注意の切りかえとの関係が、仮説として語られていることが分かります。

同じ映像物語を見た人どうしでは、自発的なまばたきのタイミングが、個人の内でも人の間でもよくそろう。これは2009年に報告された結果である[5]。

目の表面を潤すには1分間に3回ほどで足りるのに、人は約20回もまばたきをする[1]。では、そのまばたきはどこで起きているのか。映像の区切れ目、声だけの物語との差、fMRIで見た脳のネットワークの変化、黒い画面との比較をもとに、確かな結果と仮説の境目が分かる。

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1. 目を うるおすだけなら、なんかいで たりるの?

1. 目を潤すだけなら1分間に3回ほどで足りるのに、人は20回ほどしている

1. 必要量の数倍 ── 1分間に約20回という自発的なまばたき

まばたきの いちばん 大きな やくわりは、目の ひょうめんを なみだの まくで おおって、まもる ことです。まばたきが たりないと、あたらしい なみだの まくが 目の まん中まで ひろがらない ことが あります[2]。

では、どれくらい すれば いいのでしょう。うるおすだけなら 1分間に 3回ほど、と いう 説明せつめいが あります。ところが 人は 1分間に 20回ほど まばたきを して います[1]。資料しりょうに よって 数に はばが あるので、「ほど」と 思って ください。それでも、うるおすのに いる 回数より、ずっと 多いのです。

ふえるのは、きんちょうしたり、たいくつしたり した ときです[1]。あまった まばたきは、なにか べつの ことの ために して いるのかも しれません。

まばたきの基本の役目は、目の表面を涙の膜で覆って保つことです。不完全なまばたきが続くと、新しい涙の膜が角膜の全体には広がらないことがあるといいます[2]。

ところが回数を見ると、不思議な差があります。目を潤すだけなら1分間に3回ほどで十分という説明がある一方で、人は1分間に20回ほどもまばたきをしています[1]。資料によって15〜20回、3〜4回と幅がありますが、どの組み合わせでも、実際の回数は必要量よりずっと多くなります。

回数は気持ちの状態でも変わり、緊張や退屈で増えるとされます[1]。潤すためだけなら、こんなに要りません。余った回数は、別の理由で起きていると考えるのが自然です。それは、どんなときに起きているのでしょうか。

まばたきの基本の役割は、涙の膜を角膜の表面に保つことである。アメリカ検眼協会(AOA)の解説は、不完全なまばたきでは新しい涙の膜が角膜全体に広がらないと述べる[2]。

ところが、必要量と実際の回数には開きがある。目を潤すだけなら1分間に3回ほどで足りるとされるのに、自発的なまばたきは1分間に約20回に及ぶ[1]。資料によって15〜20回、3〜4回と幅があるため、端の値どうしで比べると、15÷4≒3.8から20÷3≒6.7となり、この計算では、およそ4〜7倍になる。

この回数は一定ではなく、緊張や退屈で増えるなど、精神状態によって変わる[1]。回数が状態に左右されるなら、まばたきは目の保湿だけでなく、別の仕事も担っている可能性がある。そこで次の問いは、余った回数がいつ、どんな場面で起きているのかになる。

2. まばたきは、いつ おきやすいの?

2. まばたきは、映像の「区切れ目」で起きやすい

2. 注意をあまり要しない場面 ── 動作の終わりと、そろうタイミング

こたえの ひとつは、「話の くぎれ目」です。同じ 短い 映像えいぞうの 物語を 見て もらう 研究では、まばたきが 動きが おわった ときや、しゅじんこうが 画面に いない ときに おきやすい ことが わかりました[5]。

だれかが「ここで くぎれるよ」と 言う わけでは ありません。それでも、見て いる 人たちは、おなじ ような ところで まばたきを して いました。

そのため、同じ 動画を 見ている 人どうしでは、まばたきの タイミングが そろいやすく なります。

2009年にNakanoらが報告した研究では、まばたきは映像の中の、注意をあまり要しない場面で起きやすいという結果が出ています[5]。たとえば登場人物の動作が終わった瞬間や、主人公が画面にいない場面で、研究者はこれを映像の「区切れ目」と解釈しています。

誰かが「ここで区切りです」と合図を出すわけではありません。それでも、同じ映像を見た人たちのまばたきは、そのあたりに集まりました。同じ映像を見ていると、人の間でも、同じ人の中でも、タイミングがよくそろったと報告されています[5]。

目を潤すための回数なら、映像の内容とは関係なく、ばらばらに起きても困りません。映像の区切れ目にそろうというのは、まばたきが目の保湿だけでなく、見ている内容とも関係していることを示しています。ただし、これは映像物語を見たときの結果です。

Nakanoらは、同じ短い映像物語を見ている人たちの自発的なまばたきを調べ、タイミングが人の間でも、同じ人の中でも高度にそろうことを報告した[5]。そろう位置は、動作の終わりや主人公が画面にいない場面など、注意をあまり要しない場面に当たっていた。研究者はこれを映像の「暗黙の区切れ目」と解釈している。

ここで「暗黙」というのは、誰かが区切りを知らせているわけではないという意味である。映像の内容と無関係に目を潤すだけなら、タイミングは人ごとにばらばらでよい。そろうという事実が、まばたきの一部が見ている内容と結びついていることを示す。

ただし、この結果は映像物語を見るという特定の条件のもとで得られたものだ。そこで次の問いは、どんな条件でそろい、どんな条件ではそろわないのか、である。

3. 声だけの お話でも、そろうの?

3. 物語を声で聞くだけでは、タイミングはそろわなかった

3. 同期が現れる条件 ── 映像の物語を見ているときに限られる

同じ 研究では、べつの ことも しらべました。物語を、声に 出して よんで もらって、聞くだけの ときです。このとき、まばたきの タイミングは そろいませんでした[5]。

物語の 絵の ない、ただの 背景はいけいの 映像えいぞうを 見て いる ときも、そろいませんでした[5]。

つまり、そろうのは 「物語を 目で 見て いる とき」だったのです。耳で 話を 聞いても、くぎれ目は 分かりそうなのに、不思議ふしぎですね。なぜ なのかは、いまの ところ、はっきりと 言えません。

同じ研究では、条件を変えた比較も行われました。映像の物語ではなく、背景の映像を見ているとき、あるいは物語を朗読で聞くだけのときには、まばたきのタイミングはそろいませんでした[5]。

つまり、そろうのは「映像で物語を見ているとき」でした。話の区切れ目なら耳でも感じ取れそうですが、聞くだけでは同期は見られなかったことになります。

この違いが何によるのかは、資料からは言い切れません。ただ、まばたきのタイミングが単なる耳の注意ではなく、目で物語を追う活動と関わっていることはうかがえます。ここから、まばたきの前後で脳の中がどう変わるのか、という問いが生まれます。

同期が現れる条件も調べられている。被験者が背景映像を見るとき、あるいは物語の朗読を聞くだけのときには、まばたきの同期は観察されなかった[5]。映像の物語を見るときだけ、タイミングがそろったのである。

この対照は重要である。区切れ目を「話の切れ目」と考えるだけなら、朗読でも同じことが起きてよいはずだ。ところが起きなかった。したがって、まばたきのタイミングは、物語の抽象的な区切りより、視覚的に物語を追っているという状態に結びついていると読める。なお、同期が音声でなく映像に依存する理由は、この資料からは判断できない。

ここで、まばたきが「見て追う活動」と結びついているなら、まばたきの前後で脳の活動も変わっているのではないか、という問いが出てくる。これを脳画像で調べた研究がある。

4. まばたきの とき、脳のうの 中では なにが おきるの?

4. まばたきの瞬間、脳の「注意」の回路は活動が下がる

4. 注意のネットワークの低下とデフォルト・モード・ネットワークの上昇 ── 黒い画面との比較

大阪大学おおさかだいがくなどの 研究けんきゅうチームは、大学生10人に コメディの 映像えいぞうを 見て もらい、脳のうの はたらきを きかいで しらべました[3]。

すると、まばたきと いっしょに、ちゅういする ことに かかわる 脳のうの ぶぶんの はたらきが さがりました。かわりに、べつの ところの はたらきが あがりました[3]。

では、画面が 一しゅん くらく なった せいでは ないのでしょうか。まばたきに にせて、黒い 画面を 一しゅん はさんでも、この 変化へんかは おきませんでした[4]。まばたきそのものに ともなう 変化へんかだと 考えられて います。

大阪大学などの研究チーム(中野珠実准教授ら)は、大学生10人にコメディ番組の映像を見てもらい、fMRIという装置で脳の活動を調べました[3]。

すると、まばたきに伴って、注意に関わる脳のネットワークの活動が下がり、「デフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれる別のネットワークの活動が上がりました[3]。まばたきの瞬間、脳の中でも切りかえが起きているように見えます。

「映像が一瞬暗くなっただけでは?」という疑問にも、実験で答えが出されています。まばたきに似せて黒い画像を一瞬はさんだ場合には、この変化は起きませんでした[4]。つまり、視界が暗くなったから起きたのではなく、まばたきそのものに伴う変化と考えられています。

大阪大学などの研究チーム(中野珠実准教授ら)は、大学生10人にコメディ番組「ミスター・ビーン」の映像を見せ、fMRIで脳活動を測った。結果は、まばたきに伴って「注意の神経ネットワーク」の活動が低下し、「デフォルト・モード・ネットワーク」の活動が上昇するというものだった[3]。

この変化が視界の遮断によるものか、まばたきそのものによるものかが問題になる。まぶたが閉じると視界は一瞬暗くなるからだ。そこで研究チームは、映像に黒い画像を一瞬挟む対照条件を作った。その場合、このような脳のネットワークの交互の変化は引き起こされなかった[4]。したがって、変化は「暗くなったから」だけでは説明できず、まばたきそのものに伴うと考えられている。

ただし、観察された変化と、まばたきが「脳を休ませる」ことを同一視してはならない。これは次の章で扱う。人数は10人であり、一般の人全体にそのまま当てはまると決めつけることはできない。

5. まばたきは 脳のうを やすませて いるの?

5. 「脳を休ませる」は一つの考えで、まだ仮説にとどまる

5. 仮説の位置づけ ── 因果は証明されていない

研究した 人たちは、まばたきには、注意を いったん はなして、脳のうを やすませる やくわりが あるのかもしれない、と かんがえて います[3][4]。

ただし、これは「かんがえ」で、しょうめい されては いません。まばたきを した「から」脳のうが やすまるのか、脳のうの きりかえと いっしょに まばたきが おきる だけなのか、まだ わかって いません。

あまった まばたきが ぜんぶ なんの ためなのかも、わかって いません。わかって いないから、たしかめたく なる 話でも あります。

研究チームは、まばたきが注意をいったん解除し、脳を休ませる役割を持つ可能性を指摘しています[3][4]。区切れ目でそろうこと、注意のネットワークの活動が下がること、黒い画面では起きないことは、この考えと矛盾しません。

ただし、まばたきが原因で脳が休まるのか、脳の切りかえが先にあって、そこにまばたきが付いてくるのかは、これらの実験だけでは決まりません。「脳のリセット」という言い方も、仮説の段階です。

余った回数の役割の全体像も、まだ分かっていません。目を潤す、注意を切りかえる、気持ちの状態に反応する。どれか一つで説明できるのかも、現時点では言えないのです。だからこそ、自分でも観察して確かめる余地が残っています。

研究チームは、まばたきが注意をいったん解除し、脳を休ませる役割を持つ可能性を指摘している[3][4]。区切れ目に同期すること、注意のネットワークの活動低下、黒い画面では起きないという対照の結果は、この見方と整合する。

しかし整合することと、因果が証明されることは別である。まばたきが原因で注意が切りかわるのか、注意の切りかえが先にあってまばたきが追随するのかは、同じデータでは区別できない。「脳のリセット」という言い方は、あくまで仮説と読むべきである。

さらに、1分間に約20回という回数の説明も、まだ完全ではない。涙の膜を保つ必要量を大きく超える部分に、注意の切りかえ以外の役割があるかどうかは分かっていない。画面を見ている間にまばたきが減るという話もあるが、AOAの解説では、画面で読むときの平均は1分間14.9回、紙の読書では13.6回と近く、違いは不完全なまばたきの割合(画面7.02%、紙4.33%)にあったという[2]。研究ごとに数値が違うので、結果は一つの出典で決めつけないほうがよい。

6. じぶんの まばたきを、1分だけ かぞえて みよう

6. 自分のまばたきを、1分間数えてみる

6. 自分で確かめる ── 数えるときの条件と、原典の探し方

とけいを 見て、1分間 まばたきを かぞえて みましょう。まず、まどの そとを ぼんやり 見て いる ときです。つぎに、すきな 動画を 見て いる ときです。

かぞえると、いしきして しまって、ふだんと ちがう 数に なる ことが あります。だから、ぴったりの 数では なく、「どっちが おおいかな」と くらべる くらいで だいじょうぶです。

めを こすったり、がまんしたり しては いけません。目が つかれたら、すぐに やめて、とおくを 見て、休みましょう。

動画の 中で、まばたきを した ところは、どんな 場面だったでしょうか。人が 話を おえた ところや、うごきが とまった ところでは なかったでしょうか。おぼえて いたら、おうちの 人に 話して みて ください。

時計かストップウォッチを用意して、1分間のまばたきを数えてみましょう。窓の外をぼんやり見ているときと、好きな動画を見ているときで、回数を比べます。

数えようとすると意識してしまうので、回数は正確にならないかもしれません。どちらが多いか、という比べ方で十分です。目をこすったり、まばたきを我慢したりしてはいけません。疲れたら途中でやめて、遠くを見て休みます。

もう一つ試せるのは、動画の中で、自分がまばたきをしたのはどんな場面だったか、思い出すことです。動作が終わったところ、人物が画面から消えたところだったでしょうか。覚えているのは難しいので、はっきり言えなくても構いません。

動画を見終わったら、まばたきをした場面を一つ思い出して、近くにいる人にも「どこで目を閉じた?」と聞いてみてください。同じ場面だったら、研究と同じことが起きているのかもしれません。

自分で確かめるなら、1分間のまばたきを数える方法がある。窓の外を眺めているときと、好きな動画を見ているときで比べる。数えること自体がまばたきに影響するので、絶対値ではなく、条件の間の大小を見るくらいがよい。目をこすったり、我慢したりせず、疲れたら中止して遠くを見て休む。

この比べ方には限界がある。研究では、複数の人が同じ映像を見たときのタイミングの一致を調べている。1人が数えるだけでは、一致は見られない。見えるのは、自分の回数が条件で変わるかどうかまでである。

原典に当たるなら、Nakanoらの2009年の論文(PMC、出典[5])で、同期が映像物語を見るときに現れ、背景映像や朗読では現れなかったという記述を探すとよい。fMRIの研究は、出典[3](サイエンスポータル)と[4](大阪大学の研究紹介)で、黒い画像を挟んだ対照条件を読むことができる。そのうえで、「まばたきが脳を休ませる」という文が、どこまで測定の結果で、どこから仮説かを、自分の言葉で線引きしてみるとよい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料です。回数は資料により幅があります。

  1. テレメール 進学情報「中野珠実の講義紹介」 https://telemail.jp/shingaku/academics-research/lecture/g014689 (自発的なまばたきの回数、必要な回数、精神状態による変化)
  2. American Optometric Association "The benefits of blinking" https://aoa.org/news/clinical-eye-care/the-benefits-of-blinking (涙の膜とまばたき、画面と紙の読書の比較)
  3. サイエンスポータル(JST)2013年1月22日「まばたきと脳のネットワークの関係」 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20130122_01/ (fMRIを使った研究の結果)
  4. 大阪大学 研究紹介(英語)2012年12月25日 https://resou.osaka-u.ac.jp/en/research/2012/20121225_1 (黒い画像を挟んだ対照条件)
  5. Nakano et al. 2009, Proc R Soc B 276:3635 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2817301 (映像の区切れ目でそろうまばたき、朗読では同期しないこと)

なおした ところ

更新履歴

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