1. 3じかん はん たっても、ながれる?
1. 65℃では3時間半たっても、白身が流れた
1. 湯温65℃と70℃で分かれた白身 ── 中心温度は同じ時間で届いている
ある けんきゅうでは、65ど・68ど・70どの おゆで、たまごを あたためました[2]。
たまごの まんなかが おゆと おなじくらいの あつさに なるまでは、どれも 30ぷん ほどでした。ここまでは、ほとんど ちがいが ありません。
ちがいが 出たのは、そのあとの 白身です。70どでは 30ぷんで ながれなく なりました。65どでは 3じかん はん(210ぷん)たっても、ながれる ところが のこって いたのです[2]。
ちょっと ふしぎです。おゆの あつさが たった 5どちがう だけで、かたまるか どうかが わかれました。つぎは、「かたまる」とは なにが おきる ことなのか、見て みましょう。
日本調理科学会誌に、温泉卵の凝固状態を調べた研究が載っています。水温を65℃・68℃・70℃で一定に保ち、鶏卵を加熱しました。卵の中心の温度が水温近くに届くまでにかかった時間は、65℃で30分、68℃で28分、70℃で27分でした[2]。ここまでは、どの温度でもほとんど差がありません。
差が出たのは、そのあとの白身です。70℃では30分たつと白身が流れなくなりました。ところが65℃では、210分、つまり3時間半たっても、広がり方は小さくなりながらも流れる性質が残っていました[2]。
卵の中身が同じ温度になるまでの時間はほぼ同じなのに、湯がたった5℃ちがうだけで、固まるかどうかが分かれたことになります。これは、ある実験の条件での結果です。それでも、「何度になったら一気に固まる」という単純な話ではなさそうだと分かります。では、固まるときに白身の中で何が起きているのでしょうか。
日本調理科学会誌の実験では、水温を65℃・68℃・70℃で一定にして鶏卵を加熱した。卵の中心温度が水温近くに達するまでの時間は、65℃で30分、68℃で28分、70℃で27分で、温度による差は小さい[2]。
結果が分かれたのは、その後の白身の状態である。70℃では30分で流動性がなくなったが、65℃では210分経過しても、広がり方は減るものの流動性が認められた[2]。つまり、中心まで熱が届く速さは3条件でほぼ同じなのに、白身が固まるかどうかは湯温5℃の差で大きく変わった。
この結果が示すのは、固まる現象が「ある温度に達した瞬間に起こる」ものではなく、温度と時間の両方に左右される反応だということだ。ただしこれは1つの研究、特定の条件での結果であり、卵の大きさや湯の量が変われば数字も変わりうる。では、白身の中ではどんな変化が進んでいるのか。
2. 「かたまる」は、からまる こと
2. 「固まる」とは、タンパク質がほどけてからまること
2. 変性と凝集 ── 水の中の分子が網目をつくる
生の たまごの 白身は、ほとんどが みずと、タンパクしつという ものです。タンパクしつは、ながい ひもが ぎゅっと まるまった かたちを して います。
たとえば、まるめた 毛糸だまを 思いうかべて ください。ねつが くわわると、そのひもが ほどけます。ほどけた ひも どうしが、となりと くっついて からまり、あみのように なります[3]。
あみが できると、白身は ひとつの かたまりと して ながれなく なります。これが 「かたまる」ということです。
ただし 本当の タンパクしつは、毛糸よりも ずっと ずっと 小さくて、目には 見えません。ほどける 場所や からまりかたも、毛糸ほど かんたんでは ありません。
白身は、ほとんど水とタンパク質
生の白身の主な成分は、水とタンパク質です。タンパク質は、長いひもが小さく折りたたまれたような形をしています。白身のタンパク質のうち、いちばん多いのはオボアルブミンで約54%、次がオボトランスフェリンで約13%です[3]。
ほどけて、つながって、網になる
熱を加えると、折りたたまれた形がほどけます。ほどけたタンパク質どうしがつながって集まり、網目のような構造(ゲル)をつくります。卵白のゲルづくりは、「ほどける」と「集まってつながる」の2段階で説明されています[3]。
丸めた毛糸玉が熱でほどけて、となりの毛糸とからまり合う。そんな場面を思いうかべると分かりやすいでしょう。ただし本物のタンパク質は目に見えないほど小さく、毛糸ほど単純には動きません。
網目ができた白身は、全体として流れなくなります。ここまでが、ゆで卵の白身が固まるおおまかな流れです。では、ほどけ始める温度は、いつも同じなのでしょうか。
卵白タンパク質の主成分はオボアルブミン(約54%)で、次がオボトランスフェリン(コンアルブミン、約13%)である[3]。これらは水に溶けた状態で、立体構造を保っている。加熱するとこの構造が展開する(変性)。変性した分子どうしが会合・凝集して網目(ゲル)をつくる。タンパク質のゲル形成は、変性と凝集の2段階として説明される[3]。
日本食品科学工学会誌の乾燥卵白を用いた実験の要旨には、分子間のジスルフィド結合(SS結合)が多く形成されるとオボトランスフェリンやリゾチームの凝集が進む、という趣旨が書かれている[5]。これは乾燥卵白の実験なので、生卵にそのまま当てはめず、「分子をつなぐ結合が関わる」という一般的な仕組みを補う程度に読む。
網目ができると、卵白は全体として流動性を失う。これが「固まる」ことの中身だ。ここで新しい疑問が生まれる。タンパク質ごとに構造が違うなら、ほどける温度も違うのではないか。
3. ほどける 温どは、いつも おなじ?
3. ほどける温度は、タンパク質の種類と時間でずれる
3. 変性温度の幅と反応速度 ── 80℃と68.5℃で180倍以上ちがう
白身には、いくつもの しゅるいの タンパクしつが まざって います。それぞれ ほどけはじめる 温どが ちがいます。
あるしらべでは、いちばん 早く ほどける ものが 57ど ほど、いちばん おそい ものが 84ど ほどでした[3]。はかる ほうほうや、ようすで、数が かわる ことも あります。
それに、時間も かかわります。ある しらべでは、ほどけた タンパクしつの はんぶんが からまるまで、80どでは 2ふん たらずでした。68.5どでは およそ 6じかんも かかりました[4]。
6じかんは 360ぷんです。2ふんの 180ばい いじょう。温どが 11どほど ひくいだけで、こんなに ゆっくりに なるのです。ただし、これは タンパクしつだけを とりだした しらべで、たまごそのものの 時間では ありません。
ほどける温度は1つではない
白身にはタンパク質が何種類も入っていて、ほどけ始める温度がそれぞれちがいます。ある研究の整理では、コンアルブミンが57.3℃、オボアルブミンが71.5℃、グロブリンが72.0℃、リゾチームが81.5℃でした。別の測定では、オボアルブミンは約84℃という値も出ています[3]。測り方や条件で値が変わるので、「何度で固まる」と1つの数字で言い切れません。
温度と時間のかけ算
温度だけでなく、時間も効きます。精製したオボアルブミンの実験では、80℃なら半分が2分たらずでほどけて集まったのに、68.5℃では約6時間かかりました[4]。6時間は360分なので、2分の180倍以上です。温度が約11℃低いだけで、変化は桁ちがいに遅くなります。
これは取り出したタンパク質の実験で、卵そのものの時間ではありません。それでも、冒頭の「65℃では3時間半たっても流れる」という結果が、ゆっくり進む反応と考えると不思議でなくなります。では、黄身はどうでしょうか。
卵白に含まれるタンパク質は種類ごとに変性温度が異なる。ある総説に挙げられた値は、コンアルブミン57.3℃、オボアルブミン71.5℃、グロブリン72.0℃、リゾチーム81.5℃で、別の測定ではオボアルブミンの変性温度が約84.0℃(示差走査熱量測定)とされる[3]。同じオボアルブミンでも71.5℃と84.0℃の値があるように、測定法・条件・pHで値が変わるため、1つの数字を固定値として扱えない。
速度の面では、精製オボアルブミンが半分変性・凝集するのに、80℃では2分未満、68.5℃では約6時間かかった[4]。6時間=360分を2分で割ると180で、「未満」とあるので180倍以上の開きになる。温度が11.5℃下がっただけで、反応は2桁以上遅くなる。
この値は精製タンパク質での測定で、卵白や卵そのものにはそのまま使えない。ただ、65℃で210分でも流動性が残った実験結果と矛盾しない向きの数字ではある。温度は「超えたか超えないか」の線ではなく、時間とセットで効く量だと読める。では、同じ卵の黄身は、白身と同じ振る舞いをするのか。
4. 温せん たまごは なぜ きみが かたい?
4. 黄身は固いのに白身がとろり ── 温泉卵の温度の幅
4. 白身と黄身の凝固温度差 ── 温泉卵が成り立つ狭い温度帯
温せん たまごを わると、きみは かたまって いるのに、白身は とろっと して います。ふつうの ゆでたまごと ぎゃくに 見えませんか。
百科じてんの めやすでは、白身は 58どから かたまり はじめ、62〜65どで ながれなく なると 書かれて います。きみは 65〜70どで かなり かたく なります[1]。
温せん たまごは、65〜68どの おゆに 30ぷんほど つけて つくります[1]。きみが かたまる 温どに とどき、白身は まだ かたまりきらない ところで、止めるのです。
ただし、かんたんに「きみが さきに かたまる」と 言えるわけでは ありません。白身は もっと 高い 温どまで あげると、さらに かたく なります。
黄身と白身の固まる温度は重なっている
百科事典に示された目安では、卵白は58℃ごろから固まり始め、62〜65℃で流れなくなります。卵黄は65〜70℃でかなり固くなります[1]。数字を見ると、白身が先に動き出し、黄身はそのあとで固まるようにも読めます。
温泉卵は、65〜68℃の湯に約30分つけてつくります。黄身はほぼ固まり、白身はとろりとした半熟の状態になります[1]。黄身が固まる温度に届いても、白身がまだ完全には固まらない温度帯を、ねらっていることになります。
数字が少しずれる理由
ここで、冒頭の実験と数字を並べると、少し食いちがいが見えます。百科事典では白身が62〜65℃で流れなくなるのに、実験では65℃で210分たっても白身は流れていました[2]。資料ごとに、測り方や「流れない」の判定の仕方、湯の温度と卵の中の温度の区別がちがうためと考えられます。
どちらかが間違いというより、「何度で」という言い方自体が、条件つきの目安だということです。つまり、「黄身のほうが先に固まる」という単純な話ではなく、白身も温度を上げればさらに固くなります[1]。では、さらに熱を加え続けるとどうなるのでしょうか。
百科事典類に示された目安では、卵白は58℃から固まり始め、62〜65℃で流動性を失い、卵黄は65〜70℃でかなり固くなる[1]。温泉卵は65〜68℃の湯に約30分つけると、卵黄がほぼ凝固し卵白が半熟状になる[1]。前章の「卵白タンパク質ごとに変性温度が違う」という点から、卵白の全体が固まるにはより高い温度が必要で、黄身が固まる温度域で止めれば黄身だけ先に固めることができる、という見方が成り立つ。
ただし数字の整合には注意がいる。上の記述では卵白は62〜65℃で流動性を失うのに、前出の実験では65℃一定でも210分後に流動性が認められた[2]。この食い違いの理由は資料に書かれておらず、卵の内部温度の測り方、流動性の判定法、加熱方法の違いなどが関わる可能性があるにとどまる。
ここから分かるのは、「黄身が先に固まる」とは単純に言い切れず、白身も温度を上げるとさらに固くなる、ということだ[1]。温泉卵は、複数のタンパク質の固まる温度と時間の差を使い、白身が固まりきらないところで加熱を止める調理だと理解できる。では、止めずに加熱し続けるとどうなるか。
5. ゆですぎると きみが みどりに?
5. ゆですぎると黄身のまわりが緑になるのはなぜ
5. 緑変の化学 ── 硫化水素と鉄が結びつく
かたゆでの たまごを きった とき、きみの まわりが みどりっぽく なって いた ことは ありませんか。
白身には、いおうを ふくむ ものが あります。ねつで ちぎれると、いおうの 入った ガス(りゅうかすいそ)が できます。それが きみの 鉄と くっつくと、みどりっぽい いろに なります[6]。
からだに わるい ものでは ないと せつめい されて います[6]。
ふせぐ ほうほうも あります。かたゆでは、水から いれて ふっとうしてから 8〜10ぷん ゆでます。ゆでたら すぐ 水で ひやすと、みどりの わが できにくく なります[1]。
緑の輪の正体
固ゆでの黄身のまわりに、暗い緑色の輪ができることがあります。広島県の食の安全のFAQでは、白身のアミノ酸が熱で分解され、硫黄が遊離して硫化水素ができる、と説明されています。その硫化水素が黄身の鉄と結びついて硫化鉄になり、黄身が暗い緑色に見えます[6]。体に害はない、とされています[6]。
ここで面白いのは、白身で起きた変化が、黄身に影響することです。ゆですぎると、白身でできた硫化水素が黄身まで広がり、黄身の鉄と反応します。
ゆで方で防ぐ
固ゆで卵は、卵を水から入れ、沸騰してから8〜10分ゆでるとできます。ゆでた直後に水で冷やすと、緑の輪を防げるとされています[1]。半熟にしたいときは、70〜75℃の湯に15分ほどつける方法もあります[1]。
ゆですぎた卵の黄身のまわりが暗緑色になるのは、卵白のアミノ酸が熱で分解され、遊離した硫黄が硫化水素(H₂S)になり、これが卵黄の鉄と化合して硫化鉄になるためと説明される[6]。体に害はないとされる[6]。
注目したいのは、固まる現象とは別の反応が加熱の後半で起きる点だ。ほどけて網目をつくる反応は温度と時間で進むが、さらに加熱し続けると、卵白側の成分の分解と、黄身の鉄との反応が起こる。したがって、同じ「加熱」でも、固めたい段階と、色を変えてしまう段階がある。
調理の面では、卵を水から入れ、沸騰後8〜10分で固ゆでになり、すぐ水で冷やすと緑の輪を防げる。半熟は70〜75℃の湯で15分ほどとされる[1]。ただしこれらは辞典類の要約で、卵の大きさや鍋によって時間は変わる。ここまでの話を、自分の台所で確かめることはできるだろうか。
6. 3この たまごを ゆでて、きみを くらべよう
6. 卵を3個ゆでて、黄身の変わり方を見くらべる
6. 台所での確かめ方と、読める原典
おうちの 人と いっしょに、たまごを 3こ ゆでて みましょう。ひを つかうので、かならず おとなと いっしょに やります。
水から 入れて、ふっとうしてから 5ふん・9ふん・15ふんで、たまごを 1こずつ とりだします。ゆでたら すぐ 水で ひやします。
ひやしたら、はんぶんに きって くらべます。白身と きみの かたさは、どう かわりましたか。いちばん 長く ゆでた たまごの まわりは、いろが かわって いましたか。
あつい おゆは、やけどに ちゅうい。たまごを入れる ときは、おたまで そっと 入れます。
卵を3個用意して、ゆで時間をかえてみましょう。水から入れて沸騰してから、5分・9分・15分で、卵を1個ずつ取り出し、すぐに冷水で冷やします。火と熱湯を使うので、必ずおとなと一緒に行います。やけどにも気をつけてください。
冷えたら半分に切って、断面を並べます。見るのは、黄身の固さ、白身の固さ、そして黄身のまわりの色です。5分と9分と15分で、白身と黄身の固まり方がどう変わるでしょうか。緑がかった輪は、どの卵に出るでしょうか。
この記事で使った数字は、実験室の温度計で測ったものです。家のコンロでは、卵の大きさや鍋の水の量で結果が変わります。だから、自分の台所の結果が資料と少しちがっても、不思議ではありません。
原典を読むなら、冒頭の実験は日本調理科学会誌の温泉卵の論文[2]、緑の輪は広島県のFAQ[6]に日本語でまとまっています。
確かめるなら、卵3個を同じ鍋に水から入れ、沸騰後5分・9分・15分で1個ずつ取り出し、直後に冷水で冷やして割る。見るのは、白身と黄身の固さ、黄身まわりの変色だ。火と熱湯を使うので、おとなと一緒に行い、やけどに気をつける。時間が長いほど、白身は固く、変色は出やすいという予想が、自分の卵で当たるかどうかを見る。家庭のコンロでは卵の大きさ・水量で条件が変わるため、結果が資料と一致しなくても、それは誤りではなく条件の差だ。
原典は、温泉卵の実験が日本調理科学会誌52巻5号(J-STAGE、日本語要旨)[2]、緑変は広島県の食の安全FAQ[6]が日本語で読める。変性温度や反応速度の数値の出どころは、Scientia Agricola誌の総説[3]と精製オボアルブミンの論文[4](どちらも英語)にある。残る問いは、冒頭の実験と百科事典の数字の食い違いがなぜ起きるかだ。論文の方法の節を読むと、手がかりが見つかるかもしれない。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:百科事典、日本調理科学会誌(J-STAGE)、Scientia Agricola誌の総説、卵白タンパク質の論文、日本食品科学工学会誌、広島県の資料を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- ゆで卵(コトバンク・世界大百科事典等)。https://kotobank.jp/word/ゆで卵-1431685 (白身と黄身の固まる温度、温泉卵・固ゆで・半熟の目安について。辞典類の要約)
- 日本調理科学会誌 52巻5号「温泉卵の凝固状態」。https://www.jstage.jst.go.jp/article/cookeryscience/52/5/52_345/_article/-char/ja/ (65℃・68℃・70℃一定の湯での加熱と白身の流動性について)
- Albumen protein and functional properties of gelation and foaming(Scientia Agricola)。https://www.scielo.br/j/sa/a/7W4n5V7gP9CPGWBGXMWQPBq/?lang=en (卵白タンパク質の割合、変性温度の幅、ゲル形成の2段階について。英語)
- Thermal denaturation and aggregation of ovalbumin。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2366979 (精製オボアルブミンの温度と変性の速さについて。英語)
- 日本食品科学工学会誌 71巻(乾燥卵白の実験要旨)。https://www.jstage.jst.go.jp/article/aamjsfst/71/0/71_372/_article/-char/ja (分子をつなぐ結合と凝集について。乾燥卵白の実験で、補足的に使用)
- 広島県 食の安全FAQ。https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/26/foodfaq3-4.html (ゆですぎた黄身が緑になる理由について)
なおした ところ
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