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アロハシャツは、どうやって うまれたの?

アロハシャツは、どうやって生まれたのか

アロハシャツは、どうやって生まれたのか

分野:歴史・文化

ハワイの あの はでな シャツ「アロハシャツ」は、はじめから おしゃれ着だったわけでは ない。

もとは、はたけで はたらく 人の さぎょう着だった。

ハワイのあの派手なシャツ「アロハシャツ」は、はじめからおしゃれ着だったわけではない。

もとは、畑で働く人の作業着だった。

ハワイを象徴するアロハシャツの起源には複数の説がある。よく知られているのは1800年代の農園労働者の作業着に由来するという話で、そこにハワイへ渡った日本人が持ちこんだ生地が重なり、いまの色あざやかなデザインが生まれたとされる。

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1. アロハシャツの はじまりには、いろいろな 話が ある

1. アロハシャツの始まりには、いろいろな話がある

1. アロハシャツの起源には「パラカ」説をはじめ複数の説がある

アロハシャツが どこから きたのかは、いくつかの 話が ある。よく 知られて いるのは、1800年代の ハワイに あった「パラカ」と いう さぎょう着だ。もとは、ヨーロッパの ふなのりが 着て いた、えりの あいた チェックがらの シャツだった[1]。さとうきび畑で はたらく 人たちが、この パラカを 着て いた。ほかにも、いろいろな 国の 文化が まざりあって できた、と いう 話も ある[1]

アロハシャツがどこから来たのかは、いくつかの話がある。よく知られているのは、1800年代のハワイにあった「パラカ」と呼ばれる作業着だ。もとは、ヨーロッパの船乗りが着ていた、えりの開いたチェックがらのシャツだった[1]。さとうきび畑で働く人たちが、このパラカを着ていた。ほかにも、いろいろな国の文化が混ざりあってできた、という話もある[1]

アロハシャツの起源については複数の説明がある。よく知られているのは、1800年代にハワイの農園で使われていた「パラカ」という作業着に由来するという説だ。パラカは、ヨーロッパの船員が着ていた青いチェック柄の開襟シャツをもとにしたとされ、さとうきび農園の労働者のあいだで着られていた[1]。ハワイ大学の研究では、西洋の基本デザイン、フィリピンの民族衣装バロンタガログ、中国系・日本系の仕立て職人、日本の生地といった複数の文化的要素が合流して生まれたとも説明されている[1]

2. 日本の きじを つかった シャツが、1920年代には あった

2. 日本の生地を使ったシャツが、1920年代にはあった

2. 日本の生地を使ったシャツは1920年代に確認されている

1868年から、日本人が さとうきび畑で はたらく ために、ハワイへ わたるように なった。日本の ゆかたや 着ものの きじを つかって シャツを 仕立てた、と いう 話が つたわって いる[2]。たしかめられて いるのは、日本から とどいた きぬや ちりめんの きじを つかった シャツが、おそくとも 1920年代の はじめには あった、と いう ことだ[2]。まるで、赤い えのぐと 青い えのぐを まぜると、あたらしい むらさきいろが うまれるように、ハワイの 作業着と 日本の きじが まざりあって、あたらしい シャツが うまれた、と いわれて いる(ただし ほんとうは、えのぐのように かんぜんに まざりあった わけでは なく、りょうほうの とくちょうが のこって いる)。

1868年から、日本人がさとうきび畑で働くために、ハワイへわたるようになった。日本の浴衣や着物の生地を使ってシャツを仕立てた、という話が伝わっている[2]。たしかめられているのは、日本から届いた絹やちりめんの生地を使ったシャツが、遅くとも1920年代のはじめにはあった、ということだ[2]。まるで、赤い絵の具と青い絵の具を混ぜると、新しい紫が生まれるように、ハワイの作業着と日本の生地が混ざりあって、新しいシャツが生まれた、といわれている(ただし本当は、絵の具のように完全に混ざりあったわけではなく、両方の特徴が残っている)。

日本人のハワイ移住は1868年に始まり、1885年からは政府間の取り決めによる官約移民が本格化した。日本人労働者がパラカの柄を日本の絣に近いものと感じ、着物や浴衣の生地を再利用してシャツを仕立てた、鯉や富士山といった和柄がそのまま図柄になった、という逸話が広く伝えられている[2]。日本から輸入された着物用の絹やちりめん生地を使ったシャツは、遅くとも1920年代初頭には存在していたことが確認されている[2]

3. 「アロハシャツ」と いう 名前が、しんぶんに 出た

3. 「アロハシャツ」という名前が、新聞に出た

3. 1935年のムサシヤ商店の広告に「アロハシャツ」の名が確認できる

1935年6月28日、ホノルルに あった「ムサシヤ しょうてん」と いう、日本人 みやもと ちょうたろうが はじめた 店の こうこくに、「アロハシャツ」と いう ことばが 出て いる。のこって いる きろくの 中では、これが いちばん 古い れいだと される[3]

1935年6月28日、ホノルルにあった「ムサシヤ商店」という、日本人の宮本長太郎がはじめた店の広告に、「アロハシャツ」ということばが出ている。残っている記録の中では、これがいちばん古い例だとされる[3]

こうして生地の工夫が重なる中、シャツを指す名前も少しずつ定着していく。1935年6月28日、1904年に日本からの移民である宮本長太郎が創業した「ムサシヤ・ショーテン」の広告で、「アロハシャツ」という語が使用されたことが確認できる。現存する記録の中では、これが最も古い使用例とされる[3]

4. べつの 店も、この 名前を つかえるように した

4. 別の店も、この名前を使う権利をとった

4. エラリー・チャンが1930年代に「アロハシャツ」を商標登録したとされる

その あと、中国から きた しょうにん エラリー・チャンが、1937年に「アロハシャツ」と いう 名前を、じぶんだけが 20年間 つかえる 名前として とうろくしたと される[4]

そのあと、中国系の商人エラリー・チャンが、1937年に「アロハシャツ」という名前を、自分だけが20年間使える名前として登録したとされる[4]

その後、中国系の商人エラリー・チャンが、1936年に「アロハスポーツウェア」、1937年に「アロハシャツ」を申請し、20年間の独占使用権を得たとされる[4]。名前が広まる過程には、複数の商店がそれぞれの形でかかわっていたことになる[4]

5. きじは、じだいと ともに かわって いった

5. 生地は、時代とともに変わっていった

5. アロハシャツの生地は年代とともに移り変わってきた

アロハシャツの きじには、シルクや レーヨンが つかわれた 時だいが あり、1960年代からは、いまも よく つかわれる ポリエステルが ひろまって いったと される[5]。きじは アメリカ本土や 日本から とどけられたと され、京都の そめものやが しつの 高い きじを おくって いたと いう きろくも ある[5]

アロハシャツの生地には、シルクやレーヨンが使われた時代があり、1960年代からは、いまもよく使われるポリエステルが広まっていったとされる[5]。生地はアメリカ本土や日本から届けられたとされ、京都の染めものやが質の高い生地を送っていたという記録もある[5]

名前や商標が定まっていくのと並行して、シャツを作る生地そのものも移り変わっていった。アロハシャツの生地は、シルク・レーヨンが主流だった時代を経て、1960年代以降にポリエステルが普及していったとされる[5]。生地はアメリカ本土や日本から輸入されたとされ、京都の染工所が質の高い生地を供給していたという記録もある[5]

6. いまでは、ハワイの 男の人の とくべつな ふくそうに なった

6. いまでは、ハワイの男の人の特別な服装になった

6. アロハシャツは20世紀後半にハワイであらたまった装いとして扱われるようになった

さぎょう着から はじまった アロハシャツは、1950年ごろには、さとうきびや パイナップルに つづく、ハワイの 大じな さんぎょうに なって いたと される[6]。「アロハウィーク」のような もよおしも あって、いまでは アロハシャツは、ハワイの 男の人の とくべつな ふくそうとしても あつかわれて いる[6]

作業着からはじまったアロハシャツは、1950年ごろには、さとうきびやパイナップルに続く、ハワイの大事な産業になっていたとされる[6]。「アロハウィーク」のような催しもあって、いまではアロハシャツは、ハワイの男の人の特別な服装としても扱われている[6]

作業着として始まったアロハシャツは、1950年ごろにはさとうきび・パイナップルに次ぐハワイ第3の産業になっていたとされる[6]。「アロハウィーク」や「アロハフライデー」といった職場での着用を後押しする取り組みが重ねられ、冠婚葬祭の場でも着られるようになるなど、現在ではハワイであらたまった装いとしても扱われるようになっている[6]

がらの いみを さがして みる

柄の意味をさがしてみる

柄の意味をさがしてみる

アロハシャツの しゃしんを 見る きかいが あったら、その もようが、どこの 国から きた ものなのか そうぞうして みよう。こいなら 日本、ハイビスカスなら ハワイ、と いうように、1まいの シャツに いろいろな 国が かくれて いる。

アロハシャツの写真を見る機会があったら、その模様が、どこの国から来たものなのか想像してみよう。鯉なら日本、ハイビスカスならハワイ、というように、1枚のシャツにいろいろな国がかくれている。

アロハシャツの図柄を見比べてみると、和柄とハワイの自然モチーフが混ざり合っていることに気づく。1枚のシャツの中に、複数の国の歴史が縫いこまれている。

しらべた ところ

参考にした情報源

参考にした情報源

  1. フリー百科事典『ウィキペディア』「アロハシャツ」、株式会社アミナコレクション「アロハシャツ誕生の歴史と魅力」、University of Hawaiʻi "Malamalama"誌 "Fashion history"。 https://ja.wikipedia.org/wiki/アロハシャツ https://aminaflyers.amina-co.jp/list/detail/1146 https://www.hawaii.edu/malamalama/2001/07/Fashion.html (アロハシャツの起源の説の一つとして1800年代の農園労働着「パラカ」が挙げられ、パラカがヨーロッパの船員の開襟シャツをもとにしたとされることはウィキペディア・アミナコレクションによる。西洋のデザイン・フィリピンのバロンタガログ・中国系/日本系の仕立て職人・日本の生地という複数の文化的要素が合流したとする説明はハワイ大学による)
  2. フリー百科事典『ウィキペディア』「アロハシャツ」、CBC MAGAZINE「ハワイで『アロハシャツ』を生み出した日系移民たちの開拓魂と故郷愛」、University of Hawaiʻi "Malamalama"誌 "Fashion history"。 https://ja.wikipedia.org/wiki/アロハシャツ https://hicbc.com/magazine/article/?id=news-ronsetsu-post-2218 https://www.hawaii.edu/malamalama/2001/07/Fashion.html (日本人のハワイ移住が1868年に始まり1885年から官約移民が本格化したこと、日本の浴衣・着物の生地でシャツを仕立てたという逸話が伝えられていることはウィキペディア・CBCによる。日本から輸入された着物用の絹・ちりめん生地を使ったシャツが遅くとも1920年代初頭には存在していたことはハワイ大学による)
  3. フリー百科事典『ウィキペディア』「アロハシャツ」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/アロハシャツ (1935年6月28日、1904年創業のムサシヤ・ショーテン〈創業者・宮本長太郎〉の広告で「アロハシャツ」の語が初めて使用された記録があることは同記事による)
  4. フリー百科事典『ウィキペディア』「アロハシャツ」、University of Hawaiʻi "Malamalama"誌 "Fashion history"。 https://ja.wikipedia.org/wiki/アロハシャツ https://www.hawaii.edu/malamalama/2001/07/Fashion.html (商人エラリー・チャンが1930年代に「アロハシャツ」を商標登録したことはハワイ大学による。1936年の「アロハスポーツウェア」、1937年の「アロハシャツ」の申請と20年間の独占使用権という詳細はウィキペディアによる)
  5. フリー百科事典『ウィキペディア』「アロハシャツ」、University of Hawaiʻi "Malamalama"誌 "Fashion history"。 https://ja.wikipedia.org/wiki/アロハシャツ https://www.hawaii.edu/malamalama/2001/07/Fashion.html (アロハシャツの生地にシルク・レーヨンが使われた時代があり1960年代以降ポリエステルが広まったことはウィキペディアによる。ただしハワイ大学の資料では1945〜1955年をシルクの時代とするなど、時期の説明には出典によって幅がある。生地がアメリカ本土や日本から輸入され京都の染工所が質の高い生地を供給していたとされることはウィキペディアによる)
  6. フリー百科事典『ウィキペディア』「アロハシャツ」、CBC MAGAZINE「ハワイで『アロハシャツ』を生み出した日系移民たちの開拓魂と故郷愛」、株式会社アミナコレクション「アロハシャツ誕生の歴史と魅力」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/アロハシャツ https://hicbc.com/magazine/article/?id=news-ronsetsu-post-2218 https://aminaflyers.amina-co.jp/list/detail/1146 (1950年ごろのアロハシャツがハワイの砂糖・パイナップルに次ぐ第3の産業になっていたとされることはウィキペディアによる。冠婚葬祭の場でも着られるなどハワイであらたまった装いとして扱われるようになったことはCBC MAGAZINE・アミナコレクションによる)

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更新履歴

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