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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ねこは、ねこどうしでは あまり なかないのに、どうして 人には「ニャー」と なくの?

ねこ同士ではあまり鳴かないのに、なぜ人には「ニャー」と鳴くのか

おとなの猫のニャーは、なぜ人に向けた声になったのか ── 子猫の声の持ち越し説と、その限界

分野:生きもの

ねこの「ニャー」は、ねこどうしの おしゃべりでは、あまり つかわれない 声だと いわれて います。ところが、人に むかっては よく なきます。

だれに むけた 声なのでしょう。どうして、人の まえで よく なくのでしょう。この 記事で、有力な 考え方と、まだ わかって いない ことが わかります。

おとなのねこの「ニャー」は、ねこ同士のやりとりではまれな声で、人とのあいだではごく普通に使われる、と研究者たちは見ています。飼いねこのニャーは、リビアヤマネコの鳴き声より短くて高く、人には心地よく聞こえるという研究もあります。野良のねこが、世話をしてくれる人の前でもほとんどニャーと言わなかった、という報告もあります。

では、ニャーはいつ、だれに向けた声になったのでしょうか。子ねこの声が持ち越された、という有力な見方と、飼い主とのやりとりで鳴き方が育つ可能性、まだ決着していない点が分かります。

成猫のニャーは、猫どうしの交信ではまれで、人との間では一般的な声だと整理されている。野良猫は、世話をする人がいてもほとんどニャーを出さない、という報告もある[1]。

では、この声はどこから来て、なぜ人に向けて残ったのか。子猫の声の持ち越しという有力な仮説、人との経験が声を変えるという実験、意味が固定されていないことを示す研究、そして決着していない点まで、何がどこまで言えるかが分かる。

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1. おなかが すいた ねこは、だれに むかって なくの?

1. 台所で鳴くねこは、だれに向かって鳴いているのか

1. 成猫のニャーは誰に向けられるか ── 猫どうしでは「まれ」、人との間では「一般的」

あさ、ごはんの じかんに、ねこが 台どころで ニャーと なく。そんな ようすを 見た ことは ありませんか。

けんきゅうを まとめた 人たちは、ニャーは ねこどうしでは まれな 声で、人との あいだでは よく つかわれる、と かいて います[1]。ねこどうしの ばめんでは、あまり きかれない 声なのです。

ただし、「ぜったいに なかない」わけでは ありません。そとで くらす ねこが、子そだての じきなどに なく ことも あります。「まれ」と 「ゼロ」は ちがいます。

それなら、ニャーは どこから きた 声なのでしょう。

朝、飼い主が台所に立つと、ねこが足もとで「ニャー」と鳴く。見慣れた場面ですが、この声はねこの世界では少し変わった存在のようです。飼いねこの声について研究をまとめた論文は、ニャーはねこ同士のやりとりではまれな声で、人とのあいだでは一般的だと述べています[1]。日本語の研究紹介でも、同じ種類のねこに向けて使われることはまれだと伝えられています[2]。

ねこ同士ではあまり使わない声を、人に向けてはよく使う。この差が、研究者たちの関心を引いてきました。

ただし「ねこ同士では絶対に鳴かない」とは言えません。野外のねこが繁殖の時期などに鳴く例もあります。「まれ」と「ゼロ」は別のことです。

では、ニャーはもともと、どこから来た声なのでしょうか。

家庭で暮らす猫の音声研究をまとめた総説は、ニャー(meow)を、猫どうしの相互作用ではまれな音声で、人との間では一般的なものと位置づけている[1]。日本語の研究紹介も、同種の猫に向けて発せられることはまれだと伝える[2]。

注意すべきは「まれ」という強さだ。野外の猫が繁殖期などに鳴く例はあり、「猫どうしでは一切鳴かない」と書くと誤りになる。ここで考えたいのは、なぜ人との間で、特にこの声が目立つのか、である。

その手がかりは、猫がまだ子猫だったころの声にある。

2. ニャーは、子ねこが おかあさんを よぶ 声だったの?

2. 子ねこの「ミャー」は、おとなになっても使われ続けるのか

2. 子猫の呼び声の持ち越し ── Bradshaw らが唱える見方と、その推測の部分

子ねこは、おかあさんが すから はなれると、かぼそい 声で なきます。おかあさんを よぶ 声で、おかあさんは この 声に よく はんのうする、と いわれて います[1]。

子ねこが 大きく なると、おかあさんは、おっぱいを あげるのを やめようと して、よばれても へんじを しなく なります。そのため、子ねこは だんだん ニャーを やめて いく らしい、と ねこの けんきゅう者は かんがえて います[3]。

では、人の まえでは どうでしょう。人は、ねこが ないたら、ごはんを あげたり、なでたり、声を かけたり します。人には、よべば へんじを して もらえる。だから その 声が のこったのでは ないか、と いう のが 有力な 見方です[3]。

ただし、これは「そう かんがえられて いる」という せつで、はっきり しょうめいされた ことでは ありません。

ニャーのもとになったと考えられているのは、子ねこの声です。子ねこは、母ねこを巣に呼び戻すために鳴き、母ねこはその声によく反応します[1]。

研究者のブラッドショー氏は、おとなのねこが人に鳴く声を、この子ねこの声が飼われるなかで続いたもの、と見ています。子ねこは成長して離乳のころになると、母ねこが応えなくなるため、ニャーを次第にやめていくらしい。「効かなくなるから」だろう、というのが氏の推測です[3]。

ところが人間は、鳴かれれば声をかけ、ごはんを用意し、なでる。ねこにとって、人は鳴き声に応えてくれる相手になったわけです。この筋道は、一つの有力な見方であって、決定的な実験で確かめられたものではありません。

では、鳴き方そのものは、人と暮らすことで変わるのでしょうか。

子猫は、母猫を巣に呼び戻す機能をもつ声を出し、母猫はこれによく反応する[1]。Bradshaw は、成猫が人に向けて出すニャーを、この子猫の呼び声が家畜化の過程で持ち越されたものと位置づける。成長した子猫は、離乳期に母猫が応答しなくなるため、この声を次第にやめていく、と同氏は述べる[3]。

この論理は、「効かなくなるからやめる」の裏返しにあたる。人間は応答し続ける相手なので、同じ声がやまなくてよい。ただし原文は presumably(おそらく)と留保をつけており、成猫になっても鳴き続ける猫がいる理由の説明としては仮説の段階にある。決定的な実験が行われたわけでもない。

言い換えれば、「子猫の声の持ち越し」は有力な枠組みだが、結論ではない。では、声の中身は経験で変わるのか。変わるなら、持ち越しだけでなく、人との暮らしでの「育ち」も効いていることになる。

3. ひとに なれた ねこは、なき方も かわるの?

3. 人に慣れたねこと慣れていないねこでは、鳴き方が違った

3. 社会化と鳴き声 ── 野良猫は世話人の前でほとんど鳴かず、飼い猫はより高いニャーを出す

人に あまり なれて いない ねこ(のらねこ)は、世話を して くれる 人が いても、ほとんど ニャーと なかない、と いう ほうこくが あります[1]。ただし、人と 毎日の ように ふれあって 数しゅうかん すると、ニャーが ふえる ことも ある ようです[1]。

かんこくの けんきゅうでは、のらねこ25ひきと、かいねこ13びきを くらべました。世話を する 人や、しらない 人などに 会わせて、鳴き声を とって みたのです。すると、かいねこの ニャーの ほうが、音が 高かった そうです[4]。

けんきゅうした 人たちは、人に なれる けいけんが、声に えいきょうする かもしれない、と かんがえて います[4]。

かいねこは、あそびたい とき、ごはんを まって いる ときに、人へ よく なく、と いわれて います[1]。

野良ねこと飼いねこを比べた報告があります。飼いねこの声の総説によれば、人に慣れていない野良ねこは、世話をする人の前でもほとんどニャーを出しません。ところが、人と定期的にふれあって数週間たつと、ニャーが増えることがあるといいます[1]。

韓国の研究チームは、野良ねこ25匹と飼いねこ13匹を、世話をする人、知らない人、大きな人形、犬を連れた人、ねこを連れた人の5つの場面で比べました。出されたニャーの周波数は、飼いねこのほうが高かったとされます。著者らは、人とふれあう経験で、鳴き声の出し方が変わる可能性を考えています[4]。

なお、これは「野良は鳴かない」という研究ではありません。人との経験の差と声の出し方に関係がある可能性を示す結果、というところまでが読み取れることです。

飼いねこは、遊びや食べ物を期待するときに人へ鳴くことが多く、ニャーは人の注意を引くのに使われるとされます[1]。しかも、人間と一緒に暮らした長い時間のなかで、声そのものが変わっていたとしたら。それを調べるには、野生のねこと比べる手があります。

この総説は、野良猫は世話人の前でほとんどニャーを出さないが、人と定期的に接して数週間たつと増える場合がある、とまとめる[1]。Yeon らは野良猫25匹と飼い猫13匹を、世話人、見知らぬ人、大型の人形、犬連れの人、猫連れの人の5場面で比べた。ニャーの周波数は飼い猫のほうが高く、著者らは、人に慣れる経験の欠如が音声の種類や特徴に影響しうると解釈している[4]。

読む際の注意点が二つある。第一に、これは「野良猫は鳴かない」という研究ではなく、喧嘩や親子の場面での鳴き声は対象外だ。第二に、個体数が少なく、「経験で声が変わる」ことの直接の証明ではなく、経験との関連を示す結果である。それでも、この比較は、人との接触と鳴き方の関係を考える手がかりになる。

飼い猫は、遊びや食物を期待するときに人へ鳴くことが多く、ニャーは人の注意を引くために使われる、とも述べられている[1]。経験で声が変わりうるのなら、長い家畜化の歴史のなかで、声の形そのものも選ばれてきたのではないか。野生の近縁種との比較が、その問いに迫る。

4. やまねこの ニャーと、かいねこの ニャーは、どう ちがうの?

4. 野生に近いねこと比べると、飼いねこのニャーは短くて高い

4. リビアヤマネコとの比較 ── 短く高い声が、人の耳に心地よく聞こえる

かいねこの なかまで、アフリカの のに すむ「リビアヤマネコ」という ねこが います。かいねこの せんぞに ちかい ねこと いわれます。

2004ねんの けんきゅうでは、かいねこと、この ヤマネコの ニャーを くらべました。かいねこの ニャーは みじかく、音が 高かった ようです。人に きかせると、かいねこの ほうが、ずっと ここちよく きこえたと ほうこくされました[5]。ねこを かって いない 人にも、かいねこの ニャーの ほうが、ここちよく きこえたそうです。

ここから、人が ここちよいと 感じる 声が のこった かもしれない、と いう 見方も 出て います。でも、「人が えらんで かえた」と まで は いえません。

野生に近いねこと比べる研究もあります。2004年のニカストロ氏の報告では、飼いねこと、その近縁にあたるアフリカの野生ねこ「リビアヤマネコ」のニャーが比べられました。飼いねこのニャーは鳴いている時間が短く、音が高かったとされます。それを聞いた人間の聞き手には、ねこと暮らした経験にかかわらず、飼いねこのほうがずっと心地よく聞こえたと報告されています[5]。

著者は、人間の好みが声の選ばれ方に働いた可能性と、この結果は整合する、と述べています。ただし「人が選んで声を変えた」とまでは言い切れません。短く高い声が、結果として人の注意を引きやすかったのかもしれない、という程度の読み取りが安全です。

ところで、この声には決まった「意味」があるのでしょうか。

Nicastro(2004)は、飼い猫と近縁のリビアヤマネコのニャーを比較した。飼い猫のニャーは平均継続時間が短く、フォルマント周波数と基本周波数がともに高く、人間の聞き手(猫との経験の有無にかかわらず)にはずっと心地よく聞こえた[5]。著者は、これを人間の好みが声の選択に働いた可能性と整合する結果としている。

ここでも限界を分けておく。「人が選んで変えた」と断定する根拠はなく、実験は音声の比較と聞き手の評価にとどまる。因果関係を調べるには、世代を追う研究が必要だ。さらに、飼い猫とリビアヤマネコの差がすべて家畜化に由来するとも言い切れない。それでも、人が聞いて心地よい声が目立つ、という点は、「人に向けた声」という整理と矛盾しない。

では、そのように人に向けて磨かれた声には、猫が伝えたい「意味」が決まって含まれているのか。

5. ニャーに、きまった いみは あるの?

5. ニャーの意味は決まっているのか ── 聞き分けと、相手による鳴き方の違い

5. ニャーの意味と聞き手 ── 場面の聞き分け実験と、飼い主の性別による回数の差

「はらが へった」「あそびたい」など、ニャーに きまった いみが ある ような 気が します。けれど、けんきゅうでは、そう かんたんでは ない ようです。

12ひきの ねこが、5つの ばめんで 出した ニャーを、人に きいてもらった けんきゅうが あります。ばめんを あてる 人は 少し だけ 多かった ものの、ねこと くらした けいけんが ある 人や、ねこが すきな 人ほど あたりました[6]。

けんきゅうした 人たちは、ニャーは、とくべつな いみを あらわす というより、人の ちゅういを ひく 声だと かんがえました[6]。

また、トルコの だいがくなどの けんきゅうでは、31ぴきの かいねこが、かえって きた かいぬしを むかえる ときの ようすを しらべました。男の かいぬしには、女の かいぬしの 2ばい ぐらい 多く なきました。ただ、理由は まだ 研究者の かせつです[7]。

ニャーを聞けば、ねこが何を求めているのか分かる気がします。しかし、研究を見ると、ことはそう簡単ではないようです。

ニカストロ氏らは、12匹のねこが5つの場面で出したニャーを人に聞かせました。場面を言い当てた割合は、偶然よりわずかに高いだけでした。ただし、ねこと暮らした経験のある人や、ねこ好きの人ほどよく当たりました。著者らは、ニャーは特定の意味を表すというより、人の注意を引く声だと結論づけています[6]。

声の使い方は、相手によっても変わるかもしれません。トルコのアンカラ大学などの研究では、帰宅した飼い主を31匹の飼いねこが迎えた最初の100秒を調べました。鳴く回数は男性の飼い主のほうが多く、おおよそ2倍だったと報じられています。鳴く回数に関係していたのは飼い主の性別だけで、ねこの性別、年齢、品種は関係がありませんでした。理由は研究者の仮説にとどまり、31匹という小さな規模であることにも注意が要ります[7]。

ねだるときのゴロゴロにも、人の気を引く工夫が混じるという報告があります。10匹のねこで調べた研究によると、食べ物をねだるときのゴロゴロには、ふだんのゴロゴロにない高い成分が混じっていました。聞かせた50人は、これを切迫して聞こえ、心地よくないと感じたと報じられています。高い成分を取り除くと、切迫感の評価は下がったそうです。人の赤ちゃんの泣き声に近い高さではないか、という説もありますが、これは推測です[8]。

意味は固定されていないとしたら、ねこは相手とのやりとりのなかで、声の使い方を覚えていくのかもしれません。

ニャーには特定の意味があるのか。Nicastro と Owren(2003)は、12匹の猫が5場面で出したニャーを人に聞かせた。場面の正答率は偶然よりわずかに高い程度で、猫と暮らした経験がある人や猫好きの人ほど正答した。著者は、ニャーは特定の意味を表すより、人の注意を引く声だと結論づけた[6]。

この結果は、ニャーが「猫ごと、飼い主ごとに意味を育てる」ものだとする見方と整合的だが、個々の猫が飼い主ごとに学ぶことを直接示す一次資料はない。あくまで仮説である。

聞き手側の差を示す報告もある。アンカラ大学などの研究(Ethology)では、31匹の飼い猫が帰宅した飼い主を迎えた最初の100秒を調べ、鳴く回数は男性の飼い主のほうが約2倍多かったと報じられた。ねこの性別・年齢・品種は関係しなかった。報道によって回数の数値が異なるため、ここでは倍率にとどめる。理由は研究者の仮説で、規模も小さい[7]。

ゴロゴロの研究も同じ方向を指す。McComb ら(2009)は、10匹の猫が食物をねだるときの喉鳴らし(solicitation purr)に、通常のゴロゴロにない高い周波数成分(約380Hz付近)が混じることを示したと報じられている。50人の聞き手はこれを切迫して聞こえ、心地よくないと評価し、高い成分を除くと切迫感の評価が下がったという[8]。乳児の泣き声に近い高さだとする説があるが、推測の域を出ず、ニャーそのものの研究でもない。

これらを重ねると、ニャーは辞書のように決まった意味を運ぶ声ではなく、人の反応のなかで使い方が調整される声、という像が浮かぶ。ただし、研究の多くは少数の猫と小さな実験だ。

6. うちの ねこは、いつ ニャーと なくかな

6. 自分の家のねこで、鳴く場面と返事を観察する

6. 手元で確かめられること、まだ決着していないこと

ねこを かって いる 人は、いつ ニャーと なくか、ノートに かいて みましょう。そばに 人が いる ときと いない ときで、ちがいが あるでしょうか。

なきごえに 返事を したときと、しなかったときで、ねこの ようすが かわるかも 見てみます。ただし、わざと ごはんを あげずに ならしたり、ねこが いやがる ことを したりは しません。ねこが こまる ことは しないと、やくそくします。

ねこを かって いない 人は、ともだちや しんせきの ねこに、そっと 聞かせて もらうのも いいでしょう。

ニャーが どこから 来たのか、まだ すべては わかって いません。みなさんの 見つけた ことも、ひとつの てがかりに なります。

ねこを飼っている家庭では、ニャーが出るたびに、次の点を数日間メモしてみるのはどうでしょう。時間帯、そばにいる人、鳴いた直前の出来事(ごはん、遊び、ドア)です。鳴いたあとに声をかけた場合と、かけなかった場合で、ねこの様子が違うかも観察できます。

決まった意味が運ばれているのではなく、人がどう返事をするかで、ねこが鳴く場面が変わるのかもしれない、という見方は、ここで確かめられるかもしれません。ただし、ねこが困る実験は避け、わざとお世話を減らすことはしません。

ねこを飼っていなければ、日本語の解説を読み、紹介された研究内容と比べてみるのもよい方法です。出典欄の日本語の紹介記事は、数字がそろっていない部分もあり、原典を読み比べる練習にもなります。

子ねこの声が持ち越された、という有力な見方は、決定的な実験で確かめられていません。観察の記録が、その問いに近づく第一歩になります。

手元の猫(または友人の猫)で確かめられる範囲を示す。第一に、鳴く場面の記録だ。時間帯・同席者・直前の出来事を数日間メモする。これは、総説にある「遊びや食物を期待するとき人に鳴く」という記述[1]と照合できる。第二に、反応の有無による変化である。ただし、反応をわざと減らす実験は猫の負担になるため行わない。

まだ決着していない点も整理しておく。子猫の呼び声が持ち越されたという説は有力だが決定的な実験がない[3]。猫が飼い主ごとに声の意味を学ぶことを直接示す資料は、今回は挙げられなかった。アンカラ大学の研究や Yeon らの比較は、個体数が少ない。

原典に当たる際は、総説(Tavernier ほか、2020、PMC7000907)の「人との交流」の節が入り口になる。参考文献から、Nicastro と Owren(2003)、Yeon ら(2011)、McComb ら(2009)などへたどれる。要旨だけで足りる箇所と、本文を読まなければ判断できない箇所を分けて読むと、「どの結論がどの規模の実験に支えられているか」が見えてくる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

ニャーが猫どうしではまれで人に向けられること、子猫の声との関係についての見方、鳴き方の比較研究、聞き分け実験、鳴く回数の調査は、次の資料による。

  1. Tavernier C. ほか「Feline vocal communication」Journal of Veterinary Science, 2020 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7000907 (ニャーの位置づけ・野良猫と飼い猫・人の注意を引く声)
  2. ナゾロジー「猫が『ニャー』と鳴くのは人間に対してだけ」 https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/74617 (日本語での研究紹介)
  3. Laughing Squid「Cats Meow to Communicate with Humans」(Bradshaw のコメントの紹介) https://laughingsquid.com/cats-meows-to-communicate-with-humans/ (子猫の声が持ち越されたという見方)
  4. Yeon S. C. ほか, Behavioural Processes 87(2):183-189, 2011 https://scholarworks.gnu.ac.kr/handle/sw.gnu/23707 (野良猫と飼い猫のニャーの比較・要旨)
  5. Nicastro N., Journal of Comparative Psychology 118(3), 2004 https://Gwern.net/doc/cat/psychology/2004-nicastro.pdf (飼い猫とリビアヤマネコのニャーの比較)
  6. Nicastro N. と Owren M. J., Journal of Comparative Psychology 117(1):44-52, 2003 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12735363/ (場面の聞き分け実験・要旨)
  7. ナゾロジー「猫は男性の飼い主にたくさん鳴く」(アンカラ大学などの研究の紹介) https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/188647 (飼い主の性別と鳴く回数。報道で数字が異なる)
  8. McComb K. ほか, Current Biology, 2009 の紹介(ナショナル ジオグラフィック) https://www.nationalgeographic.com/science/article/cats-manipulate-their-owners-with-a-cry-embedded-in-a-purr (ねだるゴロゴロに混じる高い成分)

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