1. しっぽは、あいてに よって ふりかたが かわる
1. しっぽの振れ方は、会う相手で変わった
1. 見る相手で、振れの左右が変わる
いえに かえると、いぬが しっぽを ぶんぶん ふって むかえて くれます。いぬは、ひとが いる ときに いちばん よく しっぽを ふる、と いわれます[6]。
2007ねんに、イタリアの けんきゅうチームが、30とうの いぬに、かいぬしや しらない ひと、ネコ、しらない おおきな いぬを 見せました。そして、しっぽが どちらがわに おおく ふれるかを、どうがで しらべました[1]。
すると、かいぬしや しらない ひとを 見たときは みぎよりに、しらない おおきな いぬを 見たときは ひだりよりに ふれました[1]。
しっぽは、うれしい とき いがいにも、あいてに よって ふりかたが かわる ようです。ただ、この ちがいは、どうがを つかって しらべて わかる ほどの ものでした。
「うれしい」と結びつけやすいけれど
帰宅した飼い主を、しっぽを振って迎える犬。多くの人は、しっぽ振りを「うれしい」と結びつけます。ただ、この結びつきを数字で調べた研究は少ないと、2024年の総説は述べています[6]。犬は、飼い主がいるときに最もよく振るといわれ、人へのなだめや親しみの合図として使われているとも説明されています[6]。
2007年の実験
イタリアのトリエステ大学の研究チームは、ペットの犬30頭に、飼い主、知らない人、ネコ、知らない大きな犬を順に見せました。そして、しっぽが左右どちらに多く振れるかを、動画から分析しました[1][2]。
飼い主や知らない人を見たときは右寄りに、知らない大きな犬を見たときは左寄りに振れました[1]。しっぽ振りの偏り方は、相手や状況に応じて変わるようです。ただし、この偏りは目で見ただけでは分かりにくく、動画で分析して見えてきたものです。
多くの人は、しっぽ振りを「うれしい」と結びつけて受け取る。だが2024年の総説は、犬は飼い主がいるときに最もよく振ること、しっぽが人へのなだめや親しみの合図として使われること、そしてしっぽ振りと感情の対応を量的に調べた研究は少ないことを指摘している[6]。「振る=うれしい」という読みは、実は検証の途中にある。
その手がかりになったのが、Quaranta、Siniscalchi、Vallortigaraによる2007年の研究である[2]。ペットの犬30頭に、飼い主、知らない人、ネコ、知らない大きな犬を見せ、しっぽの振れの左右を動画で分析した。結果は、飼い主や知らない人を見たときは右寄り、見知らぬ大きな犬を見たときは左寄りだった[1]。振れる向きが場面ごとにそろって変わった点が重要で、しっぽは「振るか振らないか」に加えて、「どちらに寄って振るか」にも情報を持つ可能性が示された。
ただし、この左右差は肉眼で判別できる大きさではなく、動画の解析によって見えるものである。30頭という規模の報告であり、すべての犬、すべての場面に当てはまるとは言えない。
2. ほかの いぬの しっぽを、いぬは どう 見て いる?
2. 犬どうしは、左右のちがいを見分けているらしい
2. 振られる側の反応 ── 心拍と不安行動の差
では、まわりの いぬは、この ちがいに 気づいて いるのでしょうか。2013ねんの けんきゅうでは、ほかの いぬが しっぽを ひだりよりや みぎよりに ふる えいぞうを、いぬに 見せました[3][4]。
ひだりよりを 見た いぬは、しんぞうの どうきが はやく なり、ふあんそうな ようすが ふえました。みぎよりを 見た いぬは、おちついて いました[3]。
ただし、いぬが わざと ひだりと みぎを つかいわけて、つたえて いるとは かぎりません。けんきゅうした ヴァッロルティガラさんは、のうの ひだりと みぎの はたらきの ちがいから、じどうで そう なって しまうのだろうと かんがえて います[3]。
動画を見せられた犬の反応
2013年、同じ研究グループは、ほかの犬が左寄りや右寄りにしっぽを振る映像を、犬に見せました。左寄りの振りを見た犬は、心拍が上がり、不安そうな行動が増えました。右寄りの振りを見た犬は、落ち着いていました[3][4]。映像で分析するような偏りを、犬は受け取っているらしい、ということになります。
伝えようとしているのか
では、犬は左右を使い分けて、仲間に気持ちを伝えているのでしょうか。研究者のヴァッロルティガラ氏は、そうは考えていません。偏りは、脳の左右の半球の活動の差から生まれる自動的な結果だろう、という見方です[3]。意図して伝えていなくても、見ている側はそれを手がかりにしているのかもしれません。
では、振られる側の犬は、この偏りを手がかりにしているのか。Siniscalchiらは2013年、他の犬が左右どちらかに偏ってしっぽを振る映像を犬に見せた。左寄りの振りを見た犬は心拍が上がり、不安を示す行動が増え、右寄りの振りを見た犬は落ち着いていた[3][4]。つまり犬は、動画の分析で見えてくるような偏りに、心拍などの反応を示すと報告されている。
ここで注意すべきは、因果の読み方である。研究者自身は、犬が意図して伝えているとは考えておらず、偏りは左右の脳半球の活動差が生む自動的な副産物だろうと述べている[3]。したがって「犬は左右を使い分けて伝えている」とは書けない。送り手に意図がなくても、受け手が偏りを手がかりにする、という二段の関係として読むのが妥当である。
なお、頭数や心拍の数値は報道によってぶれるため、ここでは数値には触れない。
3. しらない ひとにも、なれると ふりかたが かわる?
3. 知らない人にも、慣れると右寄りになったビーグル
3. 慣れによる変化 ── 10匹のビーグルの3日間
2022ねんには、中国の けんきゅうチームが、ビーグルの いぬ 10ぴきを しらべました。しらない ひとに、1日 5ふん、3日かん あわせて、しっぽの ゆれを コンピューターで 2万1000回ぶん しらべたのです[5]。
1日目は、しっぽが ひだりよりに ふれました。あう 日が ふえると、みぎよりに かわって いきました[5]。
はじめての ひとに なれて いくと、しっぽの ふりかたも かわるのかも しれません。ただ、10ぴきだけの、ちいさな じっけんです。すべての いぬが そうとは いえません。
3日間、同じ人に会わせる
2022年には、中国科学院の研究チームが、ビーグル10匹に、知らない人を1日5分、3日間続けて会わせました。約2万1000回ぶんのしっぽの揺れを、AIとモーショントラッカーで解析しています[5]。
1日目、しっぽの揺れは左寄りでした。その後の日には、右寄りに変わっていきました[5]。同じ人に何度か会って慣れていく間に、偏りも動いたように見えます。
ただし、10匹という小さな実験です。犬一般にそのまま当てはめることはできません。
偏りが相手の「見知らぬ度」と結びついているなら、同じ相手に慣れれば偏りも動くはずだ。2022年、中国科学院の研究チームはこれを調べた(iScience誌、ナゾロジーによる紹介)[5]。ビーグル10匹に見知らぬ人を1日5分・3日間会わせ、約2万1000回のしっぽの揺れをAIとモーショントラッカーで解析した。
結果は、1日目は左寄りで、その後の日には右寄りへ変わったと報告された[5]。2007年の「見知らぬ大きな犬には左寄り」と方向が合うため、整合的に読める。ただし対象は犬種も頭数も限られた10匹であり、ここでの記述は紹介記事に依拠している(元論文はiScience誌)。慣れが原因だと断定せず、「慣れに伴って偏りが変わった例」にとどめるのが適切だろう。
4. こいぬと オオカミの こは、ちがうの?
4. 子犬とオオカミの子は、振りはじめがちがう
4. 振り始めの時期 ── 人が育てた子犬とオオカミの子
ここまでで、しっぽは きもちや あいてで ふりかたが かわる らしい、と わかりました。では、そもそも どうして、いぬは こんなに しっぽを ふるように なったのでしょう。
ひとが 手で そだてた こいぬと、オオカミの こを くらべた けんきゅうが あります。4〜5しゅうかん たつと、こいぬは しっぽを よく ふり はじめましたが、オオカミの こは ほとんど ふりませんでした。ちがいは 3しゅうかんの ころから 出て いたそうです[6]。
しっぽ振りは、いつから始まるのか
ここまでで、しっぽの振れは相手や慣れで変わるらしいと分かりました。では、そもそも犬は、どうしてこれほどしっぽを振るようになったのでしょうか。
手がかりの一つが、人が手で育てた子犬とオオカミの子を比べた研究です。生後4〜5週になると、子犬はしっぽをよく振りはじめましたが、オオカミの子はほとんど振りませんでした。差は3週ごろから出ていたそうです[6]。子どものころから、犬とオオカミでは、しっぽを振る傾向がちがっていたことになります。
5. ひとが えらんだの? おまけで ついてきたの?
5. 人が選んだのか、おまけで付いてきたのか
5. 家畜化の仮説 ── 副産物説とリズム選択説
キツネを、ひとに なれやすいかで えらんで そだてると、しっぽを ふる ことを えらんだ わけでは ないのに、いぬの ように しっぽを ふる キツネが でて きました[6]。
そこで 2024ねんの まとめの ろんぶんは、ふたつの かんがえを 出しました。ひとつは、おとなしさなど べつの せいしつを えらんだ とき、しっぽ ふりが おまけで ついて きた、という かんがえ。もうひとつは、ひとが リズムの ある うごきを すきで えらんだ、という かんがえです[6]。
どちらも 「かせつ」と いって、まだ たしかめられて いない かんがえです[7]。
しっぽを選んでいないのに
おもしろい例があります。キツネを人なつっこさで選んで育てていくと、しっぽ振りそのものは選んでいないのに、犬のようにしっぽを振るキツネが現れた、という研究です[6]。
ふたつの仮説
2024年にBiology Lettersに載った総説は、この流れをふまえて、ふたつの考えを示しました。ひとつは、おとなしさなど別の性質を選んだ副産物として、しっぽ振りが強まったという考え。もうひとつは、人がリズミカルな動きを好んで、よく振る犬を選んだ結果かもしれないという考えです[6]。
これは新しい実験の報告というより、仮説です。リズムの仮説を支える実験的な証拠は、まだないと紹介されています[7]。犬がしっぽを振る理由は、まだ分かっていない部分が残っています。
人なつっこさを基準に選んで育てたキツネが、しっぽ振りを直接選ばれていないにもかかわらず、犬のようにしっぽを振った、という研究を総説は挙げている[6]。だとすれば、しっぽ振りは、別の性質を選んだ副産物として強まった可能性がある。
Leonetti、Cimarelli、Hersh、Ravignaniは2024年、Biology Lettersの総説「Why do dogs wag their tails?」で、二つの仮説を示した。一つは、おとなしさなどを選んだことによる副産物。もう一つは、人がリズミカルな動きを好み、その動きをよく見せる個体を選んだ結果、という説である[6]。後者は、リズムを刻む動きを好む性質を前提にするが、その前提を実験で確かめた報告はまだないとされる[7]。
この総説は、既存の知見の整理と仮説の提示にとどまり、新しい実験の報告ではない。したがって、「犬は人に選ばれてしっぽを振るようになった」と書くのは言いすぎで、現時点では「いくつかの仮説がある」が正確だ。
しっぽを、すこし はなれて 見て みよう
しっぽを、少し離れて観察してみる
犬のしっぽ振りを、観察と資料で追いかける
やってみよう。 いえの いぬの しっぽを、すこし はなれた ところから 見て みましょう。かいぬしさんが かえって きた とき、おちついて いる とき、ふりかたが ちがうか、くらべます。
しっぽが ひだりに かたよるか みぎに かたよるかは、目だけでは わかりにくい ものです。わからなくても だいじょうぶです。しらない いぬに ちかづいたり、さわったり しては いけません。
今日できること:家の犬を、少し離れたところから観察してみましょう。飼い主が帰ってきたときと、落ち着いているときで、振る強さや速さが変わるかを見ます。左右の偏りは動画での分析で分かる程度なので、目で見て決めつけないようにします。知らない犬には近づいたり、さわったりしません。
この記事で紹介した研究は、どれも「ある条件の犬」についての報告です。しっぽ振りの理由は、これからも新しい研究で変わっていく可能性があります。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:学術誌の論文の書誌情報、研究機関・報道の紹介記事、日本語の紹介記事を使った。何に使ったかは、各項目の最後に書いている。
- Whitfield, Nature News (2007) の紹介記事。 https://www.nature.com/news/2007/070319/full/news070319-6.html (2007年の実験の内容と結果の紹介について)
- Quaranta A, Siniscalchi M, Vallortigara G. Asymmetric tail-wagging responses by dogs to different emotive stimuli. Current Biology 17(6): R199-201 (2007). Europe PMC の書誌記録 (2007年の原論文の書誌について)
- ScienceDaily / Cell Press release (2013-10-31). https://www.sciencedaily.com/releases/2013/10/131031124916.htm (犬が左右の偏りに反応すること、研究者の見方について)
- Siniscalchi M, Lusito R, Vallortigara G, Quaranta A. Current Biology 23(22): 2279-2282 (2013). Europe PMC の書誌記録 (2013年の原論文の書誌と要旨について)
- ナゾロジー(iScience 2022年の研究の紹介記事)。https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/112456 (2022年のビーグル10匹の実験について。元論文は iScience 誌:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589004222010197)
- Leonetti, Cimarelli, Hersh, Ravignani. Why do dogs wag their tails? Biology Letters 20: 20230407 (2024). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10792393 (人への合図としてのしっぽ振り、子犬とオオカミの子の比較、キツネ、二つの仮説について)
- ナゾロジー(Biology Letters 2024年の総説の紹介記事)。https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/143597 (リズムの仮説を支える実験的証拠がまだないことについて)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。