1. ふくろには、なにが かいて あるの?
1. 千歳飴の袋には、何が描かれているのか
1. 千歳飴の袋の絵柄と、飴の名前に込められた願い
七五三の かえりに もらう ちとせあめは、あかと しろに ぬり分けた、ほそ長い ぼうの あめです。それを 入れる 長い ふくろには、まつ・たけ・うめや つる・かめの えが、きれいな 色で いんさつされて います。
この えは、「長生きしてね」という ねがいの しるしです。「ちとせ」は 千年という 意味で、あめを ひっぱって 長く のばして つくることから、子どもが 長生きできますように、という ねがいが こめられて いると せつめいされます。
つまり、あめも ふくろも、同じ ねがいを 言って いるのです。では、どうして 長生きの しるしが つると かめなのでしょうか。
千歳飴は、紅白に染め分けた細長い棒飴を、松竹梅や鶴亀などを彩色印刷した長い化粧袋に入れたものです[1]。飴にも袋にも、おめでたい色と絵がそろっています。
名前の「千歳」は千年という意味で、飴を引っ張って長く伸ばしながら作ることから、子どもが長生きできるようにという願いが込められているといいます[4]。農林水産省の資料も、千歳飴を、健康や長寿を祝って子どもに持たせる縁起物だと紹介しています[9]。
飴の形にも決まりがあるとされ、直径1.5cm以内、長さ1m以内といいます[5]。細くて長い形そのものが「長く生きる」ことを思わせるのでしょう。
そうすると、袋の絵も同じ願いを表していると考えるのが自然です。では、その中でなぜ鶴と亀が選ばれたのでしょうか。
千歳飴は、細長い棒の飴を紅白に染め分け、松竹梅や鶴亀などの絵を色刷りした長い化粧袋に収めたものである[1]。飴と袋のどちらも、祝いの色と吉祥の絵でそろえられている。
名称の「千歳」は千年の意で、飴を引き伸ばして長く作ることから、子どもの長寿を願う意味が込められるという[4]。農林水産省の資料も、千歳飴を、健康や長寿を祝って子どもに持たせる縁起物と位置づける[9]。形の決まりとして、直径1.5cm以内、長さ1m以内とする説明もあり[5]、細く長い形自体が願いの表現になっている。
したがって、袋の絵柄は飴の名前や形と同じ方向を向いていると読める。ただし、袋の絵柄が長寿の願いだけを表すとまでは、ここまでの資料からは言えない。それでも、まず長寿の象徴として説明される鶴と亀に注目するのは自然である。では、その鶴亀の長寿観は、どこから来たのか。
2. 「つるは千年、かめは万年」は、どこから きたの?
2. 「鶴は千年、亀は万年」は、どこから来た言葉なのか
2. 「鶴は千年、亀は万年」と、中国の神仙思想
「つるは 千年、かめは 万年」と いう 言葉は、むかしの 中国の 考え方が もとだと いわれます。山の おくに、年を とらない せんにんが すむ という お話を しんじる 考え方で、「しんせんしそう」と よばれます。その 中で、つるや かめは ふしぎな 力を もつ いきものと されました。
ある かがみの もようには、木の 上に とまる つるが えがかれて います。このつるは、千年 生きた せんにんの せかいの とりと 考えられて いたと せつめいされます。
かめも、日本では むかしから なじみの ふかい いきものです。うらしまたろうの おはなしにも 出て きますね。
「鶴は千年、亀は万年」という考えは、古代中国で鶴や亀を神秘的な存在とした神仙思想がもとだと、博物館のテーマ展の解説は述べています[2]。神仙思想は、山奥に年をとらない仙人がすむという考え方です。
鶴は、その仙人の世界とつながる鳥でした。黒川古文化研究所の鏡の解説によると、木の上にとまる鶴の文様は、千年を生きた仙界の鳥とみなされていたことを示すといいます[7]。亀のほうは、日本でも浦島伝説に登場するなど、昔から馴染み深い生き物です[8]。
長寿を表す瑞鳥・瑞獣として、鶴と亀の姿は、調度や衣類など、くらしの道具を飾ってきました[2]。千歳飴の袋にも、この鶴と亀が描かれています。
けれども、疑問も残ります。千年生きる鶴は、本当にいるのでしょうか。
「鶴は千年、亀は万年」の考えは、古代中国で鶴や亀を神秘化した神仙思想がもとになったと、博物館のテーマ展の紹介は説明している[2]。神仙思想は、山中に不老の仙人がいるとする考え方である。鶴はその仙界の鳥としてあつかわれた。黒川古文化研究所の鏡の解説は、樹上に止まる鶴の文様を、千年を生きた仙界の鳥とみなしていた表れとして説明する[7]。亀についても、日本では浦島伝説に見られるように馴染み深い生き物である[8]。
こうした鶴と亀は、長寿を象徴する瑞鳥・瑞獣として、信仰の道具、調度、衣類などの装飾に長く用いられてきた[2]。さらに、おめでたい場に鶴・亀・松竹梅の吉祥文様が添えられてきたことも、浜松市博物館の展示解説にある[13]。つまり千歳飴の袋の絵は、飴のために新しく作られた図案というより、すでに祝いの場で使われていた絵を借りたものと考えられる。ただし、借りた時期や経路は、資料からは特定できない。
ところで、この「千年」「万年」は、実際の生き物の寿命を述べたものなのか。ここは、数字を現実と比べてみる必要がある。
3. ほんものの つるは、千年 生きるの?
3. 本物の鶴は、どれくらい生きるのか
3. 千年という数字と、タンチョウの寿命
ほんものの つるは、千年は 生きません。タンチョウという つるの 場合、野生では へいきんして 25年ほどだと いわれて います。千年を 25で わると 40。つまり、えの つるは、ほんものの 40ばいも 生きる ことに なります。
では、えが うそを ついて いるのでしょうか。そうでは ありません。この えは、生きものの きろくでは なく、「そのくらい 長生きしてね」と いう ねがいを 見せる ための ものです。千年や 万年は、できるだけ 長い 年月を あらわす ことばでもあります。
むかしの 日本の 人たちにとって、つるは 目立つ、とくべつな とりでした。えどじだいには、おえらい 人への おくりものに なるほど たいせつにされたと 言われます。
鶴が千年生きるわけではありません。タンチョウについて、野生では平均して25年くらいといわれると紹介する解説があります[6]。千年を25年でわると40倍です。ただし、千年は言い伝えの数字、25年は平均の数字で、きちんとそろえた比べ方ではなく、おおよその開きを見るための計算です。
それでも、昔の人は鶴を長寿の象徴にしました。優雅な姿をした鶴は、江戸時代には献上品になるほど珍重されていたといいます[10]。数字が現実に合うかどうかより、鶴の姿がもつ特別さが、長寿のイメージと結びついたのでしょう。
こう考えると、袋の絵は、生き物の観察記録ではなく、願いを形にした図案だと分かります。子どもが長生きできますようにという祈りを、千年・万年という最大級の言葉と絵で包んでいるのです。
それでは、その絵入りの袋は、いつ、だれが使い始めたのでしょうか。
鶴が実際に千年生きるわけではない。タンチョウの寿命について、野生では平均して25年ほどといわれるという解説がある[6]。千年を25年で割ると40倍だが、千年は伝承の上の数字、25年は平均値であり、条件がそろった比較ではない。差の大きさを実感するための目安である。
それでも鶴が長寿の象徴であり続けたのは、数字の正確さより、鶴の姿が人々に与えた特別な印象によるところが大きかったと考えられる。江戸時代の鶴は、優雅な姿をもち、献上品になるほど珍重されたという[10]。珍しく美しい鳥に、神仙思想で説かれた千年の寿命を重ねたのが、鶴の長寿のイメージだと整理できる。ただし、江戸時代の珍重と神仙思想がどう結びついたかという因果は、資料に書かれていないため、ここでは推測の域を出ない。
以上から、鶴亀の絵は動物の観察記録ではなく、長生きの願いを託す図案として読むのが妥当である。絵に託された願いは分かった。次に問うべきは、この絵入りの袋が、いつ、だれによって使われ始めたのかである。
4. この ふくろは、だれが はじめたの?
4. 鶴と亀の袋は、だれがいつ使い始めたのか
4. 七兵衛の説と、絵柄が定着した時期
ちとせあめの はじまりには、いろいろな はなしが あります。その ひとつは、いまから 300年いじょう まえ、1688年から 1711年の ころ、あさくさで あめを 売って いた しちべえの はなしです。
しちべえは、「千年あめ」などの 名前で あめを 売り歩いて いました。そのうち、「ことぶき」の 字や つる・かめの えを かいた 紙の ふくろに 入れて 売ったところ、おめでたい ものとして ひろまった、と つたえられます。
ただし、これは ひとつの はなしです。ちとせあめを はじめた 人が、しちべえだと はっきり きまって いる わけでは ありません。つると かめの えが、いつから ふくろの きまった 絵に なったのかも、よく わかって いません。
国立国会図書館の解説は、千歳飴の起源の一つとして、元禄・宝永期(1688〜1711年)に浅草で飴を売っていた七兵衛の話を紹介しています[3]。七兵衛は、もともと「千年飴」などの名で売り歩いていました。
その七兵衛が、「寿」の字や鶴と亀の絵を描いた紙の袋に飴を入れて売りはじめると、縁起のよい品として評判になったというのです[3]。子どもの長寿を願う飴の名前と、長寿を表す絵の袋が、ここで出会ったことになります。
ただし、これは諸説あるうちの一つで、七兵衛が考案したと断定できる資料があるわけではありません。鶴や亀の絵が、いつから千歳飴の袋の定番になったのかも、資料からははっきり言えません。
さらに、袋の絵は鶴亀だけではありません。松や竹や梅は、何を表しているのでしょうか。
袋の起源は一つに定まらないが、有力な説明が国立国会図書館の解説にある。元禄・宝永期(1688〜1711年)に浅草で飴を売っていた七兵衛が、もとは「千年飴」などの名で売り歩いていたが、「寿」の字や鶴と亀の絵を描いた紙の袋に飴を入れて売りはじめると、縁起のよい品として評判になったという[3]。飴の名の「千年」と、袋の鶴亀という長寿の絵が、同じ商品の中で結びついた場面である。
ただし、この説明の扱いには注意がいる。第一に、七兵衛が考案者であると断定できる資料は見当たらず、あくまで起源の説の一つである。第二に、鶴や亀の絵柄が、いつから千歳飴の袋に定着したかは、この資料群からは特定できない。したがって、「七兵衛が鶴亀の袋を始め、そのまま今に続く」と言い切る根拠は、現時点ではない。
言えるのは、江戸時代の遅くとも元禄・宝永期ごろには、鶴亀などの縁起のよい絵を飴の袋に使い、祝いの品として売る発想がありえた、という点までである。では、袋にはなぜ鶴亀のほかに、松竹梅も並ぶのか。
5. まつ・たけ・うめは、なにを いのって いるの?
5. 鶴亀のとなりの松竹梅は、何を表すのか
5. 松竹梅の吉祥文様は、中国から日本へどう伝わったのか
ふくろには、つるや かめの ほかに、まつ・たけ・うめも よく えがかれます。三つとも、冬の さむさの 中でも 緑を たもったり 花を さかせたり するので、むかしの 中国で 「さむさに まけない 三人の ともだち」と よばれ、気高い しるしと されました。たけも、その なかまの ひとつです。
まつは、冬でも 緑の ままなので、長生きや さかえる ことの しるしと されました。うめは、ほかの 花より さきに さくので、新しく 生まれかわる ことや、いのちを のばす ことの しるしと 考えられました。
こうした おめでたい もようは、中国から つたわったものが 多く、時間を かけて 日本らしい もように なっていった そうです。つるや かめ、まつ・たけ・うめは、そういう なかまたちです。
松・竹・梅は、冬の寒さに耐えて緑を保ち、あるいは花を咲かせることから、中国で高潔さの象徴とされ、宋の時代以降は「歳寒三友」とも呼ばれました[11]。
松には長寿・繁栄の吉祥という意味もあり、長寿という点で鶴亀と重なります[11]。梅は、他の花に先がけて咲く姿が、再生や延命の吉祥のしるしとみなされました[12]。
浜松市博物館の解説では、こうした吉祥の文様は中国から伝えられたものが多く、時間をかけて日本風になっていったといいます[13]。袋に並ぶ絵は、長い旅をしてきたおめでたいしるしの集まりなのです。
そして、文様や縁起物に込められる願いは、長寿だけではなく、招福・子孫繁栄・商売繁盛など、人によって広がります[13]。袋の絵は、いくつもの願いを一枚に包んでいるのかもしれません。
松竹梅は、冬の寒さに耐えて緑を保つ、または花を咲かせるという性質から、中国で高潔さの象徴とされ、宋代以降は「歳寒三友」とも称された[11]。このうち松は冬でも緑を保つことから、東洋で高潔の象徴であると同時に、長寿・繁栄の吉祥ともされ[11]、長寿という意味は鶴亀と共通する。梅は、百花に先がけて咲く姿が再生や延命の象徴とみなされた[12]。松は長寿・繁栄、梅は再生・延命と、それぞれ吉祥の意味を持ち、三つ合わせて高潔さを表す組み合わせとして、鶴亀と並べられてきたと整理できる。
こうした文様は、浜松市博物館の解説によれば、中国から伝えられたものが多く、時間をかけて日本風の文様になっていった[13]。つまり、千歳飴の袋の絵柄は、中国の思想に根を持ちつつ、日本で長い年月をかけて形を整えたものの一つとして位置づけられる。同じ解説は、文様や縁起物に込められた願いが長寿だけでなく、招福・子孫繁栄・商売繁盛など多様であることも述べる[13]。
なお、袋の絵柄に法的な決まりがあるのか、地域によって違いがあるのかは、扱った資料からは分からない。袋の絵柄が地域や製造元で違うかどうかは、実物を比べると確かめられる。ここまでの資料から立ち上がるのは、鶴亀と松竹梅が「おめでたい絵の定番の組み合わせ」として袋に集まったという全体像である。
6. じぶんの ふくろを、よく 見て みよう
6. 手もとの袋で、絵と本数を確かめる
6. 現物の袋と紹介されている資料で、読み取れることを確かめる
やってみよう。ちとせあめの ふくろが 家に あったら、すみずみまで 見て みましょう。つると かめは いますか。まつ・たけ・うめは、そろって いますか。ほかの えは ありませんか。
中に はいって いる あめの 本数も、かぞえて みます。むかしは「年の かずだけ 入れる」ことも あったようですが、いまは 2本か 3本が ふつうだと いわれます。あなたの ふくろは、どう でしょう。
ふくろが なければ、お店の ちらしや 写真でも だいじょうぶです。見つけた えを、ノートに かいて おくと、あとで くらべられます。
今日できること:家に千歳飴の袋があれば、絵柄を観察してみましょう。鶴と亀はいるか、松竹梅はそろっているか、ほかの絵はないか。見つけたものをノートにスケッチしておくと、あとで他の袋と比べられます。
昔は中に入れる飴の本数を年の数と同じにする作法もあったようですが、今は2本か3本入りが一般的だといいます[1]。袋の中身の本数も数えてみましょう。
調べてみたいこと:袋のデザインに決まりがあるのか、地域で違うのかは、今回の資料では分かりませんでした。千歳飴を売っているお店の人や、袋を作っている会社に聞いてみると、新しい発見があるかもしれません。もし聞くときは、混んでいない時間に、一言ことわってからにしましょう。
確かめる手順を3つ挙げる。第一に、現物の観察である。家に千歳飴の袋があれば、鶴亀、松竹梅、その他の絵柄の有無を記録し、複数の袋があれば比べる。袋の絵柄の決まりや地域差は、扱った資料からは分からないため、観察の記録がそのまま自分の調べになる。
第二に、中身の本数である。昔は入れる飴の本数を年の数と同じにする作法もあったようだが、現在は2本か3本入りが一般的だという[1]。袋の絵柄だけでなく、本数にも時代による変化が見える。
第三に、紹介されている資料を読むことである。起源の諸説は国立国会図書館の解説[3]、鶴亀の背景は博物館の展示解説[2]、松竹梅は文化遺産オンラインの解説[11][12]、吉祥文様の伝来は浜松市博物館の解説[13]に当たれる。解説どうしの表現を比べると、七兵衛の説のように、一つの説を全体の定説と読み違えていないかを自分で確かめられる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
この記事は、国立国会図書館・博物館・文化遺産オンライン・官公庁の資料などをもとにしています。鶴亀と松竹梅の由来、袋の起源の説を比べ、千年と25年の差は自分で計算しました。
- 鈴鹿市の神社の紹介ページ「千歳飴の頒布開始」 https://suzuka.or.jp/diary/2024/09/9188/ (飴と袋の姿・本数の作法)
- 博物館テーマ展「吉祥のデザイン-鶴と亀-」 https://www.museum.or.jp/event/56046 (神仙思想・瑞鳥瑞獣)
- 国立国会図書館「本の万華鏡 コラム 七五三」 https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/31/column.html (七兵衛の説)
- 昭和館「ぶらりらいぶらりぃ No.151 七五三と千歳飴」 https://www.showakan.go.jp/main/wp-content/uploads/2023/02/burari_library151.pdf (千歳の意味)
- 農林水産省北海道農政事務所「和食文化ネットワーク_北海道(2021年11月15日号)」 https://www.maff.go.jp/hokkaido/jigyou_shien/syokubunka/attach/pdf/washokunetwork_hokkaido.archive-31.pdf (飴の太さと長さ)
- 「第4回 ツルは千年?」 https://www.tyojyu.or.jp/net/essay/toritachinokisetsu/tsuruhasennen.html (タンチョウの寿命)
- 黒川古文化研究所「蓬莱文鏡」 https://www.kurokawa-institute.or.jp/pages/104/ (樹上の鶴の文様)
- 海洋生物環境研究所「海の豆知識 Vol.59 ウミガメ」 https://www.kaiseiken.or.jp/umimame/umimame59.html (亀と浦島伝説)
- 農林水産省「子どもが生まれたら~知っておきたい7つの人生儀礼~」 https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/oishiiwashoku/article/94/ (千歳飴の意味)
- ひろしま考古生き物図鑑「空」 https://www.mogurin.or.jp/museum/project/h24/doubutu/index(sora).html (江戸時代の鶴)
- 文化遺産オンライン 松の展覧会紹介 https://www.nact.jp/artcommons/user/detail/42059 (松竹梅・歳寒三友)
- 文化遺産オンライン 梅の作品解説 https://www.nact.jp/artcommons/user/detail/42058 (梅の意味)
- 浜松市博物館 テーマ展「めでたいかたち」 https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/hamahaku/02tenji/theme/medetaikatati.html (吉祥文様の伝来)
なおした ところ
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