1. どうして ゆうびんきょくの ひとが?
1. 電話の技術者が、なぜ暗号の機械にかかわったのか
1. 電話交換機の技術者が暗号解読の機械に呼ばれた理由
コロッサスを かんがえた ひとの なまえは、トミー・フラワーズです。郵便局の けんきゅうじょで はたらく ぎじゅつしゃでした。
むかしの イギリスでは、郵便局が でんわの ほうも あつかっていました。フラワーズさんは 1926ねんに はいって、でんわを つなぐ きかいを あつかって いました。
でんわの ぎじゅつしゃが、せかいで はじめごろの でんし計算機を つくる。ふしぎですね。しかも フラワーズさんは、じぶんの おかねも だして つくったと つたえられて います。
コロッサスを設計したトミー・フラワーズは、1905年に東ロンドンで生まれ、ウリッジの王立兵器工廠で見習いとして働きながら夜間学校にも通いました[6]。1926年には郵便局(GPO)の電話部門に入り、ロンドン北西部のドリス・ヒル研究所で働きます[4]。
当時の郵便局は電話網も受け持っていたので、フラワーズは電話交換機のような、スイッチを大量に使う装置の経験を積みました。ブレッチリー・パークの数学者マックス・ニューマンが出した要件をもとに、コロッサスを設計したのが彼です[2]。
大学の研究室ではなく、電話の現場で育った技術者が、暗号を読む機械を任された。フラワーズは自分のお金の一部も使って、郵便局の研究所でこの機械を作ったと伝えられています[4]。スイッチを大量に、毎日止めずに動かす電話の現場の感覚が、あとで真空管の使い方に効いてきます。では、先に作られていた機械には、どんな弱点があったのでしょうか。
コロッサスを設計したトミー・フラワーズは、1905年に東ロンドンで生まれ、ウリッジの王立兵器工廠で見習いになり、夜間学校にも通った人物である[6]。1926年に郵便局(GPO)の電話部門に入り、後にロンドン北西部のドリス・ヒル研究所で働いた[4]。
ここで重要なのは、彼の出身が大学の数学や物理ではなく、電話網という「大量のスイッチを毎日確実に動かす現場」だったことだ。コロッサスの要件を出したのは、ブレッチリー・パークの数学者マックス・ニューマンである。コロッサスは、数学者ニューマンの計画をもとに、電話交換機の技術者フラワーズが設計した機械である[2]。
では、その設計は何を解決しようとしたのか。まず、先に作られていた機械の弱点を見る。
2. まえの きかいは なにが こまった?
2. 先に作られた機械の弱点を、どう取りのぞいたか
2. ヒース・ロビンソンの同期問題と、リング回路による解決
コロッサスの まえに、ヒース・ロビンソンと いう きかいが ありました。かみの テープを 2ほん つかう しくみで、2ほんを ぴったり あわせて うごかすのが とても むずかしかったのです。
そこで フラワーズさんは かんがえました。かたほうの テープの かわりに、でんきの かいろで おなじ ものを つくれば いい。テープが 1ぽんに へれば、あわせる ひつようが なくなります。
この きかいは、ヒース・ロビンソンより 5ばいくらい はやく うごいたと いわれます。
先に作られたヒース・ロビンソンは、紙テープを2本使う方式でした。2本のテープを同じ速さで正確にそろえて走らせるのが難しく、これが大きな限界でした[2]。
フラワーズの提案は、暗号機の歯車がつくる模様を、電子回路(リング回路)で作り出すというものでした。片方のテープが要らなくなるので、2本をそろえる問題そのものが消えます[1]。
機械の速さにも差が出ました。フラワーズの機械は、機械式スイッチを使ったヒース・ロビンソンより約5倍の速さで動いたと紹介されています[4]。
ただし、回路で作るには、電気信号を高速で切りかえる部品がたくさん要ります。その部品が真空管でした。ここに、最初の大きな疑いが待っていました。
先行機のヒース・ロビンソンは、2本の紙テープを同期させる方式で、同期の難しさが重大な限界になっていた[2]。2本の動きが少しずれるだけで、読み取った文字の対応がくずれてしまうからである。
フラワーズは、暗号機の歯車の模様を電子的にリング回路で発生させれば、片方のテープそのものが不要になり、同期の問題が完全になくなると提案した[1]。リング回路で模様を作れば、合わせるべき紙テープは1本ですむ。
速度の面でも、フラワーズの機械は機械式スイッチのヒース・ロビンソンより約5倍速かったとされる[4]。ただしこの数字は一つの紹介文によるもので、条件を同じにした比較実験の結果ではない点に注意したい。
だが、この方式は電気信号を高速に切りかえる部品を大量に必要とする。当時それができる部品は真空管だけで、次の疑いにつながる。
3. こわれやすい しんくうかんを どうして つかえた?
3. 真空管1500本を動かすために、電源を切らなかった
3. 「真空管は壊れやすい」という疑いと、電源を入れたままにする方針
真空管は、ガラスの なかで でんきを あつかう ぶひんです。まわりの ひとは「1000ぽんも 2000ほんも いっしょに つかったら、すぐ こわれる」と しんぱいしました。
フラワーズさんは、でんわの ネットワークを れいに あげました。でんわの きかいには、たくさんの しんくうかんが はいって いました。それでも しんらい できたのは、いつも でんきを いれたままに していたからだと いうのです。
でんきを いれたり きったりすると、ぶひんの おんどが きゅうに かわります。フラワーズさんは、ずっと いれたままに する ほうが だいじだと かんがえました。
ただし、これは フラワーズさんの かんがえです。じっけんで たしかめた はなしでは ありません。
フラワーズの案に、同僚は首をかしげました。1000本から2000本もの真空管が、いっしょに信頼できる形で動くのか、と疑ったのです[2]。
フラワーズは、英国の電話網を例に出しました。電話網は何千本もの真空管を使っていて、それでも信頼できたのは、回路に電気が入ったままだったからだ、という主張です[3]。電源を入れ続けて熱による負担を減らしたことが成功の鍵だったと、紹介する資料もあります。
電気を入れたり切ったりするたびに、部品は急に温まったり冷えたりします。フラワーズは、電源を入れたままなら、この温度の急な変化の回数を減らせると考えたのです。
ただし、これは理由づけとして伝わっている説明で、実験で証明された話ではありません。それでも結果として、約1500本の真空管(資料により1600本とも)を使ったマーク1は動き、さらに2400本のマーク2も作られました[2]。
では、この機械は動いて、いったい何をしていたのでしょうか。
フラワーズの案に対して、同僚は1000〜2000本の真空管が一緒に信頼できる形で動くのか疑った[2]。真空管は電源を入れた直後に急に熱せられるため、入れたり切ったりの回数が多いほど傷みやすい、という見方が背景にあると考えられる。
フラワーズの反論は、英国の電話網が何千本もの真空管を使いながら信頼できたのは、回路に常時電気が入っていたからだ、というものだった[3]。Wikipedia は、電源を入れ続けて熱による負担を減らしたことを成功の鍵としている。
ここには注意が要る。「電源を切らない」は、フラワーズが述べた理由づけの説明であり、それが実験で証明された話ではない。電源を入れたままなら温度の急な変化の回数を減らせる、という見立てである。結果として、約1500本のマーク1が動いた(本数は資料により異なり、1600本とする記述もある)。さらに、2400本を使うマーク2が1944年6月1日に動き始めた[2]。
疑いが外れた後に残る問いは、この機械が何を高速で数えていたのか、である。
4. きかいは なにを かぞえて いたの?
4. 1秒に5000文字を読み、条件が合う回数を数える
4. 毎秒5000文字の読み取りと、数えるだけの専用機という限界
きかいは、かみの テープに あいた あなを、ひかりで よみとりました。1びょうで 5000もじ。1ぷんなら 30まんもじです。
よみとった もじを、つくりだした もようと くらべて、あう かずを かぞえつづけます。かんたんに いえば、ものすごい はやさの かぞえ やです。
ただし、いまの パソコンの ように なんにでも つかえる きかいでは ありません。スイッチと ぶひんを つなぎかえて、かぞえる しごとだけに あわせて いました。
コロッサスは、暗号文の紙テープを光電管(光を電気に変える部品)で読み取り、毎秒5000文字の速さで処理しました[1]。1分なら30万文字にあたります(5000×60の計算)。
基本の仕事は、暗号文と、リング回路で作った歯車の模様とのあいだで、ある論理的な条件が成り立つ回数を、文の全体にわたって数えることです[1]。
一方で、この機械は、今のコンピューターのように中に命令を記憶させる方式(ストアドプログラム方式)ではありません。スイッチとプラグ盤で設定する専用機でした[2]。そのため「世界初のコンピューター」と言い切らず、「世界最初期の電子計算機」と呼ぶ書き方が出典でも使われます。
設計と製作にかけた期間は約11か月で[5]、1943年11月ごろにマーク1がドリス・ヒルで動き、1944年の初めごろにブレッチリー・パークへ届いた、と紹介されています(出典で納入月に差があります)[3]。
コロッサスは、国際的なボーコード(Baudot code)の電信文を、紙テープから光電管(光を電気に変える部品)で読み取り、毎秒5000文字で処理した[1]。1分では 5000×60=30万文字になる。テープの読み取り部を設計したのは、アーノルド・リンチ博士だ。
基本の仕事は、暗号文と作り出した歯車の模様とのあいだの、複雑な論理関数が成り立つ(真になる)回数を、文の全体にわたって数えることである[1]。
限界も明確だ。コロッサスはストアドプログラム方式ではなく、スイッチとプラグ盤で設定する専用機で、「プログラム可能」といっても「半分」という但し書きがつく[2]。「世界初のコンピューター」という呼び方は、定義によって ENIAC などとの議論がある。ここでは「世界最初期の、専用の電子計算機」とした。
製作は約11か月[5]。マーク1は1943年11月ごろドリス・ヒルで動き、1944年1月ごろブレッチリー・パークに届いた。納入月は出典で食いちがうため、「1943年末〜1944年初め」と幅を持たせる[3]。マーク1が最初の暗号文に取り組んだのは1944年2月5日である[2]。
5. ひみつだった きかいは どうなった?
5. 秘密にされた図面と、1992年の作り直し
5. 1975年の公開と、図面なしでの再現(1992〜2007年)
コロッサスは、ぜんぶで 10だいほど つくられました。たいせんが おわると、そのうち 8だいは こわされました。のこりの 2だいも、1960ねんだいに こわされています。
せつけいずも もやされたと、ひとの しょうげんで つたわって います。ながい あいだ ひみつで、ひとびとが しったのは 1975ねんの ことです。
それでも 1992ねんから、トニー・セールさんたちが、のこった ずの かけらや ふるい しゃしん、ひとの きおくを たよりに、もう 1だい つくりなおしました。
2007ねんの あんごうチャレンジで、つくりなおした きかいが、あんごうを 3.5じかんで ときました。
コロッサスは全部で10台ほど作られました(資料によっては12台とも)。ブレッチリー・パークのFブロックなどの大きな部屋に置かれました[1]。戦争が終わると、10台のうち8台はブレッチリー・パークで解体され、残る2台はGCHQ(英国の通信情報の役所)に移されて、1960年代に解体されました[1]。
存在は1970年代半ばまで秘密でした。政府が情報を公開した1975年に、フラワーズの仕事が知られるようになります[6]。フラワーズが図面や資料をボイラーで燃やしたとも、証言として伝えられています。
戦後、フラワーズは似た機械を作るための融資を銀行に断られました。機械が動くと信じてもらえなかったためで、勲章と1000ポンドの報奨も、自分が投じた費用には足りなかったとされます[3]。
けれども話はここで終わりません。1992年、トニー・セールらが、図面の断片と古い写真、そして人々の記憶だけを頼りに、コロッサスを作り直す仕事を始めました。2007年の暗号チャレンジでは、再現機が暗号を3.5時間で解いています[5]。
コロッサスは全部で10台ほど(資料によって12台)作られ、ブレッチリー・パークのFブロックなどの大部屋に置かれた[1]。戦後、10台のうち8台は同地で解体され、2台はGCHQ(英国の通信情報の役所)に移されて1960年代に解体された。
存在は1970年代半ばまで秘密とされ、政府が情報を公開した1975年に、フラワーズの仕事は知られるようになった[6]。フラワーズが図面や資料をボイラーで燃やしたとも伝わるが、証言に基づく話である。
戦後の扱いについては、フラワーズが似た機械の製作のための融資を銀行に断られた、と Wikipedia は伝える。銀行が機械が動くと信じなかったためで、勲章(MBE)と1000ポンドの報奨も、投じた費用に足りなかったとされる[3]。ただし、これは一つの出典の記述にとどまる。
ところが図面がほとんど失われても、機械は消えなかった。1992年にトニー・セールらが、図面の断片・古い写真・記憶を頼りに再現を始め、2007年のコロッサス暗号チャレンジでは、再現機が暗号を3.5時間で解いた[5]。再現機のマーク番号や完成年は、出典によって表現が異なる。
6. じぶんで ためして みよう
6. 1秒に5000文字を、自分の声で確かめてみる
6. 5000文字の速さを自分の声で確かめ、原典に当たる
コロッサスは 1びょうで 5000もじを よみました。じぶんは 1びょうで なんもじ よめるでしょうか。
ほんを 1ページ ひらいて、おうちの ひとに じかんを はかって もらい、こえに だして よんでみましょう。1ぷんで よめた もじの かずを 60で わると、1びょうの もじの かずが わかります。
きっと 5000もじには ぜんぜん とどきません。そのぶん、きかいの はやさが わかります。
5000文字という速さが、どれほどのものかを体で感じてみましょう。本を開き、1分間声に出して読んで、読んだ文字を数えます(句読点も1文字に数えます)。その数を60で割ると、1秒あたりの文字数が出ます。
コロッサスの毎秒5000文字と比べると、何倍の差があるでしょうか。計算して、ノートに書いておくと、機械の速さが数字で見えてきます。
5000文字という速さを、自分の声で確かめることができる。本を開き、1分間声に出して読んだ文字(句読点も1文字)を数えて60で割れば、毎秒の文字数が出る。コロッサスの毎秒5000文字との比を計算してみると、読み取り機の速さが数字でつかめる。
もう一つ、紙に図を描いて比べてみよう。2本の紙テープをずれないように合わせる方式と、リング回路で模様を作って紙テープを1本にする方式を、それぞれ簡単に描く。「合わせるもの」がいくつ減ったかが、見た目で分かる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の事実は、次の資料を読み比べて書いています。台数・納入月・真空管の本数は資料によって差があるため、本文でも幅を持たせています。
- Tony Sale. The Colossus (Virtual Bletchley Park) https://codesandciphers.org.uk/virtualbp/fish/colossus.htm (読み取り速度・数える仕事・台数・解体)
- Wikipedia: Colossus computer https://en.wikipedia.org/wiki/Colossus_computer (設計の経緯・真空管への疑い・専用機の限界)
- Wikipedia: Tommy Flowers https://en.wikipedia.org/wiki/Tommy_Flowers (電源を入れたままにする理由・マーク1の時期・戦後の融資)
- Computing History: Tommy Flowers https://www.computinghistory.org.uk/det/1078/Tommy-Flowers/ (経歴・約5倍の速さ)
- The National Museum of Computing: Colossus https://www.tnmoc.org/colossus (製作期間・再現機)
- University of Greenwich: Thomas (Tommy) Flowers MBE https://www.gre.ac.uk/portraits/alumni/thomas-tommy-flowers-mbe-1905-1998 (生い立ち・1975年の公開)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。