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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

さくぶんは、なにから かき はじめれば いいの?

作文は何から書き始めればよいのか ── 「起承転結」と「推敲」はもともと詩人の言葉だった

作文は書き始める前に何をするのか ── 学習指導要領の流れと、起承転結・推敲の由来

分野:歴史・文化

さくぶんの じかんに きく「起承転結きしょうてんけつ」は、もとは 中国の 4ぎょうの 詩の くみたてを いう ことばでした。「推敲すいこう」も、ろばに のった 詩人の はなしから うまれた ことばです。

では、さくぶんは なにから かき はじめれば いいのでしょう。えんぴつを もつ まえに する ことと、この 2つの ことばの ひみつが わかります。

作文の時間に出てくる「起承転結」は、もとは中国の漢詩、それも4行の詩の組み立てを表す言葉でした。「推敲」も、ロバに乗って詩を考えていた詩人の話から生まれています。

では、作文は何から書き始めればよいのでしょうか。書く前の材料集めから、並べ方、読み返しまでの流れと、この2つの言葉の由来が分かります。

作文で使う「起承転結」は漢詩の4句の並びの名前であり、「推敲」は唐の詩人が「推す」と「敲く」で迷った故事から来ている。どちらも、もとは作文ではなく詩の言葉だった。

では、作文は書き始める前に何をするものなのか。学習指導要領の指導事項を学年ごとに追うと、「書く」より前と後に仕事がある。その流れと、2つの言葉が作文の教室に入ってきた道すじが分かる。

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1. かく まえに、えんぴつで なにを するの?

1. 鉛筆が止まったとき、最初にすることは「書く」ことではない

1. 書く前の仕事 ── 学習指導要領が最初に挙げる「書くことを決め、材料を集める」

ノートを まえに して、えんぴつが とまって しまう ことは ありませんか。「かく ことが ない」と おもう ときです。

がっこうで なにを おしえるかを きめた 学習指導要領がくしゅうしどうようりょうでは、1・2年生の「かく こと」の いちばん はじめに、「かく ことを きめて、ひつような ことがらを あつめる」が ならんで います[1]。つぎが、「じゅんばんを かんがえて、かんたんな くみたてを つくる」です。

つまり、さくぶんの さいしょの しごとは「かく」では ありません。なにを かくか きめて、材料ざいりょうを あつめる ことです。あとから、「じゅんばんに ならべる」「かく」「よみかえして なおす」と つづきます[1]。

ある 先生は、みじかい ことばを ふせんや ノートに かきだして ならべかえる やりかたを しょうかいして います[2]。1まいに ぜんぶ かこうと して、つまって しまう 子も いたそうです。

さて、あつめた ざいりょうは、どこから かき はじめれば いいのでしょう。

ノートを開いて、鉛筆が動かない。「書くことがない」と感じる場面です。書き出しの一文を探してうなってしまった人は、少なくないでしょう。

学校の指導の流れを見ると、作文の最初の仕事は「書く」ことではありません。2008年に告示された小学校学習指導要領の国語は、第1・2学年の「書くこと」の最初に、経験したことや想像したことから書くことを決め、必要な事柄を集めることを挙げています[1]。2番目が、事柄の順序に沿って簡単な構成を考えることです。今の版は平成29年告示で、ここで引いたのは前の版です。

この指導事項には、読み返して間違いを正す項目も続きます[1]。決める・集める、順に並べる、書く、読み返して直す。この流れで、この記事の章も進みます。

集め方にも、やり方はいろいろあります。元小学校国語教師の記事は、付箋やノートに短い言葉で材料を書き出し、並べ替えてから書くやり方を紹介しています。出来事や思いを1枚に全部書こうとして、詰まる子もいたそうです[2]。一人の先生の実践ですが、いきなり文にしなくてよいという考え方は、鉛筆が止まったときの手がかりになりそうです。

材料が集まったら、次の問いは「どこから書き出すか」です。

作文の最初の工程は、書くことではない。平成20年(2008年)告示の小学校学習指導要領は、第1・2学年の「書くこと」の最初に、経験したことや想像したことから書くことを決め、書こうとする題材に必要な事柄を集めることを挙げ、2番目に、自分の考えが明確になるよう事柄の順序に沿って簡単な構成を考えることを挙げている[1]。現行の版は平成29年告示で、ここで引いたのは前の版の本文である。

同じ指導事項の並びには、文章を読み返して間違いに気づき正すことも入っている[1]。つまり、決める・集める、並べる、書く、読み返す、という一連の流れが、低学年の段階からすでに指導の中に置かれている。

材料集めの実際のやり方は、学習指導要領には書かれていない。元小学校国語教師の記事は、行事作文でも「材料集め→並び替え(構成)→書く」の工程は変わらないとして、付箋やノートに短い言葉で書き出す方法を紹介している。出来事や思いを1枚に全部書こうとして詰まる子もいたという[2]。これは実践者個人の経験であり、研究結果ではない。ただ、材料を短い言葉に分けておくと、あとで並べ替えやすい。鉛筆が止まったときに試せる方法の一つだ。

では、集めた材料の中から、何をどの順で、どう書き出すのか。次の問いはそこにある。

2. 「10月1日は えんそくでした」から はじめて いいの?

2. 書き出しは「10月1日は遠足でした」でよいのか

2. 書き出しと中心 ── 場面から入る方法と、学年で増えていく要求

さくぶんの かきだしは、「10月1日は えんそくでした」でも まちがいでは ありません。でも、さきほどの 先生は、おとや うごき、かいわから はじめる ほうが、いきいきする ことが あると かいて います[2]。

たとえば「バスの まどが ガタンと ゆれた。」から はじめると、よむ 人は その ばめんに いる ような きもちに なります。

ことばも おなじです。「えき」と かくより「東京駅とうきょうえき」と かく ほうが、よむ 人が おもいうかべやすく なります[2]。

ただ、これが ただしい こたえと いう わけでは ありません。なにを つたえたいかで、かきだしは かわります。

学年が あがると、「ちゅうしんを きめる」「りゆうや れいを かく」ことも ならいます[1]。高学年では「じっさいに あった こと」と「かんそう」を わけて かく ことも、ならいます[1]。

ところで、さくぶんの ならべ方と いえば「きしょうてんけつ」です。この ことば、さくぶんの ために できた ことばでは ありません。

「10月1日は遠足でした」という書き出しは、間違いではありません。ただ、同じ元小学校国語教師の記事は、音や動き、会話など場面から始めたほうが生き生きする例を挙げています。「バスの窓がガタンと揺れた」から書き始めれば、読む人は遠足の場面に連れ出されます[2]。

言葉も具体的にできます。「駅」と書くより「東京駅」と書いたほうが、読む人が思い浮かべやすいという例も示されています[2]。もちろん、これが唯一の正解ではありません。何を伝えたいか、誰に読んでもらうかで、書き出しは変わります。

学年が上がると、書くことに求められる中身も増えます。平成20年版の第3・4学年には、書こうとすることの中心を明確にして、理由や事例を挙げて書くことが入っています[1]。第5・6学年には、事実と感想や意見を区別することが入ります[1]。たとえば「遠足は10月1日だった」は事実、「楽しかった」は感想です。分けて書くと、読む人は、どこまでが起きたことで、どこからが書いた人の気持ちなのかを読み取れます。

こうして並べ方を考えるとき、よく名前が出てくる型があります。「起承転結」です。ところがこの言葉は、作文のために生まれたのではありませんでした。

集めた材料を並べるとき、何から書き出すかは、書き手が決める。元小学校国語教師の記事は、「10月1日は遠足でした」のような日付の説明より、音や動き、会話といった場面から始めたほうが生き生きする例を挙げ、「駅」を「東京駅」にするなど、読者が思い浮かべられる言葉に直すことを勧めている[2]。ただし、これは一人の実践者の助言であり、読む相手や目的によって適切な書き出しは変わる。

指導事項の側から見ると、書くことに求められる中身は、学年ごとに積み上がっている。平成20年版では、第1・2学年が「決める・集める・簡単な構成」、第3・4学年が「段落の役割や段落相互の関係に注意した構成」と「書こうとすることの中心を明確にし、理由や事例を挙げること」、第5・6学年が「事実と感想、意見の区別」を含み、目的や意図に応じて簡単に書いたり詳しく書いたりすることを求めている[1]。

事実と感想を分ける意味は、読み手の側から考えると分かりやすい。「遠足は10月1日だった」は、誰が見ても確かめられる。「楽しかった」は書き手の気持ちである。この2つが混ざると、読む人は、起きたことと意見の境目を見失う。だから、まず事実を書き、そのうえで感想を添えるという順が、作文の基本の一つとして指導されている。

この「並べ方」を話題にするとき、必ず名前が出る型がある。起承転結である。だが、この言葉は作文のために作られたものではない。

3. 「きしょうてんけつ」は、どんな 詩の ことば?

3. 4行の漢詩の3行目で、場面が「くるりと」変わる

3. 絶句の組み立て ── 孟浩然「春暁」で見る起承転結

「起承転結きしょうてんけつ」は、もとは 漢詩かんし、とくに 4ぎょうの 詩(絶句ぜっく)の くみたての ことです。1ぎょうめを「き」、2ぎょうめを「しょう」、3ぎょうめを「てん」、4ぎょうめを「けつ」と よびます[3]。

3ぎょうめの「てん」は、ばめんを かえる ところです。むかしの 詩人 孟浩然もうこうねんの「春暁しゅんぎょう」で みて みましょう[3]。

1ぎょうめは、「はるの ねむりは きもちよくて、あさに なっても きが つかない」。2ぎょうめは、「あちこちで とりの なく こえが きこえる」。ここまでは あかるい はるの あさです。

ところが 3ぎょうめで、「ゆうべは かぜと あめの おとが して いたな」と、ばめんが ぐるりと かわります。そして 4ぎょうめで、「はなは どれだけ ちって しまったろう」と、しずかな よいんを のこします[3]。

あかるい あさの あとで、ふと ゆうべの あらしを おもいだす。この「かわり」が、4ぎょうの 詩を おもしろく して います。

「起承転結」は、もとは漢詩、とくに4句でできた絶句の構成法を指す言葉です。1句目を起句、2句目を承句、3句目を転句、4句目を結句と呼びます[3]。

見どころは3句目の「転」で、ここで場面を変えます。例として、唐の詩人・孟浩然の「春暁」が辞典に挙げられています[3]。

起句は「春眠暁を覚えず」。春の眠りは心地よく、夜が明けたのにも気づかない、という意味です。承句は「処処啼鳥を聞く」。あちこちから鳥の声が聞こえます。ここまでは、明るくのどかな春の朝が続きます。

転句は「夜来風雨の声」。昨夜は風と雨の音がしていたな、と場面が変わります。春の朝の情景から、夕べの風雨の回想へ、というわけです[3]。そして結句の「花落つること知る多少」で、花はどれほど散ったことだろう、と静かな余韻を残して終わります。

明るい朝を2行続けたあとで、3行目が夜の嵐へ振れるから、4行目の「花はどれほど散ったか」が効いてきます。4行しかない詩だからこそ、この「くるり」が目立つのです。

では、この4行の詩の組み立てが、なぜ作文の教室に来たのでしょうか。

起承転結は、漢詩、とくに4句からなる絶句の構成法を指す用語で、第1句を起句、第2句を承句、第3句を転句、第4句を結句という[3]。転句は場面を変える見どころで、結句は全体をまとめて余韻を残す役を担う。

典型例として、唐の詩人・孟浩然の「春暁」がよく挙げられる。起句「春眠暁を覚えず」、承句「処処啼鳥を聞く」は、明るい春の朝の気分を2句続けて描く。ところが転句「夜来風雨の声」で、場面は夕べの風雨の回想に一転する[3]。結句「花落つること知る多少」は、あの風雨で花はどれほど散ったろうか、と問いかける形で、答えを言わずに余韻を残す。

この構成が効くのは、4句しかない詩だからである。前半の2句で気分を固めておき、3句目でそこから離れ、4句目で2つの場面を結ぶ。転がなければ、春の朝の気分を並べただけの詩になる。逆に言えば、転は「前とは別の角度を、短い言葉で差し込む」操作である。

では、短い詩のこの組み立てが、どのような経路で、作文を書く教室まで来たのか。

4. 4ぎょうの 詩の くみたてが、さくぶんの きょうしつに きたのは どうして?

4. 詩の組み立てが、作文の教室に来るまで

4. 漢詩から散文へ ── 「起承転結」が作文の構成として語られるようになった道すじ

この くみたては、みじかい 詩に ぴったりだと して、中国で とても むかしから いしき されて いました。唐とうの じだいの 8せいきごろ(いまから 1200ねんほど まえ)に、できあがったと いわれます[3]。

のちに、れんがや はいかいなど、ほかの 詩にも つかわれました。さらに ふつうの ぶんしょうの くみたてにも つかわれる ように なります[3]。むかしは「きしょうてんごう」と いう よび方も あったそうです。

日本の がっこうで ぶんしょうの くみたてとして おしえるように なったのは、この てんようの ためです。1961ねんの 本『さくぶんの じゅぎょうにゅうもん』は、「これは 漢詩かんしの くの ならびの なまえ」と ことわって から、さくぶんの ひょうげんと して とりあげ、子どもむけには「はじめ・つづき・かわり・むすび」と いいあらわせると かいたと、ひゃっかじてんの サイトに ひかれて います[5]。

ほかに、「糸屋いとやの むすめ」と いう ざれうたが、きしょうてんけつの れいと して しられて います。頼山陽らいさんようが つくったと つたえられて いますが、ほんとうかどうかは はっきりして いません[5]。

この組み立ては、絶句のような短い詩に効果的だとして、中国で早くから意識されました。六朝時代の末ごろから意識され、盛唐、8世紀ごろ(1200年ほど前)に成熟したとされます[3]。古くは「起承転合」とも言ったそうです。

やがて、連歌や俳諧など別の詩にも応用され、散文の構成にも使われるようになりました[3]。日本の学校で文章の構成として教えられるのは、この転用です。

1961年刊の今井誉次郎『作文の授業入門』は、起承転結を「いうまでもなく漢詩の句の排列の名称」と断ったうえで、作文の表現として取り上げたと、百科事典サイトに引かれています[5]。子ども向けには「はじめ・つづき・かわり・むすび」と言い表せるとも述べています。原文そのものではなく、引用で知った話です。

「糸屋の娘」という俗謡も、起承転結の例として知られています。頼山陽の作と伝えられ、漢詩の構成を弟子に教えるのに使ったという話もあります。ただし、これは伝承で、歌詞にも多くの変種があり、史実としては確定していません[5]。

なお、前の章で見た学習指導要領の指導事項の文には、「起承転結」という言葉は出てきません。「順序に沿って構成を考える」「中心を明確にする」という方向だけが示されています[1]。起承転結は、構成を考えるための道具の一つです。

では、書き終えたあとは、何をすればよいのでしょうか。

起承転結の意識は、絶句のような短い詩に効果的な構成法として、六朝末期(3〜6世紀)から自然に生まれ、盛唐(8世紀)ごろに成熟した。古くは「起承転合」ともいい、のちに連歌・俳諧、さらに散文の構成にも応用された[3]。作文の構成として教えられるのは、このうちの散文への転用に当たる。

教育の場の例としては、1961年刊の今井誉次郎『作文の授業入門』がある。同書は、起承転結を「いうまでもなく漢詩の句の排列の名称」と断ったうえで作文の表現として取り上げ、子ども向けには「はじめ・つづき・かわり・むすび」と言い表せると述べたと、百科事典サイトに引かれている[5]。原文は未確認であり、ここは二次資料の記述である。

通俗的な例として「糸屋の娘」型の俗謡が起承転結の見本として知られている。頼山陽(1780〜1832)の作と伝えられ、弟子に漢詩の構成を教えるのに使ったという伝承もある。だが、史実として確定しておらず、歌詞にも多様な変種がある[5]。

ここで注意したいのは、起承転結が作文の唯一の型ではないことである。前章で見た学習指導要領の指導事項の文には、この語は現れない。そこで示されているのは、順序に沿った簡単な構成、段落相互の関係、中心の明確化といった方向である[1]。起承転結は、その方向に沿って構成を考えるときに使える一つの道具だと位置づけるのが妥当である。

型で並べたあとにも、まだ仕事が残る。書き終えた文章は、そのまま完成してよいのか。

5. かいた あとに、「よみかえす」と どう なるの?

5. 書き終えたあとに「推敲」するとは、どういうことか

5. 読み返しと推敲 ── 「推す」か「敲く」か、詩人の故事

1・2年生の ならう ことに、「ぶんしょうを よみかえす くせを つけて、まちがいに きづいて なおす」が あります[1]。3・4年生では、まちがいを なおすだけでなく、よりよい ひょうげんに かきなおす ことも ならいます[1]。

この「かきなおす」ことを、「推敲すいこう」と いいます。ことばの もとは、唐とうの 詩人 賈島かとうの はなしです[4]。

賈島かとうは、じぶんの 詩の「僧そうは 推おす 月下の 門」の「推おす」を、「敲たたく」に したほうが いいか、まよいました。ろばに のりながら かんがえて いるうちに、みやこの おえらい 人・韓愈かんゆの 馬に ぶつかって しまったと いいます[4]。

わけを はなすと、韓愈かんゆは しばらく かんがえて「たたく」が いいと こたえ、ふたりは ならんで 詩の はなしを したそうです[4]。ひとつの ことばを えらぶ ために、馬に ぶつかる ほど まよう。それが「すいこう」の はじまりです。

学習指導要領には、書いたあとの工程も置かれています。平成20年版の第1・2学年には、文章を読み返す習慣を付けるとともに、間違いなどに気づいて正すことが入っています[1]。第3・4学年では、間違いを正すだけでなく、よりよい表現に書き直すところまで進みます[1]。

この書き直しを表す言葉が「推敲」です。字句を十分に吟味して練り直すことをいい、由来は唐の詩人・賈島の故事です[4]。

賈島は、自作の詩句「僧は推す月下の門」の「推す」を「敲く」にしたほうがよいかと迷いました。故事成語の辞典によれば、ロバに乗って考え込むうちに、都の長官だった韓愈の行列の馬にぶつかってしまいます。事情を話すと、韓愈はしばらく考えて「敲く」がよいと答え、二人は並んで進みながら詩を論じ合ったといいます[4]。唐詩を集めた書物などに載る説話で、細部が史実かどうかは分かりません。

門を「推す」と「敲く」では、夜の寺の情景が変わります。「推す」は音のない動き、「敲く」は音が響く動きです。文字を1つ入れ替えるだけで、読む人の頭の中の景色が変わる。馬にぶつかるほど悩んだのは、その違いが詩の出来を左右するからでしょう。

作文の推敲も、同じ作業です。「はじめ」の言葉は具体的か。同じ言葉を重ねていないか。1回読み返すたびに、直せるところが出てきます。

書き終えた文章の扱いも、指導事項に位置づけられている。平成20年版では、第1・2学年に文章を読み返して間違いを直すこと、第3・4学年に、よりよい表現へ書き直すことが挙げられている[1]。誤りを直す段階から、表現を磨く段階へと進む構造である。

この「表現を磨く」作業を表す語が「推敲」で、字句を十分に吟味して練り直すことをいう。由来は、唐の詩人・賈島が、自作の詩句「僧は推す月下の門」の「推す」を「敲く」にすべきか迷い、都の長官だった韓愈に尋ねて「敲」に改めたという故事がある[4]。

故事成語辞典の記述では、賈島はロバに乗って詩を考えるうち、悩むあまり韓愈の行列の馬にぶつかった。韓愈はしばらく考えて「敲く」がよいと答え、二人は並んで詩を論じ合ったという[4]。この話は『唐詩紀事』などに載る説話で、細部が史実かどうかは分からない。

この故事の面白さは、迷いの対象が1字である点にある。「推す」は音のない動き、「敲く」は静かな夜に音が立つ動きで、どちらを選ぶかで、読む人が思い浮かべる門のまわりの音が違ってくる。作文でも、どの言葉を選ぶかで、読む人が思い浮かべる景色が変わる。「駅」を「東京駅」と具体的にするのも、その一例である。

起承転結は文章の組み立て、推敲は書いた後の見直しに関わる言葉だ。では、この流れを、自分の書く文で試すにはどうすればよいか。

6. きょうの できごとを、ふせんに わけて ならべて みよう

6. 今日の出来事を、紙きれ5枚に分けて並べ替える

6. 手を動かして試す ── 材料・並べ替え・推敲を短い文で一巡する

やって みよう。きょうか、このごろ あった ことを、えんぴつと メモ用しの ふせんや かみきれに、1まいに ひとつずつ みじかく かきます。3まいから 5まいで じゅうぶんです。

つぎに、じゅんばんを かえて ならべて みます。「きしょうてんけつ」を ためすなら、4まいを 「き・しょう・てん・けつ」の じゅんに ならべ、「かわり」に なる ことを 3ばんめに おきます。

ならべたら、かみを ひとつずつ ぶんに して かきます。さいごに、こえに だして よみ、「この ことば、ほかに いえないかな」と、1か所だけ かえて みましょう。

あつめて、ならべて、かいて、なおす。この 4つで、みじかい さくぶんが できます。

今日か最近あった出来事を、紙きれ(付箋やメモ用紙)に1枚1つ、短い言葉で書きます。3〜5枚あれば足ります。

次に、並べ替えます。時間の順でもよいですし、いちばん言いたいことを先に出してもかまいません。「起承転結」を試すなら、4枚を起・承・転・結の順に並べ、場面が変わるところを3番目の「転」に置いてみます。

並べたら、1枚ずつ文にして書きます。書き終えたら声に出して読み、「推す」と「敲く」のように、1か所だけ言葉を選び直します。

書き方に決まった正解はありません。それでも、書く前に集める、書いたあとに磨く、という手順を通ると、同じ出来事でも文が変わります。2つの言葉がもとは詩の言葉だったことを思い出しながら、試してみてください。

同じ作業は、原典を覗くことからも始められます。「春暁」の本文と、「推敲」の故事は、辞典で確かめられます。作文の言葉が、いつ、どこで生まれたのかを知ると、教室で聞く言葉の見え方が少し変わります。

手順としては、次の順で一巡できる。①その日の出来事を、1枚1事項の短い言葉に分ける(3〜5枚。今日か最近の出来事でよい)。②事実と感想を分け、順序を入れ替える。起承転結を試すなら、4枚を起・承・転・結に分けて並べ、場面が変わる点を3番目の「転」に置く。③文に書く。④声に出して読み、1語だけ選び直す。学習指導要領の「決める・集める」「構成」「読み返し」の三段が、それぞれ①②④に対応する。

この手順は、研究で効果が確かめられたものではない。学習指導要領の順序と、元教師の実践記事、そして2つの故事を組み合わせた、読者が自分で試せる道すじである。

原典に当たるなら、文部科学省のサイトで学習指導要領の国語を開き、第1・2学年の「書くこと」の項を、現行版と平成20年版で比べるとよい。起承転結と推敲は、コトバンクなどの辞典項目から、「春暁」の本文や『唐詩紀事』の記述へと遡ることができる。今井誉次郎『作文の授業入門』の原文は、ここでは確認していない。引用元の記述を図書館で確かめられるだろうか。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料。学習指導要領は平成20年版の本文を使い、現行版の条文は確認していない。

  1. 文部科学省「小学校学習指導要領 第2章 第1節 国語(平成20年版)」 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/koku.htm (書くことの指導事項)
  2. HugKum「元小学校国語教師が教える作文の書き方」 https://hugkum.sho.jp/531445 (材料集め・書き出しの例。実践者個人の意見)
  3. コトバンク「起承転結」(日本大百科全書ほか) https://kotobank.jp/word/%E8%B5%B7%E6%89%BF%E8%BB%A2%E7%B5%90 (漢詩の構成法・春暁の例・広がり)
  4. コトバンク「推敲」(デジタル大辞泉・故事成語を知る辞典ほか) https://kotobank.jp/word/%E6%8E%A8%E6%95%B2 (推敲の由来と故事)
  5. Wikipedia「起承転結」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%B7%E6%89%BF%E8%BB%A2%E7%B5%90 (今井誉次郎の記述の引用・俗謡の伝承。二次資料)

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