1. まわる かまは、さとうを どうやって いとに するの?
1. 回る釜の小さな穴から、溶けた砂糖が飛び出して糸になる
1. 機械の原理:加熱した回転釜と、遠心力で押し出される砂糖
おまつりの やたいで、わたあめを つくる ところを みた ことは ありますか。まるい かまが くるくる まわって、ふわふわの いとが でて きます。
かまの なかに さとうを いれて、あたためます。さとうが とけたまま、かまが はやく まわります。すると とけた さとうが、かまの よこに ある ちいさな あなから、いきおいよく とびだします[1]。
これは、せんたくきの だっすいに にています。まわる たいこの あなから みずが とびだす のと、おなじ ように、まわる ちからで ものが そとへ でて いくのです。ただし わたあめは、とんだ さとうが くうきで すぐに ひえて、ほそい いとに かたまる ところが ちがいます。
その いとを、わりばしで くるくると あつめると、わたあめに なります。
ある わたあめきの あんないでは、ざいりょうを いれて から すうびょうから すうじゅうびょうで わたが でて くると しょうかいして います[6]。さとうには、ざらめを つかう ことが おおいそうです。あなが つまりにくく、とけやすいからです[1]。
では、きかいが なかった ころは、さとうの いとを どうやって つくって いたのでしょう。
縁日のわたあめ機は、加熱できる回転釜に砂糖を入れ、モーターで高速に回します。溶けた砂糖は遠心力で釜の側面の小さな穴から飛び出し、空気中で冷えて糸のように固まります。固まった糸を割り箸などで集めると、わたあめになります[1]。
洗濯機の脱水を思い浮かべると近いでしょう。回る脱水槽の穴から水が外へ飛び出すのと同じように、回転の力で砂糖が外へ押し出されます。ただし、脱水の水は飛び出しても水のままです。わたあめでは、飛び出した砂糖が空気に触れて急に冷え、固まって糸になる点が違います。
回転の速さについては、英語版Wikipediaが、現在の業務用の機械で毎分3,450回転と紹介しています[2]。機種によって違うので、これはあくまで一例です。
砂糖にはザラメが使われることが多く、穴が詰まりにくく、低い温度で溶け、加熱しても焦げにくいからだとされます[1]。ある機械の案内では、材料を入れてから数秒から数十秒で綿が出てくると紹介されています[6]。
こんなに手軽にできる砂糖の糸を、機械のない時代の人は、どうやって作っていたのでしょうか。
わたあめ機の基本は、加熱機構を持つ回転釜に砂糖を入れ、電動モーターで高速回転させることである。溶けた砂糖は遠心力で釜の側面の小さな孔から飛び出し、空気中で冷えて糸状に固まる。固まった糸は割り箸などで集めてまとめる[1]。英語版Wikipediaも、回転ヘッドの縁近くのヒーターで溶けた砂糖が小さな穴から押し出され、冷えて細い糸になると説明している[2]。
同じ原理の身近な例が、洗濯機の脱水である。回転する槽の穴から水が外へ出るのは、水が回転の中心から外へ向かう力を受けるためだ。違いは、脱水の水が水のまま出ていくのに対し、わたあめでは、飛び出した砂糖が空気で急に冷えて固体の糸になる点にある。糸が細いのは、孔が小さく、飛び出してすぐ冷えるためだと読めるが、糸の太さの理由を直接述べた資料は、この記事の材料にはない。
英語版Wikipediaは、現在の業務用機の回転数を毎分3,450回転と紹介している[2]。60で割ると1秒あたり約57.5回転で、釜は1秒に50回以上まわる計算になる。ただし回転数は機種ごとに違い、固定値ではない。
砂糖にはザラメを使うことが多い。理由は、孔が詰まりにくい、融点が低い、加熱しても炭化しにくい、の3点とされる[1]。機械の案内には、材料を入れて数秒から数十秒で綿が出てくると書かれている[6]。これは貸出業者の案内であり、機種や砂糖の量で変わる一例である。
ここまで速い糸づくりが機械の成果だとすれば、それ以前の糸砂糖は、どれほど手間のかかるものだったのか。
2. きかいが ない ころ、さとうの いとは どうやって つくったの?
2. 機械の前は、料理人がフォークで一本ずつ引いていた
2. 機械以前の糸砂糖:フォークで引く手作業と、金持ちの飾り
500ねん いじょう まえの イタリアに、さとうの いとで かざりを つくる りょうりにんが いました。とかした さとうを フォークで ひっぱって、ほそい いとに します。その いとを、きの ぼうに かけて かざりを つくったと いわれて います[3]。
これは とても てまが かかります。だから、おかねや ゆとりの ある ひとの ものでした[4]。
200ねん いじょう まえの フランスでは、カレームと いう りょうりにんが、さとうの いとで ふうしゃや おしろの かざりを つくって ゆうめいに なりました[3]。
じゃあ、いとを つくる きかいは、だれが つくったのでしょう。
15世紀のイタリアの料理人は、溶かした砂糖をフォークで引いて細い糸にし、木の棒にかけて飾りを作ったと伝えられています[3]。Hudson Valleyの記事も、この技を手間のかかるものと紹介し、費用がかかるため、とても裕福な人に限られたとしています[4]。
砂糖の糸は、味わうよりも見せるお菓子でした。19世紀の初めには、フランスの料理人マリー=アントワーヌ・カレームが、糸砂糖で風車や宮殿の飾りを作ったことで知られました[3]。一本ずつ引いた細い糸が、食卓で宮殿の形になる光景です。
ここで分かるのは、「砂糖を糸にする」こと自体は昔からあったということです。わたあめ機が新しかったのは、これを手作業ではなく、回転の力で速く、たくさん作れるようにした点でした。
では、その機械を最初に考えたのは、どんな人たちだったのでしょうか。
機械の前にも、砂糖を糸にする菓子は存在した。15世紀のイタリアの料理人は、溶かした砂糖をフォークで引いて細い糸にし、木の棒にかけて飾りを作ったとされる[3]。Hudson Valley Magazineの記事も、フォークで溶けた砂糖を細い糸に分ける手間のかかる技で、高価なため非常に裕福な人に限られたと述べる[4]。2つの資料はどちらも二次資料で、似た内容を伝えている。
手間がかかる、という点が決定的である。糸砂糖は、料理人の技と時間を使う飾りだったので、費用をかけられる人の食卓にしか並ばなかった。19世紀初めのフランスの料理人マリー=アントワーヌ・カレーム(Marie-Antoine Carême)は、糸砂糖で風車や宮殿を作ったことで知られた[3]。
この流れから見ると、わたあめ機の新しさは「砂糖を糸にする」ことそのものではない。手の技を、回転と熱で置きかえ、数秒で出せるようにしたことである。このあと、機械の発明者として名前が挙がる人たちの特許を見ていく。
3. はいしゃさんと おかしやさんが、きかいを つくったの?
3. 歯科医と菓子職人が特許をとった、砂糖の糸の機械
3. 回転釜の機械:モリソンとホイートンの特許(1897申請・1899成立)
さとうを いとに する きかいを つくったのは、はいしゃさんの ウィリアム・モリソンさんと、おかしやさんの ジョン・ホイートンさんだと いわれて います[5]。
この きかいは、てつの ボウルの ちいさな あなから、さとうを とばして いとに しました。ギネス せかいきろくの ページに、そう かいて あります[5]。
とっきょの もうしこみは 1897ねん 12がつ 23にち、みとめられたのは 1899ねん 1がつ 31にちです。もうしこんでから みとめられるまで、1ねん ちょっと かかりました。
この きかいは、ほんとうに うれたのでしょうか。
砂糖を糸にする機械を作ったのは、歯科医のウィリアム・モリソンと、菓子職人のジョン・C・ホイートンとされています。ギネス世界記録のページには、金属の鉢の小さな穴から砂糖を飛ばして糸にする「電気キャンディー機」だと書かれています[5]。ただ、この1890年代の特許は、足でふんで鉢を回し、ランプやガスの火で熱す仕組みで、電気で動く機械ではなかったと、特許の記録から指摘されています。
特許の申請は1897年12月23日、成立は1899年1月31日です[5]。申請から成立まで、1年と1か月ほどかかった計算になります。
発明者として、歯科医と菓子職人の名前が並んでいます。それぞれが何を受け持ったのかは、この記事の資料では分かりません。
機械はできました。では、お客さんは、砂糖の糸のかたまりを買ったのでしょうか。
糸状の砂糖を作る機械を作ったのは、歯科医のウィリアム・モリソンと菓子職人のジョン・C・ホイートンだと、ギネス世界記録は紹介している。ギネスは「電気キャンディー機」と呼び、小さな穴のあいた金属の鉢から砂糖を回して飛ばし、糸にしたと書く[5]。ただし1890年代の特許(US618428A)は、足踏みで鉢を回し、ランプやガスバーナーで熱す方式で、電気式ではない。電気で動く機械の特許は、1902年に出願され1903年に成立したモリソンとホイートンの別の特許(US717756A)である。
特許の申請は1897年12月23日、成立は1899年1月31日である[5]。申請から成立までに1年と約1か月かかっている。1899年に「特許が成立した」ことと、実際にいつから商売で使われたかは別の話で、販売の時期は次の章の資料から読む。
なお、基本の機械の特許としては、英語版Wikipediaが1905年のアルバート・D・ロビンソンの特許を挙げている[2]。誰がどの時点で何を発明したのかは、資料によって取りあげる特許がちがう。この記事では、ギネス世界記録が示す1897〜1899年の特許を、回転釜で糸状の砂糖を作る機械の特許として扱い、電気式とは分けて読む。
では、この機械は商品として成功したのか。問いは次の章の売れ行きに移る。
4. 1904ねんの おまつりで、いくつ うれたの?
4. 1904年の万博で、2人は6万8千箱以上を売った
4. セントルイス万博の売れ行き:68,655箱を、25セントで
1904ねん、アメリカの セントルイスで、せかいの ひとが あつまる ばんぱくが ありました。ここで ふたりは、わたあめの ような おかしを 「フェアリー・フロス」の なまえで うりました。「ようせいの わたげ」と いう いみです[4]。
うれた かずは、68,655はこ。1はこ 25セントでした。
25セントの はこが 68,655こ。かけざんを すると、17,163ドル75セントに なります。しりょうに ある うりあげの かずと ぴったり あいます[4]。
「わたあめ」を えいごで 「コットンキャンディー」と よぶ ことが ひろまったのは、1920ねんだいと いわれて います[2]。なまえの ついた いきさつは、しりょうに よって ちがいます。
この おかしは、そのあと にほんにも やって きました。
1904年のセントルイス万博で、2人は砂糖の糸のお菓子を「フェアリー・フロス(妖精の綿毛)」の名前で売りました。売れたのは68,655箱で、1箱25セントでした[4]。売上は約17,163ドル75セントと伝えられています。単位は出典によって「箱」だったり「人分」だったりするので、数は「箱(人分)」くらいに受け取ってください。
この数字は自分でも計算できます。68,655に25セントをかけると、1,716,375セント、つまり17,163.75ドルで、記事の売上と合います。
「コットンキャンディー」という名前は、もっとあとの1920年代に広まったとされます。英語版Wikipediaは、ジョセフ・ラスコーの1921年の特許がこの名を付けたと紹介しています[2]。ただし、名づけの経緯は資料によって食い違うため、「とされる」程度に受け取るのが安全です。
この菓子は、日本へはいつごろ、どう広まったのでしょうか。
1904年のセントルイス万博で、2人はこの菓子を「フェアリー・フロス(妖精の綿毛)」の名で売った。売れた数は68,655箱、1箱25セントで、売上は約17,163ドル75セントとされる[4]。68,655×25=1,716,375セントで、これは17,163.75ドルに当たり、資料の数字と合う。ただし単位は出典によって「箱」とも「人分」とも書かれる。
この記録が示すのは、機械が、手作業の糸砂糖とは桁違いの数をさばけたことだ。フォークで一本ずつ引いていた15世紀の糸砂糖と比べると、同じ砂糖の糸が、飾りから、万博の来場者が買う手軽な菓子へ変わったことになる。
名前の話も、ここで分かれる。「cotton candy」の名は1920年代に広まり、ジョセフ・ラスコーの1921年の特許が名づけたとされる[2]。ただし資料で経緯が食い違うので、一つの説として読むのがよい。1904年の「フェアリー・フロス」と、のちの「コットンキャンディー」は、同じ菓子の別の呼び名として並んでいたことになる。
では、この菓子は、日本でどのように受け入れられたのか。
5. にほんでは、いつごろから おまつりで うられたの?
5. 日本では、明治の後半から大正にかけて広まったとされる
5. 日本への広まり:明治後半〜大正、電気飴という呼び名と東西の呼び分け
にほんで わたあめが ひろまったのは、めいじの おわりごろから、たいしょうの じだいと いわれて います[1]。アメリカから はいって きて にんきに なり、きかいが ぜんこくに ひろがったそうです。
せんそうの まえの にほんでも、かるめやきと ならんで、こどもに にんきでした。むかしの にほんでは、「でんきあめ」と よばれた じきも あります[1]。
いまは 「わたがし」や 「わたあめ」と よびます。にしの ほうでは 「わたがし」、ひがしの ほうでは 「わたあめ」と よぶ ことが おおいと いわれますが、ぜんぶが そうでは ありません[1]。
フランスでは、わたあめを 「barbe à papa(バルブ・ア・パパ)」と よびます。
では、いま おまつりで わたあめを みるとき、どこを みれば おもしろいでしょう。
日本語版Wikipediaによると、日本では、わたあめは明治時代の後半から大正時代にかけて広まったとされます。アメリカから持ち込まれて人気になり、機械が全国に広がりました。戦前はカルメ焼きと並んで、子どもに人気の菓子だったそうです[1]。日本では「電気飴」と呼ばれた時期もあります。電気で動く機械で作る飴、というところから付いた呼び名と読めますが、由来を直接述べた資料はこの記事にはありません。
名前には地域の傾向があります。西日本では「綿菓子」、東日本では「綿飴」と呼ぶことが多いとされます。ただし傾向であって、すべての人がそうだという意味ではありません[1]。フランスでは、わたあめは「barbe à papa(バルブ・ア・パパ)」と呼ばれています。
この機械の仕組みを知ったうえで、今度は屋台を見る目を変えてみましょう。
日本では、明治時代後半から大正時代に広まったとされる。米国から持ち込まれて人気になり、機械が全国に普及した。戦前はカルメ焼きと並んで子どもに人気の菓子だった[1]。日本では一時期「電気飴」とも呼ばれた。電気式の機械で作ることと関係がありそうだが、由来を直接述べた資料はこの記事の材料にはなく、推測にとどまる。
持ち込んだ人物や、最初に日本で売られた年は、材料の資料に記載がなく、この記事では述べない。言えるのは、前の章の1904年の万博より少しあとの時期に、日本でも広まったと読める、という程度である。時期が近いことと、万博が日本での人気の原因だったことは別の話で、因果を示す資料はないため、分けて読む。
呼び名には地域差がある。西日本では主に「綿菓子」、東日本では「綿飴」と呼ばれる傾向があるとされる[1]。傾向を述べた資料なので、個人の呼び方を分類する根拠にはならない。フランスでは、わたあめは「barbe à papa(バルブ・ア・パパ)」と呼ばれる。
ここまで読むと、屋台のわたあめには、手作業の飾り、電気の機械、万博、日本の広まりという層が重なっていると分かる。最後は、実物をどう観察するかである。
6. やたいの わたあめやさんは、どこが すごいの?
6. 屋台で、釜と割り箸の動きを見てみる
6. 屋台での観察の手がかりと、原典の読み方
おまつりで わたあめを つくって いる ところを、すこし はなれた ところから みて みましょう。かまは あつく、はやく まわって います。ちかづいたり、さわったり しては いけません。
みる ところは 3つです。いとが、かまの どの ほうこうに でて いるか。わりばしが、どう うごいて いるか。わたあめが、だんだん どう おおきく なって いくか。
ある わたあめきの あんないには、おおきく つくる ときは、はじめは かまの まわりで いとを からめとり、とちゅうから たかい ところで まき とると ふわふわに なる、と かいて あります[6]。いえの ちかくの おまつりで、そう うごいて いるか、みて みましょう。やりかたは、おみせに よって ちがいます。
屋台のわたあめ作りは、少し離れたところから見ましょう。釜は熱く、高速で回っています。近づいたり、触れたりしてはいけません。
見るところ
糸が釜のどの方向に出ているか。割り箸がどう動いているか。わたあめがだんだん大きくなる様子はどうか。この3つを見ると、本文の「遠心力で飛んだ糸を、割り箸で集める」が、実際にどう行われているかが分かります。
ある機械の案内では、大きく作るとき、はじめは釜の周りで糸をからめ取り、途中から高い位置で巻き取るとふんわり仕上がると書かれています[6]。これは貸出業者の案内にある一つの説明で、すべての店の巻き方ではありません。実際の店で動きが違っても、おかしくはありません。
読んでみたい資料
砂糖の糸の歴史は、National Geographicの記事(英語)で読めます[3]。電気式の機械の特許のことは、ギネス世界記録のページに短く載っています[5]。
屋台の観察で確かめられることは3つある。糸が釜のどの向きに出ているか、割り箸の軌跡、わたあめが大きくなる過程である。釜は高温で高速回転しているため、必ず離れた位置から見る。
機械の案内には、大きく作る場合、はじめは釜の周りで糸を絡め取り、途中から高い位置で巻き取るとふわふわになる、という説明がある[6]。ただし貸出業者の案内にある一例であり、割り箸の巻き方の決まりではない。実際の店で同じ動きが見られるかは、観察で確かめることになる。
原典は、本文で参照した次の資料である。日本語版Wikipediaの「綿菓子」は、機械の原理、ザラメ、呼び名、日本での広まりの出発点になる[1]。National Geographicの記事(英語)は、15世紀の手作業の糸砂糖とカレームの逸話を載せる[3]。Hudson Valley Magazineは1904年の売れ行きの数字を扱い[4]、ギネス世界記録は特許の日付を示す[5]。いずれも二次資料なので、特許そのものの原文にあたると、誰の何が特許になったのかを自分で確かめられる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文は、ここにある資料の内容を、自分の言葉で言いかえたものです。Wikipediaやウェブ記事は二次資料で、特許の細部や名づけの経緯は資料によって食い違います。
- Wikipedia「綿菓子」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B6%BF%E8%8F%93%E5%AD%90 (機械の原理・ザラメ・日本での広まり・呼び名)
- Wikipedia "Cotton candy" https://en.wikipedia.org/wiki/Cotton_candy (回転数の一例・名前の広まり・特許)
- National Geographic "The sticky sweet history of cotton candy" https://www.nationalgeographic.com/culture/article/the-sticky-sweet-history-of-cotton-candy (15世紀の手作業の糸砂糖・カレーム)
- Hudson Valley Magazine "Cotton Candy history" https://hudsonvalley.org/?p=3732 (手作業の糸砂糖・1904年の売れ行き)
- Guinness World Records "First cotton candy" https://www.guinnessworldrecords.com/world-records/630461-first-cotton-candy-candy-floss (電気式の機械・特許の日付)
- event21 わたあめ機の案内 https://event21.co.jp/fes235_wataame.htm (できあがる時間・巻き取りの一例)
なおした ところ
更新履歴
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