1. ざいりょうが おなじなら、なにが ちがうの?
1. 材料が同じなのに、クレヨンとクレパスは何がちがうのか
1. 顔料・ワックス・オイルの割合:クレヨンとオイルパステルの差
クレヨンと クレパスを、ならべて みましょう。ぼうの かたちも、いろも にて います。
どちらも、3つの ざいりょうで できて います。いろの もとに なる「がんりょう」。ぼうの かたちに かためる ロウ。いろを つけやすく する あぶらです[4]。
ちがいの ひとつは、まぜる わりあいです。クレヨンは ロウが おおめで、すこし かたい。クレパスは あぶらが おおめで、やわらかい、と せつめい されて います[4]。
クレヨンに あぶらが ない、わけでは ありません。ただ、おおい ほうが ちがうのです。
それでも、わざわざ あたらしい ものを つくった 人たちが いました。どんな ことに こまって いたのでしょう。
日本でクレヨンというと、パラフィンや脂肪酸、木ろうなどのロウ類をとかして、顔料を混ぜた棒状の絵の道具をいいます[6]。言葉のもとはフランス語の「crayon」で、もともとは鉛筆を指す言葉だったそうです[6]。
クレパスのほうは、一般には「オイルパステル」や「パス」と呼ばれます。ある解説では、どちらも顔料、ワックス、オイルでできていて、クレヨンはワックスが多めでやや硬く、パスはオイルが多めで軟らかい、とまとめられています[4]。「クレヨンにはオイルがない」わけではなく、多いほうがちがうのです。
では、わざわざ新しい画材を作る必要があったのは、なぜでしょうか。その手がかりは、およそ100年前の学校の絵の時間にあります。
日本でクレヨンとは、パラフィン・脂肪酸・木ろうなどを溶かして顔料を混ぜた棒状の色彩画用具をいい、語源はフランス語の「crayon」で、もとは鉛筆を意味する語である[6]。これに対し、クレパスにあたるオイルパステルについて、一般向けの解説は、両者とも顔料・ワックス・オイルでできていると述べる。そのうえで、クレヨンはワックスが多いためパスよりやや硬く、パスはオイルが多いため軟らかいと整理している[4]。
したがって、「クレヨンにはオイルが入っていない」という理解は正確ではない。ちがいは成分の有無ではなく主に割合であり、その結果が硬さや塗り心地に出る、という構図になる。
ここで疑問が出る。成分がほぼ同じで、割合がちがうだけなら、なぜ新しい画材として売り出す必要があったのか。答えは、当時のクレヨンの使われ方と、絵の授業の変化にある。
2. 100ねんほど まえの 図画の じかん、クレヨンは なにに こまった?
2. 100年ほど前の図画の授業で、クレヨンは何に困っていたのか
2. 模写から写生へ:自由画教育運動とクレヨンの限界
むかしの 学校の 絵の じかんでは、手本を うつす 「もしゃ」が、おもでした[5]。
そこへ、「かんじた ままを、見て かこう」という 運動が おこりました[5]。山本かなえ という 画家が、この 運動を すすめた 一人です[2]。
この 運動と いっしょに、クレヨンは 子どもの 絵の どうぐとして、ぜんこくに ひろまって いきました[6]。
ところが、そのころの クレヨンは かたくて、せんは かきやすい けれど、ひろい ところを ぬるのは にがてでした[5]。
せんも、ひろい ところの いろぬりも、できる どうぐは つくれないか。そう かんがえる 人が いたのです。
当時の絵の教育は、手本を写す模写が中心でした[5]。そこへ「見たもの、感じたままを写生させよう」という運動が起こります。自由画教育運動です。洋画家の山本鼎は、この運動を進めた一人でした[2]。
山本は、小学校の低学年が使う画材として、クレヨンがよいと考えたと説明されています。この運動とともに、クレヨンは子どもの絵の材料として全国に広まりました[6]。
ところが、当時のクレヨンは硬く、線を引くのには向いている反面、広い面を塗るのは苦手でした[5]。子どもが「感じたまま」を画用紙いっぱいに描こうとしたとき、線しか引けない道具では物足りなかったことが想像できます。
そこで考えたのが、線も面も、色を混ぜることもできる、もう一つの画材でした。
当時の絵画教育は模写が中心だった[5]。これに対し、感じたままを写生させようとする自由画教育運動が起こり、洋画家の山本鼎がこれを推進した[2]。山本は、この運動の見地から、小学校低学年の画材としてクレヨンが有益だと提唱し、クレヨンは児童画の材料として全国に広まったという[6]。
つまり、クレヨンは運動とともに普及した。ところが、そのクレヨン自体に弱点があった。当時のものは硬く、線は描きやすい半面、面を塗るには不向きだったとされる[5]。模写をやめて自分の見たものを描くには、線だけでなく面で色を置く場面が増える。普及したがゆえに、弱点が目立ったと読むこともできる。
こうした状況を受けて、既存のクレヨンの強みである線の描きやすさと、粉状のパステルの強みである混色のしやすさを、一本で実現しようとする画材が、運動に応える形で作られた[5]。それがクレパスである。
3. 「クレパス」という なまえに、こたえが かくれて いるって ほんと?
3. 1925年に生まれた「クレパス」は、名前のどこに答えが入っているのか
3. 日本クレィヨン商会の発明:「クレヨン」と「パステル」を併せもつ命名
クレパスが うまれたのは、1925ねん(大正14ねん)です。日本で はつめい された えの どうぐです[1]。
つくったのは、いまの サクラクレパスの まえの 会社だと いわれて います[3]。山本かなえの しどうも うけて、できあがりました[2]。
さて、なまえです。「クレパス」は、「クレヨン」と「パステル」を くっつけた なまえと いわれます[3]。
クレヨンの よい ところは、かいた いろが しっかり つく こと。パステルの よい ところは、いろを まぜやすい こと。この 2つを、ひとつの ぼうに あわせた ものだから、この なまえに なりました[3]。
なまえを きくだけで、「ここが ちがう」と わかる。うまい なまえですね。
でも、うまれた ばかりの クレパスには、おおきな しっぱいが ありました。
クレパスは1925年(大正14年)に日本で発明された、クレヨンとパステルの良さを兼ね備えた画材です[1]。作ったのは、クレヨンの製造会社として生まれた日本クレィヨン商会、今のサクラクレパスの前身にあたる会社だと説明されています[3]。開発には、山本鼎の指導や助言があったとされます[2]。
名前に注目してください。クレヨンの「クレ」と、パステルの「パス」をつないだ名前だといわれます。クレヨンの、描いたときにしっかり色が定着するよさと、パステルの、色を混ぜやすいよさ。この2つを併せもつ商品として生まれたから、この名前になったという説明があります[3]。
前の章の困りごとと並べると、答えがきれいにつながります。クレヨンは、線は描けても面を塗るのは苦手でした。粉のパステルは、混ぜやすいけれど粉です。油分の多い軟らかいクレパスは、のびがよく、線も面も描けて、パステルのように色を混ぜることもできる、と説明されています[5]。
しかし、新しい画材はすぐに完成品にはなりませんでした。
クレパスは1925年(大正14年)に日本で発明された[1]。発明者は、クレヨンを製造する会社として生まれた日本クレィヨン商会、すなわち現在のサクラクレパスの前身だと説明される[3]。ただし、会社名の表記は資料によってゆれるため、ここでは「前身の会社」と書くにとどめる。開発は山本鼎の指導のもとで行われたとされる[2]。
名前の由来は、クレヨンの筆記時の定着のよさと、パステルの混色のしやすさを併せもつ商品として生まれたことにある。そこで「クレヨン」と「パステル」の一部をつないで「クレパス」と命名されたと説明されている[3]。
この命名は、前章の問題への回答になっている。硬いクレヨンは面を塗りにくい。そこで油分を多くして軟らかくし、のびをよくすると、線も面も描け、粉状のパステルのように混色もできる、という説明が資料にある[5]。つまり、ワックス多めのクレヨンから、オイル多めの方向へ割合を動かした画材、と読むことができる。前章で見た割合のちがいと、この説明は矛盾しない。
では、発明はすぐに成功したのか。実は、初期のクレパスには課題があった。
4. はじめの クレパスは、なにが うまく いかなかったの?
4. 発明のあと、初期のクレパスは何に苦労したのか
4. 寒暖による品質の変化と、その後の製法改良
うまれた ばかりの クレパスは、さむい ときと あたたかい ときで、できが かわって しまう ことが ありました[5]。
これでは 一ねんじゅう つかえません。
そこで、つくる 人たちは、つくりかたを かんがえなおしました。一ねんじゅう つかえる ものに なおした と いわれます[5]。
あたらしい どうぐは、うまれて すぐ かんぺきに なる わけでは ありません。つかって みて、なおして、よく なって いきます。
初期のクレパスは、気温の高低、つまり寒暖によって品質が変わってしまうことが問題でした。そこで製法が改良され、一年を通して使えるようになったと説明されています[5]。
棒の形をした画材は、ロウと油の割合によって、温度で硬さが変わりやすいことは想像がつきます。割合を動かして軟らかさを出した新しい画材だからこそ、季節をまたいで使える安定した品質を作ることが、次の課題になったのかもしれません。これは推測で、資料にあるのは「寒暖で品質が変わり、のちに製法が改良された」という点までです。
こうして、クレパスは子どもの教室で使える道具として固まっていきました。ところが、使い手は子どもだけにとどまりませんでした。
初期のクレパスは、寒暖による品質の変化が課題だった。そこで製法が改良され、通年で使用できるようになったと説明される[5]。
ここから言えるのは、成分の割合を変えて軟らかさを得た画材が、気温の変化に対して不安定だった時期があり、それを改良して安定させた、という経緯までである。割合の調整が気温との関係で難しかったのではないか、という見方は自然だが、推測の域を出ない。
注目したいのは、改良が必要だったという点である。1925年に発明された画材が、教室で安心して使える道具になるまでには、発明に加えて、使われた経験を踏まえた改良が必要だった。
では、改良を経たクレパスは、どんな使い手に広がっていったのか。
5. こどもの どうぐだった クレパスは、そのあと どう なったの?
5. 子どもの教室から生まれたクレパスは、その後どこまで広がったのか
5. 絵画表現への広がりと、「唯一の洋画材料」という評価
クレパスは、あつく ぬったり、いろを まぜたり、ひっかいたり と、いろいろな かきかたが できます[1]。
そのため、大人の 画家も つかいました。あぶらえのぐが 手に 入りにくい じきに、多くの 画家に 注目されたと いわれます[1]。
クレパスは、日本で はつめい された、ただ ひとつの 洋画の かく どうぐと されて います[3]。2025ねんで、うまれて から 100ねんに なりました。
「クレパス」は、じつは 会社の しょうひんの なまえです。いっぱん には「パス」や「オイルパステル」と よばれる ことが あります。
では、いま わたしたちは、この 2つを どう つかい わけたら いいでしょう。
クレパスは、厚く塗る、混ぜる、ひっかくなど、いろいろな描き方ができます。油絵具が手に入りにくかった第二次世界大戦の直後には、多くの画家に注目され、しだいに独自の画材として絵画表現に取り入れられていきました[1]。子どものために生まれた道具が、大人の表現にも使われるようになったのです。
クレパスは、日本で発明された唯一の洋画の描画材料とされています[3]。1925年から数えて、2025年で100年になります。サクラクレパスは、世界60以上の国と地域に輸出していると紹介されています[3]。
ちなみに「クレパス」は、サクラクレパスの商品名として知られていて、一般には「パス」や「オイルパステル」と呼ばれることがあります。学校では、クレヨンと並べて「パス」という言い方も使われます。
では、この2つの性格のちがいを、自分の手で確かめるには、どうすればよいのでしょうか。
クレパスは、厚塗り・混色・ひっかきなど多様な描法に対応できる。油絵具の入手が難しかった第二次世界大戦直後には、多くの画家に注目され、次第に独自の画材として絵画表現に取り入れられた[1]。子ども向けの教材として生まれた道具が、プロの表現にも使われた点は、画材の成り立ちとして興味深い。
国立美術館の資料は、クレパスを、日本で発明された唯一の洋画の描画材料としている[1]。ただし、これは資料の言い回しであり、「世界初」「唯一」という強い表現は、限定された範囲での評価と受け取るのが穏当である。1925年からの経過年数は、2025年で100年にあたる。また、サクラクレパスは世界60以上の国と地域に輸出していると紹介されている[3]。
名称については、「クレパス」はサクラクレパスの商品名として知られ、一般にはオイルパステル、あるいはパスと呼ばれる場合がある。学校の図画工作の場面では、クレヨンとパスが並んで扱われることが多い。
ここまでの話は、資料で読める範囲の経緯である。では、材料が同じで割合だけがちがう、という説明を、自分の手で確かめる方法はあるか。
6. 一まいの 紙で、クレヨンと パスの ぬりごこちを くらべて みよう
6. 一枚の紙で、線・面・色の混ぜやすさを試す
6. 線・面・混色・ひっかきを、同じ紙の上で比べる
おうちや 学校に クレヨンと パスが あれば、同じ 紙の うえで くらべて みましょう。テーブルが よごれないように、しんぶんしを しいて ください。
まず、おなじ いろで、せんを ひきます。つぎに、ひろい ところを ぬります。ぬり つぶしやすいのは、どちらでしょう。
つぎに、ちがう いろを 2つ かさねて ぬり、ゆびで すこし こすって みます。いろは まざるでしょうか。
どうぐが クレヨンだけ、という ときは、クレヨンで ぜんぶ やっても だいじょうぶです。
やってみて どう かんじたかが、クレヨンと クレパスの ちがいを しる、いちばん はやい 道です。
クレヨンとパス(クレパスやオイルパステル)が家か学校にあれば、同じ画用紙の上で、線、面、重ね塗りを試してみてください。机が汚れないように、新聞紙を敷いておきます。
やることは三つです。同じ色で線を引く。広い面を塗りつぶす。違う色を二色重ねて、指で軽くこする。どちらが塗りやすいか、色がまざるか、どんな手ざわりか。資料にある「クレヨンは硬い、パスは軟らかい」という説明が、自分の手の感触と合うかどうかを見るのです。
パスしかない、クレヨンしかない、という場合は、手元のものだけで構いません。線と面と混ぜるを順に試すだけでも、「なぜクレパスが生まれたのか」の一端が見えてきます。指に付いた色は、ふいてから紙を片づけます。
さらに調べたい人は、国立美術館のアートコモンズの解説や、神戸新聞の企業連載で、クレパス誕生の経緯が読めます。
手元にクレヨンとパスがあれば、同じ画用紙の上で四つの描き方を比べられる。同じ色で線を引く、広い面を塗る、二色を重ねて指でこする、重ねた色をとがりすぎていない道具で軽くひっかく、の四つである。机を汚さないよう新聞紙を敷き、指についた色は、終わったあとにふく。
注目するのは、どの描き方で差が出るかである。資料の説明どおり、クレヨンは硬く、パスは軟らかいなら、広い面を塗るときの手ごたえや、混色のしやすさに差が出ることがある。差が小さいときは、紙や筆圧が関係しているかもしれない。
原典に当たりたい場合は、国立美術館のアートコモンズの解説、神戸新聞の企業連載、小学館のHugKumの記事が出発点になる。会社名の表記や、当時の開発の細部など、資料によって食いちがう箇所もあるので、複数を読み比べるとよい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
数字・年号・名称は、下の資料にある内容をまとめたものです。外部サイトは本文の確認用に使いました。
- 国立美術館 アートコモンズ 展覧会概要 https://nact.jp/artcommons/user/detail/57977 (1925年の発明、多彩な描き方、画家への広がり)
- 国立美術館 アートコモンズ https://nact.jp/artcommons/user/detail/61687 (山本鼎の指導と自由画教育運動)
- HugKum(小学館)「クレパス」の解説 https://hugkum.sho.jp/679566 (名前の由来、発明した会社、現在の広がり)
- HugKum(小学館)クレヨンとパスのちがいの解説 https://hugkum.sho.jp/377669 (顔料・ワックス・オイルの割合)
- 神戸新聞 ブンコレ(企業連載) https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/bizplus/buncolle/202002/0013154592.shtml (当時の図画教育、硬いクレヨンの弱点、初期の改良)
- コトバンク「クレヨン」 https://kotobank.jp/word/%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%A8%E3%83%B3 (クレヨンの定義・語源・普及)
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