1. フリスビーは、なぜ むずかしい ボールなの?
1. 空中で曲がる円盤を、犬はなぜ捕れるのか
1. 野球のボールより読みにくい円盤を、犬はなぜ捕れるのか
こうえんで、フリスビーを なげて もらいます。犬は だっと はしり出して、パクッと くわえようと します。見て いる 人は「犬は かしこいな」と 思います。
でも、よく 見ると、フリスビーは まっすぐ とんで いません。ふわっと うかんだり、ななめに 曲がったり、とちゅうで 速さが かわったり します。
ボールより、どこに おちるか 分かりにくい ことが あるのです。それでも、けんきゅうに さんかした 犬は、なげられた フリスビーを つかまえました。
犬は 頭の 中で、「あそこだ」と 計算して いるのでしょうか。
公園でフリスビーを投げると、犬は迷わず走り出し、落ちる場所に先回りしてくわえます。見ている人は「頭がいいな」と思います。
でも、この研究で使ったフリスビーは、飛んでいる途中で軌道や速さが大きく変わることがあり、野球のボールより複雑な標的になりえます。投げた瞬間の様子から落下点を割り出すのは簡単ではありません[2]。
研究者たちは、この予測しにくさに目をつけました。落下点を計算して走っているなら、途中で軌道が変わる標的ほど失敗しやすいはずです。逆に、犬がうまく捕れるのなら、犬は計算とは別のやり方を使っているのかもしれません。
では、犬の目には、飛んでくるフリスビーがどう映っているのでしょうか。
この研究で使われたフリスビーは、途中で軌道や速さが大きく変わることがあり、野球のボールより複雑な標的になりうる[2]。投げ出された瞬間の状態から落下点を求めるのが難しいなら、犬が正確に捕れるのは不思議である。
2004年に研究チーム(Shaffer、Krauchunas、Eddy、McBeath)が、この標的を選んだ理由もそこにある。ボールの落下点を追う人の研究はすでにあったが、軌道がより複雑な標的を追うとき、同じ仕組みが使われているのかは分かっていなかった。もし単純な仕組みで説明できるなら、複雑な標的でもうまくいく、という強い証拠になる。
では、犬は何を手がかりに走っているのか。それを知るには、犬の目に映る映像そのものを見る必要がある。
2. 犬の 頭に カメラを つけたら
2. 2頭の犬の頭にカメラをつけて、犬の目線を撮った
2. 頭部の小型ビデオで、犬の目に映る円盤の動きを記録した
けんきゅうする 人たちは、思いつきました。犬の 目で 見た けしきを、カメラで うつせば いいのです。
フリスビーを とるのが なれている 2頭の 犬の 頭に、小さな ビデオカメラを つけました。フリスビーを おう とき、犬の 目には どう 見えて いるかが 分かります。
フリスビーは 9メートルから 19メートル はなれた ところから なげられ、犬は 2メートルから 14メートル 走って つかまえました。
そこで研究チームは、フリスビーを捕るのに慣れた2頭の犬(スプリンガースパニエルとボーダーコリー)の頭に、小型のビデオカメラをつけました[1]。犬の目に近い位置から、飛んでくるフリスビーを撮ろうというわけです。
フリスビーは9〜19メートル離れた場所から投げられ、犬は2〜14メートルほど走って捕りました[2]。報じられたところでは、うまく捕れた回数は30回でした[3]。
映像には、フリスビーの動きと、そのとき犬の目に見えた景色が一緒に入っています。ここから、犬が何を見て走っていたのかを調べられます。では、映像には何が映っていたのでしょうか。
研究チームは、フリスビー捕りに慣れた2頭の犬(スプリンガースパニエルとボーダーコリー)の頭に小型のビデオカメラをつけ、犬から見たフリスビーの動きを記録した[1]。投げ手との距離は9〜19メートルで、犬は2〜14メートル走って捕った[2]。成功した捕球は30回と報じられている[3]。
この方法の利点は、人が外から眺めたときの「犬の位置」ではなく、犬の視界の中でフリスビーがどう動くかを、直接調べられることにある。もし犬が落下点を計算して走るなら、視界の中のフリスビーの動きは、とくに決まった形にならないはずである。
逆に、毎回同じ形が現れるなら、犬は見え方を手がかりに走っている可能性が出てくる。実際に現れたのは、どんな形だったのか。
3. 犬は「見え方」を そろえて 走って いた
3. 計算ではなく、フリスビーの見え方を保って走っていた
3. 視界で一直線に動かし続ける方略:外野手と同じだった
カメラの えいぞうを しらべると、犬は フリスビーが「まっすぐ、同じ 速さで 動いて 見える」ように 走って いました。
たとえば、ゲームで ボールが まっすぐ 動いて 見えるように、キャラクターを 少しずつ 動かして いる ところを 思いうかべて ください。ただし 本当の 犬は、ゲームの 画面では なく、自分の 目に 見える けしきを 使って います。
じつは、これは 野球の 外野手と 同じ やり方でした。外野手は、とんで くる ボールが まっすぐ 上がって 見えるように 走ると、とれる 場所に 着くと 言われて います。
見え方を てがかりに 走る ことで、場所を 計算 しなくても つかまえられる ことが あるのです。
映像を調べると、犬はフリスビーが視界の中を一直線に、しかも見かけの速さが一定になるように動いて見える位置へ、走っていました[1]。報道では「フリスビーの像が縦方向に一定の速さで動くように走っているように見える」と説明されています[2]。
これは、野球の外野手で見つかっていた方法と同じです。1995年のScience論文は、外野手がフライを追うとき、ボールが視界で一直線に動き続けるように走路を選んでいると提案しました[4]。
外野手のカメラ映像では、ボールは視界の中心近くから、ほぼ真上に上がって見えたそうです。外野手の走路は、まっすぐではなく曲線になります[6]。見え方を保つために、体の位置を少しずつ変えるからです。
この方法の強みは、落下点の位置を知らなくても、目の前の見え方だけで走り方を決められるところです。では、フリスビーが急に向きを変えたら、この方法はどうなるのでしょうか。
映像を解析すると、犬はフリスビーが視界の中を一直線の道すじ(LOT:linear optical trajectory)をたどり、しかも見かけの速さが一定になるように走っていた[1]。報道ではこれを「フリスビーの像が、縦方向に一定の速さで動くように走っている」と平易に表現している[2]。
この方略は、犬の研究が初めてではない。1995年のScience論文は、外野手が落下点へ走るとき、ボールの像が視界で一直線に動き続けるように走路を選ぶ、と提案していた[4]。ただし、これは書誌データで確認した内容で、論文の抄録そのものは参照していない。
では、LOTを保つと、なぜ落下点に着けるのか。外野手を撮った映像では、ボールは視界の中心近くからほぼ真上に昇って見えたという[6]。走る人が見え方を一定に保とうとすると、位置が自動的に調整され、走路は曲線になる。落下点の座標を求める必要はない。
だから研究チームは、この結果を「種をこえて通じる共通の方略」の証拠とみなした[1]。ただし、その根拠は2頭の犬の観察であり、すべての犬に当てはまるとは言い切れない。
それでも一つ疑問が残る。軌道が途中で急に変わったら、この方略は壊れてしまわないのだろうか。
4. とつぜん 曲がったら、どうする?
4. フリスビーが急に向きを変えたら、新しい「一直線」をつくり直す
4. 軌道が急変した試行:LOTを保てなくなると、新しいLOTをつくり直す
フリスビーは、とちゅうで ふいに 向きを かえる ことが あります。そんな とき、犬は どうしたのでしょう。
犬は、しばらくは 見え方を そろえて 走ります。でも、それが できなくなると、あきらめません。「あたらしい 見え方」を つくり直して、また 走り出します。そして、つかまえるまで つづけました。
けんきゅうでは、おちる 場所を 計算して いるのでは なく、見え方を 使う かんたんな しくみだと せつめい して います。
この じっけんでは、とつぜん 向きが かわった ときも、犬は 走り方を かえて つかまえました。
実験の中には、フリスビーが途中で急に向きを変える場面もありました。落下点を最初に計算していたなら、この変化には対応しにくいはずです。
ところが、犬はいったん一直線で一定の見かけ速度を保ち、それができなくなると、新しい一直線と見かけの速さをつくり直して、捕るまで走り続けました[1]。
つまり犬は、最初に1回だけ答えを出すのではなく、見え方を見ながら、そのつど走り方を直していることになります。研究は、これを落下点の計算ではなく、視覚情報を使う単純な制御として説明しています。
研究者は、この結果を「単純な制御の仕組みで、幾何学的に変わらない性質を使って捕っている」と結論づけました[1]。では、犬自身は、これを意識してやっているのでしょうか。
この方略の強さが試されるのは、軌道が途中で急変する場面である。落下点を最初に予測して走るなら、予測が外れた時点で破綻するはずだからだ。
実験では、フリスビーが急に向きを変えた試行も含まれていた。犬はまずLOTと一定の見かけ速度を保ち、保てなくなったところで、新しいLOTと見かけ速度を立ち上げて、捕るまで続けた[1]。計算し直したのではなく、見え方を手がかりに走り方を修正し続けた、という読み方ができる。
研究チームは、これを「幾何学的に変わらない性質を使った、単純な制御の仕組み」の例とした[1]。この仕組みなら、複雑な軌道を持つ標的にも使える。
研究者の一人(McBeath)は、この行動を「無意識のもの」のようだと述べている[3]。ただし、犬が何を感じているかは、この研究からは分からない。これは研究者の推測にとどまる。
では、この説は決着しているのだろうか。実は、外野手の研究では、別の説も研究されてきた。
5. ほかの 考え方も あるの?
5. 別の説もある:決着していない議論と、2頭という小ささ
5. OAC説との論争と、2頭という規模の限界
じつは、「一直線に 見える ように 走る」だけが 答えでは ありません。ボールを 見上げる 角度の かわる 速さを 同じに する、という ちがう 考え方も あります。
どちらが 正しいかについて、研究者は ちがう せつめいを 調べて きました。ただ、どちらの 考え方でも、ボールを 見ながら 動き方を 合わせつづける 点は 同じです。
犬の 研究も、見つかったのは 2頭だけです。すべての 犬が 同じとは 言えません。それでも、「犬も 見え方を 手がかりに して いるかも しれない」という 発見は、おもしろい 手がかりです。
外野手の走り方には、別の有力な説もあります。1968年のChapmanの分析にもとづく「光学加速度の打ち消し(OAC)」説で、ボールを見上げる角度の変化の速さが一定になるよう走れば、ちょうど捕れる場所に着く、という考え方です[5]。
この説には、人は加速度の変化をうまく見分けられない、という弱点が指摘されてきました。McBeathは雑誌の取材で、動くものの速さが6〜7割変わるまで、人は速くなったか遅くなったかに気づかないと述べています[6]。ただしこれは発言で、論文の数字ではありません。
一方、仮想現実の実験では、ボールの軌道を乱すと参加者は光学加速度を補正して捕りました[5]。そのため、OAC説とLOT説をめぐっては、異なる説明が研究されてきました。どちらも、ボールを見ながら動きを視覚情報に連動させ続ける点は同じです。
2004年の犬の研究は2頭の観察なので、すべての犬に当てはまるとは言えません。「LOTが唯一の正解」と考えるのも早すぎます。
外野手の走り方には、LOT説のほかに、Chapman(1968)の分析にもとづく「光学加速度の打ち消し(OAC)」説がある。ボールを見上げる角度の正接(tan)の変化率を一定にすれば、ちょうど捕れる場所に着く、という考え方である[5]。
OAC説の弱点は、人が加速度の変化を見分けるのが苦手なことだとされる。McBeathは雑誌の取材で、動く物の速さが6〜7割変わるまで、人はそれに気づかないと述べた[6]。ただしこれは発言であり、論文の数値ではない。
それでも決着がつかないのは、仮想現実を使った実験(Fink et al. 2009)で、ボールの軌道を乱すと参加者は光学加速度を補正して捕ったからである[5]。LOT説、OAC説のどちらも、視覚情報と動きを連動させ続ける「オンラインの制御」という点は共通で、完全に対立しているわけではない。
2004年の研究は、2頭の犬で30回の捕球を調べた観察である。すべての犬に一般化はできないし、LOTを唯一の正解とも言えない。
別の研究では、14頭を対象にした画面映像の実験で、繰り返し見るうちに、犬はフリスビーが届く前に受け手を見るようになった[7]。実際の捕球行動とは別の実験だが、犬の「先を読む」力を考える手がかりになる。
6. こうえんで、ボールを 見ながら 動いて みよう
6. 公園でボールを追う人と犬の動きを見てみる
6. 動く標的を追う動きを、観察と原典で確かめる
つぎに こうえんに 行ったら、犬や 人が ボールを おう ところを 見て みましょう。まっすぐ ボールに 向かって いますか。それとも 少し 曲がった 道を 通って いますか。
じぶんで ためして みる ときは、広くて 平らな 場所で、やわらかい ボールを 使います。まわりに 人や 車が いない ことを たしかめて、ゆっくり 歩く 速さで 行います。
家の 人と いっしょに、人や 車が とおらない 場所で、ふわっと 高く なげて もらい、ボールを 見ながら 走らずに ゆっくり 歩きます。見て いる 人に、どんな 道を 通ったか 教えて もらいましょう。
外野手の走路は曲線だと言われています[6]。そこで、公園で確かめてみる方法を考えました。
広い場所でゆっくり試す
家の人や友だちに、やわらかいボールを高く投げてもらいます。自分は、ボールから目をはなさずに、歩く速さで動きます。そばで見ている人に、どんな道を通ったか見てもらい、まっすぐだったか曲がっていたかを聞きます。
安全のため、人や車、段差のない広い場所を選び、走らずにゆっくり動きます。上を見ながら走ると、つまずきやすいからです。
犬のいる公園で観察する
犬の散歩をしている人に許可をもらえたら、犬がボールを追うときの走り方を見るのもよい方法です。まっすぐなのか、曲がるのか、途中で向きを変えるのか、ながめてみてください。
家にあるやわらかいボールを床や芝生の上で転がして、自分が立つ位置を変えながら見てみるのもよい方法です。ボールが一直線に動いて見える位置はどこか、ボールの見え方がどう変わるか、観察してみてください。
これまでの話は、観察で確かめられる部分と、論文を読まないと分からない部分に分けられる。
観察で確かめる
家の人や友だちに、やわらかいボールを高く投げてもらい、ボールから目をはなさずに歩く。見ている人に、通った道がまっすぐだったか曲がっていたかを聞く。外野手は曲線の走路をとる[6]とされるので、投げる位置から横にずれて立つと、曲がりやすいかもしれない。ただし、これは確かめた結果ではなく、見てみる価値のある予想である。
安全のため、人や車、段差のない広い場所を選び、走らずにゆっくり歩く。上を見ながら走ると、つまずきやすい。
原典で確かめる
2004年の研究(Psychological Science)は、抄録が公開されている[1]。1995年のScience論文(McBeath、Shaffer、Kaiser)は、外野手の走路が一直線の道すじを保つ形になる、という提案の出発点である[4]。2017年の総説は、LOT説とOAC説の議論を整理している[5]。
犬が本当にどこまで「先を読んで」いるのかは、まだ分からないことが多い。この研究から言えるのは、犬が見え方を手がかりに走っていたかもしれない、ということまでである。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。論文の本文は参照できていないものがあり、抄録・報道・書誌ページ・総説の範囲で書いています。
- Shaffer, Krauchunas, Eddy, McBeath. How Dogs Navigate to Catch Frisbees. Psychological Science (2004)(抄録). https://www.psychologicalscience.org/journals/psychological-science/j.0956-7976.2004.00698.x/ (頭部カメラの研究の中心・結論)
- Science News (2004). Dogs catching frisbees. https://www.sciencenews.org/article/dogs-catching-frisbees (実験の条件・フリスビーが難しい理由・平易な説明)
- HealthDay (2004). Dogs Catch Like the Pros Do. https://healthday.com/cognitive-health-information-26/brain-health-news-80/dogs-catch-like-the-pros-do-520084.html (捕球の回数・研究者の「無意識」という見方)
- McBeath, Shaffer, Kaiser. How baseball outfielders determine where to run to catch fly balls. Science 268(5210):569-573 (1995)(書誌レコード). https://www.bisp-surf.de/Record/PU199611201046 (外野手の研究の位置づけ)
- Frontiers in Psychology (2017). 総説(光学加速度の打ち消しとLOTの議論). https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2017.00535/full (別の説と議論が続いていること)
- Discover. Catcher of the Fly. https://www.discovermagazine.com/catcher-of-the-fly-11785 (外野手の映像・走路・速さの見分けの話)
- Völter, Karl, Huber (2020). Scientific Reports. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7670446/ (画面でフリスビーの受け渡しを見る犬の実験)
なおした ところ
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