1. どうして ドリアは うまれたの?
1. 体調の悪い客のために、その場で作った一皿
1. 「のどごしのよいもの」という注文から生まれた逸話
ドリアは、1927ねんに よこはまで ひらいた ホテルニューグランドの めにゅーが はじまりと いわれます[1]。つくったのは、はじめての そうりょうりちょうの サリー・ワイルさんです[1]。
あるとき、ホテルに とまって いた がいこくの ぎんこうかが、「からだの ちょうしが わるいので、なにか のどごしの よい ものを」と たのんだ そうです[2]。ワイルさんは、その ばで、おこめを つかった ひとさらを つくりました。これが ドリアの はじまりだと つたえられて います[2]。
ただ、この おはなしは、ホテルの がわに つたわる ものです。ほんとうに そうだったと たしかめた しりょうは、みつかって いません。
では、その ひとさらは、どんな ものを かさねて いたのでしょう。
ドリアは、1927(昭和2)年に横浜で開業したホテルニューグランドの発祥メニューといわれ、初代総料理長のサリー・ワイルが考案した、お米を使ったグラタン料理だとされています[1]。ワイルはスイス出身で、ホテルの開業にあたってパリから招かれ、1927年10月29日に来日しました[3]。
きっかけとして伝わるのは、滞在していた外国人の銀行家の注文です。体調がよくなく、「何かのどごしのよいものを」と頼まれたワイルが、その場で即興で作った一皿が始まりだとされます[2]。
この話はホテル側に伝わる逸話で、独立した検証資料は見当たりません。それでも、体調の悪い人のために、その場で作られた、という筋は、ドリアの物語として今に伝わっています。
では、この一皿は、何をどう重ねて作られたのでしょうか。
ドリアの発祥は、1927(昭和2)年に横浜で開業したホテルニューグランドとされ、初代総料理長サリー・ワイルの考案とする紹介が多い[1]。ワイルはスイス出身で、開業に合わせてパリから招かれ、1927年10月29日に来日した[3]。
考案の場面として伝わるのは、滞在中の外国人銀行家が、体調がすぐれないために「何かのどごしのよいものを」と頼んだ、というものだ。ワイルはその場で即興の一皿を作り、それがドリアの始まりになったという[2]。
ただし、この逸話はホテル側の伝承であって、独立した検証資料があるわけではない。そのため、「そうだった」とは書かず、「そう伝えられている」と読むのが適切である。また、考案の年についても資料に幅があり、第5章で述べる。
では、即興の一皿は、どんな構造の料理だったのか。
2. おさらの なかには、なにが どんな じゅんで かさなって いるの?
2. 皿の中には、何がどんな順に重なっているのか
2. 最初の「シュリンプ ドリア」── バターライスと海老のクリーム煮、ソース、チーズ
さいしょの ドリアは、「シュリンプ ドリア」と いう なまえでした。したから じゅんに みて みましょう。
いちばん したは、バターで いためた バターライスです。その うえに、えびの クリームにを のせます。さらに その うえに、グラタンの ソースと、チーズを かけます。さいごに、オーブンで やきます[3]。
グラタンの ソースは、ベシャメルと いう、ミルクの ソースの なかまです。ドリアは、ひとことで いえば、「ごはんの うえに のせた グラタン」です。
ただ、チーズは さいしょから あったのか、あとから くわえられたのかは、しりょうに よって いう ことが ちがいます。
この ソースは、どうやって つくるのでしょう。ダマが できるのは、なぜでしょう。
最初の「シュリンプ ドリア」は、バターライスに海老のクリーム煮をのせ、グラタンソース(ベシャメル)とチーズをかけて、オーブンで焼いた料理だとされています[3]。
下から順に見ると、いちばん下がバターで炒めたお米、その上に海老のクリーム煮、さらにホワイトソース、最後にチーズです。やわらかい層がいくつも重なった上に、焼いた表面がのる、という作りです。
ただし、チーズの扱いは資料によって違います。チーズをのせる発想は、ワイルより後の後継者の改良だとする説もあります[4]。ここでは、原型にはチーズがあったとする説明と、後から加わったとする説明の両方がある、とだけ言えます。
この層のうち、ホワイトソースは、作り方を間違えるとダマだらけになります。なぜでしょうか。
最初の「シュリンプ ドリア」の構造は、バターライスの上に海老のクリーム煮をのせ、グラタンソース(ベシャメル)とチーズをかけてオーブンで焼いたもの、と説明される[3]。層は、下から米・具・ソース・チーズの4つである。
ここで資料から言えるのは、層の順序と材料までである。なぜその順にしたのかという設計の意図は、資料に書かれていない。
チーズについては注意がいる。ウィキペディアは、チーズをのせる発想をワイル以降の後継者の改良とする説を紹介している[4]。日本記念日協会の説明は最初からチーズをかけたとしており[3]、資料の間で食いちがう。
この4層のうち、料理の「とろみ」を担うのがホワイトソースである。小麦粉と牛乳を混ぜると、なぜダマができる場合とできない場合があるのか。
3. ホワイトソースは、なぜ ダマに なりやすいの?
3. ホワイトソースの粉は、なぜバターと先に混ぜるのか
3. ダマと糊化 ── 小麦粉をバターで包む理由と、とろみの正体
ホワイトソースは、こむぎこと バターと ぎゅうにゅうで つくります。こむぎこを いきなり ぎゅうにゅうに いれると、こなが かたまって、ダマに なりやすく なります。
そこで、まず こむぎこを バターと よく まぜます。こなの つぶが バターの まくで つつまれると、あとで ぎゅうにゅうと あわせた とき、つぶが ばらばらに ほぐれやすく なります[5]。
あたためると、こむぎこの なかの でんぷんが ふくらんで、とろんと して きます。これが とろみです。
ダマは、こなが かたまりに なって、その かたまりの ひょうめんや 一ぶだけに とろみが ついて、のこって しまう ものです[5]。
この とろんとした ソースの うえで、チーズは どうなるのでしょう。
ホワイトソースは、小麦粉、バター、牛乳でできています。小麦粉をそのまま牛乳に入れると、粉が塊になりやすく、ダマが残ります。
そこで、先に小麦粉をバターとよく混ぜます。すると、粉の細かい粒がバターの膜で覆われ、後から牛乳と合わせたときに粒がばらけやすくなって、塊になりにくくなる、と説明されています[5]。ダマは、粉が塊になり、その塊の表面や一部だけにとろみが付いて残ったものです[5]。
では、とろみそのものは何でしょうか。小麦粉に含まれるでんぷんは、水と熱を受けると、粒がふくらんでのり状になります。これを糊化といいます。温かいソースがとろんとするのは、このためと説明されます。温度は粉の種類や測り方で変わるので、「何度で固まる」とは言い切れません。
とろみのあるソースは、焼くとどうなるのでしょうか。表面の変化を見てみましょう。
ホワイトソースでダマは、小麦粉が塊になり、その塊の表面や一部にだけとろみが付いて残ったものである[5]。先に小麦粉をバターと混ぜるのは、粉の細かい粒をバターの膜で覆い、牛乳と合わせたときに粒がばらけやすく、塊になりにくくするためだと説明されている[5]。
とろみの本体は、小麦粉に含まれるでんぷんの糊化である。でんぷんの粒が水を吸い、加熱でふくらんで、のり状になる現象だ。糊化が起きる温度は、でんぷんの種類や測定の条件で変わり、小麦とジャガイモでも異なる。したがって、「何度で固まる」と一つの数字で言い切ることはできない。
この章で言えるのは、「ダマを避ける工夫」と「とろみの原因」が別の話だということだ。前者はバターで粒を包む操作、後者はでんぷんの性質にあたる。
こうして仕上がったソースの上で、焼き色がつく。その正体は何か。
4. こんがり やけるのは、なにが おきて いるの?
4. こんがりした焼き色と香りは、何が起きた結果なのか
4. メイラード反応 ── 焼き色と香りを生む加熱の変化と、チーズへの当てはめの限界
ドリアを オーブンに いれると、おもての チーズや ソースに、こんがりした きいろや ちゃいろの やきいろが つきます。いい においも して きます。
これには、「メイラードはんのう」と いう、あたためた ときに おきる へんかが かかわって いると いわれます[6]。さとうの なかまと、たんぱくしつの もとに なる アミノさんが、ねつで くっつく はんのうです。
パンの こげめや、やいた おにくの おいしそうな いろも、おなじ なかまの へんかが かかわって います[6]。
チーズが ちゃいろく なる ことも、この はんのうと むすびつけた けんきゅうが あります。ただし、それは チーズを ながく とっておいた ときの けんきゅうで、オーブンで やく ときの ことでは ありません[6]。
では、ドリアの たんじょうびは、いつなのでしょう。
オーブンから出したドリアの表面には、こんがりした色と香ばしい匂いが付いています。この焼き色と香りには、メイラード反応が関わるとされます。糖などの物質と、アミノ酸やタンパク質の仲間が、加熱によって反応し、色や香りを生む変化です[6]。
パンの焦げ目や肉の焼き色が代表的な例です。ドリアの表面でも、似た変化が起きていると考えられます。
ただし、確かめられているのはどこまででしょうか。貯蔵したチーズの褐変をメイラード反応と関係づけた研究はありますが、オーブンで焼いたグラタンそのものを調べた研究ではありません[6]。「ドリアの焼き色はメイラード反応だ」と言い切らず、「関わると考えられる」にとどめておきます。
ここまでが作り方の仕組みです。ところで、ドリアの「誕生日」はいつなのでしょうか。
焼き色と香りの説明には、メイラード反応がよく使われる。糖などのカルボニル化合物と、アミノ酸やタンパク質などのアミノ化合物が加熱で反応し、着色や香気を生む、という成分間反応である[6]。パンや肉の焦げ目が代表例だ。
チーズについては、貯蔵チーズの褐変をメイラード反応と関係づけた研究がある[6]。ただし、この資料は学位論文の要旨であり、オーブンで焼くグラタンそのものを扱った研究ではない。そのため、「ドリアの焼き色がメイラード反応そのものである」とは断定できず、「関わっていると考えられる」と読むのが妥当である。
ここで、前章のでんぷんの糊化と並べると、ドリアでは2つの変化が別の場所で働いていることが見える。ソースの内部では、でんぷんの糊化がとろみを作り、表面では、加熱の反応が色と香りを作る。とろみは中身のやわらかさ、焼き色は表面の香ばしさを担う、という分担で理解できる。
作り方がここまで分かると、次に気になるのは、資料ごとに食いちがう「いつ」「どこから」の部分である。
5. ドリアの たんじょうびは、いつ なの?
5. ドリアの日は10月29日 ── 年や先祖には、諸説がある
5. 年と由来の食いちがい ── ドリアの日、1930年頃説、フランス料理の先祖候補
10がつ29にちは、「ドリアのひ」です。ワイルさんが 1927ねんに にほんに きた ひだと されて います[3]。ホテルに のこって いた、にほんに きた ときの とどけ書きが、きまりての ひとつ でした[3]。2021ねんに、にほん記念日きょうかいが みとめました[3]。
ただ、「ドリアを つくった ひ」では ありません。ドリアの もとが できたのは、1930ねんごろと する せつも あります[4]。ですから、ねんは「1927ねんの かいぎょう」と「1930ねんごろと いう せつも ある」くらいに おぼえて おくと よいです。
フランスの りょうりにも、リゾットの うえに えびの クリームソースを のせて、チーズを かけて やく ものが あります[4]。ドリアの せんぞかも しれない、といわれますが、つながりは わかって いません[4]。
10月29日は「ドリアの日」です。ワイルが1927年に来日した日で、ホテルに残っていた居住所届の渡来月日が決め手になり、日本記念日協会に認定されました(認定は2021年)[3]。つまり、ドリアが生まれた日ではなく、ドリアを作った人が日本に着いた日です。
考案の年も、資料で幅があります。ホテルの開業は1927年ですが、現在知られているドリアの原型は、1930(昭和5)年頃に考案されたとする説明もあります[4]。年は「開業が1927年、考案は1930年頃とする説もある」と覚えておくのが安全です。
由来にも候補があります。フランス料理には、リゾットの上に海老などのクリームソースをのせ、チーズをかけて焼く「オマール海老のトゥールヴィル風」(エスコフィエ、1903年)があり、ドリアの先祖候補とされます[4]。ただし、つながりがあったかどうかは分かっていません。
10月29日は、ドリアが生まれた日ではなく、ワイルが日本に着いた日。台所の一皿の「日」にも、こんな意外な由来があります。
「ドリアの日」は10月29日で、ワイルが1927年に来日した日にあたる。ホテルに残っていた居住所届の渡来月日が決め手となり、2021年に日本記念日協会に認定された[3]。誕生日ではなく、考案者の来日日である点に注意がいる。
考案の年は、資料で食いちがう。開業は1927年だが、ウィキペディアは、現在知られている原型の考案を1930(昭和5)年頃とする[4]。そのため年は、開業を1927年、考案を1927年以降〜1930年頃と幅をもたせて書くのが適切だ。
先祖候補として挙がるのは、エスコフィエ(1903年)の「オマール海老のトゥールヴィル風」である。リゾットの上に海老などのクリームソースをのせ、チーズをかけて焼く料理で、構造がドリアに近い[4]。しかし、ワイルがこれを知っていたことを示す資料はなく、つながりは不明のままである。
ワイルの弟子たちを通じて、ドリアは他のホテルや街のレストランへ広まったとされる[3]。なお、名前の由来として、ジェノヴァの名家ドーリア家に結びつける説が一般的に語られるが、今回の資料ではホテル側の説明は確認できず、関係は不明である。
誕生物語・作り方・由来のいずれも、「そう伝えられている」の層と「資料で確かめられる」の層がある。10月29日は、ドリアが生まれた日ではなく、ワイルが日本に着いた日だった。
6. おうちの グラタンで、そうと やきいろを みて みよう
6. 家のグラタンやドリアで、層と焼き色を観察する
6. 手元の一皿で確かめられること
おうちの 人が グラタンや ドリアを つくる とき、そばで みせて もらいましょう。ひや ほうちょうは、おうちの 人に まかせます。
ホワイトソースは、とろんと して いるでしょうか。ダマは ないでしょうか。バターと こなを さきに まぜて いたか、きいて みましょう。
できあがったら、スプーンで たてに すくって みます。ごはん、ソース、チーズの そうが わかるでしょうか。おもての やきいろの つよい ところと、よわい ところも、くらべて みましょう。
家の人がグラタンやドリアを作るとき、そばで見せてもらいましょう。火やオーブンは大人にまかせ、見る係になります。
見るポイントは3つです。ソースを作るとき、小麦粉をバターと先に混ぜているか。温めるにつれて、ソースのとろみがどう変わるか。焼き上がりで、焼き色の濃いところと薄いところがあるか。
食べるときは、スプーンを縦に入れて、米、ソース、チーズの層を断面で見てみます。レシピの時間や温度は、家庭ごとに違うので、ここでは書きません。数字は家の人のレシピで確かめてください。
10月29日の「ドリアの日」に、料理の由来を話題にしてみるのも一つの手です。
手元の一皿で確かめられる点を挙げる。
第一に、ソースの作り方。小麦粉をバターと先に混ぜているか、混ぜる順番でダマの出方が変わるかを見る[5]。第二に、層の順序。断面で、米・具・ソース・チーズの順に重なっているかを確かめる[3]。第三に、焼き色の分布。濃い部分と薄い部分を比べ、色の違いが何に由来するのかを考える[6]。
原典に当たるなら、各出典の本文を読むとよい。ただし、調理科学の一次資料(調理学の教科書や論文本文)による追確認は、この記事では行えていない。とろみの温度や焼き色の詳細を調べたい人は、そこから進める。
調理の温度・時間は家庭やレシピで変わるため、ここでは数値を書かない。火やオーブンの扱いは大人に任せること。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
誕生の逸話・作り方・ドリアの日は日本記念日協会などの紹介、年と先祖候補はウィキペディア、ソースの作り方は家電の解説記事、焼き色は大学の学位論文の要旨による。逸話はホテル側の伝承で、独立した検証資料は見当たらない。
- All About ニュース「ホテルニューグランド発祥のドリア」 https://news.allabout.co.jp/articles/o/29842/ (発祥と考案者)
- 横浜市観光情報サイト「ホテル主催イベント紹介」 https://www.welcome.city.yokohama.jp/eventinfo/ev_detail.php?bid=yw8152 (誕生の逸話)
- 日本記念日協会 記念日ガイド「ドリアの日」 https://bestcalendar.jp/dates/kinenbi/4443 (作り方・ドリアの日・ワイルの経歴)
- Wikipedia「ドリア」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2 (考案年の説・チーズの説・フランス料理の先祖候補)
- 家電 Watch(Impress)「ホワイトソースの解説」 https://kaden.watch.impress.co.jp/docs/column/precooking/1163034.html (ダマができる理由)
- お茶の水女子大学 学位論文要旨 https://teapot.lib.ocha.ac.jp/record/42568/files/k_304_naiyo.pdf (メイラード反応)
なおした ところ
更新履歴
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