1. ゆめを 見ていない わけでは ない
1. 「夢を見ない人」は、見ても覚えていないだけかもしれない
1. 夢は「見ていない」のではなく「残らない」
あさ おきた とき、「きょうは ゆめを 見なかった」と おもう 日が あります。でも、ほんとうは 見ていて、わすれて いる だけの ことが 多いと いわれます[1]。
ゆめを よく 見るのは、ねむりが あさい レムすいみんの ときです。でも、ふかい ねむりの ときにも、ゆめに ちかい ものを 見る ことが あります。
ある まとめでは、レムすいみんの ときに おこすと、およそ 8わりの 人が ゆめを おもいだしました。ふかい ねむりの ときは 5わりほどでした[5]。けんきゅうに よって かずは ちがいます。
朝起きて「今日は夢を見なかった」と感じる日があります。しかし、眠っている間に夢を見ていて、目覚めたときには残っていないだけという場合が多いと説明されています[1]。
夢を多く見るのは、浅い眠りのレム睡眠中です。ただし、深いノンレム睡眠中にも、夢に近い体験が報告されています[2]。
夢を思い出せる割合は、起こしたときの睡眠の段階で変わります。ある総説では、レム睡眠からの目覚めで約80%、ノンレム睡眠からで約50%の人が夢を思い出したとされています[5]。研究によって数字は変わるので、おおよその傾向として見るのがよさそうです。
朝に「夢を見なかった」と感じることは多いが、夢の大半はレム睡眠中に見ており、覚醒直前の夢でさえ内容は通常すぐに忘れられる[1]。ノンレム睡眠中にも夢に近い体験は報告されるため、「夢=レム睡眠」と単純には言えない[2]。
では、どれくらい思い出せるのか。実験で眠りの段階を見きわめて起こすと、夢を思い出す割合は段階によって大きく変わる。総説の一つは、レム睡眠からの覚醒の約80%、ノンレム睡眠からの約50%で想起が得られるとする[5]。数値は研究や調べ方によって異なるため、1つに固定しないほうがよい。
つまり、「忘れる」より前に、そもそも記憶として書きこまれていない可能性がある。次の章では、眠っている脳の側の事情を見る。
2. ねて いる あいだの 脳は、おぼえるのが にがて
2. 眠っている脳は、新しいことを覚える準備ができていない
2. 睡眠中の脳は、夢を長期記憶へ移せるのか ── 覚醒‐検索モデル
ひるま、はじめて 会った 人の 名まえを おぼえる とき、わたしたちは ちゅういして きいて います。この「ちゅうい」には、脳の まえの ほうの ぶぶんが はたらきます。
ところが ねて いる あいだは、そこの はたらきが 大きく さがると いわれます[2]。だから ゆめの ことも、きおくに のこりにくい のかも しれません。
ある かんがえ(かせつ)では、ゆめは 目が さめて、ある ていど おきて いる 時間が あって、はじめて ながく のこる きおくに うつると されます[2]。ただし、これは かせつで、きまった ことでは ありません。
ゆめを 見ている あいだは ずっと ねむって いるので、うつる 時間が ない。そんな ふうに かんがえる わけです。
日中に新しい情報を覚えるとき、脳の前の部分にある前頭前野が大きな役割を果たします。ところが睡眠中は、この前頭前野が、レム睡眠でもノンレム睡眠でも大きく働きを落とすことが知られています[2]。
研究者は、これが「夢が記憶に書きこまれにくい」理由の一つかもしれないと考えています。さらに「覚醒‐検索モデル」という考え方があります。夢の短期的な内容は、眠っている間は記憶として書きこまれず、ある程度の時間、目が覚めていることで、はじめて長期記憶に保存できるようになる、というものです[2]。
ただし、これはモデル、つまり仮説であり、確定した事実ではありません。それでも、「夢を覚えている人は夜中によく目覚めるのではないか」という、確かめられる予想を生みます。
覚醒中の符号化(記憶として書きこむ処理)には、前頭前野が関わる。睡眠中はこの前頭前野の活動が、NREM睡眠・REM睡眠のどちらでも大きく低下する。これが夢の符号化が起きにくい一因かもしれないとされる[2]。
この観察を土台に出されたのが「覚醒‐検索モデル」である。夢を見ている間は、夢の内容が短期的に保持されるだけで長期記憶には移らない。夢を長期記憶として保存するには、一定の覚醒時間が必要だと考える[2]。夢を覚えているかどうかは、「夢を見たかどうか」より「夢のあとに目が覚めたかどうか」に左右されることになる。
ただし、これは仮説であり、確定した事実ではない。前頭前野の活動低下も「一因かもしれない」にとどまる。では、この予想を、実際の人の睡眠で確かめた研究はあるのか。
3. ゆめを よく おぼえて いる 人は、よなかに よく 目が さめる?
3. 夢をよく覚えている人は、夜中によく目を覚ましていた
3. 想起の多い人は、夜間の覚醒が多い ── 36人の睡眠の比較
この かんがえを たしかめる けんきゅうが あります。20さいから 40さいの 36人の 大人が きょうりょくして、ねむりの あいだの ようすを しらべました[2]。
ゆめを よく おぼえて いる 人は、ほとんど おぼえて いない 人より、よなかに 目が さめる 回数が 多く、おきて いる 時間も ながめでした。
ただし、これは「いっしょに 見られた」ことです。目が さめるから おぼえる、と きまった わけでは ありません。
べつの けんきゅうでは、ゆめを よく おぼえる 人は、脳の なかで、まわりの おとなどに 気づく ことに かかわる ぶぶんの はたらきが つよい、という けっかも ありました[3]。
覚醒‐検索モデルの予想を、実際の睡眠で調べた研究があります。20〜40歳の健康な成人36人が協力し、夢をよく覚えている人と、ほとんど覚えていない人の夜の睡眠を比べました[2]。
結果は、夢をよく覚えている人のほうが、夜中の目覚めの回数が多く、眠りはじめてから起きている時間も長いというものでした。レム睡眠から目覚めた回数には差がありませんでした。
ただし、これは「一緒に見られた」関係です。目覚めが多いから夢を覚えている、とまでは言い切れません[2]。
脳の血のめぐりの研究
研究紹介記事によると、フランスの研究者らは、夢をよく覚える21人と、あまり覚えない20人の脳を、PETという方法で調べました。夢をよく覚える人は、外からの刺激に注意を向けかえることに関わる側頭頭頂接合部などで、血流が高めでした。研究者は、刺激に反応しやすく夜中に目覚めやすいので、夢を記憶に移しやすいのではと推測しています[3]。
Vallatらの研究では、20〜40歳の健康な成人36人を、夢をよく覚える群(HFR)とほとんど覚えない群(LFR)に分けて夜間睡眠を比べた。HFRは夜間の中途覚醒の回数が有意に多く、入眠後の覚醒時間も長かった。一方、レム睡眠からの覚醒回数には差がなかった[2]。
これは覚醒‐検索モデルの予想と合う。ただし相関であり、覚醒が多いから夢を覚えている、とは断定できない。体質や睡眠の質など別の要因が両方に影響している可能性も残る。
脳の側からの手がかりもある。リヨンのRubyらによるPET研究(夢をよく覚える21人、あまり覚えない20人)では、よく覚える群で、外部刺激への注意の向けかえに関わる側頭頭頂接合部(TPJ)と内側前頭前野の血流が高かった。研究者は、刺激に反応しやすく夜中に目覚めやすいため、夢を記憶に移しやすいのではないかと推測している(研究紹介記事による)[3]。
4. わすれさせる 神経が、マウスで 見つかった
4. レム睡眠中に、記憶を消す神経がマウスで見つかった
4. MCH神経は、レム睡眠中に海馬の活動を抑える ── 2019年の報告
2019ねんに、名古屋大学などの けんきゅうグループが、おどろく ことを 発表しました[1]。
マウスの 脳に、レムすいみんの ときに はたらく 神経が ありました。この 神経を はたらかせると、マウスは おぼえた ことを わすれました。はたらきを とめると、おぼえやすく なりました。
この 神経は、きおくを あつかう ぶぶんの はたらきを おさえて いました[1]。
ふかい ねむりの ときや 目が さめて いる ときに とめても、ちがいは ありませんでした[1]。レムすいみんの ときだけ、はたらいて いたのです。
ただし、これは マウスの じっけんです。人の ゆめを わすれる わけを、まっすぐ しらべた ものでは ありません。
2019年、名古屋大学などの研究グループが、アメリカの科学雑誌『サイエンス』に研究を発表しました。マウスの視床下部にある「MCH神経」の一部は、レム睡眠中に活動します[1]。
この神経を人工的に活発にすると、マウスは覚えたことを忘れやすくなりました。逆に働きを抑えると、記憶が定着しやすくなりました。調べてみると、MCH神経は、記憶に関わる海馬の神経活動を抑えていました[1]。
大事なのは、時期です。レム睡眠中だけ抑えたときにだけ記憶が向上し、ノンレム睡眠中や起きているときに抑えても影響はありませんでした。MCH神経にはレム睡眠中に働くもの、起きているときに働くもの、両方で働くものの3種類があります[1]。
アメリカの研究機関の発表でも、同じ論文が「脳は夢を見る睡眠中に積極的に忘れているかもしれない」と紹介されました[4]。ただし、これはマウスの実験で、夢の忘却そのものを調べたわけではありません。
この仮説とは別の角度からの手がかりが、山中章弘教授ら(名古屋大学ほか)による2019年のScience論文である[1]。視床下部のMCH(メラニン凝集ホルモン)神経は、レム睡眠中に活動するもの、覚醒中に活動するもの、両方で活動するものの3種類に分かれる。
マウスのレム睡眠中にMCH神経を活性化すると記憶が消去され、抑制すると定着しやすくなった。海馬の神経活動がMCH神経で抑えられていた。ここで決め手になったのが、時期の特異性である。レム睡眠中だけ抑制したときにのみ記憶が向上し、ノンレム睡眠中や覚醒時の抑制では効果がなかった[1]。
米国側の発表(SRI Internationalなど)も同じ論文を、MCH神経が海馬の錐体細胞の発火を抑える入力を増やすと紹介し、夢の記憶の保存を妨げる可能性を提案した[4]。
限界は明確だ。実験対象はマウスで、人の夢の忘却を直接検証してはいない。論文の要旨は、目覚める直前の夢の内容をすぐ忘れさせる「一因と考えられる」という書き方にとどまる[1]。
5. わすれる わけは、ひとつでは ないらしい
5. 夢を忘れる理由は、一つではなさそうだ
5. 複数の仮説は排他的ではない ── 残る問い
ここまで 3つの ことが でて きました。ねて いる あいだの 脳は おぼえにくい。目が さめないと きおくに うつりにくい。レムすいみんの ときに わすれさせる 神経が ある(マウス)。
これらは どれか ひとつが 正しい、という ものでは ないかも しれません。いくつかが かさなって、ゆめは きえやすく なって いると かんがえられます。
「これが こたえ」と いえる ところまでは、まだ 来て いません。
ここまでの話をまとめると、夢が消えやすい理由として、少なくとも三つの考えが並んでいます。眠っている間は前頭前野の働きが落ちて記憶に書きこみにくいこと、目が覚めて初めて長期記憶に移せるという考え方、レム睡眠中に海馬の活動を抑える神経がマウスで見つかったことです。
これらは互いに打ち消し合うものではなく、重なって働いているのかもしれません。ほかにも、レム睡眠中の脳内の化学物質のバランスが関わるという説もありますが、こちらは確定していません。
夢を忘れる決定的な理由は、まだ分かっていません。
ここまでの三つの説明は、互いに排他的ではない。睡眠中の前頭前野の活動低下は、符号化の入口が弱いことを示す。覚醒‐検索モデルは、保存に覚醒が要ることを言う。MCH神経は、レム睡眠中に海馬の活動を能動的に抑えることで、記憶の定着を妨げうる。段階の異なる要因が重なっている可能性がある。
レム睡眠中にアセチルコリンが覚醒時の水準に戻る一方で、ノルアドレナリンが低いままであることが忘却に関わる、という説も紹介されているが、確定はしていない[6]。
残る問いは、ヒトでMCH神経に当たる仕組みが同じように働くのかどうかである。夢の忘却を直接たしかめる研究は、これからの課題として残っている。
6. あした、あさ いちばんに やって みよう
6. 朝いちばんの30秒で、自分の夢を残してみる
6. 自分の夢の想起を、短い記録で確かめる
ねる まえに、えんぴつと ノートを まくらの そばに おいて おきます。あさ 目が さめたら、おきあがる まえに、おもいだせた ことを ひとこと だけ かきます。
「ねこが いた」だけでも かまいません。つづけて みると、おぼえて いる 日と、おぼえて いない 日が あるのに 気づきます。
ゆめを おぼえて いた 日は、よなかに 目が さめた 気が するか、思いだして みると おもしろいかも しれません。
夢の想起は、目覚めてすぐに薄れていくといわれます。そこで、枕元にメモ帳と鉛筆を置き、目が覚めたら起き上がる前に、思い出せたことを一言だけ書いてみます。「ねこがいた」「走っていた」くらいで十分です。
1〜2週間続けると、書ける日と書けない日の差が見えてきます。書けた日は夜中に目が覚めた覚えがあったか、前の日の就寝時刻はどうだったかを、あわせて書いておくと、自分なりの傾向を探る手がかりになります。ただし、これはあくまで自分の観察で、研究の結論にはなりません。
この記事で触れた研究の概要は、出典のJSTのページなどに日本語でまとまっています。
覚醒‐検索モデルの予想は、日常でも小さく試せる。枕元に筆記具を置き、覚醒直後に思い出せた内容を一言だけ書く。あわせて、夜中に目が覚めた覚えの有無と就寝時刻を記録する。
1〜2週間分を並べて、書けた日と書けない日で、夜間覚醒の自覚に差があるかを見る。ただし自覚できる覚醒は一部にすぎず、n数も少ない。一人の記録は、研究の結論にはならない。
マウスの実験は、JSTの発表(日本語)で読める。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本記事は、以下の資料をもとに、独自に整理して書いたものです。
- 科学技術振興機構(JST)「レム睡眠中に記憶を消す神経を発見」名古屋大学ほか、2019年9月20日 https://www.jst.go.jp/pr/announce/20190920/index.html (MCH神経の実験、夢の忘れやすさ)
- Vallat R, Ruby P ほか, Frontiers in Human Neuroscience, 2019. https://www.frontiersin.org/journals/human-neuroscience/articles/10.3389/fnhum.2019.00370/full (前頭前野、覚醒‐検索モデル、夜間覚醒の比較)
- Neuroscience News「Brain recalls dreams」(Eichenlaub ほか 2014 の紹介) https://neurosciencenews.com/brain-recalls-dreams-761/ (夢をよく覚える人の脳の血流)
- NINDS(米国国立神経疾患・脳卒中研究所)プレスリリース「The brain may actively forget during dream sleep」 https://www.ninds.nih.gov/News-Events/News-and-Press-Releases/Press-Releases/brain-may-actively-forget-during-dream-sleep (同じ研究の海外での紹介)
- PubMed 22024432(夢の想起率の総説) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22024432/ (睡眠の段階ごとの想起率)
- Live Science「Why we forget dreams so quickly」 https://www.livescience.com/62703-why-we-forget-dreams-quickly.html (神経伝達物質の説の紹介)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。