このサイトは、ほんの入り口です

ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ドリンクバーは、だれが おもいついた の?

ドリンクバーは、お客さんの「勝手にセルフ」から生まれた? ── 始まりと機械の中身

ドリンクバーの誕生(1992年・ガスト)と、ポストミックス式ディスペンサーの原理 ── ソーダファウンテンから続く混合比の制御

分野:歴史・文化

ファミレスの ドリンクバーは、お店の 人が はじめから 「じぶんで 入れて ください」と 考えた ものでは なかった のかも しれません。

きっかけは、お客さんが コーヒーを じぶんで ついで いた ことだと いわれます。どうして そこから ドリンクバーに なったのか、きかいの 中は どうなって いるのか、わかります。

ファミレスのドリンクバーは、お店が最初から「セルフにしよう」と決めたものではなく、お客さんが自分でコーヒーを注ぐ姿を見たことがきっかけだと、運営会社の広報が説明しているそうです[3]。

なぜそこから、好きな飲み物を何杯でも選べる仕組みになったのでしょうか。始まりの物語と、ボタンを押すとシロップと炭酸水が混ざって出てくる機械の中身、その原理が約200年前の飲み物の店にさかのぼることが分かります。

日本のファミリーレストランでドリンクバーが始まったのは、1992年、すかいらーくグループのガストだとされる[1]。発案のきっかけは、客が席のそばに置かれたコーヒーを自分で注いでいた光景だった、と運営側の広報は説明している[3]。

なぜセルフの飲み放題という形になったのか。機械の中でシロップと炭酸水は、どんな仕組みで一定の割合に保たれるのか。その原理は19世紀のソーダファウンテンとどうつながるのか。この記事では、その形になった理由と、一定の割合に保たれる仕組み、ソーダファウンテンとのつながりが分かる。

読み方を切り替えられます。画面の上にある「よみかた」のボタンで、小学校低学年むけ・小学校高学年むけ・中学生むけの3つの書き方に切り替わります。むずかしいと思ったら、いつでもやさしい方に戻ってください。選んだ読み方はブラウザが覚えているので、次に別の記事を開いたときも同じ読み方で始まります。

1. いつ、どこで はじまった の?

1. 不況の中で生まれた新しいお店「ガスト」

1. 1992年3月・ガスト1号店 ── バブル崩壊後の低価格業態

にほんの ファミレスで ドリンクバーが はじまったのは、1992ねんの ガストだと いわれて います[1]。

ガストの 1ごうてん(こだいらてん)が ひらいたのは、1992ねんの 3がつです[2]。

そのころは、せけんの おかねの まわりが わるく、みんなが むだづかいを さけて いた じだいでした。そこで、やすくて おいしい あたらしい お店として うまれたのが ガストでした[2]。

1992年3月、ガスト1号店

すかいらーくグループの公式な歴史によると、ガストの1号店(小平店)は1992年3月に開店しました[2]。バブル経済が崩れて不況になり、その試練の中で生まれた新しい業態がガストだと説明されています[2]。

ドリンクバーも、ここから

日本のファミレスのドリンクバーは、この1992年のガストの創業時に始まったとされています[1]。

すかいらーくグループの公式沿革は、ガスト1号店(小平店)の開店を1992年3月とし、バブル崩壊後の不況という試練の中で誕生した業態と位置づけている[2]。

ドリンクバーについては、報道記事がガスト創業時(1992年)の開始としている[1]。なお別の解説には、1987年にショッピングセンターの飲食店の責任者が飲料メーカーと相談したことを起点とする記述もあるが[4]、一次資料を確認できていないため、本稿は「ファミレスでは1992年のガスト」にとどめる。

2. ひらめきは、お客さんの すがたから

2. 「勝手に注いでいる」のを見て思いついた

2. 発案の経緯 ── 客が自分で注ぐ姿

ガストでは、おかわり じゆうの コーヒーを、店の 人が せきまで はこんで いました。

ある とき、店の 人が だいの 上に おいて いた コーヒーを、お客さんが じぶんで ついで いる ところを 見ました。そこから 「これは、はじめから セルフに すれば いいのでは」と 思いついた、と ガストの こうほうの 人が はなして いると つたえられて います[3]。

ひらめきの もとが、お客さんの ふつうの うごきだった ところが おもしろい ところです。

席に運ぶより、自分で注いでもらう

当時のガストは、おかわり自由のコーヒーをスタッフが席まで運んでいました。あるとき、台の上にたまたま置いてあったコーヒーを、お客さんが自分で注いでいるのが目に入りました。そこから、ドリンクバーという形を思い付いたと、すかいらーくの広報が語っているとされます[3]。

運ぶ手間が減るだけでなく、飲みたいときに飲みたい量を自分で選べる、という点でお客さんにも合っていたのでしょう。ただし、これは広報の説明を報じた記事によるもので、社内でどんな話し合いがあったかまでは分かりません。

発案のきっかけとして報じられているのは、お替わり自由のコーヒーを席へ運んでいた際に、スタッフが台に置いていたコーヒーを客が自分で注いでいた光景を見たことだ、という広報の説明である[3]。

この説明は広報の談話を報じた記事による間接的な情報であり、社内での検討経緯までは確認できない。ここでは「現場の観察が発想の起点になった」という一点にとどめる。

3. はじめは、あったかい のみものだけ

3. 最初はホット中心 ── お客さんも戸まどった

3. 初期のホットドリンク中心の提供と、コールドの追加

はじめの ドリンクバーは、コーヒーや こうちゃなど、あったかい のみものが 中心でした[3][1]。

お客さんは、「こんなに じゆうに のんで いいの?」と おどろいたり、おかわりの しかたに とまどったり した人が おおかった、と ガストの こうほうの 人は はなして います[3]。

そのあと、つめたい のみものの きかいが くわわり、つめたい のみものも えらべる ように なりました[1]。

デキャンタから始まった

ガストは当初、デキャンタ(ガラスの容器)に入れたコーヒーとお湯を出す、温かい飲み物の飲み放題から始まりました。ティーバッグの紅茶やお茶は、お湯で自分で入れる形です[1]。種類は十数種類だったと広報は述べています[3]。

驚きと戸まどい

広報によると、驚くお客さんが多く、おかわりの仕方に戸まどう人もたくさんいたそうです[3]。今では当たり前の「自分で立ち上がって注ぎに行く」ことも、はじめは新しいやり方でした。

コールドが加わる

その後、冷たい飲み物や、一杯ずつ豆をひくコーヒーマシンが加わっていきました。冷たい飲み物を出す機械(ディスペンサー)は、1990年代後半にはあったとされます[1]。導入した年そのものは、資料からは決められません。

報道によれば、ガストはデキャンタでのコーヒーとお湯(ティーバッグの紅茶・茶用)によるホットドリンクの飲み放題から始まり、その後コールドドリンクや一杯挽きコーヒーマシンが加わった[1]。広報は、当初の種類を十数種類のホットドリンクと語り、客の多くが驚き、お替わりの方法に戸惑う人も多かったと述べている[3]。

ディスペンサーは1990年代後半には存在したとされるが[1]、コールド導入の正確な年は、参照した資料では確定できない。

4. 「ドリンクバー」は、にほんで うまれた ことば?

4. 「ドリンクバー」という呼び名と、海外のおかわり自由

4. 「ドリンクバー」の語と米国のフリーリフィル

「ドリンクバー」は、にほんで うまれた よびかただと いわれて います[4]。

アメリカにも 「おかわり じゆう」の お店は あります。でも、じぶんで ついで まわる やりかたとは ちがう、と せつめいされて います[4]。

いろいろな のみものを じぶんで えらぶ たのしさは、にほんの ファミレスで そだった ものかも しれません。

「ドリンクバー」という言い方は、日本で生まれた呼び名とされます[4]。米国には、追加料金なしで何度でも飲み物を注ぎ足してもらえる「フリーリフィル」がありますが、客が自分で注いで回る日本式のドリンクバーとは、別の文化として説明されています[4]。

海外の歴史そのものは、詳しくは扱いません。

「ドリンクバー」は和製の呼称とされる。米国には客が自分で注ぐ形ではないフリーリフィルがあり、日本式のドリンクバーとは別の文化と説明される[4]。ただしこれは百科事典的な記述であり、米国側の歴史については信頼できる一次資料を確認していないため、比較は深入りしない。

5. きかいの 中では、どう まざって いるの?

5. ボタンを押すと、シロップと炭酸水が決まった割合で出てくる

5. ポストミックス式ディスペンサー ── 体積比を保つピストン機構

きかいの 一れいでは、シロップと たんさんすいが、おす ときに はじめて まざります[5]。

たとえば、ふたつの みずでっぽうを 1本の ぼうで つないで、いっしょに おす ところを おもいうかべて ください。大きい ほうから 水が 5、小さい ほうから 1 出るなら、いつでも 5たい1の わりあいで 出ます。

ただし ほんとうは、みずでっぽうでは なく、水の ちからで うごく ピストンの しかけです[5]。

この 5対1は、とっきょの せつめいに 出て くる ひとつの れいで、どの きかいも 同じ わけでは ありません。

注ぐ瞬間に混ぜる

ボタンを押した瞬間に、シロップと炭酸水を混ぜて出すやり方を、ポストミックス式といいます。あらかじめ混ぜたものをためておくのではなく、出す直前に混ぜるので、味と炭酸の強さを保ちやすいと考えられます。

比率を保つピストン

米国のある特許には、ピストンの中の部屋を、炭酸水の部屋とシロップの部屋にきまった比率で分けるしくみが説明されています。たとえば5対1のような比率です[5]。水圧でピストンが動くので、水の流れが少し変動しても、もう片方の流れが追いかけて、比率が一定に保たれるとされています[5]。

この5対1は特許にある一例で、日本のファミレスで使われる機械の実際の比率や仕組みは、資料からは分かりません。

ポストミックス式ディスペンサーは、吐出の直前にシロップと炭酸水を混合する方式である。US5121855A(Beverage dispenser system using volumetric ratio control device)では、ピストン内の総容積を炭酸水室とシロップ室に所定の比率(例:5:1)で分け、水圧でピストンを動かして体積比を保つ[5]。

同特許は、一方の流量が変動しても他方がそれに追従するようピストンが補い、比率が一定に保たれると説明する[5]。5:1は特許中の一例にすぎず、日本のファミレスで使われる機種や実際の比率は、確認できていない。

6. もとは、200ねんまえの お店

6. 約200年前の「ソーダファウンテン」につながる

6. ソーダファウンテンの系譜 ── 1832年の製造開始

たんさんすいを うる しょうばいは、19せいきの はじめごろ、アメリカに ありました[6]。

1832ねんには、ニューヨークと フィラデルフィアで、たんさんの のみものを だす そうち「ソーダファウンテン」を つくる 人たちが あらわれました[6]。

ドリンクバーの きかいの 中では、200ねん ちかく まえから つづく 考えかたが いきて いる のかも しれません。

薬局で栄えた飲み物

炭酸水を売る商売は、19世紀初めの米国にありました。1832年には、ニューヨークのジョン・マシューズとフィラデルフィアのジョン・リピンコットが、ソーダファウンテン(炭酸飲料を出す装置)の製造を始めたとされます[6]。20世紀前半から中ごろにかけて、薬局などで栄えました[6]。

つながりを、ほどよく見る

ソーダファウンテンで炭酸水とシロップを混ぜる考え方は、いまのポストミックス式にも似ています。ただし、直接受け継がれたというより、似た発想が形を変えて残っていると見るのがよさそうです。

炭酸水を売る商売は19世紀初頭の米国にあり、1832年にニューヨークのジョン・マシューズとフィラデルフィアのジョン・リピンコットがソーダファウンテンの製造を始めた。20世紀前半から中ごろにかけて、薬局などで栄えた[6]。

現代のポストミックス式との直接のつながりは示さず、発想の共通点にとどめる。

自分でも しらべて みたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

おうちに、水で うすめて のむ ジュースの もとが あれば、おうちの 人と いっしょに、コップに 入れる りょうを かえて みましょう。たとえば もとを 1、水を 4 と 5と 6 の じゅんで つくって、あじを くらべます。ちがう わりあいで つくった コップを のみくらべて、あじが どう ちがうか かくにん してみましょう。

ファミレスに 行ったら、きかいの 出口に 注目して みましょう。

今日できること:家にある、水で薄めて飲むジュースや麦茶の原液を使い、家の人と一緒に、割合を変えて味を比べてみましょう。原液1に水4、5、6のように決めて、同じ計量カップで測ります。割合を変えると、味がどう変わるか比べられます。炭酸は使いません。

出かけてできること:ドリンクバーで、ボタンを押してから飲み物が出るまでを観察し、何種類くらいの飲み物が、いくつの出口から出るのか数えてみましょう。

公式情報:すかいらーくグループの公式サイトの「歴史・沿革」に、ガスト開店当時の説明があります。

ガスト開店の背景は、すかいらーくグループの公式サイト「歴史・沿革」[2]で読める。発案談は報道記事[3]、機械の原理は特許文献[5]にあたるとよい(英語)。ソーダファウンテンの歴史は英語版百科事典の項目[6]から入れる。1987年説のように出典が割れている点は、原資料に近い記事を探して確かめる価値がある。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:報道記事(ITmedia ねとらぼ・日刊SPA!)、すかいらーくグループの公式沿革、米国特許、百科事典の記述を突き合わせた。発案談と一部の経緯は、運営側の広報の説明を報じた二次資料に基づく。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. ITmedia ねとらぼ「ドリンクバーってどこが始めたの?」。https://nlab.itmedia.co.jp/cont/articles/3371811/ (1992年のガストでの開始、ホットからコールドへの広がりについて)
  2. すかいらーくグループ「歴史・沿革」。https://corp.skylark.co.jp/about/history/ (ガスト1号店の開店時期と背景について)
  3. 日刊SPA!(すかいらーく広報の説明を引用した記事)。https://nikkan-spa.jp/1884588 (発案のきっかけ、初期の種類、お客さんの反応について)
  4. Wikipedia「ドリンクバー」。https://ja.wikipedia.org/wiki/ドリンクバー (呼び名と米国のフリーリフィルの違い、1987年説について)
  5. US5121855A「Beverage dispenser system using volumetric ratio control device」。https://patents.google.com/patent/US5121855A/en (シロップと炭酸水を一定の体積比で混ぜる仕組みの一例について)
  6. Wikipedia「Soda fountain」。https://en.wikipedia.org/wiki/Soda_fountain (ソーダファウンテンの歴史について)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。