1. どうして 竹を つなぐの?
1. 江戸和竿は、種類のちがう竹を継ぐ
1. 江戸和竿は、4種類の竹を継いで作る
つり竿を 見て ください。先の ほうは 細くて、元の ほうは 太い ことが 多いですね。江戸わ竿は、この 一本が、ちがう 竹を つないで できて います[1]。
つかう 竹は、布袋竹、矢竹、淡竹、真竹などです。みんな 竹ですが、すこしずつ ちがう 竹なのです[1]。
こういう 竿を、継竿と いいます。つなぎ目を ぴったり あわせる くふうは、あとで 見て いきます。
一本の竿が、ちがう竹の集まり
東京都の伝統工芸品のページによると、江戸和竿は、何本かの異なる竹を継ぎ合わせて一本の釣り竿にする「継竿(つぎざお)」です。使われる竹として、布袋竹、矢竹、淡竹、真竹などがあげられています[1]。
同じ竹を切って継ぐのではなく、種類のちがう竹を組み合わせる点が、まず目を引きます。つなぎ目をどう仕上げるかは、4つめの章で見ます。
2. 江戸の 人は、竿で なにを して あそんで いたの?
2. 江戸で広がった、遊びの釣り
2. 江戸で釣りが広まり、魚に合わせた竿が作られた
江戸の 町では、むかし、へいわな 時代が つづきました。そのなかで、おさむらいさんや お金もちの 町の 人たちが、つりを あそびとして たのしむように なったと いわれます[3]。
あそびなので、えものに あわせて えらびたく なります。江戸わ竿は、江戸の ちかくで つれる いろいろな 魚に あわせて、たくさんの しゅるいが 作られました。魚や つり方に あわせて、竿の しゅるいを えらべました。鮒や タナゴの ような 小さな 魚の ための 小さな 竿も あります[2]。
いまで いえば、スポーツで きょうぎごとに ちがう どうぐを つかうのと にて います。ただし ほんとうは、竿の しゅるいは もっと たくさん あります。
太平の世と、釣りの流行
神奈川新聞の記事は、江戸和竿が、戦のない世で武士や裕福な町人のあいだに釣りが遊びとして広がるなかで生まれたと説明しています。同じ記事では、横浜の竿は漁師が大きな魚を釣るために考えた実用向けで、江戸和竿は「遊び」向けという対比も紹介されています[3]。ただしこれは新聞記事の説明で、すべての竿に当てはまるとは限りません。
魚ごと、釣り方ごとの竿
Wikipediaは、江戸和竿の最大の特徴を多様性だと紹介しています。江戸の周辺で釣れる多くの魚と釣り方に合わせて、いろいろな竿が作られました。小継竿という、フナやタナゴなど小さな魚向けの竿もその一例とされます[2]。
江戸時代の釣りの本として知られる『何羨録』(1723年)にも、すでに継竿の選び方の記述があると、Wikipediaは紹介しています[2]。
江戸和竿は、太平の世に武士や裕福な町人のあいだで釣りが遊びとして広まるなかで生まれた、と神奈川新聞は説明する。同じ記事は、横浜竿を漁師が大物釣り用に考案した実用向けとして対比するが、これは一つの記事の説明で、一般化はできない[3]。
Wikipediaは、江戸和竿の最大の特徴を多様性とし、江戸周辺で釣れる多くの魚種・釣法に合わせた竿が作り分けられたと紹介する。小継竿(こつぎざお)はフナ・タナゴなど小魚用の例とされる[2]。遊びの釣りだからこそ、獲物と釣り方ごとに竿を選ぶ楽しみが成り立った、とも読める。
1723年(享保8年)の日本初の釣りの解説書『何羨録』(かせんろく、津軽采女=つがる うねめ)には、すでに継竿の選び方の記述があると、Wikipediaは紹介している[2]。
3. まがった 竹を、どうやって まっすぐに するの?
3. 曲がった竹を、火であぶって真っすぐにする
3. 火入れと矯めで、曲がった竹を真っすぐにする
竹は、まがって いる ものが 多いです。竿に する ためには、まっすぐに しなければ なりません。そこで つかうのが、火です。
竹を 火に とおして、あぶります。これを火入れと いいます。火を とおしながら、竹の 油を ぬきます[1]。
そのあと、矯め木と いう どうぐで、まっすぐに なおします。この 作業は、弓矢づくりの わざが もとに あると いわれます[1]。
ある 竿師の 人は、矯めと 火入れを 身に つけるには、10年は かかると 話して います[3]。
火にくぐらせ、矯め木でのばす
東京都のページによると、竹は火を通しながら油を抜き、矯め木を使って真っすぐにします[1]。この「火入れ」と「矯め」は、和竿づくりの大事な作業で、弓矢づくりの技が土台にあるといわれます[1][3]。
身につけるには10年
神奈川新聞が紹介する竿師の汐よしさんは、矯めと火入れが大事な作業で、身につけるには10年はかかると語っています[3]。一人の職人の言葉で、すべての職人に当てはまるとはいえませんが、手の感覚をみがく仕事であることが伝わります。
竹を乾かす時間
竹は、削って油を抜き、乾燥させてから使います。乾燥の期間は、数年かけると説明する資料もあれば、天日で1〜3か月とする説明もあり、工程のどの段階の話かで異なるようです[4]。
4. つなぎ目は、どうして ぐらぐら しないの?
4. つなぎ目をガタつかせず、竿をよくしならせる工夫
4. 継ぎ口・絹糸・漆 ── 継ぎ目を補強する三つの手仕事
えんぴつを 2本 つないで もつと、つなぎ目だけ カクッと まがりますね。竿は、そう なっては こまります。
そこで、つなぎ目の ところを とても ていねいに あわせます。ガタつかず、竿ぜんたいが よく しなるようにする ためです[4]。
つなぎ目には、絹糸を まいて、漆を ぬります。こうすると、つなぎ目が 強く なって、われにくく なります[4]。
この つり竿では、絹糸を まき、本物の 木の しるから とった 漆を ぬる ことが、むかしから つかわれて きた ざいりょうと して、東京都の しりょうに のって います[1]。
5. 竿づくりの 名人は、いま どうして いるの?
5. 名門の系統と、受けつがれてきた竿
5. 泰地屋東作の系譜と、指定・技の継承
江戸の 上野に、天明8年(1788年)に はじまったと される 竿の 店が あります。名前は、泰地屋東作。いまの 職人さんの 多くは、この 店に つながると いわれます[1]。
江戸時代には、大名が 竿の かざりを きそったと いわれます。竿は、道具ではなく 美しい 作品の ような ものに なりました[4]。
江戸わ竿は、1984年に 東京都の、1991年に 国の でんとうこうげい品に 指定されました[2]。いまでは、グラスファイバーや カーボンの 竿が ふえて、わざが なくなる ことを しんぱいする 声も あります[4]。
上野で始まった名門
東京都のページは、天明8年(1788年)に上野の広徳寺前で創業したとされる泰地屋東作に、江戸和竿づくりが負うところが大きいと述べます。今の職人の多くが、その系統にたどり着くとされます[1]。創業年には1778年や1783年とする文献もあり、1788年は現在の通説です。
飾りを競った大名、そして指定
伝統工芸 青山スクエアの紹介では、江戸時代には大名が仕上げの飾りを競い、竿は美術工芸のような域に達したとされます[4]。江戸和竿は、1984年に東京都の伝統工芸品、1991年に当時の通商産業省から国の伝統的工芸品に指定されました[2]。
いっぽう、グラスファイバーやカーボンの竿が現れて需要が減り、後継者不足から技の喪失が心配されているとも伝えられます[4]。
6. 自分でも しらべて みたく なったら
6. 自分でも調べてみたくなったら
6. 自分でも調べてみたくなったら
今日 できること
おうちに、竹で できた ものが ないか さがして みましょう。ものさし、ざる、かご、ひごなど。竹の 色や、ふしの あいだの 長さを、くらべて みます。
竹は われると とげのように ささる ことが あります。さわる ときは、手ぶくろを して、おとなと いっしょに 見て くださいね。
出かけて できること
つり ぐを 売る 店や、きょうどの こうげいを しょうかいする 場所に、竿が ならんで いる ことが あります。つなぎ目や 糸の まき方を 見て みましょう。ただし、火を つかう 作業は、見学の 場所の ルールを まもって ください。
公式の じょうほう
東京都の でんとうこうげい品の ページに、江戸わ竿の せつめいが のって います[1]。
今日できること
家にある竹の製品(物差し、ざる、かごなど)を、竹の色や、ふしの間隔を比べながら観察してみましょう。同じ竹でも、色や太さが少しずつちがうことに気づくかもしれません。割れた竹はとげになることがあるので、手袋をして、おとなといっしょに見てください。
出かけてできること
釣り具店や、伝統工芸を紹介する場所に、竿が並ぶことがあります。継ぎ目の部分の糸の巻き方や、漆の色を見てみましょう。工房の見学では、火を使う作業の約束を守ってください。
公式情報
東京都の伝統工芸品のページに、江戸和竿の紹介があります[1]。
今日できること
家にある竹製品を観察し、節の間隔や色を比べる。竹の色が一本ごとにどれくらい違うかも見比べるとよい。和竿を見られる場所があれば、継ぎ目の糸の巻き方と漆の色も確かめられる。割れた竹はとげになるため、手袋をして扱う。
資料を読むなら
東京都の伝統工芸品ページ([1])が、工程と素材の要件をまとめている。工程ごとの説明は[4]にもある。『何羨録』の原典は、継竿の選び方に関する記述を確かめる手がかりになる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。工程の説明は東京都と伝統工芸 青山スクエア、広まりの背景と指定の年は新聞記事とWikipediaを突き合わせました。
- 東京都 伝統工芸品「江戸和竿」 https://www.dento-tokyo.metro.tokyo.lg.jp/items/20.html (竹の種類・火入れと矯め・絹糸と漆・創業の記述)
- 江戸和竿(Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/江戸和竿 (指定の年・多様性・『何羨録』の紹介)
- 神奈川新聞カナロコ https://www.kanaloco.jp/news/culture/entry-63022.html (釣りが遊びとして広がった背景・竿師の談話)
- 伝統工芸 青山スクエア https://kogeijapan.com/locale/en_US/edowazao/ (継ぎ口の工夫・乾燥・大名の飾り・技の継承)
なおした ところ
更新履歴
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