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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

目で 見るだけで、パソコンの 文字が えらべるのは どうして?

目の動きだけでパソコンの文字を選べるのは、どんなしくみなのか

視線入力はどうやって見ている点を割り出し、「見ただけで押す」誤作動をどう避けるのか

分野:技術

手も 声も つかわずに、目で 見るだけで パソコンの 文字を えらんで、ことばを つたえる 人たちが います。

目は なにも さわって いないのに、どうして 画面の どこを 見て いるのか 分かるのでしょう。そして、見る たびに 文字が 打たれて しまわないのは、なぜでしょう。目に 見えない 光の 使い方と、まちがえない ための くふうが 分かります。

手も声も使えなくても、目の動きだけでパソコンの文字を選び、ことばを伝える人たちがいます。目は画面に何も触れていないのに、なぜ「どこを見ているか」が分かるのでしょうか。

もう一つ、不思議なことがあります。人は一日中いろいろなものを見ているのに、見るたびに文字が打たれたりはしません。目に見えない光で視線を割り出すしくみと、見ただけで押してしまわないための工夫が分かります。

手も声も使えない人が、目の動きだけで文字を綴り、絵まで描く。入力装置は何も触られていないのに、画面上の注視点を割り出せるのはなぜか。そして、人は何かを見るたびに、それを命令にしてほしいとは思わない。この矛盾をどう扱っているのか。

近赤外線の反射点と瞳孔の位置関係から視線を計算するしくみ、「見ただけで押す」誤作動(Midasタッチ問題)とその対策、ALSの人が使う実例とその限界が分かる。

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1. 目は なにも さわらないのに、見ている ところが どうして 分かるの?

1. 目に見えない光を当てると、見ている場所が分かる

1. 瞳孔と反射点のずれから、見ている点を計算する

しせん にゅうりょくの パソコンの 前には、小さな カメラと、光る 部品が おいて あります。その 光は 近赤外線と いって、人の 目には 見えません[1]。まぶしく ないので、使う 人の じゃまに なりません。

この 光が 目に あたると、黒目の まん中の あな(瞳孔どうこう)と、目の 前の すきとおった まく(角膜かくまく)に、小さな 光の 点が うつります[1]。

カメラは、瞳孔どうこうと 光の 点の 2つを とります。目が 画面の 右がわを 向くと、瞳孔どうこうは 動くのに、光の 点との きょりが かわります。この ずれ方から、画面の どこを 見て いるかを 計算するのです[1]。黒目の 向きだけを 見て いるのでは ありません。

ビーだまに ライトを あてると、つるつるの 面に 光の 点が うつります。目の 角まくも つるつるで、おなじように 光を うつします。ただし 本当は、目は ビーだまより ずっと ふくざつです。

では、この 計算は、使い はじめから ぴったり 合うのでしょうか。

視線入力装置の多くは、人の目に見えない近赤外線の光とカメラを使います。画面の前に置かれた光源から目に光を当て、瞳孔の中心と、角膜の表面に映る小さな光の点(反射点)を撮影します[1]。日本の学会発表でも、操作する人の正面に近赤外線のLEDとカメラを置き、瞳孔中心と角膜表面の反射像(プルキニエ像)を撮る方式が基本とされています[2]。

ポイントは、カメラが見ているのが黒目の向きだけではないことです。目が回ると、瞳孔の位置は動きますが、反射点との位置関係が変わります。この2点を結ぶ向きと長さから、画面上の見ている点を計算します[1]。

近赤外線を使う理由は2つあります。人の目に見えないので、使う人の邪魔にならないこと。それに、ふつうの光より周りの明るさの影響を受けにくいことです[1]。

ビー玉にライトを当てると、つるつるの面に光の点が映ります。角膜も表面がなめらかで、同じように光を映します。もちろん実際の目はビー玉よりずっと複雑です。では、この計算は、使い始めたその瞬間から合うのでしょうか。

実は、その前にやることがあります。

主流の方式は瞳孔角膜反射法(PCCR)と呼ばれる。近赤外光で目を照らし、カメラで瞳孔の中心と、角膜に映る光の点(グリント)を撮る。眼球が回転すると瞳孔は反射点に対して動くため、2点を結ぶベクトルから注視点を求められる[1]。国内の学会発表でも、操作者の正面に近赤外LEDとカメラを置き、瞳孔中心とプルキニエ像(角膜表面の反射光)を撮像する方式が基本とされる[2]。

注意したいのは、黒目の向きだけを測っているのではない点だ。角膜はなめらかな球面に近く、光源からの反射点は眼球が回っても瞳孔ほどには動かないため、基準点の役目を果たす、と理解できる。この基準点の説明は、資料の記述から筆者が組み立てた理解である。

近赤外線を使うのは、人の目に見えず操作の邪魔にならないこと、可視光より周囲の明るさの影響を受けにくいことによる[1]。反射を作るのは瞳孔と角膜である。

ところが、この計算は目の形に左右される。眼球の大きさや角膜の曲がり方には個人差があるため、2点のずれと視線の角度の対応づけは、使い始める前に確かめる必要が出てくる。その手順が次章のキャリブレーションである。

2. 使い はじめに、画面の 点を 見るのは なぜ?

2. 使い始めに画面の点を見つめる「キャリブレーション」は、何のためか

2. キャリブレーションは、画面の点を見て視線のずれを合わせる較正である

たくさんの そうちでは、しせん にゅうりょくを 使い はじめる ときに、画面に 出る 点を、じゅんばんに 見ていきます。この 手じゅんを キャリブレーションと いいます[2]。

画面の どこに 点が あるかは、パソコンが 知って います。そこで、その 点を 見た ときの 瞳孔どうこうと 光の 点の ずれ方を おぼえて もらい、「この ずれ方なら、画面の この あたり」と むすびつけて いきます[2]。

これは、はじめて 会う 人に、地図の 目じるしを 教えて もらう ことに にて います。ただし 人に よって 目の 形は ちがうので、使う 人に 合わせて、はじめに 合わせる ひつようが あります[3]。

体が 大きく うごいた ときも、ずれが 出ます[3]。また、メガネや コンタクトを つけて いる か どうかも、とうろくの ときと おなじに します[3]。目を 使う そうちは、その ぶん、ていねいに 合わせる 道具なのです。

場所が 分かる ように なりました。ところが、場所が 分かるだけでは、まだ こまる ことが あります。

多くの装置では、使い始めに、画面に順番に出る点を見つめます。画面上の位置が分かっている点を見たときの、瞳孔と反射点の位置関係を記録し、視線の角度と対応づけるためです[2]。

この手順をキャリブレーションと呼びます。目の形には個人差があるため、同じ「右を見る」でも、人によって2点のずれ方は少しずつ違うからです。

ただし、一度合わせれば終わり、というわけではありません。操作する人が変わったり、体が動いたりすると誤差が出るので、そのたびにやり直す必要があり、利用上の課題とされています[3]。カメラ製品の案内も、登録したときと同じ目の状態(裸眼、コンタクト、眼鏡)で使うよう求めています[3]。

つまり視線入力は、目という個人差の大きいものを、毎回ていねいに合わせて使う道具です。位置が分かるようになった次に困るのは、実はその「見る」という動作そのものです。

多くの装置のキャリブレーション(較正)では、画面上の既知の複数の点を順に見てもらい、各点を見たときの瞳孔と反射点の位置関係を記録して、視線角度との対応を作る[2]。個人差を吸収するのが目的である。

その限界も、資料で指摘されている。操作者の交代や体動によって較正値に誤差が生じ、そのたびにやり直す必要があり、利用上の課題とされる[3]。カメラ製品の案内も、登録時と同じ目の状態(裸眼・コンタクト・眼鏡)で使うよう求める[3]。ここから、視線入力が眼鏡の有無のような「目のまわりの条件」にも敏感な方式だと分かる。

なお、ここで引いたのは学会の講演抄録とメーカー案内の記述であり、較正の回数や頻度は装置ごとに異なる。数値を一般化しないほうがよい。

こうして位置の推定ができても、問題は終わらない。使う側が本当に困るのは、位置が分かった「その先」で起きる。

3. 見る たびに 文字が 打たれて しまわないのは どうして?

3. 見るたびに命令が実行されてしまう、「ミダス王」の困りごと

3. Midasタッチ問題と、滞留(dwell)方式のトレードオフ

マウスの 代わりに 目を 使うと、こまった ことが 起きます。見た ところが ぜんぶ おされた ことに なって しまうのです。

これを 1990年に ろんぶんに 書いたのが、ロバート・ジェイコブさんです。「見る たびに、つぎの めいれいが 動いて しまう」と 書いて います[5]。ふれた ものが ぜんぶ 金に なって しまう ミダス王の 話に ちなんで、ミダスタッチ問題と よばれます。

人は、なにかを 見ても、それが めいれいに なって ほしいとは 思いません[5]。文字を さがして 目が うろうろ するのは、ふつうの ことだからです。

そこで 考えられたのが、「ある 時間、見つづけたら えらんだ ことに する」やり方です。ふつう、ものを 見て いる あいだ、目が ほとんど 止まって いる 時間は、0.2から 0.6びょうほどだと 書かれて います[5]。それより 長く 見つめた ときだけ はんのうさせれば、ただ 見ただけでは 打たれにくく なります。その かわり、長く 見つめる ぶん、えらぶのは ゆっくりに なります。

ただし、見つめる 時間を 長く すると、えらぶのが おそく なります。みじかく すると、まちがえて えらぶ ことが ふえます。はやさと まちがいの 少なさは、かたほうを よく すると かたほうが わるく なる かんけいです[6]。ちょうどいい 時間は、しりょうに よって ちがいます。

では、この 目の 動きが 使える 人は、どんな 人たちでしょう。

目をマウスの代わりにすると、困ったことが起きます。見たところが、すべて押されたことになってしまうのです。

これを1990年の論文で取り上げたのが、研究者のロバート・ジェイコブさんです。論文は、見るたびに次々と命令が動いてしまうと述べ、人は何かを見ても、それが命令を意味しないでほしいと考える、と指摘しています[5]。触れたものがすべて金に変わってしまう「ミダス王」の話にちなみ、この問題は「Midasタッチ問題」と呼ばれます。

代表的な対策が、一定時間見つめ続けたときだけ選択とみなす「滞留(dwell)方式」です[6]。同じ論文は、物を見ているときに目が比較的止まっている時間を、200〜600ミリ秒、つまり0.2〜0.6秒の安定した期間と述べています[5]。ふつうに見ているだけの時間より長く見つめたときだけ反応させるわけです。

ただし、ここには速さと正確さのトレードオフがあります。見つめる時間を長くすると遅く不自然になり、短くすると意図しない選択が増えます[6]。ちょうどよい時間は資料ごとに違い、固定の数値としては言えません。

「見ること」と「選ぶこと」を、目だけでどう切り分けるか。ここが視線入力の設計の、いちばんの難しさです。では、この方法を、実際に必要としている人はどんな人たちでしょうか。

Jacobは1990年のCHI会議論文で、視線をポインタとして使うとき、「見る」だけで次々にコマンドが起動してしまうと述べた。人は何かを見ても、その視線が「意味」を持たないことを期待している[5]。触れた物が全て金に変わる王の神話にちなみ、Midasタッチ問題と呼ばれる。

この論文は、注視を200〜600ミリ秒の相対的な安定期間と述べている[5]。つまり0.2〜0.6秒は、ふつうの「見る」が自然に生む長さである。それより短い時間で反応させると、意図しない選択が起こりやすい。

代表的な対策が、一定時間の注視で選択とみなす滞留方式である[6]。ただし、滞留時間にはトレードオフがある。長くすれば誤選択は減るが、遅く不自然になり、短くすれば速くなるが意図しない選択が増える[6]。標準的な値は資料ごとに異なり、特許の記載などでも幅がある。ここでは、固定値として扱うのを避ける。

Jacob論文の元の議論は、障害のない利用者も含めた一般的な操作研究である。視線入力の課題が、特定の人だけでなく「目を入力に使うこと」そのものに由来する点が重要だ。ではこの方式を、実際に頼りにしている人たちはどんな状況にいるのか。

4. からだが うごかしにくく なっても、目は 使えるの?

4. 体が動かしにくくなっても、目の動きは残ることがある

4. ALSで眼球運動が意思伝達の手段になる理由と、その限界

ALSという 病気では、手足や 息を する きんにくが、だんだん うごかしにくく なる ことが あります。ようすは 人に よって ちがいます。この ようすが すすんだ あとは、目の 動きが 気持ちを つたえる 手だてに なる ことが 多いと、医学の ろんぶんに 書かれて います[4]。

だから、声が 出せなく ても、目で えらべる 道具が やくに 立ちます。

ただし、ALSの 人が みんな 同じように 目を 使えるわけでは ありません。目を 動かす はんいが せまく なる 人も いるそうです[10]。そこで、少ない 動きで ぜんぶの 文字を えらべる くふうが されて いる、と 学会で せつめいされて います[10]。

道具は、一人ひとりの からだに 合わせて つくられて いきます。

日本では、このような 意思を つたえる そうちを、国の せいどが 「ほそうぐ」に ふくめて きました。まだ 使える せいひんが 少なかった はじめの ころから、のちに 売られる ように なって、もうしこみが ふえたと いわれます[11]。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)では、呼吸筋や手足の麻痺が高度に進んだあと、眼球運動が意思伝達の手段になることが多いとされます[4]。目を動かす筋肉は、最後まで使える場合が多い、というのが視線入力の出発点です。

ただし、全員が同じように目を使えるわけではありません。症状が進むと、眼球が動く範囲が狭くなる人もいるとされます[10]。そこで、文字盤のほうを視線の方向に動かし、少ない目の動きですべての文字を入力できるようにする工夫が、学会発表で紹介されています[10]。装置は人に合わせて作られ、目が動く範囲で使えるように考えられているわけです。

日本には、体の機能を補うための用具に費用を支える制度があり、重度障害者用意思伝達装置も2006年度からその対象に入りました[11]。視線入力式は、当初は実用的な製品が少なく、のちに市販が進んで申請が増えたとされます[11]。

こうして目で文字を選べるようになった人たちは、そのあと何を始めたのでしょうか。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)では、呼吸筋および四肢の麻痺が高度に進んだ後、眼球運動が意思伝達の手段となることが多い[4]。眼球を動かす筋は、最後まで使える場合が多いと読める。この「多い」という言葉は重要で、全員に当てはまるわけではない。実際、症状が進むと眼球の動く範囲が狭まる例があるとされる[10]。

この制約への対応も、学会発表で説明されている。OriHime eyeは、文字盤を注視点の方向に動かすことで、少ない目の動きでも全文字を入力できるようにしているという[10]。ただしこの記述は講演要旨の要約にもとづく。装置の細部は、原文で確かめる価値がある。

制度の面では、日本では重度障害者用意思伝達装置が2006年度から補装具の種目になった。補装具は、身体の欠損または損なわれた身体機能を補完・代替する用具と定義される。視線入力式は、当初は実用的な製品が乏しく、のちに市販されて申請が増えた経緯が報告されている[11]。支給の割合などは年度によって変わる推計値なので、現状として固定して読むのは避けたい。

では、道具が整ったあと、使う人は何をしているのか。

5. 目だけで、どこまで できるように なったの?

5. 目で文字を選び、絵を描き、ロボットで出かける

5. OriHime eyeが広げた使い方 ── 文字入力、絵、分身ロボット

「OriHime eye」は、目の 動きや スイッチで もじばんから 文字を えらび、声に して 読みあげる 道具です[7]。なれると、1分間に 30から 40文字ほど 入力できるとされます[7]。

1分は 60びょうですから、30文字なら 1文字 2びょう、40文字なら 1.5びょうです。画面の 文字を 見つめて、次の 文字へ 目を うつす。その くりかえしで、ことばが つながって いきます。

この 道具は、分身ロボットの 「OriHime」を 動かす ためにも 使われます。からだを 動かせない 人が、目だけで ロボットを 通して 遠くを 見回したり、じんこう こきゅうきを つけたまま 家で はたらいたり する れいが しょうかいされて います[8]。

ALSの さかき ひろゆきさんは、筆を 持てず、話せず、がんきゅうしか 動かせない 中でも、この 道具で 絵を かき つづけて いると しょうかいされて います[9]。その はっしんを 見て、しせん にゅうりょくで 絵を かき はじめた とくべつ しえん がっこうの 子どもも いると いいます[9]。

OriHime eyeは、視線入力装置やスイッチで文字盤から文字を選び、読み上げる意思伝達ツールです。慣れれば1分間に30〜40文字前後の入力ができるとされます[7]。1分は60秒ですから、1文字あたり1.5〜2秒の計算です。見つめて選ぶ時間も、次の文字へ目を移す時間も、この中に入っています。

ALS患者らと試験を重ねて作られた装置で、分身ロボットOriHimeの操作にも使われます。体を動かせない人が目だけでロボットを通して周りを見回す例と、人工呼吸器をつけて在宅で働く例が、それぞれ紹介されています[8]。この紹介は2018年の記事なので、価格や提供状況は今は変わっているかもしれません。

榊浩行さんは、ALSで筆を持てず、話せず、眼球しか動かせない状態でも、OriHime eyeで絵を描き続けていると紹介されています[9]。その発信を見て、視線入力で絵を描き始める特別支援学校の子どもが出てきた、ともあります[9]。

目で「選ぶ」道具が、気持ちを伝えるだけでなく、誰かが次の挑戦を始めるきっかけにもなっている。これが、視線入力の広がりです。

OriHime eyeは、視線入力装置またはスイッチで文字盤から文字を選び、音声で読み上げる意思伝達ツールである。習熟すれば毎分30〜40文字前後を入力できるとされる[7]。単純計算では1文字あたり1.5〜2秒で、注視による選択と目の移動を合わせた時間になる。滞留時間のトレードオフは、入力の速さにも関わる。

この装置は、ALS患者らとの試験を重ねて作られ、分身ロボットOriHimeの操作にも使われる。体を動かせない患者が目だけで周囲を見回す例と、人工呼吸器をつけて在宅で働く例が、それぞれ紹介された。この報道は2018年のもので、価格や提供状況は変わりうる[8]。

榊浩行さんは、筆を持てず話せず眼球しか動かせない状態でも、OriHime eyeで絵を描き続けているという。その発信を見て、視線入力で絵を描き始める特別支援学校の子どもが出てきた、とも紹介されている[9]。ただし、これは本人や周囲の語りにもとづく一例であり、誰にでも同じ結果が得られることまでは意味しない。

装置が文字を選ぶ道具から、絵や遠隔の「出かけ」を支える道具へ広がっている点が、技術の面白さである。同時に、キャリブレーションの手間や、目の動きの個人差という前章までの制約が、すべて残ったままであることも忘れたくない。

6. 「見つめる 時間」を、友だちと ためして みよう

6. 「何秒見つめたら選んだことにするか」を、友だちと試してみる

6. 滞留時間のトレードオフを、手元で再現して確かめる

紙に 大きな ○を 4つ かいて、それぞれに 「あ・い・う・え」と 書きます。友だちに、えらんだ ○を こっそり 紙に 書いて、ふせて もらいます。そして その ○を 見つめて もらい、あなたは 友だちの 目を 見ながら、きめた びょうすうが たったら 「これを えらんだ」と 答えます。さいごに 紙を あけて、答え合わせを します。

つぎに ルールを 決めます。「3びょう 見つめたら えらんだ ことに する」。時計か タイマーを 見て ためして みましょう。それから 「1びょう」に して みます。どちらが 当てやすいか、まちがえやすいかを くらべます。

みじかい ほうが はやいけれど、まちがいも ふえる。しせん にゅうりょくが ぶつかって いる なやみを、少し 体で 感じられます。

もっと 知りたい人は、図書館で ALSや いし でんたつそうちの 本を さがして みましょう。

家にある紙とタイマーで、滞留方式のトレードオフを確かめられます。紙に大きな丸を4つ描き、「あ・い・う・え」と書きます。友だちに、選んだ丸をこっそり紙に書いて伏せてもらいます。そのうえで、その丸を見つめてもらい、あなたは相手の目の向きを見ながら、決めた秒数がたったところで「これを選んだ」と答えます。最後に紙を開いて答え合わせをします。

次に、ルールを2種類決めます。「3秒見つめたら選んだことにする」場合と、「1秒見つめたら選んだことにする」場合です。見つめる側は、わざと別の丸にも一瞬目を向けてみてください。1秒ルールでは、うっかり選ばれる回数が増えるでしょう。3秒ルールでは、正しく選べても待つのがもどかしくなるはずです。

この「速さと間違いのなさの綱引き」は、論文では速度と正確さのトレードオフとして書かれています[6]。体感したあとで、原典をのぞいてみると、読む入り口になります。

調べるなら、ALSや意思伝達装置について公的機関や学会が出している情報にあたるのが確実です。装置の価格や提供状況は変わるので、必ず最新の案内を見てください。

一定時間の注視で選択とみなす滞留方式には、長くすれば遅く、短くすれば誤選択が増えるというトレードオフがある[6]。家庭でも簡単な模擬実験ができる。紙に選択肢を4つ書き、被験者に選んだ丸を紙に書いて伏せてもらい、その丸を見つめてもらう。観察者は視線の向きを見て、一定時間たったところで選択を答え、最後に答え合わせをする。条件を「3秒以上」と「1秒以上」で変え、正答率と待ち時間を比べる。これは本物の視線入力装置の再現ではなく、考え方を体感する遊びにすぎない。

原典として読む価値があるのは、Jacob(1990)の論文である。見るたびにコマンドが起動する問題と、注視が200〜600ミリ秒の安定期間という議論が、そこにある[5]。滞留時間の値、価格、提供状況は資料や年によって異なるので、書かれた年代と条件を確かめて読むこと。

「見る」と「選ぶ」を分けるという課題は、視線入力に限らず、人の動きを入力に使う多くの装置が持つ。次に気になるのは、まばたきや表情、息など、ほかの小さな動きではどう切り分けているのか、という点である。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

この記事は、次の資料を組み合わせて作りました。中には、学会発表の要約や報道記事も含まれるため、細部は原典で確かめてください。

  1. Tobii「How do eye trackers work?」。 https://www.tobii.com/resource-center/learn-articles/how-do-eye-trackers-work (瞳孔と角膜の反射点を使う方式、近赤外線を使う理由について)
  2. 電子情報通信学会 講演抄録。 https://ken.ieice.org/ken/paper/20171023jbXy/ (国内での方式の基本、キャリブレーションの考え方について)
  3. 電子情報通信学会 講演抄録/Canon取扱説明書。 https://ken.ieice.org/ken/paper/200903130akn/ (操作者の交代や体動で較正をやり直す必要があることについて)
  4. 医書.jp 脳神経内科系論文(ALSと眼球運動による意思伝達)。 https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.5001201897 (ALSで眼球運動が意思伝達の手段になることが多いことについて)
  5. Robert J. K. Jacob, "Eye Movement-Based Interaction Techniques", CHI '90 (1990)。 https://www.docketalarm.com/cases/PTAB/PGR2020-00063/Post_Grant_Review_of_U.S._Pat._10406432/05-08-2020-Petitioner/Exhibit-1010-10-Exhibit_1010__Robert_Jacob,_April_1990,_Eye_Movement_Based_Interaction_Techniques/ (Midasタッチ問題と、注視が200〜600ミリ秒ほど続くという記述について。裁判資料に付された写し)
  6. EyeTAP, arXiv 2002.08455。 https://ar5iv.arxiv.org/html/2002.08455 (滞留方式と、速さと正確さのトレードオフについて)
  7. 週刊アスキー「OriHime eye」の記事。 https://weekly.ascii.jp/elem/000/001/576/1576121/ (文字盤からの入力と、入力の速さの目安について)
  8. マイナビニュース 2018年9月13日の記事。 https://news.mynavi.jp/article/20180913-692563/ (分身ロボットの操作や在宅での仕事など、使われ方の紹介について)
  9. 現代ビジネス(gendai.media)の記事。 https://gendai.media/articles/-/85377 (視線入力で絵を描き続ける人と、その発信を見た子どもたちの紹介について)
  10. 電子情報通信学会 FIT2020 講演要旨 J-023。 https://www.ieice.org/publications/conference-FIT-DVDs/FIT2020/data/pdf/J-023.pdf (眼球の動く範囲が狭まる場合の文字盤の工夫について。要約で確認した記述)
  11. 厚生労働省「補装具費支給制度」。 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/yogu/hosouguhisikyuuseido.html (補装具の定義と、意思伝達装置が対象になった経緯について)

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