1. お店の 人に たのまずに 買える お店は、いつ できたの?
1. 店員に頼まずに買える店は、いつ生まれたのか
1. 店員に注文しなくてよい店は、いつ生まれたか:1916年のピグリー・ウィグリー
むかしの 食べものの お店では、お客さんは お店の 人に「これを ください」と つたえました。お店の 人が たなから しなものを あつめて くれたのです[2]。
1916年9月、アメリカの メンフィスという 町に「ピグリー・ウィグリー」という お店が ひらきました。お客さんは まわる とびらの 入口を 通り、4本の 通路を あるいて、やく 605しゅるいの 品ものから 自分で えらびます。さいごに 出口で お金を はらいます[2]。
ぜんぶの 品ものに ねだんが ついて いたのも とくちょうです。セルフサービスの 食べもの屋さんの はじまりと されて います[1]。
では、この お店が「スーパーの 一号店」なのでしょうか。アメリカでは、べつの 人の お店の 名前が よく あげられます[5]。それは どんな お店でしょう。
むかしの食料品店では、お客は店員に注文を伝え、店員が棚から品物を集めてくるのがふつうでした[2]。それを変えたのが、1916年9月にテネシー州メンフィスで開いた「ピグリー・ウィグリー」です。創業者はクラレンス・サンダースという人でした[1]。
この店では、お客は回転式の入口を通り、4本の通路を歩いて、約605品目の包装された商品から自分で選びます。会計は出口です[2]。全商品に値段がついていたことも特徴で、セルフサービスの食料品チェーンの最初とされています[1]。サンダースは翌1917年に、セルフサービス式の食料品店の特許を取りました。現金払い・持ち帰りで、掛け売りと配達はやめた店でした[1]。
これだけ聞くと、ここがスーパーマーケットの第1号に思えます。ところが、アメリカの現代的なスーパーの創始者としては、別の人物の名が挙がるのが一般的です[5]。セルフサービスは、スーパーの条件の一つにすぎないからです。その人物は、どんな店を開いたのでしょうか。
まず、スーパーマーケット以前の食料品店を押さえておく。客は店員に注文を伝え、店員が棚から品物を集める方式が主流だった[2]。これを組み替えたのが、1916年9月にクラレンス・サンダースがメンフィスで開いた「ピグリー・ウィグリー」である[1]。客は回転式の入口から入り、4本の通路を歩きながら約605品目の包装商品を自分で選び、出口で会計する。創業日は9月6日で、工事の遅れから実際の開店は約5日後とされる[2]。
全商品に値段がつき、客が自分で選ぶこの形は、セルフサービスの食料品チェーンの最初とされる[1]。サンダースは1917年にセルフサービス式食料品店の特許を取り、現金払い・持ち帰りを前提に、掛売りと配達をやめた[1]。つまり、客の動き方と支払い方の両方を、店員任せの売り方から切り離した店である。
では、この店が「スーパーマーケット」の第1号なのか。日本語版Wikipediaは、アメリカの現代的スーパーの創始者を別の人物としている[5]。セルフサービスは必要な条件の一つではあっても、それだけでは足りないと考えるからだ。その別の人物の店を、次に見る。
2. あいて いた しゃこの お店は、どうして 一号店と よばれるの?
2. 空き車庫の店は、なぜ第1号と呼ばれるのか
2. 空き車庫の店が第1号とされる理由:5条件を初めてそろえたキング・カレン
1930年8月4日、マイケル・カレンさんが、ニューヨークの あいて いた しゃこを かりて「キング・カレン」という お店を ひらきました[3]。
カレンさんは その 前の 年に、クローガーという 会社の えらい 人へ 手紙を 送って いました。やすく たくさん 売る お店を つくりませんか、という 手紙です。でも へんじは ありませんでした。それで 自分で お店を ひらいたのです[4]。
お店の ことばは「世界一の ねさげ屋」。1936年までに、お店は 17に ふえました[4]。
スミソニアン はくぶつかんは、この お店を、5つの じょうけんを はじめて ぜんぶ そろえた お店と みて いると、しょうかいされて います[4]。5つは、自分で えらぶ こと、しなものごとに 売り場が わかれて いる こと、やすい ねだん、お店が いくつも ある こと、たくさん 売る ことです。
この 5つは、一つ 一つは 前から ありました。カレンさんの あたらしさは、ぜんぶを 組み合わせた ところだと されます[4]。ブロックの 組み立てに にています。ブロックは 前から ありましたが、ロボットの かたちに 組んだ 人が あたらしかった、という ことです。ただし、お店の しくみは ブロックより ずっと ふくざつです。
だから、自分で えらぶ お店だけを かぞえるなら 1916年、5つを そろえた かたちを かぞえるなら 1930年です。14年の ちがいが あります。
1930年8月4日、マイケル・J・カレンはニューヨーク市クイーンズ区ジャマイカの空き車庫を借りて、「キング・カレン」を開きました[3]。店らしくない場所での出発です。
カレンは、その前年の1929年に、クローガー社の幹部へ手紙を送っていました。低価格・大量販売の店を提案する内容でしたが、返事はなく、自分で店を開くことにしました[4]。標語は「世界一の値下げ屋」。1936年までに店は17に増えました[4]。日本語版Wikipediaは、この店が「高く積み上げ、安く売る」を掲げたと紹介しています[5]。
業界誌の紹介によれば、スミソニアン博物館は、この店をセルフサービス・部門別の売場・割引価格・チェーン展開・大量販売の5条件を初めてそろえた店と位置づけたとされます[4]。この紹介は業界誌を通したもので、スミソニアン自身のページを直接読んだわけではありません。
面白いのは、5つの要素がどれも以前からあったことです。カレンの新しさは、それを組み合わせた点にあるとされます[4]。つまり、客が自分で選ぶ店を数えるなら1916年、5条件をそろえた型を数えるなら1930年で、14年の差が出ます。
とはいえ、1930年の店も「唯一の第1号」とは言い切れません。ほかにも名乗りを上げる店があるからです。
1930年8月4日、マイケル・J・カレンはニューヨーク市クイーンズ区ジャマイカの空き車庫を借りて「キング・カレン」を開いた[3]。きっかけは、前年にクローガー社の幹部へ低価格・大量販売の店を提案する手紙を送ったのに、返事がなかったことだと紹介されている[4]。店の標語は「世界一の値下げ屋」で、1936年までに17店に増えた[4]。日本語版Wikipediaも、この店が「高く積み上げ、安く売る」を掲げたと述べる。1937年には、キャスター付きのカートが作られたともある[5]。
この店が第1号とされる理由は、業界誌の記事が伝えるスミソニアン博物館の位置づけにある。セルフサービス、部門別の売場、割引価格、チェーン展開、大量販売の5条件を初めてそろえた店、というものだ[4]。ただし、これは業界誌を通した紹介で、スミソニアンのページそのものは参照していない。また、5つの要素は以前から存在し、カレンの新しさは組み合わせにあるとされる[4]。
この点が第1号の定義を左右する。「客が自分で選ぶ」だけを条件にすれば、1916年のピグリー・ウィグリーが先に当てはまる。「5条件をそろえた型」を条件にすれば、1930年のキング・カレンになる。差は14年である。ここで答えの要点は出ている。第1号は、どの条件を重く見るかで変わる。
それでも、1930年の店を「唯一の第1号」と呼べるかは別の問題だ。ほかに第1号を名乗る例があるからである。
3. ほかにも「うちが 一号店」と 言う お店は ないの?
3. ほかにも「うちが最初」と言える店はないのか
3. 「最初」への異論:現金払い・持ち帰りの先例と、同時代の先駆者たち
あります。カレンさんより 前にも、げんきんで 買って 自分で 持ちかえる やりかたを した ヘンリー・クロールさんの れいが あると いわれます[4]。同じころの 先ぱいとして、ラルフス、ワインガーテンズ、ヘンケ・アンド・ピロという お店も あげられます[4]。
「さいしょ」の きめかたに いろいろ あって、いくつもの お店が 一号店として あげられて います[4]。だから、「世界で 一ばんめ」を、ひとつの お店に きめるのは むずかしいのです。
では、日本では どうでしょう。
4. 日本の スーパーは、どの お店から はじまったの?
4. 日本のスーパーは、どの店から始まったのか
4. 日本の3つの候補:名前の最初、セルフの最初、低価格・大量の最初
日本では、おもな お店を 3つ 見て みます。
1952年、大阪に「京阪スーパーマーケット」が できました。「スーパーマーケット」という 名前を はじめて つかった お店と いわれます。でも、お店の 人が 品ものを わたす 売り方で、自分で えらぶ セルフサービスでは ありませんでした[5]。
1953年、東京の 青山に「きのくにや」が ひらきました。お客さんが 自分で 品ものを えらび、レジで お金を はらう、日本で はじめての セルフサービスの スーパーと いわれます[6]。
1956年3月には、ふくおか県の こくらに「まるわ フードセンター」が ひらきました。セルフサービスで、なまの 魚や やさいも ふくむ 食べものを、やすく たくさん 売りました[7]。
名前、セルフ、やすく たくさん。それぞれ ちがう ことを 「はじめて」と よんで います。
日本の「第1号」の候補として、ここでは主なものを3つ見ます。何を最初と数えるかで、名前が入れ替わります。
1つ目は、1952年に京阪電気鉄道の流通部門が大阪で開いた「京阪スーパーマーケット」です。日本語版Wikipediaによれば、日本でこの名前を最初に使った店とされますが、対面販売で、セルフサービスではありませんでした[5]。
2つ目は、1953年に東京・青山で開いた「紀ノ国屋」です。客が自分で商品を選び、レジで精算する、日本初のセルフサービス方式のスーパーとして紹介されます[6]。
3つ目は、1956年3月に福岡県小倉で開いた「丸和フードセンター」です。396㎡の店で、セルフサービスにより低コストの運営と高い販売効率をめざし、生鮮食品も含めて低価格・大量に売りました[7]。
名前、セルフ、低価格・大量販売。この3つはそれぞれ別のものを「初めて」と呼んでいます。では、セルフを最初に採り入れた紀ノ国屋と、丸和のどちらを日本の第1号とすればよいのでしょうか。
日本では、名前、セルフサービス、低価格・大量販売のどれを軸にするかで、候補が入れ替わる。
名前に着目すると、1952年に京阪電気鉄道の流通部門が大阪で開いた「京阪スーパーマーケット」が、この名前を最初に使った店とされる。ただし対面販売で、セルフサービスではなかった。これは日本語版Wikipediaの記述で、断定せず「とされる」にとどめる[5]。
セルフサービスに着目すると、1953年(11月とされる)に東京・青山で開いた紀ノ国屋が、客が自分で商品を選びレジで精算する日本初のセルフサービス方式のスーパーとして紹介される[6]。開業時は約40坪の高級店だった。開店月と広さは日本語版Wikipediaによる[5]。
低価格・大量販売に着目すると、1956年3月に福岡県小倉で開いた丸和フードセンターが候補になる。396㎡の店で、セルフ方式を採り入れ、ローコスト運営と高い販売効率をめざし、生鮮食品も含む食料品を低価格・大量に売った[7]。1坪を約3.3㎡として計算すると、約40坪は約132㎡で、丸和は紀ノ国屋の約3倍の広さになる。ただし、これは2つの資料の数字を並べて筆者が計算したもので、店の広さが開業時と同じかどうかまでは示せない。
3つとも、何かの「最初」である。では、セルフを採った紀ノ国屋と、売り方の型を作った丸和のうち、日本の「スーパーマーケット」の第1号はどちらなのか。
5. 日本の 一号店は、きのくにやと まるわの どちら?
5. 日本の第1号は、紀ノ国屋と丸和のどちらか
5. 紀ノ国屋説と丸和説:配達と掛売りが分けた「スーパーらしさ」
たいていは、きのくにやが 一号店と されます。でも、まるわ フードセンターだと 言う 人も いて、この 見かたも 有力です[7]。
わけは、きのくにやが はじめのうち、家まで 品ものを とどける サービスを して いたからです。お金も、その場で はらう 人と、あとで はらう 人の わりあいが 6対4 だったと いわれます[7]。やすく たくさん 売る お店としては、まるわの ほうが すっきりしている、という 考え方です。
まるわの しゃちょうの 吉田日出男さんは、ほかの 町にも「しゅふの 店」と よばれる スーパーが できる うごきの 中心でした。1958年の おわりには、全国で 27店に ひろがりました[5]。
アメリカでは、自分で えらぶ お店が 1916年、5つを そろえた お店が 1930年でした。日本でも、セルフの きのくにやが 1953年、やすく たくさん 売る まるわが 1956年です。年数は ちがいますが、どちらの 国でも「自分で えらぶ お店」と「やすく たくさん 売る お店」を べつの 「さいしょ」と して かぞえます。
日本の第1号は、紀ノ国屋とするのが通説です。ただし、丸和フードセンターとする説も有力です[7]。
丸和説の根拠は、紀ノ国屋が当初は配達サービスを行い、現金払いと掛け売りの比率が6対4とされたことです[7]。配達や掛け売りが残る店は、安く大量に売るスーパーの型とは少し違う、という見方です。一方、丸和はセルフサービスで生鮮食品を含む食料品を低価格・大量に売りました。
その丸和の吉田日出男社長は、各地に「主婦の店」と呼ばれるスーパーが生まれる運動の中心になりました。1958年末には全国27店に広がっています[5]。第1号が一つの店でなくても、広がりをつくった人がいたことは確かなようです。
ここまでを並べると、アメリカではセルフの店が1916年、5条件をそろえた型が1930年です。日本でもセルフの紀ノ国屋が1953年、低価格・大量の丸和が1956年です。ずれの大きさは14年と3年で同じではありませんが、どちらの国でも「自分で選ぶ店」と「安く大量に売る店」を別の「最初」として数える点は共通しています。
日本の第1号は、紀ノ国屋とするのが通説で、丸和フードセンターとする説も有力とされる[7]。丸和説の根拠は、紀ノ国屋が当初は配達サービスを行い、現金払いと掛売りの比率が6対4だったとされることにある[7]。配達と掛売りが残る店は、低価格・大量販売を軸にしたスーパー像とは異なる、という論理である。
この論理は、「スーパーマーケット」の条件をセルフだけでなく、売り方の型まで含めて考えるときに成り立つ。逆に、客が自分で選び、レジで精算する店という条件に絞れば、紀ノ国屋が先になる。どちらが正しいかは、条件の選び方の問題で、資料にどちらかが誤りという記述はない。
丸和の吉田日出男社長は、各地に「主婦の店」と呼ばれるスーパーが生まれる運動の中心になり、1958年末には全国27店に広がった[5]。
米国と日本を並べると、年数は違っても同じ構図が見える。米国ではセルフの店が1916年、5条件をそろえた型が1930年で、差は14年。日本ではセルフの紀ノ国屋が1953年、低価格・大量の丸和が1956年で、差は3年。差の大きさは違うが、「客が自分で選ぶ」と「安く大量に売る」を別の「最初」として数える点が共通する。ただし、日本の起源を扱う主要な研究論文である瀬岡和子の論文は、この記事の材料に含めていない。
6. 自分なら、どの お店を 一号店と よぶ?
6. 自分なら、どの店を第1号と呼ぶか
6. 自分で基準を決めて、スーパーを観察する
やってみよう。おうちの 人と スーパーに 行ったら、入口、たなの ならび、ねふだを 見て みましょう。お店の むかしの ことは 見ただけでは わかりません。見える ものの うち、「自分で えらべる」「しなものごとに 売り場が わかれて いる」「ねだんが ついて いる」の うち、いくつ 見つかるか かぞえます。
つぎに、考えて みて ください。自分が 一号店を きめるなら、どの じょうけんを いちばん 大じにしますか。その じょうけんだと、アメリカでも 日本でも、どの お店が 一号店に なるでしょう。
やってみよう。スーパーに行ったとき、入口、棚の並び、値札を見て、「自分で選べる」「商品ごとの売場に分かれている」「値段がついている」などのうち、いくつ見つかるかを数えてみます。店員さんの邪魔にならない場所で、通路の真ん中で立ち止まらないようにします。
そのうえで、自分なら第1号の条件を何にするかを考えます。セルフサービスを重く見るのか、安く大量に売ることを重く見るのかで、アメリカでも日本でも、この記事で比べた候補では、第1号の答えが入れ替わります。店の歴史や販売量は、見ただけでは分かりません。
原典をたどるなら、日本のスーパーの始まりは、ダイヤモンド・チェーンストアの吉田日出男さんの記事や、各地の自治体の紹介が日本語で読めます。
確かめの入り口は2つある。1つは身近な観察で、スーパーの入口、棚の並び、値札を見て、セルフサービス、部門別売場、値札、低価格といった条件のどれが目に見えて、どれが目に見えないかを分ける。割引価格や大量販売は、見ただけでは判断しにくい。ここに条件の立て方の難しさがある。
もう1つは、原典に当たることである。日本語では、ダイヤモンド・チェーンストアの丸和フードセンターの記事[7]や、日本語版Wikipedia[5]が入り口になる。米国側は業界誌Supermarket Newsの記事[4]が、スミソニアンの位置づけを伝えている。次の問いは、「条件をそろえた型」と「最初に始めた人」を分けて考えたとき、日本の起源について、さらに何が言えるかである。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
スーパーマーケットの第1号について参照した資料です。英語の資料は大人と一緒に読んでください。
- Tennessee Encyclopedia「Piggly Wiggly」 https://tennesseeencyclopedia.net/?p=1435 (1916年のピグリー・ウィグリーとセルフサービス)
- Wikipedia「Piggly Wiggly」 https://en.wikipedia.org/wiki/Piggly_Wiggly (店内の通路や品目数)
- Supermarket News「Michael J. Cullen 2009 SN Hall of Fame」 https://www.supermarketnews.com/retail-amp-financial/michael-j-cullen-2009-sn-hall-fame (キング・カレンの開店日)
- Supermarket News「An American Original」 https://www.supermarketnews.com/independents-regional-grocers/an-american-original (5条件・カレンの手紙・先例)
- Wikipedia日本語版「スーパーマーケット」 https://ja.wikipedia.org/wiki/スーパーマーケット (日本の歴史・主婦の店)
- 島根県 報道発表(紀ノ國屋の紹介) https://www.pref.shimane.lg.jp/press_release/2024/4ii03yiuvkbq.html (紀ノ國屋1953年開店)
- ダイヤモンド・チェーンストア「日本で初めてスーパーを創業した吉田日出男物語」 https://diamond-rm.net/management/50511/ (丸和フードセンターと紀ノ国屋の比較)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。