1. くつが すべりだす 角度で、数が きまるの?
1. 滑り出す角度が分かると、何が計算できるのか
1. 滑り出す直前の角度から、静止摩擦係数を求める手順
つくえの 上に 板を おいて、はしを ゆっくり もちあげて みましょう。のせた くつは、はじめは じっと して います。でも、角度が ある ところまで 大きく なると、すべりだします。
この すべりだす ぎりぎりの 角度を、θ(シータ)と よびます。その θ から、「すべりにくさ」の 数が 出ます。数が 大きい ほど、すべりにくい という ことです。
たとえば、角度が 45度で すべりだすと、数は 1です。ざらざらで、すべりにくい 組みあわせです。角度が 小さい うちに すべるなら、数は 小さく、つるつるの 組みあわせです。
この 数を、「せいしまさつ係数」と いいます。むずかしい 名前なので、ここでは 「すべりにくさの 数」と よびます。
机の上に板を置き、片側をゆっくり持ち上げていくと、のせた靴は初めはじっとしています。傾きが大きくなると、ある角度でそっと滑り出します。この、滑り出す直前の角度をθと呼びます。
このθから、2つの物が接する面の「滑りにくさ」を表す数、静止摩擦係数が計算できます。計算は簡単で、θの正接(タンジェント)を取るだけです。つまり μs = tanθ です[1][2]。
数の見当をつけておくと、実感がわきます。45度で滑り出すなら tan45° は1なので、係数は1です。30度なら約0.58、14度なら約0.25です(角度から数への変換は、手元の関数電卓かスマートフォンの電卓アプリで確かめられます)。角度が小さいうちに滑るほど、係数は小さく、つるつるの組み合わせということになります。
では、なぜ角度だけで係数が決まるのでしょうか。靴が重ければ、結果は変わらないのでしょうか。
板を水平から徐々に傾けていき、物が滑り出す直前の角度θを測る。このとき静止摩擦係数は μs = tanθ で求められる[1][2]。測る量が角度1つだけで済むのが、この方法の利点である。大学の講義用デモでも、傾斜面に載せたブロックを使って示される[1]。ばね秤で引いて測るデモもあり、アイオワ大学のデモでは、ばね秤やタイヤの溝をつけた木製ブロックなどが用意される[11]。
この式が示す数値の見当をつけておく。θ=10° なら約0.18、20° なら約0.36、30° なら約0.58、45° なら 1 である。係数が小さい組み合わせほど、小さい角度で滑り出す。逆向きにたどれば、0.25は約14°、0.33は約18°の傾きに当たる(いずれも電卓での検算)。
この対応を覚えておくと、実測値の見方が変わる。たとえば、靴と床で35°まで傾けても滑らないなら、係数は約0.7以上である。角度を読むだけで、おおよその係数が頭の中で見積もれる。
ここで、角度1つで係数が決まる理由と、質量との関係が問題になる。次の章で力のつり合いから導く。
2. おもい くつでも、同じ 角度で すべるの?
2. 物が重くても、滑り出す角度は同じなのか
2. 力のつり合いから μs = tanθ を導く:質量が消える理由
おもい くつは、すべりやすそうに 見えますか。それとも、すべりにくそうでしょうか。
じつは、どちらも 同じ 角度で すべりだすと 考えられます。わけは こうです。板の 上の くつには、下に ひっぱる 重さの 力が はたらきます。この 力は、「板に そって すべり落ちる 力」と、「板を おす 力」に 分けて 考えられます。
くつが おもく なると、すべり落ちる 力も、板を おす 力も、同じ わりあいで 大きく なります。板を おす 力が 大きいと、くつを 板に そって すべらせまいと する まさつの 力も、大きく なります。そのため、おもさが かわっても、つり合いが くずれる 角度は かわりません。
これは 式から 考えた はなしです。じっさいに くつの おもさを かえて ためすと、少し ばらつきが 出ることも あります。
板の上の物には、重力が下向きに働きます。この力は、板に沿って滑り下ろうとする成分と、板を垂直に押す成分に分けて考えられます[1]。
傾けるうちは、物はまだ止まっています。静止摩擦力が、板に沿った重力の成分を打ち消しているからです。静止摩擦力は、板に沿って滑らせようとする力に応じて、同じ大きさで逆向きに増えていきます。ただし増えられる量には上限があり、加える力がその最大値を超えると、物は動き出します[5]。
角度が上がるにつれて、滑り下ろうとする成分は大きくなります。そして、静止摩擦力の最大値に達した瞬間が、滑り出す角度です[1]。この瞬間のことを、力学では「滑りの切迫」と呼ぶことがあります。このとき静止摩擦力は、滑る前の最大値になっています[6]。
最大の静止摩擦力は、板を押す力に係数 μs をかけた大きさです。板を押す力は、重さに「傾きの余弦(コサイン)」をかけた量です。一方、滑り下ろうとする成分は、重さに「傾きの正弦(サイン)」をかけた量です。つり合う瞬間は sinθ = μs cosθ と書け、整理すると μs = tanθ になります[1]。
この式では、重さが両辺に出てきて、打ち消し合っています。つまり、靴を重くしても軽くしても、滑り出す角度は変わらないはずです(式から導いた結果で、実際の測定では、ばらつきが出ることがあります)。
角度が決まるのは、板と靴の底という「組み合わせ」の性質だからです。では、傾きをさらに変えたら、数は変わるのでしょうか。
質量 m の物体が角度θの斜面にあるとき、重力 mg は、斜面に平行な成分 mg sinθ と、垂直な成分 mg cosθ に分解できる[1]。物体が静止しているあいだ、斜面に平行な成分は静止摩擦力と釣り合う。静止摩擦力は、加えた力と等しく逆向きになるよう増減する受動的な力で、増加できる範囲に上限 fs(max) = μs N があり、加える力がこの最大値を超えると物体は動き出す[5]。ここで N は垂直抗力で、斜面上では mg cosθ に等しい。
滑り出す直前(滑りの切迫)では、静止摩擦力が最大値に達している[6]。したがって mg sinθ = μs mg cosθ が成り立ち、両辺の mg が消えて μs = sinθ / cosθ = tanθ を得る[1]。この導出では、質量が消える。質量を変えても滑り出す角度は変わらない、というのが理論上の予想である。ただし実測では、表面の状態の変化でばらつきが出るため、予想どおりに一致するとは限らない(第3章)。
もう1つ大事な点がある。傾きを滑り出す角度の半分に下げても、μs の値そのものは変わらない。物体は静止したままである[7]。μs は傾き方ではなく、接する2つの面の組み合わせで決まる量だからである。では、この係数は、昔の人にはどう見えていたのか。
3. 500ねん まえの 人は、なにを 見つけたの?
3. レオナルド・ダ・ヴィンチは、木と木で何を測ったのか
3. ダ・ヴィンチの摩擦実験:再現で分かった条件つきの係数0.25
いまから 500ねんほど まえ、イタリアの レオナルド・ダ・ヴィンチは、まさつを しらべて いました。ノートに のこった 考えを、のちの 研究者たちが ふりかえって います。
見つけた ことは 3つです。ものが ふれる 広さが かわっても、まさつは かわりません。おもく なるほど、まさつは 大きく なります。そして、すべりにくさの 数は、ほぼ 一定でした。
木と 木では、この 数が 0.25でした。さっき の 話で いえば、やく 14度で すべりだす 組みあわせです。
この 0.25は、あらく 切った かわいた 木で、ためした ときだけ、同じ 数が 出たと 書かれて います。つるつるに けずった 木や、しめった 木では、また ちがう 数が 出る かも しれません。
摩擦を科学の目で調べた人として、約500年前のレオナルド・ダ・ヴィンチの名前が挙がります。後の時代の研究者が、彼の手稿を読み直しました。そこには3つの観察がありました。(1) 摩擦は、見かけの接触面積によらない。(2) 摩擦による抵抗は、荷重に比例する。(3) 摩擦係数は、およそ一定である[3]。
木と木の組み合わせでは、摩擦係数はおよそ0.25とされています。tan に直すと、約14度で滑り出す計算です(0.25の逆の変換は、電卓で確かめられます)。
この0.25について、近年、実験の再現が行われました。そこで分かったのは、粗く切って雑に角を出しただけの乾いた木を使った場合に限り、0.25が再現された、ということです[3]。同じ「木と木」でも、削り方や乾き方が変われば、数は変わりうるということです。
面積について、現代の簡単な実験も1つあります。消しゴムを、広い面と狭い面で傾斜面に置き、滑り出す角度を比べたものです。広い面のほうが、係数がわずかに小さい傾向が見えましたが、その差は測定のばらつきと同じ程度でした[4]。ダ・ヴィンチの「面積によらない」という観察と矛盾しませんが、この1つの実験で言い切れることではありません。
測るたびに結果が少しずつちがうなら、どうやって信用できる数を出せばよいのでしょうか。
レオナルド・ダ・ヴィンチの摩擦に関する手稿は、後の摩擦の法則に先立つ3つの観察を含む。(1) 摩擦は見かけの接触面積によらない。(2) 摩擦抵抗は荷重に比例する。(3) 摩擦係数は一定である[3]。のちに摩擦の法則としてまとめられる考え方に先立つ観察だった。
木と木の係数は0.25とされ、tanθ = 0.25 から、約14度で滑り出す計算になる。この値について、Leonardo の実験を再現した研究がある。粗く切って荒く角を出した乾燥木の試料でだけ、μ = 0.25 が再現された[3]。表面の仕上げが変われば、係数は変わりうる。係数は材料の名前だけでなく、表面の状態も含めた組み合わせの量である。
面積の独立性についても、現代の簡単な測定例がある。消しゴムを向きを変えて置き、接触面積を変えて測ると、面積が大きいほど μs がわずかに小さくなる傾向が見えたが、その差は測定のばらつきと大差なかった[4]。この実験は有意な差か誤差かを判定するほど精密ではなく、「面積によらない」を支持も否定もしない。1回の測定だけで有意な差を主張するのは危ういということである。
同じ材料でも、測るたびに値が揺れる。そのとき、どうするのか。
4. はかる たびに ちがう 数は、どうする?
4. 測るたびにばらつく数は、どう扱うのか
4. 繰り返し測定の意味:平均と不確かさの求め方
くつを のせた 板を、3回 かたむけて みます。1回目は 25度、2回目は 28度、3回目は 26度。すこしずつ ちがいます。
これは しっぱいでは ありません。板の ほこりや、くつの そこの よごれが、たびに 少し かわるからです。
そこで、3回 はかって、へいきんを とります。数の ばらつきも いっしょに たしかめます。じっけんの 本にも、くつを 板に のせて、すべりだす 角度を 3回 はかり、へいきんを とる やり方が のって います。
へいきんの 角度から 数を 出せば、まぐれで 出た 1回の 数より、数の めやすに なります。
靴をのせた板を3回傾けて、滑り出す角度が25度、28度、26度だったとします(これは説明のための数字で、実測ではありません)。毎回少しずつちがいます。失敗ではなく、板のほこりや靴底の汚れなど、表面の状態が測るたびに少し変わるからです[8]。
そこで、同じ測定を繰り返し、平均を取ります。大学の実習でも、靴を傾斜面に載せ、滑り出す角度を3回測って平均を取るやり方が紹介されています[7]。別の実習書には、4回測って、平均と不確かさの目安を出す手順もあります[8]。
平均の角度から tan を取れば、1回の偶然に左右されにくい係数が得られます。先ほどの例なら、平均は約26.3度で、係数はおよそ0.49です(電卓で確かめられます)。
ここまでは、物が「滑る」場合の話でした。しかし、傾けた物は、滑るだけでなく、別の動き方もします。
摩擦の測定では、実験のたびに敷物など表面の状態が変わるため、係数がばらつく。そのため複数回繰り返し、平均と不確かさ(ばらつきの目安)を求める[8]。実習書の例では、靴を斜面に置き、滑り出す角度を3回測って平均を取る[7]。別の実習では4回測り、平均と統計的な不確かさの概算を求めている[8]。
仮に3回の測定が25°、28°、26°だったとする(説明のための数字)。平均は約26.3°、係数は tan(26.3°) で約0.49となる。測っているのは角度なので、ここでは角度を平均してから tan を取った。ばらつきの大きさは、平均とあわせて見る必要がある。
ここで1つの条件に注意する。θの測定で求めた μs は、物体が滑ることを前提にしている。ところが、物体は滑る前に別の動き方をすることがある。
5. すべる 前に、たおれて しまう ことは ないの?
5. 滑るより先に倒れる物では、この方法は使えるのか
5. 滑りと転倒:どちらが先に起きるかで、この測り方の前提が変わる
せの 高い 箱を 板の 上に たてて のせたら、どうなるでしょう。すべる 前に、ごろんと たおれて しまいそうです。
ものは、すべる 場合も あれば、たおれる 場合も あります。すべるのと たおれるのと、先に 起きる ほうが 決まります。
ブロックを 横から まっすぐ おす ときは、おす 高さで かわります。ひくい ところを おすと すべり、高い ところを おすと たおれる と せつめいされて います。
板を かたむける ときも、形に よっては、すべる 前に たおれる ことが あります。ですから、すべる 角度を はかる ときは、たおれにくい 形の ものを 使います。くつを 平らに のせるのが、そのためにも いい やり方です。
背の高い箱を、板の上に立てて載せたらどうなるでしょう。滑り出す前に、ごろんと倒れてしまいそうです。
物が動き出す方法は、滑る場合と倒れる場合があります。力学の教科書は、2つのうち、より小さい力で起きるほうが先に起きる、と説明します[6]。ブロックを横から水平に押す場面では、力を加える高さによって決まります。低い位置を押せば滑り、高い位置を押せば倒れる、という整理がされています[9]。
板を傾ける実験でも、背の高い細い物は、形によっては滑る前に倒れることがあります。だから、滑り出す角度から係数を出すときは、倒れにくい形の物を使うことが前提になります。靴を平らな向きで置く、平たい箱を使う、という選び方はそのためです。背の高い箱で測った角度は、摩擦ではなく形で決まっている可能性があるからです。
もう1つ、同じ板と靴でも、滑り出した後の感触は変わります。
剛体が斜面や水平面で動き出すとき、滑りのほかに転倒がある。垂直抗力の作用点がこれ以上ずれて回転を打ち消せなくなると転倒するが、滑りと転倒は、より小さい力で起こるほうが先に起こる[6]。ブロックに水平な力を加える設定では、どちらが先かは力を加える高さなどに左右され、低い位置では滑り、高い位置では倒れる傾向がある[9]。
この整理は水平に押す場合のものである。傾斜法に置き換えると、背の高い細い物では、形によって滑る前に転倒する可能性が出る。この記事の資料は、傾斜面上で転倒が起きる角度を具体的な式では扱っていない。ここでは、倒れにくい形の物(平たい箱や靴を寝かせた置き方)を選ぶのが、μs = tanθ の読み取りに必要な前提だと整理しておく。
もう1つの前提が、静止摩擦と運動摩擦の差である。
6. すべりだした あとの まさつは、どうなる?
6. 滑り出した後の摩擦は、滑り出す前と同じなのか
6. 静止摩擦と運動摩擦:滑り出した直後に起きること
おもい 箱を おすとき、うごかし はじめが いちばん おもく、うごいて しまうと 少し らくに なる、と 感じた ことは ありませんか。
じっさいに、すべり はじめた あとの まさつ(うんどうまさつ)は、すべる 前の まさつ(せいしまさつ)より、少し 小さいと せつめいされて います。
だから 板を かたむけると、くつは すべり出して から、いきおいを つけて 下まで すべって いく ことが 多いのです。
角度を はかるのは、すべり出す 「ぎりぎりの 角度」です。すべり出した あとで はかった 角度では ありません。
重い箱を押すとき、動かし始めが一番重く、動き出すと少し楽になる、と感じたことはありませんか。
実験の解説にも、同じことが書かれています。滑り出した後に働くのは動摩擦(運動摩擦)で、その大きさは静止摩擦の最大値より、いくらか小さい、とされています[1]。だから傾けた板で靴が滑り出すと、そのまま勢いをつけて下まで滑ることが多いのです。
角度を読み取るのは、滑り出す直前の1回きりです。滑り出した後に、板を戻して止めたときの角度は、別の量を測っています。
ここまでは、手で測れる大きさの話でした。では、目に見えないほど小さな世界でも、摩擦の約束は同じなのでしょうか。
滑りが始まると、作用する摩擦は運動摩擦(動摩擦)に変わり、その大きさは静止摩擦の最大値よりいくらか小さい[1]。このため傾斜法では、板を戻すときの角度ではなく、滑り出す直前の角度を採る必要がある。
なお、測定例には注意が要る。人工芝とビニールの組み合わせで μs ≒ 0.33、μk ≒ 0.43 と報告された例がある[4]。μs = 0.33 は tanθ = 0.33 から約18度の滑り出しに相当する。しかしこの例では運動摩擦係数のほうが大きく出ており、上の「運動摩擦は静止摩擦より小さい」という一般的な説明とは逆になっている。この記事の資料では、その理由は説明されていない。この種の実験では、道具や表面の条件で値が変わりうるという実例として受け止めておく。
では、目に見えないほど小さな世界でも、摩擦は同じように振る舞うのか。
7. 小さな 小さな 世界でも、まさつは 同じなの?
7. 粘着性が高い条件では、圧力を減らすと摩擦が増える
7. ナノスケールの負の微分摩擦:摩擦の経験則が破れる場面
いままでは、手で もてる 大きさの 話でした。ごく ごく 小さい 世界では、ふしぎな ことが おきると ほうこくされて います。
えんぴつの しんに つかわれる 「こくえん」を、とても とがった はりで こすった じっけんです。ふつうは、はりを おす 力を 弱めると、こすりやすく なります。ところが、この じっけんでは、おす 力を 弱めた ほうが、はりを うごかしにくく なりました。
わけは、はりの 先が、表面の うすい かわのような ところを 小さな あわのように 持ち上げて しまうからだと せつめいされて います。その ふくらみを おしながら 進むのに、力が よけいに かかるのです。
これは とても ごく 小さい 世界の 話です。板の 上の くつには 当てはまりません。でも、まさつには まだ 分かって いない ことが のこって いる、という 一つの れいです。
ここまで見てきたのは、手で持てる大きさの物の話でした。ごく小さな世界では、「押す力を弱めれば、動かしやすくなる」という常識が、くずれることがあります。
アメリカの国立標準技術研究所(NIST)が紹介した実験では、鉛筆の芯に使われるグラファイトの表面を、非常に細かい針の先でこすりました。粘着性が高い条件では、針を押す力を減らすと、針を引きずるのが難しくなりました。研究者はこれを「負の微分摩擦」と呼んでいます[10]。
説明は、次のとおりです。針の先は、表面のごく薄い層の一部を、小さな泡のように持ち上げます。この変形を押しながら進むには、より多くの仕事が必要になり、結果として摩擦が増えます[10]。
これは目に見えないほど小さな世界での話で、板の上の靴にはあてはまりません。また、この現象の仕組みを完全に説明するモデルについては、研究が続いています。「μs = tanθ」は、手で扱える大きさの世界でよく使える便利な道具であって、摩擦のすべてを説明する式ではない、ということです。
NIST の発表によると、グラファイトの表面を原子間力顕微鏡(AFM)の探針でこすったとき、表面の粘着性が高い条件では、探針にかける圧力を減らすほど、先端を表面上で引きずるのが難しくなった。これは負の微分摩擦と呼ばれる[10]。
機構として示されたのは、探針の先端がグラフェンの表層の小さな局所領域を、本体から離してナノスケールの泡のように持ち上げること、およびその変形を押し動かす仕事が、圧力を下げると逆に増えること、の2点である[10]。
傾斜法の μs = tanθ は、荷重に比例する摩擦力を前提にした巨視的な関係式である。この例は、その前提が成り立たない小さな系があることを示すが、巨視的な物体の傾斜実験の結果を覆すものではない。ナノスケールの負の摩擦を完全に説明するモデルについては、研究が続いている。
つまり μs = tanθ は、手で扱える大きさでの有用な近似であり、摩擦の理論そのものではない。それでも、角度1つの測定で、接する2つの面の性質を数にできるという点で、十分に強力である。では、これを自分の手で確かめるには、どうすればよいか。
8. くつと 板で、すべりにくさを はかろう
8. 家の靴と板で、滑りにくさを測ってみる
8. 家庭で再現する手順と、読む資料
きょう できる こと
かたい 板(おぼんや、まな板、本の ひょうし など)に、くつを 1足 のせます。おとなの ひとに そばに いてもらい、板の はしを ゆっくり もちあげます。くつが すべりだす ぎりぎりで とめて、そのときの 板の 角度を はかります。せの 高い 箱は つかわず、平らな ものを のせましょう。
角度は、ぶんどきを 使うか、板の 長さと 高さを ものさしで はかって おくと、あとで 計算が できます。3回 くりかえして へいきんを とると、1回だけの 数より、数の めやすに なります。
おとなの 人と、足の 上に くつが 落ちない ように、ゆかの 上で やりましょう。ちがう くつ(うんどうぐつと かわぐつ、など)で くらべると、すべりにくさの ちがいが 数に なって 見えます。
靴と板で測る
おぼんやまな板など、硬くて平らな板を用意し、靴を平らな向きでのせます。板の端をゆっくり持ち上げ、靴が滑り出す直前の角度を測ります。分度器がなければ、板の長さと持ち上げた高さを定規で測り、高さを板の長さで割ります。その値は sinθ にあたるので、関数電卓などで角度を調べられます。
背の高い箱は倒れやすいので使わず、靴のように平たい物を選びます。3回測って平均を取り、tan の値を電卓で出してください。床の上で行い、靴が落ちて足にあたらないように、大人にそばにいてもらいましょう。運動靴と革靴、乾いた板としめった板、のように条件を1つだけ変えて比べると、数のちがいが見えます。
資料を読むなら
斜面での導出は、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の実演解説[1]に載っています。ダ・ヴィンチの再現実験の論文[3]は英語ですが、「0.25が出る条件」を確かめることができます。
家庭での測定
硬く平らな板に靴を平らに置き、板をゆっくり傾けて、滑り出す直前の角度を測る。角度は分度器か、板の長さと持ち上げた高さの比から求められる。3回測って角度を平均し、tan を取る。大人に付き添ってもらい、床の上で行う。運動靴と革靴、乾いた板と湿った板など、条件を1つだけ変えると、係数の違いが見える。
資料を読むなら
斜面の力の導出はカリフォルニア大学サンタバーバラ校の実演解説[1]、角度から係数を求める実験はセントメアリーズ大学(カナダ)のデモ[2]、ダ・ヴィンチの実験の再現は[3]、現実の測定例は[4]、静止摩擦力の増減の説明は[5]、滑りと転倒の整理は[6][9]、実習書は[7][8]、ナノスケールの話は[10]にある。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- UCSB Physics Lecture Demonstrations, 12.69 Slide blocks down incline. https://web.physics.ucsb.edu/~lecturedemonstrations/Composer/Pages/12.69.html (角度と係数の関係の導出/静止摩擦と運動摩擦)
- Saint Mary's University, Static Friction Demonstration. https://demos.smu.ca/index.php/demos/mechanics/130-static-friction (滑り出す角度の正接が係数)
- Leonardo da Vinci's Friction Experiments: An Old Story Acknowledged and Repeated. https://eprints.whiterose.ac.uk/id/eprint/112962/ (3つの観察/木と木の係数0.25の再現条件)
- UNSW, Friction, normal forces, contact forces: simple experiments. https://www.animations.physics.unsw.edu.au/jw/weight_and_friction.htm (人工芝とビニールの測定例/消しゴムの面積の実験)
- Physics LibreTexts (OpenStax University Physics I), 6.4 Friction (Part 1). https://phys.libretexts.org/ (静止摩擦力は加えた力に応じて増え、最大値を超えると動く)
- Engineering LibreTexts (Statics), 4.4 Friction and Impending Motion. https://eng.libretexts.org/ (滑りの切迫/滑りと転倒のどちらが先か)
- eCampusOntario, Exercise 2: Measuring coefficient of static friction. https://ecampusontario.pressbooks.pub/physics1a03/chapter/exercise-2-measuring-coefficient-of-static-friction-2/ (靴で3回測って平均/傾きを半分にしても係数は変わらない)
- UC Davis Physics 9HA Lab, 4.02 Activities (Physics LibreTexts). https://phys.libretexts.org/ (繰り返し測定とばらつき)
- Purdue University, Tipping vs. slipping. https://www.purdue.edu/freeform/statics/tipping-vs-slipping/ (力を加える高さで滑りか転倒かが変わる)
- NIST, Slip Sliding Our Way: At the Nanoscale, Graphite Can Turn Friction Upside Down (2012). https://www.nist.gov/ / 原論文:Deng et al., Adhesion-dependent negative friction coefficient on chemically modified graphite at the nanoscale, Nature Materials 11 (2012). https://doi.org/10.1038/nmat3452 (ナノスケールの負の微分摩擦)
- University of Iowa, 1K20.35 Inclined Plane - Angle of Repose. https://instructional-resources.physics.uiowa.edu/1k2035-inclined-plane-angle-repose (デモで使う器具)
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