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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

300ねん しずかな ふじさん ── でも 5600ねんで 180かいも ふんかした

富士山は約300年静か、でも過去5600年で約180回噴火している ── 次に備える見守りと地図の話

富士山の約300年の静けさと約180回の噴火履歴 ── 宝永噴火の記録・常時観測・2021年ハザードマップ改定

分野:自然

富士山ふじさんは、1707ねんの ふんかから、やく 300ねん しずかです。でも 5600ねんの あいだには、やく 180かいも ふんかした あとが あります。

ふんかの まえに、人は なにを きろくして いたのでしょう。いまは どんな ふうに みまもり、どこまで かんがえて じゅんびを して いるのでしょう。それが わかります。

富士山は1707年の宝永噴火を最後に、約300年噴火していません。ところが過去5600年を数えると、約180回も噴火した跡があり、平均すれば約30年に1回の割合になります(割り算はこの記事の計算で、一定の間隔という意味ではありません)。

過去の噴火の96%は小・中規模でした。それでも、次が同じ規模になるとは限りません。静かな300年は、富士山にとってどんな時間なのでしょうか。前回の噴火の記録、いまの見守り、2021年に広げられた想定から、「いつ」ではなく「どんな噴火に備えるのか」が分かります。

富士山では過去5600年間に約180回の噴火が確認されている[1]。単純に割れば約31年に1回だが、一定の間隔で起きたわけではない。宝永噴火(1707年)から約300年は、噴火が確認されていない[1]。

この静けさは何を意味するのか。時期の予測は資料に出ていないが、噴火前の地震の記録、気象庁などの常時観測、2021年のハザードマップ改定で「想定の抜け」を減らした経緯は読み取れる。次の噴火を「いつ」でなく「どんな噴火か」で考える材料が分かる。

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1. 300ねんも しずかなのは、ふつうなの?

1. 300年の静けさは、180回の履歴のなかでどう見えるのか

1. 約180回の噴火履歴と、約300年の静けさ

5600ねんの あいだに、富士山ふじさんは やく 180かい ふんかした あとが みつかって います[1]。5600を 180で わると、30ねんに 1かいくらいです。

でも、これは ならした 数です。ちょうど 30ねんごとに おきた わけでは ありません。

いまの しずかな 時間は、1707ねんから つづいて います。30ねんに 1かいと くらべると、ずいぶん ながい やすみに 見えます[1]。

では、その 1707ねんの ふんかは、どんな ふんかだったのでしょう。

平均で約30年に1回

山梨県が掲載する富士山ハザードマップ検討委員会の資料によると、富士山では過去5600年間に約180回の噴火が確認されています[1]。5600÷180はおよそ31なので、平均すれば約30年に1回です。ただし、これは平らにならした数字で、実際の噴火が30年ごとに並んでいたわけではありません。

最後の噴火から約300年

最後に噴火が確認されたのは1707年の宝永噴火で、それから約300年、噴火は確認されていません[1]。平均のペースと比べると、約10倍の長さです(これもこの記事の計算です)。

富士山は約10万年前に生まれ、最近8000年ほどは、斜面に溶岩や火山灰を積み上げる中〜小規模の噴火をくり返して育ってきた山です[2]。静かに見える今の姿は、その長い歴史のなかの一場面です。

では、前回の噴火は、どんな噴火だったのでしょうか。

富士山ハザードマップ検討委員会の資料は、過去5600年間に約180回の噴火が確認されていること、うち96%が小規模または中規模であることを示す[1]。5600÷180≒31より、平均で約30年に1回の頻度になるが、これは均した値で、噴火が等間隔に起きたことを意味しない。なお約180回という数は研究の数え方に依存するため、「約」を付けて読む必要がある。

この平均と並べると、1707年の宝永噴火を最後に約300年噴火が確認されていない現状[1]は、単純比で平均間隔の約10倍にあたる。

そもそも富士山は約10万年前に誕生し、最近8000年間は、山体の斜面に溶岩や火山灰を積み重ねる中〜小規模の噴火で成長してきた。体積は400km³以上、日本最大の玄武岩質の陸上成層火山である[2]。では、最後の噴火である宝永噴火は、どのような噴火だったのか。

2. 1707ねんの ふんかは、どんな ふんかだった?

2. 1707年の宝永噴火は、冬の富士山で何をもたらしたのか

2. 宝永噴火(1707年)── 爆発的噴火と、偏西風による広域降灰

1707ねんの ふんかは、ふゆに はじまりました。さいしょは ひがしの ほうの 山の しゃめんです。そして 16にちかん、とぎれながら つづきました[2]。

はいや こまかい 石は、かぜに のって とんで いきました。えどだけでなく、100キロメートル いじょう はなれた ぼうそうはんとうにも ふりました[2]。

この ふんかは、ほとんどが こなごなに なって、そらたかく ふきあげられる ふんかでした。ふんかで ひとが ひどい めに あった という きろくは、いまのところ みつかって いません[2]。

では、この ふんかの まえに、まちの ひとは なにに きづいたのでしょう。

16日間、江戸まで届いた火山灰

内閣府の報告書によると、宝永噴火は宝永4年11月23日(西暦では12月16日)に南東の斜面で始まり、12月9日の未明まで16日間、断続的に続きました。火山灰や火山礫(小さな石)は偏西風に乗って、江戸はもちろん、100km以上離れた房総半島まで降りました[2]。

ゆっくり流れず、飛び散るタイプ

富士山で最近8000年のうち最大規模とされる噴火は、宝永噴火と、もう1つ、貞観噴火です。ところがこの2つは性格がちがいました。貞観噴火は溶岩を流す穏やかな噴火で、宝永噴火は噴出物のほとんどが砕けて、噴煙とともに空高く舞い上がる爆発的な噴火でした[2]。噴出物の総量は約1.7km³と推定されています[2]。

直接の人的被害の記録は、今のところ見つかっていません。冬で登山が禁止されていたことや、火口の近くに集落がなかったことが理由と考えられています[2]。

それでも、この噴火の前には、前ぶれのような地震が起きていました。

内閣府の報告書によれば、宝永噴火は宝永4年11月23日(西暦12月16日)に南東斜面で始まり、12月9日未明まで16日間断続的に続いた。噴出物は偏西風に乗って江戸や、100km以上離れた房総半島にまで降った[2]。

この噴火は貞観噴火とともに、最近8000年間で最大規模とされる。ところが両者の様式は異なり、貞観は溶岩流を主とする穏やかな噴火、宝永は噴出物の大部分が粉砕されて噴煙とともに上空へ舞い上がる爆発的噴火だった。噴出物の総量は約1.7km³(マグマ量に換算して約0.7km³)と推定される[2]。

直接の人的被害の記録は今のところ見つかっておらず、報告書は、冬で登山が禁止されていたこと、火口付近に集落がなかったことを要因と考えている[2]。この規模の噴火の前に、観測者は何を記録していたのか。

3. ふんかの まえの ゆれは、いまに やくだつの?

3. 噴火の前日の地震の記録が、今の観測の手がかりになった理由

3. 宝永噴火の前兆 ── 史料の群発地震記録と、地震→噴火の因果の限界

ふんかが はじまる まえの ひの ひるごろから、地震じしんが なんども おきました。よる に なると、ゆれを かんじる ばしょが ひろがって いったことが、むかしの きろくに のこって います[2]。

この きろくを つかうと、マグマが あがって きた ばしょや、土地の うごきを、いまの 人が かんがえられます。これからの ふんかを しらべる かんそくを かんがえる、だいじな てがかりに なりました[2]。

ところで、この ふんかは、おおきな 地震じしんの 49にち あとに はじまりました。だからといって、おおきな 地震じしんが あれば すぐ ふんかする、とは かぎりません[2]。

では、いまの 富士山ふじさんは、どう みまもられて いるのでしょう。

前日の午後から始まった群発地震

報告書によると、噴火が始まる前日の午後から群発地震が始まり、夜に入ると、揺れを感じる範囲が広がっていく様子が史料から分かります。この記録をもとに、上昇したマグマの位置や地殻の変動が推定され、今後の噴火予知の観測にとって重要な手がかりになりました[2]。

大地震のあとに噴火した、でも「だから」とは言えない

宝永噴火は、宝永東海・南海地震の49日後に始まりました。大地震が引き金になった可能性も考えられますが、同じ報告書は、近くで大地震が起きたら即噴火するような単純な関係は、必ずしも成り立たないとも述べています[2]。

300年前の人たちが書き残した「何が、いつ、どこで揺れたか」が、今の観測の見方につながっています。では、今の富士山はどう見守られているのでしょうか。

報告書は、噴火開始前日の午後から群発地震が始まり、夜に有感範囲が拡大していく様子が史料から読み取れると述べる。この記録から、上昇したマグマの位置や地殻変動が推定され、今後の噴火予知観測のための重要な手がかりが得られた、としている[2]。

ただし、因果の読み方には限界がある。宝永噴火は宝永東海・南海地震の49日後に始まり、大地震が引き金になった可能性も考えられる。ところが報告書は、近くで大地震が起きたら即噴火というような単純な関係は必ずしも成り立たないとも述べる[2]。前兆の記録は貴重だが、「地震があれば噴火する」と読むことはできない。今の観測は、どのように組み立てられているのか。

4. いまの 富士山ふじさんは、どう みまもられて いるの?

4. 5種類の機器で見守る、今の富士山の観測

4. 気象庁の常時観測 ── 5種の機器と、2011年静岡県東部地震後の評価

いまの 富士山ふじさんには、いろいろな きかいが おかれて います。気象庁きしょうちょうが、ちかくの きかんと いっしょに、ふんかの ようすを みまもって います[4]。

ゆれを はかる 地震じしん計、土地の かたむきを はかる けいしゃけい、空気の ふるえを はかる くうしんけい、土地の うごきを はかる GNSS、そして かんしカメラです[4]。

2011ねんには、富士山ふじさんの ちかくで マグニチュード6.4の 地震じしんが ありました。そのあと しらべた 研究では、じしんの ゆれ方(ていしゅうは じしん)と 土地の かたむきには、火山の かつどうに かんけいする めだった へんかは みられなかった と ほうこく されて います[5]。

ところで、つぎの ふんかは、どれくらいの 大きさに なるのでしょう。

揺れや地面の動きを測る機器で、富士山を見守る

気象庁は富士山に、地震計、傾斜計、空振計(空気の振動を測る装置)、GNSS(衛星を使って地面の動きを測る装置)、監視カメラを設置し、関係機関の協力のもとで火山活動を監視・観測しています[4]。

2011年の地震のあとに調べたこと

2011年3月15日、富士山の南部付近でマグニチュード6.4の静岡県東部地震が起きました。防災科学技術研究所の2012年の報告では、低周波地震の活動に、この地震に関連するような顕著な変化は認められず、傾斜計にも、火山活動に関連すると考えられる異常な変動は見られなかったとされています[5]。

次の噴火は、どれくらいの規模になりうるのでしょうか。

気象庁は富士山に地震計・傾斜計・空振計・GNSS・監視カメラを設置し、関係機関の協力のもとで監視・観測している[4]。

2000〜2001年には深部低周波地震が多発した。ただし低周波地震の増加が、直ちに噴火が近いことを意味するわけではない。2011年3月15日の静岡県東部地震(M6.4、富士山南部付近)について、防災科学技術研究所の2012年の報告は、低周波地震活動に顕著な変化は認められず、傾斜計にも火山活動に関連する異常な変動は見られないとした[5]。観測値が平常だという評価と、噴火の時期を予測できるという主張は別のものである。では、次に起こりうる噴火の大きさは、どう考えられているのか。

5. つぎの ふんかは、小さいとは かぎらないの?

5. 次の噴火が小さいとは限らない理由

5. 規模別の噴火頻度(小86・中82・大7)と、「次も小中規模」と言えない理由

5600ねんの ふんかを 大きさで わけると、小さい ものが 86かい、まんなかが 82かい、大きい ものが 7かいです[1]。ほとんどが 小さいか まんなかの ふんかでした。

だからといって、つぎも 小さい ふんかとは かぎりません。あまり おきない 大きな ふんかに なる かのうせいも ある、と 資料しりょうに かかれて います[1]。

1707ねんの ふんかは「ばくはつ」でしたが、むかしの ふんかには、ようがんを ながす しずかな ふんかも ありました[2]。つぎが どちらに なるかは、きまって いません。

では、わからない ことが ある なかで、どう じゅんびを して いるのでしょう。

小86回・中82回・大7回

産総研のデータにもとづく検討委員会の資料では、過去5600年間の噴火は、小規模が86回(49%)、中規模が82回(47%)、大規模が7回(4%)です[1]。小規模と中規模を合わせると96%になります。

頻度が高いからといって、次もそうとは限らない

同じ資料は、次の噴火が頻度の高い小・中規模になるとは限らず、頻度の低い大規模噴火になる可能性もある、としています[1]。噴火のしかたも一定ではありません。溶岩を流す穏やかな噴火もあれば、宝永噴火のように爆発的な噴火もありました[2]。次は宝永と同じタイプとも限りません。

「いつ」は分からなくても、「どれくらいの規模で、どんな噴火か」を幅広く考えておくことは、今の資料からできます。その考え方が、次のハザードマップの改定に現れています。

検討委員会の資料(産総研データ)では、過去5600年間の噴火は小規模86回(49%)、中規模82回(47%)、大規模7回(4%)で、小・中規模が96%を占める[1]。ところが同資料は、次の噴火が頻度の高い小・中規模になるとは限らず、頻度の低い大規模噴火になる可能性もあると述べる[1]。頻度が高いことは、次の噴火の規模を保証しない。

さらに噴火の様式も一定でない。貞観噴火は溶岩流主体の穏やかな噴火、宝永噴火は爆発的噴火だった[2]。したがって「次も宝永型」とも言えない。この不確かさに備えるため、ハザードマップはどう改められたのか。

6. わからない ところまで、どう じゅんびしたの?

6. 「抜け」を減らすために、ハザードマップが広げたもの

6. 2021年ハザードマップ改定 ── 対象期間の拡大・南西斜面・伏在火口の想定

ふんかが おきたら どこまで ひろがるかを しめす 地図が、2021ねん 3がつに あたらしく なりました[3]。

まえの 地図は、3200ねんぶんの ふんかを もとに しました。「ぬけが おおい」と いう ことで、5600ねんぶんまで ひろげました[3]。

それで、ふんかが すくなかった 南にしがわの しゃめんも、かんがえに はいりました。ようがんが すうじかんで、ふじのみやの まちに とどく ばあいも あります[3]。

さんちょうの ちかくは、はいが あつく つもって いて、まだ しられて いない 火口が うまって いる かもしれません。そのため、さんちょうから 4キロメートル いないは ぜんぶ、火口が できる かもしれない ばしょと して かんがえました[1]。

しらない ことが あるから、はんいを ひろげて おく。それが、いまの 富士山ふじさんの じゅんびです。

3200年から5600年へ

静岡県富士山世界遺産センターのコラムによると、ハザードマップは2021年3月に約17年ぶりに改定されました(初版は2004年)。初版は過去3200年間の噴火をもとにしていましたが、それでは「抜け(想定外)」が多すぎるとして、考慮する期間を5600年間まで広げました[3]。

過去3000年は少なかった南西斜面も

期間を広げた結果、過去3000年は噴火が少なかった南西斜面での噴火も想定に加わりました。富士宮市街地の近くで噴火し、溶岩流が数時間で市街地に届きうるケースも出てきました[3]。「必ず数時間で届く」のではなく、そうしたケースも想定に入った、という意味です。

見えない火口にも備える

山頂付近は降下火砕物が厚く積もっているため、まだ知られていない火口(伏在火口)が埋まっているかもしれません。そのため、山頂から半径4km以内の全域も、火口ができうる範囲に加えられました[1]。

分かっていない部分を「分かっていない」と認めて、想定を広げる。それが、静かな300年のあいだに進められた備えの形です。

静岡県富士山世界遺産センターのコラムによると、ハザードマップは2021年3月に改定された(2004年の初版から約17年ぶり)。初版は過去3200年間の噴火に基づいたが、「抜け(想定外)」が多すぎるとして、考慮期間を過去5600年間に拡大した[3]。

期間の拡大で、過去3000年は噴火が少なかった南西斜面の噴火も想定に加わり、富士宮市街地近くで噴火した場合に溶岩流が数時間で市街地に到達しうるケースも出てきた。これは「必ず数時間で届く」の意ではなく、そうしたケースが想定に入ったという意味である[3]。

また、山頂周辺は降下火砕物が厚く堆積するため、未知の火口が埋まっている可能性がある(伏在火口)。このため山頂から半径4km以内の全域が想定火口範囲に加えられた[1]。分からない場所を「分からない」まま想定に入れる姿勢が、この改定の特徴である。

自分でも しらべて みたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

今日できること

かみの テープを 56センチメートルに きります。1センチメートルを 100ねんと すると、5600ねんが 56センチメートルです。1707ねんからいまは、はしの 3センチメートルです。

30ねんは 3ミリメートルです。へいきんの ペースで ふんかを ならべると、はしの 3センチメートルには 10この ぶんに なります。でも いまは 0こです。ほんとうは ならんで いなかった ことも、いっしょに かんがえて みましょう。

公式の じょうほう

気象庁きしょうちょうの ホームページで、「富士山ふじさん」を さがすと、ようすを みられます。

今日できること

紙のテープ(56cm)を用意し、1cmを100年として、5600年を表してみましょう。右端の3cmが、宝永噴火から現在までの約300年です。

平均の約30年ごとは、3mm間隔にあたります。平均のペースなら、右端の3cmに10個ぶんの印が入る計算ですが、実際の噴火は一定間隔ではありません。「平均」と「実際」のちがいを、テープの上で考えてみてください。

公式の情報

気象庁の「富士山」のページ、内閣府の宝永噴火の報告書、静岡県富士山世界遺産センターのコラムで、この記事で使った資料の原文を読めます。

数字を自分で確かめる

5600年と約180回、そして約300年の静けさを、1cm=100年の紙テープで表すと、平均間隔(約3mm)と現状のずれが目で見える。同時に、等間隔ではないことも意識して読みたい。

資料を読む

  • 山梨県掲載の富士山ハザードマップ検討委員会資料(噴火履歴・想定火口範囲)
  • 内閣府「災害教訓の継承」宝永噴火の報告書(噴火の様式・前兆の史料)
  • 静岡県富士山世界遺産センターのコラム(ハザードマップ改定の考え方)
  • 気象庁の富士山の観測のページ、火山噴火予知連絡会会報(2011年の地震後の評価)

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

資料は公的機関のものを使い、数値の割り算や倍率はこの記事の計算です。約180回という数は研究の数え方によるため、「約」で示しています。

  1. 富士山ハザードマップ検討委員会資料(山梨県掲載) https://www.pref.yamanashi.jp/documents/53471/02_009-014.pdf (噴火回数・規模別の内訳・次の噴火の規模・想定火口範囲)
  2. 内閣府 防災 災害教訓の継承 富士山宝永噴火 報告書 https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1707_houei_fujisan_funka/pdf/1707-houei-fujisanFUNKA_04_chap0.pdf (宝永噴火の経過・様式・前兆・富士山の成り立ち)
  3. 静岡県富士山世界遺産センター 富士山世界遺産コラム vol.6 https://mtfuji-whc.jp/wp/wp-content/uploads/2022/10/09cafa82954fcc0c9a2886b2cf1dd3b7.pdf (2021年のハザードマップ改定)
  4. 気象庁 富士山【常時観測火山】 https://www.data.jma.go.jp/vois/data/tokyo/314_Fujisan/314_index.html (観測機器)
  5. 火山噴火予知連絡会会報 第113号(防災科学技術研究所の報告) https://www.jma.go.jp/jma/kishou/shingikai/ccpve/Report/113/kaiho_113_10.pdf (2011年静岡県東部地震後の観測評価)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

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