1. のりも すいばんも ないのに?
1. のりも吸盤も使わずに、なぜ天井で止まれるのか
1. 粘液でも吸盤でもない ── 乾燥接着という答え
ヤモリは、まどの ガラスや てんじょうを すいすい あるきます。どうして おちないのでしょう。
あしの うらが ぬるぬるの のりで ぬれて いる わけでは ありません。すいばんで すいついて いるのでも ないと せつめい されて います[4]。ヤモリの あしは、かわいた まま くっつく のです。これを「かんそうせっちゃく」と よぶ ことが あります。
では、あしの うらには、なにが あるのでしょう。
2. あしの うらの 毛は、かみの毛より ほそい
2. 足の裏には、髪の毛より細い毛が並んでいる
2. 毛の階層構造 ── 剛毛から先端の「ヘラ」まで
ヤモリの あしの ゆびの うらには、ごうもうと よばれる ちいさな 毛が びっしり はえて います[3]。1ぽんの 毛は、にんげんの かみの毛の 10ぶんの 1ぐらいの ふとさです[1]。
さらに、その 毛の さきは 100ぽんから 1000ぽんに わかれて、ヘラの かたちを して います[6]。ヘラの はばは、ひかりの はちょうより ほそいと いわれます。
ある けいさんでは、毛 100まんぼんで、10セントの こうかほどの ひろさです。それで 45ポンド、つまり 20キロぐらいの おもさを ささえられます。1ぽんに すると、1グラムの 50ぶんの 1ほどです。ただし、ヤモリが ほんとうに それだけの おもさを もつ わけでは ありません。
こんなに ほそくて よわい 毛が、どうして くっつくのでしょう。
ヤモリの足指の裏には、「剛毛(セタ)」と呼ばれるマイクロメートル単位の毛が並んでいます。この毛は、さらにナノメートル単位の細かい毛の集まりでできています[3]。毛1本の太さは、人間の髪の毛の約10分の1です[1]。
1本の毛の先は、100〜1000本の「ヘラ状の先端(スパチュラ)」に分かれ、その幅は目に見える光の波長より細い(300ナノメートル未満)とされています[6]。足の裏全体の毛の本数は、資料によって約50万〜200万本と幅があるので、ここでは「数十万本以上」とだけ言っておきます。
2000年の発表では、10セント硬貨の面積ほどに毛が100万本ならんだとして、約45ポンド(約20kg)の重さを支えられると計算されました[1]。20kgを100万で割ると、毛1本あたり約0.02gです。1円玉の50分の1ほどにあたります。ただし、これは計算上の話で、ヤモリがそれだけの重さを持つわけではありません。
こんなに細くて軽い毛が、なぜくっつくのでしょうか。
足指の裏の趾下薄板(しかはくばん)には、マイクロメートル級の剛毛(セタ)があり、そのセタは、さらにナノメートル級の毛の集合でできている[3]。階層になっているのは、毛の先を、壁の細かい凸凹へ、ごく近くまで寄せるためと考えられる。毛1本の太さは人の髪の約10分の1である[1]。
さらに、セタの先は100〜1000本のヘラ状の先端(スパチュラ)に分かれ、各スパチュラの幅は可視光の波長より細い(300nm未満)[6]。セタの本数は、足裏全体で約50万本とも、指全体で約200万本とも書かれ、数え方(足1つか全体か)で幅があるため、断定しないほうがよい。
2000年の研究発表は、毛100万本が10セント硬貨ほどの面積に並べば、約45ポンド(約20.4kg)の重さを支えられるとした[1]。検算すると、20.4kg÷100万本で毛1本あたり約0.02gになる。ただし、これは理想的な条件での計算であり、実際のヤモリがこれだけを持てるという意味ではない。
では、これほど細く弱い毛を、壁に引きつけているのは何か。
3. 1ぽんは よわいのに、どうして くっつくの?
3. 弱い力でも、近づけばくっつく
3. ファンデルワールス力 ── 1本の測定と「水の膜」説の行方
くっつける ちからは、「ファンデルワールスりょく」と よばれる、ぶんしと ぶんしの あいだの よわい ひきあう ちからと かんがえられて います[3]。この ちからは、ぶんしが ちかいほど つよく はたらきます。
ヤモリの 毛は、かべの でこぼこに なじんで ちかづきます。1ぽんの ちからは ちいさくても、たくさん あつまると、ささえられるように なります[4]。
2000ねんに、けんきゅうしゃたちは、1ぽんの 毛の ちからを はじめて ちょくせつ はかりました。すると、からだ ぜんたいから すいていされた さいだいの ちからより、ほぼ 10ばい つよかったのです[2]。
でも、毛を かべに うまく くっつけるには、おきかたが だいじです。
くっつける力の正体は、「ファンデルワールス力」と呼ばれる、分子と分子のあいだの弱い引力だと考えられています。距離が近いほど強く、分子間の力の式では、距離の6乗に反比例して小さくなります[3]。ただし、この「6乗」は分子どうしの力の一般的な説明で、ヤモリの足全体の力の式ではありません。
毛の先が壁の細かい凸凹にぴったりなじむと、すごく近づけます。1本の力は小さくても、何千本もの毛が同時にはたらけば、壁を登れる強さになります[4]。
2000年には、研究チームが、毛1本の力を初めて直接測りました。結果は、体全体の測定からの推定の最大値より、約10倍強いというものでした[2]。ファンデルワールス力で説明できるとされました。
当初は、水分子の薄い膜がくっつきを助けている可能性は、否定できないとされました[1]。2002年の論文は、表面が水になじむかどうかに関係なくヤモリがくっつくことから、ファンデルワールス力が主役という証拠を出したと紹介されています。ただし、その論文の細かい数値は、ここでは扱いません。
では、近づければ必ず強くくっつくのでしょうか。
接着の主役とされるのは、ファンデルワールス力である。これは原子・分子どうしにはたらく弱い引力で、分子間の力の理論では、距離の6乗に反比例して小さくなる。そのため、近いほど強く引かれる[3]。なお、「6乗」は分子間の一般式の説明であり、足全体の接着力が6乗で決まるという意味ではない。
毛の先が壁の凸凹になじんで接近すれば、1本ごとの結合は弱くても、数で足し合わさって壁を登れる強さになる[4]。2000年には、Autumnらが1本のセタの力を初めて直接測定し、接着がファンデルワールス力で説明できるとした。1本のセタは、体全体からの推定の最大値より約10倍強かった[2]。
ところが、同じ2000年の研究発表は、水の吸着(水分子の薄い膜)の可能性を排除できないとも述べている[1]。この疑問に対し、2002年のPNAS論文は、表面が水になじむか否かによらず接着することから、ファンデルワールス力が主役であることを示す証拠を出した。ただし、この論文の詳しい数値は、ここでは扱わない。
では、毛が壁に近づきさえすれば、最大の強さが出るのか。
4. ゆびを「たぐる」ように おくと、つよくなる
4. 置き方しだいで、くっつきは大きく変わる
4. 予圧と毛の向き ── 摩擦測定の約600倍
ヤモリは、あしの ゆびを ちょんと おくのでは ありません。ゆびを たぐるように おして、ひきます。
こうして ゆびを おくと、毛の むきと おしつけの おかげで、くっつく ちからが ふえます。けんきゅうでは、ふつうの まさつだけを はかった ときの 600ばいに なったと ほうこく されました[2]。
つまり、ヤモリは、ただ くっつくのでは なく、くっつきやすい おきかたを して いるのです。
それなら、はなれる ときは どう するのでしょう。
ヤモリは足を壁にぺたっと置くだけではありません。足指をたぐるように置いて、そのあと引きます。2000年の研究では、毛の向きと「予圧」(あらかじめ押し付けること)によって、接着の力が、毛の材料そのものの摩擦だけを測った値の約600倍まで増えたと報告されました[2]。
つまり、毛が弱い引力でくっつくだけでは足りません。毛を、強くくっつく向きと押し付けで当てるやり方が、ヤモリの動きに組み込まれているように見えます。
ここまでで、くっつくほうはかなり分かりました。では、強く吸い付いた足を、どうやってすばやくはなしているのでしょうか。
くっつけるうえで、置き方が重要になる。2000年の研究(Nature)は、セタの巨視的な向きと予圧によって、接着力が材料の摩擦測定から見積もった値の約600倍に増したと報告した[2]。足指をたぐるように置いてから引く動きが、そのまま測定条件になっている。
ここで注意すべきは、約600倍が「摩擦だけの測定」との比較であって、他の動物や人工物との比較ではないことだ。数値は検索要約で確認できる要旨の一文であり、条件の細部までは断定しないほうがよい。
しかし、強くくっつく足は、そのままでは歩けない。毎歩ごとに、足をはがす必要がある。ここに、このテーマの意外なところがある。
5. はがす くふうが、すごい
5. 足は「はがす」ように持ち上げると、30度で外れる
5. 剥離の工夫 ── 角度30度と、少しずつ外す力の節約
くっつく ちからが つよいと、はなす ときに こまりそうです。ところが、ヤモリは あしを すっと はなします。
毛を ねかせた じょうたいから、毛と かべの かくどを 30どより たてると、毛の さきが かんたんに はずれると せつめい されて います[1]。ヤモリは、あしの ゆびを、はがすように もちあげて、この かくどを つくります[5]。
ゆびを すこしずつ はがすと、いちどに はなす より ちからが すくなく すみます。テープを よこから はがすのに にて います。
ヤモリは、くっつく ちからより、はがす くふうが うまいのかもしれません。
くっつく力が強いなら、足を離すときも大きな力が要りそうです。ところが、ヤモリは足をすっと持ち上げます。
研究発表では、ねかせた毛を30度より立てると、先端のヘラは簡単に外れると説明されました[1]。ヤモリは足指を「はがす」ように持ち上げることで、この角度を作ります[5]。
はがすときに足指を少しずつ外すと、一度に必要な力が小さくなります。テープを横からはがすときのような感覚と似ています[5]。くっつく力が弱いからはがれるのではなく、強くくっつく向きと、簡単に外れる向きを、毛がもっているのです。
強くくっつく力より、すぐ外せる工夫のほうが、歩くうえでは大事なのかもしれません。
この両立を、人間が作ることはできるのでしょうか。
強い接着は、離脱が難しいという問題を生む。ヤモリはどう解決しているのか。UC Berkeleyの発表によれば、ねかせた状態の毛を、壁との角度が30度より大きくなるよう持ち上げると、先端のスパチュラは簡単に外れる[1]。ヤモリは足指を表面からはがすことで、この角度を作る[5]。
足指を少しずつはがせば、一度に外す毛の数が少なく、必要な力が小さくなる。粘着テープを真上ではなく横からはがすのと似ている、と説明される[5]。この比較は直感を助ける説明であり、足指の動きを力学的に測った値ではない点に注意する。
要するに、ヤモリの足は「強くくっつく向き」と「簡単に外れる向き」の両方を持つことで、接着と素早い歩きを両立している。強い接着は、外せなければ歩行の邪魔になるからである。
では、この両立を、人間は材料として再現できたのか。
6. ヤモリを まねして つくる
6. ヤモリをまねた接着剤は、どこまで来たのか
6. 人工毛から搬送ロボットまで ── 模倣の到達点と条件
ヤモリを まねして、くりかえし くっつく テープを つくる けんきゅうが あります。
2003ねんに、イギリスの マンチェスターの けんきゅうしゃが、プラスチックで できた 人工の 毛を つかった「ゲッコーテープ」を つくりました[7]。
2008ねんには、アメリカの チームが、ナノチューブという ほそい すみの ざいりょうで 毛の ような ものを ならべ、ヤモリの 10ばい つよい せっちゃくざいを つくったと ほうこくしました[8]。ただし、これは ほうどうでの ひかくで、じょうけんが あります。
さいきんは、ヤモリの あしを まねた ロボットや、ぬれた ところにも つかえる いりょうようテープの けんきゅうも あります[9]。
ヤモリをまねた接着剤は、研究が続いています。2003年には、イギリスのマンチェスターの研究者らが、ポリイミドという樹脂で作った人工の毛による「ゲッコーテープ」を発表しました[7]。
2008年10月には、アメリカの研究チームが、カーボンナノチューブを毛のように並べ、ヤモリの約10倍強い接着剤を作ったとScienceに発表したと報じられました。ヤモリを手本にした従来品の約3倍とも伝えられています[8]。ただし、この10倍は報道上の比較で、条件つきです。ヤモリのほうが劣っているとは言えません。
2023年には、韓国の慶北大学校のKwak教授らが、ヤモリの足裏をまねた接着盤とソフトアクチュエータを組み合わせ、接着時は強く、離すときは簡単な搬送ロボットを発表しました[9]。
どれも、ヤモリの「くっつく」と「はがす」を、両方まねしようとするところが共通しています。
ヤモリの毛を人工物で再現する試みは、2003年に英マンチェスターの研究者らがポリイミドの人工毛で「ゲッコーテープ」を作り、Nature Materialsに発表したのが一例とされる[7]。厚さ5μmのフィルムの表面に、ポリイミドの柔軟な繊維を作ったと説明される。
2008年10月には、米国の研究チームがカーボンナノチューブを毛のように並べ、ヤモリ自体の約10倍強い接着剤を作ったとScienceに発表した。ヤモリ着想の従来品の約3倍とも報じられた[8]。ただし、この「10倍」は報道上の比較であり、条件つきで読むべきである。ヤモリより万能だという意味ではない。
さらに2023年には、慶北大学校のKwak教授らが、ヤモリの足裏を模した接着盤とソフトアクチュエータを組み合わせ、接着時の強い接着能と容易な脱着を両立した搬送ソフトロボットを、Science and Technology of Advanced Materials誌で発表した[9]。
これらの研究に共通するのは、接着力の強さだけを求めず、「くっつく」と「はがす」の両立を設計目標にしている点である。2000年に測られた「毛1本の弱さと、角度による外れやすさ」が、材料設計の出発点になっている。
7. テープで ためして みよう
7. 家のテープで、はがす向きを確かめてみる
7. 家で確かめる、はがし方による手ごたえの差
うちで できること
セロハンテープを 5センチぐらい きって、つくえに はります。まず、はしを つまんで、めくるように はがして みましょう。つぎに、おなじ テープを また はって、ゆびで よこに ずらして みます。
ゆびに かんじる てごたえは、ちがいますか。ちがいを ことばに して みましょう。
さがして みよう
おうちの そとで ヤモリを 見かけても、つかまえたり さわったり しません。とおくから、あしの ゆびを どう うごかして いるか、見て みましょう。
今日できること
セロハンテープを5cmほど切り、机にはります。まず端をつまんで、めくるようにはがします。次に、もう一度はって、指で横にずらしてみます。指に感じる手ごたえのちがいを、言葉にしてみましょう。ヤモリの足と同じ仕組みだとは限りませんが、「はがし方」で力の感じ方が変わることを、体で確かめられます。
見かけたら
家の外でヤモリを見かけても、つかまえたり触ったりしません。ヤモリを傷めるおそれがあります。離れたところから、足指がどう動くかを見てみましょう。
今日できること
セロハンテープを5cmほど切って机にはる。端をつまんでめくるようにはがす場合と、指で横にずらそうとする場合で、手ごたえを比べて記録する。ヤモリの足と同じ現象だとは限らないが、力の向きによって感じ方が変わる点を確かめられる。
見かけたら
ヤモリを見かけても、つかまえたり触ったりせず、離れた場所から足指の動きを観察する。ヤモリを傷めるおそれがある。
原典を読むなら
Autumnらの2000年のNature論文(405巻681〜685ページ)は、1本のセタの力を初めて直接測定した研究である。この記事の約10倍・約600倍という数値の出どころなので、題名と要旨を読んで、どの条件の比較なのかを確かめるとよい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
2000年の研究は論文の題名・要旨と大学の発表資料を、応用の話は報道・解説を使った。数字は、これらの資料に書かれた範囲だけを使った。
- UC Berkeley News「Gecko」(2000-06-07) https://newsarchive.berkeley.edu/news/media/releases/2000/06/07_gecko.html (毛の太さ・100万本の計算・30度・水の膜の可能性)
- Autumn et al. (2000) Nature 405:681-685 https://www.nature.com/articles/35015073 (1本の毛の測定・約10倍・約600倍)
- telemail 進学情報「ヤモリの足」解説 https://telemail.jp/shingaku/academics-research/lecture/g005003 (毛の階層構造・ファンデルワールス力)
- ライフハッカー(日本版) https://www.lifehacker.jp/article/141220glass_wall/ (乾燥接着・弱い結合を数で補う)
- Scientific American「How do gecko lizards unstick?」 https://www.scientificamerican.com/article/how-do-gecko-lizards-unst/ (はがす動きと角度)
- Science News「Gecko toes tap intermolecular bonds」 https://www.sciencenews.org/?p=32296 (毛の先の枝分かれ)
- Geim et al. (2003) "Microfabricated adhesive mimicking gecko foot-hair" Nature Materials 2:461-463 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12776092//解説:Synthetic setae (Wikipedia) https://en.wikipedia.org/wiki/Synthetic_setae (2003年の人工毛の紹介)
- AFPBB News https://www.afpbb.com/articles/-/2526734 (2008年のナノチューブ接着剤の報道)
- 共同通信PRワイヤー(2023) https://kyodonewsprwire.jp/release/202311173007 (2023年の搬送ソフトロボット)
なおした ところ
更新履歴
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