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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

めがねは なにで できて いるの? むかしと いまでは ちがうの?

家康のめがねはウミガメの甲だったとされる。いまのめがねは、何でできているのか

めがねのフレームとレンズの素材は、どう入れかわってきたか ── べっ甲・セルロイド・チタン、ガラスとプラスチック

分野:技術

とくがわ いえやすが もって いた めがねは、うみがめの こうらで できて いたと いわれて います[1]。では、いま みんなが かけて いる めがねは、なにで できて いるのでしょう。

むかしの めがねの フレームには、ひが つきやすい ものが ありました。いまは かるくて じょうぶな ざいりょうも つかわれて います。フレームと レンズの ざいりょうが、どう かわって きたのかが わかります。

江戸幕府を開いた徳川家康が晩年に持っていた眼鏡は、ウミガメの甲を使った「べっ甲」製だったとされています[1]。鼻に乗せたり、手で支えたりして使ったようです。

いま街で見るめがねは、どんな素材でできているのでしょうか。昔は火がつきやすい素材もあったフレームと、重くて割れやすいガラスだったレンズが、どんな理由で入れかわってきたのかが分かります。

徳川家康が晩年に所持していた眼鏡は、べっ甲(ウミガメの甲)製で、鼻に乗せたり手で支えたりして使ったようだとされる[1]。現在の眼鏡は、フレームもレンズも、まったく違う素材が主流になっている。

素材はなぜ入れかわったのか。燃えやすさ、軽さ、割れにくさといった「困りごと」を手がかりに、フレームとレンズの素材の移り変わりと、日本のめがね産地・鯖江の役割が分かる。ただし年代の分かる話と分からない話があるので、その区別も示す。

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1. いえやすの めがねは、なにで できて いたの?

1. 家康の眼鏡は、ウミガメの甲でできていたとされる

1. 家康の眼鏡と、べっ甲という素材

いえやすが のこした めがねは、いまも 大事に のこされて います[1]。うみがめの こうらで できた「べっこう」と いう ざいりょうです。

いまの めがねのように、みみに かける ところは、せつめいに でて きません。はなの 上に のせたり、手で ささえたり して つかったようです[1]。

めがね そのものが 日本に きた ときの きろくも あります。1551ねんに、ザビエルと いう ひとが、いまの 山口けんに あたる すおうの だいみょう、おおうち よしたかに おくった という きろくです[2]。

では、いまの めがねの フレームは、うみがめの こうらでは なく、なにで できて いるのでしょう。

静岡県の久能山東照宮には、徳川家康(1542〜1616年)が晩年に持っていた眼鏡が残り、重要文化財になっています。ウミガメの甲を加工した「べっ甲」製で、鼻の上に乗せたり、手で支えたりして使ったようだと国土交通省の解説は伝えています[1]。

耳に掛けるつる(テンプル)は、この解説には出てきません。いまの眼鏡とはだいぶ違う道具だったようです。

日本に眼鏡が入ってきた記録もあります。1551年に、宣教師ザビエルが周防(いまの山口県)を治めていた大名の大内義隆に眼鏡を贈った、というものです[2]。眼鏡そのものは、13世紀後半ごろにイタリアで発明されたといわれます[2]。

それから400年以上たったいま、フレームの素材は大きく変わりました。何に入れかわったのでしょうか。

久能山東照宮に残る家康(1542〜1616年)の眼鏡は、晩年に所持していたとされ、重要文化財に指定されている。国土交通省の多言語解説によれば、素材はウミガメの甲を加工したべっ甲で、鼻に乗せたり手で固定したりして使ったようだという[1]。耳に掛ける構造の説明がないことは、現代の眼鏡との大きな違いである。

日本への伝来については、1551年にザビエルが周防の大内義隆に眼鏡を献上した記録が知られている[2]。発明そのものは13世紀後半ごろのイタリアとされる[2]。

家康の眼鏡が天然素材だったのに対し、現在の眼鏡では、フレームもレンズも人工の素材が中心になっている。ここで注目したいのは、素材が入れかわった「理由」が、燃えやすさ、重さ、割れやすさ、肌との相性といった具体的な困りごとと結びついている点だ。まずは、燃えやすさの問題から見ていく。

2. ひが つきやすい めがねが あったって ほんとう?

2. 燃えやすいセルロイドから、アセテートへ

2. セルロイドの燃えやすさと、アセテートへの置きかえ

むかしの めがねの フレームには、「セルロイド」と いう プラスチックの なかまが ひろく つかわれました[3]。

セルロイドは、ひが つきやすいと いう よわい ところが ありました。こすれた ときの ねつでも ひが つく ことが ある と いわれて います[3]。ひかりで いたみやすい ところも ありました。

そこで、セルロイドより もえにくい「アセテート」に かわって いく ながれが あります[3]。いまの めがねの フレームは、アセテートが ほとんどだ という せつめいも あります[4]。

では、こうした めがねは、日本の どこで たくさん つくられて いるのでしょう。

家康の時代の次に、フレームに広く使われた素材のひとつがセルロイドです。ニトロセルロース(硝化綿)と、樟脳という物質を主な原料にした、合成樹脂の仲間です[3]。

弱点は、とても燃えやすいことでした。摩擦で出た熱で火がつくことさえあり、光などで傷みやすいという欠点もありました[3]。顔のすぐそばに置く道具としては、気になる性質です。

そのため、セルロイドより燃えにくいアセチルセルロース(アセテート)に置きかわる傾向があるといわれます[3]。いまの眼鏡の素材は、アセテートがほとんどだという説明もあります[4]。

こうしたフレームを、日本で一番たくさん作っている町があります。福井県の鯖江です。

べっ甲の次に広く使われたフレーム素材のひとつが、セルロイドである。ニトロセルロース(硝化綿)と可塑剤の樟脳を主原料とする合成樹脂で[3]、眼鏡のフレームにも使われた。ところが、極めて燃えやすく、摩擦熱で発火することがあり、光などで劣化しやすいという欠点があった[3]。

顔に掛ける道具であることを考えると、この性質は見過ごせない。そこで、セルロイドより燃えにくいアセチルセルロース(アセテート)への置きかえが進む傾向にあり[3]、現在の眼鏡の材質はアセテートがほとんどだと説明されている[4]。ただし後者は現在の状態を述べたもので、日本で切りかわった正確な時期は、資料からは分からない。

では、こうしたフレームは、どこで作られているのか。国内の生産で圧倒的な存在感があるのが、福井県の鯖江である。

3. さばえの まちは、なぜ めがねを つくりはじめたの?

3. 冬に畑仕事ができない町が、めがね作りを始めた

3. 鯖江のめがね産業 ── 冬の副業から国内シェア約96%へ

ふくい県の さばえで、めがねづくりが はじまったのは、1905ねんの ことです[5]。

はじめた ひとは、ますなが ござえもん。この ちいきは、ふゆに はたけの しごとが できません。そこで、ふゆの かせぎ(ふくぎょう)として はじめたと いわれます[5]。

やがて、さばえは 日本一の めがねの さんちに なりました。1935ねんには、日本一に なったと いう せつめいが あります[2]。

さばえの すごい ところは、ざいりょうの あたらしい ちょうせんを したことです。つぎは、その はなしです。

鯖江(福井県)では、冬になると農業ができません。そこで1905年(明治38年)に、増永五左衛門が冬の副業として眼鏡作りを始めたとされます。大阪から職人を招いたという話も伝わっています[5]。

ここから鯖江の眼鏡作りは広がり、1935年には日本一の産地になったと説明されています[2]。さらに、nippon.comの記事(2012年1月ごろの記述)では、鯖江市の眼鏡フレームの生産量は国内製造の約96%にのぼるとされています[5]。数字は年によって変わるので、最新の値ではないことに注意が必要です。

冬の農閑期の仕事が、約30年で日本一の産地になった。この勢いは、ある難しい金属への挑戦につながっていきます。

鯖江(福井県)の眼鏡作りは、1905年(明治38年)に増永五左衛門が、冬に農業ができない地域の副業として始めたとされる[5]。大阪から職人を招いたという話もある。

それでも産地は急速に成長し、1935年には日本一の眼鏡産地になったと説明されている[2]。つまり、副業の開始から約30年で国内一になったことになる。nippon.comの記述(2012年1月ごろ)では、鯖江市の生産量は国内製造シェアの約96%とされている[5]。この割合は当時の記述であり、年ごとに変わるので、最新値とは断定できない。

産地としての規模がここまで大きくなった鯖江は、次に、素材の面でも先頭に立つことになる。難しい金属、チタンの加工である。

4. かるくて じょうぶな きんぞくって なに?

4. 軽くて丈夫なチタンのフレームは、どこで生まれたのか

4. チタンのフレームと、金属フレームの素材の種類

1980ねんだいに、さばえは せかいで はじめて、「チタン」と いう きんぞくで めがねの フレームを つくる ぎじゅつを つくった と いわれて います[5]。

チタンは、かるくて じょうぶで、さびにくい きんぞくです。ただ、つくるのが むずかしく、ねだんも たかめです[4]。

ほかにも、フレームの きんぞくには、ステンレスや アルミニウムなどが あります[6]。

では、めがねの いちばん たいせつな ぶぶん、レンズは なにで できて いるのでしょう。

1980年代、鯖江は世界で初めて、軽くて丈夫なチタンを使った眼鏡フレームの製造技術を確立したと説明されています[5]。チタンは加工が難しい金属です。年については資料によって1981年・1983年と分かれるため、ここでは「1980年代」にとどめます。

チタンはさびにくく、丈夫で軽く、値段は高めです。シニア向けのフレームで使われることが多くなったともいわれます[4]。米国眼科学会(AAO)は、チタンを「とても強く、軽く、さびに強い」素材で、アレルギーを起こしにくいものとして挙げています[6]。

金属フレームには、ほかにステンレス、アルミニウム、そしてニッケルを含むことがある合金のモネルなどがあります。プラスチックのほうは、セルロースアセテートやナイロン系などです[6]。フレームの素材は、一つに決まっているのではなく、軽さ・値段・色の多さ・肌との相性で選べるようになっています。

次は、ものを見るための部分、レンズの素材を見てみましょう。

1980年代、鯖江は世界で初めて、軽く丈夫な金属であるチタンを使った眼鏡フレームの製造技術を確立したとされる[5]。チタンは加工が難しい。確立の年は、資料によって1981年・1983年と食いちがうため、「1980年代」と書くのが安全である。

チタンの特徴は、さびにくく、丈夫で軽いことで、価格は高い。シニア向けのフレームで使われる機会が多くなったともいわれる[4]。米国眼科学会(AAO)の解説は、チタンを非常に強く、軽く、腐食に強い素材とし、hypoallergenic(アレルギーを起こしにくい)と表現している[6]。

同じ解説によれば、金属フレームにはチタンのほか、ステンレス、アルミニウム、ニッケルを含むことがある合金のモネルなどがあり、プラスチックにはセルロースアセテート(zyl)やナイロン系がある。セルロースアセテートは、比較的安く、軽く、色が多いという特徴が挙げられている[6]。素材ごとに得意・不得意があり、一つが全部を満たす素材ではない。

フレームの話はここまでだ。次は、ものを見るときに光を曲げるレンズに目を向ける。

5. ガラスの レンズは、なぜ へって いったの?

5. ガラスは割れやすく重い ── レンズの主役がプラスチックになった理由

5. ガラスとプラスチックのレンズ ── 重さ・割れにくさ・用途

レンズの ざいりょうは、大きく ガラスと プラスチックに わけられます。

ガラスの レンズは、ものが きれいに 見えて、きずが つきにくい ところが いい ところです。でも、ぶつかると われやすく、おもたいと いう よわい ところが あります[4]。

プラスチックの レンズは、われにくくて かるいのが とくちょうです[4]。いまは、プラスチックの レンズが ひろく つかわれて いると いわれて います[4]。

こどもが かける めがねや、うんどうする ときの めがねには、とくに じょうぶな プラスチックが よい とも いわれます[7]。

でも、おなじ プラスチックでも、うすく できる ものと できない ものが あります。どうして でしょう。

レンズの素材は、大きくガラスとプラスチックに分かれます。ガラスは光の性質がよく、傷がつきにくいのが長所です。いっぽうで、衝撃に弱く、重くなりがちです[4]。

プラスチックのレンズは、割れにくく軽いのが特徴です。いまは、プラスチックのレンズが広く使われているという説明があります[4]。

プラスチックの中にも種類があります。CR-39は1947年に開発された素材で、ガラスの約半分の重さです。ポリカーボネートは1970年代の初めに登場し、さらに軽く、衝撃にも強いため、子ども用やスポーツ用の眼鏡に向くとされています[7]。

では、同じ度数・同じレンズ設計でも、素材によって厚みが変わるのはなぜでしょうか。

レンズ素材は、ガラスとプラスチックに大別される。ガラスは光学性能が高く傷がつきにくいが、衝撃に弱く重い。プラスチックは割れにくく、軽い。現在はプラスチックレンズが広く使われているとされる[4]。

プラスチックの中にも種類がある。CR-39は1947年に開発され、ガラスの約半分の重さで、価格も低めな素材だ。ポリカーボネートは1970年代の初めに登場し、CR-39よりもさらに軽量で、耐衝撃性に優れるため、子ども用やスポーツ眼鏡に向く[7]。

レンズ素材が入れかわった背景には、軽さと割れにくさを求める声があったと考えられる。ただし、ガラスが不要になったわけではなく、光学性能や傷への強さで選ばれる場合もあると考えるのが妥当だろう。

レンズの違いは、重さと割れにくさだけではない。「厚み」にも関わる。

6. どうして うすい レンズが できるの?

6. 同じ度数でも、素材しだいで薄くなる

6. 屈折率と、レンズの厚み

プラスチックの レンズには、「ひかりを まげる ちから」が つよい ものと、そうでも ない ものが あります。この ちからを「くっせつりつ」と いいます。

この ちからが つよい ざいりょうほど、おなじ ど数・おなじ かたちの めがねを、うすく つくる ことが できます[7]。

たとえば、CR-39は くっせつりつが 1.498、ポリカーボネートは 1.586 です[7]。ポリカーボネートの ほうが、すこし うすく できる ざいりょうです。

おなじ ど数でも、ざいりょうが ちがうと、レンズの あつみが かわります。

レンズは光を曲げて、目の奥でピントを合わせるための道具です。光を曲げる強さは「屈折率」という数字で表され、屈折率が高い素材ほど、同じ度数・同じレンズ設計なら薄く作れます[7]。

プラスチックでいえば、CR-39の屈折率は1.498、ポリカーボネートは1.586です[7]。差は0.088で、ポリカーボネートのほうが約5.9%高いことになります。屈折率が高ければ薄くできるので、ポリカーボネートは、軽さと衝撃への強さに加えて、薄さにも向いた素材といえます。

軽く、割れにくく、薄い。こうした性質の組み合わせから、レンズも用途に合わせて選べる時代になりました。

光の曲がりやすさを表す数値を屈折率といい、屈折率が高い素材ほど、同じ度数・同じレンズ設計なら薄くできる[7]。CR-39は屈折率1.498、ポリカーボネートは1.586である[7]。計算すると差は0.088、ポリカーボネートのほうが約5.9%高い。

ただし、屈折率の数字だけで厚みが決まるわけではない。レンズの厚みは、度数やレンズの大きさにも左右される。ここでは「屈折率が高いほど薄くしやすい」という一般的な関係にとどめる。

軽さ、割れにくさ、薄さのどれを優先するかで、選ぶ素材が変わる。素材の入れかわりは、「一つの正解への置きかえ」というより、「用途に応じた選択肢が増えた」過程と見るのが近いだろう。

7. めがねの ざいりょうを、かぞくの めがねで しらべよう

7. 身近な眼鏡で、素材のちがいを観察してみる

7. 身近な眼鏡を観察する ── 読み比べの手がかり

おうちの ひとに、かりても いいか きいてから、めがねを みましょう。おとさない ように、つくえの 上で ゆっくり 見ます。

フレームを ひとつずつ、手に のせて、おもさを くらべて みます。かるい ものと おもい ものが ありますか。

レンズを よこから 見て、はしの あつみも くらべて みましょう。うすい めがねと あつい めがねが あるかもしれません。ただし、ひとによって ど数が ちがうので、くらべるときは、そのことも わすれずに。

めがねを おかえしする ときは、「ありがとう」を わすれずに。

家族や自分の眼鏡を、机の上で観察できます。落とさないよう、持ち主に断ってからにしましょう。

まず、家族の眼鏡を何本か手のひらに乗せて、重さの違いを感じてみます。金属らしい細いフレームと、色つきで太いフレームで、軽さが違うかもしれません。

次に、レンズを横から見て、端の厚みを比べます。ただし度数は人によって違うため、厚みの違いが素材によるものかどうかは、これだけでは決められません。違いに気づく練習として楽しんでください。

もっと調べたいときは、国土交通省の解説[1]で家康の眼鏡の説明が、AAOの解説[6]でフレーム素材の一覧が読めます。家にある眼鏡のフレームの内側を見ると、素材の名前や型番が書かれていることがあります。

観察のしかたはシンプルでよい。身近な眼鏡を、持ち主の了解を得て机の上で扱い、重さを手のひらで比べ、レンズの端の厚みを横から見る。ただし度数が違えば厚みも違うので、厚みの違いを素材の違いと決めつけることはできない。確かめられるのは「違いがありそうだ」という手がかりまでだ。

資料を読むなら、①国土交通省の多言語解説[1]は、重要文化財の眼鏡を短くまとめた公的な説明、②AAOの解説[6]は、フレーム素材の特徴を一覧にした英語の資料、③nippon.comの記事[5]は、鯖江の産業の歩みを伝える記事、という性格の違いがある。

残る問いも多い。セルロイドからアセテートに日本で置きかわった時期、鯖江のチタン技術が確立した正確な年、鯖江の国内シェアの最新値などは、今回の資料では確定できない。これらを調べるときは、鯖江市や福井県、業界団体の一次資料に当たるのが近道になるだろう。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:国土交通省の解説、米国眼科学会の解説、ニュース記事、百科事典、レンズ情報サイトを使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. 国土交通省 多言語解説文データベース「眼鏡」。https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/common/001558298.pdf (家康の眼鏡について)
  2. All About ニュース「メガネの歴史」。https://news.allabout.co.jp/articles/o/84232/ (ザビエルの献上と、鯖江が日本一になった年について)
  3. Wikipedia「セルロイド」。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89 (セルロイドの原料と燃えやすさについて)
  4. Wikipedia「眼鏡」。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%BC%E9%8F%A1 (眼鏡の発明の推定年、フレームとレンズの素材について)
  5. nippon.com「鯖江のめがね」。https://www.nippon.com/ja/views/b00601/ (鯖江の眼鏡作りの始まり、国内シェア、チタンについて)
  6. 米国眼科学会(AAO)「Eyeglass Frame Materials」。https://aao.org/salud-ocular/consejos/eyeglass-frame-materials (フレーム素材の種類と特徴について。英語)
  7. All About Vision(日本語版)「レンズの選び方」。https://www.allaboutvision.com/ja-jp/megane/renzu/erabikata/ (プラスチックレンズの種類と屈折率について)

なおした ところ

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