1. おろす まえの 大根は、からいの?
1. 辛みは、おろした瞬間に作られる
1. 辛味はいつ生まれるのか ── 前駆物質と酵素が出会う条件
大根を かじって みると、おろした ときほど つんと こない ことが あります。じつは、おろす まえの 大根には、からさの もとが ほとんど ありません。
大根の 中には、からさの「もと」と、それを からさに かえる「はたらきもの」が、べつべつの ところに しまわれて います。ふだんは であいません。
おろし がねで さいぼうが こわれると、ふたつが まざります。その しゅんかんに、からさが うまれます[1]。
この からさの 正体は、「からし油」の なかまだと いわれます。ですから、おろし かたや、おろして からの じかんで、からさが かわっても ふしぎでは ありません。
では、おなじ 大根の なかでも、からい ところと、からく ない ところが あるのでしょうか。
別々にしまわれた「もと」と「酵素」
日本植物生理学会のQ&Aによると、ダイコンの辛みはイソチオシアネートという成分によるものです。おろす前の根には、その材料になるグルコシノレートと、それを変える酵素のミロシナーゼが、別々の場所に入っています。ふだんは出会わないので、辛みはほとんど生じません[1]。
すりおろすと組織がこわれ、材料と酵素が混ざります。すると、イソチオシアネートが生まれます。このQ&Aは、ダイコンは「すりおろされて初めて」この成分を出す、と説明しています[1]。
辛さを決める二つの要素
辛みの強さには、材料の量と酵素の働きが影響します。ダイコンでは酵素が比較的十分にあるので、材料のグルコシノレートの量の影響が大きい傾向がある、というのが同じQ&Aの説明です[1]。では、その量は大根のどこでも同じなのでしょうか。
日本植物生理学会のQ&Aは、ダイコンの辛味がイソチオシアネート(辛子油)であり、おろす前の根では前駆物質のグルコシノレートと酵素ミロシナーゼが別の場所にあるため、辛味はほとんど生じないと説明する。おろして組織が壊れると両者が混ざり、イソチオシアネートが生じる[1]。したがって、辛さを「根が最初から持っているもの」と考えると、おろす前に辛くないことを説明できない。
同じ解説によれば、辛味の強さにはグルコシノレートの量とミロシナーゼの活性が影響する。ダイコンではミロシナーゼが比較的十分にあるため、グルコシノレート量の影響のほうが大きい傾向があるとされる[1]。ここから、辛さを動かす条件は、(1) 材料がどこにどれだけあるか、(2) どれだけ効率よく組織を壊すか、(3) 生じた成分がどれだけ残るか、の三つに整理できる。以下の章は、この順に進む。
2. 大根の さきと あたま、からいのは どっち?
2. 同じ大根でも、先の方が辛いのはなぜか
2. 辛味の材料は、大根のどこに多いのか
大根を よこに 3つに きって、すこしずつ なめて くらべる ところを そうぞうして みて ください。はっぱに ちかい あたまの ほうは やさしい あじ。さきの ほうは、つんと きます。
からさの「もと」と「はたらきもの」は、水や えいようの とおる すじに あつまって います[1]。
その すじが ぎゅっと あつまって いる さきの ほうが、からく かんじる ようです。ただ、この わけは これからの けんきゅうで たしかめる ところも のこって います[1]。
だから、さきと あたまで からさが ちがう ことが あるのです。
辛みの材料は、水の通り道に集まっている
植物Q&Aによると、グルコシノレートとミロシナーゼは、維管束などの通導組織に集中しています。通導組織は、水や養分が通る管の集まりです。これが密集する尻のほうは辛く感じられ、頭のほうは密度が低くて辛みが弱い、と説明されています[1]。
尻のほうに通導組織が密集していることは、辛みを強く感じる要因の一つと考えられています。ただし、Q&Aの回答者も「今後の研究が必要」と述べていて、先端に材料が何倍あるかといった数字までは分かっていません[1]。
緑色の部分が弱いのはなぜ?
頭の緑色の部分が辛くない理由は、光合成と関係があるのではという推測が出ているだけで、これからの課題とされています[1]。分かっていない部分も残っているのです。
では、大根の中で辛味の材料はどう分布しているのか。植物Q&Aによれば、グルコシノレートとミロシナーゼはともに維管束などの通導組織に集中する。通導組織が密集する尻(先端側)は辛味が強く感じられ、密度の低い頭側は辛味が弱い[1]。辛い部分と辛くない部分があるのは、味覚の問題というより、材料の置き場所の問題として説明できる。
尻側に通導組織が密集することは、辛味を強く感じる要因の一つと考えられている。ただし回答者自身が今後の研究が必要としており、先端ほど前駆物質が何倍多いかという数値は、ここでは扱わない[1]。
頭の緑色の部分が辛くない理由については、光合成との関連が推測として挙がっているだけで、今後の課題とされる[1]。「辛さは部位で決まる」とまでは言えても、「なぜ緑の部分が弱いか」は決まっていない。部位が材料の量を左右することは分かった。では、同じ部位でも、おろし方で変わるのか。
3. はやく おろすと、からく なるの?
3. 速くおろすと辛くなる? 中学生の自由研究
3. おろし方の実験 ── 静岡県学生科学賞の自由研究から
ゆっくり おろす のと、はやく おろす のと、からさは ちがうのでしょうか。これを、中学生が たくさんの 人に たべて もらって しらべた ことが あります[4]。
大根の まんなかあたりで くらべると、はやく おろした ほうが からいと こたえた 人は、26人のうち 21人でした[4]。
やすりのように おろした ものは、26人みんなが、いちばん からいと こたえました[4]。
けんびきょうで 見ると、こわれた さいぼうは、やすりで 100%、はやく おろした もので 39% でした。この中学生は、からさは「さいぼうを たくさん こわすこと」と「からさの もとを ふくむ 水が おおいこと」で きまる、と かんがえました[4]。
ただし、これは 中学生の ちいさな じっけんです。どんな 大根でも 同じとは、いいきれません。
顕微鏡で、こわれた細胞を数える
静岡県学生科学賞に選ばれた中学生の研究に、おろし方と辛さをくらべたものがあります。ゆっくりおろすより、速くおろしたほうが辛いと感じた人は、大根の中心部で81%(21人)でした。26人の中の21人ということです。やすりのように細かくおろしたものは、26人全員が最も辛いと答えました[4]。
顕微鏡で調べると、こわれた細胞の割合は、やすりのようなおろし方で100%、速くおろした場合で39%でした。この中学生は、辛さを決めるのは「細胞を効率よく壊すこと」と「辛みの成分を含む水分の多さ」だと考えました[4]。
この結果を、どこまで信じてよいか
これは小さな規模の自由研究です。ほかの大根やおろし器で、同じになるとは限りません。細胞がこわれる割合だけでは説明しきれず、「なぜ辛くなるか」の仮説も十分には裏づけられていません。人が辛いと答えた数と、こわれた細胞の割合は、観察された結果です[4]。そのうえで、細胞を多くこわすほど、材料と酵素が出会う機会が増えて辛くなる、という考え方は、第1章の仕組みと筋が通っています。
料理の解説には、繊維を断つようにおろす、おろし金に直線で力をこめて一気におろすと辛みが増す、という説明もあります[3]。ただしこれは実験で比べた値のない記述です。
おろし方で辛さは変わるのか。静岡県学生科学賞の中学生の研究によると、ゆっくりおろすより速くおろしたほうが辛いと感じた人は、中心部で81%(21人、26人中)で、やすり状のおろし方では26人全員が最も辛いと感じた。顕微鏡で見ると、壊れた細胞の割合はやすり状で100%、速くおろした場合で39%だった。この研究は、辛さが「細胞を効率よく壊すこと」と「辛味成分を含む水分の多さ」で決まるのではないかと考えた[4]。
ここで重要なのは、この考えの限界である。人の感覚による小規模な実験であり、観察された結果(速いほど辛い、細胞の壊れた割合)と、その理由についての仮説は分けて読む必要がある。細胞の破壊だけでは説明しきれず、仮説は十分には裏づけられていない、という留保が付く[4]。ただし方向としては、細胞が多く壊れれば前駆物質と酵素が出会う機会が増える、という第1章の仕組みと整合する。
料理の解説には、切り口の繊維を断つようにおろす、おろし金に直線で力を込めて一気におろすと辛味が増すという記述があるが[3]、実験値は示されていない。辛さを高める要因として「速さ」「細かさ」「向き」が挙がるが、このうち確かめられた形で数字が出ているのは、中学生の実験で比べた速さと細かさだけである。では、せっかく作った辛みは、そのまま残るのか。
4. おろして おいたら、からさは どうなるの?
4. おろして置くと、辛みは半分になる?
4. 放置時間の影響 ── 30分で半減、60分で顕著に弱まる
おろした 大根おろしを、しばらく おいて おくと、からさが よわく なります。1982ねんの けんきゅうで しらべられました[2]。
大根の さきの ほうの からさの もとは、おろして から 30ぷんで はんぶんに なりました[2]。へりかたは、おろした すぐあとが いちばん はやい のです。
この 30ぷんは、さきの ほうの けっかです。大根ぜんぶが 30ぷんで はんぶんに なる、という ことでは ありません。
からさの もとが へる わけは、とんで いく こと(きさん)に くわえて、ほかの かたちに かわって しまう こと でも 起きる ようです[2]。
とても からい 大根を 60ぷん おいたら、からさが ぐっと よわく なった、という しらべも あります[5]。べつの けんきゅうでは、しおや しょうゆ、おすを くわえると、からさが よわく かんじられました[5]。
1982年の実験:先のほうほど、早く減る
1982年に発表された家政学の論文は、大根おろしの辛みの成分が、調製後に時間とともに著しく減ることを示しました。減る速さは、おろした直後がいちばん速く、成分が最も多い下部(先端側)では、減る速さも最大でした。その下部では、おろして30分で半分になりました[2]。
この論文では、辛みの主成分は「アリル」ではなく、トランス-4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートという別の成分だとされています。減る理由も、空気中に飛ぶ(揮散)だけでなく、酵素の働きによらない分解でも進むと報告されています[2]。
注意したいのは、30分で半分になったのは下部の結果だという点です。大根のどの部分でもそうなるわけではありません。
辛い品種も、置くと弱まる
1989年の別の研究では、辛みの強い「おろし辛味大根」を60分置くと、辛みが顕著に弱くなりました。主成分は他の品種の頭部の3.4〜5.2倍、尾部の2.0〜2.6倍と報告されています。食塩、しょうゆ、酢を加えても、辛みは弱くなりました[5]。
辛みを強く味わいたいなら、食べる直前におろすとよさそうです。
せっかく作られた辛味成分は、いつまで残るのか。江崎・小野崎(1982)は、大根おろしの辛味主成分がトランス-4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアナートであり、調製後の量が時間とともに著しく減ること、その減少は調製直後が最も速いことを報告した。量が最も多い下部(先端側)は減少速度も最大で、調製後30分で半減した。減少は揮散に加え、非酵素的な分解でも進むという[2]。
この「30分で半減」は下部の結果であり、全部位に当てはまる値ではない。成分が多い部位ほど減る速さも大きいので、先端側の辛い大根おろしは、辛さが早く目減りする。「アリル」と書かれる説明も見かけるが、本稿が読んだ家政学の要旨は、主成分を別の物質としている[2]。
河村ほか(1989)は、辛味の強い品種「おろし辛味大根」では主成分が73.7mg%に達し、他品種の頭部の3.4〜5.2倍、尾部の2.0〜2.6倍だったとする。この品種でも60分放置すると辛味は顕著に弱まり、食塩・しょうゆ・酢を加えても弱まった[5]。つまり品種の差で出発点の辛さは大きく違うが、時間とともに弱まる傾向は共通して見える。ただし二つの研究は品種・部位・測定法が異なり、「30分で半減」と「60分で顕著」を、一つの減衰曲線として結びつけることはできない。
5. おろしがねの しゅるいで、からさは かわるの?
5. おろし器の種類による違いは、まだ決められない
5. おろし器の種類による差は、まだ決められない
「この おろしがねの ほうが からい」と いう はなしは、よく 聞きます。でも、てつや セラミックなど、おろしがねの しゅるいごとの からさは、ここで しょうかいした しりょうからは きめられません。
「よく きれる おろしがねは さいぼうが こわれにくくて、からく ない」という せつめいも あります。けれども、やすりのように おろすと いちばん からかった 中学生の じっけんとは、ちがって 見えます。
わかって いるのは、はやさと おろす むき、水分が かんけい しそうな こと までです[4]。
おろし器の種類(鬼おろし、金属、セラミック、プラスチックなど)ごとの辛さの違いは、ここで紹介した資料からは決められません。
生活情報には、「切れ味がよいと細胞が壊れにくく、辛くない」という説があります。しかし中学生の研究では、やすりのような細かいおろし方が最も辛いと感じられました[4]。二つは食い違って見えます。細かさと切れ味は別のことかもしれませんが、どちらが正しいかは、まだ言えません。
研究で関わっていそうなのは、速さ、おろす方向、水分の多さ、というところまでです。
おろし器の種類(鬼おろし、金属、セラミック、プラスチック)ごとの辛さを、条件をそろえて比べた実験は、ここで扱った資料には含まれない。
生活情報には、切れ味がよいと細胞が壊れにくく辛くない、という説明がある。一方、中学生の研究ではやすり状のおろし方が最も辛いと感じられ[4]、そのまま並べると食い違って見える。ただし前者は経験則、後者は小規模な官能評価であり、「切れ味」と「細かさ」が同じ指標かどうかも定まっていない。したがって、器具の優劣は結論できず、研究に基づいて言えるのは、速さ・方向・水分が関わりそうだ、という範囲にとどまる。
ここに空白があること自体が、題材になる。同じ大根の同じ部位を、複数のおろし器で、おろした直後に評価するという実験は、家庭でも工夫すれば試せる。そして、第4章の放置時間を揃えなければ、器具の差と時間の差を区別できない。
6. 大根の どこを、どう おろすと いいか、たしかめて みよう
6. 辛さを選べる大根おろしを、台所で試すなら
6. 出口 ── 台所で条件をそろえて比べる
おうちの 人に おろして もらい、さきと あたまの 2かしょを、すこしずつ おなじ りょうだけ くらべて みましょう。
つぎに、おろして すぐ たべる ものと、30ぷん おいた ものを くらべます。からさが かわったか、おうちの 人にも 聞いて みましょう。
おろしがねは、ゆびを きらない ように、おうちの 人に つかって もらって ください。たくさんは たべません。
こたえが わかったら、「どこを、どう おろして、いつ たべるか」を えらべる ことが、わかります。
ここまで分かったことを使うと、辛さは台所で選べそうです。辛くしたければ、先のほうを、細かく速くおろし、食べる直前に出します。やさしい味にしたければ、頭のほうを、少し置いてから食べます。
確かめるなら、大根の頭と先から同じ量をおろして比べてください。さらに、おろしてすぐと30分後でも比べてみます。条件を変えるのは1回に一つだけにすると、何が効いたかが分かります。おろし金で指を切らないように、大人のそばで行い、食べすぎないようにしてください。
もっと詳しく知りたい人は、日本植物生理学会の植物Q&A「ダイコンの辛さ」と、J-STAGEで読める1982年・1989年の家政学の論文の要旨が入口になります。静岡県学生科学賞の「大根の辛さの不思議にせまる」は、中学生の実験の進め方そのものが参考になります。
ここまでの結果から、辛さを動かす条件は、部位(尻側は通導組織が密集して辛く感じやすい)、細胞の壊し方(速さ・細かさ)、放置時間(別々の研究で、30分後の半減や60分後の弱まりが報告されている)の三つに分けて確かめられる。台所で試すなら、一度に一つだけ条件を変え、同じ大根の頭側と先端側を、おろして直後と30分後で比べる。ただし感じ方には個人差があるので、結果は傾向として読む。おろし金で指を切らないよう大人のそばで行い、刺激物なので量を控える。
資料を読むなら、辛味の生成と部位の分布は植物Q&A[1]、減少の定量は1982年の家政学雑誌[2]、品種と放置時間は1989年の論文[5]、おろし方の実験は静岡県学生科学賞の記録[4]が入口になる。器具の差が決まっていない問いに、次に答えを出すのは、条件をそろえて測った誰かの実験かもしれない。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。数字や説明は、これらの内容にもとづいています。
- 日本植物生理学会 植物Q&A「ダイコンの辛さ」(静岡大学 原正和) https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=2985 (辛味の生成と部位による差)
- 江崎・小野崎「大根おろし辛味成分の消長について」家政学雑誌33(10), 1982 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhej1951/33/10/33_10_513/_article/-char/ja/ (主成分と、おろした後の減り方。要旨で確認)
- Wikipedia「大根おろし」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%A0%B9%E3%81%8A%E3%82%8D%E3%81%97 (先端と頭の差、おろし方の一般的な説明。実験値ではない)
- 静岡県学生科学賞「大根の辛さの不思議にせまる」 https://www.shizecon.net/award/detail.html?id=255 (おろし方の実験。中学生の小規模な研究)
- 河村ほか「おろし辛味大根の辛味特性について」日本家政学会誌40(12), 1989 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhej1987/40/12/40_12_1051/_article/-char/ja/ (品種差と放置時間。要旨で確認)
なおした ところ
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