1. そばやの のれんの 字は、なんと 読むの?
1. そば屋ののれんの字は、ひらがなのはずなのに読めない
1. 暖簾の「楚」「者」── 現役の変体仮名
おそばやさんの のれんには、ときどき 読みにくい 字が あります。ある 本では、「そ」は むずかしい 漢字を くずした 形、「は」は 者(しゃ)という 漢字を くずした 形だと 書かれて います[4]。
こういう 字を、へんたいがなと いいます。今も おそばやさんの のれんや、しょうひんの 名前などで 見る ことが あります[4]。
では、へんたいがなの「へん」は どういう いみでしょう。それを 知るには、まず ひらがなが どうやって できたのかを 見て みる ことに なります。
2. ひらがなは、漢字を くずして できた
2. ひらがなは、漢字をくずして生まれた
2. 草仮名から平仮名へ ── 成立と「女手」
ひらがなは、漢字を くずして つくられました[1]。はじめは、漢字を 少し くずした 形で、それを もっと かんたんに していって、ひらがなに なりました。へいあんじだいの はじめの ころの ことです。
うたや 手がみを 書く ときに よく 使われ、おもに 女の人が 使ったので「おんなで」とも よばれました[1]。ただし 男の人も 使いました。905年に 古今和歌集という うたの 本が つくられて、ひらがなは 公の 場でも みとめられました[1]。
「ひらがなは 空海が つくった」という 話も あります。でも これは、今は ちがうと 考えられて います[1]。
さて、漢字を くずして 作ったのなら、1つの 音に 1つの 字とは かぎりません。「あ」には、どんな 字が あったのでしょう。
くずして、さらに簡単にした
ひらがなは、漢字をくずした草仮名を、さらに簡略にしたものです。平安時代の初めごろに成立した、日本独特の音節文字とされています[1]。
誰が使ったのか
歌や手紙を書くのに盛んに使われ、主に女性が使ったことから「女手」とも呼ばれました。ただし男性も使っています[1]。905年に『古今和歌集』がまとめられると、ひらがなは公的な地位を得たとされます[1]。
「空海が作った」という説は12世紀ごろに起こりましたが、現在は否定されています[1]。
漢字をくずして作った文字なら、くずし方も、もとになる漢字も、人や場面によって変わりうるはずです。そうなると、「あ」にはどんな字があったのでしょうか。
3. 「あ」には、4つの 字が あった
3. 同じ「あ」の音に、いくつもの字があった
3. 字母の違い・字形の違い・崩しきる前の形
今の「あ」は、安(あん)という 漢字を くずした 形です[3]。ところが めいじじだいまでは、ほかの 漢字や、悪(あく)を くずした 形も、「あ」として 使われて いました[3]。
「し」でも 同じです。四(し)、新(しん)、事(こと)などの 漢字を くずした 形が ありました[4]。
たとえば、おなじ ことばを 書くのに、人ごとに ちがう 字を 使う ことが あった わけです。名前の 書き方が ちがう ように、読む 人は 少し まごついたかも しれません。
では、これを どうして 1つに しぼる ことに なったのでしょう。
今の「あ」は「安」をくずした形です。ところが明治時代までは、「阿」「愛」「悪」をくずした仮名も「あ」として使われていました[3]。
違いには3種類ある
変体仮名の違いは、大きく3つに分けられるそうです[4]。
1つ目は、もとの漢字(字母)が違うもの。たとえば「し」には、志・四・新・事などが字母になった形があります。2つ目は、字母は同じでもくずし方が違うもの。3つ目は、まだくずしきっていない、漢字に近い形のものです[4]。
読み手にとって、同じ音にこれだけ形があるのは大変なことだったはずです。それでも長く使われたのは、書く人にとって、くずし方に自由があったからでしょう。ただし、これは筆者の推測です。
では、その状態はいつ、どうやって終わったのでしょうか。
4. 1900年に、「1つの 音に 1つの 字」と きまった
4. 1900年、学校で教える字が1つに決まった
4. 1900年の小学校令施行規則と「選ばれなかった仮名」
1900年に、小学校で おしえる ひらがなが、1つの 音に 1つの 字と きまりました[2]。きめたのは、小学校の ための 国の きまりです。
そのとき えらばれたのは、ふだんの 生活で よく 使われて、書きやすい 字だった、と 書いて ある 本が あります[3]。それが 今の「あ」や「し」の 形です。
えらばれなかった 字は、へんたいがなと よばれる ように なりました[2]。「へんたい」は、「今の 形と ちがう」くらいの いみです。
だから、のれんの「そ」や「は」は、まちがいでは ありません。今の 学校で おしえない 字、という ことです。
1900年(明治33年)の小学校令施行規則で、小学校で教える仮名の字体が、1音1字に定められました。このとき選ばれなかった字体が、変体仮名と呼ばれるようになります[2]。
島本町の歴史資料は、使用頻度が高く書きやすい字が選ばれたと説明しています[3]。ただし、これはこの資料の説明で、どの字についても同じ基準だったと言い切れるわけではありません。
ここで大事なのは、変体仮名が「間違った字」ではなく、「学校で教える標準から外れた字」だという点です。のれんの楚や者のくずしは、その時点まで普通に使われていた仮名でした。
ところで、こうした仮名を覚えるとき、昔の人は何を頼りにしていたのでしょうか。
百科事典類によれば、1900年(明治33年)の小学校令施行規則により、小学校で教える平仮名・片仮名の字体が、それぞれ1音1字に定められた。このとき標準から外れた字体が、変体仮名と呼ばれるようになった[2]。
島本町の資料は、選ばれたのは使用頻度が高く書きやすい字だったと説明する[3]。ただしこれは一つの資料の説明である。
注意したいのは、この整理が「教育で教える形」の話だった点である。決まった時点で、文字としての変体仮名が消えたのではなく、公の標準から外れたにすぎない。だから蕎麦屋の暖簾や商品名には、今も残っている[4]。
では、字形がこれほど多様だった時代に、人々は仮名の全体をどうやって覚えたのか。その手がかりが、手習いの歌である。
5. むかしの 子は、どんな うたで 字を おぼえたの?
5. 仮名を覚える歌 ── あめつちといろは歌
5. 手習いの歌 ── あめつち・難波津の歌・いろは歌
字を おぼえる ために、うたが 使われて いました。いろは歌は、有名です。「いろはにほへと…」と、47の かなを 1どずつ 使って 作られて います[5]。「空海が つくった」と いう 話も ありますが、今は ちがうと 考えられて います[5]。
いろは歌より 古い うたも あります。「あめつち」です。48字の かなを 1どずつ 使って います[6]。むかしは、「え」を 2つの 音として 分けて いたので、47では なく 48字に なりました[6]。
いろは歌が 広まる まえは、「なにわづの うた」と あめつちが、字の れんしゅうに 使われて いました[6]。
いろは歌は、のちに 字引(じびき)の ならびにも 使われました[5]。だから「いろは」の ならびと いう ことばが あります。
すべての仮名を1度ずつ使った歌
いろは歌は、47の仮名を重ねずに使った、七五調の歌です。平安中期以降の成立とされ、空海の作という説は否定されています[5]。現存する最古の例は『金光明最勝王経音義』の1079年の写しで、万葉仮名で書かれています[5]。
はじめは僧侶が音を研究するためのものだったと考えられています。それが後に手習いの手本や、辞書の並べ順(いろは順)として広まりました[5]。
もっと古い「あめつち」
いろは歌より古いのが、「あめつち」です。48字の仮名を重ねずに読み込んだ歌で、平安時代の初めごろに作られたと考えられています[6]。当時は「エ」がア行とヤ行で区別されていたため、48字になりました[6]。
いろは歌が一般化するまでは、「難波津の歌」とあめつちが手習いに使われていました[6]。
いろは歌は、47の仮名を重ねずに用いた七五調(今様形式)の歌で、平安中期以降の成立とされる。空海作者説は否定されている[5]。現存最古は『金光明最勝王経音義』(1079年写)で、万葉仮名で書かれる。当初は僧侶の音韻研究が目的だったと考えられ、のち手習いの手本や辞書の配列順(いろは順)に広まった[5]。
これより古いのが「あめつち」である。48字の仮名を重ねず読み込んだ誦文で、平安初期の作と考えられる。48字となるのは、エがア行・ヤ行で区別されていたためだ[6]。いろは歌が一般化するまでは、「難波津の歌」とあめつちが手習いに使われた[6]。
音の数が47と48で違うのは、言葉の音が時代で変わったことの痕跡でもある。ただし、どの時期にどの歌が実際にどれだけ使われたかは、資料からは細かく分からない。
これらの歌が示すのは、仮名の「全体」を重ならずに並べて覚えるという考え方だ。それを字形の側で行ったのが、1900年の整理だったと見ることもできる。ただしこれは筆者の読み方であり、資料がそう述べているわけではない。
6. 町の 中で、「かくれた ひらがな」を 見つけよう
6. 町で、のれんや看板の「読めない仮名」を探す
6. 看板の仮名を、字母に戻して読んでみる
おうちの 近くの おそばやさんや、おみせの かんばんを 見て みましょう。ひらがなに 見えるのに、読めない 字が あるかも しれません。
見つけたら、1つだけ 字を 写して みます。その 字に 近い 漢字が あるか、考えて みるのも たのしいです。読めなくても だいじょうぶです。「へんたいがな」と いう ものが ある、と 知って いれば、それで 十分です。
道を 歩く ときは、くるまに 気を つけて、おうちの 人と いっしょに 行きましょう。
近所のそば屋や、古い店の看板、お菓子の包み紙などを見てみましょう。ひらがなに見えるのに、いつもの形と違う字があれば、それが変体仮名かもしれません。
見つけたら、その字の形を紙に写して、どの漢字をくずしたものか、考えてみます。わからなくても、「昔は1つの音にいくつも形があった」ことを思い出すだけで、見え方が少し変わります。
歩くときは周りの安全に気をつけ、お店の人の邪魔にならない場所で見てください。
街中の暖簾・看板・包装の仮名に、現行字体と異なる形がないか探してみるとよい。見つけたら、その字を写し、字母候補の漢字(楚・者のような)を自分で推測してから、辞典や解説資料で確かめる。
確かめるときは、変体仮名の一覧を載せた資料を複数見比べるとよい。総数が資料によって違うことからも分かるとおり、数え方の基準が資料ごとに違うため、1つの資料だけで決めつけないほうが安全である[4]。
観察の際は、店の営業や通行の邪魔にならないよう注意すること。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の各主張は、次の資料を突き合わせて書きました。
- コトバンク「平仮名」(デジタル大辞泉・マイペディア・山川日本史小辞典ほか) https://kotobank.jp/word/%E5%B9%B3%E4%BB%AE%E5%90%8D-613766 (成立・女手・空海説)
- コトバンク「変体仮名」(世界大百科事典・日本国語大辞典ほか) https://kotobank.jp/word/%E5%A4%89%E4%BD%93%E4%BB%AE%E5%90%8D-626416 (1900年の字体の統一)
- 島本町「変体仮名を知る(1)-選ばれなかった『平仮名』-」 https://www.town.shimamoto.lg.jp/site/rekishi-bunka/25341.html (「あ」の字母・選ばれた字の説明)
- 旅する応用言語学「変体仮名の種類と現在の使用」 https://www.nihongo-appliedlinguistics.net/wp/archives/10272 (変体仮名の3種類・のれんの例)
- コトバンク「いろは歌」(日本大百科全書・山川日本史小辞典・ブリタニカ) https://kotobank.jp/word/%E3%81%84%E3%82%8D%E3%81%AF%E6%AD%8C-32577 (いろは歌の成立と用途)
- コトバンク「あめつち」(世界大百科事典・日本大百科全書) https://kotobank.jp/word/%E3%81%82%E3%82%81%E3%81%A4%E3%81%A1-27406 (あめつちと手習い)
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