1. ゾウは、なかまを どうやって よぶの?
1. ゾウは遠くの仲間を、相手ごとに声を変えて呼ぶのか
1. ゾウの「名前のような呼び声」── 相手の声のまねではなく、相手ごとの別のラベル
ひろい そうげんで、とおくに いる なかまを よびたい とき、ゾウは どうするのでしょう。ケニアの のせいの アフリカゾウの 声を しらべた けんきゅうが あります[1]。
コンピューターに 声の おとの とくちょうを おぼえさせると、その 声が どの ゾウに むけた ものかを、10回に 3回ちかく あてられました。でたらめに えらぶより、よい けっかです。ただし、ぜんぶ あたる わけでは ありません。ですから けんきゅうする 人たちも、「名前を よぶ」とは いいきらず、「名前のような よびごえ」と いいます[1]。
おもしろいのは、よびごえが、よばれる ゾウの 声に にて いるとは かぎらない ことです。あいての まねでは なく、人の 名前のように、あいてと かんけいの ない 音を つかって いるらしい、と つたえられて います[2]。
ゾウは ほんとうに「じぶんの ことだ」と わかるのでしょうか。17とうの ゾウに スピーカーから 声を きかせた じっけんでは、じぶんに むけた 声の ほうに、ほかの ゾウに むけた 声より 128びょう はやく ちかづき、へんじの 声も 2.3ばいほど おおく だしたと ほうこくされて います[1]。
名前のような 声を もつ どうぶつは、ゾウだけでしょうか。つぎは、うみの イルカです。
広い草原で、遠くにいる仲間に声をかけたいとき、ゾウはどうするのでしょうか。2024年の研究は、ケニアのサンブル国立保護区とアンボセリ国立公園にいる野生のアフリカゾウの声を集め、機械学習で調べました[1]。
コンピューターに、呼び声の音の特徴だけを手がかりに「これはどのゾウに向けた声か」を当てさせると、およそ27.5%の声で相手を当てられ、でたらめに選ぶより有意によい結果でした。ただし3割にも届かず、完全に当たるわけではありません。研究者たちも「名前を呼んでいる」とは言い切らず、「名前のような呼び声」と表現しています[1]。
相手の声のまねではない
おもしろいのは、呼び声が、呼ばれるゾウ自身の声に似ているとは限らない点です。後で出てくるイルカやオウムは、相手独特の声をまねるとされます。ゾウは相手の声をまねなくても、その相手に向けて声を使い分けているらしく、音が似ていない「ラベル」のような呼び声のほうが人間の名前に近いと説明されています[2]。
自分のことだと分かるのか
17頭のゾウにスピーカーで声を聞かせた再生実験もあります。自分に向けた声を流すと、ほかのゾウに向けた声のときより、スピーカーに128秒早く近づき、返事の声は約2.3倍多く出したと報じられています[1]。数字は報道で紹介されたものです。
名前のような声を持つ動物は、ゾウだけなのでしょうか。次は、海のイルカを見てみます。
ケニアのサンブル国立保護区とアンボセリ国立公園の野生のアフリカゾウを調べた2024年の研究は、問いを一つに絞っていた。呼び声の音の特徴だけから、その声がどの相手に向けたものかを、機械学習は当てられるか。結果は、声のおよそ27.5%で相手を当て、でたらめに選ぶより有意によかった[1]。逆に言えば、3割にも届かない。だから研究者は「名前を呼ぶ」と断定せず、「名前のような呼び声(ラベル)」と書く。
この研究の核心は、呼び声が相手の声に似ているとは限らない点にある。イルカやオウムは、相手に特有の声や笛をまねて呼ぶとされる。ゾウは相手の声をまねなくても、その相手に向けて声を使い分けているらしく、呼ばれる相手の音と関係のない記号のような使い方で、この点が人間の名前の働きに近いと説明される[2]。ただしこの説明は団体のニュースレターが検索要約で伝えた形で、原論文の文言ではない。
では、呼び声は本当に相手を指しているのか。それを確かめるため、17頭に対して再生実験が行われた。自分に向けた声のほうが、ほかのゾウ向けの声より128秒早くスピーカーに近づき、返す声が約2.3倍多かったと報じられている[1]。ただしこれは報道に載った数字で、原論文の値とは照合していない。名前に近い道具は、イルカにも見つかっている。
2. イルカにも 名前の ような ふえが あるの?
2. 名札のような笛を持つイルカと、名前を持つ人間
2. イルカの笛は、人の名前とどう違うのか ── シグネチャーホイッスルと人間の普遍性
うみの バンドウイルカは、一とうずつ じぶんだけの「名ふだの ふえ」を もって いると いわれます[3]。
のせいの イルカは、おたがいの ふえを まねる ことも あります。まねを しない ゾウとの ちがいです[3]。
アメリカの フロリダの 海で、14とうの イルカに、なかよしの ふえを、声の とくちょうを けした つくりものの 音で ききました。すると 9とうが、ちかい しんせきの ふえが ながれた スピーカーの ほうを おおく むきました[3]。ふえの かたちが、あいての めじるしに なって いる ようです。
スコットランドの イルカでは、じぶんの ふえを きかせると、ほかの ふえとは ちがう はんのうを したと ほうこくされました。けんきゅうした 人は、「ほにゅうるいで はじめて 名前を つかう れい」と のべて います[4]。ただし 人の 名前と おなじとは いえないので、「名前のような つかいかた」と よぶのが ていねいです。
人の 名前は どうでしょう。ある 人るいがくしゃが あつめた「どの 社会にも ある こと」の リストに、人の 名前が はいって います。れいがいが しられて いない、と いう いみです[5]。
それでは、むかしの 日本の 人たちは、名前を どう つかって いたのでしょう。
海のバンドウイルカは、一頭ごとに特有の「シグネチャーホイッスル」と呼ばれる笛を持っています。名札のような笛です。野生では、おたがいの笛をまねることもあります[3]。
この笛が相手を示す手がかりになっているのかを調べた実験が、アメリカ・フロリダのサラソタ湾で行われました。顔なじみのイルカの笛を、声の特徴を取りのぞいた合成音にして流したところ、14頭のうち9頭が、近い血縁のイルカの笛を流したスピーカーのほうを多く向いたのです[3]。声の質ではなく、笛の形が目印になっている可能性があります。14頭中9頭であり、全部ではありません。
スコットランド東岸の野生のイルカでは、自分の笛を再生すると、ほかの笛にはない反応をしたと報告されました。研究者は「哺乳類で初めて名前を使う例」と述べています[4]。ただし、人間の名前と同じと言い切れるかは別の問題で、「名前のような使い方」とするのが丁寧です。
人間の名前は、世界のどこにでもあるのか
人類学者のD・ブラウンが集めた「人間の普遍性」の一覧には、人名が入っています。普遍性とは、調べられた社会で例外が知られていない特徴のことです[5]。「世界中すべての社会に必ずある」と言うのではなく、名前を持たない文化は知られていない、という位置づけです。
では、日本の昔の人たちは、名前をどう使っていたのでしょうか。
イルカでは、名前に相当する道具の研究が、ゾウより先に進んでいる。バンドウイルカは一頭ごとにシグネチャーホイッスルと呼ばれる笛を持ち、野生ではお互いの笛をまねることがある[3]。フロリダのサラソタ湾で行われた2006年の実験では、顔なじみの笛を声の特徴を取りのぞいた合成音で流しても、14頭中9頭が、近い血縁の個体の笛を流したスピーカーを多く向いた。声質を消しても反応が残ったことは、笛の形そのものが相手を示す手がかりになりうることを意味する。ただし9頭は全体の6割強で、すべての個体ではない。
2013年にはスコットランド東岸の野生のイルカで、自分の笛を再生したときだけ、ほかの笛とはちがう反応が見られた。研究者の一人は、哺乳類で初めて名前を使う例だと述べている。イルカの笛の約半分がシグネチャーホイッスルだという[4]。ここで注意したいのは、ゾウとイルカの差である。イルカは相手の笛をまねる呼び方を含み、ゾウはまねに頼らない(第1章)。どちらも「人間の名前と同じ」とは言わず、「名前のような使い方」にとどまる。
では、人間の名前は特別な発明なのか。人類学者のD・ブラウンが整理した「人間の普遍性」の一覧に、人名が含まれる。ブラウンは普遍性を、例外が知られていない特徴と定義した[5]。これは「全社会に必ずある」という証明ではない。ただ、名前を持たない文化が見つかっていないという事実は、名前が大勢の中から一人を呼び分けるという実用の上に成り立っていると考える手がかりになる。これは筆者の読みで、資料が直接述べたことではない。
この「呼び分ける」道具は、日本の古い歌集では、もっと意外な顔を見せる。
3. 名前を きくのは、プロポーズの いみだった?
3. 万葉集の最初の歌は、野で菜を摘む乙女に名前を聞く歌
3. 万葉集巻一・一番歌 ── 「家聞かな 名告らさね」と実名を問うことの意味
日本で いちばん ふるい 歌の 本の ひとつに「万葉集」が あります。その 一ばん さいしょの 歌は、てんのうが、おかで 草を つむ 女の 子に 名前を ききに いく 歌です。むかしから てんのうの 歌と つたえられて います[6]。
てんのうは、「家は どこ? 名前を おしえて」と よびかけます。むかしの 日本では、女の 人に ほんとうの 名前を きくのは、「けっこんして ください」と いう いみに なったと、万葉集に くわしい 先生は せつめい して います[6]。
歌の つづきでは、てんのうも「わたしの 家も 名前も、おしえましょう」と うたうと つたえられて います[7]。名前を おしえあう ことが、なかよく なる 入り口だったのです。
名前は、ひとの ところへ とどく 声の めじるしであり、しかも、とても だいじな もの でした。それなら、その 名前は ずっと かわらなかったのでしょうか。
万葉集は、5世紀後半の雄略天皇の作と伝えられる歌から始まります。丘のあたりで籠と篦を持って菜を摘む乙女に、天皇が「家聞かな 名告らさね」、つまり「家と名を教えてください」と呼びかける歌です[6]。作者が本当に雄略天皇かどうかは伝承で、断定はできません。
万葉学者の中西進さんは、古代の日本では、女性に実名を聞くことは求婚を意味したと説明しています[6]。道で出会った人に「お名前は?」と聞くことが、結婚を申し込む言葉に近かったことになります。
名を聞き、名を告げる
歌の後半では、天皇が自分から「われこそは 告らめ 家をも名をも」、つまり自分の家も名も告げようと歌うと伝わっています[7]。相手に名を聞き、自分の名も差し出す。名前を交換することが、二人の関係を始める入り口の場面になっているのです。
ゾウやイルカの呼び声は、遠くにいる相手を見つけて呼ぶための声でした。万葉集の名は、呼ぶだけでなく、相手との関係を結ぶための大切な言葉でもありました。大切だからこそ、人の名前は、簡単には呼んではいけない場面も出てきます。それは次の章で見ます。
万葉集は、5世紀後半の雄略天皇の作とされる歌で始まる。作者については伝承として扱うべきだが、歌の場面は印象的である。丘のあたりで籠と掘串(ふくし)を持って菜を摘む乙女に、天皇が「家聞かな 名告らさね」と呼びかける。巻一・一番歌で、本文には「家聞かな」と「家告らせ」のような異同も知られている[6]。
この歌が現代の読者に意外なのは、名前を尋ねることがほとんど求婚の言葉だからである。万葉学者の中西進は、古代、女性に実名を聞くことは求婚を意味したと説明する[6]。この解釈は一人の研究者の説明であり、論文の本文までは照合していないので、「とされる」にとどめる。
歌は問いかけで終わらない。後半では、天皇が自分も「家をも名をも」告げようと歌う[7]。相手の名を聞くだけでなく、自分の名も差し出す。つまり名の告げ合いが、相手との関係を始める手続きになっている。ゾウやイルカの呼び声は、遠くの相手を呼び分けるための声だった。この歌の名は、呼び分けに加えて、人と人が結ばれる入り口の役目を持つ。
ところが、そこまで大切な名は、人前では簡単に呼べなくなっていく。
4. 名前は、一生の うちに かわるって ほんと?
4. 武家の子の名前は、一生のうちに何度も変わった
4. 命名の祝い、幼名、元服、通称 ── 実名を「呼ばない」習慣の使い分け
生まれて 7日めに、赤ちゃんに 名前を つける おいわいが あります。「おしちや」と いいます。むかしの きぞくの「うぶたちの おいわい」の 7日めが もとに なったと いわれます[8]。
ぶしの 家では、子どもの うちは、子どもの ころの 名前で よばれました。とくがわいえやすの 子どもの ころの 名前は「竹千代」です。「丸」や「千代」が よく つかわれました[9]。
おとなに なる おいわいの「元服」で、おとなの 名前を もらいます。この ほんとうの 名前は、目上の 人の 前などでは、口に しない ならわしでした。ふだんは べつの よびなで よびあいます。とよとみひでよしは とうきちろう、おだのぶながは さぶろうと よばれました[9]。
ほんとうの 名前を 口に しないなんて、ふしぎですね。ただし、これは おもに ぶけや きぞくの はなしで、むかしの 人ぜんいんが こうだったとは かぎりません[9]。
では、みんなが みょうじを もつように なったのは、いつなのでしょう。
名前は、一度つけたらそのまま、というものでもありませんでした。生後7日目の命名のお祝い「お七夜」は、平安時代の貴族の「産立ちの祝い」の7日目が元になったといわれます。昔は命名書を産神に見せて報告したとされ、名づけの日が決まっていたわけではありません[8]。
幼名、実名、通称
武家などでは、子どもの間は幼名で呼ばれました。徳川家康の幼名は竹千代で、「丸」や「千代」がよく使われたといいます。元服という成人の儀式で、大人としての名である実名(諱)をもらいます。実名は目上の人の前などでは口にしない習慣があり、日ごろは通称で呼び合いました。豊臣秀吉は藤吉郎、織田信長は三郎と呼ばれていたそうです[9]。
「諱」という言葉は、生前の実名を口にするのをはばかったことと結びついています[10]。辞典によっては死後に呼ぶ名という説明もあり、ここでは「実名を軽々しく呼ばない習慣」と受けとめておきます。
名前は場面で使い分けられた
同じ人が、幼名、実名、通称と、場面や立場で呼び名を変えていました。名前は、呼ぶためだけでなく、相手との距離や敬意を示す道具でもあったことが分かります。ただし、庶民全員が幼名や元服名を持ったとは限らず、主に武家や貴族の習慣です[9]。では、庶民の名前は、どう決まりが変わっていったのでしょうか。
名前を一つの札として考えると、一生のあいだに札が何度も替わるのが日本の古い習慣の特徴である。お七夜は、平安時代の貴族の「産立ちの祝い」の7日目が現代に残ったものといわれる。昔は生まれてまもなく亡くなる赤ちゃんも少なくなかったため、無事に7日目を迎えた祝いに名を付け、命名書を産神に見せて報告したとされる[8]。ただし名付けが7日目に固定されていたとは限らない。
武家などでは、子どもの間は幼名で呼ばれた。徳川家康は竹千代で、「丸」「千代」が幼名によく使われた。元服で大人の名である諱(実名)を得るが、その実名は目上の前などで口にしない・呼ばない習慣があり、日ごろは通称で呼び合った。秀吉は藤吉郎、信長は三郎である[9]。読みは出典で揺れ、幼名は「ようみょう」「ようめい」の両方がある。
では、なぜ本当の名を呼ばないのか。辞書では、諱は生前の実名で、口にするのをはばかったと説明される[10]。一方で、事典によって死後に呼ぶ名とする説明もあり、決まった一つの定義ではない。ここから言えるのは、名前が相手を呼び分けるだけでなく、実名は軽々しく呼ばず、場面に応じて通称で呼ぶという使い分けが、武家や貴族に定着していたという範囲までである。庶民の全員がこの習慣を持っていたとは、資料から言えない。
この章の使い分けは武家や貴族の話であり、庶民の名前はまた別の決まりをたどる。国が全員に命じたのは、名前そのものではなく、もう一つの名、苗字だった。
5. えどの 人たちは、みょうじが なかったの?
5. 江戸の庶民にも苗字はあった ── それでも明治に「必ず名乗れ」と命じられた
5. 平民苗字許可令(1870年)から義務化(1875年)へ ── 持っていた苗字を「名乗れる」から「名乗らねばならない」へ
えどじだい、ふつうの 人たちには みょうじが なかった、と おもって いませんか。じつは、ふつうの 人たちも、みょうじを もって いました。ただ、おおやけの ばでは なのる ことが できなかったのです[11]。
むかしの むろまちじだいの しりょうに、ぶしでは ない 人が みょうじを なのった きろくも あります[11]。
めいじ3ねん(1870ねん)、国は「ふつうの 人も、みょうじを なのって よい」と ゆるしました。ところが あまり すすまなかったので、めいじ8ねん(1875ねん)に「これからは かならず みょうじを なのりなさい。むかしからの みょうじが はっきり しない 家は、あたらしく つくりなさい」と きめました[11]。
「なのっては いけない」から「かならず なのりなさい」へ。みんなの みょうじは、国の きまりで 大きく かわった 名前でした。
「江戸時代の庶民には苗字がなかった」という話はよく聞きます。ところが国立公文書館の説明では、江戸時代、武士以外も実際には苗字を持っていました。ただし、公には名乗れなかったのです。室町時代の資料には、武士以外の人が苗字を名乗った記録もあります[11]。
「名乗ってもよい」から「必ず名乗れ」へ
明治3年(1870年)9月19日、太政官布告第608号で、平民が苗字を公称することが許されました。ところが、あまり広まりませんでした。そこで明治8年(1875年)2月13日、新しい布告が出ます。「自今必ず苗字を相唱うべく、もっとも祖先以来の苗字不分明の向は新たに苗字を設くべし」。今後は必ず苗字を名乗ること、先祖からの苗字がはっきりしない家は新しく作ること、という意味です[11]。
許されたのに広がらず、義務になった。国は、苗字を、全員が持つ決まりにしたのです。ただし、資料は理由を確定していません。税金への警戒感があったという一説を紹介しています。
ゾウやイルカの呼び声、万葉集の名前、元服で変わる名、全員の苗字。名前は、呼ぶための声から、人と人の間柄や、国の決まりにまで広がって使われてきました。
江戸時代の庶民に苗字はなかった、という理解は不正確である。国立公文書館の解説では、庶民も苗字を持っていたが、公には名乗れなかった。室町時代の資料には、武士以外が苗字を名乗った記録もある[11]。なお苗字と帯刀の関係は別の記事で扱っており、ここでは深入りしない。
転機は明治である。明治3年(1870)9月19日、太政官布告第608号によって、平民が苗字を公称することが許された。しかし進まなかったため、明治8年(1875)2月13日に義務化された。布告の文言は「自今必ず苗字を相唱うべく、もっとも祖先以来の苗字不分明の向は新たに苗字を設くべし」である。許可の布告が「名乗ってよい」だったのに対し、義務化の布告は「必ず名乗れ」と「ない家は新たに設けよ」まで踏みこんでいる[11]。
なぜ許可だけでは進まなかったのか。資料は理由を述べていないので、ここは推測を避ける。確かなのは、名前の中の「苗字」が、慣習から国の決まりへ移ったという事実である。第3章の万葉集の名が、個人と個人の関係の中で意味を持ったのに対し、明治の苗字は、国が全員を同じ形式で名乗らせる仕組みだった。
こうして並べると、名前は、①相手を呼び分ける声(ゾウ・イルカ)、②関係を始める言葉(万葉集)、③場面で使い分ける札(幼名・実名・通称)、④国の決まり(苗字)と、働き方を変えながら使われてきた。ただし動物の呼び声と人の名前が、一続きの進化の道すじだとは資料から言えない。比べて読み取れるのは、「名前は誰かに声を届けるためにある」という共通の方向までである。
6. 自分の 名前の わけを、うちの 人に ききたく ならない?
6. 自分の名前のいわれを聞き、ペットや鳥の呼びかけを観察する
6. 名前の由来を聞く、呼びかけを観察する ── 日本語で読める資料と、英語の原論文
うちの 人に、「わたしの 名前は、どうして この 名前に なったの?」と ききましょう。つけた 日の ことや、まよった ほかの 名前の はなしが きけるかも しれません。名前の わけは 家に よって ちがいますし、おぼえて いない ことも あります。そのときは、それで だいじょうぶです。
おうちに ペットや、えさに くる 鳥が いるなら、よびかけて みましょう。いつもの 名前と、ほかの ことばを、おなじ 声の 大きさで よび わけて、ふりむくかを 見ます。ただし、名前の いみが わかって いるのか、声の しらべに はんのうして いるのかは、これだけでは わかりません。
みょうじの ことは、こくりつ こうぶんしょかんの「みょうじの 日」の ページに、日本語で のって います[11]。
身近なところで確かめられることが二つあります。一つは、家の人に自分の名前のいわれを聞くことです。つけた日のこと、迷った候補、願いなどが聞けるかもしれません。答えは家によってちがい、覚えていないこともあります。それで大丈夫です。
もう一つは、ペットや庭に来る鳥など、近くの生き物への呼びかけの観察です。いつもの呼び名と別の言葉を、同じ声の大きさで呼び分けて、ふり向くかを見ます。ただし、反応したからといって、名前の意味を分かっているとは限りません。声の調子や、呼ぶ人のにおいや姿に反応している可能性もあります。ゾウの研究者たちが「名前のような」と慎重に書く理由が、少し分かるはずです。
苗字については、国立公文書館の「あの日の公文書 苗字の日」が日本語で読めます[11]。
自分で確かめる方法として、家族に自分の名前のいわれを聞いてみるとよい。答えは家によってちがう。覚えていない場合もあり、それも一つの答えである。
観察としては、ペットや庭に来る鳥に、いつもの呼び名とそれ以外の言葉を同じ音量で呼び分け、反応を見る方法がある。ただし、ふり向いても、名前の意味を理解したとは言えない。声の高さ、呼ぶ人の姿やにおいへの反応という可能性が残る。ゾウの研究者が「名前のような」と書く慎重さの理由を、小さな観察で体験できる。
資料の読みどころは三つある。①ゾウの研究は、再生実験の数値が報道(PBS)経由で紹介されており[1]、原論文(Nature Ecology & Evolution、2024年)で確かめる価値がある。②イルカは、2006年のPNASの論文が公開されている[3]。③苗字の布告の文面は、国立公文書館の日本語の解説で読める[11]。万葉集1番歌は本文の異同が知られるため、注釈書で読み比べると、「名告り」の意味を自分で考えられる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:報道、研究機関のニュース、学術論文、公的機関の解説、事典、辞典、一般向けの記事を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- PBS NewsHour「African elephants address one another by unique name-like calls, new study suggests」。https://www.pbs.org/newshour/science/african-elephants-address-one-another-by-unique-name-like-calls-new-study-suggests (ゾウの研究の紹介。当てた割合と再生実験の数字は報道による)
- ElephantVoices「Like us, elephants have names too」。https://elephantvoices.org/latest-news-updates/enewsletters/like-us-elephants-have-names-too (ゾウがまねに頼らない点の説明。団体のニュースレター)
- Janik, Sayigh & Wells (2006) バンドウイルカのシグネチャーホイッスルの研究。PNAS。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1472465 (イルカの笛と再生実験について。学術論文)
- セントアンドリュース大学ニュース「Dolphins respond to individual names」。https://news.st-andrews.ac.uk/archive/dolphins-respond-to-individual-names/ (スコットランドのイルカの研究。大学のニュース)
- Donald E. Brown「Human Universals」の一覧。https://condor.depaul.edu/mfiddler/hyphen/humunivers.htm (人名が一覧に含まれることについて)
- サライ.jp「中西進『万葉集』の基礎知識」。https://serai.jp/hobby/361775 (万葉集の最初の歌と、名を聞くことの意味について。雑誌系ウェブ記事)
- 訓読万葉集(巻一)。https://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/manyok/manyok01.html (歌の後半で名を告げる内容について。個人のサイトで、要約のみを参照)
- HugKum(小学館)「お七夜」。https://hugkum.sho.jp/127494 (お七夜の由来について。一般向けの記事)
- 和楽Web「戦国時代の名前」。https://intojapanwaraku.com/culture/64896/ (幼名・元服・通称について。一般向けの記事)
- コトバンク「諱」。https://kotobank.jp/word/%E8%AB%B1 (諱の説明について。辞典・事典の集成)
- 国立公文書館「あの日の公文書 苗字の日」。https://www.archives.go.jp/naj_news/11/anohi.html (江戸時代の庶民の苗字と、明治の布告について。公的機関の解説)
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