1. きのうまで わらって いたのに、なぜ きゅうに ないの?
1. 昨日まで笑っていたのに、急に泣くのはなぜ
1. 急に泣き出すのは、見分けられるようになった表れか
おばさんが だっこしたら、あかちゃんが 大きな 声で ないて しまいました。きのうまでは、だれに だっこされても にこにこ して いたのに。おばさんは、少し かなしい 気持ちに なります。
でも、あかちゃんが わるい わけでも、おばさんが きらわれた わけでも ありません。いつも せわを して くれる 人と、そうでない 人を 見分けられる ように なった ことの あらわれだと、そだてる 人むけの しりょうは せつめいします[1][2]。ただし、見分けられる ように なる 時期と、人見知りが はじまる 時期は、同じとは かぎりません[3]。
頭の 中に、いつもの 人の 顔の アルバムが できた ような ものです。アルバムに ない 顔が 来ると、「あれ?」と なります。ただし 本当に 写真が 入って いる わけでは ありません。
泣かれたのは、嫌われたからではない
親戚のおばさんが抱っこしたとたん、赤ちゃんが大声で泣き出す。昨日までは、誰に抱かれても笑っていたのに。そんな場面が、赤ちゃんのいる家で起こることがあります。
練馬区の保健資料は、人見知りを「家族と見慣れない人の区別ができるようになったこと」と説明しています[2]。明治の育児情報も、いつも世話をしてくれる人とそうでない人を区別できるようになった証であり、家族との心の結びつきが強まる成長の過程だと述べています[1]。ただ、2013年のJST共同発表は、赤ちゃんは生まれてすぐ母親と他人を区別でき、人見知りは「区別できるようになったために表れたものではない」と述べ、仕組みは未解明としています[3]。区別の表れと説明する資料はあっても、時期は同じとは限らないのです。
頭の中の「いつもの顔」
見分けるには、いつもの顔をおぼえていなければなりません。いつもの顔の記録が頭に積み重なって、そこにない顔が来ると反応が起こる、と考えるとイメージしやすいでしょう。これは分かりやすくするためのたとえで、頭の中に写真が並んでいるわけではありません。
昨日まで誰に抱かれても笑っていた赤ちゃんが、ある日、親戚に抱かれたとたん大声で泣き出す。これは嫌われたのではなく、成長の過程として説明される現象である。練馬区の保健資料は人見知りを、家族と見慣れない人の区別ができるようになったことと位置づけ[2]、育児情報も、いつも世話をしてくれる人とそうでない人を区別できる証であり、家族との結びつきが強まった結果だとする[1]。ただしJSTの2013年の共同発表は、乳児は生まれてすぐ母親と他人を区別でき、人見知りは区別できるようになったために表れたものではないと明記し、仕組みは未解明だとする[3]。
泣くという行動の前提には、見分ける力があると考えられる。誰でも同じに見えているなら、特定の人にだけ違う反応は起きないからだ。ただし「区別できるようになった表れ」という説明は育児資料の解釈で、区別できる時期と人見知りの時期は同じとは限らない。では、人見知りはいつごろ表に出てくるのか。
2. いつごろから はじまるの?
2. 人見知りは、何か月ごろから目立つのか
2. 始まりの時期 ── 6〜8か月ごろという目安と、大きな個人差
はじまる 時期は、あかちゃんに よって ちがいます。生まれて 七かげつ ごろから 目立つ 子が ふえる、と そだてる 人むけの しりょうは いいます[1]。2013年の けんきゅうでは、はじまる 時期の ちがいが 大きかった、と されます[3]。
みんなが おなじ 月に はじまる わけでは ありません。早い 子も、おそい 子も います[2]。
外から 見て わからない くらい 小さな けいかいも あります。むかしの けんきゅうでは、顔に あまり 出ない 小さな けいかいが、しんぞうの どうきが 少し 早く なる ことと くらべて たしかめられた、と ほうこく されて います[5]。
6〜8か月ごろ、でも個人差は大きい
明治の育児情報には、生後7か月前後から人見知りをする赤ちゃんが増える、とあります[1]。一方、2013年の研究について、JSTは、時期はさまざまで個人差が大きく、一般にいわれる生後8か月ではなかったと説明しています[3]。
練馬区の資料も、時期は子どもによってまちまちだと書いています[2]。「6〜8か月ごろ」という目安は育児資料の説明で、特定の月齢を境にはできません。
顔に出ない警戒も、心拍で測られた
泣くほどはっきりした反応の手前にも、小さな警戒があります。1975年の研究は、近づいてくる知らない人への赤ちゃんの反応を映像から記録し、お母さんが近づくときの反応とも比べました。表情にかすかに出る警戒(wariness)は、心拍数の上昇と照らし合わせて確かめられ、月齢によって変わっていったと報告されています[5]。
では、人見知りはいつ始まるのか。資料の数字には幅がある。育児情報は生後7か月前後から増えるとし[1]、2013年の研究についてJSTは、時期はさまざまで個人差が大きく、一般にいわれる生後8か月ではなかったと説明する[3]。練馬区の資料は、時期は子どもによってまちまちだとする[2]。そこで、この記事では「6〜8か月ごろ」を育児資料の目安として扱い、個人差が大きいことを前提に、特定の月齢を境にはしない。
顔に出にくい軽い警戒の測り方も工夫されてきた。1975年のWaters、Matas、Sroufeの研究は、近づく他人への反応を映像から信頼できる形で記述し、母親が近づく場合の反応とも比べた。表情に表れる小さな否定的反応(wariness)は、心拍数の上昇と照らして妥当性が確かめられ、月齢とともに有意に変化した[5]。「泣く」という目立つ反応の手前にも、数値で測れる段階があるということだ。月齢ごとの具体的な数値は、ここでは扱わない。
では、泣いている最中の乳児は、何を見ているのか。
3. ないて いるのに、目を 見て いるの?
3. 怖いのに、相手の目を見てしまう
3. 視線計測 ── 人見知りの強い乳児は、目を最初に長く見る
人見知りが つよい あかちゃんは、ただの こわがりなのでしょうか。2013年に、けんきゅう チームが しらべました。生まれて 七か月から 十二か月の あかちゃん 57人が きょうりょくしました[3]。
生まれつきの 気もちと、顔を 見る ときの 目の うごきを、くらべました。人見知りが つよい あかちゃんは、「ちかづきたい」気もちも「こわい」気もちも、どちらも つよい 子が 多い、という けっかでした[3]。ただの こわがりとは ちがう、と この けんきゅうは のべて います。
さらに、人見知りが つよい 子は、顔を 見た とき、はじめに あいてと 目が 合った とき、目の あたりを 長く 見ました。お母さんの 顔でも、しらない 人の 顔でも おなじでした[4]。
57人の赤ちゃんが協力した研究
2013年、岡ノ谷一夫さん・松田佳尚さん・明和政子さんたちは、生後7〜12か月の赤ちゃん57人の協力を得て、生まれつきの気質の調査と、顔を見るときの視線の計測を行いました[3]。
その結果、人見知りの強い赤ちゃんは「近づきたい」気質と「怖がり」の気質がどちらも強く、「近づきたいけど怖い」という心の葛藤を持ちやすい、と報告されました。ただの怖がりではない、というのがこの研究の見方です[3]。
怖いのに、目を見る
視線の計測では、人見知りの強い赤ちゃんは、顔を見せられたとき、最初に相手と目が合った場面で、目の領域を長く見ていました。この傾向は、お母さんの顔でも他人の顔でも変わりませんでした。目を避けるのではなく、目に敏感だという読み取りです。また、正面を向いた他人の顔より、よそ見をした顔のほうを長く観察する傾向もありました[4]。
人見知りの強い乳児は、単に怖がりなのか。2013年、岡ノ谷一夫・松田佳尚・明和政子らは、生後7〜12か月の乳児57人の協力を得て、気質の調査と、顔を見るときの視線反応の計測を行った[3]。論文本文で解析に使われたのは51人で、残る6人は計測を最後まで完了できず除かれている[4]。
気質の面では、人見知りの強い乳児は「接近」と「怖がり」の両方の傾向が強く、近づきたいが怖いという葛藤をもちやすいと報告された[3]。つまり人見知りの強さは、怖がりの強さだけでは説明されない。視線の面では、人見知りの強い乳児は、顔を見たとき、最初に目が合った場面で、目の領域に長くとどまった。この傾向は母親の顔と他人の顔で変わらず、正面を向いた他人の顔よりも、よそ見をした顔を長く観察する傾向もあった[4]。
ここで大切なのは向きである。目を避けるのではなく、最初に目が合った場面で長く見る。ただし、これは一つの研究の結果で、目を見つめることが人見知りの原因だと示したものではない。では、乳児は「知らない人」をひとまとめに見ているのか。
4. おとなと 子どもは、ちがう 人?
4. 大人と子どもを、赤ちゃんは見分けているか
4. 背たけと顔つき ── 40人の乳児に4人が近づいた実験(1976年)
むかし、おもしろい じっけんが ありました。おとなと、男の子、女の子、子どもと おなじ せの 高さの 小さな おとなの 四人が、四十人の あかちゃんに ちかづいたのです[6]。
あかちゃんは、「おとな」「子ども」「小さな おとな」の 三つに わけて はんのうした と ほうこく されて います。せの 高さと 顔つきの 両方を てがかりに して いる ようです。七かげつの あかちゃんでも、小さな おとなの 「なにか へん」に はんのう しました[6]。
あかちゃんは、人の 大きさと 顔の かんけいも、ちゃんと 見て いるのかも しれません。
4人の訪問者
1976年のBrooksとLewisの実験では、大人、男の子、女の子、そして子どもと同じ背たけの小柄な大人の4人が、40人の赤ちゃんに近づきました[6]。
赤ちゃんの反応は、「大人」「子ども」「小さな大人」の3つに分かれていました。背たけと顔つきの両方を手がかりにしている、と報告されています。7か月の赤ちゃんでも、背たけと顔つきの組み合わせのずれに反応していました[6]。
「子どもは怖くない」とは言い切れない
この実験の要旨から読み取れるのは、赤ちゃんが3つに分けて反応したところまでです。子どもへの警戒が弱いかどうかは、要旨だけでは分かりません。ここでは、見分けのこまかさを示した結果として読むのがよさそうです。
乳児は、知らない人を「みんな同じ知らない人」として見ているのか。1976年のBrooksとLewisは、大人、男児、女児、そして子どもと同じ背たけの小柄な成人女性の4人が、40人の乳児に近づく実験を行った。乳児の反応は、大人・子ども・小さな大人という3種類に分かれ、背たけと顔つきの両方が手がかりに使われていた。7か月という早い月齢でも、背たけと顔の配置が合わない「ずれ」に反応した[6]。
人見知りは、「人」という大きなくくりへの反応ではなく、見分けのうえに成り立っているらしい。ただし、この結論は要旨に基づく。子どもへの警戒が弱かったかどうか、つまり子どもを怖がらないかは要旨から読み取れず、この記事では書かない。実験が示したのは、乳児が大人と子どもと小さな大人を分けて反応した、というところまでである。では、そうして泣き出した乳児のそばで、周りの人はどうするとよいのか。
5. ないた とき、まわりの 人は どうする?
5. 泣いたとき、周りの大人はどうするとよいとされるか
5. 抱きとめる対応 ── 親への信頼が、ほかの人への信頼へ広がるという説明
人見知りで ないて しがみつく あかちゃんを 見て、「ほかの 人にも なれさせなきゃ」と 思う 人も いるかも しれません。
でも 赤ちゃんを 育てる 人むけの しりょうには、しっかり だきとめて、あんしんさせて あげると いい、と あります[1]。お父さん、お母さんが しっかり だいて なだめると、あかちゃんは あんしんする、と 練馬区の しりょうも 書いて います[2]。
親を しんらいする 気もちが 育つと、ほかの 人への しんらいも 少しずつ ひろがる、と、しりょうは せつめいして います[1]。
突き放さず、しっかり抱きとめる
泣いてしがみつく赤ちゃんを見て、「他の人にも慣れさせなくては」と思う大人もいるかもしれません。明治の育児情報では、そうして突き放すのではなく、しっかり抱きとめて安心感を与えるとよいと説明されています[1]。練馬区の保健資料にも、お父さんやお母さんが抱いてなだめると赤ちゃんは安心する、とあります[2]。
安心が、ほかの人への信頼につながる
同じ育児情報は、親を信頼する気持ちが育つと、ほかの人への信頼も少しずつ広がるという説明をしています[1]。これは企業が出している育児情報にある説明で、専門的な助言ではありません。個々の赤ちゃんのことは、かかりつけの小児科や、地域の保健センターで相談できます。
泣いている乳児に、周りはどう接するとよいのか。育児情報は、他の人に慣れさせようと突き放すのではなく、しっかり抱きとめて安心感を与えることを勧め、親を信頼する気持ちが育つと他の人への信頼も広がると説明する[1]。練馬区の保健資料も、父母が抱いてなだめると赤ちゃんは安心するとしている[2]。
この説明は、ここまでの流れと合う。人見知りが、いつもの人と見慣れない人を見分けられるようになった表れで[2]、近づきたい気持ちと怖さのあいだで揺れているのなら[3]、安心できる人のそばに戻れると、乳児は落ち着きやすい、という読み方もできる。ただし後半は筆者の読み方で、資料が直接述べているのは「抱きとめると安心し、信頼が広がる」という点までである。また、前者は企業の育児情報であり、専門的な助言ではない。
6. 家の 人に、あかちゃんの ころの 話を 聞いて みよう
6. 自分の赤ちゃんのころを、家の人に聞いてみる
6. 赤ちゃんのころの話を聞く、資料を読む
みんなが あかちゃんの ころは、どんな ようすだったでしょうか。家の 人に 聞いて みましょう。「いつごろ、どんな とき ないた?」「ないた とき、どう して くれた?」
母子手帳や アルバムが あれば、いっしょに 見ても 楽しいです。おぼえて いなくても いいです。家の 人でなくても、むかしの ことを 知って いる 大人に 聞いても だいじょうぶです。
今日できること
自分が赤ちゃんだったころの様子を、家の人や、むかしを知っている大人に聞いてみましょう。「いつごろ、どんなときに泣いた?」「泣いたとき、どうしてくれた?」。母子手帳やアルバムがあれば、一緒に見ると話がふくらみます。覚えている人がいなくても、それはそれで自然なことです。
資料を読むなら
練馬区の「6か月児」のページは、日本語で短く読めます。研究の話は、JST(科学技術振興機構)の2013年の発表に、日本語でまとめられています。
身近なところでは、自分が乳児だったころの様子を、家族やむかしを知る大人に聞いてみるとよい。母子手帳やアルバムは話の手がかりになる。「いつごろ、どんなときに泣いたか」「泣いたとき、どうしてもらったか」を聞くと、この記事の資料に出てきた幅や対応の説明と、自分の場合を見比べられる。覚えている人がいなければ、無理に集める必要はない。
資料を読むなら、練馬区の「6か月児」のページは短く、人見知りの説明が日本語で読める[2]。2013年の研究は、JSTの共同発表に日本語でまとめられている[3]。視線計測の細かい手順や数字は、論文(PLOS ONE、英語)で確かめられる[4]。1975年と1976年の研究は、要旨が公開されている[5][6]。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の事実は、次の資料にもとづきます。育児情報と保健資料は一般的な説明で、医療の助言ではありません。
- 明治「赤ちゃん成長ガイド(7か月)」 https://www.meiji.co.jp/smartphone/baby/club/category/study/grow_baby/st_grow_baby59.php (始まる時期、見分けの説明、抱きとめる対応)
- 練馬区「6か月児」(健康・保健) https://www.city.nerima.tokyo.jp/hokenfukushi/hoken/nyuyoji/6kagetuji.html (人見知りの説明、時期のちがい、なだめると安心する)
- JST「人見知りの強い赤ちゃんの心の葛藤」共同発表(2013年6月6日) https://www.jst.go.jp/pr/announce/20130606/ (57人の研究、気質の調査)
- Matsuda, Okanoya & Myowa-Yamakoshi (2013) PLOS ONE https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3673991/ (視線計測、目の領域、解析対象の人数)
- Waters, Matas & Sroufe (1975) Child Development https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1183268/ (軽い警戒と心拍数)
- Brooks & Lewis (1976) Child Development(ETS 掲載の要旨) https://www.ets.org/research/policy_research_reports/publications/article/1976/agbp.html (大人・子ども・小さな大人の実験)
なおした ところ
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