1. 信号が ない 十字路も、交差点なの?
1. 信号のない小さな十字路も、法律では交差点
1. 道路交通法の定義 ── 信号の有無は交差点の条件に入っていない
交差点と きくと、信号の ある ところを おもいうかべる 人が おおいかも しれません。でも、いえの ちかくの、信号の ない 小さな 十字路は、交差点では ないのでしょうか。
じつは、法律の きまりでは、信号が なくても 交差点です。道が ふたつ いじょう まじわる ところなら、十字路でも、Tの字の 道でも、交差点に なります[1]。
信号は、あとから つけた くふうの ひとつです。では、道が まじわる だけの ところは、むかしから ただの とおりみち だったのでしょうか。
「交差点」と聞くと、信号機が立っている場所を思い浮かべる人が多いでしょう。けれども、家の近くの信号のない小さな十字路も、れっきとした交差点です。
道路交通法は、交差点を「十字路、丁字路その他二以上の道路が交わる場合における、その二以上の道路の交わる部分」と定めています。歩道と車道の区別がある道路では、車道どうしが交わる部分を指します[1]。条文のなかに、信号の有無は出てきません。
つまり交差点の基本は、「道と道が交わっている」ことだけです。信号は、その場所に後から足された手段の一つにすぎません。では、道が交わっただけの場所は、昔からただの通り道だったのでしょうか。
交差点と聞けば信号機を思い浮かべがちだが、信号のない住宅街の小さな十字路も、法的には交差点である。道路交通法第2条は、交差点を「十字路、丁字路その他二以上の道路が交わる場合における当該二以上の道路(歩道と車道の区別のある道路においては、車道)の交わる部分」と定義している[1]。
この条文には、信号の有無も、道の広さも、交通量も入っていない。条件は「二以上の道路が交わること」であり、歩道と車道が分かれている道なら、数えるのは車道どうしの交わる部分だけである。歩道の角や、道ぞいの空き地まで含めるわけではない。
そう考えると、信号は交差点の定義の一部ではなく、交わる場所に後から加えられた制御の手段だと分かる。ところが、道が交わる場所は、法律ができるずっと前から、別の意味で特別な場所だった。それは何か。次の章で、江戸時代の仙台を見る。
2. どうして 道の まじわる ところに、人が あつまるの?
2. 仙台の芭蕉の辻は、なぜ城下でいちばんにぎやかだったのか
2. 芭蕉の辻 ── 道の交点に「商い」と「お触れ」が重なる
むかしの せんだいに、「ばしょうの つじ」と いう ところが ありました。しろの まわりの 大きな 道と、とおくへ つづく 道が まじわる、交差点です[2]。
ここには お店が ならんで、しょうばいが おこなわれて いました。おおやけの きまりを かいた ふだを かかげる ばしょも あって、「ふだの つじ」とも よばれ、人どおりの おおい にぎやかな ところでした[2]。
いちばんの にぎわいは、お正月の まえの「としの いち」です。毎年 むかしの こよみの 12月25日ごろから すうじつ、お正月の ものを うる 店が でて、まちの 内がわからも 外がわからも 人びとが あつまって、こみあいました。店は、道の まんなかを ながれる 水の 道の 上に つくられました[2]。
道が まじわると 人が あつまる。では、人が あつまりすぎると、どう なるのでしょう。
江戸時代の仙台に、「芭蕉の辻」と呼ばれる場所がありました。城下の幹線道路の大町通りと、奥州街道が交わる交差点で、商いをする町場が置かれ、幕府や藩の主な禁令を掲げる高札場もありました。このため「札の辻」とも呼ばれ、人通りの多い、藩の外にまで名前が聞こえるにぎやかな場所だったと、仙台商工会議所の会報は説明しています[2]。
理由を想像すると、筋が通ります。道が交わる場所は、四方から人が通ります。お店を出せば、客が通りかかり、お触れを掲げれば、多くの人の目にふれます。「通る人が多い」から商いが生まれ、「人が集まる」から連絡の場にもなったのでしょう。この理由づけは筆者の読みで、資料が因果を述べているわけではありません。
いちばんのにぎわいは、毎年旧暦12月25日ごろから数日間開かれる「歳の市」でした。正月用品を売る仮設の店が、道の中央を流れる四ツ谷用水の上に並び、城下の内外から集まった人びとで混雑したといいます[2]。道そのものが、年に一度の市場になったわけです。
ここで一つ、気になることが残ります。人が集まる交差点は、そのぶん、通りにくい場所にもなりそうです。
江戸時代の仙台城下に、「芭蕉の辻」という場所があった。城下の幹線道路である大町通りと奥州街道が交わる交差点で、町場が置かれて商いが行われ、幕府や藩の主要な禁令を掲げる高札場もあったため、「札の辻」とも呼ばれた。人通りが多く、藩外にも聞こえた繁華な場所だった、と仙台商工会議所の会報は述べる[2]。
なぜ交点に商いと高札が集まるのか。会報はその因果までは書いていないが、道が交わる場所は通行人の方向が最も多様になる点だと考えると説明がつく。商いには「通る人の数」が要り、お触れには「見る人の数」が要る。どちらも、人が集まる場所ほど効果が高い。以上は筆者の推論であり、資料の主張ではない。
この性格がもっともはっきり出るのが、旧暦12月25日ごろから数日間開かれる「歳の市」である。正月用品を売る仮設の店が、道の中央の水路である四ツ谷用水の上に設けられ、城下の内外から集まった人びとで混雑した。年に一度、交差点が道であると同時に市場になったことになる[2]。
では、人が集まる場所の側から見ると、何が問題になってくるのか。人の流れが一点でぶつかるときの工夫を、次の章で見る。
3. ぶつからない ように、さいしょに できた 信号は?
3. 人と車が集まる交差点に、最初に置かれた信号は木の板だった
3. 1919年の上野広小路と1930年の日比谷 ── 手動の板から電気の灯りへ
人や 車が あつまる ところでは、いちどに みんなが すすむと ぶつかって しまいます。そこで、じゅんばんを きめる ものが ひつようです。
日本で さいしょの 信号は、1919ねんの 東京、うえの ひろこうじの 交差点でした。木の 板に「トマレ」「ススメ」と かいて、まわして つかう もの でした[3]。
でんきで うごく 信号は、1930ねんに ひびやの 交差点に つきました。あか・きいろ・みどりの 3しょくで、アメリカから かって きた ものです[3]。
さいしょの 信号は、でんきの あかりでは なく、もじを かいた 板だったのです。「トマレ」と もじで かいたのは、はじめて 見る 人にも いみが わかるように、かもしれません。ただし これは わたしの そうぞうで、しりょうに かいて あるわけでは ありません。
でも、車が ぶつからなくても、まだ こまることが ありました。つぎは、人が 道を わたる ときの 話です。
人や車が集まる場所では、全員が好きなときに進むと、ぶつかってしまいます。順番を決める仕組みが必要になります。
長野県警察の資料によると、日本で最初の交通信号は、1919年(大正8年)に東京の上野広小路交差点に置かれました。木の板に「トマレ」「ススメ」と文字を書き、板を回転させる方式でした[3]。電気の灯りで動く信号が最初に現れるのは、11年後の1930年(昭和5年)です。日比谷交差点に置かれた、アメリカから輸入した赤・黄・緑の3色灯器でした[3]。
「トマレ」「ススメ」と文字で書いたのは、色の意味を知らない人にも通じるようにするためだったのかもしれません。ただし、これは筆者の想像で、資料にそう書いてあるわけではありません。
ここで大事なのは、電気信号が日比谷より前に存在しなかったのではなく、「日本で電動式として最初」が1930年だということです。「最初の信号」は、板と電気で別々に数えます。そして、信号で車どうしを分けても、もう一つの問題が残りました。
人と車の流れが交わる場所では、全員が同時に進めば衝突する。そこで交通を時間で分ける制御が必要になる。日本で最初の交通信号は、長野県警察の資料によれば、1919年(大正8年)に東京の上野広小路交差点に置かれた、木の板に「トマレ」「ススメ」と書いて回転させる方式である[3]。
「最初の信号」は、電気式に限ると答えが変わる。同じ資料によれば、電動式の信号機として最初なのは、1930年(昭和5年)に日比谷交差点に置かれた、アメリカから輸入した赤・黄・緑の3色灯器である[3]。つまり、板から電気までに11年あり、上野広小路を「日本初の電気信号」と言うのは誤りになる。
板に「トマレ」「ススメ」と文字を書いたのは、当時の運転者や歩行者に色の意味が行き渡っていなかったからかもしれない。これは筆者の推測である。
ここまでは、信号が車の側の流れを分ける話だった。では、歩く人の側から見ると、同じ信号の下で何が起きるのか。次の章で歩車分離式を見る。
4. 渋谷は どうして、みんなが いっせいに わたれるの?
4. 歩く人がぶつからないように、交差点の信号を組み替える
4. 歩車分離式とスクランブル方式 ── 歩行者と車の青信号を分ける
ふつうの 信号では、人が 道を わたる とき、おなじ ほうこうへ すすむ 車も いっしょに うごきます。そのため、みぎや ひだりへ まがる 車と、わたる 人が ぶつかる おそれが あります[4]。
そこで、人と みぎや ひだりへ まがる 車が ぶつからない ように、とおる じかんを わける「ほしゃぶんり」の 信号が つかわれます。なかでも「スクランブル」は、ぜんぶの 方むきの 車を とめて いる あいだに、ぜんぶの 方むきの 人が いっせいに わたります。ななめに わたる ことも できます[4]。
渋谷の 駅まえの 交差点が スクランブルに なったのは、1973ねんです。この とし、渋谷に パルコが できて、わかい 人の まちとして 人どおりが ふえて いった じきと かさなります[5]。ただし パルコが できたから スクランブルに なった、と しりょうが かいて いる わけでは ありません。
ちなみに 日本で さいしょの スクランブルは、渋谷では ありません。1960ねんだいの おわりごろ、熊本けんで はじめて つかわれたと いわれます[6]。
ところで、車の ほうは、どうでしょう。信号が なくても ぶつかりにくい 交差点は、つくれないのでしょうか。
普通の信号交差点では、歩行者が横断歩道を渡るとき、同じ方向へ進む車も直進や右左折をします。そのため、右左折する車と歩行者が交わってしまい、事故が起きうる、と愛知県警察は説明しています[4]。
この交錯を避けるために考えられたのが、歩行者と右左折する車が交わらないように通行を分ける「歩車分離式」です。その一種のスクランブル方式は、すべての方向の車を止めている間に、すべての方向の歩行者を同時に渡らせ、斜め方向の横断も認める方式です[4]。
渋谷駅前の交差点がスクランブル化されたのは1973年(昭和48年)で、同じ年に渋谷パルコが開業しています。渋谷が若者の町として人通りを増やしていった時期と重なります[5]。ただし、資料は「重なる」と書くだけで、パルコの開業がスクランブルの理由だとは述べていません。
また、スクランブル方式は渋谷が日本初ではなく、JAFの記事は、1960年代末に熊本県で初めて採用されたとされると紹介しています[6]。ただし、この年代は一つの出典の記述です。
人の側の工夫は、時間をずらすことでした。では、車どうしのぶつかりを減らす別のやり方は、あるのでしょうか。
信号のある交差点でも、歩行者と車が交わる場面は残る。歩行者が横断歩道を渡るのと同時に、同じ方向の車が直進・右左折するため、右左折車と歩行者が交錯して事故が起こりうる、というのが愛知県警察の説明である[4]。
この交錯を避けるために、歩行者と右左折車が交わらないよう通行を分けるのが歩車分離式信号である。そのうちスクランブル方式は、全方向の車を同時に止めている間に、全方向の歩行者を同時に横断させ、斜め方向の横断も認める[4]。
渋谷駅前の交差点は、1973年(昭和48年)にスクランブル化された。同年の渋谷パルコの開業など、渋谷が若者の町として人通りを増やした時期と重なる[5]。ただし資料が述べているのは時期の一致までであり、開業がスクランブル化の原因だとは書いていない。
渋谷が日本初の例でもない。JAFMateの記事は、スクランブル方式が日本で初めて採用されたのは1960年代末の熊本県だとされる、と述べる[6]。年代は「1960年代末」とされる。
ここまでの工夫は、信号の色と時間で流れをずらすものだった。時間をずらさず、交差点の形そのものでぶつかりを減らす方法はないのか。次の章で、環状交差点を見る。
5. 信号が なくても、ぐるっと まわれば ぶつかりにくい?
5. ぶつかりを減らす環状交差点
5. 環状交差点 ── 交わる点を減らす形と、2014年の制度化
まんなかに 丸い しまが あり、そのまわりを ぐるっと まわって すすむ 交差点が あります。「かんじょうこうさてん」とも よばれ、日本では 2014ねん 9月1日から、この 形が 法律の きまりに なりました[7]。
車は みぎまわりに すすみ、すでに ぐるっと まわって いる 車が さきに すすめます[7]。
この 形は、車どうしが ぶつかる ばしょが すくなく、はやさも おさえやすいので、おおきな じこが おきにくいと いわれます。信号を まつ じかんも みじかく、ていでんの ときにも はたらくと いう ことです[8]。
2015ねん 3月の おわりには、14の とふけんに 43か所で はじまって いました[7]。ただし これは そのころの かずで、いまの かずでは ありません。
ふだんの 交差点は、どんな ふうに 人や 車を さばいて いるのでしょう。じぶんの 目で 見て みましょう。
信号で時間をずらすのとは別に、交差点の形そのものでぶつかりを減らす方法があります。中央の島のまわりを一方向に回る「環状交差点」です。
日本では、道路交通法の改正により、2014年(平成26年)9月1日に環状交差点の制度が始まりました。車両は中央島の周りを右回り(時計回り)に進み、環道を走る車が優先されます[7]。法律上の定義は、車の通る部分が環状で、道路標識で右回りに通行すべきことが指定されているもの、です。つまり、標識のない円形の交差点は、この制度の環状交差点ではありません[7]。
名古屋市は、環状交差点の利点を、車どうしが交わる点が減り走行速度も抑えられるので重大事故が起きにくいこと、信号待ちの時間が短いこと、道路の照明以外に電力を使わないので停電のときも機能することだと紹介しています[8]。信号という「時間でさばく」方法から、形で「交わる点を減らす」方法に変わったと言えます。
2015年3月末の時点で、14都府県の43か所に環状交差点が導入されていました[7]。これは古い数字で、現在の設置数ではありません。
ここまで見てきて、交差点が町で担ってきた役目が少し見えてきました。身近な交差点は、今どうなっているでしょうか。
時間でなく形で、ぶつかりを減らす方法もある。環状交差点は、2014年(平成26年)9月1日に道路交通法の改正で施行された交差点の形で、車両は中央島の周りを右回り(時計回り)に進み、環道内の車が優先される[7]。
注意したいのは法的な線引きである。道路交通法の定義は「車両の通行の用に供する部分が環状の交差点であって、道路標識等により車両が当該部分を右回りに通行すべきことが指定されているもの」であり、日本では円形に見える交差点がすべて環状交差点なのではなく、標識で指定されたものだけがそう呼ばれる[7]。
名古屋市は、利点として、車両どうしの交錯点の削減と走行速度の抑制により重大事故が起きにくくなること、信号待ちの時間が短いこと、道路照明以外に電力を使わず停電時にも機能することを挙げる[8]。信号に頼らず、形そのものが車の動きを整えているわけである。交わる点の具体的な数は、数え方(道の本数、歩行者を含むか)で変わるため、ここでは「大きく減る」という方向までにとどめる。
導入は限られており、2015年3月末の時点で14都府県43か所だった[7]。現在の数とは異なる。
こうして並べると、交差点には「人が集まる場所」としての性格と、「流れがぶつかる場所」としての性格があり、信号も歩車分離も環状も、後者を和らげる手段として現れたと読める。この見方は筆者のまとめで、資料が一つの表にまとめているわけではない。では、この見方を自分の足で確かめるには、どうすればよいか。
6. ちかくの 交差点を、あんぜんな ところから 見て みよう
6. 近所の交差点で、「いま何が同時に動いているか」を数える
6. 近所の交差点を観察する ── 同時に動く流れを数え、資料に戻る
おうちの ちかくの 交差点へ、おうちの 人と いっしょに いきましょう。歩道の はしの、あんぜんな ところに たち、道には でません。
あおの とき、うごいて いるのは だれでしょう。まっすぐ すすむ 車、まがる 車、わたる 人。みんな いっしょに うごいて いますか。それとも、人と 車が べつべつに なって いますか。
こんどは、信号が ない 小さな 十字路でも 見て みましょう。信号が なくても、そこは 交差点です。人や 車は、どうやって じゅんばんを きめて いるでしょう。
もっと 知りたく なったら、仙台の かいぎしょや けいさつの ページに、日本ごで くわしく かいて あります[2][4]。
近所の交差点を、歩道の安全な場所から眺めてみましょう。道には出ません。家の人と一緒に行くと安心です。
信号が青になったとき、同時に動いているのは誰でしょうか。直進する車、右左折する車、横断歩道を渡る人。それらが同じ時間に動いているのか、歩行者だけの時間があるのかを、数えてみます。信号の動きが歩車分離式かどうかは、この観察で見当がつきます。
次に、信号のない小さな十字路も見ます。そこでは信号の代わりに、何が順番を決めているでしょうか。道の広さや見通し、止まれの表示など、見えるものを探してみます。何が見えるかは場所によって違うので、気づいたことを書き留めてみてください。
観察の方法は単純である。近所の交差点を、歩道の安全な場所から眺める。道には出ない。信号が青のとき、同時に動いている流れを書き出す。直進車、右左折車、横断する歩行者のうち、同時に動いているのはどれか。右左折車と歩行者が同時に動くなら通常の方式かもしれず、歩行者だけの時間があれば歩車分離式の可能性がある[4]。
さらに、信号のない小さな十字路でも同じ観察をする。信号の代わりに、運転者や歩行者のあいだで何が順番を決めているかを見る。一か所の観察は一例にすぎず、結果を他の交差点に当てはめる前に、別の交差点でも確かめたほうがよい。
資料への戻り方は三つある。①道路交通法第2条の定義[1]は、条文そのものが短く、信号が定義に入っていないことを自分の目で読める。②愛知県警察の解説[4]は、歩車分離式の設計意図と、スクランブルの条件を示す。③内閣府の交通安全白書[7]は、環状交差点の制度化と導入状況を、2015年の時点で記録している。
本文で扱わなかった問いも残っている。環状交差点が現在いくつあるのか、熊本の最初のスクランブルがどの交差点だったのか、といった問いである。自治体や警察の資料を探す、よい出発点になる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:法令と官公庁の説明、仙台商工会議所の会報、報道・解説記事を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- 道路交通法 第2条1項5号(e-Gov法令検索)。https://laws.e-gov.go.jp/law/335AC0000000105 (交差点の法律上の定義)
- 仙台商工会議所会報(芭蕉の辻の解説)。https://www.sendaicci.or.jp/magazine/upload_images/31-01sansaku.pdf (芭蕉の辻のにぎわいと歳の市について)
- 長野県警察「交通信号機・運転免許証の歴史」。https://www.pref.nagano.lg.jp/police/rekishi/shingomenkyo.html (日本で最初の信号と電動式信号について)
- 愛知県警察「歩車分離式信号について」。https://www.pref.aichi.jp/police/koutsu/topics/hosyabunri.html (歩車分離式とスクランブル方式について)
- 乗りものニュース「渋谷スクランブル交差点の斜め横断歩道」。https://trafficnews.jp/post/122022/2 (渋谷のスクランブル化の年について。報道記事)
- JAFMate「道路トリビア」。https://jafmate.jp/essay/road_trivia_20231225.html (日本で最初のスクランブル方式について。解説記事)
- 内閣府「平成27年版交通安全白書」トピックス。https://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/h27kou_haku/zenbun/genkyo/topics/topic_01.html (環状交差点の制度と2015年3月末の導入数について)
- 名古屋市「環状交差点(ラウンドアバウト)」。https://www.city.nagoya.jp/bousai/anzen/1014355/1014739/1014742.html (環状交差点の利点について)
なおした ところ
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