1. かんじを ぜんぶ ならべたら どうなるの?
1. 漢字を1字ずつキーに割り当てたら、どうなるのか
1. 約48のかなと6000字以上の漢字を、1字ずつキーに並べる難しさ
えいごの タイプライターは、アルファベット 26字を ならべれば おわりです。にほんごは、そうは いきません。
ふつうの 文を かくには、かなと かんじの りょうほうが いります。かなは、ぜんぶで やく 48。かんじは、6000字 いじょうと いわれます[2]。
6000を 48で わると、およそ 125ばいです。かなの キーボードは 手に のりますが、かんじを ぜんぶ ならべた キーボードは、つくえ いっぱいでも たりません。
さて、むかしの 人は、この こまりごとを どう のりこえたのでしょうか。
英語のタイプライターなら、アルファベット26字とすうじ、記号を並べれば足ります。日本語はそうはいきません。
IEEEのマイルストーン(技術史の顕彰)の説明によると、日本語の標準的な文字は、かな約48と6000字以上の漢字です。ふつうの文を書くには、そのどちらも必要になります[2]。
6000字を48で割ると、およそ125倍です。入力に使うかなは約48字なので手のひらに収まりますが、漢字を1字ずつキーに割り当てると、机いっぱいに広げても足りません。
この数の差が、日本語の機械入力をむずかしくしました。最初に出た答えは、キーを増やすのではなく、活字を平らな台に並べて「探して打つ」ことでした。
日本語の標準的な文字体系は、かな約48字と6000字以上の漢字からなり、通常の文章にはその両方が要る[2]。ここでアルファベット26字の欧文タイプライターと比べると、問題の大きさが見える。漢字だけでも、かなの約125倍(6000÷48)の種類があるからだ。
この数では、漢字を1字ずつキーに割り当てる配列は現実的でない。そのため、日本語の機械入力は、キーを減らす工夫や、数千字を並べて選ぶ工夫が考えられた。前者の代表がかな漢字変換であり、後者が和文タイプライターである。
では、先に実用化された後者は、具体的にどう動いたのか。
2. 和文タイプライターは、どうやって うったの?
2. 和文タイプライターは、1本のタイプバーで活字をつまみ上げる
2. 約2400〜3000字の活字を、1本のタイプバーで拾う
つくったのは、すぎもときょうたという 人です。1914ねん(大正3ねん)に しさくきを つくり、つぎの 年に 特許を とりました[1]。1916ねんには、実さいに つかえる きかいが うり出されました[1]。
この 機械の まん中には、活字が ぎっしり ならんだ 平らな ばんが ありました。かなの まわりに、かんじが 2000字から 3000字ほど ならんで いたといいます[3][7]。
うつ 人は、1本の アームを うごかして、ほしい 字の 上へ もって いきます。そして、字を つまみ上げて、まるい つつの 紙に ポンと うちました。
たとえば、ひろい 店の たなから、ほしい ざいりょうを 1つずつ えらんで もって くる ようすに にています。ただし、ほんものは アームを 手で うごかす きかいです。
杉本京太が選んだ字
和文タイプライターを作ったのは、杉本京太です。1914年(大正3年)に試作機を完成させ、1915年に特許を得て、翌1916年に日本書字機商会から実用機が発売されました[1]。
特許庁の発明史の資料をもとにした説明では、杉本は公文書で使われる字の頻度を調べて、約2400字を選んだとされます[7]。数千ある漢字のうち、よく使う字だけを選んだのです。ただし、盤に並ぶ字数は約3000字とする解説もあり、機種や時期によって差があったのかもしれません[3]。
1本のバーでつまみ上げる
活字は、平らな盤の上にぎっしり並んでいます。盤の中央にはひらがな、カタカナ、ゴシック体の仮名3種類があり、まわりに漢字が置かれています[3]。
打つ人は、前後左右に動く1本のタイプバーを、目当ての字の上まで動かします。バーでその活字をつまみ上げ、円筒に巻いた紙の上に打ちつけます[7]。
つまり、キーを増やす代わりに、字を「置き場所」に並べて、人の目と手が探す方式でした。
杉本京太は、1914年(大正3年)に和文タイプライターの試作機を完成させ、1915年に特許を得た。実用機を発売したのは日本書字機商会(現キヤノンセミコンダクターエクィップメント)で、年は1916年である[1]。ただし、特許を得た年と発売された年は別だ。試作から実用までに1〜2年の開きがあった。
特許庁の発明史の資料を引く説明では、杉本は公文書に使われた文字の頻度などから約2400字を選び、平面の活字庫に並べた。そして、前後左右に動く1本のタイプバーで任意の活字をつまみ上げ、円筒状の紙に打ちつける構造にした[7]。数千字の中からよく使う字を選ぶことが、この仕組みの出発点だった。
盤の字数は資料によってゆれる。マイナビニュースの連載は、中央のひらがな・カタカナ・ゴシック仮名の3種と、約3000の漢字が並ぶと述べている[3]。2400と3000の差が、機種の違いか数え方の違いかは、ここで使った資料からは分からない。そのため、この記事では「2000〜3000字ほど」と幅をもたせて書く。
この構造の本質は、「キーを増やさない」ことにある。字を並べる場所を平面に広げ、その中から目当ての1字を探す仕事は、人の目と手が引き受けた。では、その仕事は実際にどのくらいの速さだったのか。
3. 1字ずつ さがすと、どれくらい はやいの?
3. 活字を探す手間は、打つ速さにどう影響したのか
3. 1時間に打てる字数と、活字を「探す」方式の限界
おなじ 人が まいにち うって いると、すこしずつ 字の ばしょを おぼえて いきます。それでも、すべての 字を おぼえる のは たいへんです。
ある 本では、1じかんに うてる 字の かずが、1100字から 2400字ほどと しょうかい されて います。うつ 字の かきかたに よって ちがいます[1]。
この きかいは、れんしゅうを した 人が うつ、せんもんの しごとでした。
1935ねんごろの きかいが、ゆうせい はくぶつかんに のこって います[8]。そのころは、会社や やくしょで、たくさんの 人が つかう じむの どうぐに なっていました[1]。
1時間に打てる字数
コトバンクの解説には、書体別の1時間あたりの印字数(楷書1100字、行書1300字など)が載っています[1]。書体や機種によって、打てる字数にはっきり差があったことが分かります。
探すこと自体が仕事だった
和文タイプライターでは、オペレーターが1本ずつ必要な活字を探して印字していきます[1]。数千字の並びを頭に入れた人が、手早く打つ。その技能が、事務の現場で求められました。
1935年ごろの機械が郵政博物館に所蔵されています[8]。昭和10年代には、代表的な事務機の1つになりました[1]。ただ、文章を直すたびに、そのページを打ち直す必要がありました。
打つ速さについて、コトバンクの解説は、1時間あたりの印字数として楷書1100字・行書1300字・草書2000字・タイプ印書2400字などを挙げる[1]。書体によって、同じ1時間でも打てる量に2倍以上の開きがある。ただし、2400字は「1時間の印字数」であり、盤に並ぶ活字の数ではない。
ここで注意したいのは、遅さだけで機械を評価しないことだ。この機械は、オペレーターが1字ずつ活字を探して打つことを前提に、事務の現場で使われ続けた[1]。探す作業そのものが、仕事の中心だった。
実際、和文タイプライターは1935年ごろの機械が郵政博物館に残り[8]、昭和10年代には代表的な事務機となった[1]。縦横打ちの併用や用紙の多様化といった改良も重ねられた[1]。それでも、打つ人が数千字の位置を覚え、その場で探す方式は変わらなかった。
この方式には、人の技能に頼ること、そして打った紙を直しにくいことという限界があった。では、その限界を超える発想は、どこから出てきたのか。
4. 「さがす」のを やめたのは だれ?
4. 発想の転換 ── 漢字ではなく、ひらがなで打つ
4. 1971年に東芝で始まった、かな漢字変換の研究
1971ねんに、東芝で あたらしい 研究が はじまりました[2]。もりけんいちさんの チームが すすめました。
かんがえかたは、かんたんに いうと こうです。かんじを さがすのを やめて、ひらがなで うつ。すると、きかいが かんじを えらんで くれる。
これなら、かなの キーが 48こ ほどで すみます。たなから ざいりょうを さがす 手間は、いりません。
1971年、東芝で、かなで入力した文字を漢字に直す研究が始まりました[2]。研究チームは、森健一が率いました[2]。
考え方を一言でいえば、こうです。「漢字を探して打つ」ことをやめて、「読みを打って、機械に漢字を選ばせる」。入力に使うのはかなだけなので、約48字で足ります。
ところが、これには別の難しさがありました。日本語には、同じ読みでも別の漢字になる言葉がたくさんあります。「はし」と打っても、橋なのか箸なのかは、前後の文から決めなければなりません。IEEEの資料も、数千の漢字とかなの中から正しい字を選ぶことが、この技術の要だったと述べています[2]。
探す仕事は、人から機械へ移ります。では、機械はどうやって選んだのでしょうか。
日本語入力の難しさの核は、文字の数ではなく、「読みから字を決める」ところにある。IEEEのマイルストーンの説明によれば、東芝は1971年にかなから漢字への変換の研究を始め、森健一が研究チームを率いた[2]。
この方式なら、入力に使うのはかな約48字だけで、数千字の盤はいらない[2]。その代わり、同じ読みの漢字が多い日本語では、変換の正しさが問題になる。たとえば「はし」と打っても、橋か箸かは文脈で決まる。IEEEの資料は、数千の漢字とかなの中から正しい字を選ぶことが、この技術の要だったと位置づけている[2]。
つまり、「探す」仕事が消えたのではない。人が数千字の盤を探していた作業が、辞書を使って機械が判断する作業に置きかわった。この置きかえが成り立つには、機械側に、日本語の言葉の知識が要る。
5. きかいは、どうやって かんじを えらぶの?
5. 機械が漢字を選べたのは、辞書のおかげだった
5. 1978年のJW-10と、辞書に登録した約6万2000語
ひみつは、きかいの 中に ある 大きな じしょです。ふつうの ことばが 5万4000ご、人の なまえや 場しょの なまえが 8000ご、あらかじめ いれて ありました[4]。
「ひらがなで うった ことば」が、じしょに あれば、おなじ よみの かんじを 見せて くれます。
1978ねん9がつに、かんじに かえる きかいが 発ぴょうされ、1979ねん2がつに さいしょの 売り物、JW-10が とどけられました[2]。
うち まちがえても、あとで なおせます。ぶんしょうを きかいの 中に おぼえさせて、文字を たしたり、けしたり できたからです[5]。
あらかじめ登録された約6万2000語
PC Watchの記事によると、JW-10は、普通の単語5万4000語と固有名詞8000語を、あらかじめ辞書に登録していました[4]。合わせて約6万2000語です。打ったかなが辞書にある言葉と合えば、対応する漢字の候補が出せます。
1977年の試作から、1979年の出荷まで
東芝は、1977年8月に変換機能つきの試作機を作り、1978年9月に自動変換の完成システムを発表しました。翌10月にはデータショウで公開し、1979年2月に最初の製品JW-10が出荷されました[2]。なお、発売を3月とする資料もあるので、この記事では「発表1978年9月、出荷1979年2月」と分けて書きます。
打ち直さなくていい
現代ビジネスの記事で紹介されている評価では、専門の技能者でなくても日本語を速く入力できました。さらに、文章を機械に覚えさせて、修正や挿入ができた点が、タイプライターでは不可能な機能だったとされます[5]。
数千字を探す技能がなくても、ひらがなが打てれば文章が作れる。入力の入り口が、ぐっと広がったのです。
機械が漢字を選ぶには、言葉の知識が要る。PC Watchの記事は、JW-10が普通単語5万4000語と固有名詞8000語(合計約6万2000語)をあらかじめ辞書に登録していたと述べる[4]。入力されたかなをこの辞書と照らし、対応する漢字を選ぶ。これが、数千字の盤を人が探す仕事の代わりになった。
開発の経過は、IEEEの資料に整理されている。1977年8月に変換機能つきの試作機ができ、1978年9月に自動変換の完成システムを発表。同年10月にデータショウで公開し、1979年2月に最初の製品JW-10が出荷された[2]。発売を3月とする資料もあるため、「発表」と「出荷」は分けて扱う。
では、なぜ広く受け入れられたのか。現代ビジネスが紹介する機械遺産・未来技術遺産の説明では、非専門家でも日本語を速く入力でき、修正や挿入ができた点が評価されている[5]。和文タイプライターは、打った字を直すのが難しい機械だった。一方、JW-10は文章を機械に記憶させ、直してから印字できる。入力の速さに加えて、文章を直してから印字できる点も、事務の仕事を変えた可能性がある。
ただし、辞書にない言葉や、同じ読みの言葉の選び分けは、今も変換の課題として残る。IEEEの説明も、数千の漢字とかなから正しい字を選ぶことを、この技術の要としている[2]。
6. わたしたちの 手に とどくまで
6. 値段が下がり、和文タイプライターが姿を消していく
6. 日本語ワープロの価格低下と、専用機の広がり
さいしょ、かんじに かえる きかいは、とても たかい ものでした。ところが、1980ねんに やく 200万円 だった ねだんが、1985ねんには やく 16万円ほどに なったと いわれます[6]。およそ 12ぶんの 1です。
1989ねんには、1ねんで 271万だいが つくられました[2]。
そして、1980ねんだいから、むかしの 和文タイプライターは、すこしずつ 見なく なって いきました[1]。
日本語ワープロの平均価格は、Wikipediaによると1980年の約200万円から、1985年には約16万4000円まで下がったとされます[6]。200÷16.4を計算すると約12なので、5年で約12分の1です。
「ワープロ」という呼び名は、1982年の富士通のコマーシャルで広まったという説明もあります[6]。安くなるにつれて、会社だけでなく、家庭にも広がっていきました。
IEEEの資料によると、ワープロ専用機の生産は、1989年に年271万台に達しました[2]。1999年には、パソコンの販売が専用機を上回ったとされます[2]。
そのかげで、和文タイプライターは1980年代から姿を消していきました[1]。数千字の盤を探す機械は、かなで打つ機械に役目を渡したのです。
日本語ワープロの1台あたりの平均価格は、Wikipediaの要約では1980年の約200万円から1985年の約16万4000円へ下がった[6]。200÷16.4を計算すると約12なので、5年で約12分の1になった計算だ。これは二次資料の数字であり、統計での確認は別に要る。
安くなった結果、需要が広がった。IEEEの資料は、ワープロ専用機の生産が1989年に年271万台に達したと述べる[2]。そのため、専用機の呼び名「ワープロ」は広く知られるようになり、1982年の富士通のコマーシャルで広まったとされる[6]。
その一方で、和文タイプライターは1980年代から姿を消した[1]。なお、1999年にはパソコンの販売が専用機を上回った[2]。専用機の時代は短く、入力の仕組みだけが、パソコンや携帯電話の漢字入力に受け継がれたと評価されている[5]。
数千字の盤から探す方式は、キーの数でなく「読み」を軸にする方式に、置きかわったと見ることができる。
7. スマホで かんじを さがして みよう
7. スマホの変換候補を、観察してみる
7. 変換候補を観察する/原典にあたる
スマホの ひらがなで、「はし」と うって みましょう。かんじの 候補が いくつ 出ますか。
つぎに、「きしゃ」「こうえん」「いし」も うって みましょう。おなじ よみでも、かんじが いくつも 出て きます。
むかしは 人が さがして いた かんじを、いまは きかいが ならべて くれて います。
家のスマホやパソコンで、ひらがなの「はし」を打ってみてください。変換候補が、いくつ出てくるでしょうか。「きしゃ」「こうえん」「いし」でも試して、候補の数を比べてみます。
同じ読みで、候補がいくつも出る言葉と、ほとんど出ない言葉があるはずです。その差が、「数千字から探す」仕事を機械が引き受けたあとに、新しく生まれた「選ぶ」仕事の姿です。
辞書の語数は、出典[4]のPC Watchの記事でも読めます。価格の数字は、出典[6]に載っています。どちらも日本語です。
確かめ方は2つある。1つは、スマホやパソコンで、同音の言葉(はし、きしゃ、こうえん、いし)の変換候補の数を比べる方法だ。候補が多い言葉と少ない言葉の差は、辞書がどう言葉を持っているかの表れと見ることができる。
もう1つは、日本語の資料に当たる方法だ。PC Watchの記事[4]は、JW-10の辞書の語数を紹介している。価格の数字は[6]に載っているが、二次資料の数字なので、統計や企業の公式資料に当たれば、出どころをさらに確かめられる。
2つの方式の違いは、「字の数に合わせて機械を大きくするか、読みを軸に機械へ知識を持たせるか」の違いと読める。今の入力の仕組みにも、この発想が受け継がれている。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の数字は、次の資料から使いました。二次資料の数字は「といわれる」と断って書いています。
- コトバンク「タイプライター」(日本大百科全書)https://kotobank.jp/word/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%BC-3157861 (杉本京太の年・打つ速さ・普及・姿を消した時期)
- IEEE Milestone「The First Word Processor for the Japanese Language, 1971-1978」https://ethw.org/Milestones:The_First_Word_Processor_for_the_Japanese_Language,_1971-1978 (文字の数・開発の年表・生産台数)
- PC Watch「やじうまPC Watch」https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/yajiuma/1534464.html (辞書の登録語数)
- 現代ビジネス「初の日本語ワープロが完成(1978年)」https://gendai.media/articles/-/57588 (評価・今の入力への継承)
- Wikipedia「ワードプロセッサ」https://ja.wikipedia.org/wiki/ワードプロセッサ (価格の変化・呼び名の広まり。二次資料)
- 特許庁「杉本京太」(10大発明家)https://www.jpo.go.jp/introduction/rekishi/document/10hatsumeika/06sugimoto.pdf (約2400字を選んだ説明・タイプバーの仕組み)
- 文化遺産オンライン「和文タイプライター」https://online.bunka.go.jp/index.php/heritages/detail/261609 (1935年の機械の所蔵)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
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