1. ポケットの ぬいめは、どうして ほつれたの?
1. 手を入れるたびに、縫い目には何が起きる?
1. ポケットの縫い目に集まる力 ── 特許が書いた問題
ポケットに 手を 入れると、ぬいめに ぐっと 力が かかります。ぬいめを とめて いるのは、細い 糸です。
この 力で、ぬいめが さけたり、ほつれはじめたり する。特許の 文しょうには、そう 書いて あります[1]。
手を 入れる たびに 糸が ひっぱられて いたら、いつか もたなく なります。そこで 力を 糸ではなく、かたい 金ぞくに うけさせよう、と 考えた 人が いました。
ポケットに手を入れるとき、力はポケットの口の両端の縫い目にかかります。それが毎日くり返されるのです。
この問題は、1873年の米国特許の文章にそのまま出てきます。縫い目は、ポケットに手を入れる圧力や負荷で裂けたり、ほつれ始めたりすることが多い、というのです[1]。
解決の考え方は、力を縫い糸ではなく別のものに受けさせることでした。リベットで縫い目の二枚の布を締め合わせれば、負荷が糸にかからなくなる、と特許は説明します[1]。では、これを思いついたのは誰だったのでしょう。
ポケットに手を入れると、その圧力は口の両端の縫い目に集中する。ポケット口の両端は、力が集まりやすい場所だ。1873年の米国特許は、縫い目がポケットへ手を入れる圧力や負荷によって裂けたり、ほつれ始めたりすることが多い、と問題を述べている[1]。
特許が示した解決は、縫い目の二枚の布を金属のリベットで締め合わせ、負荷が縫い糸にかからないようにすることだった[1]。特許の核心は、ポケット開口部の両端に金属のリベットかハトメを付け、縫い目が裂けるのを防ぐ点にある[2]。
つまり、リベットは最初から飾りではなく、糸が受けきれない力を金属に肩代わりさせる部品だった。この考えを、誰がどんな場面で思いついたのか。
2. 馬の もうふの 道具が、ズボンに つかわれた?
2. 作業台のリベットが、ズボンのポケットに
2. 仕立屋デイビスの証言と、リーバイスとの共同特許
作ったのは、アメリカの ネバダ州の 仕立屋、ジェイコブ・デイビスさんです。1871年の 1月に、女の 客から 「だんなさんの ために じょうぶな ズボンを」と たのまれた、と 語って います[2]。
そのとき、作業台の 上の リベットを 思い出しました。馬の もうふに ストラップを とめる ための ものだった そうです。これを ポケットの ぬいめに つかえば、じょうぶに なる。そう 考えたと つたえられます[2]。
デイビスさんは、布を しいれて いた リーバイ・ストラウス社に 話を もちかけ、特許を つかう 力を いっしょに もちました。特許が みとめられたのは、1873年の 5月20日です[1]。
思いついたのは、ネバダ州リノの仕立屋、ジェイコブ・デイビスです。本人の証言によると、1871年1月、ある女性客から、夫のために丈夫なズボンを作ってほしいと頼まれました。そこでデイビスは、作業台にあったリベットを思い出したといいます。もとは馬の毛布にストラップを留めるためのものでした[2]。
デイビスはこれを、ポケットの縫い目に応用しました。リーバイスの公式な説明では、ポケットの角やボタンフライの付け根のように力がかかる点に、金属のリベットを打つ案でした[3]。
ただし、特許をとるには費用がかかります。デイビスは68ドルを用意できず、1872年7月に生地の仕入れ先だったリーバイ・ストラウスへ手紙を書き、費用を出してもらう代わりに権利を分け合おうと持ちかけた、と複数の解説にあります[7]。
特許は1872年8月9日に出願され、1873年5月20日に成立しました。権利はデイビスとリーバイ・ストラウス社が共有しています[1]。この日を、リーバイスは「ブルージーンズの誕生」と位置づけています[4]。
この工夫を思いついたのは、ネバダ州リノの仕立屋ジェイコブ・W・デイビスである。国立公文書館の記事が紹介する証言では、1871年1月に女性客から夫のための丈夫なズボンを頼まれ、作業台にあった、馬の毛布にストラップを留めるためのリベットを思い出して、ポケットの縫い目に応用したという[2]。これは本人の証言にもとづく話なので、事実そのものとしては「と語った」の強さで受けとめるのが妥当だ。
リーバイスの公式説明では、デイビスは顧客の一人として、ポケットの角やボタンフライの付け根のような力のかかる点にリベットを打つ案を出し、生地の仕入れ先のリーバイ・ストラウスに共同での特許取得を持ちかけた[3]。なぜ共同だったのかについては、複数の解説に、特許の出願費用68ドルをデイビスが用意できず、1872年7月の手紙で費用負担と引きかえに権利の半分を提案した、とある。ただしこの金額と手紙は二次資料にしか見えないため、「といわれる」の範囲にとどめる[7]。
一次資料の特許で確かなのは、1872年8月9日に出願され、1873年5月20日に成立したこと、発明者がリノのデイビスで、権利がリーバイ・ストラウス社と共有されたことだ[1]。リーバイスはこの日を「ブルージーンズの誕生」と呼ぶ[4]。では、特許を持った会社のズボンのリベットは、そのあとどう広がったのか。
3. とっきょが 切れると、リベットは どう なった?
3. 17年の特許が切れたあと、定番になったリベット
3. 特許の期限と、背面ポケットへの広がり
とっきょの 期間は、17年でした。1890年に 切れてからは、ほかの 会社も おなじ ほうほうを つかえるように なり、リベットは 作業ふくの 定ばんに なったそうです[7]。
さいしょに つかわれた リベットは、銅だった そうです[7]。
リベットは、前の ポケットの かどだけでは ありません。リーバイスの 501は、1873年に うり出された ときから、うしろの ポケットの 上の かどにも リベットが ついて いました。1901年までには、うしろの ポケットが 2つに ふえ、どちらも リベットで とまりました[5]。
ところが、この うしろの リベットが、思わぬ ところで もんくを 言われる ことに なります。
特許の期間は17年でした。1890年に切れると、ほかの会社も同じ方式を使えるようになり、リベットは作業着の定番になっていったといわれます[7]。1873年から1890年までを数えると、ちょうど17年です。
デイビスが最初に使ったのは銅のリベットでした。ただ、なぜ銅を選んだのかを書いた資料は、今回は見つかっていません[7]。
リベットがつくのは、前ポケットの角だけではありません。リーバイスによると、501の背面ポケットは1873年の発売時から、上の角がリベットで留められていて、引っぱられても裂けないようになっていました。1901年までには背面ポケットが2つになり、2つ目もリベットで留められました[5]。
ここまでは、リベットの手柄の話です。ところがこの背面ポケットのリベットが、思わぬところから苦情を呼ぶことになります。
特許は17年間有効で、期限が切れたのは1890年である。そのため、以後は他社も同じ方式を使えるようになり、ワークウェアの定番になった、と説明される。ただしLee社やWranglerの参入などの細かい点は検索要約でしか見えない二次資料の記述なので、ここでは扱いを控える[7]。
最初に使われたのは銅のリベットだとされる。この点も、リーバイスの公式本文には銅の語が見当たらず、Denimhuntersなどの解説で確認できる範囲の話だ[7]。なぜ銅を選んだのかは、一次資料からは分からない。
リベットが付く場所は、前ポケットの角だけではなかった。リーバイスの説明では、501の背面ポケットは1873年の発売時からリベット留めで、ポケットの上の角のリベットが裂けるのを防いでいた。2つ目の背面ポケットも1901年までに付き、同じくリベットで留められている[5]。つまり、裂けやすい角を金属で守るという考え方が、前後のポケットへ広がったことになる。
その背面のリベットが、のちに別の問題を生んだ。守る側の金属が、守る相手以外のものに当たるようになったからである。
4. うしろの リベットは、なにを きずつけたの?
4. 鞍や座席を傷つける、という苦情
4. 背面ポケットの銅リベットには、どんな苦情が出たのか
うしろの ポケットの 銅の リベットは、ぬのの 外に 出て いました。この かたい 金属が、馬の くらや いす、自動車の シートを きずつける、と いう もんくが 出ました[5]。
ネバダの お客の トム・マンスフィールドさんは、手紙に、「くらにも、今では 自動車の ざせきにも ひどい」と いう 意味の ことを 書いたそうです[5]。
リベットは、ポケットを まもる ために ついたのに、ほかの ものを きずつけて しまう。リーバイスは、どうしたのでしょう。
背面ポケットの銅のリベットは、布の外に出ていました。そのため、馬の鞍や椅子、車のシートを傷つけるという苦情を招いたと、リーバイスは説明しています[5]。
ネバダの客トム・マンスフィールドが書いた手紙も紹介されています。鞍にも、いまや自動車の座席にもひどい、という趣旨の文句です[5]。馬の時代から車の時代へ移るなかで、苦情の相手も変わっていったようすが、この一通から見えてきます。
ポケットを守る金属が、座る場所のほうを傷つける。リベットは「役に立つが、困りものでもある」部品になってしまいました。では、会社は金属をやめたのでしょうか。
背面ポケットのリベットは銅で、布の外に露出していた。リーバイスの説明では、これが馬の鞍、椅子、車のシートを傷つけるという苦情を招いた。ネバダの客トム・マンスフィールドは、鞍にも、いまや自動車の座席にもひどい、という趣旨の手紙を書いている[5]。
この苦情が、鞍から自動車へと、使われる場面の変化に沿って語られている点は興味深い。ただしこれは、リーバイス自身が「リベットの歴史」として紹介する逸話であり、苦情が全体でどれほどの数だったかまでは分からない。
注目したいのは、問題の原因が「リベットが弱い」ことではなく、「リベットが強い」ことだった点である。壊れるのを防ぐ金属が、触れる相手を傷つけた。では、会社は金属のはたらきを捨てたのか、それとも別の方法で残したのか。
5. 「リベットは ちゃんと あります」の ふだ
5. 隠したのに「リベットはちゃんとあります」と知らせた
5. 1937年の隠しリベット ── 耐久性を残して見えなくする
1937年、リーバイスは うしろの ポケットの リベットを、ぬのの うちがわに かくす 作りに かえました。この 作り方は、アメリカの 特許に なりました[6]。
お店には、やじるしで リベットの いちを しめして、「リベットは ちゃんと あります」と 書いた ふだを つけました。かくしても、じょうぶさは のこって いる、と つたえる ためです[6]。
「くらも、自動車も、かぐも きずつけません」と いう お知らせも しました[6]。
1937年、リーバイスは背面ポケットのリベットを、生地の内側に隠す方式に切りかえました。丈夫さは残したまま、外からは見えないようにしたのです。この方法は米国特許第1,999,927号になりました[6]。
お客さんが「リベットがなくなった」と思わないように、店頭には札が付けられました。リベットの位置を矢印で示して、「リベットはちゃんとあります」と書いた札です。さらに、鞍・自動車・家具を傷つけないとも宣伝されました[6]。
見えなくなっても、リベットは働き続けている。そう伝えるために、わざわざ札まで付けたのです。
1937年、リーバイスは背面ポケットのリベットを生地の内側に隠す方式に切りかえ、米国特許第1,999,927号とした。耐久性のためにリベット自体は残し、露出だけをなくした形である[6]。
店頭には、リベットの位置を矢印で示し、「リベットはちゃんとあります(The Rivet's Still There)」と書いた札が付けられ、鞍・自動車・家具を傷つけないことが宣伝された[6]。札の色は資料によって「サーモン」「オレンジ」と食いちがうので、ここでは色には触れない。
札の文面は「リベットはちゃんとある」と、見えなくなった部品の存在を言葉で補っている。傷つける問題は解決したい、しかし丈夫さは手放したくない。その両方を客に伝えようとした工夫として、この札は読める。
6. かくした リベットは、そのあと どうなった?
6. 隠したリベットも、やがて縫いに置きかわった
6. 1966年までの置きかえ ── 金属から糸に戻った背面ポケット
ところが、1966年までには、かくした リベットも デニムを すりへらして、おなじ 「きずつける」 もんだいを おこして いました。そこで リーバイスは、リベットを やめて、「バータック」と いう ぬい方に かえました[6]。
バータックは、今でも つかわれて います。はじめは 糸の かわりに 金ぞくを つかい、さいごは また ぬい方に もどった ことに なります。
これは うしろの ポケットの 話です。前の ポケットの かどの リベットは、のこって いる ものが あります。今は、リベットを おもに かざりと して つける ものも あり、はたらきと して つかう メーカーも、つけない メーカーも あります[7]。
ところが、隠したリベットも、1966年までにはデニムをすり切らして、傷つけるのと同じ問題を起こしたと、リーバイスは説明しています。そこで背面ポケットのリベットをやめて、バータック(かんぬき留め)という縫い方に置きかえました。バータックは今も使われています[6]。
年を数えてみます。背面ポケットのリベットが外に出ていたのは、1873年から1937年までの64年です。隠した方式は、1937年から1966年までの間に縫い方へ置きかわりました。背面ポケットの角は、金属が見えたまま、次に隠され、最後は縫い方で守られるようになりました。
これは背面ポケットの話です。前ポケットの角のリベットは、その後も残りました。今は、リベットを主に飾りの役割で付けたジーンズもあり、機能として使うメーカーも、付けないメーカーもあります[7]。
糸の代わりとして生まれた金属は、苦情を受けて姿を変え、役目も変えながら生き残っています。
ところが、隠したリベットも1966年までにデニムを擦り切って、同じ「傷つける」問題を起こした、とリーバイスは説明する。そのため背面ポケットのリベットをやめ、バータック(かんぬき留め)の縫いに置きかえ、この縫い方は今も使われている[6]。
年数を計算すると、背面ポケットのリベットが露出していたのは1873年から1937年の64年、隠し方式が使われたのは1937年から1966年までの29年以内となる。ただし1966年は「までに」置きかわったという説明なので、29年は上限の見積もりである。
ここで1つ注意が要る。この置きかえは背面ポケットの話で、前ポケットの角のリベットはその後も残る[6]。しかも現在のジーンズでは、リベットが主に装飾の役割を担うものがあり、機能として使うメーカーも、付けないメーカーもある[7]。「すべて飾り」とは言えないが、「どこも同じ理由で付けている」とも言えない。
この流れは、おもしろい往復になっている。糸の限界を金属で補うために生まれたリベットが、金属ゆえに苦情を招き、最後は背面で縫い糸の留め方へ戻った。背面ポケットでは金属から縫いの留め方へ戻り、前ポケットでは機能として残るものも、飾りとして残るものも、付けないものもある。役目は「糸の代わり」から分かれていった、と整理できる。
7. ポケットの かどを、じぶんの 手で ためして みよう
7. ジーンズのポケットを、リベットの目で見てみよう
7. 手もとのジーンズと資料で確かめる
やってみよう。おうちに ある ジーンズを 1本 かりて、ポケットを よく 見て みましょう。
まず、前の ポケットの かどに、金ぞくの つぶが あるか さがします。つぎに、うしろの ポケットの かどを 見ます。金ぞくの つぶが ある ジーンズも、ない ジーンズも あります。ない ときは、かどが 糸で ぬい かためて ないか、よく 見て みましょう。
さいごに、ポケットの 口の りょうはしが、金ぞくで とまって いるか、糸で ぎゅっと ぬって あるか、見くらべます。金属の ふちで ゆびを ひっかけないよう、そっと さわります。
家にあるジーンズを1本(家の人のものを借りて)、次のように見てみましょう。
- 前ポケットの角と背面ポケットの角に、金属のリベットがあるか探します。ある、ない、見えない、の3つに分けて数えてみましょう。
- 背面ポケットの角に金属がなければ、角が糸でしっかり縫い留められていないか(バータックかもしれません)、近くで見て、糸が何度も重ねて留められている部分(バータックと呼ばれます)を探します。
- ポケットの口の両端が、金属の粒で留められているか、糸でしっかり縫われているかを見比べます。金属の縁で指をひっかけないよう、そっと触ります。
気になったら、リーバイスの公式サイトの「The 80-Year Coverup」の記事を読むと、隠された時期の説明が見られます。
しらべた ところ
参考にした情報源
参考にした情報源
出典について:米国特許の文章、米国国立公文書館の記事、リーバイ・ストラウス社の公式な説明、デニムの解説サイトを突き合わせて使った。会社の説明と解説サイトは二次的な資料なので、何に使ったかを各項目の最後に書いている。
- Google Patents「US139121A Improvement in fastening pocket-openings」。 https://patents.google.com/patent/US139121A/en (出願日・成立日・権利者、縫い目が裂ける問題、リベットが糸への負荷を防ぐ説明について)
- 米国国立公文書館 Prologue「Forever in Blue Jeans―and in Court」。 https://prologue.blogs.archives.gov/2010/05/20/forever-in-blue-jeansand-in-court/ (特許の核心、デイビスの証言、馬の毛布のストラップについて)
- Levi Strauss & Co.「The History of Denim」。 https://www.levistrauss.com/2019/07/04/the-history-of-denim/ (リベットを打つ位置の案と、共同特許の持ちかけについて)
- Levi Strauss & Co.「The History of Denim」(our-story)。 https://www.levistrauss.com/our-story/the-history-of-denim/ (1873年の特許を「ブルージーンズの誕生」とする位置づけについて)
- Levi Strauss & Co.「Countdown to 150: 501 Fab Facts」。 https://www.levistrauss.com/2022/10/12/countdown-to-150-501-fab-facts/ (背面ポケットのリベット、2つ目のポケット、鞍や座席への苦情について)
- Levi Strauss & Co.「The 80-Year Coverup」。 https://www.levistrauss.com/2017/07/06/80-year-cover/ (1937年の隠しリベット、札、1966年までのバータックへの置きかえについて)
- Denimhunters「Rivets」。 https://denimhunters.com/rivets-2/ (銅のリベット、68ドルの費用、特許期限後の広がり、現在の装飾の役割について)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。