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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

うまれて 2しゅうかんの あかちゃんが 2さいに なる?

生まれて2週間で2歳になる数え年 ── なぜ「やめよう」と法律で呼びかけたのか

数え年と満年齢 ── 元日に全員が歳をとる数え方と、1949年の「年齢のとなえ方に関する法律」

分野:歴史・文化

12月の なかごろに うまれた あかちゃんが、うまれて 2しゅうかん ちょっとで 「2さい」に なる。むかしの 日本には、そんな 数え方が ありました[1]。

「かぞえどし」と いいます。どうして そんな ことに なるのでしょう。いまの 数え方と、なにが ちがうのでしょう。そして、なぜ 国は 「やめよう」と よびかけたのに、いまも 少し のこって いるのでしょう。その 答えが わかります。

12月半ばに生まれた赤ちゃんが、生まれて2週間ほどで「2歳」になる。かつての日本には、そんな年齢の数え方がありました[1]。数え年です。

誕生日ではなく元日に、全員がいっせいに1つ歳をとる数え方は、なぜ生まれたのでしょうか。1949年、国会では、食糧配給のカロリー計算に数え年が合わないことも、満年齢へ改める理由に挙げられました。国が「やめるよう努めなさい」と法律で呼びかけたのはなぜで、それでも厄年のように今も残っているのはなぜでしょうか。その理由が分かります。

数え年では、生まれた年を1歳とし、正月を迎えるごとに1歳ずつ加える[1]。12月半ばに生まれた子は、約2週間後の1月1日に2歳になる。満年齢の感覚では0歳のままの時期である。

この数え方を、日本は1949年公布の「年齢のとなえ方に関する法律」で改めるよう努めることにした[2]。なぜ国会で問題にされたのか、法律の言葉は「禁止」なのか、なぜ厄年などに今も残るのか。国会会議録などの資料から、その答えが分かる。

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1. 12月に うまれたら、すぐ 2さい?

1. 12月生まれの赤ちゃんは、何歳?

1. 生まれた時が1歳 ── 12月生まれは2週間で2歳

かぞえどしでは、うまれた ときが 1さいです。そして、お正月が くるたびに、みんな いっしょに 1さい ふえます[1]。

12月の 20日ごろに うまれたら、どう なるでしょう。うまれた ときは 1さい。それから 2しゅうかん ほどで 1月1日が きて、もう 2さいです。

いまの 数え方では、この 赤ちゃんは まだ 0さいです。おなじ 赤ちゃんなのに、数え方で 2さいも ちがって しまいます。いまの 数え方は、どこが ちがうのでしょうか。

数え年では、生まれた年を1歳とし、その後は新年を迎えるたびに1歳ずつ増やします[1]。たとえば12月20日に生まれた赤ちゃんは、生まれた時が1歳です。12日後の1月1日には、もう2歳になります。

いまの感覚では、この赤ちゃんはまだ0歳です。同じ赤ちゃんが、数え方しだいで「0歳」にも「2歳」にもなるわけです。では、いまふつうに使っている年齢は、どんな数え方なのでしょうか。

数え年は、生まれた年(生まれた時)を1歳とし、新年を迎えるごとに1歳を加える年齢の数え方である[1]。この方式では、12月20日生まれの子は生まれた時が1歳で、12日後の1月1日に2歳となる。誕生日をむかえるまでは満0歳とされる時期に、数え年では2歳になっているのである(計算は、12月20日から翌1月1日までを12日として数えた)。

年齢が「数」として1つずれるだけでなく、2つずれる場合があるところが、この数え方の特徴だ。ではなぜ、現在ふつうに使う満年齢はこうならないのか。

2. いまの 数え方は、どう ちがうの?

2. 誕生日で歳をとる満年齢は、何がちがうのか

2. 満年齢との差 ── 増える日が「全員同じ」か「人それぞれ」か

いま ふつうに つかって いるのは、まんねんれいです。うまれた 日は 0さいで、たんじょう日が くるたびに 1さいずつ ふえます[1]。

ですから、12月に うまれた 赤ちゃんは、つぎの 12月まで 0さいです。

ちがいは、ふえる 日に あります。かぞえどしは、みんな お正月に ふえます。まんねんれいは、人によって ふえる 日が ちがいます。クラスの 友だちは、たんじょう日が ばらばらだからです。

そもそも、うまれた ときを 「1さい」と するのは、どうしてなのでしょう。

満年齢は、生まれた日を0歳の出発点とし、誕生日を迎えるたびに1歳ずつ増やします[1]。日本の法律上の年齢の数え方も、明治35年(1902年)の法律にもとづく満年齢で、1949年の法律もこの法律を基準にしています[2]。

二つの数え方の大きなちがいは、増える日です。数え年は、全員が同じ元日に歳をとります。満年齢は、誕生日が人によってちがうので、増える日も人ごとにばらばらです。

では、なぜ数え年は生まれた時を「1歳」から始めるのでしょうか。

満年齢は、生まれた日を0歳の起点とし、誕生日を迎えるごとに1歳を加える。数え年との差は、年齢が増える日にある。数え年では全員が元日に一斉に増え、満年齢では各自の誕生日に増える[1]。

日本の法令上の年齢の数え方は、明治35年(1902年)の法律による満年齢で、1949年の法律もこれを基準として引いている[2]。

ここで浮かぶのは、なぜ数え年は生まれた時をすでに1歳とするのか、という疑問だ。

3. どうして 1さいから はじめるの?

3. 生まれた時に「1歳」なのは、なぜ?

3. 「生まれた時が1歳」の理由 ── 俗説はあるが、確定した由来ではない

りゆうは、はっきり わかって いません。よく いわれる 話が 2つ あります[5]。

1つめは、おかあさんの おなかの 中に いた あいだも 大事な 時間だと 考える 話です。もう 1つは、お正月に 年神さまから 年れいを もらう、という 考え方です。

どちらも「そう いわれて いる」と いう 話で、本当の 理由と きまった わけでは ありません。うまれる 前から 1つの いのちと 見る 考え方から うまれたのかも しれません。

こうした 数え方を、どうして 国は やめようと したのでしょうか。

生まれた時を1歳とする理由は、はっきりしていません。俗にいわれる説が2つあります[5]。1つは、おなかの中にいた期間を0歳とみなして、生まれた時にはすでに1年ぶん生きたと数える説です。もう1つは、正月に年神様から歳をもらうという考え方から、全員が元日に歳をとる、とする説です。

ただ、どちらも学術的に確定した由来ではなく、「そういわれている」という段階です。生まれる前から1つの命として見る考え方が、数え年にこめられているのかもしれません。

そんな数え方を、国は1949年に「やめるよう努めよう」と呼びかけました。何が問題とされたのでしょうか。

生まれた時を1歳とする理由については、母胎にいる期間を0歳とみなす考えや、正月に年神様から歳をもらうという考え方が俗に語られる[5]。しかし、いずれも学術的に確定した由来ではなく、出典も一般向けの解説にとどまる。「いわれている」以上のことは、本稿の材料からは言えない。

由来がどうであれ、数え年は暮らしの中で長く使われた。その数え方に、1949年、国会が「改めるよう努める」という方向を出す。理由は何と説明されたのか。

4. 1949ねん、国会で どんな 話を したの?

4. 1949年、国会は何を問題にしたのか

4. 1949年5月12日の参議院本会議 ── 挙げられた理由

1949ねんの 5月12日、国会の さんぎいんで、数え年を やめて まんねんれいに しようと いう あたらしい きまりが 話されました[3]。

はなしに あがった 理由は、おもに 3つです。

1つめ。数え年は、人の 年の すがたを 正しく あらわして いない。2つめ。食べものを くばる とき、年れいに あわせて カロリーを 細かく 計算するのに、数え年では 合わない。3つめ。外国は まんねんれいを つかって いるので、外国との つきあいに こまる。

ところで、この ほうりつは 「数え年を つかっては いけません」と いう ものだったのでしょうか。

1949年5月12日、参議院本会議で、田中耕太郎文部委員長が、法案の提案理由を説明しました。数え年による年齢計算をやめ、明治35年の法律にもとづく満年齢に改める案についてです[3]。

挙げられた理由は3つです。数え年は年齢の実際の姿を正しく示さないこと。当時の食糧配給が、年齢に応じた厳密なカロリー計算を求めていて、数え年では合わないこと。そして、諸外国や国際統計は満年齢を使っているので、国際的な交流に支障が出ること、です[3]。

戦後の暮らしと外国とのつきあいが、数え方をそろえる理由になっていました。では、その法律は数え年を禁止したのでしょうか。

1949年5月12日の参議院本会議で、田中耕太郎文部委員長は、数え年による年齢計算を廃止し、明治35年の法律による満計算に改める法律案を報告した。会議録によれば、理由は3点ある。第一に、数え年は年齢の現実の姿を正しく示さない。第二に、当時の食糧配給が求める厳密なカロリー計算に合わない。第三に、満年齢を使う諸外国や国際統計と合わず、国際交流に支障がある[3]。

この3点を並べると、日常の感覚(実際の年齢に合わない)、当時の制度(配給の計算)、対外関係(国際統計)という、性質の異なる理由が重なっていたことがわかる。

なお、山本有三議員が制定の趣旨として、国民の気持ちを明るくする「若返り」を挙げた、という説明がWikipediaにある[6]。ただしこれは二次資料の記述で、会議録の原文では確認できていないため、本稿では確かなこととしては扱わない。

では、この法律案は数え年を禁止したのか。条文の言葉を見る。

5. 「やめなさい」では なく 「やめるように がんばろう」?

5. 「禁止」ではなく「努めなさい」という法律

5. 努力規定という書き方 ── 1949年5月24日公布・1950年1月1日施行

この ほうりつの 名前は 「年れいの となえ方に かんする ほうりつ」です。1949ねんの 5月24日に 発表され、1950ねんの 1月1日から 使われ はじめました[2]。

ここには 「数え年で 言う むかしからの やり方を あらためるように、がんばりましょう」と いう 意味の ことが 書かれて います。「つかっては いけない」とは 書かれて いません。ばつも ありません。

国の 役所が 年れいを 言う ときは、年か 月の 数で 言います。どうしても 数え年に する ときは、そう わかるように 書きます。

だから、いまでも 数え年を 使う 場面が のこって います。どんな 場面でしょう。

「年齢のとなえ方に関する法律」(昭和24年法律第96号)は、1949年5月24日に公布され、1950年1月1日に施行されました[2]。

国民には、年齢を数え年で言い表す従来の習わしを改めるよう努めることを求めています。「努めなければならない」という言い方で、罰則のある禁止ではありません。国や地方公共団体の機関が年齢を言い表すときは、年数または月数で表し、数えでやむを得ない場合はその旨を明示するとされています[2]。政府には、この趣旨を国民に知らせる指導も求められました。

この法律は、国民に改めるよう努めることを求め、政府に周知を求める形でした。だから、数え年は暮らしの中に残り続けました。とくに知られているのが、厄年です。

「年齢のとなえ方に関する法律」(昭和24年法律第96号)は、1949年5月24日に公布、1950年1月1日に施行された。国民に対しては、年齢を数え年で言い表す従来の習わしを改めるよう「努めなければならない」と定め、満年齢(明治35年の法律による年数)で言い表すよう求める[2]。これは努力規定で、義務ではなく、罰則もない。「数え年の禁止」と説明するのは正確ではない。

この法律は国や地方公共団体の機関にも触れている。その機関が年齢を言い表すときは年数または月数によるものとし、数えでやむを得ない場合はその旨を明示するとされる。国民には努力を、政府には周知のための指導を求める、という役割の分け方である[2]。

ここで注目したいのは、法律が数え年の習わしを改めるよう国民に求める、努力規定の形をとった点だ。そのため慣習が残る余地があり、実際に今も使われているのが厄年である。ただし、条文は要約でしか確認しておらず、正確な文言は原文で確かめる必要がある。

6. いまも かぞえどしが 出て くるのは どこ?

6. 今も数え年が出てくる場面 ── 厄年

6. 厄年に残る数え年 ── 前厄・本厄・後厄の3年

いまでも 数え年が 出て くる 場面が あります。「やくどし」です。

やくどしは、気を つけたほうが よいと いわれる 年です。神社や おてらでは、この 年に おいのりを うける 人が います[4]。

この やくどしの 年れいを 数える ときに、いまも かぞえどしが つかわれるのが ふつうです。ですから、いまの 年れいより 1つか 2つ 多い 年れいで 「やくどしだよ」と 言われる ことも あります。ただし、年れいは 神社や 地いきに よって ちがう ことが あります。

むかしの 数え方が、こんな ところに いきて います。

厄年は、数え年で数えるのが一般的です。女性は19・33・37歳、男性は25・42・61歳などが知られ、前厄・本厄・後厄の3年間に気をつけるとされます[4]。社寺では、今も厄除けや厄祓いの祈祷を受ける人がいます。

この数え方でいくと、たとえば元日を過ぎて誕生日をまだ迎えていない人は、満年齢に2を足した年齢が数え年です。誕生日を過ぎた人は、1を足した年齢になります。厄年の年齢や数え方は、社寺や地域によってちがうこともあります。

法律が呼びかけても、暮らしの節目に結びついた数え方は、なくならずに残りました。数え年は、元日に全員が歳を重ねる数え方です。

厄年は、数え年で数えるのが一般的である。女性の19・33・37歳、男性の25・42・61歳などが知られ、前厄・本厄・後厄の3年間に注意する、とされる[4]。今も社寺では、厄除けや厄祓いの祈祷を受ける人がいる。ただし、年齢や数え方は社寺・地域によって異なる場合がある。

換算の目安は、元日を過ぎたあとについて、誕生日前なら満年齢+2、誕生日後なら満年齢+1である。12月生まれの子が生まれて2週間で数え年2歳になる例は、この換算式の極端な場合にあたる(満0歳+2)。

法律が「改めるよう努める」にとどめたことと、厄年のように行事や信仰と結びついた数え方が残ったことは、つながっている。制度が変えたのは公的な年齢の言い表し方であり、暮らしの節目の数え方までは一律に変えなかった。数え年は元日に全員が歳を重ねる別の数え方だと理解すれば、この共存は自然に見える。

7. じぶんでも たしかめて みたく なったら

7. 自分でも調べてみたくなったら

7. 自分でも調べてみたくなったら

じぶんの かぞえどしを 計算して みましょう。まんねんれいに 1を たします。まんねんれいは、たんじょう日で ふえる、いまの 年れいの ことです。ただし、その 年の お正月から たんじょう日の 前の 日までの 人は、1では なくて 2を たします。

来年の 1月1日が きたら、じぶんは 何さいに なるのでしょう。かぞえどしで 考えて みてください。

おうちの 人に、「かぞえどしを 使った ことは ある?」と 聞いて みるのも おもしろいです。むかしの 話が 聞けるかも しれません。

自分の数え年を計算してみましょう。誕生日を過ぎた人は、満年齢に1を足します。その年の元日から誕生日の前日までの人は、満年齢に2を足します。来年の元日には、自分は数え年で何歳になるでしょうか。

もう1つ。家族に「数え年で年齢を言われたことはある?」と聞いてみてください。七五三や厄年など、数え年が出てくる行事を思い出してもらえるかもしれません。

国会会議録検索システムでは、1949年5月12日の参議院本会議の発言を、原文で読めます[3]。どんな言葉で理由が説明されていたのか、読んでみてください。

一次資料として、国会会議録検索システムで「第5回国会 参議院本会議 昭和24年5月12日 第25号」の田中耕太郎文部委員長の報告[3]が読める。法律の条文は、e-Govで「年齢のとなえ方に関する法律」と「年齢計算ニ関スル法律」を検索して原文を確かめられる(本稿は条文の一部をWikisourceの要約で確認した[2])。

確かめたいことが残っている。明治6年(1873年)の太政官布告で年齢を年数・月数で数える旨が示されたという記述が、国立天文台の暦Wikiにあるが、本稿の材料では条文を確認できていない。また、満年齢が実際に社会で一般化していった過程も、追えていない。これらを調べる際の入口になる。

数え年は、元日に全員で歳を重ねる数え方だった。では、誕生日に歳をとるという感覚は、いつ、どのように社会に広まったのか。それは、原典にあたって自分で確かめたくなる問いである。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:コトバンク(辞書の記述)、Wikisource(法律の文面)、国会会議録、厄年の解説ページを突き合わせて使った。厄年の年齢や由来の俗説は、一般向け解説にもとづくもので、公的機関の資料では確認していない。12日後・約2週間などの日数は、日付から本稿の筆者が計算した。

  1. コトバンク「数え年」(デジタル大辞泉ほか). https://kotobank.jp/word/%E6%95%B0%E3%81%88%E5%B9%B4-463120 (数え年・満年齢の定義)
  2. Wikisource「年齢のとなえ方に関する法律」. https://ja.wikisource.org/wiki/年齢のとなえ方に関する法律 (1949年の法律の内容・公布と施行)
  3. 国会会議録 参議院本会議 昭和24年5月12日 第25号. https://kokkai.ndl.go.jp/txt/100515254X02519490512/43 (法律案に挙げられた理由)
  4. 神道稲荷「厄年」の解説. https://shintoinari.org/?p=1081 (厄年が数え年で数えられること)
  5. All About「数え年」の解説. https://allabout.co.jp/gm/gc/476898 (生まれた時を1歳とする理由の俗説)
  6. Wikipedia「年齢のとなえ方に関する法律」. https://ja.wikipedia.org/wiki/年齢のとなえ方に関する法律 (趣旨説明で挙げられたとされる理由。二次資料)

なおした ところ

更新履歴

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