1. タイヤの 糸を さがして、なぜ にごった えきが できたの?
1. タイヤ用の糸を探していて、なぜ濁った液ができたのか
1. タイヤ用の繊維の探索と、1965年の濁った溶液
1964ねん、アメリカの デュポンと いう 会社では、タイヤに つかえる 軽くて じょうぶな 糸を さがして いました。ガソリンが たりなく なるかも しれないと かんがえて いたからです。そこの チームに、クオレクと いう 化学者が いました[1]。
1965ねん、クオレクは ある ざいりょうを とかして、えきを つくりました。ところが できた えきは にごって いて、水の ように さらさら。ふつうは すてて しまいがちな えきでした[2]。
すてるか、とって おくか。この えきが、このあと 大きな 話に なります。
1964年、アメリカのデュポン社は、ガソリンが不足するかもしれないと考えていました。車の燃料を節約するには、車を軽くすればよく、タイヤにも軽くて丈夫な繊維が使えるはずです。そこで研究チームが、新しい繊維を探していました。ステファニー・クオレクは、そのチームにいた化学者です[1]。
翌1965年、クオレクがつくった溶液は、いつもと様子がちがいました。濁っていて、水のようにさらさらしていたのです。ふつうの高分子の溶液はもっとどろりとしていて、こういう液は捨てられがちだったといわれます[2]。
タイヤの糸を探していたのに、目の前にあるのは濁った水のような液です。この液を、糸にできるのでしょうか。
1964年、デュポン社はガソリン不足の可能性を見すえ、燃費を上げるために軽くて丈夫なタイヤ用の繊維を探していた。ステファニー・クオレク(資料により読みは「クウォレク」とも)は、その研究チームの化学者だった[1]。ねらいは最初からタイヤにあり、防弾ベストではない。この点は、あとの章で効いてくる。
翌1965年、クオレクがつくった高分子の溶液は、通常のものとは様子が異なっていた。濁っていて、水のようにさらさらしていたのである。ふつうの高分子溶液は粘り気が強く、このような液は捨てられがちだったと伝えられる[2]。
では、その液を捨てずに、どうやって確かめたのか。次の章は、ここで起きた小さな押し問答から始まる。
2. 「つむげない」と いわれた えきを、どう つよい 糸に したの?
2. 「紡げない」と言われた液は、糸になったのか
2. 紡糸の試みと技術者の拒否 ── 糸は切れず、強かった
クオレクは、この えきを 糸に して みたいと おもいました。糸に する 人は、ぎじゅつしゃです。えきを 小さな あなから おしだして 糸に する きかいを つかいます。
ぎじゅつしゃは いいました。「この えきは さらさらすぎる。にごって いるから、つぶも まざって いそうだ。つむげないよ」。クオレクは ねばって たのみ、とうとう きかいに かけて もらいました[1]。
でてきた 糸は、きれませんでした。しかも とても 強かったのです[1]。
クオレクがこの液を糸にしてほしいと頼むと、担当の技術者は断りました。紡糸口金は、液を細い穴から押し出して糸にする装置です。技術者の言い分は、液がさらさらしすぎていて、濁っているのは粒が混ざっているからかもしれず、これでは紡げない、というものでした[1]。
見た目がふつうの液とちがううえに、粒が混ざっているかもしれない。断られたのは、無理もない心配でした。それでもクオレクは頼みつづけ、ようやく液は装置にかけられました[1]。
出てきた糸は切れず、とても強いものでした[1]。濁った液から、糸ができたのです。この液には、糸づくりのじゃまになる粒は混ざっていなかったようです。ふつうの液とはちがう何かが、あるのかもしれません。
クオレクは、この液を紡糸したいと担当の技術者に頼んだ。紡糸口金とは、液を細い穴から押し出して糸にする装置である。技術者は拒んだ。液がさらさらしすぎていること、濁りは粒子が混ざっているためかもしれない、というのが理由だった[1]。ふつうの液とちがう見た目からすれば、無理もない判断である。
それでもクオレクは説得し、液は装置にかけられた。結果は、糸が切れず、強度も高いというものだった[1]。この拒否の場面は、クオレク本人の語りを伝えるPBSの番組が中心の話で、言い回しの細部は本人の記憶にもとづく。
ここで問いが残る。濁っていた液は、粒が混ざっていたのではなかったとすると、何だったのか。そして、なぜその液から強い糸ができたのか。
3. にごった えきは、なぜ つよい 糸に なったの?
3. 棒のような分子がそろうと、糸は強くなる
3. 液晶の溶液と分子の配向 ── なぜ強いのか
にごった えきは、液晶という じょうたいの えきでした。ぼうの かたちの ぶんしが、むきを そろえて ならんで いる えきです[3]。
これを 糸に すると、ぶんしが 糸の むきに そろって ならびます。えんぴつを 同じ むきに たばねると、バラバラに つめた ときより、がっちり するのと にて います。ただし ほんとうの ぶんしは、えんぴつより ずっと ふくざつです[3]。
この ぶんしは、かたい ぼうの ような かたちで、ぶんし どうしが つよく ひっぱり あって います。それも、つよさの りゆうの 1つと いわれます[5]。
濁った液の正体は、液晶でした。液晶とは、棒のような形の分子が、向きをそろえて並んでいる状態です。液晶の溶液は、ほかの人の目には疑わしく見えたようですが、粘り強く試した結果、糸になると、分子が糸の方向にそろって並ぶことが分かりました[3]。
鉛筆を同じ向きにそろえて束ねると、バラバラに入れたときよりも、引っぱったときに頼りになります。分子の向きがそろった糸も、引っぱる力に強くなると考えられています。ただし、分子は鉛筆よりずっと複雑なので、あくまで目安のたとえです。
この糸の分子は、ベンゼン環という輪がアミド結合でつながった、硬い棒のような形をしています。さらに、鎖と鎖のあいだには水素結合など、分子どうしの引き合う力もはたらき、それも引っぱりに強い理由の一つと説明されます[5]。強さの理由は1つではなく、並び方と、分子そのものの形が重なっているようです。
濁った液の正体は液晶だった。クオレクは、液晶をもつ溶液をつくり、多くの人が疑いの目で見る中で粘り強く紡糸した。その結果、できた繊維では分子が互いに平行に、つまり糸の方向にそろって並んでいた[3]。液晶の溶液では棒状の分子が液の中ですでに向きをそろえているため、細い穴から押し出す流れのなかで、そのまま糸の方向に並びやすい、と考えられる。
分子そのものにも理由がある。この繊維の分子は、ベンゼン環(芳香族)がアミド結合でつながった硬い棒状で、鎖どうしがカルボニル基とNHの部分で水素結合を作る。そのため、引っぱる力を鎖全体で受けとめやすく、引っぱりに強いとされる[5]。ただしこの説明は百科事典系の資料に基づくもので、強さの理由が配向と水素結合のどちらにどれだけあるかを分けて測った資料までは使っていない。理由の一つ、として読むのがよい。
強いことは分かった。では、その強さを、よく聞く「鋼鉄の5倍」という言い方で語ってよいのか。
4. 「てつの 5ばい」は、なにと くらべた はなし?
4. 「鉄の5倍」は、何を同じにして比べているのか
4. 「鋼鉄の約5倍」の読み方 ── 同じ重さあたりの引っぱり強さ
この 糸は 「てつの 5ばい つよい」と よく いわれます。でも この 言い方は、そのままでは ちょっと ちがいます[4]。
くらべて いるのは、同じ 重さの てつと この 糸です。同じ 太さに した とき、でも、5ばい かたい と いう ことでも ありません[4]。
軽くて つよい。だから タイヤの 糸の ためにも ぴったりだと かんがえられました。でも、この 糸を ベストに しようと した 人は、べつの 人でした。
この繊維は「鋼鉄の5倍強い」とよくいわれます。日本語の辞書サイトには、同じ重さの鋼鉄と比べて約5倍の強度がある、と紹介されています[4]。
ここで大事なのは、「同じ重さで」という条件です。重さあたりの引っぱり強さを比べた値であり、同じ太さにしたら5倍、という意味ではありません。「5倍硬い」という意味でもありません。重さで比べる以上、軽い繊維は有利になりやすい比べ方です。
この条件を落とすと、「鋼鉄の5倍」は誤解のもとになります。同じ重さで強いなら、軽さを大切にするタイヤの糸に向いているはずです。ところが、この糸を警察官の防弾ベストに、と考えたのは、糸をつくった人たちとは別の研究者でした。
「鋼鉄の5倍」は広く流布した表現だが、日本語の資料では、同じ重さの鋼鉄と比べて約5倍の強度、と条件つきで書かれている[4]。つまり、同じ重さあたりの引っぱり強さ(比強度とよばれる)の比較である。重さをそろえて比べる以上、軽い繊維は強さを大きく見せやすい比べ方になる。
誤読は2通り起きやすい。同じ太さで5倍の強さ、と読むこと。また、5倍硬い、と読むこと。どちらも資料の範囲を超える。しかも約5倍という数字は、ウェブ上の百科事典系の資料に基づいており、製品の種類や測り方で値が変わりうる点は残る。数字は、およその目安として扱いたい。
軽さが決め手ならタイヤ用として優れるのは理解できる。しかし防弾ベストの発想は、タイヤ用の繊維を探していた人からではなく、別の方向から現れた。
5. だれが、どう して ベストの アイデアを おもいついたの?
5. 防弾ベストを思いついたのは、糸をつくった人ではなかった
5. 米政府の研究機関の化学者の着想 ── 電話帳の実験
1960ねんだいの おわりごろ、アメリカの陸軍は、ナイロンの かわりに この 糸が つかえないかと しらべて いました。ナイロンは、ベストなどに つかわれて いた 糸です[6]。
そして 1970ねんだいの はじめごろ、アメリカの 国の 研究きかんに いた 化学者の シュービンが、「これで、たまを とめる ベストが つくれる」と かんがえました。
シュービンは、おりたたんだ ぬのを ぶあつい 電話ちょうに はって、ピストルで うちました。すると、たまは はね返りました[6]。
1960年代の後半、アメリカ陸軍は、この繊維を軍用の防弾胴着(フラックジャケット)に使われていたナイロンの代わりにできないか、評価していました[6]。
そして1970年代の初めごろ、アメリカ司法省の研究機関(NILECJ、のちのNIJ)の化学者レスター・シュービンが、この繊維で防弾ベストが作れると考えました。折りたたんだ布を電話帳に貼り、.38口径の銃で撃つと、弾ははね返ったといいます[6]。厚い電話帳に布を貼って撃つ、という手軽な試し方でした。
こうして、タイヤのための糸は、警察を守る道具の候補になりました。ただし、布1枚で弾が止まったからといって、すぐベストにはなりません。人が着て、動いて、毎日使えるものにする作業が残っています。
この繊維のベスト化は、発明者の手から直接生まれたのではない。1960年代後半には、米陸軍が防弾の胴着(フラックジャケット)に使うナイロンの代替になるかどうかを評価していた[6]。ところが、警察用のベストを思い描いたのは、別の組織の化学者だった。
1970年代の初めごろ、米司法省の研究機関NILECJ(のちのNIJ)の化学者レスター・シュービン(Shubin。読みは日本語資料が乏しく、片仮名は仮の表記)は、この繊維でベストが作れるのではないかと考えた。折りたたんだ布を電話帳に貼り、.38口径の弾を撃つと、弾が跳ね返ったと本人の回想が伝えられる[6]。
これは、1回の簡単な実験にすぎない。繊維のしなやかさを残したまま、人が着る形にまとめ、警察官の動きを妨げない形で量産するには、材料や縫い方の設計を改め、実際の警察で試す必要がある。では、その試験はどう進んだのか。
6. ベストは、けいさつで どう ためされたの?
6. 研究費、基準、実地試験 ── 布のひらめきがベストになる過程
6. NILECJの研究支援と性能基準、1975年からの実地試験
アメリカの 国の きかんは、1971ねんから 76ねんの あいだに、300万ドル いじょうの おかねを、この ベストの けんきゅうに だしました。1972ねんには、けいさつ ようの ベストの さいしょの きじゅんも できました[7]。
そして 1975ねんの なつからは、いくつもの まちの けいさつで、じっさいに きて ためす しけんが はじまりました[8]。
この しけんの 1ねんで、ベストを きて いて たすかった 人が 18人 いたと つたえられます[8]。
ベストにするには、研究の後押しが必要でした。1971年から1976年にかけて、NILECJはこの繊維を使った防弾ベストの開発に、300万ドル以上を出しました。警察用の防弾装備の最初の性能基準は、1972年に公表されています[7]。
NIJは陸軍と組んで、1970年代の初めから、この繊維を織った軽いベストの開発を進めました[8]。そして1975年の夏から、いくつもの都市の警察に試作のベストを着てもらう実地試験が始まったとされます[8]。
試験の1年間で、ベストを着ていて助かった警察官は、最初の1人を含めて18人でした[8]。最初にベストに救われた警察官は、1975年12月23日のシアトルでの事例でした。NIJの資料は、その警察官をレイモンド・ジョンソンと記しています。研究室の電話帳の実験が、実際の現場で役に立つ、と分かった一年でした。
電話帳の実験を、装備にするまでには、お金と基準が必要だった。OJPの資料によれば、NILECJは1971年から1976年にかけて、この繊維による防弾ベストの開発に300万ドル以上を配分し、警察用防弾装備の最初の性能基準を1972年に公表した[7]。基準があることで、メーカーも警察も、「どこまで止められれば合格か」を共通の言葉で語れるようになる。
NIJは陸軍と協力し、1970年代初めから、この繊維を織った軽量ベストの開発を進めた[8]。1975年夏からは、複数の都市の警察で実地試験が始まった(都市や着数の数字は資料により伝わり方が分かれるので、ここでは使わない)[8]。
1年間の試験で、ベストを着ていて助かった警察官は、最初のシアトルの警察官(1975年12月23日、レイモンド・ジョンソン)を含めて18人と、NIJは述べる[8]。のちにNIJは、基準に合う防弾装備のおかげで、少なくとも3,000人の警察官が助かったと報告している[8]。この数字は、基準づくりと試験を重ねた結果として現れた規模である。
7. この 糸は、ほかにも どこで つかわれて いるの?
7. 防弾ベストのほかにも、約200の用途へ
7. 商品名ケブラーと用途の広がり ── 「約200」と民間の動き
この 糸は、「ケブラー」と いう しょうひんめいで しられます。もとは「ファイバーB」と よばれて いました[5]。
いまでは、ベストの ほかにも、ひこうき、ふね、ロープ、じてんしゃの タイヤなど、200ぐらいの ところで つかわれて いると いわれます[5]。
タイヤの ために さがした 糸が、いろいろな ものに ひろがって いったのです。
この繊維は、「ケブラー」という商品名で知られます。もとは「ファイバーB」と呼ばれていました。商品名として使われはじめた時期は、1970年代の初めごろとされますが、資料によって年が分かれます[5]。
用途は防弾ベストにとどまらず、飛行機、船、ロープ、ケーブル、自転車のタイヤなど、約200にのぼるといわれます[5]。もとのねらいだったタイヤにも、形を変えて戻ってきた、とも読めます。
捨てられがちだった液が、紡いでもらえたから、この広がりが生まれました。もし技術者が頼みを断り続けていたら、どうだったでしょうか。
商品名としてのケブラーは、1970年代初めごろ(資料により1971年とも1973年とも)に使われはじめ、もとは「ファイバーB」と呼ばれた[5]。年は食いちがうので、ここでは「1970年代初め」にとどめる。
用途は、防護用のベストのほか、船、飛行機、ロープ、ケーブル、自転車のタイヤなど約200とされる[5]。民間でも、リチャード・デイビスが1970年代の初めにナイロンでベストをつくり、のちにこの繊維を使うようになったと、軍事系の記事に書かれている。ただし、その記事は一般向けの読みものなので、年や細部は断定せず、「そういう記事がある」と受けとっておく。
タイヤのための探索が、まったく別の分野で大きく役立った。この「ねらいと結果がずれる」経緯を、今の私たちはどう受けとめるのか。次の章は、その手がかりを探す。
8. おうちで、じょうぶな せんいの なまえを さがして みよう
8. 服や道具のタグで、丈夫な繊維の名前を探す
8. 身近な繊維の表示を読む ── 次の問いと資料
おうちの くつや かばんに ついている タグ、ふくの タグを みて みましょう。ぬのの ざいりょうが かいて あります。「ナイロン」「ポリエステル」など、いろいろな 名まえが ならんで います。
ケブラーが のって いるものは、ふつうの おうちには あまり ないかも しれません。それでも、どんな 糸が どんな ものに つかわれて いるかを みると、「つよい 糸」と 「やわらかい 糸」が あると わかります。はさみや 火は つかいません。
さがす ときは、おとなの 人と いっしょに。ふくの タグを よく みて、メモに かきましょう。
服やかばんの内側にあるタグを見てみましょう。素材の名前と割合が書いてあります。ナイロン、ポリエステル、綿など、同じ「糸」でも名前が並びます。自転車に乗る人なら、タイヤの素材の説明も見られるかもしれません。ケブラーが見つかることは多くないでしょうが、ない場合も、ふだん着ている服がどの繊維でできているかを知る機会になります。
この記事では、タイヤ用に探した糸がベストになる、「ねらいとちがう使い道」に出会う話を読みました。もう一つ気になるのは、「ふつうなら捨てる液」を、なぜ紡いでみようと考えたのか、です。今回使った資料では、クオレク本人の語りがその手がかりです[1]。
鉄の約5倍という数字を、同じ重さの比較として自分の言葉で説明できるか、試してみるのもよい問いです。
身近な表示を読むと、この話は日常につながる。衣類のタグには繊維の種類が書かれている。この繊維の用途にはロープや自転車のタイヤも挙げられている[5]。身近なところでこの名前が見つかるかどうかは分からないが、探す過程で、繊維の名前が何を表すのかに気づく。
資料としては、次の3つが読みどころになる。①PBSの番組[1]は、クオレク本人が語る場面で、濁った液を紡いでもらう押し問答が分かる。②Science History Instituteの伝記[2]とLemelson-MITの紹介[3]は、液晶と糸の関係を短く述べる。③NIJとOJPの資料[7][8]は、基準と試験の経緯を数字で示す。いずれも英語の資料なので、読むには翻訳の助けが要る。
問いとして残るのは、日本の企業や警察でこの種の繊維がどう使われてきたかである。今回の資料では日本の事例を扱っていないので、国内の一次資料を探す価値がある。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:PBSの番組、伝記、大学の紹介ページ、公的機関(アメリカ司法省・NIJ)の資料、雑誌記事、百科事典系の資料を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- PBS NewsHour「The life and achievements of chemist Stephanie Kwolek, inventor of Kevlar」。https://www.pbs.org/newshour/show/the-life-and-achievements-of-chemist-stephanie-kwolek-inventor-of-kevlar (タイヤ用の繊維の探索、濁った液を紡いでもらった場面について。本人の語り)
- Science History Institute「Stephanie L. Kwolek」。https://www.sciencehistory.org/education/scientific-biographies/stephanie-l-kwolek/ (1965年の濁った液と、鋼鉄より強い繊維の発見について)
- Lemelson-MIT「Stephanie Kwolek」。https://lemelson.mit.edu/award-winners/stephanie-kwolek (液晶の溶液と、糸の中で分子がそろうことについて)
- Weblio辞書「Kevlar」。https://www.weblio.jp/content/Kevlar (同じ重さの鋼鉄と比べた強さについて。辞書サイト)
- Wikipedia「Kevlar」。https://en.wikipedia.org/wiki/Kevlar (分子の形、水素結合、約200の用途について。百科事典系の資料)
- MIT Technology Review「Life Vest」(2005年)。https://www.technologyreview.com/2005/02/01/231664/life-vest/ (陸軍の評価とシュービンの電話帳の実験について。雑誌記事)
- OJP「Body Armor Programs Keep Officers Safe on the Front Lines」。https://ojp.gov/safe-communities/from-the-vault/ojp-body-armor-programs-keep-officers-safe-front-lines (研究費と最初の性能基準について。アメリカ司法省の資料)
- NIJ「Body Armor Safety Initiative」。https://nij.ojp.gov/topics/articles/body-armor-safety-initiative-protect-and-serve-better (実地試験と、助かった警察官の数について。アメリカ司法省の資料)
なおした ところ
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