1. 年少さんの あさは、どんな ふうに はじまるの?
1. 年少さんの朝は、年中・年長の子の案内から始まる
1. 登園から遊びまで ── ある年少クラスの朝の場面
ある 区の 子育てサイトが、年少さんの 1日を 取材して います。年少さんは 3さいから 4さいの 子たちです[1]。
朝、子どもが 靴を はきかえると、年中さんや 年長さんが 教室まで つれて いって くれます。したくが おわると、ぬりえや ブロック、おままごとで あそびます[4]。
先生が ピアノを ひくと、かたづけの 合図です。おわったら、うたで あさの あいさつを します。
これは 1つの ようちえんの れいで、園に よって 時間も 中身も ちがいます。では、この あそびの 時間は、がっこうの 勉強と どう つながって いるのでしょう。
杉並区の子育てサイトが、ある幼稚園の年少クラスの1日を取材しています。登園した子は自分で靴を履き替え、年中・年長の子が教室まで案内します[4]。
シールを貼り、着替え、荷物を置くと、ぬり絵やブロック、おままごとで遊びます。先生のピアノが鳴ると片付けの合図で、歌で朝のあいさつをします。そのあとにクラス全員でのはさみとのりを使った制作、自由遊び、絵本や紙芝居のあるおかえりの会が続きます[4]。
入園できるのは、満3歳から小学校に上がる前までの子どもです[1]。年少・年中・年長という呼び方は法律の条文にはなく、ふつうの呼び名です。この朝の場面は1つの園の例で、時間も内容も園ごとに違います。
ここまで見ると、ほとんどが遊びです。この遊びの時間を、国はどう位置づけているのでしょうか。
杉並区の子育てサイトの取材記事に、ある幼稚園の年少クラスの1日が載っている。登園した子は自分で靴を履き替え、年中・年長の子が教室まで案内する。朝の支度(シール貼り、着替え、荷物の置き場所)のあとは、ぬり絵、ブロック、おままごとの時間になり、先生のピアノを合図に片付けて、歌で朝のあいさつをする。続いてクラス単位ではさみとのりを使う制作、自由遊び、絵本や紙芝居のおかえりの会が並ぶ[4]。
対象になるのは、満3歳から小学校就学の始期に達するまでの子どもである[1]。年少・年中・年長は条文にない慣用の呼び方だ。また、この場面は1園の取材であり、「どの園でもこう」とは言えない。
注目したいのは、1日の大半が遊びと生活の時間で、国語や算数のような時間割の授業が見当たらないことだ。それでも幼稚園は「学校」とされる。では、法律はこの遊びをどう扱っているのか。
2. あそびが 「学習」だと、だれが きめたの?
2. 遊びを「重要な学習」と呼ぶ、国の決まり
2. 学校教育法第22条と教育要領 ── 遊びが「学習」とされる根拠
日本の 学校教育法という ほうりつは、幼稚園を 「学校」の 1つと して います。小学校や 中学校と おなじ なかまです[1]。
もくてきは、子どもを 育てて、体や 心が のびるのに 合った まわりの ようすを 用意する ことだと 書かれて います[1]。
国の 教育ようりょうには、子どもが 自分から する あそびは、心と 体の 土台を つくる 大切な 学習だと あります[2]。「あそびを 通して 教える」が、中心なのです。
では 先生は、ただ 見て いる だけなのでしょうか。
学校教育法の第22条は、幼稚園を「義務教育およびその後の教育の基礎を培う」学校として定めています。目的は、幼児を保育し、健やかな成長のために適当な環境を与えて、心身の発達を助けることです[1]。
国の幼稚園教育要領はさらに具体的です。子どもが自分から始める遊びは、心身の調和のとれた発達の基礎を培う重要な学習であると考え、遊びを通しての指導を中心に、ねらいが総合的に達成されるようにする、としています[2]。
ここでいう「学習」は、机に座って教わることだけを指していません。子どもが自分から動く遊びそのものを、学びの場として数えているのです。この説明は、文部科学省の公開ページ(平成20年版)にある文言によっています。
そうなると、遊びを学習にする仕事は、先生に任されることになります。先生は何をしているのでしょうか。
学校教育法第22条は、幼稚園を、義務教育およびその後の教育の基礎を培うものとして、幼児を保育し、健やかな成長のために適当な環境を与えて心身の発達を助長する学校と定める[1]。目的の文に「教える」という動詞は出てこない。保育し、環境を与えて、発達を助長する、という書き方である。
これを受けて、幼稚園教育要領は、幼児の自発的な活動としての遊びを、心身の調和のとれた発達の基礎を培う重要な学習と位置づける。そして、遊びを通しての指導を中心に、第2章のねらいが総合的に達成されるようにするとしている[2]。ここでの「総合的」は、ひとつの遊びの中に複数の育ちが重なって現れる、という見方である。
ただし、読むときの注意が二つある。第一に、確認できた本文は平成20年版のページで、現行(平成29年告示)の要領の文言は別に確かめる必要がある。第二に、遊べば自動的に学習になるとは書かれていない。どう整えるかが問われる。次の章は、その役を担う教師の仕事である。
3. 先生は、あそびの そばで なにを して いるの?
3. 先生の仕事は「教える」より「環境を整える」こと
3. 教師の役割 ── 子どもの行動を予想し、環境を構成する
教育ようりょうは、ようちえんの 教育は「まわりの ようす」を 通して するものだと 書いて います[2]。先生は、子どもが 何を したがるかを 考えて、どうぐや 場所を 前もって 用意します。
たとえば ブロックや ぬりえを おいておく、あそびたく なる ものを 手の とどく ところに おく、という ことです。
さきほどの 年少さんたちは、年中さんや 年長さんから、新しい あそびを 教わる ことが 多いそうです[4]。この 園では、先生だけでなく、子ども どうしでも まなびが 広がって います。
トイレに 行く 時間も、次の 活動へ 気もちを 切りかえる 時間として 使って いる 園が あります[4]。
教育要領は、幼稚園教育は幼児期の特性を踏まえ、環境を通して行うものを基本とするとしています。教師は、子どもの行動を理解し、これからの動きを予想して、計画的に環境を整え、場面に応じてさまざまな役割を果たすとされています[2]。
教科書を開いて説明する先生の姿とは、少し違います。ブロックをどこに置くか、はさみとのりをいつ出すか、そこで子どもが何に気づきそうか。遊びが始まる前に、先生の仕事がすでに始まっています。
杉並区の記事には、年少さんが年長・年中の子から新しい遊びを教わることが多い、とあります。トイレに行く時間を次の活動への切り替えに使っている、という園の工夫も紹介されています[4]。先生が前に立って全部を教えるより、子ども同士の関わりも学びの場として生かされているのです。
では、遊びの中で育つものは、具体的にはどんなことなのでしょうか。
教育要領は、幼稚園教育を、幼児期の特性を踏まえ、環境を通して行うものとする。そのうえで教師は、幼児の行動の理解と予想に基づき、計画的に環境を構成し、場面に応じて様々な役割を果たすとされる[2]。主語は教師だが、動詞は「教える」ではなく「構成する」である。
「予想」に基づく点が大切だ。子どもがその遊びに何を見つけ、どこでつまずくかを先に考えて、素材や場所、時間の区切りを決める。そのため、子どもに見える範囲は自由でも、場は意図をもって作られている。ピアノを合図に片付ける流れや、トイレの時間を切り替えに使う工夫は、その具体例と読める[4]。
一方で、杉並区の取材は1園の記述であり、年少が年中・年長から遊びを教わることが多い、という観察も一般化はできない。それでも、教師の指導だけでなく、子ども同士の関係を育ちの場として位置づける発想は、環境という言葉に含まれていると考えられる。では、その環境で育つものは、何の言葉で整理されているのか。
4. おままごとで、なにが 育つの?
4. おままごとの中に、5つの「育ちの見方」がある
4. 5領域と「育ってほしい姿」 ── 教科ではなく、遊びを見る視点
おままごとを して いる 子は、ごはんを つくる ふりを しながら、友だちと はなしあい、じゅんばんを きめて います。
教育ようりょうは、子どもの 育ちを 5つの 見かたで とらえます。「健康」「人間かんけい」「環境」「言葉」「ひょうげん」です[3]。
たとえば 「環境」には、まわりの ものに 自分から かかわって、見つけた ことを 楽しむ、と あります[3]。
これは じかんわりの 教科では ありません。あそびを 見る 先生の めがねです。ひとつの あそびに、いくつもの 育ちが ふくまれて います。
おままごとでは、役を決める、材料を見立てる、友だちの言葉を聞く、といった動きが同時に起きています。教育要領の第2章は、こうした育ちを5つの領域、つまり健康・人間関係・環境・言葉・表現でとらえます[3]。
たとえば「環境」では、身近な環境に自分から関わり、発見を楽しんだり考えたりして、それを生活に取り入れようとすること。「表現」では、感じたことや考えたことを自分なりに表現して楽しむこと。「健康」では、自分の体を十分に動かし、進んで運動しようとすることです[3]。
大切なのは、領域が時間割の教科ではないことです。国語の時間や算数の時間があるのではなく、遊びや生活の場面を、先生が見る視点として使います。
平成29年告示の要領では、「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」という10項目も示されました。この10項目は、5歳児の後半によく見られるようになる姿を示したもので、すべての子に同じように見られるものとも、到達目標とも違う、とされています[7]。
要領の第2章は、子どもの育ちを5領域(健康・人間関係・環境・言葉・表現)でとらえ、それぞれにねらいと内容を示す。たとえば環境は、身近な環境に自分から関わり、発見を楽しんだり考えたりして、それを生活に取り入れようとすること。表現は、感じたことや考えたことを自分なりに表現して楽しむこと。健康は、自分の体を十分に動かし、進んで運動しようとすることである[3]。
領域は小学校の教科と同じものではない。遊びや生活を見る視点であり、1つの遊びが複数の領域にまたがるのが前提になっている。ままごとの1場面は、人間関係(役を決める)、言葉(やりとりする)、表現(見立てる)に同時に当てはまる。
さらに平成29年3月告示(平成30年4月施行)の要領では、「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」の10項目が示された。健康な心と体、自立心、協同性、道徳性・規範意識の芽生え、社会生活との関わり、思考力の芽生え、自然との関わり・生命尊重、数量や図形・標識や文字などへの関心・感覚、豊かな感性と表現、言葉による伝え合いである。特に5歳児後半に見られるようになる姿で、園は指導の際にこれを考慮するよう求められるが、到達目標ではなく、全ての子に同じように見られるものでもない[7]。ここの10項目名は、県の教育委員会のページなど二次的な資料によっており、引用するときは文部科学省の原文で確かめたい。
5. ようちえんには、1日に なん時間 いるの?
5. 1日の保育は4時間が標準 ── 小学校より短いのはなぜか
5. 「4時間を標準」と「39週を下らない」 ── 数字が示す幼稚園の枠
ようちえんの 1日の 教育の 時間は、4時間が 目やすです[6]。子どもの 体の ようすや きせつに 合わせて、かえて よい ことに なって います。
1年に 学校が ある 週は、とくべつな わけが ない かぎり、39週より 少なく しては いけません[6]。
さきほどの 年少さんの 園では、午前だけの 子は 11時半ごろ、1日いる 子は 午後2時ごろに かえります[4]。
4時間は 「目やす」で、かならず 4時間では ありません。園に よって ちがいます。
1日の教育課程に係る教育時間は、4時間を標準とし、子どもの心身の発達の程度や季節などに配慮する、とされています。毎学年の教育週数は、特別の事情がある場合を除いて39週を下ってはなりません[6]。
ここで気をつけたいのは、4時間が「標準」であって決まった長さではないことと、39週が「下限」であることです。実際の降園時刻は園で違います。杉並区の取材した園では、午前保育の子は11時30分ごろ、1日保育の子は午後2時ごろに帰ります[4]。
小学校の授業のように40分や45分で区切られた時間割ではなく、4時間のあいだに、遊び、片付け、制作、歌、絵本が流れていきます。この数字の理由を書いた資料は、今回の範囲にはありません。
この4時間という数字は、じつは150年近く前の規則にも見つかります。幼稚園の始まりに戻ってみましょう。
教育課程に係る1日の教育時間は4時間を標準とし、幼児の心身の発達の程度や季節などに配慮する。1学年の教育週数は、特別の事情がある場合を除いて39週を下ってはならない[6]。ここで確認できたのは、平成29年告示の基準を引く自治体の園則(堺市立幼稚園園則)であり、同じ内容が要領の平成20年版ページにも見られる。
数字の読み方には条件がある。4時間は「標準」で、固定ではない。39週は「下限」である。実際の降園時刻も、杉並区の取材した園では、午前保育は11時30分ごろ、1日保育は午後2時ごろで、園により異なる[4]。
4時間という長さの理由を直接述べた資料は、今回の範囲にはない。したがって「3歳の集中力に合わせた」といった因果は、ここでは書けない。分かるのは、小学校のように授業ごとに区切る枠ではなく、一定の時間の中で遊びと生活を流す枠として設計されていることまでである。
この「4時間」は、現代の制度に特有の数字ではない。1876年の開園までさかのぼると、同じ長さが見つかる。
6. 日本の さいしょの ようちえんは、いつ できたの?
6. 日本で最初の幼稚園は、1876年に東京で開かれた
6. 1876年の東京女子師範学校附属幼稚園 ── フレーベルを手本にした出発点
日本で さいしょの ようちえんは、1876年(明治9年)の 11月に ひらかれました。「東京女子師範学校」に くっついて できた ようちえんです[5]。いまの お茶の水女子大学の ようちえんの もとに なりました。
ドイツの フレーベルという 人の ようちえんを 手本に して います。ドイツ人の クララ・チーテルマンさんなどが、あそびを 教えました[5]。
さいしょに 入った 子の 多くは、えらい 家の 子どもでした[5]。だれでも 行ける ようちえんは、そのあと すこしずつ 広がりました。
日本で最初の幼稚園は、1876(明治9)年11月に開設された東京女子師範学校附属幼稚園です。現在のお茶の水女子大学附属幼稚園の前身にあたります[5]。
手本になったのは、ドイツのフレーベルが作った幼稚園です。ドイツ人のクララ・チーテルマン(松野クララ)らが保育を指導しました。当時の園児は、上流階級の子女が大部分だったと『学制百年史』は記しています[5]。
開園日は11月16日説と1日説があり、最初の園児数も資料によって食いちがうため、ここでは「1876年11月」までにとどめます。
では、この最初の幼稚園は、どんな毎日だったのでしょう。翌年の規則から読み取れます。
日本で最初の幼稚園は、1876(明治9)年11月に東京女子師範学校の附属として開設された。後のお茶の水女子大学附属幼稚園の前身である[5]。ドイツのフレーベルの幼稚園を模範とし、ドイツ人のクララ・チーテルマン(松野クララ)らが保育を指導した。開園当初の園児は、上流階級の子女が大部分だった[5]。
開園日(11月16日説と1日説)や最初の園児数(50人前後とも75人とも)は資料で食いちがう。そのため年月までしか書けない。資料の数字を拾うときは、出典ごとの違いを残しておく必要がある。
注目したいのは、「上流階級の子女が大部分」という点だ。今の幼稚園は、法律上、満3歳から小学校就学の始期に達するまでの幼児が入園できる学校である[1]。出発点では限られた子どものためのものだったことは、制度が時間をかけて広がったことを示している。各地への広がり方は、今回の資料では扱わない。
では、その最初の幼稚園は、どんな1日を過ごしていたのか。次の章で、翌年の規則を読む。
7. むかしの ようちえんも、4時間 だったの?
7. 1877年の規則にも、1日4時間と書かれている
7. 明治10年の幼稚園規則 ── 4時間と3つの保育科目
明治10年(1877年)の きまりにも、1日の 保育は 4時間と あります[5]。今の 目やすと おなじ 長さです。
ただし 子どもが いる 時間は きせつで かわります。夏の 6月から 9月なかばまでは 午前8時から 正午まで。ほかの 時期は 午前9時から 午後2時まででした[5]。
やる ことは、つみ木で あそぶ、紙を きって かたちを つくる、うたを うたう、体を うごかす、など。むかしも、あそびと うたが いっぱいでした[5]。
今も むかしも、1日4時間の あいだに、あそびと うたが ながれて いきます。
1877(明治10)年7月の幼稚園規則では、保育時間が1日4時間と定められました。園にいる時間は、6月1日から9月15日までが午前8時から正午、9月16日から5月31日までが午前9時から午後2時です[5]。
冬の在園時間は5時間、夏は4時間です。夏は朝が早く始まります。保育科目は物品科・美麗科・知識科の3科で、積み木などの遊び、切り紙、唱歌、体操、遊戯などを含む25の細目からなりました[5]。
切り紙や唱歌、体操は、今の幼稚園の制作や歌、からだを動かす遊びと並べて読めます。4時間という長さも、現代の標準と一致しています。ただし、この規則が4時間を選んだ理由は、手元の資料では分かりません。
150年近く前も今も、4時間のあいだに、遊びと歌と手を動かす制作が混ざり合う。この形は、長く続いてきた幼稚園の骨組みだといえそうです。
1877(明治10)年7月の幼稚園規則は、1日の保育時間を4時間と定めた。在園時間は、6月1日から9月15日までが午前8時から正午、9月16日から5月31日までが午前9時から午後2時である[5]。冬の在園は5時間、夏は4時間で、保育時間の4時間より在園が長い季節もある。この差の理由は資料に書かれていない。
保育科目は物品科・美麗科・知識科の3科で、積み木などの遊び、切り紙、唱歌、体操、遊戯などを含む25の細目から成る[5]。科目の名前は教科らしく見えるが、中身は遊びや歌、手を動かす活動で、今日の5領域のような視点とは分類の仕方が違う。
この規則と現在の標準が、どちらも「4時間」で一致するのは興味深い。しかし、同じ数字が続いていることと、同じ理由で決められたことは別の話である。4時間という数字の根拠を述べた資料は今回の範囲にないため、現代の標準が明治の規則を受け継いだと断定はできない。
確かなのは、遊びと歌と制作を、一定の枠の中で流していく形が、幼稚園の最初期からあったという点である。
8. あそびの 中の 「まなび」を、さがして みよう
8. 遊びの場面に、5つの見方を当ててみる
8. 遊びの場面を5領域で読み直し、一次資料に戻る
おとうとや いもうと、近くの 小さな 子が あそんで いる ところを 見て みましょう。いなければ、小さかった ころの あそびを おもいだして みましょう。ブロックを つむ、おままごとを する、うたを うたう。どれでも かまいません。
その 子は 「友だちと どう 話して いるかな」「何を 見つけて いるかな」と 考えて みます。「健康・人間かんけい・環境・言葉・ひょうげん」の どれが 見えるでしょう。
1つの あそびに、きっと いくつも 見つかります。じぶんが 小さかった ころに した あそびを おもいだして みても、おもしろい です。
文部科学省の ホームページには、教育ようりょうが のって います。大人と いっしょに 読んで みると、ちがう 見かたが 見えて くるかも しれません。
身近に幼稚園に通う子どもがいたら、その子が遊んでいるところを少し離れて見てみましょう。近くに小さな子がいなければ、小さかった頃の遊びを思い出してみましょう。ブロック、おままごと、歌のどれでもかまいません。
「この子は何に気づいたかな」「友だちとどう関わっているかな」と、健康・人間関係・環境・言葉・表現のうち、どの見方が当てはまるかを考えます。1つの遊びに複数の見方が重なって見えてくるはずです。自分が小さかった頃の遊びを思い出して当てはめるのでも構いません。
もう一歩進めたくなったら、文部科学省の幼稚園教育要領を開いてみてください。第2章には、5つの領域のねらいと内容が、短い文で並んでいます[3]。現行の要領と平成20年版の違いを見比べるのも、手がかりになります。
遊びがなぜ学習と呼ばれるのか。この問いは、小学校の授業を見る目も少し変えてくれるかもしれません。
身近な子どもの遊びを1つ選び、5領域のうちどれが当てはまるかを書き出してみる。1つの遊びが複数の領域にまたがることを確かめると、領域が教科ではなく視点であるという説明が実感できる。
ここで使った資料には限りがある。5領域の引用は平成20年版のページによっており、現行(平成29年告示)の要領は文部科学省の公開PDFで文言を確かめたい。10の姿の項目名も二次資料による。杉並区の1日の流れは1園の事例で、園ごとの違いは大きい。
確かめるなら、学校教育法の第22条・第23条・第26条(目的・目標・入園年齢)、幼稚園教育要領の第1章と第2章、文部科学省『学制百年史』の幼稚園の創設の項に当たる。遊びを学習と呼ぶ根拠は、条文と要領の言葉の連なりとして読める[1][2][5]。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の参照番号は、下の資料の順番です。
- 学校教育法(日本法令外国語訳データベース) https://www.japaneselawtranslation.go.jp/ja/laws/view/4573 (幼稚園の目的・入園年齢)
- 文部科学省 幼稚園教育要領 第1章 総則(平成20年版ページ) https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/you/sou.htm (遊びの位置づけ・環境を通して行う教育・教師の役割)
- 文部科学省 幼稚園教育要領 第2章 ねらい及び内容(平成20年版ページ) https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/you/nerai.htm (5領域)
- 杉並区 すぎなみ子育てサイト「幼稚園年少さんの1日を追ってみました」 https://www.city.suginami.tokyo.jp/s053/3612.html (1つの園の1日の例)
- 文部科学省『学制百年史』幼稚園の創設 https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317591.htm (1876年の開園・1877年の規則)
- 堺市立幼稚園園則 https://www.city.sakai.lg.jp/reiki/reiki_honbun/s000RG00000539.html (保育時数・保育週数の基準)
- 滋賀県教育委員会 幼稚園教育要領・10の姿のページ https://www.pref.shiga.lg.jp/edu/school/kakusyu/youzi/104785.html (幼児期の終わりまでに育ってほしい姿)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
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