このサイトは、ほんの入り口です

ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

おはじきは、いつごろから あるの?

おはじきは、いつごろから遊ばれてきたのか ── 貝の時代と、ガラスの時代

おはじきは、いつごろから遊ばれてきたのか ── 中国の弾棋説、江戸のきさご、明治のガラス玉

分野:歴史・文化

えどの じだいの 女の子は、うみで とれる 小さな まきがいの 貝がらを、指で はじいて 取り合って あそびました。いまの おはじきは、ガラスや プラスチックで できて いる ものが 多いです。おはじきは、いつごろから ある あそびなのでしょうか。

答えを いうと、この あそびは えどの じだいには もう ひろまって いました。はじまりは、中国の だんきと いう あそびに さかのぼる と いう 考えが ありますが、その つながりを しめす むかしの きろくは、まだ はっきり しません。

江戸時代の女の子は、海でとれる小さな巻き貝の殻を指ではじいて、取り合って遊びました。いまのおはじきは、ガラスやプラスチックで作られたものが多くなりました。おはじきは、いつごろからある遊びなのでしょうか。

江戸時代には、室内で女の子が遊ぶ遊びとして広まっていたといわれます。起源としては、中国の「だんき」という遊びまでさかのぼる説があります。材料は貝からガラスへ、戦後にはプラスチックへと変わってきました。ただし、弾棋とおはじきを結ぶ資料は、はっきりしていません。

今のおはじきは、ガラスかプラスチックでできたものが多い。しかし江戸時代に女の子が取り合って遊んだ駒は、キサゴという巻き貝の殻だったといわれる。おはじきの歴史は、いつ、どこまでさかのぼれるのか。

遊びの型は江戸時代にはすでに広まっていた。起源として、中国の弾棋に結びつける説があるが、弾棋とおはじきをつなぐ史料は確認できていない。ガラス製の登場は明治期とされるが、その時期は資料によって食いちがう。

読み方を切り替えられます。画面の上にある「よみかた」のボタンで、小学校低学年むけ・小学校高学年むけ・中学生むけの3つの書き方に切り替わります。むずかしいと思ったら、いつでもやさしい方に戻ってください。選んだ読み方はブラウザが覚えているので、次に別の記事を開いたときも同じ読み方で始まります。

1. ちゅうごくの「だんき」が、はじまり?

1. 中国の「だんき」が、起源だといわれる

1. 弾棋 ── 中国から奈良時代の日本へ

おはじきの はじまりは、中国の だんきと いう あそびに さかのぼる と いう 考えが あります。だんきは、ごばんの ような 板の 上で、ごいしを 指で はじいて、あいての 石に あてる あそびでした。

「おはじき」という 名前は、指で「はじく」ことから きたと いわれて います。

ただし、だんきが いつ 生まれたかは、本に よって ちがいます。ある 本は、中国の 500年代の ころに つくられた と 書いて います。べつの 古い 文章には、むかしの こうていの 時代の 話として 出て きます。

日本へは、なら じだいに つたわった と 考えられて います。平安の 時代には、みやこの 中で あそばれて いた と、『源氏物語げんじものがたり』に 書かれて いる と いわれます。

おはじきの起源としてよく挙げられるのが、中国の「だんき」という遊びです。日本語版ウィキペディアの解説でも、碁盤のような台の上で駒を弾いて技を競う遊びだったとされています。

この遊びが、いつ生まれたかは資料によって違います。日本大百科全書は、中国の西魏(535〜557年)に作られたと書きます[1]。いっぽう、中国の古い文章には、前漢の時代の話として、だんきが登場するものもあります[2]。

日本へは奈良時代に伝わったと考えられています。平安時代には宮中で遊ばれていたことが、源氏物語げんじものがたりに記されているといわれます[1]。

おはじきの起源として、日本大百科全書は中国・西魏(535〜557年)に創案された「弾碁」を挙げる。碁盤の上で碁石をはじき、相手の石に当てる遊びである。日本には奈良時代に伝わり、平安時代には弾碁が宮中で遊ばれていたことが『源氏物語』に記されているという[1]。

ただし、中国の文献には前漢の成帝の時代の話として弾棋が登場するものもあり、成立の年代は一つに決まっていない。日本語版ウィキペディア「弾棋」は、漢代から唐代まで遊ばれたと整理している[2]。

2. えどの 女の子の あそびに なった

2. 江戸時代、女の子の遊びとして広まった

2. 江戸時代の「きさごはじき」── 貝の殻で遊ぶ室内遊び

えどの じだいに なると、おはじきは 女の子が 家の 中で あそぶ あそびとして ひろまった と いわれて います。

玉に つかったのは、きさごと いう 小さな まきがいの 貝がらです。だから、「きさごはじき」と よばれた ことも ありました。

江戸時代になると、おはじきは女の子が室内で遊ぶ遊びとして広まったといわれます。材料には、キサゴという小さな巻き貝の貝殻がよく使われ、「きさごはじき」とも呼ばれました[1]。

江戸時代の遊びの場面を直接記した絵や文献は、今回の調べでは見つけられませんでした。広まったという話は、百科事典や解説書による説明です[3]。

江戸時代(1603〜1867年)には、室内で女児が遊ぶ遊びとして広まったといわれる。日本語版ウィキペディア「おはじき」は、この記述を『大衆文化事典』(弘文堂、1991年)に拠っている[3]。材料は、キサゴ(巻き貝の一種)の貝殻が中心で、「きさごはじき」とも呼ばれた[1]。

江戸時代の遊びを直接記録した絵や文献は、この記事の調べでは確認できなかった。遊びの広がりを示す根拠は、後世の百科事典と解説書の記述が中心である。

3. きさごを とりあう あそびかた

3. 「きさご」をはじいて取り合う遊び方

3. きさごはじきの遊び方と勝ち方

あそびかたは こうです。おなじ 数の きさごを 出しあって、その 場に まきます。

親指と 人さし指で きさごを はじいて、ほかの きさごに 当てます。いちばん たくさん 取った 人が かちに なります。

遊び方は、まず同じ数のキサゴを出し合い、その場にまきます。親指と人差し指で一つずつはじき、ほかのキサゴに当てて取っていきます。たくさん取った人が勝ちです[1]。

同数のきさごを出し合って場にまき、親指と人差し指で弾いてほかのきさごに当てる。数多く取った者が勝つ[1]。

4. ガラスの 玉に なったのは、いつ?

4. 貝からガラスへ、そしてプラスチックへ

4. ガラス製おはじきの登場 ── 明治の中ごろか、末か

のちに、玉は ガラスに なりました。ガラスの おはじきが 作られ はじめた のは、明治めいじの なかごろ か、おわりごろ だと いわれます。本に よって、年が ちがいます。

いまは、ガラスの ものや プラスチックの ものが 多く あります。

貝がらのあと、おはじきの玉はガラスになりました。日本大百科全書は、ガラス製のおはじきが明治以後に登場したと書きます[1]。解説ブログ「時空標本」は、明治36年(1903年)の雑誌『風俗画報』に、名古屋と岐阜でガラス製のおはじきが流行したという記事があると紹介しています[4]。

戦後には、プラスチック製のものも広まりました[1]。ガラス製の始まりを明治の中ごろとみるか、終わりごろとみるかは、資料によって違います。

キサゴの貝殻のあと、おはじきの駒はガラス玉になった。日本大百科全書は、ガラス製が明治以後に登場したと書く[1]。解説ブログ「時空標本」は、明治36年(1903年)の雑誌『風俗画報』に、名古屋・岐阜でガラス製おはじきが流行したという記事があると紹介する。ただし、これは流行地を示す記事で、製造地は示されていない[4]。

日本語版ウィキペディア「おはじき」は、ガラス製が明治後期に広まったと書く[3]。明治中期(1900年ごろ)とみる資料と、明治後期とみる資料があり、登場の時期は食いちがう。戦後にはプラスチック製も広まった[1]。

5. だんきと、いまの おはじきは おなじ あそび?

5. だんきとおはじきは、つながっているのか

5. 弾棋とおはじきの関係 ── 未解決の点

ここで 大きな 「?」が 出て きます。むかしの だんきと、いまの おはじきは、おなじ あそびが かたちを かえた ものなのでしょうか。

だんきは ごばんの 上で あそび、おはじきは 玉や 貝がらを 指で はじきます。にて いる ところも ありますが、この 2つを むすぶ むかしの きろくは、今回の しらべでは 見つかりませんでした。

ここまでの流れを並べると、「だんき、日本の宮中、江戸の女の子の遊び、ガラス玉」と一本の道に見えます。ただ、その道をつなぐ説明の多くは、解説書の記述によるものです。

だんきは碁盤の上で駒を弾く遊びで、おはじきは指で玉を弾く遊びです。よく似ていますが、同じ遊びが姿を変えたのか、似た遊びが別々にあったのかは、この記事の資料だけでは決められません。

日本大百科全書は、弾碁から「石はじき」が生まれたと書く[1]。しかし、その間をつなぐ具体的な史料は示されていない。日本語版ウィキペディア「弾棋」も、おはじきとの関係には触れていない[2]。

盤の上で駒を弾く遊びと、玉を指で弾く遊びは、動きの上では似ている。ただし、同じ遊びの流れなのか、別々に生まれた遊びなのかは、この記事の資料では決められない。

6. しらべて みよう

6. 自分でも調べてみたくなったら

6. 自分で調べてみたくなったら

いえに ある けしゴムを 2つ 用意して、つくえの 上で 指で はじいて みて ください。同じ けしゴムを、ゆっくり はじいた ときと、つよく はじいた ときで、とんだ きょりを くらべて みましょう。

ちいさい 子が ふたを 口に 入れない ように、おとなと いっしょに やって ください。

今日できること:同じ消しゴムを2つ用意し、机の上で指ではじいて、軽く弾いた場合と強く弾いた場合で、進んだ距離を比べます。小さい子が口に入れないよう、おとなが見ていてください。

出かけてできること:地域の資料館やおもちゃ博物館で、むかしのおはじきを見くらべます。展示の説明に、時代ごとのちがいが書かれているかを確かめます。

資料を読むなら:日本大百科全書「おはじき」([1])と、日本語版ウィキペディア「弾棋」([2])。

資料を読むなら:日本大百科全書「おはじき」([1])と、日本語版ウィキペディア「弾棋」([2])の参考文献を読み比べる。弾棋の成立時期について、両方の記述の食いちがいを確かめられる。

見にいけるもの:地域の資料館やおもちゃ博物館で、むかしのおはじきを見くらべる。展示の説明に、ガラスの登場時期や材料の移り変わりが書かれているかを確かめる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

このメモは、下にあげた公開情報をもとに、自分で整理して書いています。文章や図は転載せず、出典を示して自分の言葉で整理しています。起源は説が分かれているため、もっと正確に知りたいときは、必ず下の出典にあたってください。

  1. 日本大百科全書(ニッポニカ)「おはじき」(執筆:斎藤良輔、小学館)。コトバンク掲載。 https://kotobank.jp/word/%E3%81%8A%E3%81%AF%E3%81%98%E3%81%8D-40965 (西魏の弾碁が起源とされること、奈良時代の伝来、『源氏物語』の記述、江戸時代のきさご、遊び方、ガラス製とプラスチック製の登場)
  2. 日本語版ウィキペディア「弾棋」。中国の古い文献や、盤上遊戯の研究書を出典とする。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%BE%E6%A3%8B (前漢の成帝の時代の話、漢代から唐代まで遊ばれたこと、碁盤のような盤の上で駒を弾く遊びだったこと。おはじきとの関係は書かれていない)
  3. 日本語版ウィキペディア「おはじき」。『大衆文化事典』(弘文堂、1991年)などを出典とする。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%AF%E3%81%98%E3%81%8D (江戸時代の女児の室内遊び、ガラス製が明治後期に広まったこと、戦後のプラスチック製)
  4. 解説ブログ「時空標本」「明治・大正・昭和のおはじきコレクション〜小さなガラスが物語る少女文化の歴史」。 https://gentle-land.com/ohajiki/ (『風俗画報』1903年の記事で名古屋・岐阜のガラス製おはじきの流行が紹介されていること。個人のブログの紹介なので、参考として使った)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。